◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
突如現れたネフェルピトーを名乗る猫耳の知的生命体。
彼女は聖遺物や錬金術といった異端技術を持っているわけではない、にも拘らず、彼女はシェム・ハによって生み出された異形の怪物たちをまるで紙切れを破るかのように千切って捨てる。念能力というこの世界には発現していない、生物の持ちうるエネルギーを活用した力があるからだ。
しかも彼女自身の肉体性能も人類のそれとは比べ物にならない。爪や牙もあれば、筋肉の構造やその発達した五感すら、全てにおいて人類より格上。シェム・ハも知らぬ地球上唯一の突然変異体―――キメラアントである。
珱嗄は記憶を取り戻した時、オーラの流れから猫に扮した彼女の正体を見抜いた。そしてその正体がなじみにバレていないのならばと、それを利用することを考えたのだ。ネフェルピトーはそもそも人類ではなく、その頭脳が人類のそれを超えて発達した別種の生物。
故にシェム・ハのネットワーク干渉の対象外だ。
「異世界人という存在はどこまでも埒外な……!」
「まぁ、神様だかなんだか知らないけど、ボクに神様がいるとしたら王だけだよ」
「……それで、お前も我の邪魔をすると?」
「それでもいいんだけどー……それじゃオモシロくないよねぇ?」
「何……?」
シェム・ハはネットワークに干渉し、人類の肉体を支配した状態でありながら、その力を収束できずにいる。それをしようとすれば、即座にピトーがシェム・ハの首を掻き切るビジョンが見えていたからだ。一瞬でも隙を見せれば、己の命を奪われる。それが分かっている状態でソレをしようとは思わない。
だが、ピトー自身は己がシェム・ハをどうにかするのは簡単だと言外に言いながら、それでは面白くないと言う。その口振りはまるで珱嗄のようでもあった。
当然だろう、生まれて間もない時から珱嗄と出会い、その人生の全てを珱嗄と過ごしたのだから。彼女の人生は珱嗄との人生―――その在り方が珱嗄の色に染まるのは極自然のことである。
「ではお前は何のために此処にきた?」
「決まってるよ、面白いことをするために来たんだよ」
「どういう意味だ」
「この世界では色々あったね……フィーネ、錬金術師キャロル、パヴァリア光明結社、そしてキミ。珱嗄が記憶を取り戻すタイミングはギリギリだったけど、それでも珱嗄が安心院なじみの策略に対して成し得ようとする結果は、ボクにも容易く想像出来る」
ピトーはとても頭が良い。人類よりも優れた肉体を以った進化を遂げ、念能力を得る時にも見せた高い学習能力を持つ彼女は、その長い人生を終えるまで様々なことを学習し続けた。今や安心院なじみにも勝るほどに、彼女の知能は高いものになっている。
故に安心院なじみは数千億年にも上る時間で珱嗄を理解したのと同じように、彼女は数百年という短い時間で珱嗄という人間を深く理解したのだ。
その人生において、生き方や価値観、物の見方まで、珱嗄という人間から学び続けることで、彼女は珱嗄を知っている。
「ペットは飼い主のどんな姿も見てる、なんて言うよね……まぁ珱嗄が特に秘密もなく明け透けに過ごしてたのもあるけど……ていうかボクペットじゃないし」
「何を言っている?」
「ともかく! ボクが君を殺すのは簡単だよ、でもそれじゃオモシロくないってこと。多分珱嗄が今回求めているのは完全勝利、ハッピーエンド以上の大団円を迎えることだよ」
「大団円……だと……!? 全てが一つになること以上の結末が、どこにあるというのだ!」
「今を打ち砕く革命はいつだって起こるさ。けれど積み重ねてきた今を成長させる革新も選択の一つだってことだよ……現にそれはもう起こってる」
ピトーの言葉に、シェム・ハも、響や奏も、同じように疑問を抱く。
今この瞬間、シェム・ハがこの場を脱することが出来ればすぐにでも星の改造は始まる。人類の歴史の終わりが目の前にあるというのに、何が大団円に進んでいるというのか理解出来ないのだ。
けれどピトーの確信めいた言葉には確かな根拠があるようにも思える。
「キミたちは気付けないんだね……でもよーく考えれば簡単なことだよ」
「くっ……だがお前が我の邪魔をしないというのならば、結末は既に確定している。神殺しとはいえ、たった三人では我の障害足りえない!」
「ッ!! させない!!」
「くっ、破魔の光か……猪口才な……!!」
ピトーの言っていることは理解できないまま、彼女が邪魔をしないということを理解し、再度改造を始めようとするシェム・ハ。だがそれをさせまいと未来が閃光による攻撃を仕掛けた。
シェム・ハの身体は聖遺物ではない。だが振るわれるその力は異端技術に相当するものだ。故にシェム・ハの攻撃や防御フィールドを打ち消すことは出来る。その身を傷つけるまでには至らないが、それでもその行動を阻害することには成功していた。
そして響と奏がその隙をついて攻撃を仕掛けるが、シェム・ハはそもそも自身の肉体でこの場にいる。これがもしも他者の肉体を乗っ取って顕現していたのなら、これらの攻撃によって集中力を断たれ、人類のネットワークへの干渉を中断していただろう。
だが今の彼女にはたった三人の単純な攻撃程度、ネットワークを手中に収めたままに捌くことなど容易い。
響はそんな中、頭の片隅で考えていた。
「(――珱嗄の目指す大団円……! そんなものがあるとするのなら、一体それはなに? 既にその結末に向かっているってどういうこと……!)」
響の拳を躱し、奏の槍を逸らし、未来の閃光を自身のエネルギーで相殺する。
シェム・ハは改造執刀医でありながら、その身体能力で三人の攻撃を捌き切っている。その原因はおそらく未来の『神獣鏡』の輝きが、響と奏にとっても致命的な性質だからだろう。
魔を払う輝きを持つ鏡。それはつまり聖遺物も殺せる力だということだ。それが彼女たち三人の連携を阻害する要因となっているのだ。
響と奏が攻撃する時は未来は攻撃できず、未来が攻撃する時は響と奏はシェム・ハに近づけない。故にシェム・ハは一度に捌かなければならない攻撃が少なく済んでいるのだ。
そんな中、未来も考えていた。
「(考えてみれば……今までの戦いの中で、死んだ人が一人もいない……一般人がノイズに殺されることはあっても、二課の人達や響達装者の皆、それに敵だった人たちも全員……! どうして―――……全部、全部珱嗄が"そうなる"ように行動したからだ!)」
フィーネが安心院なじみについて考えだし、二課に協力を願ったのも、珱嗄という存在が明るみになったのが原因だった。
『F.I.S』は元々敵ではなく、フィーネが二課に協力していることと錬金術師の出現で味方になった。
キャロルも安心院なじみによって操られていたが、その計画の中で彼女が死ぬことはない。珱嗄が記憶を取り戻しても彼女をどうこうしなかったのは、おそらく手を貸す必要が無かったからだ。
逆にサンジェルマン達と響達の戦いでは、神の力の暴走も止め、どちらかが命尽き果てる前にその戦いを終わらせた。そしてこの世界に走った惑星級のエネルギーによる被害も死者も、珱嗄の指示を受けた球磨川のスキルによってなかったことにされている。
「(まさかその時に今までの被害者も……? ならそれは何のために……まさか!?)」
「考え事とは余裕だな―――『神獣鏡』!」
「ッ! きゃあぁッ!?」
「未来!!」
何かに気が付いた未来に一瞬隙が生まれ、その隙を突いたシェム・ハの攻撃に未来は吹き飛ばされる。響が未来に駆け寄るが、未来はさほどダメージを受けていなかった。
痛みに耐えながらも身体を起こし、響の手を取って立ち上がる。
「響……私分かったの……珱嗄はきっと、この時の為に皆を助けたんだ……」
「皆……?」
「二年前から始まった、ノイズ事件から続く今日までの全ての被害者……この戦いの中で亡くなった全ての人が、きっと今蘇ってる」
「!! それって……!」
「きっと珱嗄は、珱嗄のお母さんが気が付かないようにそれをやった。悲劇を悲劇のまま人々の記憶に残したままに、多くの人の死だけを無かったことにしたんだよ……そしてそれはきっと、この時のため」
未来がシェム・ハに無数の閃光を撃ち放つ。連続して放たれる攻撃をシェム・ハが躱し続ける中で、未来は響に伝える。
珱嗄がこの時の為に用意した状況の意味を。
バラルの呪詛が消え、多くの人々が蘇り、そして今この場に人類の意思と力がシェム・ハによって収束しつつある―――この瞬間を、響達が乗り越えるべき現実だと信じて。
これが安心院なじみを欺いたもう一つの珱嗄の策。
「響なら、出来るよ」
「未来……」
「響の手は、誰かと繋がるための手……私の太陽であるように、誰かに優しさを差し伸べる勇気を持った、温かい手だから」
「……うん!」
ぎゅっと握られた手のひらを、拳に変えて――立花響はシェム・ハに対峙する。未来の連撃が静止した時、シェム・ハは次なる攻撃が来ないことを疑問に思いながらもネットワークを通じてこの場に全ての意思の力を収束する。
だが、その瞬間こそが反撃のチャンス。
―――バラルの呪詛が消えた今、人類と繋がれるのはシェム・ハだけではない。
響の誰かと繋がるという性質から、全人類の生み出すフォニックゲインが響の元へと収束されようとしていた。シェム・ハもそれに気が付き、まさかと驚愕する。
当然だ。自身が人類と繋がるためのネットワークが利用され、神殺しの拳を持つ響の元にこの星の全てのフォニックゲインが収束されているのだ。
脅威に思わない筈がない。
「まさか―――そのようなことが!!」
「―――出来る!! 自信なんてない。だけど私の大事な二人が信じてくれるのなら……やってやれないことはない!!!」
即座に響を消すべく銀色に輝く光を発射するシェム・ハ。我武者羅に放たれたからか、その威力は今までの比ではない。
けれど響は自身に迫る一撃に対し、臆することなくその拳を構えた。逃げることも、意味もない。今この瞬間の為に、多くの人が戦ってきたのだから。
そっと、響の背を未来が支えた。
「断じて消えろ!! シンフォギアァァァァァァ!!!!」
「貫けぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ガシュン、という音と共に響の腰のブースターが火を噴く。地面を蹴り、拳を振り抜きながら前へと一気に突進した。
銀の光線と拳がぶつかった瞬間、その光線が響の拳によって砕かれる。
前へ、前へ、前へ―――前へ!!!
「ガングニィィィィィィィィル!!!!!」
「こんな馬鹿なことが―――!!!?」
そして、響の橙色の輝く拳がシェム・ハに届き、その肉体を打ち砕く。
「な、こんな、ことが……!?」
「はぁ……はぁっ……このゲーム……私達の、勝ちです」
「……ハ、そうだったな……これはゲーム……我が倒されたのなら、確かに、ゲームクリア、というわけか……」
「一つにならなくたって、人は歩み寄って……ちゃんと言葉で繋がれる……」
「それを信じられるとでも……? 現に、この世界には争いが絶えず、悲劇はこの瞬間にも起こっている……」
響の拳に砕かれたシェム・ハの身体は、少しずつ罅が入り、崩れ去ろうしている。
そこでようやく他の皆の支配が解かれたのか、全員が我を取り戻していた。気付いたら決着がついているという状況に困惑するが、それでも戦いに勝ったということだけは分かる。
バラルの呪詛がなくなり、今の攻防で響と繋がったことでその意志だけはきちんと胸に残っていた。人と人とが繋がれるということを、今響自身の一撃が証明したのだ。
けれどそれは、バラルの呪詛が無くなっても人類が統一言語を失った状態で歩み寄り、悲劇を失くしていけることの証明にはならない。
「なら―――それはお前自身の目で確認することだな」
「!?」
するとその時、シェム・ハと響の目の前に珱嗄が現れた。
瞬間、シェム・ハの身体が崩れ落ちる前の状態に戻っていく。迫りくる死が覆され、シェム・ハはその事実に驚愕する。
「何故、我を……」
「決まってんだろ。信じられないならお前がその目で確かめればいい」
「我の目で……だと?」
「お前を倒した時点で、この世界のストーリーは完結だ。だから、ここからは俺の好きにやらせてもらう」
珱嗄がそう言った瞬間、ユグドラシルが消える。
「え」
「はい、じゃあこっからシリアス禁止な」
シェム・ハの動揺の声を無視して周囲の崩壊した景色も全て元に戻り、ユグドラシルシステムの起動によって起こった全ての被害がまるで無かったかのように消え去っていく。
「え」
「じゃ、撤収~」
今度はユグドラシルの外で戦っていたアダムとフィーネの困惑の声を無視して、珱嗄が撤収を宣言する。
「えええええ!? ちょ、我は」
「あ、お前の言葉によって構造式を書き変える能力はもう使えないから」
我を取り戻して動揺に声を荒げるが背中をぐいぐい押してくる珱嗄から、更に驚愕の事実を伝えられて目を見開くシェム・ハ。確認するとネットワークは存在するのに、そこに干渉出来ないことを理解し、更に動揺する。
「わはは、この時の為に色々似合わない裏工作してきたんだ。そろそろフラストレーション溜まってんだわ」
「は、何を言って」
「うるせぇ殺すぞ、歩けムハムハ」
「は、ハイ……あの、ムハムハって呼び方……」
「江公が良いか? 読みもエコーで歌繋がりだし」
「凄い。絶妙に『シェム・ハ』の全パーツ使って漢字にしてる」
「いや未来、今注目すべきはそこじゃないんじゃないかなぁ!?」
結局、珱嗄の有無を言わさない言葉に、かのアヌンナキ、シェム・ハは小動物の様に縮こまって頷くしかなかったのだった。響も未来も、他の装者も、フィーネもアダムも、このやるせない結末に納得がいかない様子だが、それでも珱嗄の圧力には屈することにした。
あのシェム・ハが赤子のように捻られているのだ。アヌンナキだけに、まさしく触らぬ神に祟りなしである。
ともかく、散々珱嗄を我慢させ、勝手にシリアス展開で進み続けた戦いは、終わった。
そして、この戦いが終わったということがどういうことを意味するのか、響達は想像もしていなかった。泉ヶ仙珱嗄が起こすこの先の展開が、どれほど常識外れなのか。
話に聞く無敵の男がかつての世界でどんな無茶苦茶をやってきたのか、これから彼女達は知ることになる。
ネコー「なんだボクのあだ名に被ってない?」
エコー「我このあだ名確定なの?」
ネコー「諦めなよ」
◇
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