◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
それからまた二週間、つまり新たなガングニール装者と対ノイズ性を持つ少年が発見されてから一ヶ月が経ったことになる。
珱嗄と未来が二課と接触を持ち、その後未来も含めて密かに二課からの調査、監視を受け始めた一方、晴れてガングニール装者として
「一月経っても……噛み合わんか」
未だにその未熟さと迷い、そして翼と打ち解けられない現状から、装者同士の連携が取れずにいた。弦十郎がノイズの対処にあたる二人の映像を見ながら、困った様にそう呟く。
響は元々戦場とは無縁な人生を送っていた少女だ。シンフォギアという力を手に入れたからといって、戦闘技術においてはからっきしである。その身を剣と見立てて己を磨いてきた翼と比較することすら、烏滸がましいレベルのド素人。
しかも歩み寄ろうとする響を翼が拒否している以上、土台無理な話だった。
「はぁ~……私って呪われてるかも」
リディアンの中庭、昼休み。
未来や友人たちと昼食を食べている中、響はぐったりと疲れたようにそう呟く。翼との関係や使いこなせていないシンフォギア、戦場に立つために必要な覚悟や強い意志もない自分――あまりにも薄っぺらな自分に、重すぎる責任に押し潰されそうだった。
「……」
「……? 未来? どうしたの?」
「え? あ、いやなんでもないよ……」
「あ、そ、そっか、ならいいんだけど……」
響が普段なら優しく声を掛けてくれる未来がぼーっとしているのに気がつき、どうしたのかと声を掛けたが、未来はそれに対して何でもないと明らかに何かを隠す。
それに対し響自身も未来に隠し事をしていることもあって、深く踏み込むことができずぎこちない空気になってしまった。
「なんか最近、ヒナもビッキーも変な感じじゃない?」
「なにかあったんだろうけど、喧嘩してるわけじゃなさそうだし」
「彼氏とかと何かあったんじゃない? 確か二人の幼馴染でしょ?」
「あー……」
「ありそー……」
そんな二人を見て、一緒にご飯を食べていた三人の少女たちがこそこそと話す。
どうやら彼女たちは未来に彼氏がいることや、響との関係も知っているらしい。二人が喧嘩をしているわけではないというのなら、真っ先にその彼氏のことが話題に上がるのも仕方のないことだろう。
現に、彼女たちが彼氏の話題を出した途端、未来の肩が少し揺れた。
「未来……? その、珱嗄と何かあったの?」
「なんでもない! なんでもないから……響だって、最近変じゃない。急用で何度も何処かへ行っちゃうし」
「それは……その、色々あって……あはは」
「……響だって私に何か隠してるじゃない……私のことだって、響には関係ないでしょ」
「あぅ……」
響も三人の話が聞こえていたのだろう、未来におそるおそる訊いてみるが、未来に痛い所を突かれて押し黙ってしまう。お互い二課に関わっており、お互いが人には言えない悩みを抱えているのに、それを一人ではどうにもできない状態でいる。
力になりたいと思い合う二人は、その気持ちが強ければ強いほど反発し合う結果に繋がってしまっていた。仲が良く小さい頃から一緒にいた二人だからこそ、この現状は互いにとって悪循環にしかならない。
「……」
「うぅ……」
「はぁ……アニメならモノローグが聞けるのに」
友人の少女の呟きは、そうなればどれだけいいかとこの場の全員に思わせた。
結局、この日の昼休みの時間は、重たい空気の中過ぎていった。
◇
二週間前、珱嗄と未来は事情聴取を受けた時に伝えられたことがある。
それは、今後二人、特に珱嗄には監視が付けられるということだ。珱嗄はノイズに襲われず、また触れても炭素変換されないという対ノイズ性を持つということが発覚したので、それが他国、特に米国政府などに知られると少々まずいことになるというのが理由である。
ノイズという脅威が人類にとって天敵として認識されている今、珱嗄のノイズに襲われないという性質は、人類が喉から手が出る程欲する性質だ。にも拘らず、それに加えてノイズに触れても炭素変換されないという対ノイズ性まであるとすれば、最早身体の至る所から手が出るほどに欲されるに決まっている。
その肉体に如何なる秘密があるのか、あらゆる方法で調査しようとする者が現れてもおかしくない。そう、あらゆる方法――人体実験すらも含めたあらゆる方法で、だ。
そういった国家の力に晒されないように守る意味も含めて、二課からの監視兼護衛を付ける必要があると説明されたのである。
珱嗄はそれに対してやや面倒そうな反応を示したが、未来はそれに対して顔を青褪めさせた。
自分の大切な人の秘密が知られれば、他国からその命を狙われる可能性があるというのだ。青褪めもする。
「(珱嗄の秘密は、絶対に漏らしちゃいけない……!)」
未来は決意した。珱嗄の秘密は、絶対に誰にも明かしてはならないと。
何処から漏れるかわからないのだ、友人や家族にも言ってはならない。当然、響にもだ。響や家族を信頼していないわけではない、口にしたことでソレを別の人間の耳に入れることが恐ろしいのだ。
未来の中にあった不安は膨らみ続ける。
身体が無意識に震え、夜も眠れないほどの恐怖に襲われていた。未来には国一つ分が持つ力など想像できない。ましてアメリカなどという大国が個人の命を狙い、そして手に入れることがどれほど容易いかくらい、子供でもわかる。
明日には珱嗄に会えなくなっているかもしれない。
今この瞬間に珱嗄の身に危険が及んでいるかもしれない。
珱嗄が、死んでしまうかもしれない。
そしてそれを響に相談することはできないし、響に心配を掛けたくないという未来の優しさ。
未来の心はボロボロだった。
この一ヶ月、珱嗄も響も自分から離れていくように一緒に過ごす時間が減った。
二人とも何か大きな悩みを抱えているのはわかるのに、ソレを相談してくれない。自分には二人の力になることができない。
二人が自分の手の届かない遠くへいく夢を毎晩のように見るようになった。不安でたまらなくなる。
響が急用で何度も何処かへ行くようになった。その度、疲れ果てて思いつめた様な顔で帰ってくる。自分には何も話してくれない。
珱嗄が距離を取りたいと言ってきた。悩みがあると打ち明けてはくれたが、それを自分には話してくれない。不安を打ち明け、ソレを励ましてくれたけれど、会えない時間が長くなるにつれてより大きな不安になっていく。
響がずっと一緒に居ると言ってくれたけれど、その言葉が嘘のように響と一緒に居る時間もなくなっていく。一緒にお風呂に入ると、その身体に傷がついているのがわかった。
珱嗄に電話で相談したら、響が危険なことに足を突っ込んでいる可能性があると言われ、彼女を失う恐怖心が生まれた。胸が張り裂けそうなほど不安が大きくなる。
そして珱嗄に会おうとした途端、彼の持つ秘密が彼を殺すかもしれないという事実が発覚し、その秘密を自分も背負うことになった。
響と珱嗄、大切な二人の幼馴染を同時に失ってしまうかもしれない現実に未来は絶望した。
「(どうしたらいいの……? どうしたら、どうしたら……なにか、なにかないの、二人を守る方法は……どうしたら……私になにか……なにか……)」
フラフラと歩きながら、未来はトイレに入る。
不安によるストレスで吐きそうになった。洗面台で口を抑えながら嗚咽を漏らし、吐き気を呑み込む。ジワリと涙が滲んだ。
「はぁっ……はぁ……」
呼吸が乱れる。苦しかった。
「私は……私には……何も、できないの……? ……うっ……うぅ……っ……!」
滲んだ涙はどんどん溢れ、遂に決壊してしまう。
トイレであることなど構いもせず、未来はその場にへたりこんで泣きだした。今は放課後、人気は少なくトイレに入ってくる生徒もいない。
孤独が余計に未来の胸を締め付けた。
こんな未来の状態を、響も珱嗄も、気がつけずにいる。
それが将来、最悪の事態を生む引き金になることも知らずに。
◇ ◇ ◇
最近の出来事とは全く関係ない話だが、俺の母親はかなりの子煩悩というか、一人息子である俺を溺愛している。
物心ついた頃からその愛情表現は多彩でわかりやすく、かといって距離感も心地いいという、母親の理想形のような人だったように思う。
溺愛と言ってもべたべたくっついたり、欲しいものをなんでも与えたりするわけではなく、付かず離れずの距離感で俺を見守り、俺を様々なアプローチで正しい方向へと導き、言葉巧みにやる気を出させるのだ。俺という個人を理解し、俺という個性を把握している彼女は、母親としての能力が非常に高かった。
「ああ、おかえり珱嗄」
「ただいま」
「最近はなんだか楽しそうだね、何か面白いことでもあったのかな?」
「まぁ、少し刺激的な出来事が増えてきてね」
「そう……最近は退屈そうな顔ばかりだったから、久々に楽しそうな顔が見られて嬉しいよ。ご飯でも食べながらゆっくり話を聞かせてもらおうかな」
「はは、そんな面白いことでもないんだけどな」
家に帰った俺をいつも温かく出迎える母。
俺はこの母が疲れているところを見たことはないし、どんなに小さいことでもミスしているところも見たことがない。何でもできるし何でも知っているこの母は、所謂完璧超人という奴だろう。
学校に通うようになってからは同級生と過ごす時間の方が長い筈なのに、成長して尚俺のことを誰よりも理解している。未来や響を含めても、この母以上に同じ空間にいて楽な人物を俺は知らない。
だから俺はこの母を尊敬しているし、家族として素直に愛している。
「今日は珱嗄が今食べたいものを作ったよ、何が食べたい?」
母がリビングの扉に手を掛けながら、悪戯な笑みを浮かべてそう聞いてくる。おそらく食事の準備は既に済んでいるのだろう。俺が帰ってくるタイミングを予測していたのかもしれない。
つまり答え合わせということか。
「んー……じゃあピザ」
「ふふふ」
ガチャッと扉が開かれ、中に入ると、テーブルの上には出来立てなのか湯気の立ったピザがデン、と存在していた。
「さ、手を洗っておいでよ」
「……流石だね」
見事俺の食べたいものを当ててご満悦の母に、俺は苦笑しながら洗面台の方へと歩いていく。何が流石って、ピザのトッピングさえ俺の好みに合わせて作られていることだ。
本当にこの母には頭が上がらない。
「珱嗄」
「ん?」
「最近、未来ちゃんとはどうなのかな?」
「ん……まぁ、普通?」
手を洗う俺に、母が世間話のようにテレビを付けながら訊いてくる。
母は認めていないわけではないようだが、未来のことがやや気に入っていないらしい。こうして時折未来とのことを訊いてくる。俺が知っている母唯一のマイナスな感情がこれかもしれない。
俺が簡潔にそう答えると、母はそう、と短く呟いた。
「折角の恋人なのに、全然進展がないんだね」
「さぁ、俺もよくわからないけど……キス以上のことをする空気になっても、なんか違和感があって」
「ふふ、そうなんだ……ねぇ、珱嗄」
「ん?」
「今は未来ちゃんが恋人かもしれないけれど、忘れてもらっちゃ困るよ」
何を? と俺が首を傾げると、母はにっこり笑って俺にこう言った。
「この僕だって、君のことを誰よりも愛しているんだぜ」
母の長い髪を括っている黄色いリボンが、ふわりと揺れた。
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