◇終 戦姫絶唱シンフォギアにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第九話 その拳に何を

 ある日、学校が終わって放課後の時間。

 響と珱嗄は、二人で公園広場にいた。動きやすいジャージ姿で、パッと見てコレから運動するんだなと分かる。準備体操に身体を伸ばしながら、珱嗄は近くで同じように身体を伸ばす響の表情を伺うと、どうにも重く険しい色が浮かんでいた。

 

 とはいえ、こうして珱嗄が響といるのは当の響が頼んできたからである。

 その相談内容から考えれば、おのずと彼女がどういうことに悩んでいるのかは想像がつく。響は、己の未熟を恥じているのだ。

 

「……」

「……じゃ、そろそろ始めようか」

「うん、よろしくね珱嗄」

 

 珱嗄が声を掛けると、神妙な様子で響が返事を返す。

 いつもの元気な姿からは想像もできない真剣な表情。へいきへっちゃら、と悩みや辛いことがあっても隠そうとする響とは思えないほど、今の響は切羽詰まっているように見える。

 

「(二年前の事件で亡くなった奏さん……今の私が纏うガングニール……ノイズ……そしてデュランダル……翼さんや二課の皆さんが背負っているものは、私が考えているよりもずっと、大きい……私が今のままじゃダメなんだ)」

 

 響は先日、翼との共闘において深刻な仲違いを引き起こしてしまった。

 自身と戦おうとした翼と、それに動揺するだけだった自分。弦十郎のおかげで怪我なく終えることができたものの、『奏さんの代わりになってみせる』という言葉が翼の逆鱗に触れた。

 覚悟もなしに戦場に立つ自分が、天羽奏の何を受け継いでいるのか、という指摘に対して、響はぐぅの音も出せなかった。

 

 更にその関係悪化から時間が経過することなく、ノイズの発生係数の異常さから、ノイズの被害は人の作為が絡んでいる可能性があると教えられる。

 そしてその発生場所が私立リディアン音楽院を中心としていることから、その目的が二課が保管している完全聖遺物『デュランダル』である可能性が高いことも。

 

 勿論、響は聞かされた全てをきちんと理解しているわけではない。

 それでも、自分がこの現状に対処するには不足し過ぎていることは理解できた。

 

 そして響の中で一番大きかったのは、未来のこと。

 

「それにしても、いきなり鍛えてほしいとは驚いたな。どういう風の吹き回しだ?」

「……私だって、守りたいものがあるんだ」

 

 未来が何かを思い詰めているのも知っている。そして自分のことを深く心配していることも知っている。不安にさせているし、一緒にいると言った自分の言葉を嘘に変えつつあることも、理解している。

 響は力が欲しかった。

 翼の足手まといにならない力が。

 二課の人々と肩を並べて戦える覚悟が。

 そして、未来との約束を守れるだけの強さが、欲しかった。

 

 だから珱嗄に頼ったのだ―――響が思う、最も強い人間に。

 

「珱嗄は昔から強かったよね……私は喧嘩で負けた珱嗄を見たことなかったし、珱嗄は暴力じゃない闘い方を知ってる。だから教えて、私に……この手で誰かを守るための戦い方を!」

「……理由は言えないわけか?」

「うん、ごめん……それに、こうして珱嗄に頼っていることを未来には内緒にしてほしい」

「ま、面白そうだからいいよ。幼馴染の頼みだしね」

「! ありがとう!」

 

 珱嗄は響の無茶苦茶な頼みに対し、苦笑しながら首を縦に振った。

 元々珱嗄は響の現状になんとなく想像が付いている。それを裏付けるように、珱嗄の直感が翼のペンダントと同様の何かを響から感じていたからだ。

 

 ならばおそらく響は二課に関わっている。

 そしてその中で翼と同様の何かを持ち、こうして力を求めているとするのなら、その力で打倒したいのは十中八九ノイズ。

 

 響はノイズと戦うことのできる力を手に入れている可能性がある。

 

 珱嗄はそう推測していた。

 

「素手での闘い方を教えればいいんだな?」

「うん」

「わかった、基礎体力や身体能力は一先ず今後の課題として……まずは闘い方の基本から叩きこんであげよう」

「基本?」

 

 珱嗄はその場で簡単に構えを取る。

 今まで喧嘩になったとしても、構えたり武術的なことを考えたりすることはなかった。身体に染みついているかのように、どう動けばいいのかが感覚で分かったからだ。

 だが今はソレをあえて理論的に分析し、大まかではあるが自分なりに基礎を構築する。

 

 響という少女が戦うにあたって、最適な戦い方をイメージして。

 

「武術的なことは俺も考えたことないけど、近接戦闘にも幾つか種類がある。単純に攻め続けて相手を何もさせないパワーファイター、相手の攻め手を利用して適切な反撃を当てるカウンターヒッター、フットワークで相手を翻弄してチクチク攻撃するヒット&アウェイ……まぁ他にも色々」

 

 珱嗄は架空の相手を想像して身体を動かし、拳や蹴りを放つことでわかりやすく響に説明していく。響も、口頭と実践して見せてくれる説明のおかげですんなり理解することができた。

 流石は幼馴染というべきか、響への教え方が上手い。

 

「まぁ、想定敵によって向いている戦い方は色々違ってくるけれど……一対一であればどれも有効な戦術だから、自分のやりやすい戦い方でいいんだけど」

「だけど?」

「響ちゃんの想定する相手がいつも単身であるわけじゃないだろ?」

「あ! 確かに……」

「だから訊きたいんだけど……響ちゃんが想定している相手に対して、響ちゃんはどういう風に勝てたら一番良いと思う?」

 

 珱嗄の問いに響は難しい顔で考える。

 自分の想定しているのは人ではなくノイズだ。その数はいつも十数体から数十体に及ぶわけで、ソレを想定するなら戦い方にも適した動きが求められる。

 

 そんな中で響が求める一番の勝ち方は?

 

「何人いたとしても――最短最速で、まっすぐに! 一直線に!」

「なるほど、響ちゃんらしいね」

 

 大切な人を出来るだけ早く安心させられるように、何匹いようが最短最速でノイズを打ち倒したい。それが響の答えだった。

 珱嗄もそんな響の意思を尊重する。

 

「じゃあ、基本的に多数を想定した戦い方を教える」

「お願いします!」

「基本的に相手が多数で、それらと一対一であれば打倒できる力が自分にあると仮定して話すぞ?」

「うん」

「この場合一対一と違うのは、一つのことに対応している間に、別方向から複数の攻撃がくること……だから複数のことに同時に対応する視野の広さが大切になる」

 

 珱嗄が手招きしたので響が軽く拳を放ってみると、珱嗄はその拳を受け流しながら素早く響の懐に入り込み、同時に響の顎に拳を添えた。

 その動きがあまりに速過ぎて、自分の拳に珱嗄の手が触れたと認識した時には、自分の顎に珱嗄の拳があった様に感じた響。驚きで目を見開いた。

 

「相手の攻撃に対処しながら最速で相手の懐に入り、最短で正確に急所を撃ち抜く」

「つまり、一人に対して掛ける時間を短くするってこと?」

「そう、そして全員を倒しきるまで動きを止めない。止まれば相手に攻撃させる隙を与えるだけだからね……一人を倒した流れで次の相手の懐に入っているのがベスト」

 

 一人を倒し終えた状態が、次の敵を倒せる状態に繋がっていること。

 そうすることで多数が相手である場合、基本的に必要な要素。つまりは敵に反撃の隙を与えないことが大切なのだ。

 

 それに、何十人いようと実際一人に攻撃できる人数は限られている。

 精々二、三人。仲間の身体が邪魔になるからだ。一人側の有利な点は、同士討ちを気にしなくてもいいこと。攻撃してくる二、三人に対処することができ、次に現れる敵を打倒する動きの流れを作ることができたのなら、何十人いようと戦うことができる。

 

「まずは視野を広く持つこと、そして動き続けることを念頭に置くことだけ覚えておくといい」

「わかった……でも、相手の懐への入り方とか、急所とか言われてもわからないんだけど……」

「そこに関しては、お勉強が必要だね。人体における急所に限らず、生物における急所には共通していることも多い……まずはどうすれば的確に人体を破壊できるのかを知る所から始めようか」

「え、えええ!?」

 

 珱嗄は手をプラプラと揺らしながら、響に向けて構えてみせる。

 すると、響は珱嗄の言ったことを頭の中で噛み砕いて理解するのに数秒……そして理解したと同時に大きな声をあげた。

 

 人体を破壊する方法を知る。

 

 響は人間を殺したいわけではない。そんな怖いことを知りたいわけではないとアワアワするが、珱嗄はソレを察して苦笑した。

 

「まずはって言っただろ? 生物を倒すには生き物を知っておいて損はない。その手初めに、イメージしやすい人体から入るだけだよ……別に人間相手にやれとは言ってない」

「あ、ああ、そっか、そうだよねー! ごめん、ちょっと早とちりを……」

「俺は元々感覚でやっていたけど、教えるにあたってちょっと調べてみた。齧った程度の知識だけど、まぁ体感しつつ理解してくれ」

「え、体感?」

 

 響は珱嗄の言葉にきょとんとしたが、珱嗄は既に動きだしていた。

 

「え―――ぇうっ!?」

 

 連続する軽い打撃音、と同時に響は自分の身体の数ヵ所に衝撃を感じた。

 痛みはそれほどない――けれど、グラッと視界が揺れて、気付けば尻餅をついていた。立ち上がろうとしてもうまく身体が動かない。

 

 遅れて、痛みとまではいかないが、身体の数ヵ所にジンジンと鈍い感触を覚える。

 鼻頭、こめかみ、顎、首、鳩尾、下腹部、脛……大体この七ヵ所だ。

 

「軽く拳や爪先を当てただけだけど、これだけでも平衡感覚を奪うことくらいはできるみたいだよ」

「な……」

「他にも色々あるけれど……まぁ、共通しているのはどれも内臓を攻撃しているってことだね……人体に限らず生物には内臓があって、その全てが弱点になりうる。脳を揺らせば意識を奪えるし、心臓を破壊すれば死ぬ、どんな生物でも何処かしらに防御の薄い箇所はある。人間にも目や顎の下とか、皮膚や筋肉の薄い部分があるようにね」

「ありがとう……」

 

 説明しながら、珱嗄は響に手を貸して立ち上がらせる。

 響はそれに対してお礼を言い、珱嗄の教えを一つずつ理解して納得した。自分の身体で実践されてみれば嫌でもわかる。珱嗄の言葉通り、指で自分の顎下を押してみれば、自分の手ですら嫌な感じがした。ここをアッパー気味に手刀で突けば、簡単に脳まで貫けそうなイメージが浮かぶ。

 

 ソレを理解した瞬間、人体の脆さを思い知った。

 

「いいか響ちゃん……人は簡単に殺せる。だからこそ力はきちんと制御できないといけない。力を持つということには、ソレを振るうだけの責任を持つってことだ」

「力に対する、責任……」

「響ちゃんが何のために何と戦うのかは訊かない……けれどもしも手に入れた力を人に向ける時が来ないとも限らない」

 

 珱嗄は響の手を外から包んで拳にする。

 

「この拳で何をしたいのか、そしてそれを貫く強い意志を持つこと……それが"覚悟"を持つってことだ」

「覚悟……私が何をしたいのか」

「そう、響ちゃんは自分が戦うことで……どうなって欲しいんだ?」

 

 響は珱嗄の問い掛けに押し黙る。

 今の自分は二課や翼の足手まといになりたくない一心で力を求め、一緒にいると言った未来への言葉を嘘にしたくなくて珱嗄を頼った。だからこそ、その先に何があるのかなど考えていなかったのだ。

 

 自分が戦うことで、どうなって欲しいのか。

 

 立花響の意思は、覚悟は、何を―――

 

「!」

 

 すると、そこで響の携帯が鳴り響いた。

 響は携帯の画面を見て肩を揺らす。どうやら二課からの呼び出しがあったらしい。ノイズが現れたのか、それとも何か話があるのかはわからない。

 

 けれど、画面に夢中で響は珱嗄の様子に気がつかなかった。

 

「…………今日は少し、楽しい催しがありそうだね」

 

 響には聞こえない音量でぼそっと呟いた珱嗄。

 首をゆらりと揺らし、口元は笑みを作っていた。

 

 

 




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