やはり俺の青春ラブコメは恋人ができてもまちがっている。   作:ぽぷり

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いろいろあって続きがとんでもなく遅れてしまいましたすみません
前後編という予定でしたが長くなってしまったので中編を挟みます
後編はあと多少手直しするだけなのですぐ投稿できると思います


中編

 

 

 俺と雪ノ下は無言で歩き続ける。

 雪ノ下のマンションに行く前に買い物を済ませたいとのことだったので、近くのショッピングモールへと向かっているところだ。

 太陽は傾き、うっすらとオレンジ色に染まる空の下、制服姿で並んで帰っている男女二人というのはよくある青春の一ページというものなのかもしれない。

 

 ただ、放課後の制服デートならまだしも、お泊りというのはイベントの重大性が大違いだ。

 いや、でも制服デートもしたことねえなそういや。だって学校の奴らに見られるの嫌じゃん……絶対そういう時に限って会いたくない奴に会っちまうんだよ葉山グループとか。

 

 それにしても、雪ノ下は最近何か素っ気なく、不機嫌なのかと俺としては色々と頭を悩ませていたんだが、いきなりお泊り誘ってくるとかどういう事なの……。

 もしかしてあれか、サプライズってやつか。なんか由比ヶ浜達も協力してる感じ出してたし。女子のサプライズ好きは異常。

 

 しかしまぁ、サプライズなら俺の得意分野だ。

 なんせ、ただ喋るだけで周りから「比企谷くんってそんな声してたんだ……」って驚かれるからね。もっと言えば、ただそこにいるだけでも「うわっ、いたんだ」ってのもある。

 つまり、俺は存在自体がサプライズとも言えるわけで、女子のサプライズ好きと合わせて考えると……。

 

 

 そうか、俺はモテ男だったのか――。

 

 

「また何かくだらない事を考えているわね」

「失敬な、俺だっていつもいつもくだらない事ばかり考えてるわけじゃない。他にも色々考えてる。戸塚のこととか、小町のこととか……あと戸塚のこととか」

 

 雪ノ下は窺うように横目でちらと俺を見ながら一言。

 

「……私のことは?」

「え……いや、まぁ、たまには…………なんだよやめろよそういう空気じゃなかったじゃん……」

 

 彼女とは反対方向を見てがしがしと頭をかく。なにこれムズムズする……。

 雪ノ下も雪ノ下で若干そわそわとした様子を見せつつ、調子を整えるようにこほんと咳払いをすると。

 

「そういう空気でしょう。これから制服デートするのだから」

「あ、やっぱそういう流れ……? 適当に飯だけ買って帰る感じじゃない?」

「なに? あなた、葉山くんと女子二人で制服ダブルデートなんてしていたわよね? それは良くて、私とはダメと言っているのかしら?」

「い、言ってない言ってない。……お前もしかしてあれか、この前部室でその話が出て対抗心持っちゃったの? 負けず嫌いゆきのんが出てきちゃったの?」

「…………」

 

 雪ノ下の足が止まった。

 

 ……え、なに、俺としてはただの軽口のつもりだったんだけど……。

 売り言葉に買い言葉的な感じで、雪ノ下からも「調子に乗るな」みたいな意味合いの罵倒が飛んでくると思ってたんだけど……。

 

 彼女は俯いてしまい、その黒髪が顔を覆って表情が分からない。

 しかし、隙間から覗く耳が真っ赤になっているのは分かった。

 もちろん、それを指摘なんてできるはずもなく、それどころかこっちまで妙な気恥ずかしさが伝染してくる。

 

 そのまま無言の時間が少し続いたあと。

 雪ノ下は、何事もなかったかのように顔を上げ、髪に手を入れて後ろに靡かせながら言う。

 

「ええそうよ、だから何? それが何か悪いのかしら? お泊りの件だって、比企谷くんが由比ヶ浜さんの部屋で二人きりだったと聞いてそれに対抗したのだけれど、それが何か? どうやら比企谷くんはすぐに忘れてしまうようだけれど、私はあなたの恋人なのよ? 恋人が相手と最も親しい間柄でいたいと思うことは何もおかしなことではないでしょう? そもそも、恋愛関係というのは相手を独占したいという思惑はどうしても付いてくるものだし、その人の一番になりたいという気持ちがあれば自然と」

「すみませんでした、俺が悪かったです」

 

 即座に全面降伏を示し、深々と頭を下げる俺。

 び、びっくりしたぁ……! なにこれメッチャドキドキしてる、俺顔気持ち悪いことになってない? あ、それはいつもだったね!

 

 雪ノ下の言葉はいつだって切れ味鋭く、奉仕部に入ってから散々俺の心を抉ってきたわけだが、それが恋愛方面になるとまた別の意味で破壊力が凄い。

 前までは心臓グサグサやられてたけど、今じゃ心臓バクバクだよ。大丈夫? 早死にするんじゃないの俺。

 

 ていうか雪ノ下の方もちょっと赤くなっちゃってんじゃん……あと一気にまくし立てたせいで息も上がってるし……かわいい。

 

 こういった彼女の負けず嫌いなところだったり、切れ味鋭い言葉のナイフだったり、俺も以前からよく知っている性質でも関係性が変わることで印象も大分変わってくるのだから人間というのはやはり分からないものだ。

 変わらないものでも変わって見える。そういった不安定な事柄は以前までの俺であればマイナスなものとして捉えていたのかもしれないが、今ではそれを好意的に受け止め楽しんでいる自分もいるのだからこれも成長というものなのだろうか。

 

 そして関係性の変化にともなう印象の変化というのは、俺から見た彼女だけではなく彼女から見た俺にも当然ある。

 最初は俺の言動全てをゴミカス扱いで全否定してきた彼女も、今では俺の言動の半分くらいをゴミ扱いで半否定くらいになっている。

 

 ……あんまり変わってねえな。

 

 

× × ×

 

 

 モールについた俺達は、まず服を見に来ていた。まぁ俺達っていうか雪ノ下がだけど。

 由比ヶ浜へのプレゼント選びの時は、誰かにプレゼントを選ぶという事に慣れていないせいで服を引っ張って耐久力を調べるとか大分アレなことしてた雪ノ下だが、自分の服を買う分にはそんなこともないらしい。

 まぁ、ファッション自体に全くの無関心というわけではないということだろう。普段の私服もどれもよく似合ってるし。

 

 だから、こういった彼女が試着して彼氏が感想を言うというのは恋人の定番イベントだというのは理解はしているのだが、センスでいえば俺より雪ノ下の方が遥かに良いわけで、これ俺に聞く意味あるのかな……とか思わなくもない。

 そんなことを考えながらぼーっとしていると、目の前の試着室のカーテンが開かれ、白のワンピースに薄い青のカーディガンというお嬢様風なファッションに身を包んだ雪ノ下が現れる。

 

「どう?」

「……いい」

「……あなた先程からそれしか言っていないけれど、真剣に考えているのかしら?」

 

 今回で同じ問答を三度繰り返したことになり、雪ノ下から不満げな目を向けられてしまう。

 しまった、答え方間違えたか。やはり「答えは沈黙」……違うか、違うね。

 

「いや俺服とかよく分かんねえし、ピ○コみたいなファッションチェックとかできねえし……それにあれだ、こういうのは余計な言葉を付け足したりせずに浮かんできた感想をシンプルに言った方がむしろ心がこもってる感じしない? 知らんけど」

「そうやって無駄な屁理屈をこねる頭をもう少し他のところに回せないものかしら…………それに、何がシンプルに、よ。比企谷くんあなた私に告白する時は頑なに『好き』と言わずに、あんなに長々と言葉を重ね続けて、挙句の果てには私の人生を歪めるだとか訳の分からない言い回しまで始めて」

「おいやめろそれ俺の人生でワーストレベルの黒歴史だからマジで」

「『本物がほしい』の時よりも?」

「ねえその俺の黒歴史掘り起こそうキャンペーンこの前からまだ続いてるの? そろそろホントに死んじゃうよ俺?」

 

 もう変な汗とかメッチャ出てるし、心臓も嫌な鼓動しちゃうから。

 というか、今思い返しても相当アレな告白したな俺。まぁでも、それでオーケーする雪ノ下もアレだし、どっちもアレでおかしい者同士でお似合いってアレだろう。あれれ~おかしいぞ~。

 

 と、ここで何やら周りからクスクスといった控えめな笑い声が聞こえてきた。

 俺と雪ノ下がはっとして周囲に注意を向けると、どうやらたまたま近くにいた女子大生と思われるお姉さん二人組が俺達の会話を聞いていたらしく、微笑ましそうにこちらを見ていた。

 

 なにこれ超恥ずかしい……。

 去年の文化祭の時も、ステージ脇からインカムで雪ノ下といつもの部室でのノリで話してたら他の実行委員達に聞かせてしまったことがあったが、その時とちょっと似てる。何も成長していない……。

 

 俺はとてつもない居心地の悪さを感じつつ、頭をガシガシとかきながら目を逸らしてボソボソと呟く。

 

「や、なに、とにかく全部よく似合ってるから……」

「そ、そう、ありがとう……」

 

 雪ノ下も赤い顔で小さく答えると、逃げるように試着室のカーテンを閉めてしまった。

 ……雪ノ下がああやって照れているのは可愛いけど、俺も多分同じくらい顔赤くなってるんだよな……それは何というか凄く気持ち悪いと思います。

 

 ともかく、この場にいるのもお姉さん方からの視線が気になるし、カーテンの向こうから聞こえてくる衣擦れの音が落ち着かないというのもあって、少し離れて待つことにする。

 

 すると。

 

「ん、ヒキオじゃん」

「あ、ヒキタニくんはろはろ~」

 

 声の方を向くと、二年の時に同じクラスだった三浦優美子と海老名姫菜が目に入る。というか海老名さんは今も同じクラスだ。

 どうやら二人はクラスが別れても交流は続いているらしく、そのことを好ましく思っている自分もいる。まぁなに、奉仕部で三浦達のグループ関係の依頼も結構あったからね。

 

 俺は「うす」とどっかの氷帝の腰巾着みたいに短い返事をしながら軽く会釈する。

 なんか最近、学校外でも知り合いから声をかけられることがちらほら増えてきた気がする。以前までは最強の性能を誇っていたステルスヒッキーも衰えたもんだぜ……。

 

「てかヒキオって服見たりすんだ超意外。センス悪そう」

「服くらい誰でも見るだろ……センス悪いのは否定しないけどよ」

「腐腐腐、隠さなくてもいいよヒキタニくん。君は一人で服見るタイプではないから……ズバリ、隼人くんとデート中!!」

「いや普通に違うから……」

「なーんだ、はやはちじゃないんだ。じゃあ普通に雪ノ下さんとデートか」

 

 海老名さんは残念そうに言うが、ついでとばかりに平然と言い当ててきて胸の内をきゅっと掴まれるようだった。

 この人察し良すぎでしょ、普段はアレなのに油断できない辺り三浦より怖いんだけど……。

 

 言葉に詰まっている俺を見て、三浦は意外そうな顔で。

 

「へーあんたら放課後に制服デートなんてするんだ」

「……デートっていうか、まぁ、なに、ただの買い物みたいな……」

「だからそれデートじゃん」

「客観的に見ればそうなるかもしれんが、主観的に見た時に必ずしも同じ結論になるとは限らないってのは往々にしてある事でだな……」

「なにそれ意味分かんないキモい」

 

 ひどい……。

 いや、うん、普通にデートだけどさ。雪ノ下もそう言ってたし。

 ただ、だからといって素直にデートだと言うのも何だか抵抗があるというか……確かに思考回路がキモいな俺。元々だけど。

 

 三浦は呆れたように溜息をつくと。

 

「結衣もなんでこんなのがいいんだか。さっさと忘れてもっと良いの見つければいいのに」

「ほんとそれな」

「あんたが言うな」

「まぁまぁ、結衣も気持ち切り替えたっていうか、なんか吹っ切れた感じあって今でも楽しそうだし、いいんじゃない? そこは優美子も安心してたでしょ?」

「……べ、別にそこまで気にしてるわけじゃないし」

 

 海老名さんからそう言われ、ぷいっと顔を逸して言葉を濁す三浦。なにこの可愛くて良い人。

 以前までは二人とも別世界の人間で、なんなら今も割とそんな感じだが、去年何度か関わる機会があって彼女達のことを知ったことで、印象も大分違うものになった。

 これも奉仕部に入らなかったら知らないまま卒業していたのだろうが、それを惜しく思う自分がいる。

 

 俺がこんなこと思う筋合いなんてないのだろうが、この二人が由比ヶ浜の友達で良かったと思う。

 

 そうやって胸に暖かさを感じながら二人を見ていると、急に背後から冷気を感じる。

 ……うわぁ振り向きたくねえ……また俺何かやっちゃいました?

 

「あ、雪ノ下さんはろはろ~」

「は……こんにちは海老名さん、三浦さん」

 

 つい海老名さんに釣られて同じ挨拶を返そうとして、何とか軌道修正する雪ノ下。

 そういえばコイツ、帰国子女だったな。それなら「ハロー」の方もそれなりに馴染みはあるのかもしれん。はろはろ~。

 

 雪ノ下はじっと二人を見て尋ねる。

 

「随分楽しそうだったけれど、比企谷くんと何か話していたの?」

「別に……てか何その目。もしかしてあーしらがヒキオに何かちょっかい出したとか思ってるわけ?」

「それは……」

「あんさ、普通に考えてあーしらがヒキオに言い寄るとかありえないっしょ。頭良いくせにそんな事も分かんないの」

「…………」

 

 ひぇぇ……メッチャギスギスしてるよぉ……。

 この二人、何だかんだ最近はそれなりにマシになったとは思ってたんだが、仲の悪さは相変わらずのようだ。

 

 雪ノ下は顎に手を添えて考え込んでいる様子で、三浦は不機嫌そうに腕を組んだまま雪ノ下から目を逸らさない。一方で海老名さんはそれ程気にした様子もなく、二人のことを眺めているだけだ。

 どうしよう、止めたほうがいいのかな、でも怖いな、海老名さん何とかしてくれないかな……とか腰が引けまくっていると。

 

 なんと、雪ノ下が深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい。冷静さを失っていたわ。そうね、比企谷くんがあなた達から言い寄られるなんて、どう考えてもありえないわ。むしろ、あなた達への侮辱になってしまったわね」

「えっ……あ……」

 

 三浦もここまで素直に謝られるとは思っていなかったのだろう、目を丸くして少しの間呆けてしまう。

 つか、俺が女子から言い寄られるのがありあえないってのはもちろんその通りなんだが……ちょっと扱い酷すぎない……?

 

 三浦がそこまで意表を突かれた気持ちは分かる。

 以前までの雪ノ下であれば、こうも簡単に折れるということはなかっただろう。それこそ怒涛の口撃で泣かせてしまうまであったかもしれない。

 奉仕部での日々は切れたナイフのようだった彼女をいくらか丸くしたのだ。

 

 とはいえ変化というのは必ずしも全てが正しいわけではないし、以前までの彼女から失われたものもあるのだろうが。

 しかし重要なのは彼女自身がその変化をどう思っているかであり、少なくとも彼女は今の自分を好意的に受け入れている様子なので、きっと正しいといえるはずだ。

 

 やがて、三浦はそわそわと落ち着きなく髪を触りながら。

 

「……そ、そんなガチで謝らなくていいし。気にしてないし。あーしも、ちょっと言い方アレだったし……」

 

 普段は余裕綽々な女王様キャラな三浦だが、予想外のことには結構弱いのが可愛い。前に葉山が知らない女といるところ見た時なんて、ズッコケてたからねこの子。

 やがて三浦は店の外に目を向けながら。

 

「じゃ、あーしら邪魔みたいだし、もう行くから。ほら海老名」

「はいはーい。…………あ、そだヒキタニくん」

 

 海老名さんは三浦のあとをついて行こうとしたが、その足を止めてこちらを振り返る。

 その表情は、とても柔らかなもので。

 

「今、楽しい?」

「……あぁ、そうだな。そっちは?」

「うん、私も楽しい。……具体的に言うと、今のクラス、はやはち的にすっごく良いと思うんだよね! だって、ヒキタニくんの知り合い、私と隼人くんだけじゃん!? つまり男子の知り合いは隼人くんだけ!! これは何も起きないはずがぶふっ!!」

「だからあんたはいい加減擬態しろしマジで」

 

 興奮して鼻血を吹き出した海老名さんをズルズルと引きずっていく三浦。

 何だろう、絵面は酷いのにこの安心感。

 真面目っぽく話していたと思ったらすぐ変な方向へ突っ走ってしまうのは海老名さんにはよくあることだ。

 

 ただ、彼女からの質問を聞いた時、俺はあの修学旅行の最後の日を思い出していた。

 

 あの時、海老名姫菜は、俺となら上手く付き合えるかもと言った。

 それはもちろん冗談で心にもない言葉ではあったのだが、それでも俺達の間には共有できるものが存在していて、だからこそ彼女は俺にだけ分かるような依頼をしたのだろう。

 

 先程の質問は、そんな俺が自分で出した答えについてどう思っているのか興味があったのかもしれない。俺はあの修学旅行の頃と比べると随分と変わり、いくつかの答えも出した。

 だが海老名さんだって全く変わらないなんてことはない。少なくとも、戸部への対応は俺の目から見て確かに変化があるように思う。

 

 とはいえ、俺の答えが海老名さんに何かしらの影響を与えるなんて自惚れるつもりはない。

 俺と彼女は共有できるものがあったとしても、できないものの方が沢山あるし、つまるところ全く別の人間なのだ。

 俺は関係なく、彼女は彼女で何かしらの答えを出すし、それも俺のとは全く別のものなのだろう。

 

 それでも、俺は彼女の出す答えに興味があった。

 そして、いつか先程の彼女のように尋ねる日がくるのかもしれない。そう漠然と思った。

 

 隣にいる雪ノ下も、海老名さんの姿をじっと見て、何か思いにふけているようだ。

 やがて彼女は、ぽつりと一言呟く。

 

「はやはち……」

 

 ねえちょっと流石に葉山まで警戒とかしないよね雪ノ下さん?

 同士が出来たって海老名さん喜んじゃうよ?

 

 

× × ×

 

 

 次に俺達が向かったのはゲーセンだった。

 辺りは様々なゲームの効果音が重なり音の洪水といった感じで、すぐ近くにいても普段の五割増しくらいの声を出さないと聞き取れないくらいだ。

 

 雪ノ下はこういった騒がしい場所は基本的に好まない。ただ、例外もある。

 目の前にはUFOキャッチャー。隣には真剣な表情で中を覗き込んでいる雪ノ下。

 彼女が手元のボタンを操作するとアームが動き、中にある景品……パンさんの上までやってくる。

 

「もうちょい右じゃね?」

「これでいいのよ」

 

 何やら自信ありげな雪ノ下。

 アームが下りていくと案の定少しズレていて、パンさんを掴むことができず……と思ったら。

 爪の部分がぬいぐるみについているタグに引っかかり、見事取り出し口へと落とすことに成功した。

 

「おお……」

「ふふ、だから言ったでしょう」

 

 雪ノ下は完全に勝ち誇った顔でパンさんを取り出し、両手で抱く。

 そんな彼女に、俺は普通に驚きながら尋ねる。

 

「え、お前こういうの苦手じゃなかった? 由比ヶ浜の誕プレ買いに行った時、メッチャ苦戦してたろ」

「いつの話をしているのかしら、もう一年近く前のことでしょう。苦手であれば練習すればいい、それだけのことよ。コツはネットで調べればいくらでも出てくるし、ゲームセンターには由比ヶ浜さんとも何度か来ていたから」

「ほーん」

 

 苦手なことでも苦手なまま終わらせずに克服する辺り雪ノ下らしい。まぁ、パンさんが絡んでるってのが大きいのだろうが。

 なんでも彼女が言うには、こういったゲームでは掴んで落とすというのはあまり考えない方がいいらしく、タグを狙ったり本体で押したりする方が成功率が高く、それを前提としてアームや景品の形状を見て位置を微調整する、というのがコツなんだとか。

 

「……なるほどな。じゃあこういうゲームで何か欲しいもんあったらお前に頼むからよろしくな。店員さん呼ぶより早そうだ」

「最初から人任せ前提というのもあなたらしいわね……」

「言い方が悪い。適材適所ってやつだ」

「まったく……。そもそも、比企谷くんに適した役割って何かしら? こうなってはいけないと子供に教え込む為の反面教師……存在感の無さと死んだ目を活かしたお化け屋敷の脅かし役……」

「おい頑張れ、もっと頑張れ。まだあるだろ何か」

「…………あとは、私の彼氏、とか」

 

 一瞬、時が止まって辺りの騒音が聞こえなくなる。

 

 おいマジかよこいつ今の流れでそういう事言う?

 もうほんとそういう不意打ちされると俺の照れ顔とかいうおぞましい物見せちゃうから程々にしてほしい。顔あっつ……。

 

 しかし、俺だけではなく雪ノ下の方も俯いて頬を染めていて。

 

「…………」

「…………」

「あの、雪ノ下さん? 自分で言ってそんな照れるなら最初から言わなければいいんじゃないですかね……」

「し、仕方ないでしょう。その、この前部室で言われたじゃない……私達、恋人らしさが薄れているって……だから……」

「……あー。まぁ、なに、そんな気にしなくてもいいと思うぞ。他のカップルがどんなんかは知らんけど、俺達が無理にそういうのに合わせる必要もないだろ。ほら、子供の頃とか友達の持ってるもん羨ましがると、親から『よそはよそ!』とか言われたろ。俺は友達いなかったから小町の話なんだけど」

「最後に悲しい事実が聞こえた気がするけれど……必ずしも他に合わせる必要はないという事は理解しているわ。けれど、あまり恋人らしい空気がないと、もう別れたのかと周りから勘違いされるかもしれないでしょう。現に一色さんがそのようなことを言っていたのだし」

「周りはいいだろ別に、勝手に勘違いさせとけば。元から俺が釣り合ってないだの何だの言いたい放題言われてるっぽいし。流石に身近な奴らにまで別れたとか思われるのはアレだが……一色だって半分以上冗談で言ってただけだろうしな」

「はぁ……周りを気にしすぎるのはどうかと思うけれど、あなたは気にしなさすぎだと思うわ。その釣り合ってない云々といった下衆の言葉は私の耳にも入ってきているけれど、その度に相手と直接話して人格を否定して排除しているから心配しなくていいわ。そのうち収まるでしょう」

「えぇ……お前そんなことしてたのこええよ……あと怖い。…………でもなんだ、その、ありがとな」

 

 最近は随分と丸くなってきた雪ノ下だが、こういう所もまだしっかりと残っていて、多分完全に消えることなどないのだろう。まぁ、母親とか姉とかもメッチャ怖いからね……。

 ただ、自分や周りが絶えず変化していく中で、変わらずにあるものというのもあっていいだろう。

 自分は変わる必要なんてないと昔の俺はよく言ったもんだが、変化を容認した今だからこそ、変わらないものの大切さは理解しているつもりだ。

 

 それから俺達はゲーセンの奥の方へと足を運ぶ。

 ここでの雪ノ下のお目当ては先程取ったパンさんだけかと思っていたのだが、どうやら他にもあるらしい。

 

「プリクラを撮りましょう」

「……こういう話、知ってるか? 写真って撮られる度に魂を吸い取られるとか何とか」

「あなたの魂を吸い取るほど物好きなカメラもないでしょう。むしろそんなことをしたらカメラの方が壊れるんじゃないかしら」

「確かに……」

 

 俺の魂とか毒性メッチャ強そう。

 そうやって納得してしまった俺に、雪ノ下はジト目を向けてきて。

 

「あなた、戸塚くんとは楽しそうに撮っていたわよね?」

「うっ……いや、友達と彼女だとまた違ったハードルがあってな……つか、雪ノ下はこういうの苦手じゃないのか?」

「あら、私は由比ヶ浜さんと何度か撮っているからもう慣れたわよ。言っておくけれど、私は比企谷くんよりは普通の高校生に近付いていると思うわよ。プリクラも何度か撮っているし」

「二回言わなくていいから……プリクラ慣れてるだけでそんなドヤ顔してる時点で普通じゃねえだろ絶対……」

「……彼氏とプリクラ撮りたがっているのは普通の女子高生じゃない?」

「…………それはまぁ……そうだな」

 

 そんなことを言われてしまっては断れるはずもなく、抵抗するのをやめて大人しくプリクラ機の中へと入っていく。

 

 筐体の中は二人だけだと幾分広く感じる。

 まず二人でプリクラ撮るってこともほとんどないからな……戸塚と撮ろうとしても大体もう一人くっついてるし。

 

 雪ノ下は慣れているというだけあって手早くパネルを操作していくと、程なくして取り付けられているスピーカーから「くっついてくっついて!」といった妙に煽る声が聞こえてくる。

 

「比企谷くん、くっついてと言われているわよ」

「そうだな。ただ、俺はこう思う。人ってのは人生において何かを頼まれた時、断らない時の方が多いんじゃないか。親、先生、上司とかはもちろん、後輩や部下の頼みも良い格好して聞いてやることだって多いだろう。友達の頼みだって基本的に聞いてやるのが普通だ。だから、せめて人間以外、今みたいな機械の頼みくらいは全力で拒否してもいいんじゃないか」

「いいからくっつきなさい」

「はい」

 

 彼女の頼み、もとい命令は最強であると実感した瞬間だった。

 というか、基本的に俺が弱すぎる。これがもし異世界だったら、秘められた何かが覚醒して人生逆転俺TUEEEEE無双の始まりなのに……。

 

 つか、くっつけと言われてもどうすればいいの……。

 雪ノ下が俺とタピオカツーショット撮ろうとする時は自然に腕を絡ませてきたりもするのだが、それをこちらからやるというのもハードルが高い。

 

 ……まぁ、とりあえず近寄ればいいか。

 そう結論付け、恐る恐るといった感じで彼女と肩が触れ合うくらいまで距離を詰める。

 すると程なくして、カウントダウンと共にパシャリとフラッシュがたかれた。

 

「比企谷くん」

「え、なに、何かマズかった?」

「今のは恋人同士のプリクラとしては不適切だと思うわ。ただ並んで撮るだけなんて、学校行事の事務的な写真ではないのだから」

「……あー」

 

 いや、俺としても何かおかしいとは思ったけどね?

 確かに、ただ直立して並んだだけの写真とか、そのまま学校案内に載せて「奉仕部の比企谷くんと雪ノ下さん」とか入れれば普通に使えそう。

 

 じゃあ、カップルっぽいプリクラってなんだ……?

 機械音声の方はこちらの都合などお構いなしに、次の撮影までのカウントダウンをしている。考えている時間はあまりない。

 俺は焦る頭でああでもないこうでもないと考え続け――――。

 

 フラッシュがたかれる寸前。

 雪ノ下の肩を抱き寄せた。

 

「っ!!」

 

 ビクッと彼女の体が震えたのを感じた瞬間、パシャリと写真が撮られる。なにこれ超恥ずかしい。

 おそらく世の彼女持ちウェイ勢はこういうことでも余裕の笑みを浮かべたりしてやってのけるのだろうが、当然ながら俺にそんなスキルがあるはずもない。ウェイ勢凄すぎるだろ今度からもっと敬うことにするわあいつら。

 

胸の鼓動は早鳴り顔は熱くなっていて変な汗までかいてくる始末だし、自分でも浮かれまくっているのが分かり後になって転げ回るはめになるのは目に見えている。

 とはいえ、とにかくこれで目的は達せたはずだ。今度は流石にカップルのプリクラだろうと彼女の方を見る。

 

 しかし、彼女の方は何やら不満げにこちらを見ていた。

 

「……え、今のもダメ?」

「…………ダメじゃない、けど……えっと……不意打ちだったから……私、きっと変な顔になっているわ……」

「大丈夫だ安心しろ、どんなにお前が変顔しても俺よりはマシだから」

「それ慰めているつもり……?」

 

 雪ノ下は頬を染めて、こつんと頭を俺の胸辺りに当てて抗議する。

 うん、多分……いや絶対今の俺の方がずっと変な顔になってる。頼むから今撮るなよプリクラ機、世にもおぞましい写真が出来上がっちゃうから。心霊写真も霞むレベル。

 

 そんなこんなで色々と苦戦しつつもそれから数回の撮影を終えると、定番のラクガキの時間だ。

 これに関しては完全に俺の出番はなく、雪ノ下に全部任せて少し休憩することに。

 

 なんというか、どっと疲れた……慣れないことをすると疲れるというのは経験則から分かってはいることだが。

 ただ、疲労以外にも雪ノ下とこういったことができるのは嬉しい気持ちというのも確かにあって……トータルではプラスです。プリクラ最高!

 

 すると、ラクガキに集中していた雪ノ下がポツリと。

 

「……はちまん」

「な、なんだよ急に……」

「っ……ご、ごめんなさい、口に出ていたわ」

「い、いや別に構わないけど……あれか、名前書いてるのか」

「えぇ、恋人同士なのだし、その、下の名前の方が自然でしょう……?」

「あー……まぁ、そうだな、うん」

 

 あまりにもむず痒い空気に、俺はそんな短い言葉しか返せない。

 しかし、こんな些細なことでもこの有様では、小町の言ってた「恋人らしく名字ではなく名前で呼び合うようにする」ってのはかなりの難易度だということが改めてよく分かった。

 

 まず恋人とかを抜きにしても、名字から名前に呼び方を変えるって並大抵のことではないと思うんだが、これは俺がおかしいだけなのだろうか。

 由比ヶ浜とか、初対面の雪ノ下とちょっとクッキー作りしたらもう「ゆきのん」とか呼んでたからな……あの時はただのアホにしか思えなかったが、今になってその凄さが分かる。

 

 まぁでも女子って特にその辺緩いっていうか、プリクラのラクガキなんかでも大体は名前で……と考えていた時。

 中学時代の嫌な思い出が脳裏によぎる。

 

「そういや、中学の時に無理してクラスの打ち上げに参加して皆でプリクラ撮ったんだが、その時のラクガキで他の皆はあだ名や下の名前を書いてもらってたのに、俺だけ『比企谷くん』だったのを思い出したわ」

「あなたは油断するとすぐ黒歴史を思い出すのね……」

 

 雪ノ下は頭を押さえて呆れたように溜息をつく。さっきまでのむず痒い空気が一気に消えた。

 そう言われても、ふとした時に思い出してしまうのが黒歴史というものなのだから仕方ない。

 特に俺くらいの痛さになると、単純に黒歴史そのものの数が多い訳で、それに関連するシチュエーションも多く、必然的に思い出す頻度も増える。

 

 そもそも学校近くのゲーセンってのがまず危険地帯だ。

 放課後に好きなゲームに熱中していたら、クラスの奴らがやって来て「あれウチのクラスの人じゃない……?」「あの人、あんな熱中することあるんだね……」とかドン引きされて死にたくなり、以降はわざわざ離れた所にあるゲーセンに通うってのはぼっちなら誰もが通る道だろう。

 

 そうこうしている内に雪ノ下がラクガキを終えたので二人で筐体から出ると、外の取り出し口に出来上がったプリクラが排出されていた。

 由比ヶ浜や一色なんかの色々軽そうなラクガキは想像できるもんだが、雪ノ下がどんなことを書くのかというのは純粋に興味がある。

 そんなわけで少しワクワクしながら、若干恥ずかしがっている雪ノ下がおずおずと差し出してきたプリクラを受け取って見てみると。

 

 はちまん

 ゆきの

 死ぬまで一緒

 

「重い、重いよ……あと怖い」

「何か文句でも?」

 

 絶対零度の瞳で尋ねてくる雪ノ下。だからそういうのが怖いんですが……。

 だが、俺はそんな彼女を見て……思わず笑みが溢れてしまった。一応言っとくがドMとかそういう話じゃないよ?

 

「……いや、お前らしいわ」

「ねぇ、なんで笑っているのかしら。すごく腑に落ちないのだけれど。比企谷くん?」

 

 なおも問い詰めてくる雪ノ下に適当に言葉を返しながら、プリクラを財布の中に大切にしまう。

 勉学スポーツ料理など何でも器用にこなしてしまう彼女だが、こういう何でもないところで妙な不器用さを発揮することがままある。

 そして、多くの人は完璧超人としての雪ノ下のことしか知らない。彼女と出会う前の俺がそうだったように。

 

 ふと脳裏に、とある光景が浮かんでくる。

 文化祭のあと、夕日に染まるあの部室。

 そこで彼女が小さな笑みと共に口にした言葉は今でも鮮明に覚えている。

 

 俺は彼女のことなんて知らなかった。

 でも、今では知っている。

 

 

× × ×

 

 

 ゲーセンを後にした俺達だったが、雪ノ下がトイレに行きたいとのことだったので、俺はそこらに置いてある椅子に座って待っていた。

 

 時刻はちょうど五時半。

 俺と同じく学校帰りの同世代もまだちらほら見るが、ぼちぼち帰ろうかといった声や雰囲気が伝わってくる。

 一方で、スーツに身を包んだ会社帰りと思われる社会人も少数だが見られるようになってきた。子供向け玩具メーカーの買い物袋を手に提げた中年男性や、スイーツ店へと入っていくOLなどが目につく。

 

 俺の両親は「定時上がりは都市伝説」とか何とか言っていた気がするが、どうやら存在するらしい。

 

 長年の夢であった専業主夫は流石に無理っぽいと気付き始めた俺だが、どうしても働かなくてはいけないのなら、毎日定時上がりで残業がなく休日も多いホワイト企業を狙っていこうと思う……が。

 

 なんか、普通に社畜やってる未来しか見えないんだよなぁ……。

 だって学生の時点で面倒くさい仕事ばっかやって、何かのイベントの度にひーひー言ってるからね……どうしてこうなった……。

 

 何か一気に気分が落ち込んでしまったので、雪ノ下から預かっているぬいぐるみのパンさんをふにふにしながら暇をつぶしていると。

 

「むっ!? この反応……奴が近くにいるな! ふっ……この我を欺けると思ったか……! さて、どこだ……!!」

 

 そんな芝居がかった妙な声が聞こえてきたので、俺は静かに椅子から立ち上がって別の場所で待つことにする。雪ノ下に連絡入れないとな。

 色々と危ない人を見たら関わらないように静かに離れるのが最適解。

 「ママーあれなにー?」「しっ、見ちゃダメ!」というのは世のお母さん方にとってあまりにもメジャーな教育法だ。

 

「近い……近いぞ……もう少しだ、もう少しで奴を捉えることが…………あっ、は、はちまーん! 何故逃げる!?」

 

 そそくさと離れようとする俺に、ドタドタと走り寄ってくる危険人物。

 バッチリ目視で確認してんじゃねえか……。

 

 俺は深い溜息と共に尋ねる。

 

「で、なんか用か材木座」

「用……か。そのような短く安易な言葉で表せるほど単純ではないのだがな……強いて言えば前世からの」

「そうか。じゃあな」

「はちまーん!! なんか我の扱いどんどん雑になってない!?」

「何言ってんだ材木座。ちゃんと思い返してみろよ」

「む?」

 

 首をかしげる材木座だったが、俺は肩にぽんと手を置いて。

 

「お前の扱いは最初からずっと雑だったろ」

「ぐふぉぁぁっ!! …………ふっ、どうやら貴様とはいい加減決着をつけねばならぬようだな……八幡! 我らの決闘場へ向かうぞ!!」

「行かねえよ、つか行ってきたばっかだわゲーセン」

「我もだ! しかしそんなのは取るに足らん些細なことに過ぎん!! 今日はちょうど見届人もおるしな、今は野暮用で少し席を外しているが、すぐに来る。貴様は今日が己の命日だと心に刻み覚悟を決めるがいいわ! ふはははははっ」

「行かねえって言ってんだろ、俺も連れがいるんだよ」

「八幡に連れなどおらぬだろう」

「真顔になってんじゃねえよ……」

 

 まぁ実際、いつもだったら材木座をかわすためのデマカセでしかないのだが、今回は違う。

 ただ、だからといって雪ノ下とデート的な何かをしていると知られるというのもアレだしな……と考えた時。

 

 噂をすれば何とやらだ。

 

「あら、比企谷くんの親友じゃない。こんにちは」

「親友じゃねえ」

 

 戻って来るなり最悪なことを言ってくる雪ノ下。

 そんな彼女に即座に言葉を返していると、材木座も腕を組んだまま頷く。

 

「然り。我と八幡は友などという生ぬるい関係ではない。全てを語り終えるには一晩あっても足りぬ程の深い因縁で結ばれた……そう、好敵手、というやつだな……。そうであろう、八幡!」

「あーうん、もういいよそれで」

 

 それにしてもこいつ、相変わらず雪ノ下とまともに話せてねえな。慣れろいい加減。

 まぁ、雪ノ下は雪ノ下で材木座の扱いが俺以上に酷い部分もあるし、同情の余地はあるんだが……。

 

 すると、材木座は何やら探るような様子で、何故か声を落としてヒソヒソと尋ねてくる。

 

「……して、八幡。その、連れというのは……」

「え、あー……まぁ、なんだ、そうだよ雪ノ下だよ」

「…………ふむん」

 

 俺の歯切れの悪い返答で色々察したらしく、途端に口数が少なくなる材木座。

 なんだよやめろよ、いつも通りでいいよいつも通りで。お前がそんな感じになると、こっちまで悪いことしてるみたいで落ち着かないだろ……。

 

 そうやって微妙な空気が流れると、雪ノ下は一歩前に出てきて。

 

「何をコソコソ話しているのかしら。私に聞かれたら困ることなの?」

「いや別にそういうわけじゃねえって。ただ、さっきゲーセンに誘われてな。それで、その、今はちょっとアレだからってので……」

「ああ、そういうこと。ごめんなさいね、ざい……財津くん。比企谷くんは私とデートの最中だから、また今度にしてもらえると助かるわ」

「あ、はい……」

 

 先程までの威勢はどこへやら、材木座は足元に目線を落としてぼそっと答える。お前はバイト中に先輩から「もっと明るくいこうよ!」とか言われてる時の俺か。

 

 それにしても雪ノ下のやつ、平然とデートとか言ったな……。

 いくら材木座相手とはいえ…………いや、よく見たらちょっと赤くなってますね雪ノ下さん、やっぱ無理してんじゃねえかやめろよ可愛いな。

 

 一方で材木座は少しばかりテンションが戻ってきたのか、俺にビシッと指を突きつけてくる。

 

「ついにリア充(ダークサイド)へと落ちたか八幡! 見損なったぞ!! ちなみに“リア充”と書いてルビは“ダークサイド”だ」

「どっちかっていうと、リア充が光で非リア充が闇なんじゃねえの知らんけど」

「そんなことはどうでもいいわぁ! 昔の貴様は恋愛などにうつつを抜かす程軟弱な男ではなかったはずだ!! 『恋人などいらん。俺には戦場さえあればいい』と言っていた頃の貴様はどこへ行った!?」

「言ってねえわ。俺の夢は専業主夫だって散々言ってただろ。つかお前だってラノベ作家になって声優さんと結婚するだとか言ってたろ」

「ええい、うるさいうるさい! 他にも『リア充税の導入』や『クリスマスのリア充に一番効果的な嫌がらせは何か』など共に語り合っただろう!!」

「だから、んなこと語り合っ…………たっけなそういや……」

「語り合ったのね……」

 

 雪ノ下は呆れて深い深い溜息をついている。

 いやでも、そういう話題って話してみると中々楽しいんだよな。特に俺や材木座のような最底辺の人間はリア充への劣等感が強いから盛り上がる盛り上がる。

 まぁ、大人同士なんかも上司への愚痴とかで盛り上がってるみたいだし、大目に見てくれてもいいだろう。平塚先生の愚痴とかどんだけ聞いたか分からん。

 

 雪ノ下からのジト目から逃れるようにそんなことを考えていると。

 

「お待たせ材木座くん……あれ、八幡に雪ノ下さん?」

 

 すっと胸の奥に染み渡るような暖かく優しい、癒やし効果の塊とも言える天使の声が聞こえてきた。

 俺の頭は引き寄せられるかのように自然とそちらの方を向く。

 

 そこにいたのはやはり天使だった。

 

「戸塚……会いたかった」

「えっ、急にどうしたの八幡?」

「比企谷くんあなた、今日一番嬉しそうね」

 

 首を傾げて少し困ったように笑う戸塚、そして氷点下の視線をこちらに向けてくる雪ノ下。

 寒暖差が激しい今日このごろだ。

 

 しかし、すぐに何か嫌な事実が頭をよぎる。

 先程戸塚は何と言った? 確かお待たせとか何とか……。

 その相手が俺であれば何の問題もないどころか、むしろ望むところだし、もう今夜は寝かせねえよ的な感じなのだが……。

 

「と、戸塚はここで何してんだ?」

「材木座くんと遊んでるとこ! もう帰ろうかって話になってたけどね」

「え……あ、そう……ほーん……」

 

 なにこれ胸が痛い。

 ああそうか、これが今流行の寝取られってやつなのか……脳が破壊される……。

 

 俺はありったけの恨みをこめた目を材木座に向けて。

 

「おい材木座お前……人のことダークサイドに堕ちただとか散々言ってたくせに、自分は戸塚とデートとかふざけんなよ……」

「いや別にデートとかではないと思うが……」

「デ、デートって……遊んでただけだってば!」

 

 恥ずかしそうに頬を染める戸塚を見ると更に胸が締め付けられるようだ。

 ああ、俺以外の奴とのことでそういう顔するようになっちゃったのか戸塚……でもきっと、こういう痛みを乗り越えて人は大人になっていくのかもしれない……。

 

 隣で雪ノ下が物凄く何か言いたげな視線を送ってきているのを感じながら、人生の厳しさを噛み締めていると。

 

「そ、それに、デートって言うなら八幡と雪ノ下さんがそうじゃないの?」

「……あー、これはその……デートって言えばデートかもしれんが、必ずしもそうとは言えないというか、まずデートの定義ってのを」

「デートよ」

「……デートらしい」

「あ、あはは……」

 

 戸塚は苦笑いを浮かべながらも、俺達二人をしっかり見つめて。

 

「……でも、やっぱり凄くお似合いだと思うな。八幡と雪ノ下さんって、前から二人だけの世界みたいなのがあったから」

「え、そうか……? なんか由比ヶ浜にも似たようなこと言われたことあるけど、いまいち実感ないんだが……」

「えぇ、そうね……まぁ比企谷くんを否定する言葉は普段以上に出てくる所はあったけれど……」

「それは俺のことが嫌いなだけなんじゃないか?」

「……嫌いなら付き合ったりしないわよ」

「…………ま、まぁ、それはそうだな、うん……」

 

 なにこれ恥ずかしい。

なんか付き合ってから、いつもの軽口からやぶ蛇みたいになることが多い気がする……。

 おまけに、二人きりの時ならまだしも、他に人がいる時に言われると恥ずかしさ倍増です……。

 

 材木座は「リア充死すべし」とか言いたげな敵意満々の視線を向けてきているが、それはまだいい。

 戸塚の見守るような暖かい視線が今は一番やばい。

 こそばゆい感覚が全身を伝い、ここが自分の部屋だったら奇声をあげながらベッドの上でジタバタしてるレベル。

 

 戸塚は眩しいくらいの良い笑顔を浮かべて。

 

「二人ともお幸せにね。八幡、これからは受験もあるし遊べる時間もちょっと減っちゃうかもしれないけど、それでもたまにでいいから僕とも遊んでくれると嬉しいな」

「ああもちろんだ。むしろ受験とかデートとかより戸塚を優先するまである。次いつ遊ぶ? 今?」

「比企谷くん」

「……というのは冗談にしても、あれだ、また今度な。連絡する」

「うん、待ってる」

「ふむ、どうしてもというなら我も付き合ってやらんでもないぞ!」

「あー分かった分かったその内な」

 

 一年前はまさか俺が雪ノ下雪乃と恋人関係になるなどとは露ほども思っていなかったのだが、それだけではなく、こうして変わらず友人でいてくれる人がいるというのも今までは考えられないことだった。

 「彼女ができても友達との時間も大切にする」などというのは、以前までの俺からすれば全く別世界の話であり、青春を謳歌している層だけに許された恵まれたものだと。

 

 奉仕部に入ってからの一年は決して手放しで美化できるものでもなく、思い返すだけで気が重くなるようなことも沢山あったが。

 気付けば大切にしていきたいものが周りにいくつもあって、あの日々は決して間違いではなかったと肯定できると思えた。

 

 そして雪ノ下もまた、穏やかな笑みを浮かべてそっと俺に囁く。

 

「もう私が友達にならなくても大丈夫そうね?」

「……はっ」

 

 懐かしすぎて思わず笑みを溢してしまう。

 結局、雪ノ下への「俺と友達にならないか」という言葉は最後まで紡ぐことはなかった。

 そして、その必要もなくなったのだ。

 

 

× × ×

 

 

 次に俺達が向かったのは食品売場で、夕飯の買い出しだ。

 店内には軽快なテンポの曲が流れていて、時間も時間なので主婦の方々が大勢見られ、学生服に身を包んだ俺達は少し浮いている。

 まぁ俺は周り皆が学生服の学校ですら浮いてるんだけどね。

 

 料理に関しても雪ノ下に全力で投げっぱなしであり、俺はカートを押す役割だ。

 

「比企谷くん、何か苦手なものある?」

「人」

「食べ物の話よ……」

「あー、トマトだな」

「そう」

 

 雪ノ下は小さく頷くと、何の躊躇いもなくトマトをカートへと入れる。

 

「ちょっと? 今頷いたよね? おかしいよね?」

「理解したという頷きよ。配慮するという意味ではないわ」

「配慮どころか、ピンポイントでそこ狙いにきたからな……」

「では逆に聞くけれど、私が苦手なものを避けるような性格だと思う?」

「ですよね……」

 

 そうだ、雪ノ下は苦手なことには真正面から立ち向かう質だ。

 とはいえ、彼女の場合は大抵何やってもすぐ上達してしまうので、スポーツなんかでは持久力が不足してしまうという弱点もあったりするのだが。

 

 げんなりしている俺に、雪ノ下は溜息をついて。

 

「丸ごと食べさせるわけではないから安心して。トマト煮に使うだけだから」

「ああ、それならまだいいわ……つか、そういうのってトマト缶使った方が楽じゃね?」

「……せっかく恋人に作るのだから、できるだけ自分の手でやりたくて」

「え……あ、そ、そう……」

 

 いきなり嫌がらせされたかと思ったら、このデレよう。

 何なの飴と鞭なの、でもトマトくらいでそんな可愛いとこ見られるならいくらでも食べちゃうよトマト。

 

 俺は熱くなっている顔を彼女に悟られないように、少し視線をずらしながら。

 

「女子ってトマト好きだよな。ちょっと洒落た店行ってトマト系のパスタ食ってインスタにあげてるイメージ」

「偏見も甚だしいけれど……でもそうね、由比ヶ浜さんもトマトを使った料理を作ったとか言っていたわ。何故か黒くなったみたいだけれど」

「あいつが料理すると大概は黒くなるよな。全てを黒く染めるとか、材木座が食いつきそうな設定じゃね。今度小説のネタ提供として教えてやるか」

「それで彼の小説に由比ヶ浜さんが出ることになったら、あなた恨まれるわよ……」

 

 ジト目でそんな忠告をしてくる雪ノ下だったが、実は材木座のやつ、身も心も凍らせる恐怖の氷の女王とかいうキャラ出してるんだよなぁ……。

 口調なんかもそのまんまで読んだら確実にバレるレベルなんだが、あれ読んだらどうなっちゃうんだろう材木座が。

 

 そんなことを話しながら買い物を続けていると、ふと見知った二人を見かける。

 今日はほんと知り合いによく会うな。

 

 二人とも青みがかった黒髪の姉妹で、姉はポニテ、妹は二つ分け。二人ともお揃いのシュシュで髪を結んでいる。

 名前はさーちゃんとけーちゃん。名字は……川……崎だ。ちゃんと覚えてるよ?

 

「あー! はーちゃんだ!!」

 

 こっちに気付くなり、妹の京華がはしゃいだ声を響かせながらこちらに走り寄ってくる。

 その表情は嬉しそうな満面の笑みで染まっていて、俺を見てこんな顔してくれる人物というのもかなり珍しい。俺の場合はまず認識されるってところから一定のハードルがあるからね。なにその能力、バスケだったら幻のシックスマンになれそう。

 

 一方で京華はそのままぼふっと俺の腰のあたりに抱きついてきて、それはそれは楽しそうに笑っている。

 

「おー、相変わらず元気だなけーちゃん」

「うん、元気! はーちゃんは相変わらず元気じゃないね!」

「こ、こら、けーちゃん!」

 

 慌ててこっちに来た川崎が妹に注意するが、俺としては特に否定する理由もない。逆に俺が元気な時って、だいたい気持ち悪いことになってるらしいからな小町曰く。

 つか俺の隣にいる奴とか、京華の言葉がツボに入ったのか背中をぷるぷる震わせて笑ってやがるし……。

 

「いやまぁ、別にいいけどね本当のことだし……俺目死んでるし……」

「いくらあんたの目が腐ってて死んでても、思ったことを何でも言っていいわけではないでしょ。ほらけーちゃん、ごめんなさいは?」

「うん、はーちゃんホントのこと言ってごめんなさい……」

「あ、うん、なんかこっちこそ生きててごめんね?」

 

 謝られる前よりダメージくらうとかどういうことなの……。

この、気を使ってるかのように見せかけた精神攻撃は雪ノ下もたまに使うテクニックだが、俺じゃなきゃうっかり死んじゃうレベルのやつだから気をつけようね?

 

 そんな雪ノ下さんは、ようやく笑いの波が収まってきてのか、調子を戻すように小さく咳払いをして挨拶する。

 

「こんにちは……いえ、もうこんばんは、かしらね。川崎さん。京華さん」

「あ、うん…………えっと、けーちゃん、もう行くよ」

「えーなんでー! もっとお話したいー!!」

「でも、ほら……邪魔っぽいし……」

 

 ちらちらと俺達二人を見ながら、居心地悪そうにしている川崎。

 ……なんていうか、そうやって気を使われるっていうのもこっちからすると落ち着かないものがあるんですが……。

 

「あー、いや、別にいいっての。なに、そういうのそんな気にしないし。な、雪ノ下」

「えぇ。先程も私が少し目を離したら、比企谷くんは三浦さんと海老名さんと楽しくお話していたし」

「あんた……」

「おかしい。言い方がおかしい」

 

 川崎からゴミを見るような目を向けられ弁解する。

 人によってはご褒美ですとか言う性癖の持ち主もいるらしいが、この場合はヤンキーに脅されてる陰キャの構図で普通に怖い……。

 

 ただ、川崎の方も雪ノ下の軽口だというのは理解しているらしく、呆れたように溜息をつくと。

 

「ま、あんたって結構そういうとこあるからね。これからは気をつけた方がいいんじゃない」

「そういうとこってなんだよ……こっちは女子どころか男友達も少ないんだけど……」

「……」

「え、なに……」

「……比企谷くん、あなた川崎さんに何かしたの?」

 

 雪ノ下が強烈な冷気を放ちながら尋ねてくる。今度はマジだ。

 いや待ってほしい、川崎のジト目を見るに本当に何かやってしまったみたいだが、心当たりがないんだが……。

 

 すると、京華までもがむすっとした顔をして。

 

「さーちゃんはね、はーちゃんに捨てられてかなしいんだよ!」

「は……?」

「け、けーちゃん! 何言ってんの全然そんなんじゃないから!!」

 

 顔を赤くして大声を出す川崎だったが、京華はろくに聞いてない様子で、今度は雪ノ下の方を向くと。

 

「この泥棒猫!」

「京華!!」

「え、えっと……?」

 

 普段の雪ノ下だったら、いきなりこんなことを言われれば強烈なカウンターをお見舞いして相手の心を折るところなのだろうが、流石に相手が保育園児だとそうもいかないらしく、ただただ困惑している。

 年下相手でも、例えば留美なんかにはいつも通り容赦なかったし、その辺りにラインがあるのかもしれん。

 

 つか、こんな小さな子が泥棒猫とかいう言葉知ってんだな……昔のファ○タのCMとか思い出すけど、今はCMもかなり大人しくなった感じだしな……。

 

 川崎はすっかり弱り果てた珍しい様子を見せて雪ノ下に頭を下げる。

 

「ご、ごめん……」

「いえ、別に気にしていないけれど……」

「ほらけーちゃんも!」

「やだ」

「けーちゃん、晩御飯抜きにするよ」

「むー!」

 

 頬を膨らませて徹底抗戦の構えを見せる京華。なにこれすげえ可愛い。

 思わず手を伸ばして頬をツンツンしてみたくなる衝動を抑えていると、京華はぶんぶんと腕を振り回して全身で不満を表現しながら言う。

 

「だって、たーくん言ってたもん! さーちゃんがはーちゃんに振られちゃったから優しくしてあげよって!!」

「大志、あのバカ……!!」

「あー情報源はそこか。大志の奴が何か勘違いしてやがったんだな多分。つか、川崎が家でそういう話するとは思えんし、俺と雪ノ下のことって一年にまで広まってんの……?」

「そうみたいね。小町さんもクラスメイトからそのことについてよく聞かれると愚痴を溢していたわ」

 

 えぇ……噂が広まるのは早いってのは知ってるし、中学時代に俺が振られた事実が次の日には教室中に知られていたというのはあったが、今回はそれを上回る広まり方じゃねえか……。

 理由としては雪ノ下が有名人ってのが一番大きいだろう。確かに学校一の才女がろくでもない男に引っかかったってのはゴシップ的に価値高そうだ。

 

 そして京華は思い出したように付け加える。

 

「あ、でもね、たーくんとはーちゃんの妹が仲良しだから、はーちゃんとは親戚になれるかもって!」

「そうかあいつぶっ殺す」

「その前にあたしがあんたを殺すよ」

 

 思わず反射的に川崎大志の殺害予告をすると、目の前にいる姉からとんでもない殺意を向けられた……メッチャ怖い。

 どんだけブラコンなんだよ……シスコンでもあるし無敵すぎない……?

 

 そして、川崎は京華に諭すように。

 

「とにかく、たーくんが勝手に勘違いしてただけだから。わかった?」

「んー……うん」

「雪ノ下のお姉ちゃんにごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

 

 素直にぺこりと頭を下げる京華に、思わず俺が「全然いいよ!」とか答えつつ思い切り抱きしめナデナデしてあげたい衝動に駆られるが、何とか抑える。

 さっきから衝動抑えてばっかだな俺、どこの危険人物だよ。

 

 雪ノ下は優しい笑みを浮かべて。

 

「いいえ、気にしないで。……比企谷くんが複数の女子ととても仲良くしているのは事実だし。比企谷くん、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい……」

 

 何故か最終的に俺が謝ることになっていた。絶対おかしいでしょこれ……。

 川崎も川崎で、雪ノ下に同調するように頷きながら。

 

「さっきも似たようなこと言ったけど、あんた無自覚に結構変なこと言ってくるからね。普段は理屈っぽいくせに。ほんと気をつけた方がいいよ」

「そういえば、比企谷くんが川崎さんに何かした件について有耶無耶になっていたわね。改めて聞かせてもらいましょうか」

「え……いや、本当に心当たりがないんだが……」

「…………あんた、文化祭であたしに言ったこと覚えてないの?」

「文化祭?」

 

 何かあっただろうか。

 まずあの文化祭は色々トラブル続きで相当大変だった文実関係の記憶が大半を占めていて、クラスの出し物に関してはあまり参加できてなかったからな……。

 あ、演劇の戸塚がメチャクチャ可愛かったのは覚えてます。相方のいけ好かないイケメンのことは忘れた。

 

 川崎はじれったい様子で更に説明する。

 

「文化祭の終わりの方。あんた、息切らせて教室来たでしょ」

「あー、そうそう。マジ大変だったわあれ。あの時は助かった川崎、お前が屋上の鍵のこと教えてくれたお陰で相模のやつも見つかったしな」

「それは別にいいんだけどさ……あたしがそのこと教えたあと、あんた何て言った?」

「え、サンキューとかそんな感じじゃなかったか。悪い、あの時は俺もかなり焦っててあんまよく覚えてなくてな……」

 

 すると、川崎は頬を染めて俯くと、小さな声で。

 

「……してる」

「ん?」

「あ……愛してるとか言った……」

「…………」

 

 言ったわ。超言ったわ。今の今まで忘れてたのに、完全に思い出した。

 正確には「サンキュー! 愛してるぜ川崎!」だったか。バカじゃねえの俺……。

 そういや文化祭のあと川崎の俺への態度に引っかかることがあったけど、そんな事あったらそりゃそうだとしか言えない。

 

「……へぇ」

 

 雪ノ下の声は短いものだったが、俺を震え上がらせるには十分すぎる程の威圧感をまとっている。

 ちょっと陽乃さんに似てたぞ今……。

 

 そうやって固まっている俺に、川崎はそわそわと言いづらそうな様子で。

 

「別に本気で言ったとか思ってないけどさ、その、そういうのこれからはやめた方がいいと思う……彼女いるんだし……」

「はい、すみませんでした……」

 

 もう謝るしかない。

 色々と大変だった文化祭最後の問題が解決しそうってのでテンション上がってたせいなんだが、もちろんそんなのが言い訳になるわけもなく。

 

 俺達のやり取りを聞いていた京華はぽけーっとした様子で首を傾げながら。

 

「はーちゃんはけーちゃんのこと愛してるの? でもゆきちゃんが恋人さんなんだよね??」

「えぇ、私も比企谷くんと恋人同士になったつもりだったのだけれど、どうやら彼が愛しているのは私ではなく川崎さんの方だったみたいね。私には好きとすら言ったことないもの」

「言ってないんだ……あんた、それは流石にないと思うんだけど……」

「はーちゃん、好きなら好きって言わないとダメだよ?」

「ごめんなさい……」

 

 もはや謝罪マシンと化した俺。

 無駄遣いが母ちゃんにバレた時の親父が似たような状態になっているのを見たことがあったが、こうはなりたくないと思っていたはずなのに……。

 

 ……つかこれはあれか、雪ノ下に好きって言わなきゃいけない流れなのか。

 いや、そんな絶対に言いたくないってわけじゃないし、向こうから不意打ち的に言われた時に俺も言わないとなとは思ったんだが……。

 

「……あー、その、なに、二人の時に言うってのじゃダメか……?」

「っ……そ、そうね、言うならそういう時よね……」

 

 羞恥心を必死に抑えながら何とか言葉を紡ぐと、雪ノ下も先程までの恐ろしい空気はどこへやら、顔を赤くしてぽしょぽしょと答える。

 しかし、何とかこの場は凌げた感じではあるのだが、問題解決というよりは先延ばしに過ぎず、こうして前もって約束みたいなことをすると余計に言う時緊張するという問題も発生しているのだが……。

 

 そしてそんな俺達の様子を見ていた川崎はというと、意外なことにくすりと笑みを零す。

 

「あんた達の恋人らしいとこ初めて見たかも」

「……そういうのあんま見せんのもアレじゃん……」

 

 世間的にはラブラブ全開のバカップルなんてのも存在するが、俺と雪ノ下はそんなものを目指しているわけでもなく、出来るだけ密やかにいたいというのが正直なところだ。

 まぁ、雪ノ下がやたら目立つからそれも中々難しいところもあるんだが。

 

 そして川崎は何やら納得というかすっきりした様子で。

 

「じゃ、あたし達はもう行くよ。けーちゃん、バイバイって」

「バイバイ! はーちゃん、もううわきしちゃダメだよ?」

「あぁ、バイバイな。あと浮気とか元々してないからね?」

「ふふ、さようなら京華さん。……あの、川崎さん」

「ん、なに?」

 

 川崎が尋ねると、雪ノ下は少し言いづらそうに服をきゅっと握ってから、意を決したように言う。

 

「……今度、買い出しについて教えてもらえると嬉しいわ。その、食材の選び方、とか」

「…………うん、いいよ」

 

 雪ノ下の言葉が意外だったのか、少し面食らった様子の川崎だったが、やがて微笑みを浮かべて快諾する。

 

 確かにそういった家庭的な部分の知識は雪ノ下よりも川崎の方が上だろう。

 ただ、そうだとしても雪ノ下がこうやってストレートに人に頼るというのは珍しい。由比ヶ浜なんかに対してはその傾向はあったが、だんだんとその範囲が広くなっているという事だろうか。

 頼って頼られる、そういった人の繋がりを、今では良しとできる。俺も、雪ノ下も。

 

 ……でも、買い出しについて聞くってことは今後も定期的にこういうことがあるってことかしらん。

 それとも、もっと先の…………いや、あまり深くは考えないでおこう、あんま妄想すると気持ち悪がられそうだし……。

 

 

× × ×

 

 

 買い物を済ませた俺達は、モールを出て帰路……ではねえな。雪ノ下のマンションへと向かう。

 日はすっかり沈み、黒く染まった空には一番星が輝き始め、夕日に変わって街灯が道を照らす。

 俺が押す自転車の前カゴには食材の入ったビニール袋が収まっており、学校を出た時よりも重量感を伝えてくる。いや、そんな重いわけじゃないけど。

 

 俺達は全くの無言というわけではないが、交わされる言葉は決して多くはなく、しかしそれを気まずく思うこともなかった。

 千葉の夜空も、ぼんやりと光る街灯も、綺麗に舗装されたアスファルトの道も、所々錆が目立ち始めた自転車も、普段とはまるで違って見え、この空間そのものを楽しんでいる自分がいる。

 

 そんな中、自転車の車輪がからからと回る音を塗りつぶすように、人の声が聞こえてきた。

 

「おっ、あれヒキタニくんじゃね? うーいヒキタニくん!!」

「あ、おいバカ、戸部……」

「ん? あ、やっべ、雪ノ下さんもいんじゃん! デート中じゃね! よっし俺ちゃんと空気読むからマジで!」

 

 遅いし声でけえんだよ戸部……。

 思わず俺と雪ノ下の溜息が重なり、声の方を見る。

 

 遊具が一つもなく、ベンチと広場だけの簡素な公園。

 昼間は子供が遊んでいるのだろうが、今はそこに高校生の茶髪のチャラ男とイケメンがいて、バツの悪そうな顔を向けてきている。

 

 俺としては何も聞かなかったことにしてそのまま歩き去っても良かったんだが、雪ノ下の方が淀みない足取りでまっすぐ公園へと向かって行くので、仕方なくあとをついていく。

 

「何か用かしら、戸部くん。それに葉山くん」

「あー、や、マジごめん。暗くて一瞬ヒキタニくんしか見えなかったんだわマジでー!」

「それは私の存在感が比企谷くん以下だと揶揄しているのかしら。いくら私でもそこまでの侮辱を受けて我慢できる程お人好しではないわよ」

「ねぇそれ怒ってんの? 俺への攻撃にしか思えないんだけど? あとお前、そういうの言われて我慢したことねえだろ、いつも反撃してオーバーキルしてるだろ」

「ははは……まぁ、戸部も謝ってるし、許してくれないか? ほら戸部、もっとちゃんと謝れ」

「すいませんっしたぁ!!」

 

 葉山に小突かれ、勢いよく頭を下げる戸部。本人は本気なんだろうが鬱陶しい……。

 

「そんな気にしてねえっての。つか、今日は知り合いとやたらエンカウントしたからな。今更って感じだ」

「おーヒキタニくんやっさしい! そう言ってくれっと助かるべ!」

「別に優しくないから……で、お前らはこんなとこで何してん? 夜の公園で騒いでると近隣住民の皆さんから不良扱いされて通報されるぞ」

「えっマジで!? っべー!!」

「戸部うるさい、本当に通報されるぞ」

 

 葉山はそう戸部をたしなめつつ。

 

「今日は部活が休みだったからね。戸部とそこのモールに行ってスポーツ用品を見た帰りだよ。で、戸部のやつが公園にボールが落ちてるのを見つけて……」

「とりあえず遊ぶしかないっしょ?」

「お前それ、小学生レベルの行動原理だぞ……」

「ヒキタニくん相変わらずきっついわー! あれよあれ、子供の心を忘れないってやつ? 俺もまだまだ若いってカンジ?」

 

 足元のボールをリフティングしながら、お気楽にそんなことを言う戸部。きついわーとか言っときながら、こいつ多分何言われても効いてない。そういう図太さは戸部の長所とも言えるだろう。

 戸部はボールを上に蹴り上げ、頭でぽんぽんとリズム良く跳ねさせながら。

 

「やーでも俺も最近悩みとか多くて? そこらへんも隼人くんと駄弁ってたんだべ」

「戸部くんに悩みなんて概念があったのね。意外だわ」

「雪ノ下さんもきっついわー! あるあるメッチャあるわー。まず海老名さんのことっしょ? で、受験のことっしょ? それに部活も今年で最後だし一発かましてやりたいじゃん?」

 

 恋愛、受験、部活。

 高校生にとって、その辺での悩みは避けて通れないのだろう……戸部でも。

 

 特に俺の場合は奉仕部に高校生活の大半を振り回されてる気がする。別に後悔とかはないが。

 それと同じように、戸部にとってのサッカー部というのも重要な事柄なのかもしれない……つか、こいつ……。

 

「……ん、どしたんヒキタニくん。じっと見て」

「え、あー、いや、上手いもんだなと思ってな、それ、リフティング。お前真面目にサッカーやってたんだな」

「お、あざーっす! 初めてヒキタニくんに褒められた気がするわー!」

 

 前半はともかく後半は皮肉入ってるんだが、戸部には通用しない。

 戸部はリフティングを一段落させ、足元でボールをころころ転がしながら。

 

「言っとっけど、俺だけじゃなくて全員マジだかんね? マジで国立狙ってっから。隼人くんとか全国レベルだし!」

「それは言いすぎだ戸部。ただ、やっぱりやるからには全力でやりたいし、当然だけど負けたくないからね。君には汗臭いと思われる話かもしれないけど」

「……いや、いいんじゃねえの」

 

 本気になれる何かというのは決して否定されるようなことではないはずだ。

 スポーツに限った話じゃない。一色や三浦の恋愛だったり、材木座のラノベ…………は一緒にしたらアレかもな……あいつシナリオライターとかに簡単に浮気してたしな……。

 

 俺の言葉に葉山は何が面白いのか笑みを浮かべて。

 

「確かに、君も意外と泥臭いところ見せたりするよな。奉仕部の仕事なんだろうけど、マラソンで俺についてきたり」

「うっせ思い出さなくていい。あの後コケて散々だったわ」

「…………はやはち」

「ちょっと雪ノ下さん? 思考回路が海老名さん化してるけど大丈夫? 大丈夫じゃないよね?」

 

 じーっと疑惑の目を向けてくる雪ノ下。それには流石の葉山も顔を引きつらせて困った笑みを浮かべている。

 そんな中、戸部は何故かうんうんと頷きながら。

 

「や、でもちょい分かる気がするわー。隼人くん、大事なことはいつもヒキタニくんと話してる感じするわー。もっと俺とか頼ってくれてもいいよ的な?」

「……何言ってるんだ、戸部のことも頼りにしてるよ。特に部活では戸部が皆の間を取り持ってくれてるじゃないか。あそこまで学年の隔たりのない輪を作れる人なんてそうはいない」

「おっ? えっ、あざーっす……ってか、メッチャ照れんですけどー! なになに隼人くん、いつもは俺の扱い雑なのにどしたん!」

「戸部の扱いが雑なのは皆同じだろ。すぐ調子乗るから、普段はあまり褒めないようにしてるだけだ」

「それきっついわー!」

 

 戸部は相変わらずのオーバーリアクションを取ると、抗議の意味も込めたのか足元のボールを葉山に向かって蹴り出す。

 

 まぁ、葉山の言い分はよく分かる。

 戸部はただでさえうるさいのに、調子に乗らせると更にうるさくなる事間違いないからな。俺の周りだと一色なんかも調子に乗らせたらダメな奴。戸部と一緒にしたらメッチャ文句言われそうだけど。

 

 ……ただ、戸部のような誰でも軽いノリで接することができる人物というのは集団生活において重要な存在であり、これからの社会生活においても俺なんかよりもずっと重宝されるのだと思う。

 それにこいつ、やるべき時は割と真剣にちゃんとやる奴だからな……海老名さんのこともそうだし、一色が葉山に振られたあとのフォローもそうだ。

 あれなんか戸部がすげえ有能な奴に思えてきた……就活とか俺と戸部どっち欲しいとかなったら絶対戸部の方じゃん……。

 

 そんな、よく分からん敗北感に打ちひしがれている俺をよそに、葉山は戸部から受けたボールを浮かしてリフティングを始めながら。

 

「でも少し意外だな。君は学校帰りの制服デートなんかは嫌うように思えたけど」

「……うるせえな」

「あら葉山くん、比企谷くんのことなら良く知っているみたいな口ぶりね。言っておくけれど、彼への理解度なら私の方が上よ当然」

「張り合わなくていいから……」

「かーっ、羨ましいわー! 俺も海老名さんとデートしたいわー!」

 

 そんなことを空に向かって吠える戸部だが、海老名さんとのデートとか雪ノ下以上に大変な気がするけどな……まぁ、そこは戸部だって覚悟の上だとは思うが。

 葉山は戸部に「そこは頑張るしかないだろ」と苦笑と共に言いながら、再び俺の方を向くと。

 

「比企谷」

「今度は何だよ……うおっ、と」

 

 唐突に俺に向かってボールが蹴り出され、不格好ながらも何とか足元に収める。

 葉山はからかうような笑みを向けてきて。

 

「パスだよパス」

「お、ヒキタニくんリフティング勝負とかしちゃう?」

「あのな……俺がサッカーできると思うか? センスなさすぎてリフティングの最高記録とか二回だぞ」

「それはセンスとかいう問題じゃないと思うが……」

「比企谷くん」

 

 雪ノ下の声にそちらを見ると、手をくいくいとしてボールをよこせと訴えていた。

 何その仕草、ちょっとカッコイイじゃん……とか思いながら、サッカーボールに対して特に愛着もない俺はさっさと彼女にパスを出す。

 

 雪ノ下は自分に転がってきたボールをそのまま足の甲を使って浮かせると、ぽんぽんと小気味良いリズムでリフティングを始めた。

 おまけにドヤ顔まで向けてくる。いや君の勝ちでいいから全然……というか、スカート気をつけろスカート。

 

 ……しかし、うめーなこいつ。

 その技術は素人目には葉山や戸部と遜色ない。

 

 戸部も口をあんぐりあげたまま大袈裟に拍手して。

 

「すげーすげー! さっすが雪ノ下さんだべ!!」

「お前サッカーまでできんのかよ、なに、なでしこジャパン目指してんの? 見た目だけなら大和撫子っぽいもんな見た目だけなら」

「私の内面に何か言いたいことがあることはよく分かったわ。……別に、大したことではないわ。幼い頃にサッカーで遊ぶ機会がよくあったというだけの話よ。だって…………あ、えっと」

 

 雪ノ下は急に言葉を詰まらせると、リフティングもやめてしまい目を逸らす。

 ただ、話している最中に、彼女は一瞬葉山の方を見たような気がした。

 幼い頃、サッカー、それに葉山。

 

 …………ほーん。

 

「あー、そういやお前、葉山と幼馴染だったな。親同士で用があると一緒に遊んでたとか言ってたっけか。それでサッカーすることもよくあったのか」

「……あの、勘違いしないでほしいのだけれど、あくまで親同士の繋がりがあっただけで、特に親しくしていたわけではないから……」

「いや、別に気にしてないし……昔のことだろ……」

「おっ……もしかしてヒキタニくん嫉妬してるん!? やべー超レアだべ!!」

 

 戸部うるせえ……!

 いやほんと気にしてないから。

 いくら何でも、そんな幼い頃のこと持ち出してあーだこーだ言うほど面倒くさくないから。

 

 …………若干もやっとしたのは確かだが。

 

「……まぁ、でも、一番上手かったのは陽乃さんだったな。俺よりもずっと上手かった。地味にショックだったよ」

「うっそ隼人くんそれマジ? ぱねえわ雪ノ下一家」

「……姉さんはそういう人だから」

 

 葉山はさり気なく第三者の存在を出して、雪ノ下と二人きりではなかったとアピールする。

 なに、俺に気を利かせたつもりなん? イケメンなん? イケメンでした。

 ただ、それで葉山に感謝ってのも何となく癪だし黙っていると、黙るという概念が無さそうな戸部が相変わらずのハイテンションで話しかけてくる。

 

「つーかさヒキタニくん、ずっと聞きたかったんだけど、どうやって雪ノ下さん落としたん? 雪ノ下さんってマジあれじゃん? なんとかの花ってカンジ……なんだっけ隼人くん」

「高嶺の花だろ。というか、そういうの本人いる前で聞くか普通……」

 

 そう言って溜息をつく葉山。ほんとそれ。

 ちらと雪ノ下の方を見るが、彼女は少し首を傾げるだけだ。

 なにその「答えたら?」とかいう顔……。

 

 戸部はそんな事お構いなしにグイグイと。

 

「で、で? どうなん実際! 俺も参考にしたいっていうかさ、マジで!」

「いやぶっちゃけ自分でもよく分かんねえし……そもそも、俺と付き合う女子って時点で特殊ケース過ぎて全然参考にならんだろ。まぁ、海老名さんもかなり特殊な女子だとは思うが」

「あら、異性の趣味が特殊なのはお互い様でしょう」

「俺はそんなことないだろ。お前自分で言ってたろ、モテるって」

「えぇ、モテるわよ。でも私と少し話すと皆すぐに離れていったわ。比企谷くんも、最初の私の印象はあまり良くなかったでしょう?」

「そんなレベルじゃないな、俺の絶対許さないリスト入り最速記録持ってるぞお前。何せ初めて話したその日にはもう入ってたからな」

「あなたそんなもの作っていたの…………でも、あなたは私の本性を知った上でこうして付き合っている。むしろ、そういう面倒くさい所がいいまであるとか言ってなかったかしら。ほら、特殊じゃない」

「ねえちょっと? そういうの人前で言うのはどうなんですかね……」

 

 もう日も落ちて涼しくなってきてるのに、暑くて変な汗まで出てきたんですが……。

 俺達の会話に、戸部は「ヒュー」とか言いやがってるし、葉山はパタパタと顔を扇ぐ仕草を見せつけてきている。ほんとやめろ……。

 

 やがて葉山は戸部に諭すように。

 

「要するに、こればかりは人それぞれだから戸部自身が頑張るしかないってことだな」

「はーやっぱそうかー! ま、俺頑張るけどね? マジで、大マジで。大和達はどうせ振られるだとか言ってくれちゃってるけど…………あああああっ!!」

 

 話してる途中で何かを思い出したのか、戸部は大声をあげてポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。

 

「やっべ、大和達と飯行くんだったわー!」

「ああ、そういえばそんな事話してたな。大和達には俺がライン入れとくから急げよ」

「サンキュー隼人くん! んじゃ、わりーけど俺もう行くわ! ヒキタニくん達も今度行こうぜ飯!」

「行かねえから。いいから、さっさと行けって」

「おうっ!」

 

 そうやって、戸部は慌ただしく走り去っていった。

 多分遅刻した罰で何か奢らされるパターンだろうな。俺の周りだと小町や一色相手だと絶対そうなる。

 あと、由比ヶ浜はぷんすかしつつも許してくれそうだが、一番ヤバいのは雪ノ下。言葉のナイフでめった刺しが始まっちゃう。ソースは俺。

 

 すると、雪ノ下もスマホを取り出して時刻を確認すると、近くに停めてある俺の自転車の前カゴからビニール袋を取り上げる。

 

「じゃあ、私も先行ってるわね。比企谷くんはごゆっくりどうぞ」

「は? え、いや、俺も行くぞ普通に。葉山とごゆっくりしてどうすんだよ海老名さんしか得しねえだろ」

「家に帰ったら美少女がご飯を作って待ってくれている毎日というものに男子は憧れるというのを聞いたわ。そういうの、好きなのでしょう?」

「どこ情報だよそれ……いや、嫌いなやつはそんなにいないとは思うが……あ、おい」

 

 雪ノ下の言い分を全否定できずにいると、彼女は本当にそのまま行ってしまった。

 ……これ、多分誰かの入れ知恵だろうな。誰かは大体想像付くが。

 

 そんなことを考えながら諦めの溜息をついていると、葉山はくくっと喉の奥で笑いながら。

 

「そういうのが好きなのか」

「うるせえ……つか、お前は戸部達と飯行かないのかよ。ハブられてるん?」

「違うよ、比企谷じゃあるまいし…………家の用事さ」

「あー、どっかのお高いレストランでお偉いさん相手に家族ぐるみの付き合いってやつ? 大変だな、いいとこのお坊ちゃんは」

「君はどこまでも言い方が意地悪いな……君だってもう他人事じゃないだろうに。彼女の家とも食事したんだろう?」

「……なんで知ってんだよ」

「陽乃さんだよ」

 

 思い切りしかめ面してみせる俺に、こともなげに答える葉山。

 

 あの人は、俺がこういう事を葉山に知られるのは嫌がるってのを分かった上で、あえてやってんだろうな絶対……マジでいい性格してるわ……。

 しかし葉山は、どんよりと不機嫌ですオーラを出しまくってる俺に構わず、楽しげに言葉を続ける。こいつの凄まじく空気読む能力どこ行った。

 

「凄く面白かったって言ってたよ陽乃さん。君が今すぐにでも逃げたいって顔に出てて笑いを堪えるのが大変だったって」

「あんなの誰だって嫌だろ、お前みたいな外面完璧な奴じゃなければな。良いもん食ったはずなのに全く味覚えてねえよ」

「別に俺がそんな特別なわけじゃないさ。戸部なんかも普通に楽しむんじゃないか」

 

 ……確かに、戸部だったら雪ノ下家を前にしても高級料理にがっつくくらいの図太さを持ってそうだ。

 あ、それなら今度から戸部に行かせればいいじゃん! ……ダメか。

 

 葉山はげんなりする俺のことを愉快そうに眺めていたが、やがて視線を夜空に移して独り言のように呟く。

 

「……そうだ、俺は何も特別じゃない。陽乃さんだけじゃなく、雪ノ下さんのお母さんからも気に入られている君と比べればね」

「オモチャにされてるの間違いだろ。つか、気に入られてるってんならお前だってそうだろ。スペックだって俺よりずっと上じゃねえか色々」

「そんなことはないさ……あの人達の目を見れば分かる。確かに俺はいつも正しく振る舞うようにしてきたつもりだ。でも、ただそれだけの事さ」

 

 空に向けて言葉を紡ぐ葉山に、俺がこれ以上何か言うことなどあるのだろうか。

 両者が黙れば必然的にこの場は静まり返り、風が公園の木々の葉を揺らす音だけがやけに大きく聞こえた。

 

 俺が雪ノ下家と関わるようになったのは最近のことだ。

 当然、葉山の方が付き合いはずっと長く、それだけ様々な想いも蓄積しているのだろう。

 あの家と関わることがどんな意味を持つのか、それをよく知っているはずだ。

 

 とはいえ、俺と葉山は根本的にまるで違う人間だ。

 

「……あの人達に気に入られる事が正しいって事にはならねえだろ。むしろ俺的にはマイナス要素でしかないわ。多分世間一般的には俺の方が間違ってて、お前の方が正しいんだろうよ。平塚先生からも言われたことあるしな、もっと人と上手くやれって。俺がそんな事出来るはずもないんだが」

「……少し意外だな。君にとって俺のやり方は最も嫌悪すべきものなんじゃないのか」

「ああ、大嫌いだよ。ただ、理解はしてるつもりだ。俺は否定するけどな」

「はは……言ってることメチャクチャだな……」

「俺はそういう奴だってお前も分かってるだろ。まぁ、俺はそんな俺のこと結構気に入ってるんだけどな。お前は大嫌いだと思うが」

「……あぁ、嫌いだよ。でもそうだな、今は俺も俺のこと気に入ってるかな割と」

「ナルシスト」

「お互い様だ」

 

 俺も葉山も、自分の中に信じているものが確かにある。

 何から何まで正反対とも言える俺達だが、ただその一点だけで言えば同じと言えるのかもしれない。

 

 周りの望む自分を演じる。

 そんなのは俺にとって唾棄すべき偽物でしかないのだが、大切なものの為にそれを貫き通し信じ抜くと言われてしまえば、それまでだ。

 俺に出来ることと言えば、ただただそれを嫌悪し、周りがどれだけ葉山に期待しようが、それを否定する奴がここにいるということを思い知らせてやることしかない。

 

 俺は意地悪く笑みを見せて言ってやる。

 

「ただ、お前のそれがいつまでも続くとは限らないけどな。未だにあの人達……いや、あの人を気にしてるお前じゃあな。三浦とか、絶対このままじゃ終わらないだろうしな」

「……何の話をしているか知らないけど、俺は俺の信じたやり方で目指すものを追うだけさ。例えその結末がどうなっても、後悔だけはもうしない」

「あーそうかよ。どうでもいいけど、それでウチの部まで巻き込むなよ。前科あんだからな」

「約束はできないな、元々そういう所じゃないかあの部活は。それに、君だって随分と周りを巻き込んだだろう…………雪乃ちゃんとのことで」

「人の彼女のこと気安く呼んでんじゃねえよ」

「はははははっ! 悪い悪い」

 

 低い声で威嚇するが、葉山は楽しげに笑うだけだ。

 ああこいつ、やっぱあの人っぽいところあるわ。その実はまるで違ったものだとしても、過去から今に繋がる葉山隼人の意思は表れている。

 

 こんな葉山は、おそらく滅多に見ることはできない。

 だからといってこれが本性だという話でもないのだろう。

 どれが本当の自分かなんてのは周りが決めることではなく、結局は本人の選択に委ねられる。こいつはきっと「どっちも俺だよ」などと爽やかに言ってのけるのだろう。

 

 海老名さんは残念がるかもしれないが、俺達はきっと一生平行線で交わることなどない。

 あれは去年の夏だったか、もしも俺が雪ノ下と葉山と同じ小学校だったらという話をしたことがあった。

 その時葉山は、「仲良くできなかったろうな」と言った。誰とでも上手くやる葉山の口から聞いた初めての拒絶の言葉で当時は驚いたものだが、実際本当にその通りだ。

 

 どこまで行っても相性は最悪で、お互いを否定し続ける。それが比企谷八幡と葉山隼人の関係性だ。

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