第一話 今日できないことは多分明日も出来ない、こういうのって大人になると響くよな
飲まず食わずで早3日、歩き続けて、力尽きて、倒れ伏してこのまま死ぬ事に絶望した。
情けない、人は飲まず食わずで1週間は生きられるというのに日頃の生活習慣の悪さがここで仇になるとは。
誰かに助けを求めなければ…誰に?こんな山奥に誰が助けに来る?。
妄想だ、死に際の希望的観測に過ぎない。
…いや、もう考えるのはやめよう。せめて…星空でも見ながら死ねたら。
だが見上げた空は曇り、なんなら雨が降り始めた。
最悪だ…、とことんついてない。
まぁ、こんな事になった時点でろくな事にならない事くらい分かりきっていた事だが。
…そろそろこうして思考することが難しくなってきた、雨が体温を奪って、体はだんだん冷えて動かなくなってくる、もう下半身は動かせそうにない。辛い時は笑えと昔から笑うのが得意ではなかった俺に母親はそう言った。
「笑えねぇ…」
今だけはあの能天気で尊敬できた母親を恨む、笑えねぇ、全くその通りだ。
「…今になって死ぬのが怖いなんてな」
手が震えている、寒いのもあるがそれ以上に恐怖で震えている。
もう…助からないと分かっているのに、命が惜しい、男なら潔く目を閉じて受け入れればいいのに、受け入れようとしない。
…ダメだ、もう…限界だ。
「大丈夫ですか?」
ふと、その声が聞こえた。
声音はとても落ち着いていて、それでも心配しているなんて気は微塵も感じられない。よく言えば落ち着いていて、悪くいえば感情がない…。
薄れゆく視界と聴覚で姿と声を拾う。
「私が分かりますか?」
霞む視界でも、その服装は特徴的でハッキリと分かった。メイド服だ、この世界にはレイヤーでもいるのだろうか。
とにもかくにも俺は頷いた。
「とにかく今は眠ってください、楽にして…必ず助けます」
その言葉を信じて、俺は目を閉じた。
『いいかい…?あんたは、決して弱くない。強い子だ、でも…ね、弱い子をいじめる子にはなっちゃダメよ?…弱い子を助けれる子がヒーローになれるんだからね?』
「お客様…お客様?」
「ん…」
随分と、懐かしい夢を見ていたような気がする。目の前のピンク髪少女は俺を気遣うように、背中に手を添えて俺を支えてくれた。当たりを見渡すと随分と豪勢な建物の中のようだった。目の前のピンク髪の少女はメイド服を身に付け、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「死にかけてた…のか」
「確かにここに運び込まれた際、お客様は危険な状態でした。ですがお客様は今や、意識もはっきりして心拍も安定しています」
「そうか…良かった、ところで俺を見つけてくれたのは…君?」
「いえ、ラムではございません、ラムの妹…いえ、世界一可愛くて純粋で優秀な妹のレムがお客様を見つけ運び込んで来たのです」
「あ…その、レムさん?、お好きなんだ」
「はい、自慢の妹です」
「姉様、お客様、お食事をお持ちしました」
すると、扉をコンコンと叩く音がなり、扉が開けられた。
そこにはラムとは反対に右目を前髪で隠して、髪色は綺麗な水色のラムと瓜二つのそっくりさんがそこにいた。
「双子だったんだ…」
「はい、お客様、姉様とレムは双子です」
2人並ぶとほんとに似てるな、ラムの方は何となく厳しそうだな、レムの方は溢れ出る母性が優しさを象徴してる。あとでかい、何がとは言わないけどでかい。
「お客様、お食事です、これを食べたら色々とお話を伺いますね」
「あ、はい…うまい」
なんだろう、この美味さ…明らかに見たことない食べ物なのに滅茶美味いすげぇ…。それにしても、さっきから2人とも真顔だな。
「なんで二人共…さっきから真顔なの?」
「ご不満でしょうか?」
「いや…別にそういう訳じゃ」
「では、…ハッ!」
「違う、そうじゃない」
「にわかに信じ難いわね、ねぇレム」
「そうですね、信じるに値しません」
「うーん…事実をありのまま述べろと言われて述べたのにこの仕打ち」
双子の姉でピンク髪のラム、双子の妹で水色髪のレムも目の前でなんか悲しいものを見る目をしている、なんでや真実を述べたまでやんか。
「つまり、ツキはどこか遠い国から突然こんな所へ飛ばされてきた…という事かしら?」
「うん…まぁ、そうかな」
「由緒あるロズワール領のお屋敷をこんなところ呼ばわりなんて、無礼にも程があるわ、ツキ、死になさい」
「いや、ラム?初対面だよね君今日初めて会ったよね?」
「さんを付けなさい」
「お客様、あまり姉様に話しかけないでください、姉様は繊細な性格ですので」
「繊細ってもっと優しい人だと思うんですよ」
「何を言っているの、ラムは常に優しいわ」
なんだろう、この子達多分悪い人ではないんだろうけど…。なんと言うか雰囲気が…。ていうか、ツバキをツキって略し方特殊過ぎだろ、バはどこいっちゃったのバは。
「それで…ツキ、行くあてはあるの?」
「…ない」
「呆れた、どういった経緯であんな所で倒れたかは知らないけど…まぁ、ラムの仕事が減るならいいわ」
「うん…うん?さらっとなんか仕事してる人間としてあるまじき発言しなかったか?」
「気の所為よ、それでツキ、体はもう大丈夫なんでしょう?」
「大丈夫です、姉様」
「ねぇなんでレムさんが答えるの?聞かれたの俺だよ?」
「レムが言うなら間違いないわね」
「いやあるよ、いや…ないけど」
「どっちよ」
「その…あれですよね?この屋敷に置いてあげるから働けと…?」
「そうに決まってるじゃない、話の分からないツキね」
「具体的な事何も言われてないのに話分かるツキは何なんですか」
うーん…、なんか話が飛躍しすぎてアレだけど…とにもかくにも訳分からんけど生きていけるのかな?。
「それと…後でロズワール様にご挨拶に行くわよ」
「ロズ…誰?」
「このお屋敷の、いえこの領土の領長なのです」
「なんか村長とかそんなもん?」
「そんなものでは無いわ、ロズワール様を甘く見ないで、ツキ」
「皮肉言わなきゃ死ぬのかあんたは」
「やぁ…目覚めたようだーね」
「…」
「何を驚いているのだーね?」
「初見で驚かない人いないと思うぞ、その顔」
そう、目の前にはピエロメイクの変人がいた。ラムに連れられ、会わせられたのがこいつだ、未だに信じ難い。
「とりあえず、私も君に聞きたいことがある」
「なんだよ」
「これは君のかーな?」
といって投げられたものをキャッチする、それは赤い輝きを放っていた。緩い軌道で投げられたそれは俺の手に収まり、そしてそれは掌に消えていった。
次の瞬間、体の全身を何かが、激痛を伴って駆け巡った。何かが無理やり押し広げられていくような感覚と血流が早すぎて、体温が急上昇していく感覚、その結果体からは煙が出て地面に膝をついたまま何も身動きが取れなくなった。
「ぐ…なにを…したんだ…」
「何も、私はただ本当の君を目覚めさせただけだーよ」
「本当の…俺?」
「君の魔力回路はいわば閉じていたんだよ、詳しい事は後で説明するから今はとりあえず死なないように頑張ってーね」
「…このやろ覚えてやがれ」
頭がガンガンして思考もままならない、ふと腕を見ると赤く輝く無数の線が通っていた。腕が麻痺して全く動かせなくなった、だが体の暴走は止まらず未だに立つことすら出来ていない。
「これ、いつ終わるんだよ…」
「君次第だ、君がこの力を自分のものと受け入れた時がそれだ」
「…なる…ほどね」
くそ、いよいよやばいな、目がチカチカしてきた。
俺は、暴走している体にムチを打ち全身に力を込めて体中を駆け巡る何かを制御しようとする。するとまず腕の麻痺が切れた、そして立ち上がる事が出来た。
「ほう…、どうやら思ったより早かったようだーね」
「この…っ」
時間が経つと段々と落ち着いてきて、巡りが穏やかになり、やがて暴走していた何かは治まった。
「はぁーっ…ふぅー…」
「ほう、やはり君にはそっちの才があるようだーね」
「人を…実験台みたく扱いやがって…」
ピエロ男は俺に椅子に座るよう促し俺とピエロ男…ロズワールは向かい合って座る形になった。
「君は…どこから来たんだい?」
「あぁ、東…いや、遠い国だ、こことは全く違う」
「そうか、その国にマナや魔力の概念はあるのかい?」
「話ではあるが、空想でしかなかった、実際今驚いてる」
「そうか、私の見た限りでは君の魔術回路は異質だ」
「魔術回路ってのは…さっきの」
「あぁ、先程君に渡したものは瞬時に本来眠っている魔力を活発化させ、閉じている魔術回路を強引に開くものだ、普通ならば少し痛い程度だが君は違った、簡単に言うと君の魔術回路は人間のレベルではない」
「具体的に言うと?」
「身体の魔力の回転速度が異常…という事だ、回転速度が高すぎて君に渡したものの効果で魔力が全身に全開で送り込まれた事で回路の回転の速さに君の身体が驚いて、痛みを伴う数々の症状を招いた」
「なるほどね、でもそれだとこれからもし魔力を使う時も痛みが伴うってことじゃ…」
「いや、今回は元々閉じていた回路に全開で魔力を流した事が主な理由だ、次からはそこまで痛みは無いはずだーよ。少なくとも麻痺や頭痛、意識が飛ぶなんてことは無いはずだ、やりすぎれば、身体に負荷がかかるだけでね」
一応よく説明は聞いているが理解出来たか怪しい。とにかく魔力の扱い方とかは身体で覚えるしかないのかな、よし、ここは冷静に行こう、冷静に行けば何とかなるって異世界転生ものの主人公が言ってた!。
「君には2つの選択肢がある、1つは行く宛てもなくここから出て彷徨うか、もう1つはこの屋敷で従者として働くかだ」
「実質一択だろ、分かった、働かせてもらう」
「なるほど、ラム、あとは君とレムに任せるよ」
「かしこまりました、お任せ下さい、行くわよツキ」
「お、おお…ちょっ!引っ張んな!行く!行くから!」
とにかく、何とかやっていけそうでよかった。先行きは見えないし暗いし不安でしかないしラムさん怖いしロズワールは何考えてるかわからんけど。唯一救いはレムさんかな、優しそうだった。
「お客様、大丈夫ですか」
「うん、大丈夫なんだけど…よく持てるねそれ」
「ツキは軟弱なのよ、こんなものも持てないでどうするの、先が思いやられるわね」
目前で疲れ果てた俺を見下ろすレムさんとラムさん、手には袋いっぱいに詰め込まれた小麦粉、なんか物理無視してない?、その小麦粉。薄すぎる布にしては風船並みにパンパンに詰まってるんだけど。下手に触らないでおこう、止めておこう。
ていうか、レムさんの目が怖いやばい怖い、何が怖いってハイライト消えてるんだよ目の。何かもうこいつこんな事も出来ねぇのかみたいな雰囲気醸し出してるよ、ラムさんみたいに口に出すならいいけど、いや良くないけど!。けど出さない出さないでそれはそれで恐ろしい。
「一日目で先を思いやらないでいただけますか」
「今日出来ないことは明日も出来ないのよ、ツキ」
「流石姉様です」
「あー、はいはい…とりあえずできることやります」
「それで、次は料理だけれど…」
「あからさまにニヤッとしましたね、お客様」
「なんでそういう所は見てるんですかね…、まぁ任せろ、得意分野だ」
「んーむ…ふん!」
夕食も終え、一通りの業務を終えてこの屋敷での一日目が終了した。
俺が作った料理は多少見慣れないものでも大好評であった、ロズワールも含めあの…銀髪の…エミリア様も美味しい美味しいと言ってくれた。今日初めてまともに褒められたせいか涙腺が崩壊しかけた。
うん、やっぱりどんな人間も褒められて成長するもんなんですよ、偉い人にはそれがわからんのですよ!ほんとに!。
はてさて、そんな一日を終えて風呂に入ったし、あとはもう寝るだけ…なのだけれど。
昼にラムさんに言われたことがずっとあとを引いていた。今日出来ないことは明日も出来ない、そんなこと学校の先生とかに散々言われても何も響かなかったのに。どうして急に響いたのかは分からない。
そんな経緯があって、屋敷のほとんどの人間…と言ってもそんなに数はいないのだが屋敷の人間が寝静まったであろうタイミングを見計らって、少し離れた恐らく石が破裂しても音が響かないであろう庭の隅で俺一人では到底持ち上げようのない大きな石を何とかして持ち上げようとしていた。一応ロズワールに夕食の時に助言を貰った、ロズワール曰く「石を持ち上げようとするのではダメだーよ」という事だった。
うん、さっぱり分からん。
「石を持ち上げる…以外?」
「…こんな時間にこんな所で何をしているの?」
ふと、後ろから呆れるような声をかけられた。振り返るとそこにはネグリジェに着替えたラムがいた。ラムはこちらへ歩み寄り適当な芝生に腰を下ろす。
「重いものを持ち上げる練習、ていうかラムさんこそこんな時間にこんな所で何してんの?」
「自分の部屋から、庭の隅でコソコソ動いている盗っ人を見かけたから捕まえようとしたのよ、まぁ違ったけれど」
「まぁ、傍から見れば石をぺたぺた触っている変人か、それこそ盗っ人だろうな」
「自覚はあるのね」
「自覚はあっても事実は違うからな」
「どうかしらね」
「いやマジで盗みだけはしないからな?」
「それで、魔力は扱えるようになったのかしら?」
「いや、抑えるだけなら昼にも出来たんだが…いざ使うとなるとその感覚が分からん」
「そう…、まぁいいわ。少し教えてあげるから」
「悪い、助かる」
「まず、目を閉じなさい、そして集中しなさい」
「おう」
俺は言われた通りに目を閉じて石に左の掌を置き、集中した。体の奥で魔力が沸き立っているのを感じた、ここまではいけるのだがこの先が俺には分からない。
「魔力は感じ取れた?」
「あぁ、分かる」
「そう、なら左腕のあらゆる感覚を研ぎ澄ましなさい、爪の先まであらゆる感覚を」
「分かった…、ちょっと時間かかるかもだがやってみる」
まず、上腕…次に肘…下腕…手首…指の第一関節、第二…第三…爪先。
すると一気にに魔力が左腕に流れ込んできた、多少の痛みとしびれを伴ったがそれ以上の力が入り込んだ気がした。
「流れこんだ魔力を、痛みがなくなるまで抑えなさい」
「分かった…」
言われたとおり、痺れや痛みが取れるまで魔力を抑え込んだ。
「抑えたわね、なら石を持ち上げてみなさい」
「おう、…おぉ!?」
指先に力を入れた瞬間、石に指がバキッと音を立ててめり込んだ。
「石は上がるかしら?」
「上がる…すげぇ」
持ち上がるどころか、掌を横に向けても石は俺の手から落ちることは無かった。
「魔力の出し入れを繰り返しなさい、ここからはひたすらやって慣れるしかないわ」
「おう、ありがと」
「それじゃ、ラムはもう寝るわ、ツキも早く寝なさい」
「おう、ありがとな」
「別に、礼を言われる事もないわ」
そう言うとラムは屋敷へと戻って行った。
「もうちょいやるかな」
「……姉様…っ」