「…ん」
「ツキ、分かる?生きてる?死ねばいいのに」
「おい…」
まじで死にかけてた人間に対して開口一番死ねばいいのにとか不謹慎極まりないな、ほんとに。俺じゃなかったらブチ切れてたぞ。
そうやって目を覚ますと、自室のベッドで寝ていた。一体どれくらい時間が経ったのだろう。
「あの…一応聞くけど、どれくらい経った?」
「二週間よ」
「二週間…二週間!?」
てっきり一桁ぐらいだと思ったらまさかの二桁、いやいや…あれ?まぁたしかにあんだけ重症だったらそんなにかかりもするか。
ていうか…そもそも、あれ?手が…。
「あれ…?手が」
「その手、ここに運び込まれた時は酷い状態だったけれど、翌朝には完治していたけれど、吸血鬼の特性かしら」
「だと思う…でも、一体」
「おそらくレムよ、レムがツキに血を与えたのだと思うわ」
「レムさんが…そっか」
「ツキ…何があったの?」
「ラムさんには…話してないの?」
「あれ以来、部屋で閉じこもってしまっているのよ」
「そっか…、ロズワールはなんて?」
「ロズワール様は今回の件に関しては当人達に任せる…と」
「そうか、まぁそっちの方が都合はいい」
ここでロズワールの権限でレムさんに出ていかれては本当に意味が無い、俺が助かった意味も、レムさんが俺を助けた意味も。
「レムさん、食事はとってる?」
「えぇ、一応変な気を起こさないように千里眼で常に監視はしているわ…でも」
「でも…?」
すると、ラムさんは口を噤んで肩を震わせた。俺はそんなラムさんの手に自分の手を重ねる、するとラムさんがこちらを向いた、俺は首を横に振る。
「いいよ、無理して話さなくて…大体の気持ちはわかる」
「…辛いのよ、毎日のように泣いているレムを見るのは…」
「…」
考えろ…神薙椿、俺が彼女たちにしてやれることはなんだ…、今までのことをどうするかは伝えた…あとは未来の事だ。
これから先、レムさんとラムさんがどう生きていくのか、俺が…どう生きていくべきなのか。
俺は…どう生きるべきだ?、彼女たちを見守るのか、それとも2人の間に入る資格はないと知らないフリをするのか、全てを投げ出してここから逃げるのか。
いいや、違う、どれも違う。
俺に出来る事なんて最初からこれしかない、バカ正直に無作法で確約もない、倫理的にも間違っている、無関係な俺が踏み込んでいい領域じゃない。
でも、それでも放っては置けない、何もしないなんて事はごめんだ、失うのは1度で充分、二度目も三度目もいらないのは俺もレムさんも同じだ。
「何があったか…か、よしラムさん、包み隠さず全部言うからよく聞いて」
「やぁ、目が覚めたかい?」
「どうにかな…」
傷は治ってはいるが未だに感覚の戻らない左足を松葉杖でカバーしながら、俺は部屋を出て、ロズワールの部屋へと向かった。
まるでくるのが分かっていたかのようにお茶が並べられていた。
「来るのがわかってたみたいな対応だな」
「起きて君がここへ来るのは分かっていたかーらね、恐らくそろそろ目覚めるだろうという予想さ」
「予想…ね、それにしても随分的確に当てれたもんだ」
「本当だ、私には千里眼のような力はないからね」
「そうか…」
「それで、話があって来たのだろう?」
「あぁ、レムさんとは話した?」
「少し、だけどね」
「少しか…」
「彼女が出ていきたいのであれば止めないと、そう言った」
「…ロズワールっ…!」
「君も分かっているはずだ、というより君が一番分かっている、ラムよりもだ」
「…んなわけあるか、ラムさんが1番…」
「本当に…そう思うかい?」
「…それでレムさんは?」
「少し考えると、そう言っていた」
「それで二週間…」
「君が直ぐに起きれば話は違ったのだがね」
「無茶言うなよ、死にかけてたんだよ」
誰よりも関係ないのに、誰よりも事態を把握して、こちらの心情まで読みとってくるロズワールに若干の恐怖心を抱いた。目の前の男は表情一つ変えずにこちらを見すえている、だが俺は冷や汗をかき、拳をにぎりしめる。
この男は敵ではないのに、猛烈な敵意を俺自身が感じていることに気づいた。
多分基本的に、ウマが合わないのだろう。おそらくそれの可能性が高い。
「それで…君はどうするつもりだい?」
ほら、こうやって他人の心をいとも簡単に読みとってここに来るまでずっと心の奥にしまい続けたものをこうやっていとも簡単に出してくる。本当に嫌いだ、心の底から思う。
「お前ほんと嫌い」
「あぁ、知っているとも」
俺はゆっくりと立ち上がり、松葉杖をついて扉の前に立つ。
「私は、君に彼女が救えるとは思えない」
「分かってるよ」
「ならなぜ、そこまでして君は彼女を救おうとする?」
「誰だって、苦しみからは逃れられない、それはラムさんもレムさんも俺も同じだ、でも…苦しみから、悲しみから守る事はできる」
そうやって俺はロズワールの部屋をあとにした。
「どうやら君を雇って正解だったようだ、ツバキくん」
「ふーっ…落ち着け、落ち着け…」
とまぁ、意気揚々とレムさんの部屋の前に来たは言いものの、扉の前で右往左往すること10分、そろそろ誰か来たら変人扱い、ラムさんが来たら変態扱いされる未来が見える。
「覚悟決めろよ…あんな醜態とかクサイ台詞吐いたの晒したらもう庇うもんなんてないだろ…」
そうやって自分に言い聞かせるも、やはり頭が回らない、うーん。
一言目はなんて言うべきか、こんにちは?時間的におはよう?いや朝じゃないからこんにちはでいいか、いやそもそも会ってくれなかったらどないするんやろ詰みやん詰みやん!。
あーもうダメだ、ポジティブ、ポジティブ思考だ神薙椿、大丈夫きっとレムさん元気になる。大丈夫、きっとレムさん、元気なる、五七五!。
いや知らねぇ!ていうかそんなこと考えてる場合じゃねえ!。
「さーて…どうしたもんか」
「あの…」
「あのごめん、一言目が思い浮かばないからちょっと待って、やっぱり苦肉の策で一発芸するべき…いや待てよ…ちょっと待てよ!?」
ハッとして後ろを振り返る、見るとそこにはメイド姿のレムさんが居た。扉を半分ほど開けて、そこからひょっこり顔を出している。あ、それとたとえ苦肉の策でも喧嘩した相手に一言目が一発芸はやめとけ。
「あの…お客様」
「レ、レレレレレムさん!?なんで!?ていうかいつから!?」
「…いえ、扉の外からお客様の声が聞こえたので」
「…そうですか」
「それで、何か用ですか?ないなら帰ってください」
「…レムさん」
拒むか…、まぁ当然だ。だが今回の件は俺にも非がある、もっと早く気づけたはずなのだ。
だからこれはその報いなのだろう、俺は一生かけて自分の罪を、業を償わなければならない。自己満足でしかないが、今の俺に出来ることはたとえ自己満足の指標だとしても、贖罪しかない。
「話は…中でいいですか?」
「うん、ありがと」
「レムさんはこれからどうするつもりなの?」
「レムは…」
彼女は少し躊躇って答えた。
「この屋敷を出ていくつもりです」
「それは…なんで?」
「レムは…姉様に迷惑をかけてしまう、これ以上姉様に迷惑はかけられない」
「絶対レムさんがいなくなる方がどんな迷惑よりもラムさんは嫌だと思う」
俺はベッドに腰かけ、正面に置かれた椅子に座っているレムさんを見据える。その瞳には迷いや悲しみや寂しさや、たくさんの不安、焦り、そう言った他人には理解できないような感情が彼女の心を押し潰していることを俺に悟らせた。
一瞬…躊躇った、この迷いや悲しみといった感情は当人しか理解しえない、同じ感情を持っていたとしても本人にしかその悲しみは測り得ない。
「ここを出て…、どうする?」
「…ロズワール様の紹介で、遠い南方の国の王宮召使いの招待が来ています」
「それ、行くの?」
「…レムは、出ていかなきゃ行けないんです、もう…」
「いや…いい、だったら俺が行く」
「…え?」
測り得ない、理解しえない、そう言って…こ これまで何度逃げた俺は。わからない、わかるはずがないと嘆き、諦め、これから何度逃げるんだ俺は。
俺に出来るのは、逃げ道とか言い訳とか建前とかそういう逃げ道を全部潰して、言いたいこと言うことだ。それが出来なくて、今こうなっている。後悔はゴメンだ、俺に出来る事は少ない、ならそれを全部やるしかない。
「レムさんが出ていく必要は無い、元々ここにいたのはレムさんだ、だから俺が出ていく…」
「ダメ…です、それじゃ…意味が無い…!」
「意味はある、俺が出ていく事によってこの屋敷は元に戻る、以前の平和な危険とは縁の遠い平和が戻る」
これは、紛れもない俺の本心だ。俺は自分が出ていくべきだと本気でそう思っている、ただ、本心に従って行動してもその後が良いかどうかその人間次第だ。
レムさんは上手くいっても俺は上手くいくかどうかの話だ。答えなんて明白だ。
「でも…おきゃ、…ツバキくんは!」
「俺は大丈夫だ、というより俺は屋敷とは関係ない人間になる、レムさん達が心配する事なんてない」
「…いや、です」
「…レムさん…?」
突然、レムさんが座っている俺に抱きついてきた。
「違うんです…それは違うんです、ツバキくん」
「違う…?」
「ツバキくんはわかってない、レムと…同じです」
「レムさん?」
「ツバキくんがいなくなって悲しむ人もいるんですよ、なんで…それに気づかないんですか?」
「…俺が死んでも誰も悲しまないだろ、それは知ってる」
「レムが…嫌なんです」
「…レムさん」
「助けるって約束したんです、ツバキくんを」
「でも…俺には」
「もう…誰かを犠牲にして生きるのは嫌なんです、だから…!」
「…っ!」
ふと、思った。人を助けるのに一番手っ取り早い方法はなんだろうか、答えは言うまでもなく、自分を犠牲にすることだ。俺は今までそれが正しいと思い行動してきた。
ただ、助けられる側からすればそれは…一生背負う苦しみに近い何かとなる。
目の前の少女は俺の犠牲で苦しみから逃れることを望んでいない、その方がずっと楽だとしてもそれを望まない。だから今、俺に彼女を救うことは出来ない、犠牲で救う事しか知らない今の俺には彼女を救うことは出来ないのだ。
俺に…神薙椿に出来ることはなんだ。
答えは決まっている、こんなのは先延ばしに過ぎない。彼女をレムさんを守ると…それだけを言えればいいはずなのだ。
でもそれを言おうとする度に、頭の中をあの光景が蘇る。守る、そうやって目が覚めると自分以外誰もいない。誰かを守る事は自分を犠牲にすることだ、それは間違いない。
彼女はきっと俺を許さないだろう、俺はこれから彼女を騙す。守るという風に都合よく言い換えて彼女のために自分を犠牲する。
俺はレムさんの左手を握る、その手はか細くひ弱だったけれど確かな温かみがあった。
「レムさん…聞いて」
「ツバキくん…」
「俺が…レムさんを、レムを守る」
「…っ!、ダメ…です、それじゃ…」
「これは俺が望むことだ、俺の自分の意思だ」
俺は両方知っている、誰かの犠牲で救われた方と自分の犠牲で救った方を。そしてそれは彼女も同じだ、騙すなんて甘かった、彼女はとうに気づいていた。
「レム、俺が君を守る、だから君は…生きてくれないか?」
「…ツバキくん」
情けない、これで合っているのだろうか。
相も変わらず言葉選びが下手というか、言いたいことを上手く伝えられないのは親の遺伝というやつなのか。
「…レムは、やっぱり分かりません…」
「分からなくていい、選択をした時は答えはまだ分からない、答え合わせはその後だ。それが例え何十年後でも、いつかきっと分かる、一歩踏み出して初めて答えに近づくんだ」
「ツバキくん…」
その後、レムは泣いた、溜まったものを吐き出すように、俺は彼女が泣き止むまでずっと傍に居続けた。
「レムは…大丈夫だ」
「そう…良かった」
全てが終わって夜になって、俺の部屋で紅茶を飲んだラムさんが今日はこのままここで寝ると言って先程からベッドの上を陣取っている。
結果として俺は横長ソファで寝ることとなり、今は話し相手としてラムさんが寝ているベッドの横の縦椅子に座り話し相手となっている。
「ツキはこれからどうするの?」
「屋敷にいるよ?他に行くとこないし」
「そうよね、あんなセリフ吐いていなくなる訳無いわよね」
「聞いてたなら最初からそう言ってくれませんか!?」
どうやらこの人、最初から最後までまるっきり聞いていたようだ。
「ツキの行先は分かったわ、ツキ自身はどうするの?」
「…強くなる、この世界で生きるために…」
「レムを…守るために?」
「…あんま掘り返さないでくれます?」
「ラムは寝るわ、おやすみ」
「自由か、おやすみ、ラムさん」
「ラムはラムでいいわ、ツキ」
「だったらそっちも普通に名前で呼んでくれません?、おやすみ、ラム」
誰かを助けるというのは、同時に自分を捨てるという事だ。