「ちょっと!しっかりしなさい!!」
ペシペシと古森さんを叩いたり肩を揺らし続ける少女を引き剥がし、古森さんから離れさせる。これ以上やられたらもう目を覚まさない気がしたからだ。危ない危ない。
「あの、突然なんなんですかあなた!」
「はぁ?私のこと知らないなんてあなた何者よ!!」
えぇ、そんなこと言われても。
強気な少女はビシッと私に指をさして怒った顔を向ける。困った私は何となく今日から十四番隊に配属された隊士ですと名乗った。
「なるほどね、新人ってこと。…………ふぅん、ま、これは後でいいか。それよりそいつ起こして行くわよ」
「え!?行くってどこに」
「隠れて逃げるのよ。"流魂街"に」
隠れて、逃げる!?
少女はニヤリと怪しく笑うと、私の腕を掴み走り出した。慌てて古森さんを掴むと私達はあっという間に瀞霊廷の外に飛び出してしまう。
どうしよう、こんなの見つかったら怒られてしまう!
入隊初日に私は首を切られる、どうしよう、どうしよう!!
◇
十四番隊副隊長、諏宮慎は上機嫌であった。
口笛を吹き、軽い足取りで歩く姿はいつもの忙しく走り回る姿とは大違いで、周りから見れば少し気味が悪いほどだ。
しかし、機嫌がいいのには理由があった。
隊長の代わりに忙しく働く諏宮は、今日珍しく午後から非番なのである。残っていた仕事もたまたま鉢合わせた後輩の古森に押し付け、無事このまま休みへ___
ーーの、はずだった。
「流魂街ぃ!?」
隊舎で一息ついてから帰ろうとしていた矢先、隊首会を終えた鳬梅が申し訳なさそうに謝る。
「進行方向は七十六地区。今は夜宵達を向かわせてます」
話を聞くと、隊首会の途中で隊長の娘である浮竹椿梅が逃げ出し、新人隊士を連れて流魂街へ逃走中とのことだ。
諏宮は頭を抱えてため息をついた。
昔から厄介事を持ってくる娘だとは思っていたが、まさか久々の休みまで潰れるとは。
「それで、これから休みのところ申し訳ないんだけどお願いね」
「……うす」
「じゃあ、私は浮竹隊長の所へ行かなくちゃならないから……あとは任せたわよ」
羽織を翻し、鳬梅はその場から去った。
それから数秒後、なんとも言えない気持ちが諏宮を襲い掛かる。
「……ぁあああぁ!!俺の休みーーーーーー!!!!」
諏宮はクソ、とやけくそに走り出し、流魂街へと向かうのであった。
◇
ーー東流魂街
「本当に流魂街に来ちゃった……」
瀞霊廷内の商店街などとは違い、枯れ果てた街の風景に恵子はがたがたと震えた。
目の前を堂々と歩く少女に着いていくのが不安でたまらない。
「別に流魂街に来るのは初めてじゃないでしょう?何を今更驚いてるのよ」
「そ、そうなんですけど……」
恵子は流魂街出身のただの人間だった。確かに流魂街に来るのは初めてではないが、恵子の出身地区は第四地区である。
今歩いている地区よりかはよっぽど治安がいい。
「古森さん、これからどうす……」
「……」
目を覚ました古森はぼーっと歩くだけで役に立ちそうもない。恵子は仕方なく、恐る恐る少女にこれからどうするのか聞くことにした。
「このまま何処までも遠くへ逃げる」
「えぇ!?それだけ!?」
「そうよ、どうせここじゃ追っ手からは逃げきれない」
「追っ手ぇ!?てか、あなた一体何をやらかしたんですか!?」
そんなのどうだっていいでしょ、相変わらず強気に言い返してくる少女にひぃ、と古森の後ろに隠れる。
「古森さぁん……この子なんなんですかぁ……」
「……隊長の……娘……」
ーーむ、むす
「む、むむむ娘ぇ!?あの温厚な隊長の、娘ぇ!?」
「何よ、悪かったわねお母さんと違って」
「いやそこまでは言ってませんけど……!」
「私は浮竹"椿梅"、十四番隊所属。……の予定よ」
ーー椿梅
恵子はその名前に不思議と懐かしさを覚えた。知っているようで知らない、否、覚えていない。
あと少しでこの違和感が分かるかもしれないと思った時、前を歩く椿梅が立ち止まった。
「どうしたんですか?」
恵子は椿梅の後ろから前方で何が起こっているのか確認する。
その刹那、椿梅達と少し距離をとった所で一人の女性が刀に手をかけて立ち塞がっていた。
「椿梅様、お戻りください」
その女性を見て、恵子はハッと記憶が蘇った。
彼女は十四番隊第三席、泰中夜宵。霊術院時代、恵子が虚討伐任務に駆り出された時に近くにいた女性だ。
短めに切られた黒髪はあの当時と変わらない。
「……どきなさい夜宵」
「申し訳ありません。それは出来かねます」
「なら、どいてもらうしかないわね」
椿梅は夜宵と向き合い、刀に手をかける。これはまずい、こんな所で戦闘などしてしまえば大変なことになってしまう。
恵子は焦って刀に手をかけた椿梅を止めた。そんなことをしてはいけない、危険だと訴えかけるが椿梅はその手を振りほどいた。
「ーー新人隊士がいるのは聞いてたけどまさかあの時の子だったなんて…」
「た、泰中先輩!先輩も刀から手を離して!仲間同士で刀を抜くなんておかしいですよ!!」
「はぁ、黙って。永戸恵子!それから古森颯!!あなた達は大人しく帰還しなさい」
ピタリと恵子達の動きが止まる。
今ここで大人しく瀞霊廷に戻れば重い処罰はくだらない、と夜宵は続けた。
それならもう帰ってしまおうか、恵子はそう思ったが、先程まで黙りだった古森がそれをさせてくれなかった。
「……帰れない……です」
「ちょっと古森さん!?!?」
そんな。古森と夜宵を交互に見る。
「古森くん、今ここで帰還しないのなら私は貴方を斬ることになる」
どうしてこうなった。
何故仲間同士で争わなければならないのだ。恵子には夜宵の心も、古森の心も、それから椿梅の心も分からなかった。
「僕は、十四番隊の四席です。十四番隊の仕事は、椿梅様を守ることも含まれているのでここで引いたら隊立違反になります」
ーーそうなの!?!?
それは初耳です。緊迫した空気の中、ただ一人恵子だけが何も知らない。
「椿梅様、逃げましょう」
恵子はボソリと椿梅に言うが、椿梅はイラついた顔で「出来るわけないでしょこのアンポンタン」と言い返した。
「あなた気付いてないの?少数だけど、他の隊士の気配がする。囲まれてるのよ今」
全く気付かなかった。囲まれているということはもうここで捕まるしかないのだろうか。
突然流魂街へ連れ去られてしまっただけなのに、重い処罰を受けてしまうのか、そんなのあんまりだ。
「……悪かったわね、私のわがままに付き合わせて」
「!?」
心の中を読まれた、いや違う。椿梅は今素直な気持ちで謝罪をしたのだ。何故なら、本当に悪かったと思っている瞳をしているからだ。
恵子には椿梅の事情も十四番隊の事情も詳しくは知らないが、今目の前で椿梅が助けて、と信号を出しているのは感じた。
「椿梅様、古森さん、私が合図したら一斉に逃げますよ」
恵子は自身の刀に手をかける。
「はァ?あなた何を言って___」
椿梅や夜宵達が怪訝そうに恵子を覗き込む。一体何をしようとしているのか。
一歩前に出た恵子は刀を抜き、そして
「……荒れろ"獰飆"!!!!」
そう叫んだ瞬間辺り一面強い風が巻き起こり、砂が宙を舞って椿梅達を取り囲む。
「くそ、逃げられる……!!!隊士総員で追え!!」
やがて、風が落ち着き砂が静かに舞い散ると、その場から恵子達の姿はいなくなっていた。