ハイラルぐでぐで紀行   作:ほいれんで・くー

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もう二度と酒は飲みません、マジで

 弱点のない人間などいるのか? たぶん、いない。論理的に考えれば「たぶん」などとつけなくても「いない」と断言することができるのだが、私は弱点のない人間、あるいはほとんど弱点のない人間の実例を知っているので、「たぶん」という言葉を追加せざるを得ない。彼は無敵で、弱点などない。そのように見える。もしかしたら弱点があるのかもしれないが、その弱点は他の長所によって完全に補われているので、実質的には弱点はないと言って良いだろう。ちなみに、その彼の名前はリンクという。

 

 私はというと、やはり弱点だらけだ。まず、腹が弱い。変なものを食べるとすぐに腹が痛くなる。寝不足でも腹が痛くなり、ストレスに晒されても腹が痛くなる。心も弱い。決心して旅に出たはずなのに、冷たい風に吹かれるとすぐに家に帰りたくなる。志願して仕事を引き受けたはずなのに、締切が近づくと投げ出したくなるし、魔物を前にすると戦うより先に逃げ出したくなる。

 

 戦闘が不得意というのも明確な弱点だ。これまで私が晒してきた数々の醜態からもそれは明らかだろう。他にもいくつかある。惚れっぽいというのも弱点だ。もし、私があの時ころっとバナンナさんに惚れていなければ、頭にデカいタンコブをこさえることにはならなかっただろう。

 

 自分自身で気が付いている弱点だけでも、ざっと以上のようなものがあるのだ。そして、だいたいの物事というものは、見えている部分以上に見えていない部分が大きい。高い木がその高さの倍以上も深く地中に根を張っているように、おそらく私の弱点はもっともっとたくさんあるだろう。シーカー族のことわざに「なくて七癖、あって四十八癖」というらしいが、私としては「七癖あったら、他に四十八癖」と言いたい。

 

 でも、あんたはまだ幸せなほうやないか、という人もいるかもしれない。弱点が分かっているのなら、日頃の心構えと工夫でどうにかできるはずやないか、という人がいるだろう。弱点ばかり云々(うんぬん)せんと、もっと自分でなんとかしたらどうや。ごもっとも。至極正論で、常識的な言葉だ。

 

 たとえば、変なものを食べて腹が痛くなるなら、変なものを食べなければ良い。寝不足で腹が痛くなるならば、よく寝れば良い。心が弱いなら、心の強さを試されるような場面に出くわさないようにすれば良い。魔物とは戦うな。女性に惚れるな……はい、そのとおりです。正論で、常識的です。

 

 だが、私はそんなことを言ってくる人には逆にこう言いたい。「あなたはどっちの人間ですか?」と。

 

 どっちの人間とは? そう、気をつけておかねばならないのは、正論と常識を言ってくる人には、だいたい二種類いるということだ。一つは、正論と常識こそが人を正しく導くものであると信じているからこそ、人にそれを説くという人だ。こういう人は信頼して良い。こういう人の言葉にはよく耳を傾けなければならない。大丈夫、キツイことを言われるのではないかという心配はしなくて良い。彼らの言葉は柔らかいし、優しいし、耳に心地良い。そしてためになる。いわゆる賢者、賢人の類は、こういう人のことを指す。

 

 すべての人間が賢者とか賢人だったら良いのだが、残念なことに世の中はそんなに甘くない。そんな人はごく少数なのだ。

 

 世の中は、もう一つのタイプの人間で溢れている。それは、「正論と常識で人をぶん殴ってやろう」というタイプの人間だ。彼らも正論と常識を説くが、それはこちらのためを思ってそう言うのではなく、こちらを(さいな)みたいがためにそう言うのだ。こういうタイプの人間は悪しき者たちだと断言して良い。やつらは他人が弱点をさらけ出すのを手ぐすね引いて待ち構えている。

 

 私の例で言うと、腹が弱点であるのならば、変なものは食べず、よく寝て、ストレスを避けるべきだというのは、確かに正論であり常識である。しかし、常にそういうわけにもいかないのが人生というものだ。私は記者であるから、記事のために時には変なものを食べなければならない。記事の締切が近づいているなら、睡眠時間を削って仕事をしなければならない。ストレスは避けるべきだが、仕事をする限りストレスは必ずついて回る。これは仕方のないことなのだ。正論や常識に反した行動をせざる得ない。そういう「仕方のなさ」が人生には溢れている。

 

 そのことを悪しき人間もよく理解している。よく理解しているから、正論と常識を使って人をぶん殴るのである。「あんたは正論と常識を弁えていないアホや。そんなアホやから、仕方のないことで人生がいっぱいいっぱいになってるんや」と言うのだ。このような口ぶりにどのような心遣いがあるというのか。まごうことなき悪意が、その言葉の裏に隠れている。

 

 さらに、その悪意の裏には「あんたとちごうて、俺はもっと賢い。俺は正論と常識をよう知っとる。だから、俺はあんたよりも良い人生を送っとる」という虚栄心が張り付いている。

 

 なんとも悲しいことに、ほとんどすべての人間がこの虚栄心を抱えている。「あんたとちがうて、俺は」と言いたくてたまらないのだ。俺は、あんたみたいな弱点を抱えていない。俺は、あんたほど弱くない。ことあるごとにこう言わないと気が済まない。ままならない人生を送っている人間を見かけたら、すぐにも「あんたとちごうて、俺は」と言う。もちろん、そのままそう言うわけではない。必ず正論と常識という装いを施してから言う。「~なんだったら、~しなければええんや」とか、そういうふうに。

 

 いうまでもなく、その虚栄心は自己不信の裏返しなのだ。虚栄心とは何も、自己過信だけから生まれるものではない。自己不信からも生まれる。他人だけではなく、自分の人生も仕方のないことで溢れている。嫌なことばかりだ。他人と同じく、自分もまた弱点だらけで、しかもそれをどうすることもできない。

 

 人生に対する自信などというものはまったくなく、だから常に怯えていて、神々の目を誤魔化すようにこそこそと這いまわっている。そのことを心のどこかでは分かっている。

 

 分かっているから、目の前に上手くいっていない人間が現れると、つい「自分はそこまで酷くない」と言いたくなる。そう言いたいのだが、やっぱり自己不信で怯えてもいるので、正論と常識を使う。そうやって言葉で他人を殴る。「そんなにストレスを感じるなら、仕事なんてやめればええやん」「女で酷い目に遭うなら、そもそも惚れるな」 こうして殴って満足感を得る。その満足感が自分の弱点を隠蔽してくれる。そうだろう、誰も自分の弱点なんて直視したくない。

 

 だが「自分の弱点を直視しない」ということ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、私は言いたい。

 

 他人の弱点をあげつらうのは、自分の弱点から目を背けるためだ。正論と常識で殴るのは、相手から正論と常識で殴られないためだ。「あんたとちごうて、俺は」と言うのは、そう言っている限り、自分の弱点について考えなくて済むからだ。

 

 それでも、弱点はやはり弱点のままである。それがある日、牙を剥く。そうなった時には手遅れで、もう取り返しがつかない。仕事は失われ、友人は姿を消しており、恋人には去られ、目の前では魔物が武器を振りかぶっている。

 

 この弱点を克服するためには、どうしたら良いのだろうか? どうしたら、人は「自分の弱点を直視する」ようになるのだろうか?

 

 賢者や賢人たちは、このことについていろいろと考えるだろう。そして解決策らしきものを見つけるだろう。彼らは工夫された言い方でそのことを説くだろう。その言葉にはきっと説得力がある。

 

 だが私は一介の記者に過ぎないから、こう言う。「誰もが弱点を克服できるわけではない。どうしても無理な人はいる」 みんながみんな、この弱点を克服するなど無理な話である。

 

「そんな身も蓋もない」と言われるかもしれない。しかし私は、それで充分ではないかと思う。それで人間は充分、賢明に生きていくことができると思う。「人間にはいろいろな弱点がある」「その弱点の中でも最大で最悪なのが、『自分の弱点を直視しない』という弱点である」「人間は、この弱点を克服することができない」 このことを知っているだけで充分ではないか?

 

 知ることは力を生む。力があるのは良いことだ、特にこの荒廃した世界においては。

 

 それに、「誰もが同じような弱点を抱えて生きている」ということを知ればこそ、人は「誰かのためになりたい」と思うことができるのではないか。この思いこそが、世の中を良くしていくものだと私は信じる。時間はかかるかもしれないが、一番堅実だ。

 

 私の金髪の友人は、常に「誰かのためになりたい」という思いに溢れていた。彼には弱さをみつめるために必要不可欠な勇気があった。そう、彼には勇気が満ち溢れていた。

 

 弱さをみつめる勇気があって、人は初めて他者を救うことができるのだ! たぶん。

 

 そして私はどこまでいっても弱点まみれの臆病者である。やんぬるかな。

 

 

 太陽が沈みかけていた。大人も子どもも家に帰って食事をとらねばならない時間だった。だが、私たちは旅行者であるので、家に帰るわけにもいかなかった。

 

 この時期のハイラルは日が長い。完全に夜が来るまで、まだ一時間ほどあった。

 

 私たちは祠の前から離れて、モヨリ橋を渡り始めた。私たちは色々と会話をした。リンクによると、その祠の名前は「ヴァシ・リャコの祠」というらしい。中にいた人がそう教えてくれたそうだ。私はリンクに言った。

 

「えっ、祠の中に人がいたんですか?」

 

 リンクは頷いた。

 

「いたよ」

 

 私は彼に尋ねずにはいられなかった。

 

「それはどんな人でしたか? 男性? 女性?」

 

 彼はちょっと首を傾げた。

 

「どっちかなぁ。とにかく、しわしわだったよ」

 

 よく分からない答えだった。私はまた彼に尋ねた。

 

「しわしわ?」

「うん、しわしわ」

 

 リンクはどうということもないふうに答えた。私にとってそれはあまり穏やかな話ではなかった。この世界の各地に祠は存在する。もしリンクのいうとおり祠の中にしわしわの人がいるのだとしたら、世界各地の他の祠の中にもしわしわの人がいることになる。難しい顔をしている私に、リンクが言った。

 

「中にいる人のためにも、これからは必ず祠に寄るから、その点よろしく」

 

 私は首肯した。

 

「わかりました」

 

 なんでリンクが祠を訪問したら中にいるしわしわの人のためになるのか、その理由に関しては(つまび)らかではないが、まあとにかく彼がそう言うのならば事実としてもそうなのだろう。私はそう思うことにした。彼と出会ってからまだ半日ほどしか経っていなかったが、私は彼のことを深く信頼するようになっていた。

 

 空はますます暗くなっていた。夜の虫たちが草むらの中で鳴き声を上げ始めていた。どこにいるのか、錆びた鉄棒を(こす)り合わせるような地虫(じむし)の鳴き声も聞こえた。

 

 私は考えた。今日はもう街道を進むのはやめにして、どこかに一泊するのが良いだろう。夜は夜で、それなりに危険がある。魔物も怖いし、野生動物も怖い。足元がよく見えないから、穴に落ちたり転んだりする可能性もある。骨折などしたらその時点で旅は終了だ。

 

 そうだ、是非とも一泊しなければならない。私はそう思った。しかし、リンクも同じ考えであるかどうかは分からなかった。私は彼に向かって言った。

 

「もう夜になったことですし、ここは食事をとって休むべきだと思います。夜に無理をするとろくなことがないし……リンクはどう思いますか?」

 

 リンクはしばらく考えた。そして言った。

 

「じゃあ、そうしようか」

 

 ハッシモが私たちに言った。

 

「それだったら、俺のキャンプ地に来てくれ。そこで食事をしよう。今日は危ないところを助けてもらったからな。そのお返しをさせてくれ」

 

 私とリンクはハッシモの言葉に甘えることにした。私たちは橋を渡り、さらに少し進んで、街道から少し離れたところの高台にあるキャンプ地に辿り着いた。頑丈そうな帆布製のテントがひとつあり、その前に石で組まれた簡素なかまどがあった。かまどには料理鍋がかかっていた。

 

 私たちはさっそく夕食を食べ始めた。ハッシモは二日前にこの近くで狩ったというヤギのケモノ肉を保存箱から取り出して、それを料理鍋で軽く焼き、私たちにふるまってくれた。私もバックパックから食材をいくつか提供した。平原外れの馬宿で、私はハイラル米を大量に買い込んでいた。ハッシモは「久しぶりに(コメ)が食えるぜ」と喜んでいた。ハイラル米はおにぎりにして食べた。焼いたケモノ肉とおにぎりの相性は抜群だった。

 

 デザートとして、リンクがリンゴをいくつか分けてくれた。リンゴを食べている最中、ハッシモが「ああ、そうだった」と言って、また保存箱を漁り始めた。彼は二本の瓶を取り出した。大きな瓶だった。どうやら酒のボトルらしい。彼は言った。

 

「こないだ行商人から買ったリンゴ酒さ。ちょっとこれで一杯やろうぜ」

 

 一瞬、私は飲もうか飲むまいか迷った。私は多くの弱点を抱えているが、その中でも酒はかなり大きな弱点である。これまで私は酒によって数知れないほどの失敗をしでかしてきた。最初に酒を飲んだのは成人を迎えたその日の夜だったが、私はビールを飲みすぎ、無惨なほどに酔っぱらって、姉たちに「あなた方は本当にお美しい」とか「あなた方はハイラルの花だ」とか、「あなた方を伴侶として迎える男はハイラル一の幸せ者だろう」などと言ってしまった。ああ、思い出したくもない。今でも姉からはあの時のことで笑われる。

 

 そもそも、今は旅行の最中だ。明日は朝早くにここを発たねばならない。それに、私の頭にはタンコブができている。怪我のことを考えたら、やはり酒は避けないといけないだろう。私はリンクを横目でちらっと見た。リンクも視線を返してきた。「やめといたら?」と言っているようだった。

 

 だが、断るわけにもいかない。大人が「ちょっとこれで一杯やろうぜ」というのは単に飲み仲間が欲しいからそう言うのではなく、「同じ酒を飲むことを通じてさらに友好関係を深めていこうぜ」という意志の表明なのだ。まあ、まれに自分が酒を飲む口実が欲しいから他人を誘うという悪い酒飲みもいるが、ハッシモの場合は違うだろう。彼は私たちともっと仲良くなりたいのだ。酒には社交的かつ慈善的な影響力がある。こちらにも事情がいろいろとあるとはいえ、それを無下にするというのもいかがなものだろうか……?

 

 私はリンクの視線を振り切るように言った。

 

「そういうことならばお相伴(しょうばん)(あずか)りましょう。私もリンゴ酒が大好きですし」

 

 隣から注がれるリンクの視線が、なんとなくねっとりとしたものになったように感じられた。すまない、許せリンク。大人には大人の義務と責任があるのだ。そう心の中で言い訳をしつつも、私の脳内はすでにリンゴ酒の味を期待して「はよ飲みたい」というメッセージを繰り返すようになっていた。

 

 ハッシモは「おう、そうこなくちゃな!」と言って、素焼きの椀を三つ取り出した。彼は瓶の中身をそれぞれの椀に注いだ。彼は言った。

 

「ほら、飲めよ。リンクも、ほら」

 

 リンクも酒の注がれた椀を手にした。リンクは酒を拒否しなかった。彼はハッシモから手渡された椀を綺麗な目でじっと見つめていた。

 

「そんじゃ、まあ、そういうことで、乾杯」

 

 私たち二人に酒を配り終えたハッシモは勝手に乾杯の音頭を取ると、自分の椀を口へと持っていき、ガブガブと音を立てて中身を飲み始めた。瞬く間に彼は一杯を飲み終えると、また瓶を傾けて酒を注ぎ、そしてまたガブガブと音を立てて椀の中身を飲み始めた。

 

 いかん、出遅れた! 私も急いで酒を飲み始めた。リンゴ酒はなかなか美味かった。微炭酸が「しゅわっ」とした爽やかな感覚をもたらし、適度な甘みはもっと飲みたいという欲求を生み出した。アルコールもほど良い感じだった。私はハッシモに言った。

 

「美味しいお酒ですね。やはりリンゴ酒はハイラルの神々の賜物ですよ」

 

 だが、ハッシモは無言だった。私は彼の顔を見た。焚火が彼の顔を照らしていた。彼の顔は真っ赤になっていて、そして無表情だった。私は内心でぎょっとした。私がぎょっとしている間に、ハッシモが無言で追加の酒を注いでくれた。酒を注ぎ終えると、ハッシモはまた自分の椀を酒で満たし始めた。そしてそれをガブガブと飲んだ。

 

 ハッシモの目は今や爛々と輝き、一種の凄みを帯びていた。その目が私の持っている椀へと向いた。中身があまり減っていないのを見ると、ハッシモは私の顔を見つめ始めた。私はそれに気圧されて、酒をぐびぐびと飲み干した。飲み干した瞬間、また酒が注がれた。そしてまたハッシモは自分の酒を飲んだ。

 

 アカン! 私は後悔していた。ハッシモはこういうタイプの酒飲みやったんか!

 

 酒飲みには色んなタイプがいるが、その中でもハッシモはかなり性質(たち)の悪いものとして分類されるだろう。とにかく無言で飲み続けるのだ。そして、その場にいる者が飲んでいないと不機嫌になる。私は、酒を飲む時は誰かと楽しく会話を交えながら飲みたいというタイプなのだが、そういうタイプとハッシモのようなタイプとは相性がかなり悪い。向こうは会話を雑音だと思っており、こちらは会話がないと酒を美味しく感じられない。

 

 ハッシモはリンクへと顔を向けた。リンクの椀は、酒を注がれた時とまったく変わっていなかった。リンクは酒が飲めないのだろうか? ハッシモはなおもリンクを見つめていた。私はリンクに言った。

 

「リンクはお酒を飲まないの?」

 

 リンクは頷くような、頷かないような、至極微妙な首の動かし方をした。リンクは言った。

 

「飲まない」

 

 私は言った。

 

「お酒が苦手なの?」

 

 リンクは首を左右に振った。彼は小声で言った。

 

「お酒は飲めるけど、今はあまり飲みたくない」

 

 どうやらハッシモはその言葉をちゃんと聞いていたようだった。彼はリンクから目を外すと、今度は私を見つめ始めた。アカン。ハッシモは私に標的を定めたようだった。その目には明らかに何らかの魔力があった。私はなにかに操られるように酒を飲んだ。飲み終えると、すぐに酒が注がれる。私は飲む。ハッシモも飲む。もうハッシモから逃れることはできない。

 

 こうなったら、どっちが先に潰れるか勝負するしかなかった。幸いなことに、私はけっこう酒が強いほうだった。それに対してハッシモは、私の希望的観測でなければ、おそらくそんなに酒が強くないはずだ。酒好きだが酒に弱いというやつはいくらでもいる。彼もそういうやつの一人だと思いたい。

 

 今、ハッシモは一本目の瓶を持っていた。瓶はかなり大きくて太いが、中身はもう三分の一くらいになっていた。一本目を飲み終え、二本目にかかって、それを三分の一ほど飲んだら、きっとハッシモもぶっ倒れるであろう。私は彼の酒量を見切った。こうなったら覚悟を決めるしかない。私はぐいぐいと飲み始めた。ハッシモもペースを上げ始めた。

 

 だんだん視界がぼやけてきた。思考力もあやふやになって、キレを失っているように感じられた。この天地に私と、ハッシモと、リンクと、そして酒の瓶と椀だけがあるような気がした。それなのに私は、今一つ酔い切るというところまでいっていなかった。なんとも居心地が悪かった。

 

 リンクが肘で軽く私の脇腹を突いてきた。彼は私に言った。

 

「大丈夫? なんかグラグラ揺れてるけど」

 

 私は割としっかりとした声で答えた。

 

「大丈夫です、大丈夫。まだ酔ってません」

 

 私の答えに納得しなかったようで、また彼は言った。

 

「でも、グラグラ揺れてるけど」

 

 私は答えた。

 

「大丈夫。まだ酔ってないから」

 

 リンクから気遣うような言葉が発せられた。

 

「本当は、そんなにお酒強くないんじゃない?」

 

 私は酔った頭の中で言うべきことを組み立てた。そして言った。

 

「強いか弱いかと問われたら『強い』と言うことはできますが、今回の戦いはあまり容易なものではないようです」

 

 彼は言った。

 

「無理しちゃダメだよ。もうやめたら? 頭に怪我してるし」

「いえ、飲みます。大丈夫です。まだ酔ってないので」

 

 私がそう答えると、リンクは少し首を傾げていたが、やがて立ち上がるとその場から少し離れたところへ歩いていった。私は目線で彼を追った。

 

 なんと、リンクは背中の剣を抜いて素振りを始めた。私は思わず叫んだ。

 

「えらい!」

 

 どんな時でも鍛錬を怠らない。素晴らしい。だからリンクはあれほどまでに強いのだろう。私は素直に感心していた。リンクの素振りは、ただの素振りではなかった。あたかも剣舞のようだった。月光が彼の剣の白刃に照り映えていた。闇の中で無数の光の欠片が散っていた。えらい絵になる男やなぁ。

 

 私が見惚れていると、「うぅん!」という不満げな唸り声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、ハッシモが瓶を手にしてこちらを睨みつけていた。まだ勝負は続いているぞと言いたげな顔だった。私は一息で椀の中身を飲み干すと、ハッシモに向かって差し出した。彼は瓶を傾けた。中身が勢い良く椀を満たし、酒の飛沫が手にかかった。私は、それが二本目の瓶であることに気が付いた。

 

 いける。もう少しでハッシモは倒れる。私は飲み続けた。ハッシモはそのうち、手を止めてしまった。彼は腕を組むと、空を見上げてしまった。

 

 私も空を見た。夜の空には無数の星々が輝いていた。私は、「ああ、星が輝いとるなぁ」と思った。酒飲みの思考力など、所詮はこの程度のものだった。星々に神々の意志を感じたりだとか、己の運命と人生を重ね合わせたりだとか、そういうことは素面(しらふ)でなければできない。酒飲みは星が輝いていても「ああ、星が輝いとるなぁ」としか思えないのだ。ろくなものではない。

 

 ハッシモはまた椀を傾けた。彼の口の端からリンゴ酒が溢れた。彼の咽喉が大きく動くのが見えた。そして、彼は「うーん」と一声漏らすと地面に倒れてしまった。

 

 だが、私はまだ意識を保っていた。そしてまだ座っていた。

 

 勝った。勝ったが、この勝利になんの意味があるのだろうか? 得たものなど、何もなかった。この酒飲み勝負の結果、ハイラルの大地に酔っぱらいが二匹新たに生まれただけだった。

 

 酒を飲んでいると、時間が異常に早く過ぎ去るものだ。だから、自分の弱さから目を背けたいと願っている人間は酒を飲むのだろう。時間がさっさと過ぎ去れば、弱さを見つめる時間も短くなるからだ。

 

 そういえば、リンクはどうなった? 彼が素振りを始めてからもう三十分は経っているはずだった。

 

 私は朦朧としながらリンクを見た。リンクの素振りは剣舞から実戦的なものへと変わっていた。剣を振るい、敵の斬撃を受け止め、払い、押しやり、隙をついて胴を薙ぐ。

 

 すごいなぁ、リンクくらいになると実際に目の前に敵がいなくても戦えるようになるんやなぁ。私はぼんやりとそんなことを考えていたが、やがてはっとした。

 

 本当にリンクは敵と戦っている!

 

 リンクは素振りをしていたのではなかった。彼は敵と戦っていた。彼の周りには白い敵が何体もいた。私はその敵の正体にすぐ気が付いた。あれは、スタルボコブリンだ! 戦いに破れて骸を晒したボコブリンの骨が恨みのエネルギーで動くようになり、生前の無念を晴らすかのように人を襲うのだ。

 

 スタルボコブリンは夜になると動き出す。所詮は骨なので体構造は脆く、一撃を加えるとすぐにバラバラになるが、何度でも何度でも復活するという異様なまでのしつこさを持っている。弱点は頭部だ。頭蓋骨を破壊すると、スタルボコブリンは二度と復活しなくなる。これは他のスタル系の敵にも共通する弱点である。

 

 その時リンクが相手にしていたスタルボコブリンは、ボコこん棒を手にしていた。敵はその得物を振りかぶってリンクに殴りかかった。リンクはそれを軽いサイドステップで避け、側面から鋭く剣の一撃を加えると敵をバラバラにした。音を立てて骨が地面に散らばり、角の生えた頭蓋骨が転がった。リンクはそれに剣を突き刺した。

 

「リンク、あぶない!」

 

 私は叫んだ。トドメをさしているリンクの背後で、一匹のスタルボコブリンが弓矢を構えて彼を狙っていた。私の叫びが終わるか終わらないかのうちに、矢は弓から離れて一直線にリンクの背中へ向かって飛んでいった。だが、リンクは背中にも目があるのか、それをこともなげに避けてしまった。そして、例の謎のバクダンをシーカーストーンから取り出すと敵に向かって投げつけ、起爆し、弓矢の敵をバラバラにしてしまった。

 

 私は酔っぱらってぶっ倒れたままのハッシモを揺さぶった。

 

「おい、ハッシモさん! 起きてください! リンクが戦っている! 加勢しましょう!」

 

 いくらリンクが強いとは言っても、敵に囲まれていては何か不慮の事態が生じないとも限らない。速やかに私たちも戦いに加わる必要があった。

 

 だが、ハッシモは「うーん」と唸るだけだった。彼は口をもごもごと動かした。そして言った。

 

「……うーん……あのさ」

 

 私は言った。

 

「なんですか?」

 

 ハッシモは曖昧な声で言った。

 

「『天才魔法少女ゼルダちゃん』の二巻目、さっさと返してくれよ……」

「はあ?」

 

 ハッシモはなにやら謎なことを言ったきり、もう返事をしなかった。彼はいびきを立ててさらに眠りの世界へと潜っていってしまった。

 

 リンクはまだ戦っていた。敵の数は減っていなかった。倒した先から、スタルボコブリンは地面から出現しているようだった。

 

 アカン。このままでは(らち)があかん。私はハッシモを置いてリンクのもとへ行くことにした。ちょうど、ハッシモの後ろに彼の武器である兵士の槍が落ちていた。私はそれを手に取った。私の武器である旅人の剣はリーチが短い。つまりそれだと接近戦を強いられることになる。酔っぱらっている今、それはできるだけ避けたい。槍はその点、最適である。ただ振り回せば良い。

 

 私は槍を手にし、走り出した。足がもつれそうになった。こうなるとリンゴ酒の炭酸が恨めしかった。走る衝撃で胃の中身が全部出てしまいそうだ! しかしそのようなことも言っていられなかった。

 

 なんとかして私はその場に辿り着くと、大音声(だいおんじょう)に叫んだ。

 

「雑誌『ウワサのミツバちゃん』記者、ヨツバがここに参上や! 魔物共、覚悟せえ!」

 

 魔物たちは動きを止めて、その邪悪な眼差しで私を見つめてきた。リンクも私に顔を向けた。だが、その手を休めずに、彼はその時相手にしていた魔物を斬り伏せた。

 

 リンクは目で私に言っていた。

 

「やめといたほうが良いんじゃないの?」

 

 リンクにそう言われるのは別に良かった。むしろ、彼の言うとおりだと私は思った。彼は私を気遣ってくれているのだ。彼の温かな心は、酔っぱらった私の精神にじんわりと沁みた。

 

 しかし、魔物たちもまた私に対して目でこう言ってきた。

 

「やめといたほうが良いんじゃないの?」

 

 また、魔物はこう言っていた。

 

「俺たちはあんたほどアホやない」

 

 私は猛然とキレた。

 

「おのれら! 記者舐めとるやろ! 記者舐めとったらアカンぞ!」

 

 私はキレて槍を振り回し、振り回しながら魔物たちの群れのただ中へ突入した。私は戦った。「当たるを幸い薙ぎ払い」という表現は、このようなことを言うのかと思った。私の槍が当たると敵は乾いた音を立ててバラバラになった。それが爽快だった。

 

 しばらく戦った。敵の数はようやく減り始めていた。私は余裕の表情を浮かべていた。ははっ、魔物など所詮は、怖るるに足らず!

 

 そんなことを思っていたその瞬間、私の頭に何かが直撃した。それは石だった。石はちょうど私の頭部、包帯に巻かれたタンコブに当たった。

 

 私は悲鳴をあげた。

 

「いてぇえええ!」

 

 そして私は吐いた。ざらざらと音を立てて、私の胃袋からいろいろなものが出てきた。私は倒れた。倒れている最中、自分の吐き出したものの上に倒れないようにしなければと私は考えていた。視界の端で、リンクが敵を斬っていた。それは私に向かって石を投げた敵だった。

 

 私は意識を失った。意識を失いつつある中、私は「やっぱ自分の弱点を(わきま)えんとアカンな」と思った。

 

 

 目が覚めると、そこにはリンクがいた。

 

「よく眠れた?」と彼は私に言った。私は頷いた。彼は空を指さした。「そろそろ朝日が昇るよ」

 

 私はテントのそばで横になっていた。消えてしまった焚火を挟んだ向こう側では、ハッシモが轟音のようないびきを立てて眠っていた。

 

 私の頭には、また新しく包帯が巻かれていた。どうやら、私が眠っている間にリンクがまた手当てをしてくれたようだった。私はリンクに言った。

 

「リンク、ありがとう」

 

 リンクは静かに頷いた。彼の目は優しかった。私は自分が恥ずかしくなった。私は言った。

 

「もう二度と酒は飲みません、マジで。今回の件で私は深く反省しました……」

 

 リンクは首を左右に振った。

 

「また飲めば良いよ。でも、次はもっと楽しく飲めると良いね」

 

 ほどなくして、私たちは出発することにした。ハッシモは眠ったままだったので、私が書き置きを残した。書き置きの紙を石で挟み、そのそばに昨晩の饗応へのお礼の意味も込めて、ハイラル米の包みを置いた。

 

 朝日は薔薇色で、乳色の薄膜に包まれていた。私たちは双子山への道を辿っていった。




 ティアーズオブザキングダム、いよいよ発売日が迫ってきましたね。生きましょう。

※加筆修正しました。(2023/06/18/日)
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