ハイラルぐでぐで紀行   作:ほいれんで・くー

14 / 15
ぶっちぎりでとびっきりの変人

 前に私は、「変な人の記事はよく読まれる」と述べた。読者は常に変わった人々の話を求めている。それはなにも雑誌の記事に限った話ではない。小説にしても戯曲にしても、あるいは詩にしても、それこそ歴史や伝説にしても、読者は常に「変な人」の話を読みたがっているのだ。何らかの文章なり作品なりを(もの)する者は、このことを銘記しておかねばならない。

 

 とは言っても、いったいその変な人がどういう点で変なのかということに関してはいつも注意を払っておく必要がある。なぜなら、「ちょっと変」なだけでは記事にならないからだ。いや、究極的なことをいうならどんな対象・どんな人物であっても記事にはなり得るのだが、やはり「ちょっと変」なだけだと読まれる記事にはならない。

 

 意外に思うかもしれないが、「ちょっと変」ということほど平凡なことはない。平凡ということは「目立ったところがなく、また変わったところもないこと」だと思っている人が世の中には多いが、それは違う。

 

 なぜならば、あなたの身の回りにいる人を観察してみると分かるだろうが、人間はみんなどこかしら他の人とは変わったところがあるからだ。二人で並んで歩く時は必ず右側に立ちたがるとか、スープを飲む前には必ずスプーンを服の(はし)でごしごしとしたがるとか、虫は苦手なのにキースは素手で殴り殺せるとか……誰もが他の人と比べて「ちょっと変なところを持っている」というのが普通であって、逆に「変わったところがまったくない」という人がいれば、その人は紛れもなく変人である。

 

 何者かになりたいと願っている若者を最も苦しめるのは、この事実である。私たちはその願望を叶えるにはあまりにも平凡な変人でしかない。「何者かになりたい」というのは「変わった人になりたい」ということであり、さらにいうなら「非凡なまでに変わった人になりたい」ということであるが、ただの平凡な変人が衆に優れた非凡な変人になるのはほとんど不可能に近いのだ。長い年月をかけて多大な努力をし、数多くの幸運に恵まれて、ようやく平凡な変人から「ちょっとだけ変な」平凡な変人になれるだけで、さらにそこから非凡な変人になるにはそれこそ運命とか神々の意志とかが関係してくる。

 

 なんだか「変な、変な」とばかり書いてきたから私も頭の中がこんがらがってきた。つまりまとめるとこうである。世の中には変な人しかいない。変な人はだいたい三つに分類することができ、ひとつは、ごく平凡な「ちょっと変わった人」であり、大多数の人はこれに属する。ふたつめは、努力を重ねたり幸運に恵まれたりしたことで「ちょっと変わったところを得るに至った『ちょっと変わった人』」であり、三つめは、それこそ神々の領域にいるような「非凡なまでに変わっている『ちょっと変わった人』」である。うわ、まとめたことでさらにこんがらがってきた。最悪だ。

 

 それにしても、記者としてはこの三つのうち、どの人をターゲットにして記事を書くべきなのか? この点に注意しないといけない。

 

 ひとつめの「ちょっと変わった人」は論外である。平凡すぎるのだ。たとえば、「二人で並んで歩く時は必ず右側に立ちたがる人」について書かれた記事のどこが面白いのか。どんなに手を尽くして書いたとしても、やはり面白いものにはなりそうもない。平凡な人について変わった表現で書くよりも、変わった人について平凡な表現で書く方が読者の興味を惹く。これは鉄則なのだ。新人の記者ほどこの間違いを犯しやすいのだが……駆け出しの頃、私もよく姉に叱られた。

 

 では逆に、「非凡なまでに変わっている人」はどうか? 実はこれも論外である。少なくとも記者が対象とするような人ではない。生涯にいくつかの大作(たいさく)を書けば良い歴史家や作家、詩人ならば、こういった非凡なまでに変わっている人を大いに追い求めれば良いが、残念ながら記者はコンスタントに記事を書かねばならないという宿命を負っている。記者には常に時間的な制約が課されているのだ。どうやって限られた時間で、この世に数人しかいないであろう非凡な人を見つけ出し、取材し、記事を書くことができるだろう? 非凡な人の記事は必然的に非凡なものにならざるを得ないが、そういうものを書くのは大変な体力と精神力を要求される。しかもそのような記事を毎週、毎月書かねばならないとしたら? 考えたくもないことだ。

 

 こういうわけで、残されているのはもはやひとつしかない。「ちょっと変わっている『ちょっと変な人』」だ。この(たぐい)の人はけっこう世の中にありふれてるし、人格的に成熟した人が多いから、読者の共感も得やすい。というより、こちらとしても取材の時に余計な神経を遣わないで済むから楽である。見つけ出すのも簡単だ。どのコミュニティにも必ず有名人はいるし、どのコミュニティも自分たちの有名人を自慢したい。「このコミュニティで有名な人は誰ですか?」と訊けばいくらでも答えが返ってくる。

 

 しかし、この類の人に取材する時にもそれなりに注意が必要であるのは言うまでもない。私には苦い経験がある。

 

 ある時、私は東フィローネ地方の海辺にあるウオトリー村へ取材のために向かった。私はその漁村で「もっとも幸運な人」について聞き込みをしなければならなかった。その時の雑誌の特集は「天国と地獄」だった。姉たちがハイラルでも特に不運な人々の記事を書くことになっており、私はその反対に特に幸運な人々の記事を書くことになっていた。

 

 私がウオトリー村に向かったのは、ある程度の見込みがあったからだ。海で生計を立てている人たちは、一般的な人たちと比べて多くの幸運と不運を経験している。漁業というものは農業に比べても強く運に左右されるし、命の危険も大きい。ということは、不運によって死んだ人もいれば、幸運によって莫大な富を得た人もいるはずだ。ウオトリー村の住民たちならば、必ずや「とんでもないほどの幸運」に恵まれた人を知っているであろう。そう、たとえば百年に一度の豊漁を経験した人とか、あるいは偶然海底に沈んでいた宝箱に漁網が引っかかって巨万のルピーを得た人とか……

 

 私はそう思って村に行き、話を聞いて回った。私の見込みはある程度当たっていた。村の人たちは異口同音に「それならイズゴーンさんしかいない」と答えた。「幸運というなら、やっぱりイズゴーンさんだろう」というのである。だが、もっと詳しい話を聞こうとすると村の人たちは笑って「この話は本当に面白いし愉快だから、どうせなら本人から直接聞いた方が良い」と言うのだった。

 

 私はイズゴーン氏に直接会うことにした。だが、なんとその本人は遠くアッカレ地方沖まで漁に出ていて、少なくとも二週間先まで帰ってこないという。二週間も待たねばならない。それは締切的にかなりギリギリな判断だった。もしその話があまり面白くなかったらどうする?

 

 私は賭けることにした。二週間が経過し、さらに四日が過ぎた時、村で最も幸運な人と呼ばれているイズゴーン氏は帰ってきた。季節外れの大嵐に遭遇し、帰港が予定よりも遅れてしまったという。私はさっそく彼に話を訊いた。彼は喜んで私に「本当に面白いし愉快な話」をしてくれた。彼は宝箱博打の話を始めた。私はそれを話の取っ掛かりのようなものだと思い、これからどのように話が発展していくのか注意深く聞いていた。しかし彼は宝箱博打の話をし続けた。一時間が経ち、二時間が経ち、日が暮れて夜の風が吹き始めても、彼は宝箱博打の話しかしない。

 

 四時間が経って、やっと彼の話は終わった。要約すると、彼はつい先日偶然にも十回連続で当たりを引くという幸運に恵まれ、およそ一千ルピーもの大金を得たという。ただそれだけの話であった。たしかに幸運である。一千ルピーは一般的な漁師のおよそ三ヶ月分の収入に相当する金額である。そう、たしかに幸運ではあるが……それは、私が当初見込んでいた「幸運な話」とは相当異なっていた。

 

 すべては、私の勝手な思い込みが原因だった。漁師にとって豊漁だの時化(しけ)からの生還だのはごく日常的で些細な話に過ぎず、本当に変わっていて面白い話というのは宝箱博打に関することだったのだ。なぜなら、宝箱博打が村での唯一の娯楽だからである。そのことを私は知らなかった。つまり、漁師たちが変わっていると考えていることと、私が変わっていると考えていることに大きな相違があったのだ。記者にとって思い込みは命取りになり得る。そのことを私は苦い教訓として学んだ。

 

 まあ、本当のことを言うと、私たち記者も「非凡なまでに変わった人」に取材をしたいのだ。それは記事にならないかもしれないし、労力に見合わない仕事になるかもしれないが、やっぱりそういう人を記事にしたい。「ちょっと変わっている『ちょっと変な人』」に取材を重ねるにつれて、その願いはますます強くなっていく。ちょっと変わっている程度のちょっと変な人ではもう満足できないのだ。記者とはなんとも業の深い職業である。

 

 そして私は、彼に会ってようやく満足することができた。満足を通り越してうんざりしさえもした。彼のことを記事にできるかどうかは、また別の話であるが……

 

 

 モヨリ橋から双子山まではけっこう距離があった。遠くから眺める分にはさほど遠くないのだが、実際に歩いてみると時間がかかるというのは旅の「あるある」話の典型例で、今回のこの双子山行きもそれに該当した。

 

 早朝にハッシモのキャンプ地を出発し双子山を目指した私とリンクは、一日が経過してもなかなか旅程を消化できなかった。それは主に私のせいだった。私は頭に怪我をしていたし、おまけに軽く二日酔いだった。リンゴ酒の二日酔いはかなりキツイ。もしあの戦闘中に吐いてしまっていなかったら、もっと酷い二日酔いに悩まされていたかもしれなかった。幸いなことに、私はなんとか歩くことができた。そのスピードはお世辞にも褒められたものではなかったが、とにかく私は歩き続けた。

 

 遅々として旅程が進まなかったのには、他に原因があった。それはリンクだった。リンクは私と違って元気そのものだったが、元気であるから彼は寄り道をしまくった。彼は道中でいくつもの魔物の拠点を襲い、敵を全滅させ、武器と食糧を奪い取った。街道から外れて森の中に入り、キノコや野草の類を集めたりもした。おそらく彼は私の二倍は活動していたと思う。いや、二倍で済むだろうか? 三倍くらいは動いていたかもしれない。

 

 出発してから二時間ほどが経過した頃、まだ午前中だったと思うが、私たちは黙々と街道を歩いていた。街道と並行するようにして川が流れていた。川の名前はノッケ川といった。ノッケ川は双子山を東西に貫流しており、西ハテール地方では最大の流域面積と流量を誇る。太く、雄大な川であるから、それが抱え込む生態系もまた豊富かつ複雑で、ということはつまり魔物の生息数もまた多いということを意味した。

 

 ノッケ川の沿岸のそこここに魔物たちは拠点を構えていた。川のすべてが魔物に占領されているのではないかと思うほどに敵の拠点の数は多かった。

 

 だいたいにおいて拠点は見張り台をひとつかふたつ備えていた。そこには常に弓矢を装備した魔物が立っており、周囲を監視していた。見張り役の魔物たちは、魔物にしては異様なほどに真面目で職務熱心であり、接近してくる不審な影を決して見逃さない。怠惰で思考力に乏しく、すぐ欲望に負ける魔物が見張りにだけは長けているとはどうもおかしな話である。しかし、事実としてそうなっているのだからどうしようもない。

 

 見張り台の近くには、必ずかまどか焚火が設けられていた。そこで魔物たちは狩ってきたケモノ肉の調理をするのだった。調理といってもごく単純なもので、骨がついたままの肉を直火で炙るだけだ。それで魔物はけっこう満足するらしい。彼らは塩も使わなければ他の調味料もいっさい使わない。案外慎ましいとすら言える。少なくとも「ミナッカレ産の岩塩がないと肉は食べられない」などと(のたま)う人間よりは遥かに質実剛健な生活をしている。

 

 焚火の近くにはいくつかの木箱、または鉄製のコンテナ、あるいは木製の樽が置かれていた。当然のことながら、それらはすべて魔物がどこかで略奪してきたものであった。木箱の中身は食料品であることがほとんどで、ということはつまり魔物にも蓄えをするという習慣があることを意味していた。何も考えていないような魔物でも、将来生じるかもしれない欠乏と飢餓に対してしっかりと備えをしている。これに関しては人間も魔物を見習うべきだと思う。誤解を避けるためにあえて述べるが、見習うべきなのは貯蓄をするというその習慣であって、余所(よそ)から物を奪ってくることではない、念のため。

 

 ノッケ川は火事にでもなったかのように煙をあげていた。無数の拠点にいる無数の魔物たちが無数の肉を焼き、無数の煙をあげているのだった。おぞましい光景だった。魔物たちはいったいどれだけ多くの木を切り、いったいどれだけ多くの獣を狩ったのだろうか? どれだけ多くの肉を食らい、どれだけ多くの排泄物を川に流したのだろうか? ノッケ川の煙は、魔物たちによる自然破壊の凄まじさを端的に示していた。なんともひでぇ話であった。

 

 私たちは川の惨状を眺めていた。リンクの青い目は相変わらず涼やかだったが、その表情には幾分かの険しさがあった。私はリンクに言った。

 

「ひどい有様ですよ。ハッシモの言葉を借りるわけではありませんが、まさに『世も末』というやつです。年々、人間の数はどんどん減っているのに、魔物の数は増え続けています。このノッケ川周辺は特に酷いですね。去年ここを通った時はまだこれほどではありませんでした。ちらほらと魔物の姿が見えた程度だったと記憶しています。今では川全体が魔物の要塞になったような(かん)さえあります」

 

 リンクは「うーん」と唸った。私はさらに言葉を続けた。

 

「時々、有志が仲間を募って義勇部隊を組んで、魔物の討伐をするんですよ。前まではそれでけっこう上手くいっていたんです。大厄災を生き残ったベテラン兵たちが戦闘の指導をしましたからね。でも、今ではそのベテランの大半が老いて死んでしまいました。なにせ大厄災からもう百年経ちますからね。当時二十歳だった兵士たちは、百二十歳ですよ。生きているだけで奇跡みたいなもんです」

 

 リンクはまた「うーん」と唸った。私はさらに話を続けた。

 

「ベテランが指導していない義勇部隊なんて、ただの素人の寄せ集めですからね。これでは討伐なんて思いもよりません。それどころか、毎回の戦闘で死者が出ないようにするのに精一杯で……そんな惨状ですから、どこの村も人を出すのには及び腰です。そんなわけでますます魔物の勢力圏が拡大していくんですよ」

 

 リンクはまたまた「うーん」と唸った。私は言った。

 

「誰かアホみたいに強い人が現れて、敵を片っ端からやっつけてくれたらまた話は違ってくるんでしょうけどね。()()()()()()()()根本的な解決にはなりませんけど、それでも魔物がこれ以上増えるのは阻止できます。でも、こんなことを期待するのは宝箱博打で借金を返済するのを夢想するのと何ら変わりませんよね」

 

 私の言葉に対して、リンクは言った。

 

「そういうことなら、見過ごすわけにもいかないか」

 

 彼の言葉を聞いて、私の口から声が漏れた。

 

「えっ?」

 

 ごくさらりとした口調でリンクは言った。

 

「ちょっと行ってくるよ」

 

 また私の口から声が漏れた。

 

「えっ?」

 

 一瞬、私はリンクの言っていることを理解できなかった。私はリンクに言った。

 

「ちょっと行ってくるって、どこへ行くんですか?」

 

 リンクは言った。

 

「魔物を倒してくる」

「そりゃ無茶やで!」

 

 思わずお国言葉が口から出てしまった。そんな私の顔を見つめつつ、リンクは言った。

 

「危ないからヨツバはついてこなくて良いよ。ヨツバは街道をそのまま進んでいって欲しい。折を見て合流するから」

 

 私は彼に言った。

 

「しかし、いくらリンクが強いからといっても、あれだけの拠点を一人で潰すというのは……」

 

 リンクは強い。非凡なまでに強い。たった一日で私はそのことを身に沁みて知っている。だが、いくら彼が非凡でも、この長大なノッケ川の支配権をたった一人で魔物たちから奪い返すというのは些か無謀ではないだろうか?

 

 しかし、リンクの意志は固かった。彼は早足になると、街道から離れて草むらへ入り、その草むらの先にある河原(かわら)へと向かっていった。河原(かわら)には魔物の拠点がある。私は彼の背中に向かって大きな声で言った。

 

「ああ、もう! 無理そうだったらさっさと逃げるんやで!」

 

 これ以上引き留めても無駄だろう。私はそう思った。リンクは答えた。

 

「了解」

 

 リンクの姿は消えた。私はしばらくその場に立ち尽くしていた。やがて、気を取り直すと、私はまた歩き始めた。ふと、私は不安を覚えた。そういえば、今の私はリンクと離れたことでまったく孤立しているが、もし魔物に襲われたらどうしようか? そう考えたその時、河原の方からすさまじい騒音が響いてきた。爆発音が連続し、魔物の喚き声と断末魔の叫びが聞こえてきた。

 

 うん、もし魔物に襲われることがあったら、あの騒音の方へ逃げれば良い。そうすればリンクがなんとかしてくれるだろう。私は街道を進んだ。

 

 街道には私以外に誰もいなかった。時々野生のヤギが鳴き声をあげているだけで、人はおろか魔物すらいなかった。目の前には双子山がその雄大な山体を大地に寝かせていた。遠目にはぼんやりと青色に見えていた山は、今やくっきりとした濃緑色へと色を変えていた。このペースだと、おそらく到着は明日だろうと思われた。街道は乾いていて、埃っぽかった。

 

 いつの間にか戦闘の騒音は止んでいた。静けさの中で風が音を立てて吹いていた。双子山がその風を吹き下ろしているのだった。いわゆる、「双子颪(ふたごおろし)」というやつである。向かい風を受けて、私の歩くペースはさらに遅くなった。二日酔いで悪い熱を帯びて火照っている私の体を双子颪は良い感じで冷やしてくれたが、悪いことに山は人間ではないので加減というものを知らず、もう充分だと私が言っているのにさらに私の体を冷やし続けた。

 

 その結果、私の腹は猛烈に痛み始めた。私は自分の中で生じた生理的欲求を解消する必要があった。見回すと、街道のそばに丈の高い草が群生している草むらがあった。私はそこに入って腰をおろした。

 

 腰を下ろして、いざ戦闘開始という時になって、街道の方から声が聞こえてきた。それはリンクの声だった。彼は私に呼びかけているようだった。

 

「おーい、おーい。片付けてきたよ。どこにいるの?」

 

 私も大きな声を上げた。

 

「ここです、ここです!」

 

 私の声はリンクに無事に届いたようだった。リンクがこっちに近づいてくるのが感じられた。アカン! 私は大急ぎで彼に言った。

 

「ああ、来なくて良い! 来なくて良いです! 今ちょっと()()()()()なので!」

 

 私は「取り込み中」という語に独特なイントネーションをつけた。リンクは私の状況を理解してくれた。彼は言った。

 

「それじゃあ、別の拠点を潰してくるよ」

 

 ほっとしつつ私は言った。

 

「そ、そうですか。気をつけていってきてください」

 

 その場から離れる前にリンクは私に言った。

 

「ところで、紙はあるの?」

 

 私は答えた。

 

「大丈夫、大丈夫! ちゃんと紙はありますよ!」

 

 リンクは言った。

 

「それもそうか。ヨツバは記者だもんね。じゃあ、いってくる」

 

 いや、たしかに私は記者であるから紙は持っているが、その紙はメモをとったり記事を書いたりするためのものであって、決して「このような」ことに用いるものではない。それとは別にちゃんと()()()紙を持っている。じゃないとおしりが大変なことになってしまう。私はそのように反論したかったが、口を閉じた。言って何になる?

 

 彼は去っていった。私の腹痛は未だに収まらなかった。私は戦っていた。懸命に戦っていた。ほどなくして、また戦闘の騒音が響いてきた。爆発音、魔物があげる醜悪な雄叫び、断末魔の呻き声……今度の騒音は長かった。リンクは苦戦しているのだろうか? 流石のリンクでも一人で魔物の拠点を討滅するのは無理があったのではないか?

 

 リンクは一人で戦っている。私も頑張らないといけない。いや、頑張るというか、()ん張らないといけない。

 

 十分後、私の戦いはいちおう終わった。私は後始末をすると、草むらから立ち上がった。

 

 私の目の前にヤギがいた。ヤギはガラス玉のような瞳で私を見つめていた。もしかして、私が「一仕事」をしている間、ヤギはずっと私のことを見ていたのかもしれなかった。私はなんだか腹が立ったので、傍にあった石を拾ってヤギに投げつけた。ヤギは「ベエエッ!」と鳴いて逃げていった。

 

 私はまた歩き始めた。戦闘の騒音は止まなかった。いったいリンクはいつまで戦い続けるつもりなのだろうか? 私は考えていた。もしかして、本気でノッケ川の敵を一人で全滅させるつもりなのだろうか? 私はしばらく考えた。そして、彼ならそれが可能だろうと結論した。

 

 非凡なまでの変人とは、その行いが特に変わっているから非凡なまでの変人なのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()非凡なのである。リンクは魔物の討伐に命を懸けているのだろうか? そうだろう。そして彼は今も戦果をあげている。私たち一般人の義勇部隊がこれまで今一つ魔物を相手にして戦果をあげることができなかったのは、つまるところ私たちが命を懸けていなかったからではないか。義勇部隊も命を危険に晒してはいた。その点ではリンクと同じである。しかし、リンクが積極的に自分の命を懸けて戦っているのに対して、義勇部隊はむしろ命懸けの戦いを避けていた。無限に復活を繰り返す魔物を相手にして命を懸けるのは割に合わないからだ。

 

 やはりリンクは変人だ。私は改めてそう思った。めっちゃ変わっとるわ。私の中で、また「彼を記事にしたい」という欲求が復活した。なんというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気がする。それは記者としての直感だった。

 

 でも、書くのはえらい大変そうやなぁ。私は溜息をついた。納豆の記事を書くだけでもこれだけ苦労しているのに、リンクの記事を書くとなったらどれだけ労力が必要になるのか……

 

 その日は結局、双子山まで辿り着くことはなかった。リンクは日が暮れる前に私と合流した。一日中戦っていたというのに、彼には傷一つなかった。彼は実に涼しい顔をしていた。拠点狩りをしてくれたことに礼を言うと、リンクはなんということもないという風に私に言った。

 

「ちょうど良いリハビリだよ」

 

 リハビリというのがどういう意味であるのかは分からなかったが、彼の働きによってノッケ川がかつての平穏の一部を取り戻したのはたしかだった。

 

 私たちは小さな森の入口にいた。小さいとはいえ、森は森である。夜に森を抜けるのは危険だ。そういうわけで、私とリンクはそこで野営することにした。

 

 食事は簡単なもので済ませた。リンクが焼いたケモノ肉を出してくれた。私は空腹だったこともあり、それを貪るように食べた。一通り食べてしまった後に、私はリンクに尋ねた。

 

「これ、どこで手に入れた肉ですか? まだ新鮮な感じがしますけど」

 

 リンクはこともなげに言った。

 

「魔物の拠点で分捕(ぶんど)ってきた」

 

 私は変な声をあげた。

 

「げえ! なんだって!?」

 

 リンクは不思議そうな顔をして言った。

 

「肉は肉でしょ?」

 

 私は言った。

 

「それは……まあ、そうですが……」

 

 たしかに、肉は肉である。魔物が調理をしようが、村で一番大きな宿屋の腕の立つ料理人が調理をしようが、肉は肉以上のものではないし、肉以下のものではない。しかし、そうやって割り切るには私はあまりにも平凡な人間であった。魔物が焼いた肉を食べたら、私まで魔物になるのではないか? 論理的に考えればそのようなことはあり得ない。それは理解している。理解はしているのだが、やっぱり「なんか嫌やなぁ」という思いは拭いきれなかった。

 

 リンクはさらに言った。

 

「おかわりもあるよ。もっと食べる?」

 

 思わず私は聞き返していた。

 

「えっ? なんですって?」

 

 リンクはまた言った。

 

「食べる? たくさんあるから遠慮しないで良いよ」

 

 リンクはそう言いつつ、肉を齧っていた。彼はとても美味しそうに肉を食べていた。なんとも、健康的で素晴らしい食べっぷりだった。彼の艶やかな桃色の唇が肉汁で濡れていた。それを見ていると、私は先ほどまで感じていたことがだんだん馬鹿馬鹿しく思えてきた。そうだ、記者という者は常に論理的でなければならないのだ。

 

 そもそも、この肉はリンクが命懸けの戦闘の末に得たものである。それを彼が「食べる?」と言ってくれているのだ。そうであるならば、やはり食べなければならない。ていうか、食べたい。まだ私の胃袋には余裕があった。私は彼に言った。

 

「じゃあ、いただきます……」

 

 リンクは「ほら、どうぞ」と言って肉を一切れ手渡してくれた。私とリンクは黙って肉を食べ続けた。先ほどよりも肉は美味いものとして感じられた。

 

 食べつつも、私はリンクの顔を見ていた。いったい、彼は何者なのだろうか? いまさらながらそのような疑問が湧いてきた。彼はどこで生まれ、どこで育ったのだろうか? これまでどうやって生きてきて、どうやってこれほどまでの戦闘力を身につけるに至ったのだろうか? 彼はカカリコ村に行かねばならないと言っていた。どんな目的があってカカリコ村に行くのだろうか? 家族はいるのだろうか? 家は? 職業は? 彼はこれほどまで若く、強く、美しいのだから、きっと恋人もいるに違いない。どういう人が彼の恋人なのだろうか?

 

 一度疑問が湧くと、それは途切れることなく続いた。しかし、私はそれを口に出さなかった。今は尋ねるべき時ではない。これまでに積んできた記者としての経験が、私にそう警告していた。急いては事を仕損じる。これは取材においてもそうである。それに、過去をほじくり返す権利など誰にもないのだ。そんなものは記者にだってない。

 

 リンクは非凡なまでの変人である。ぶっちぎりでとびっきりの変人である。そんな彼を取材するのだったらこちらも非凡なまでに慎重にならねばならないし、非凡なまでの努力をしなければならない。

 

 そうだ、私の実力のすべてをかけて、いや、私の命を懸けて彼を取材するのだ。

 

 そのように私が決心している間に、リンクは肉を食べ続けていた。少なく見積もっても、彼は肉を十切れは食べていた。さらに彼は十切れほど食べた。私は三切れを食べたところで満腹になった。

 

 食事を終えると、私たちは早々に寝ることにした。私たちは体を毛布に包んだ。リンクの分の毛布は私が提供した。毛布には馬宿協会のロゴが白く染められていた。

 

 寝る前に、リンクは私の頭の包帯を巻き直してくれた。「だいぶタンコブが小さくなったね」と彼は言った。彼の手つきはあくまで丁寧で、優しかった。

 

 その夜は何事もなく過ぎた。森のどこかでフクロウが鳴いていた。

 

 

 太陽が昇った頃に私たちは目を覚ました。食事を済ませた後、私たちはまた街道を歩き始めた。小高い丘があった。私とリンクはその上に登って、川の様子を眺めた。明らかに、昨日と比べて煙の数は減っていた。それまでが火事であったとすると、ボヤ程度になっていた。

 

 これを全部一人でやったとは……私が感嘆の念を深くしていると、リンクが言った。

 

「対岸の拠点までは討伐できなかった。せめてこっち側の拠点だけでも全部潰すよ」

 

 私はリンクに言った。

 

「あの、今日は私もついていっても良いですか? リンクの戦いぶりをこの目で見てみたいので」

 

 昨晩よく眠ったことで、私の体力は回復していた。頭のタンコブは小さくなっていたし、二日酔いも解消していた。これならば不測の事態が生じてもちゃんと走って逃げることができるだろう。これでも逃げ足にだけは自信があるのだ。

 

 リンクは数秒だけ考えた後、言った。

 

「良いよ」

 

 私たちは街道から外れて、河原へと向かった。そこには魔物の拠点があった。しかし、どうも様子がおかしかった。リンクが「あれ?」と言った。私も「あれ?」と言った。

 

 魔物はどこにもいなかった。見張り台にもいないし、焚火の周りにもいない。そもそも焚火は消えていた。白く薄い煙が一筋立ち昇っているところを見ると、私たちが来る直前になって消されたようだった。

 

 首を(かし)げつつ、リンクが言った。

 

「外出中なのかな?」

 

 私は言った。

 

「狩りに出ているのかもしれませんね」

 

 釈然としなかったが、私とリンクはその場を離れた。私たちは河原を進み、次の拠点へと向かった。そこにも敵はいなかった。敵はすべて出払っていた。私は言った。

 

「もしかして、敵はリンクを恐れて逃げ出したのかもしれませんね」

 

 リンクは首を左右に振って言った。

 

「魔物はそこまで甘くない」

 

 実感のこもった口ぶりだった。私たちはさらに先へ進んだ。

 

 突然、リンクが素早い動きで岩の影へと走った。私も即座に彼の動きに倣った。リンクはその妖精のように長い耳をそばだたせていた。やがて、彼は小声で言った。

 

「対岸から何か音がする」

「なんですって? 音?」

 

 私も耳を澄ませた。しかし、聞こえてくるのはノッケ川の流れだけだった。ノッケ川の水流は強く、早い。どんなに注意を払っても、私にはそれ以外聞き取れなかった。

 

 リンクは言った。

 

角笛(つのぶえ)の音がする」

 

 私は聞き返した。

 

「角笛?」

 

 リンクは頷きつつ言った。

 

「魔物の角笛。対岸で魔物が角笛を吹き合っている」

 

 それは穏やかな話ではなかった。どうやら対岸の魔物たちは音による信号を用いて、互いに連絡を取り合っているようだった。だが、それは何のためであろうか?

 

 リンクはしばらくその場に留まっていた。やがて、とりあえず今のところ直接的な脅威はないことを確認したのか、彼は立ち上がってまた歩き始めた。私もリンクの後に続いた。

 

 歩き続けている間に太陽はどんどん空高く昇り、やがて時刻は昼頃になった。私たちの行く手に、あるものが聳え立っているのが見えた。

 

 それは塔だった。いや、塔であるのかは分からなかった。それは普通の塔とはかけ離れた姿をしていた。塔はオレンジ色に怪しく光っていた。それは祠の発する光とまったく同じ色だった。

 

 私はふと、以前にまったく同じ塔を見ていたことを思い出した。そう、私はコズミさんの操縦する馬車の中からそれを見たのだった。塔は高かった。背後に立っている高い双子山のせいで低く見えてしまうが、よくよく見るとやはり高かった。まことにけったいな塔であった。

 

 リンクがさらりと言った。

 

「今日はあれに登るから、よろしく」

 

 思わず私は叫んだ。

 

「えっ、マジすか!?」

「うん、マジ」

 

 リンクはそう返事をすると、塔へ向かってどんどん歩いていった。私も急いで後を追った。




 ティアーズオブザキングダムまであとちょっとですね。生き抜きましょう。

※加筆修正しました。(2023/06/19/月)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。