大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

1 / 19
一話

 夕暮れ時、朱色の光りに照らされる宮殿。

 酒の空き瓶がそこら中に散らばって、見渡せば巨大な髑髏に、大百足、足の生えた三味線にそれを追いかける二叉の猫、角の生えた大男や異様に首の長い女性といった多種多様の異形の者が集まっている。

 宮殿の中心には、頭のない朽ちた仏像が建てられており、本来頭部があったであろう場所に一人の鬼の少女が腰掛けていた。

 その少女の名は酒呑童子。

 御伽草子や大江山絵詞では丹波国境の大江山を支配し、茨木童子を筆頭に多くの鬼を部下に抱えていたと言われている鬼の首領。後の世に数多の悪名を轟かせた玉藻前や大獄丸と並ぶ日本三大妖怪の一匹である。

 

「なぁ土蛇、なんでうちの酒があらへんの?」

 

 彼女は聞けば蕩けるような甘い声で、仏像の掌の中にいる縛られた一匹の鬼に声をかけた。縛られたその鬼は、彼女の声を聞いただけで、怯えたように体を震わせたがまだ反抗の意思があるのか酒呑童子を睨み付けながら文句を言った。

 

「十分用意しただろ、全部アンタが飲んだけどな」

 

 彼の名は土蛇童子。酒呑童子に惚れ込んだ茨木童子が連れてきた鬼であり、鬼でありながら人間らしい生き方をする変わり者だ。自分の欲に素直で感情を出しやすい、その在り方を酒呑童子は気に入っており、今いる大江山に来る度に彼を揶揄い自分の玩具としている。

 

「あれぐらいじゃ足らへんさかい、もっと用意しといてや」

「無茶をいうなよ……最近都に出すぎて懸賞金まで掛かってるんだぞ」

「用意できへんの? ……そういえばうち、前から鬼の骨が欲しかったよ。丁度目の前におるけど、どないしよか?」 

 

 彼女の言葉が耳に届いた瞬間、土蛇童子は自分の骨が抜かれる未来を幻視して身震いした。その反応が面白いのか酒呑童子はクスクスと笑う。

 

「行けばいいんだろ……それでどこの酒を取ってくればいいんだよ?」

「うーん、そやね――――足柄山とかどうや?」

 

 

 

 

 

 

 なんでこんな事になったんだ。

 心の中でそう絶望しながら、俺は全速力で夜の山を駆けていた。

 

 転生してから数十年、どうして自分はこんな無茶な事をやらされているのだろうかと、本気で自問自答を繰り返す。

 前世で愛宕山にあった仏像に押しつぶされ圧死したかと思えば、いつの間にか平安時代の天徳元年に捨て子として転生し即妖怪に襲われて死にかけ。

 凄く偉そうな天狗に助けて貰ったかと思えば、誰かの心臓を移植させられ一回死んで。

 その後も地獄すら生ぬるいと言えるほどの修行をつけられ人間を止めて、一人前になったなと言われ、都に捨てられ。あまりにもムカついて暴れてたら鬼の少女にボコられ鬼にされ下っ端生活。

 住んでる山に来るスタイリッシュ痴女には虐められ、心安まる日なんてありはしない――――あぁ、やばい本当に泣けてきた。どうして俺はこんな目にあってるのだろうか? 

 今日も、頑張って酒を集めてきたのに全部飲まれて、さらに足りないからもっと持ってこいと言われたし……。

 

 もうやだ。現代日本に帰ってゴロゴロしたい。この時代にある娯楽はもう飽きたし、心ゆくまでゲームしたい。なんでこんな時代に俺は転生したんだよ、転生するなら未来が良かったんだが。よくあるラノベみたいにVRMMOがあるような世界に転生したかったのに、今世では働きっぱなしで本当にきつい。

 なんで妖怪というのは、自分勝手なやつばっかりなんだよ、という文句はもはや言い飽きた。食事に関しては、味噌汁とかには出汁ないし、何より醤油がない。唯一の楽しみである甘味は高いし、持って帰ると強請ってくる頭領にあげてしまうから結局食べれない……いや、最後のは俺が悪いか。

 ――――はぁ、少しすっきりした。心の中で文句を叫ぶのもたまには悪くないな。

 

 ともかく、足柄山に向かおう。今いる丹波から足柄山がある駿河・相模国境まで向かわないといけないから、急がなければならない。そういえば、酒呑様は俺が出る前、遅かったら肝と骨を抜くからとかいってたが、あれは冗談じゃないだろうな……あの鬼はやると言ったらやる鬼だし。

 そういえば、足柄山って現代でもなんか聞いたことあるんだけど、確か赤龍と山姥の子供がいるんだったか? 名前は忘れたが、親からしてその子供も妖怪だろうし、何より酒呑様の知り合いらしいから酒を譲ってくれるか交渉してみよう。

 

 

「あ、どうしてこの山に鬼がいるんだ?」

 

 五日後、足柄山に着いた俺が出会ったのは今の世界では珍しい金髪碧眼の青年。俺はこの男に心当たりがあった。いや、今の時代にこの男を知らぬ者はいないだろう。この男の名は――――坂田金時。妖怪殺しの達人だ。

  

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。