初めて来る酒呑様の宮殿、そこは蜘蛛の巣だらけとなっており至る所に蜘蛛の卵嚢が設置されている。いくつか卵嚢は開きかけており、その中からは新たな蜘蛛が生まれようしていた。
「燃やせ、ここを絶てばもう生まれぬ筈だ」
頭領に言われるがままに俺は蜘蛛の巣と卵嚢を燃やす。生まれかけの蜘蛛が悲鳴を上げ、ぐじゅぐじゅと嫌な音を立てながら死んでいく。頭領はそれを見て不快そうに顔を顰めた。
炎が消え、再び宮殿の中に静寂が訪れる。空から射し込む月の光が宮殿の中を照らし、宙に張り巡らされた蜘蛛の糸を怪しく照らす。
「弱々しいがこの先から酒呑の気配がする」
その言葉に反応し探知の術を使ってみれば、確かにここから離れた場所から酒呑様の気配が感じられた。その近くには、何か術を使っている様子の蜘蛛の気配が――――。
探知の術に引っ掛かった奴が使っている術に俺は覚えがあった。傀儡作りと呼ばれる。天狗の禁忌の技だ。どうして奴がそれを使えるかは分からないが、あの術を完成させられたら本当に不味い。
「頭領、ちょっと急ぐぞ!」
「なんだ急にどうした土蛇!」
急に走り出した俺に頭領が声を掛けて来たがそれを無視して、酒呑様の気配がある部屋に突撃した。
「ほぉ、やっと来たか我が餌共よ」
その部屋に突撃すると出迎えてきたのは背に八本の蜘蛛の足を持つ黒髪の妖怪だった。彼女は余裕ぶった態度で話しており、その近くには鳥籠に囚われた酒呑様の姿がある。
土蜘蛛からは殺意や敵意を感じない。ここに来るまでにこいつの子供であろう蜘蛛達を殺したのにも拘わらず、こちらに対して何の悪感情も持っていないのだ。
「酒呑様をどうするつもりだ?」
まるで凍ったように鳥籠の中で眠る酒呑様の姿を見ながら、俺は怒りを殺してそう聞いた。それを聞いた土蜘蛛は、何が可笑しいのかその場でパチパチと拍手をし、薄ら笑いを浮かべる。
「なに、ただ妾の駒にするだけよ。あの酒呑童子を駒にしたとあらば、妾の名も上がるだろう」
それだけの為に酒呑様を襲ったのか――そう考えると、より俺の怒りは増していく。もうこれ以上の言葉はいらない。後は間合いを詰めてアイツを殺すだけだ。話を聞いていた頭領も、その傲慢な態度に怒りを覚えたのか戦闘態勢に移行した。
「それでは始めようとするか、精々妾を愉しませてみよ」
「害虫風情が大きく出たな」
「小娘が、殺すぞ」
「はっ、やってみるがよい!」
それが合図だった
頭領が土蜘蛛に飛び掛かり、俺は後ろに回り込みながら刀を抜く。だが、その俺の攻撃は意識外からの何かに阻まれる。
「ガッ――――!?」
慌てて攻撃された方を見ると、そこに居たのは白い髪の少女だった。
急に現れた第三者、突然の乱入者に思考は止まるが、体を止めれば死ぬという直感があった。ゆらり、少女の姿が揺れたかと思うと、次の瞬間には俺の真正面に現れ、顎に一撃を食らわされる。
「童、妾の娘の一撃は痛いであろう」
その声に意識を割く余裕は無い。
土蜘蛛の喋りの合間にも隙が無く攻撃してくるこの少女の攻撃を捌くのに精一杯だからだ。僅かな隙を見付けて攻撃するが、それも何故か避けられる。何なんだこいつは? それにコレは気の所為かも知れないが、この少女の攻撃は何故か既視感があった。鋭く確実に急所を抉るような戦い方。ゆらりゆらりと相手を翻弄するこの動きは――――。
「ッ――――早いなおい」
頭上に現れた少女は、俺に向けて踵を落としてきた。反応が遅れた俺の頭に少女の一撃が突き刺さる。脳が揺れ、視界がブレる。落ちそうになる意識を俺は繋ぎ止め、少女に反撃として蹴りを食らわせた。
次はどこから来る? そう思った時、腹に何かが突き刺さる感触があった。アツイ、何か異物を入れられたような感触に襲われる。
「今のは……酒呑様の技?」
酒呑様の生まれ持った特技である骨抜き、それを少女は使用した。分からない、何故少女がこの技を使えるのかが。どうするか、こいつと俺は相性が悪いな。理由は分からないが、この少女は酒呑様の技を使う。それに俺の攻撃を完全に知っているかのような避け方……不味いなこれ、勝てないかもしれないぞ――――。
「――――は?」
気付けば俺は宙を飛んでいた。
途轍も無く重い攻撃が放たれたのか、俺はいつのまにか吹き飛んでおり、石造りの壁に激突する。呼吸がままならない。臓器にまで衝撃が行ったのか、肺に空気が届かず、手足が上手く動いてくれない。
「起きろ
――――このままでは負ける。そう悟った俺は、躊躇なく自分に掛けられている枷を外した。