大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

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十一話

 土蜘蛛と茨木童子の戦いは熾烈を極めていた。

 実力差は殆ど無い。それを両者が把握しており、一歩も譲らない戦いが繰り広げられている。

 

蝿声(さばえ)

 

 土蜘蛛の背中から生える一本の腕が茨木童子に向けられ、そこから黒い風が放たれた。この技の名は蝿声、相手を狂気で満たし悪意で壊すという呪術だ。一度受ければ抵抗する術を持たぬ物は精神が壊され、何も出来ぬ廃人と化す。

 

「――――守れ、叢原火」

 

 その攻撃を彼女は、身に迫る直前まで回避せず直撃の寸前、自分の得意とする炎で身を守り、そのまま土蜘蛛に斬りかかるも――――。

 

「効かぬ」

 

 強靱な蜘蛛の足が地面から生えてきて、彼女の攻撃を完全に塞ぎ切った。自分の攻撃が完全に読まれた事に舌打ちをする茨木童子。そんな彼女に向けて蜘蛛の足は突きを放ったが足は受け止められ、地面から引っ張り出されて捨てられた。

 

「小娘、貴様の従僕は妾の娘にやられておるぞ? 気にしなくともよいのか」

「別に良い、吾は土蛇を信用している――だが、一つ聞かせろ。あの娘は何だ? 何故酒呑の気配を持っている」

「戯け、言う訳が無かろう」

 

 言い切る土蜘蛛に、茨木童子は次に来る蜘蛛の足に備えながら、自分の腕に力を入れたのだが――急に手に持っている骨刀が重くなり、そのまま地面に落としてしまった。

 

「そろそろ、効いてきおったか」

「何?」

 

 その言葉を聞き彼女は、自分の体に起こった異変の原因を探ると、何か細い物が体に纏わり付いている事に気付いた。目を凝らすとそこにあったのは、極めて細い糸のような物。それはこの空間の至る所から伸びており、意識を向ければ何かを吸われているような感覚が彼女の体にはあった。

 

「これが酒呑を破った仕掛けか。器用だな、害虫」

「はっ、強がるでない。この空間に張り巡らせた妾の糸は、今も貴様の力を奪っている。更に時間が経てば立つのも辛くなるだろう」

 

 茨木童子の力が弱まった事で優位に立った土蜘蛛は微笑を浮かべると、自分の糸を束ねて槍を作り出す。それには可視化出来る程の魔力が含まれており、バチバチと音を鳴らしている。

 十分な大きさになったその槍は、茨木童子に投げつけられ、凄まじい速度で命を刈り取ろうと疾走する。

 ――これで、終わり。力を今も奪われ続けている茨木童子にはもう動く力は残っておらず、避ける事は出来ない。だらりと茨木童子は諦めたように腕を垂らす。せめてもの抵抗に彼女は土蜘蛛を睨み付けるが、それがただの強がりである事は土蜘蛛は分かっている。

 

「諦めたか、つまらぬ戦であったな」

 

 畳み掛けるように小さいがもう一本の槍を作りだし、死刑宣告だとでも言いたいように彼女に向けて投げつけた。

 

「死ね、小娘」

 

 手向けとして投げられたその言葉、それが彼女の耳に届いたその直後――――離れた場所から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

『起きろ火産霊(ほむすび)ィ!』

 

 ――――その瞬間、茨木童子は土蜘蛛に向けて満面の笑みを浮かべた。

 彼女は待っていたのだ。彼が枷を外すその瞬間を。

 

「滾れ――叢原火!」

 

 宮殿中に聞こえるかのような声量で彼女はそう叫んだ。

 瞬間、彼女の体から紅蓮の炎が湧き出した。背中からは炎が溢れ、その炎が巨大な腕と阿修羅の顔を形作る。作り出されたその腕は、飛んで来る槍を完全に滅却し、遠くに居る土蜘蛛にそのまま殴り掛かった。 

 

「は――!?」

 

 とても綺麗に後ろに飛ばされていく。

 炎を纏った拳に殴られた土蜘蛛は、体を燃やしながら何回も地面にぶつかって跳ねていく。飛ばされていく土蜘蛛に、彼女の背にある阿修羅の顔が距離を詰め、全身を包むように噛み砕いた。

 噛み砕かれた土蜘蛛は、体中を焼き焦がされながら宙に投げ出され、作られた腕に何度も何度も殴り付けられる。

 

「――――――」

 

 悲鳴すら上げられず、地面に叩き付けられる土蜘蛛は受け止めてくれた大地を破壊し、背中から思いっ切り埋まってしまう。

 ――――これでもまだまだ終わらない。なんとか、その場から立ち上がった土蜘蛛に向けて、両端から腕が迫ってきて――――。

 

「潰れろぉ!」

 

 凄まじい勢いで土蜘蛛をプレスした。

 

「ごふっ――――」

「これは土蛇には言ってないのだがな、吾は彼奴が枷を外せば、その力を借りることが出来るのだ。おそらく、吾の血を与えた時に何かが繋がったのだろう」

 

 もう聞いておらぬか、そう言い捨てて止めを刺そうと刀を構えた。

 完全な勝利、これを覆す事は出来ず。土蜘蛛にはそれから逃れる術は無い。

 

「――――はい、そこまで」

 

 土蜘蛛に刀を振るう茨木童子の攻撃は小柄な影に止められた。

 

 

 

 

 

 枷を外した俺は、酒呑様の技を使う少女を殺さず倒す事が出来た。

 今、その少女は俺のすぐ側で倒れており、起きる様子は一切無い。念の為、動かないように炎の縄で拘束してある。

 そのまま俺は加勢しようと頭領の方を見ると、見た事の無い姿で土蜘蛛を圧倒する頭領の姿が――――。

 なんだあれ、二つの阿修羅に炎の腕? なんかどことなく、俺の炎の気配感じるし、何が起こってるんだよコレ。

 巨大な腕でプレスされた土蜘蛛は意識が無いようで、動く様子は無く瀕死のようだ。それに止めを刺そうと頭領が近付くと、何かが弾けるような音が宮殿の奥の方から響き、黒い影が頭領の前に立ち塞がった。

 

「あれは、酒呑様?」

 

 何故だ? 何故酒呑様が、頭領の攻撃を止める? そう考えたが、答えはすぐに出てきた。ここに俺達が来るまで酒呑様にかけられていた傀儡の術だ。不味い、酒呑様が操られた……ん、でもおかしいぞ。あの術は術者の意識がないと効果が無い筈――――。

 

「起きてや、土蜘蛛」

 

 そう言いながら、酒呑様は地面に倒れる土蜘蛛を立ち上がらさせ、その体から心臓を抜き出した。

 

「ご――――ふっ」

 

 そのまま酒呑様は土蜘蛛の心臓を一口で食べ、抜け殻となった死体を投げ捨てる。そのあまりの行動に、俺と頭領は動けないでいた。酒呑様の様子がおかしい、今酒呑様はどうなっている?

 

「そういえば、誰やアンタ達。そもそも、なんでウチはここにおるの?」

「おい酒呑、何を言っている」

「アンタ、うちを知ってるん?」

 

 話が噛み合わない。

 本当にこの場所、それに俺達を知らないのか、不思議そうに首を傾げる酒呑様は、近くにいる頭領に笑いかけながらそう聞いた。

 

「ウチを知ってるなら教えてくれへん? さっきから滾って滾って――――」

 

 思考が止まっているのか、全く動かない頭領に酒呑様が爪を構えた。

 

「避けろ頭領!」

「あんたらのこと殺したいの」

 

 


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