――――炎が、消えていく。
二人を包み込んでいた炎は、目的を達すると同時に最初から無かったかのよう溶けていった。
自分の体を確かめると、まだ治っていない腹から内臓が飛び出ていて、とても酷い有様だ。俺の炎は部位の欠損とかなら早く治せるが、こうやって中途半端な傷を治すのが遅いから困るんだよな。
「――――終わったか、土蛇」
「あぁ、頭領。完璧だ」
所々焼けている頭領が、酒呑様を背負いながら近くにやって来た。酒呑様は寝ているようで、スースーと寝息を立てながら頭領に体を預けている。
酒呑様の宮殿はボロボロだ。至る所に蜘蛛の巣があり、俺達の戦闘の所為で穴だらけ――――これ、治すの多分俺だよな……今は考えないようにしておこう。
……そういえば、あの少女は大丈夫だろうか? 酒呑様の技を使う、土蜘蛛の娘。俺が無力化し縛って放置したあの少女は、今どうなっているんだ。一応、隅の方に避難させておいたから無事だと思うが……。
気になった俺が少女の居る方を見てみると、縛っていた炎を無理矢理解いたのか、傷だらけの彼女が死体になった土蜘蛛の前で無言で佇んでいた。
「…………」
表情を変えないまま、土蜘蛛の前で座り込む。
その様子は儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
「…………さようなら」
ぼそりと、そう呟いた少女は土蜘蛛の死体の前で一度手を合わせた後、俺達の元に近づいてきた。少女に対して身構える頭領と俺、だが何故か少女には敵意がなく無防備なまま俺の前で立ち止まる。
そして、そのまま俺の服の裾を掴んで動かなくなってしまった――――どうすればいいんだこれ……。
「おい貴様、何をしている?」
「…………」
頭領に睨まれても、少女の表情は変わらない。
それどころか、俺の服をより強く掴みながら、感情の読み取れぬ顔で俺を見つめてきた。
「…………これから、よろしくお願いします」
何が!?
本当にどういう事なんだコレ? 俺ってさっきまで敵だったよな、なんでこうなってるんだ。
「頼む説明してくれ、どういう事だ」
「母は言いました。負ければ全てを奪われないといけないと、ですので負けた私は貴方の物にならなければなりません。それに貴方に負けた時、びびっときまして」
そういう事らしい……言葉は足りないが、大体分かった。
「……いや、そんな事しなくていいぞ」
「なら死にます」
「いや死ぬなよ、生きてくれ。俺が殺したみたいになるからやめろ」
「自分の為に生きろと。そういう事ですね、分かりました」
どう解釈したらそうなるんだ? 頼むから誰か教えてくれよ。
このままだと、断り続けても永遠に続くやつだ。何故かそう悟った俺は、どうすればいいのか分からず頭領に助けを求めた。
「はぁ……土蛇、連れて帰るぞ。此奴には酒呑の技を持つ理由を聞かなければならぬ」
「頭領がそう言うなら、連れて帰るが……」
「ありがとうございます」
こうして、敵だった少女は何故か俺達に付いて来る事になり、一緒に山を下山した。大江山の仲間達は、全員無事なようで宝船に乗って迎えに来てくれた。
船から影のような物が飛び降りて来る。飛び降りて来たのは、虎熊童子で自分の眷属である白い虎に乗りながら、俺達の前に現れた。俺と頭領、そして酒呑様を見て安心したかのように笑う虎熊だったが、俺の服の裾を掴む少女の姿を見て、その笑顔を固まらせた。
「土蛇、そいつは誰だい?」
「土蜘蛛の娘だ」
「どうも、土蛇の所有物となった琴音と申します。以後お見知りおきを」
「…………敵だろう、なんで殺さないんだい?」
今のを聞かなかった事にしたのか、少女を無視した虎熊は笑顔を固まらせながらそう聞いてきた……というか、こいつ琴音っていうのか。
「頭領が生かす事に決めた」
「そうかい、頭領が決めたのならいいけど……」
納得はいっていないようだが、なんとかこの情報を飲み込んだ虎熊は俺達四人を虎に乗せて宝船まで運び込んだ。頭領は今回の件でとても疲れているのか、足早に用意された自分の部屋に酒呑様を連れて戻ったようだ。俺も自分の部屋に戻り、休息を取ろうとしたのだが――――。
「おい、いつまでいるんだ? 部屋は空いてるだろ」
「いえ、私は貴方の所有物ですので一緒にいますよ?」
それが当然の様に言ってのける少女からは、何が何でもここから動かないという意思を感じた。何をする訳でもなく俺の前で正座するだけで、動かない少女に頭が痛くなった俺は一つ頼んで見る事にした。
「じゃあ頼む、隣の部屋に行ってくれ」
「それは命令ですか? なら行きますけど」
「あぁ、そうしてくれ」
「分かりました?」
意外と聞き分けはいいのか、そう言った少女は部屋を出て行こうとしたのだが、扉を開ける直前に立ち止まりこちらに振り返ってきた。
「そうだ。良ければ、琴音と呼んでください。一応、母から貰った名ですので」
「分かった琴音、これでいいか?」
「はい、満足です」
相も変わらず無表情だが、どこか満足げに頷いた琴音は俺の部屋から出て行き、隣の部屋に入ったようだ。一人残った俺は、地面に横になりながら今日の疲れを外に出すように息を吐き、この部屋に防音の術を施して――――。
「……よかった――バレてないようだ」
震える声でそう吐き出した。
気を抜いた瞬間、一気に俺に襲い掛かってくるのは今まで塞き止めていた枷の代償。それは痛みとなって全身を襲い、体と命を蝕んでいく。
「ッ――――」
着ている着物を脱ぎ、心臓部分に視線を送るとそこから見た事の無い蛇の刺青のような物が左腕、そして首まで伸びていた。そこをなぞるように触れれば体の奥底、魂に痛みが走り必然的に息も荒くなる。
あの二個目の枷を外した瞬間、俺の中で何かが変わったのは分かってる。だがそれは何なのかは分からない――――これからどうなるのか、そんな事を思いながら俺は意識を手放した。