大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

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十五話

「もっとはやくー!」

「はいはい、早くするから髪を引っ張らないでくれ」

 

 幼女を肩に背負いながら、俺は山の中を駆けていた。

 楽しそうに背中で遊ぶ幼女の声を聞きながら、俺はどうしてこんな事になってしまったのかを考える。事は数時間前に遡るのだが、俺は何故か太郎坊に呼び出され愛宕山にやって来ていた。

 

「我が息子よ、よく来たな」

「何の用だよ太郎坊……碌でもない物だったら帰るぞ?」

 

 愛宕山に久しぶりに帰って来たと言う事もあってか、俺は山の天狗達にもみくちゃにされたり質問攻めに合ったりしたのに加え、この山に来る前に酒呑様に振り回され続けた俺の機嫌は悪く、早々に大江山に帰りたかった。

 

「まあ我の話を聞け」

 

 そんな様子の俺を見て、愉快そうに笑う太郎坊は続けてこう言った。

 

「枷はどうだ? 外したのだろう?」

 

 その問いにはどこか確信めいた物が感じられる。

 どうやら太郎坊は、土蜘蛛との一件で俺が枷を外した事を知ってるらしい――そう言えば、今更だが太郎坊は、大江山に来た時には既に枷を外す事を知ってたんじゃないか? 大天狗である太郎坊は、天狗の中でも特に強い神通力を持っていて、その神通力の中に天眼通という未来や過去を見る力を持っていた筈だ。あの時の枷を外すなという忠告も、それを知っていたから俺に伝えたんじゃないか?

 

「あぁ知っておったぞ」

「心を読むなよ……というか、知ってたならあの時点で酒呑様が攫われるのを教えてくれても良かっただろ」

「莫迦か土蛇、それだと我がつまらないだろう?」

 

 そうだこいつはこういう奴だったな。

 そんな風に心の中で、こいつがどういう奴かを再確認する俺だった。そしてそれも読んでいるのか愉快そうに太郎坊は笑っている。

 

「それで調子はどうだ? 何か変わったことは……あったようだな」

 

 俺の前まで急に来た太郎坊が、何かを確かめるようにした後で満足そうに俺から離れていった。何がしたかったんだ? 太郎坊の意味不明な行動に、少しの間思考が止まっていると、

 

「上々上々、いい成長だな土蛇。これからは、二つ目の枷を外したままでも過ごせるぞ」

 

 そんな有り得ないような事を、何でもないかのように俺に伝えてきた。

 そういえば、あの土蜘蛛の一件で、枷の代償として一度死にかけたが、あの後は特に何もなかったんだよな。それどころか枷をしているせいか、逆に苦しかったし。

 って、そうじゃない。

 

「おい太郎坊、本当に外してもいいのか? これで死んだら一生呪うぞ」

「カカッ、我が嘘をついた事があったか?」

「あぁ、それはもう嫌というほどに付いただろ」

 

 これは食べていい山菜だと言われて毒草だった事なんてよくあったし、簡単に覚えられると言われた術が本当に難しい物だった事もあった――――他にも沢山あるし数えればキリがない。

 そんなこいつを簡単に信用していいのか? いやない。

 

「今回ばかりは本当だ。我を信じろ」

「本当だな?」

 

 最後にそう確認を取ってから俺は、二個の枷を一応外してみた。

 枷が外された瞬間、起きた炉の炎が体の中を巡り始めた。しかし、いつものように起こる痛みは来ず、むしろ体が軽くなったような気がする。ただ、前に体に浮き出た蛇の刺青の部分にだけは痛みが走り、一瞬だけだが俺の意識が飛びそうになる。

 

「……おい太郎坊」

 

 その事について恨みを込めて太郎坊を睨み付けたが、これは予想外だったのか、少し驚いた様な顔をしていた。

 

「すまんな土蛇、ちょっと見せてくれ」

 

 太郎坊は、いつも枷を掛けるときに使っている錫杖を取り出して、一言謝ってから俺に向かってそれを突き立てた。ずぶり、と異物を混入された痛みを感じる俺を無視して、何かを探る太郎坊。咄嗟な行動を不審に思いながらも、焦っているこいつの様子から俺は受け入れることにした。

 

「……杞憂だったか? 土蛇、問題はないが……その刺青に痛みが走ったらまたここに来い。少しの異変が起こったら、何を無視してでもな」

「分かったよ、だけど何がしたかったんだ? 教えてくれてもいいだろ」

「なに、ただの年寄りの心配性のような物だ。これでもオマエは息子だ。そのぐらいの心配はさせろ」

 

 やめろ気持ち悪い……こいつに心配されるとか、明日は天狗星でも落ちてきそうだ。

 これで用は終わりだったのか、もう帰れと言われ俺は山を下りる準備を始めた。帰る前に、珍しい物がないかと、そう太郎坊に聞いたところ、いくつかの土産を持たされ来る前の何十倍の荷物を持つことになってしまう。今度酒呑様が来るから聞いたんだが、この荷物量だと、割と面倒くさいぞ? 山の鴉天狗に運んで貰うか。

 

「愛宕様、久しぶりでございま――おい、やめろ私の髪を引っ張るな!」

 

 昔から世話になっている鴉天狗を呼んでみると、何やら背中に幼女を背負って彼はやってきた――なんで人間の子供が人里離れた愛宕山にいるんだ?

 その幼女は、無表情のままで鴉天狗の髪を引っ張りその後でどや顔を俺に向けてきた。何がしたいんだこの幼女……どことなく、琴音味を感じるぞ……。

 

「そいつはどうしたんだ? 攫ったのか鴉」

「冗談はよしてください愛宕様、山の麓で一人でいたから保護したんですよ。付近には親の姿はなく、聞いたところ、遊んでいたらここにやってきたそうで」

 

 どんな体力だよこの幼女、近くに村はあるがその村はこの愛宕山から半日はかかる場所にあるんだぞ? それに、この付近には危険な妖怪も数多く暮らしているし、よくここまで来れたな。

 

「鴉、その少女は俺が人里に届けておく。その代わり俺の荷物を頼めるか?」

「それぐらいなら構いません。むしろ、この子の相手をしてくれるならいくらでも持って行きましょう」

「……そういえば鴉、子供苦手だったよな」

「はい、どうにも人間の子供は元気すぎて駄目でして」

 

 その会話を最後にして、俺は幼女を連れて、山を下りだしたのだが。

 この少女は本当に元気すぎた。隣を歩いていたかと思えば、近くにいた首切れ馬を乗りこなし、一度目を離せば巡回中の天狗にちょっかいを出し、疲れたと言い俺の背に乗ったかと思うと、鴉にやったように髪を引っ張って遊ぶ。

 

「おい幼女、もうちょっと落ち着いてくれ」

「やだー」

 

 そんなこんなで色々ありながらも、人里に付いた俺だったが、タイミングが良かったのかこの幼女の事を探している奴がいると里の人間に教えて貰った。

 ラッキーと思いながらも、幼女を探している人物がいるという場所に向かった俺だったが、そこで俺は懐かしい奴に出会った。

 この時代では珍しい金の髪をした俺の友人、坂田金時に……なんでこんな場所にいるんだよ。

 懐かしさと戸惑いから俺は、声をかけようとしたのだが、話しかける直前俺の体は動かなくなった。なぜなら、俺の前にとても鋭い刃があったからだ。

 

「どうしたんだ綱、いきなり刀なんか出して?」

「おい鬼野郎、その少女を離せ。そうすれば楽に殺してやる」

 

 金時の話を聞いてない様子の目の前の男は、凄まじい殺気を放ちながら俺に刃を向けてくる。 

 

 

 拝啓、頭領並びに酒呑様へ。

 どうやら俺の鬼生はここで終わりを迎えるようです。なあ神様、俺はあと何度絶望に出会えばいいんだ?

 俺を威嚇しているのは、渡辺綱。頼光四天王の一人で、何度か頭領と戦ったことのあるらしい、明らかに人間を止めている会いたくなかった武士の一人だ。


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