大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

3 / 19
三話

 源頼光には古い記憶がある。自分が今より幼い頃の寺に預けられた時の物だ。

 ある夏の日、自分が修行をしていた寺に妖怪達の群れが現れ、私の周りにいた僧達を次々と食い殺していった。まだ幼い私は力が足りず、自分も殺されてしまうと思った時に彼が現れたのだ――――紅蓮の炎を纏う一匹の鬼が。

 

『悪いな同族、ここの寺には恩がある。この寺を襲うとあらば、その命燃やし尽くすぞ』

 

 現れた彼は、私の前に立ち塞がりその力を解放した。見てるこっちの魂にまで恐怖を刻み込むような神性を含んだ炎に、虚空から無数の武器を作り出す奇妙な技、自然を操るような妖術。それらを使うその鬼は圧倒的なまでに強かった。

 

『悪いなそこの……名前を教えてくれ、どう呼べばいいか分からん』

 

 不器用に笑いながら、私の名前を尋ねる彼は、先程の姿からしたら別人のようで、少し面白いなと思ったのを今でも覚えている。

 

『丑御前……です』

『じゃあ丑御前って呼ばせて貰おう。悪いな丑御前、俺の同族がこの寺を襲ってしまって、足りるか分からないが、少し金を置いていく。どうか役に立ててくれ』

 

 私の手に余るほどの金を渡したその鬼は、私の頭にそのまま手を置いて撫で始めた。いや、少し違う。撫でるというより、頭をぐりぐりと回しているといった方が正しい。その撫で方はとても不器用だけど、私が今まで感じたことのない優しさが含まれていて、なんでか涙が溢れてしまった。

 

『何で泣くんだ!?』

 

 泣いてしまった私を慌てながら慰めるその鬼が可愛くてすぐに泣き止んだ。真っ直ぐ私に届くような優しさが、心地よかった。泣き止んだ私を見て安堵した姿が可愛くてもっと見たいと思った。この鬼と一緒にいたいと願った。初めての我が儘だったけど、会って間もないこの鬼はそれを聞いてくれて一年ほど一緒に暮らしてくれたのだ。

 

 一緒に暮らすうちに、私の魔の部分が囁いてきた。この鬼が欲しいと、私だけに気持ちを向けて欲しいと。だけど、その気持ちを自覚する頃には彼は去ってしまった。だから私は強くなることにして自分の中の魔を受け入れた。強い彼を手に入れるために、ずっと一緒に暮らすために、次出会った時に私に縛り付けるために――――。

 

 

 

 

 

 特級の絶望、源頼光。

 正史では男だったはずのその人物は、酒呑様のように女となって今俺の前にいる。どうしよう……枷をしている状態の俺じゃ絶対に勝てないぞ。というか、勝負になるのか? 俺って所詮下っ端だし、一点特化の性能してるから、全ての武術を極めたと言われている頼光に勝てる気がしないんだが。

 

「こんな下っ端の鬼に何のようだ?」

「いえ、ただちょっと付いてきてくれるだけで良いのです」

「それだけで付いていく馬鹿はいないと思うぞ。というかなんで天下の頼光殿がこんな変な場所にいるんだよ」

「それは、道に迷ってしまいまして」

 

 なんだか理由が可愛いな。まぁ、さっきから腰に差してある明らかな妖怪殺しの概念を持ってるであろう刀のせいで冷や汗が止まらなくて落ち着けないんだが。

 本当にどうするか、ここから逃げようとも追いつかれる可能性があるし、戦っても今のままじゃやられてしまう。

 

「それと、はやく変化を解いてくれませんか? せっかく貴方に会えたのに、そんな化けた姿など見たくありません」

 

 なんか気になるなその言い方、もしかして俺に会ったことあるのか? だとしたら変化も意味ないし、疲れるから解除するか。

 変化を解除すると、源頼光は何故か恍惚の表情を一瞬浮かべ、それを見た俺は酒呑様を前にする以上に悪寒を感じてしまった。

 

「やっぱり、貴方でしたね。私に付いてきてくれませんか、悪いようにはしませんので」

「嫌だよ、最強の神秘殺しと言われてるアンタに付いてく妖怪なんているわけないだろ」

「…………それなら、力尽くで連れて行きます。どうか、御覚悟を」

 

 その言葉と同時に俺に向かって、神速と言っても過言ではない矢が放たれた。認識する頃にはその矢は俺の眼前まで迫り、眼球を射貫きかけた。寸前で反応出来たからいいが、少しでも遅れていたのならば俺の視界は片方奪われていただろう。

 

「ッいきなりだなおい!」

「あらあら、視界を奪えば後は連れて行くだけだったのですが」

 

 優しい口調で怖いことを言いながら、何本もの矢を連続で放ち続けてくる源頼光。俺を貫くという目的を持った矢が、全て神速で迫ってくる。何十本もこの速度で矢を射るのは、最早人間業ではなく俺なんかより妖怪染みてる。

 

「ちょこまかと……いい加減当たってください!」

「嫌だわ!」

 

 なんとか体制を立て直しながら炎を纏い始め、木で出来た矢を燃やしていく。自分の矢が対処され始めた事で手札を変える事にしたのか、腰にある刀を抜き距離を詰めてきた。

 最初の一撃は腕を狙った物、おこりが見えないほどに鍛えられたその一撃は認識するより早く俺の腕を刎ね飛ばす。

 

「いッ――――アンタ本当に人間かよ!?」

 

 答えは返ってこず、次に足に向けて刀が振るわれたが、何故か先程より鈍ったその一撃は片腕で対処する事が出来て俺の足は無事だった。

 

「本当に容赦ないな、俺が腕とか治せなかったらもう負けてたぞ」

 

 炎で自分の腕を形作り、新たな腕を用意する。

 俺の体に移植されたある心臓のおかげで、こういう傷はすぐ治す事が出来るのだ。まぁ、治し過ぎると炎が溢れて自滅するが。それに心臓破壊されても死ぬし、本当に不便な体だよな。

 心の中で自分の体に悪態を吐きながらも、俺は腰に差してある刀を抜いた。たった二撃だが目は慣れた。これなら徐々に対処出来ていくだろう。

 夜の森に響き合うのは二つの鋼、刀と刀は火花を散らし綺麗な剣音を鳴り響かせる。

 彼女の技量を考えて、近づかせる事だけはさせてはいけないと分かってる。だから、絶対に懐に入らないように俺は守りに徹する事にした。

 間合いが離れる。

 埒が明かないと悟ったのか、彼女は俺から距離を取り近くに落ちていた槍を拾った。仕切り直しか……槍の相手って苦手なんだよな。そんな事を一瞬考えて、すぐにその思考を捨て今度は俺が攻めに回った。

 槍相手なら、懐に潜れば勝機があると考えたからだ。槍の連撃を防ぎながら距離を詰める。

 彼女の戦い方は、異様だった。先程の剣を使った時とは変わった体の使い方、得物を変えたからというのもあるだろうが別人のようになって、まるで彼女の中に二つの意志があるような感じがする。

 まぁ、やりにくいが俺がやる事は変わらないから問題無いか。

 

「取った!」

 

 懐に潜り込み刀を振るう。

 確実に獲れると絶対的な確信を持って刀を振るうと、どこからともなく矢が飛来してきた。視界の端に薄らと映ったそれは、俺の頭蓋を狙っていて当たれば頭を砕くであろう。

 本能がこの矢には当たるなと警告を出し、気付けば俺の体はその攻撃を避けていた。

 邪魔された。近くに気配は無いはずなのに、どこからだ? 距離を離しながら全力で探知の術を使い、敵の場所を探る。するとここから二キロ以上離れた場所に人のような気配を見付けた。

 

「援軍かよ……」

 

 やばいな、この距離から正確に俺を狙える化物に加え、頼光なんて相手にしてられないぞ? 二人以上いるだろうし、撤退は不可能。こう考えている内にも無数の矢がこの場所に放たれて――――。

 

「――――走れ、叢原火ィ!」

 




主人公のせいで色々変わった頼光さん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。