大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

4 / 19
四話

 声が聞こえたその瞬間、森の一帯が鬼の炎に包まれた。

 その炎は俺に迫る矢を全て焼き、強制的に頼光との距離を離す。その後、森の中から影が飛び出し、俺を掴んでその場から跳んだ。

 

「無事か土蛇!?」

「なんとかな頭領――というかこれ逃げれんのか?」

「吾を侮るでないわ、すぐに大江山に戻ってやろう」

 

 安心したぜ、愛してる頭領と、心の底でそう叫ぶ。緊迫して絶体絶命な状況だが、生き残る事に対して頭領ほど安心できる鬼はいない。

 炎が晴れ、次に目にしたのは憤怒の表情を浮かべる頼光と未だ迫ってくる矢の雨だった。

 どこからともなく雷が走る。空間が震えるような重圧に目を向けると、そこには雷を纏う一人の女性の姿が頭領目掛けて構えている姿があった――――あれは、駄目だ。受けると妖怪は塵になる。

 そんな直感が過った途端、俺は頭領の腕から飛び出し、自らの体に掛けた一つ目の枷を解いた。

 

「起きろ火産霊(ほむすび)

 

 体から溢れるのは、神性を焼く呪いの炎。神を殺す事にだけ特化した俺の炎は、雷に含まれる神性を焼き尽くし、この場を焦土に変えた。この場に残るのは木の残骸、全てが炭に変わった時残った炎が俺達を包み込む。

 

「ッ――――ガ、ッゥ」

 

 体が熱い、臓腑全てを直火に当てられたかのような激痛が絶え間なく襲ってくる。本来抑えていた筈の炉は炎を出せた事に歓喜しているのか、残った枷を燃やそうと火力を上げていく。その炎に気を取られそうになったが、このチャンスを逃すわけにはいかないので、俺は跳び上がろうとする頭領に捕まった。

 

「今だ頭領、離脱するぞ!」

「応とも! やーい鬼斬り魔神、生き残ったので吾らの勝利だ!」

「このっ待ちなさい!」

 

 空中に逃げた俺達を追うように矢が迫ってくるが、今溢れそうになっている炎を使って俺はそれらを防いでいく。頭領が一度山に着地した頃には、もう追ってくる様子は無く、夜になる頃には大江山に俺達は辿り着けた。

 

「疲れた。今日は厄日だ……もう一歩も動きたくない、というか動けない」

「それは吾もだ。なんで汝はあの頼光と戦っておるのだ? 肝が冷えたぞ」

「頭領の肝を冷やすなんて、頼光やばいな。もう絶対会いたくない」

 

 と言っても、今回ので確実に目を付けられただろうし、嫌でも会うんだろうな。こういう勘は当たってる方が多いから本当に嫌になる。

 宮殿の仏像の上に横になりながら休んでいると、慌ただしい様子でこの山で暮らす鬼達が集まってきた。そいつらはボロボロな俺の事が心配なようで、回復を促す酒や鎌鼬の霊薬を用意してくれた。

 

「ありがとなお前ら――――だけど、ひっつくな重い! おい、付喪神とか絶対に乗るんじゃないぞ! 仏像の付喪神のお前らに乗られるとかトラウマが蘇るッ!」

「それはフリだって、酒呑様が言ってましたよ」

 

 仏像の付喪神の代表のような奴がそれだけ言い、飛び付いてきた。仏像が飛ぶと俺に引っ付いていた小さい妖怪達は全てその場から離れて、俺を憐れむような視線を送ってくる。

 

「薄情……も、の……」

 

 お前ら明日覚えとけ、そんな事を考えながら俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 鬼の姿はもう見えないほどに小さくなり、完全に見えなくなってしまう。

 弓を置き、近くにやってくる気配に意識を送る。暫くすると、大弓を背負った背の低い武士が私の近くにやってきた。

 

「逃げられてしまいましたねー頼光様ー」

卜部(うらべの)そうですね、逃げられてしまいました」

「その割には嬉しそうですけど、何かありましたか? よければ僕に教えてください」

「いくら貴方でも教えられませんよ」

 

 逃げられてしまったが、あの虫……茨木童子を頭領と呼んでいた事から考えて、土蛇様はあの大江山にいるのだろう。それが知れただけでも今日は本当に良かった。

 長かった、数十年間怪異を殺し続けて本当に良かった。今日はそんな風に思える日だ。あぁ、どうしようか。彼に恥ずかしい姿を見せていなかったか? きっとそれは大丈夫、私は出会ったときの為に強くなったのだから。

 自然と笑みが溢れる。数年ぶりに見る彼の姿はあの思い出のまま変わってなくて、その事実がより私を喜ばせる。

 ――だけど、一緒にいたあの鬼は本当に許せない。彼を抱き締め、彼に慕われ、彼に頼られた。その役目は私の筈なのに……。

 至福の思考から一転して私は憎悪に染められる。許せない、あぁ許せない。あの鬼が、あの金髪の小柄の鬼、茨木童子が。彼女はよく酒呑童子と都を襲う筈だからその時に殺そう。

 

「頼光様、そろそろ都に帰らないと不味い気がします」

「それは貴方の勘ですか卜部?」

「ですねー、周期的に考えて酒呑童子が現れると思うので」

「今都には金時がいますから大丈夫です」

「えっと、頼光様。金時君は墓参りしに帰ってるのでいません。綱の奴も同様で碓井貞光と野良妖怪を狩りに行ってます。何でも、子供に頼まれたみたいで」

 

 ……という事は今都にいる部下は一人もいないのですか。

 

「今すぐ帰りますよ、卜部」

「了解しましたよ頼光様」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。