大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

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五話

 

 夜道には当たり前だが誰もおらず、都はしんと静まり返っていた。

 そんな夜の都に突如として炎を纏った人影が現れ、ゆらりゆらりと揺れながら溶けるようにして、一つの屋敷に入って行った。屋敷の中には警備兵もいたようだが、その人影には気付かなかったようだ。

 暫くして人影は、一つの部屋に入り込んだ。その部屋は貴族の為に用意されていたのか、とても豪華でその中心部には桜色と赤を基調とした十二単を纏った一人の女性がいる。

 

「こんばんは香子、いい夜だな」

「そうでございますね土蛇様、今日はどんなご用ですか?」

「いつものだよ、ほら前に約束しただろ」

「そうでした。今日は約束の日でしたね、今日はどんなお話を聞かせてくれるのですか?」

 

 

 久しぶりに来た藤原の屋敷、そこで俺は妹分のような藤原香子に会いに来ていた。香子との出会いは今から少し前、都で酒を盗みに来ていたら道に迷って、彼女に助けられた事から始まる。初見で鬼と見抜かれた時は陰陽師などを呼ばれる! と焦ったが、お話を聞かせてくださいと頼まれてから、偶に大江山で起こった出来事や俺の実体験を伝えに来ている。

 香子の近くに俺は正座して、この間の事を話す事にした。

 

「今日はあの源頼光と戦った話でもするか」

「まぁ頼光様と戦ったのですね……土蛇様、何か悪い事でもしたのですか?」

「いや、あの時はしてない。偶然会ってしまってそれからって感じだ」

「強かったですか?」

「あぁ、凄い強かったぞ」

 

 うん、強かった。それも、頭領がいなければ殺されていたというレベルで。そう言えば、藤原家の娘である香子は頼光と会った事があるのか? それなら、俺がここに来ているという事は伝えないように釘を刺さなければ。

 

「どんな風に戦ってましたか?」

 

 そうだな、と相槌を打ち、前の戦闘の事を思い出していく。

 あの時に頼光が使っていたのは弓と刀に槍。その全てが達人級の腕前で、武器が変わる毎に別人のように戦い方も変化する。弓は神速、刀にはおこりが無く、槍には全く隙が無い。今思い出しても肝が冷えるし、なんで俺が今も生きているか分からない。

 それを伝えると、香子は次々と俺に伝えられた事をメモしていった。暗いこの室内で綺麗に文字を綴る姿は美しく、少し見惚れてしまい、語るのを一時的に止めてしまった。

 

「どうしたのですか?」

「……いや、何でもない続けるぞ」

「はい、お願いします。それで大江の御山の頭領様はどういう方なのでしょう? そう言えば、今まで聞いていませんでしたので教えてくれませんか?」

 

 頭領かー、頭領は享楽的な酒呑様とは反対で高圧的にして傲慢で攻撃的でまさしく鬼って感じなんだが……でも実際は伊達や酔狂に生きる事を良しとする鬼とは反対に律儀で真面目。そして保守的で臆病者なヘタレ。最初に説明したのも母親に言われたある言葉を元に律儀に演じ続けているだけの超可愛い鬼っ子なんだよな。

 それを伝えてしまえば、香子の頭領に対するイメージが超可愛い妖怪になってしまうから、前半部分だけ伝えるか。

 

「それは恐ろしい鬼でございますね。そうだ土蛇様、土蛇様はよほどその頭領様の事を気に入っているご様子ですが、良ければ慕う要因となった話を聞かせてくれませんか?」

 

 頭領を慕う事になった時の話かー――――やばいな、思い返してみるとめっちゃ恥ずかしい。でも香子になら言ってもいいか、その代わり誰にも言いふらさないという制約を付けて貰うが。

 

「誰にも言わないならいいぞ」

「約束します」

 

 

 あれは今から数十年前、俺がまだ鬼になる前の話だ。

 あの時の俺は荒れていて、都や様々な場所で愛宕天狗という名で恐れられていた。今ではあまり語られていないが、愛宕天狗という名前は結構有名だったんだぞ? 時には土地神や土着の神などとも戦ったりしたな、まぁここはあまり関係無いから割愛するが。

 ある夏の三日月が綺麗な夜だった。荒れていた俺は、今より幼い頭領に出会ったんだよ。

 

『愛宕天狗、吾と戦え』

 

 それは色んな奴から何度も聞いた言葉だった。俺を殺して名を上げるため、英雄になるため、名声を手に入れるため。そんな理由で喧嘩を売られていた俺にとって次に頭領から発せられた言葉は予想もしてない物だったんだよ。

 

『そして吾が勝ったら汝、吾の配下となれ』

 

 その後は簡単、本気の殺し合いをして俺は負けた。

 凄いんだぜ頭領は、何度致命傷を与えても立ち上がり俺に向かっている。生き残るという事を極限まで追求したあの戦い方は、俺の苛立ちと怒りをただ振るうだけの物とは違う、美しさがあったんだ。それで、本能的にこの鬼には勝てないと悟った俺は、自分で負けを認め、頭領の配下となった。

 

「つまんない話だったか?」

「いいえ、面白かったですよ。何より今のを語っている時の土蛇様は楽しそうで、こっちまで嬉しくなりました」

「ならよかった。これで、つまらないと言われたら羞恥で死んでしまう。もう夜が明けるな、そろそろ俺は帰るが満足出来たか?」

「はい、今日もありがとうございます。また部屋を開けておくので、暇な時に来てください」

「約束しよう、じゃあな香子」

 

 さて、そろそろ頭領が起きる時間だ。何か甘味でも買って帰るか。

 

 


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