大江山の下っ端転生者   作:鬼怒藍落

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九話

 蜘蛛の巣に囲まれた巨大な宮殿は月明かりに照らされ、その全貌を顕わにした。雲の隙間から差し込む光が宵闇を薄めている。宮殿の中心には鳥籠のように糸で作られた牢獄が有り、その中には酒呑童子の姿が。

 窓という窓には糸による封が施されており、解放されている入り口は1カ所しかない。まるで、そこから入って来いと言っているようだ。

 宮殿は静寂に閉ざされ、闇の中にはひっそりと佇む蜘蛛の姿があった。巣を広げた彼女に死角は無い。越後の国全域に張り巡らされた蜘蛛の糸は、その全てが土蜘蛛の手足となっている。

 だが、圧倒的優位に立っている筈の蜘蛛は不機嫌だった。越後を支配する為に酒呑童子を捕らえたものの、敗れる寸前まで強者の余裕を崩さなかった酒呑童子が気に入らないのだ。それに鬼を逃がしてしまった自分にも腹が立つ。その不出来さに苛立ちながらも、土蜘蛛は自らの駒を増やしていく。

 

 どうやら、巣に獲物が掛かったようだ。

 恐らくあの鬼が仲間でも呼んだのだろう。その事を悟った土蜘蛛は、心の奥底で笑みを零した。恐らくかなりの数の駒がやられるだろうが、今巣にかかっている者達の事を考えればいくらでもお釣りが来る。

 それに、極上の気配を持つ者も何体かいる。その力を取り込めば私は負ける事がないだろう。そう思うと、先程までの苛立ちは自然と消えていた……だけど、それだけでは足りない。自分を不機嫌にさせた原因である酒呑童子を屈服させなければ腹の虫が収まらない。

 

「起きよ、妾の退屈を満たせ」

「ッ――もう、朝なん? ……えらい上機嫌やけど、どないしたの?」

 

 酒呑童子を糸で縛り、無理矢理上がらせた彼女は強固に作られた鳥籠に一度ぶつけ、その意識を覚醒させた。目覚めた酒呑は余裕そうに振る舞うが、糸で縛られている所為で時折、苦痛に耐えるような声を漏らす。その声はあまりにも弱々しく、それを聞くだけで土蜘蛛の嗜虐心は満たされていく。

 

「なぁに、貴様を救いに来た妾の餌達が楽しみなだけだ」

「土蜘蛛? アンタ趣味悪いなぁ――――くっうぅ――」

 

 酒呑童子の言葉に苛立った彼女はより強く酒呑童子を縛り、強制的に声を漏らさせた。本当にムカつく。何故この鬼はブレないのだ。考えるだけで怒りを覚え、徐々に糸の力は強まっていく。

 

「そうだ、貴様の理性を奪ってやろう。それで、仲間と争わせるというのも面白い」

「アンタほんまに趣味悪いなぁ。鬼でもそんな悪趣味な奴はいーひんで」

「精々吠えるがよい、一刻が経つ頃には貴様は私の駒となっているのだからな」

「……そら楽しみやなあ」

 

 

 蜘蛛が溢れる里の中心にその鬼は立っていた。眼前に広がるのは阿鼻叫喚胃の地獄絵図、妖怪人間等しく喰われていく中で、酒を飲みながらその場に佇むその女性は瓢箪の中の酒を飲み干す。

 

「――――ぷはぁー。全く、頭領も無茶言うねぇ」

 

 ひぃ、ふぅ、みぃそう数えながら。増え続ける蜘蛛を前に拳を構えた。彼女が構えると、その背に白虎が顕現する。

 

「さぁて、虎熊童子出陣だ。土蛇の奴が派手にやった手前、アタイも頑張らないとね」

 

 彼女の名は虎熊童子。数多の獣を束ねる大江山四天王の一柱だ。

 彼女の構えには一片の驕りはない。

 

「来なよ、アタイの事を喰いたいんだろう?」

 

 大地を砕き、挑発を兼ねて叫んだ虎熊に蜘蛛の群れが突撃した。

 血を滾らせる彼女に後退の二文字は無い。死地に飛び込みながらも一歩も引かず、ただ突撃する彼女の姿は戦車のようだ。

 敵を見据え、その拳をもって破壊する。ただの一撃が必殺となり、その拳を耐える事が出来る蜘蛛はいない。

 

「堅いねぇ。これじゃ器用貧乏の星熊の奴が苦戦したのも分かるよ――けどね、アタイには意味が無い。さぁ次はどいつだ? とっととかかってきな!」

 

 背に現れた白虎と共に虎熊童子は戦場を駆ける。

 

 

 地面が爆ぜ、山が崩れていく。

 吹き荒れるのは暴力の嵐、巨大な斧を担いだ大鬼が、次々と蜘蛛の群れを切り伏せていく。その鬼の背には小柄な少年がいて、適度に煽るような声援を大鬼にへと放っている。

 

「やっちゃえ熊ちゃん! もっともっと暴れろー!」

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa」 

 

 理性を失い走り回る暴走列車の名は熊童子。それを止める術は無く、前に居る者から破壊されていく。やたらめったらに振る舞わされる斧に巻き込まれたが最後、蜘蛛たちは細切れより酷い様になり、その体を大地へと晒すのだ。

 

「殺す、殺す、殺す――殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!」

 

 そのあまりの気迫に仲間である筈の妖怪達ですら怯えており、意志が無い蜘蛛以外彼に近づく者は居ない。

 

「祭りだ祭りだ。蹴散らせ蹴散らせ!」

 

 彼の背に乗る鬼の言葉を受け、怒りのまま熊童子は蜘蛛の群れの中に飛び込んだ。

 

 

 後ろで聞こえる雄叫びや、楽しそうな虎熊童子の声を聞きながらも俺は頭領を背に乗せて酒呑様が住んでいる宮殿へと疾駆する。探知の術で探ってみたところ、酒呑様の近くに見た事の無い巨大な気配を持つ者が居たのだ。

 そいつが多分土蜘蛛だ。そう目星を付けた俺は頭領を背負い、宮殿の前にまでやって来たのだが――――そこで俺達を出迎えたのは、里では見掛けた事の無い巨大な蜘蛛だった。

 人の体に蜘蛛の顔を引っ付けたようなその妖怪は見るからに皮膚が硬く、一筋縄ではいきそうにない。

 

「デカいな、これは苦戦するか?」

「ふん、なわけなかろう。ここは吾に任せよ」

 

 背から降りた頭領は、こちらを威嚇する蜘蛛に向けて骨刀を構え、難なくその体を両断した。巨大蜘蛛は傷口から炎を溢れさせながら、地面に倒れそのまま絶命する。

 

「ほらな、余裕だったぞ」

「流石頭領」

「だがおかしいな、この程度の奴に酒呑がやられるとは思えん。まだ何かあるのか?」

 

 確かにそうだ。ここに来る途中に倒してきた蜘蛛も対した強さではなかったし、酒呑様やあの星熊がやられるとは思えない。土蜘蛛の奴が余程強いのか?

 

「考えても仕方ないか、突撃だ土蛇。酒呑の元に行くぞ」

 


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