憑依學園剣風帖(東京魔人学園剣風帖×クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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陰陽師3

私達は秋月征樹と秋月薫兄妹の初めての個展の最終日にやってきた。柳生の勢力にいつ狙われるかわからないため、本人たちはこないだろうが最終日とあってたくさんの客がいた。前々から来たかったのかもしれないし、偶然チケットを手に入れたのかもしれない。

 

受付の女性にチケットを渡すと微笑まれる。

 

「ありがとうございます、ゆっくりご覧になってください」

 

受付にはパンフレットがある。私達は迷うことなく購入した。

 

そこには2人の略歴と作風、そして受賞した賞が並べられていた。

 

「すごい。代表作、全部展示してるみたいよ、槙乃。ラッキーね」

 

興奮したように遠野がいう。

 

「誘ってよかったわ。遠野さんが誰よりも詳しそうだから。よかったら教えてくれない?あたし、興味はあったんだけどわからないのよ」

 

那智の言葉に遠野は力強くうなずいた。

 

個展は順路に沿って進んで行き、一周して戻ってくるようになっている。私達は一本道の個展を歩きはじめる。

 

少し進んで行くと奇妙な絵が目立ちはじめる。更に進むと、飾られている絵は異質さを増していく。もはや人の絵ではない。

 

「この頃、薫さんが病気の後遺症で足が動かなくなったり、お兄さんが事故にあったりしたからか、くらい画風が多いの。最近はほら、また明るい絵が増えてきたんだけど」

 

その制作時期は、私が秋月兄妹の解呪を試みた時期と一致している。もとの希望をどこかに見出そうとしている作品ばかりになってきて、私は嬉しくなった。

 

「ねえ、この絵、槙乃に似てない?前から思ってたのよね~」

 

遠野が指さす先には、曇天の空からさす一筋の光の先に佇む女性の姿があった。荒れ狂う嵐と相対する姿が描かれている。

 

「あはは、偶然ですよ、偶然」

 

「ま、そーだと思うんだけどね。こないだの戦いみてたらそう思ったのよ」

 

お礼として見せてもらったことがある、とは断じていえない。昏睡状態になる前、思い立ったように一心不乱に描いていた兄を秋月薫がみていたことが私を頼るきっかけになったのだ。

 

軽くスルーして広い空間に着く。そこには巨大な絵が立てかけられていた。

 

 

「どの世界にも裏と表、白と黒、光と影が存在する。しかしそれら対局に位置する二つは綺麗に別れることはなく、奇妙なバランスで今の現実を形作っている。さながら天地創造前の神話で、天地が別れることなく混じり合った混沌のように。日常を疑うことなく享受する者。生まれついて非日常を運命づけられた者。生きながらに宿命に縛られた者。彼らは今日も奇妙に成り立った混沌の世界を過ごす」

 

私がひどく惹かれたのは、そんな注釈がかかれた秋月征樹が描いた絵だった。秋月兄妹の描く絵は星見の《力》により、時期は不明だがあるかもしれない未来が描かれている。そのひとつひとつが予言として機能している側面があるため、解釈により見る人の価値観で評価が乱高下するのだ。私からしたら、未来予知をキャンパスに書き込むことが出来る才能が《宿星》に守られていてよかったと言わざるをえない。ほかの人間がこの《力》に目覚めたら、未来をみた事実を猟犬に探知されておいかけまわされることになるし、見た人間全員が被害者になる。とんだテロ行為である。

 

「薄明の空に浮かぶ眼よ、我らに視力を与えよ。我が捧げ物を取り、我らに力を与えよ。我が力を夜の涙に変えよ」

 

不穏なタイトルだ。

 

黒い法衣を着た男の周りを無数の羽を生やした蛇が飛んでいる。その背後にはそびえ立つ東京都庁。

 

「......これは」

 

私の脳裏にヒュプノスが頻回見せてくる悪夢がチラついた。

 

八号の風景だ。おそらく舞台は新宿の東京都庁前。世紀末を題材に空から大魔王が降ってくる心象風景だといわれたら納得しそうになる徹底的に破壊され尽くした東京の画だった。荒涼と見渡す限りに連なった瓦礫、高層ビルが崩壊し、東京都庁のみが地平線一面にのこる異様さ。みぞれぐものすきまから午後の日がかすかに漏れて、力弱く照らしていた。

 

単色を含んで来た筆の穂が不器用に画布にたたきつけられて、そのままけし飛んだような手荒な筆触。自然の中には決して存在しないと言われる純白の色さえ他の色と練り合わされずに、そのままべとりとなすり付けてあった。それでもじっと見ていると、そこには作者の鋭敏な色感が存分にうかがわれる。そればかりか、その絵が与える全体の効果にもしっかりとまとまった気分が行き渡っていた。

 

重い憂鬱が絵画を覆っている。

 

 

パレットナイフで牡蠣のように固くなった絵の具をバリバリとパレットの上で引掻きながら描いたのだろう。近くまできて、じっとみていると今まで気のつかなかった物の形や、色の精細な変化などがよく分る。

 

タッチの手本を印象派の画風に求めていると思われる秋月の画いた男は、まるで千代紙細工のようにのっぺりしている。明らかにそこだけ浮いていた。だから余計に存在感を放っている。

 

普通、人の肖像をかこうとする画家はその人の耳目鼻口をそれぞれ綿密に観察する。皺一つ、ひだの一つにまで神経を尖らせて理解しようとするはずだ。細部までかき込むには詳細を知らなければならない。おそらく秋月征樹の本能が直視することを避けたのだろう。だからわからない。だからぼやかす。

 

何でも無いものをここまで仕上げておきながらぼやかすわけがない。秋月征樹は、《星見》でみた風景にどこまでも忠実であろうとしている。主観に依って美しく創造し、或いは醜いものに嘔吐をもよおしながらも醜く誇張して描こうとはしていない。それに対する興味も表現のよろこびにひたっている様子もない。人の思惑に少しもたよらずに描こうと悪戦苦闘した形跡がある。これは秋月家の《星見》という未来予知の《力》を知っている人間には喉から手が出るほど欲しい絵画となるはずだ。

 

 

 

 

おそらく、この蛇は忌まわしき狩人。はラヴクラフト&ダーレス著『暗黒の儀式/The Lurker at the Threshold』の『スティーブン・ベイツの手記/』内において言及される奉仕種族である。

 

その容姿は巨大な空飛ぶ蝮と形容することができるだろう。ただ妙にゆがんだ頭部や大きな鉤爪のようなものがあり、弾性のある黒い翼で宙に浮かんでいる。

 

またこの生物は時に姿を消すことができるようだ。

 

こんな生物が無数に存在し、頭上を旋回しているとしたら、きっと恐怖すら忘れて見続けてしまうことだろう。

 

彼らは様々な神格に仕え、番犬として役割は果たしている。

 

空飛ぶ蛇というとなんとなくドラゴンのような容姿を想像してしまうが、そんなに可愛いものではないと記載しておく。

 

その姿はコウモリ、あるいは雨傘のような翼を持った巨大な黒いヘビかイモムシのような姿をしているというが常に変化しているのでどんな姿か認識するのは困難である、というのが正直な話だろう。

 

光に弱いという話もあるがそれは姿から来ているのかもしれない。

 

忌わしき狩人は主にニャルラトホテプの猟犬としての役割を果たしているが、どんなものでも正しい方法を知っていれば召喚することができるといわれている。

 

ここに描かれている男と思しき人影の髪は赤ではない。

 

「うっそでしょ......」

 

そこにいるのは、柳生ではない誰か、だった。直視しているだけで生存本能が警鐘を鳴らしてくるあたり、この絵に描かれた男は危険人物だ、と敵対勢力の人間だと《アマツミカボシ》がうったえかけてくる。

 

「こいつが......」

 

私は息を飲んだ。

 

赤銅色の皮膚に黒い髪、黒い法衣を着た男だった。


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