憑依學園剣風帖(東京魔人学園剣風帖×クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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陰陽師完

 

 

突然あたりが真っ暗になった。

 

「え、なになに!?」

 

「アン子ちゃん、ここにいてください!動かないで!」

 

私はあわてる遠野の手を掴み、《如来眼》を発動させる。サーモグラフィーごしの世界が広がる。不審な《氣》がないか私はあたりをみわたした。

 

「静かに」

 

那智の声がする。

 

「なにかいるわ」

 

悲鳴があがった。あちこちで襲われたのか、パニックになった人の波に飲まれそうになる。私達ははぐれないように通路を逆走し始めた。

 

先程までいた巨大な空間の中央に、どこか巨大なコウモリ人間のような化け物が鎮座していた。顔の特徴と言えるものは、三つの真っ赤に燃える瞳がひとつに合わさったもの。半実体に過ぎず、濃い煙のようなもので形成されている。必要とあれば固い物質を通り抜けて進むことが可能なようで、壁や美術品を無視して近づいてくる。そういった物体を持ち上げたり動かしたりすることもできるようでこちらに投げつけてきた。

 

私は《アマツミカボシ》の《氣》に変質させて、練り上げ、コウモリの化け物に放った。

 

「ぎいいいいいいっ!」

 

コウモリだからか、星明かりのように非常に薄暗い光にしか耐えることができないらしい。あらゆる眩しい光はに害を与える要因となるようだ。停電になったのも、完全な闇の中にしか現れることができないからだろう。

 

しっかりとした光は、さながら陽光が朝霧を焼きつくすかのように、化け物を崩壊させた。

 

襲われた人々が取り憑くかのように体内に煙状の肢を伸ばされ、精神的に捕まっていく。頭蓋骨のてっぺんに穴を開け、犠牲者の脳をむさぼり食う間に、肉や骨を燃やし、溶かしていく。犠牲者の身体は黒こげになり、黄色い染みの跡がついて取り残された。

 

怪物は犠牲者を掴んで連れたまま一緒に壁や他の固い物質を通り抜けて飛びはじめた。私達はあわてて走り抜ける。美術館から出さえすれば、まだ外は夕方のはずなのだ。

 

近づいてくるたびに、木刀で弾いてみたが装甲はないが物理的な武器は一切ダメージを与えないらしい。冷気、炎、電気といった属性の《氣》をぶつけてみたが、全くダメージを与えない。やはり、《アマツミカボシ》のもつ金星の《氣》だけが影響を与えるようだ。

 

「ここからはあたしに任せて。式招来・大物忌神(おおものいみのかみ)」

 

那智が印を切る。山形県の鳥海山に宿るとされる神が式神の依代を得て降臨した。

 

鳥海山は古代のヤマト王権の支配圏の北辺にあることから、大物忌神は国家を守る神とされ、また、穢れを清める神ともされた。鳥海山は火山であり、鳥海山の噴火は大物忌神の怒りであると考えられ、噴火のたびにより高い神階が授けられた。物忌とは斎戒にして不吉不浄を忌むということであり、夷乱凶変を忌み嫌って予め山の爆発を発生させる神であると大和朝廷は考えたらしい。

 

大物忌神は、150年前の那智の先祖である桔梗の祖母(安倍晴明の母)、そして桔梗の母たる狐が化身として知られる倉稲魂命と同神とされている。だから親和性が高いのだろう。

 

「生類の守護者たる大物忌神の名において、守護せん」

 

呪術に対する抵抗力を増す術が式神によって私達にかけられる。那智は印を結ぶことにより力を発揮するようサポートしていた。

 

「符咒・人形兵」

 

那智の周りを人型に切った紙が無数に出現したかと思うと、敵に向かっていく。宙を舞い、渦を巻き、体のそこかしこに張り付いてその行動を束縛した。

 

「符咒・剪紙兵」

 

意を込めた兵紙が、相手にまとわりつき、行動の自由を奪った上で、その生命力をこそぎ落とす。

 

そこに灼熱をともなった熱風が襲いかかった。怒涛のように天高く噴き上げる真っ白な煙が熱をつたえてくる。断末魔が木霊した。真赤な光をほとばしらせるは、黒い輪郭を闇の中に浮かべる。宇宙の始源に起こったビッグバンを思わせた。

 

絶命した敵は雪のように真白になっている。

巨大な法螺貝を吹くような、神の唸りだけが聴える。音は強くも弱くもならず、のそのそしていると、ハタとその唸りが止んで、爆発でもしそうな恐怖を私達に与えた。

 

やがて神は姿を消した。その焔色の周囲に、冷却した部分が、世にも鮮やかな黄色の鐘乳石のように凝固していた。それがすべて敵だと知った私と遠野は絶句するのである。

 

「あたしの《氣》の性質はかわってしまったんだけど、《鬼道衆》の家系との交流があたしの中の因果を深めたみたいなのよ。大物忌神が式神として降臨してくれるんだもの、驚いたわ。あたしの先祖は一体、なにものだったのかしらね」

 

安倍晴明と狐の妻とのあいだに生まれた娘だと知ったら、那智は驚くのだろうかとふと思った。

 

「すごいです、那智さんッ!なんか、すっごい陰陽師っぽい!」

 

「ぽいんじゃなくて、陰陽師なのよ、遠野さん」

 

「あ、そっか」

 

「実践で使うのは本当に久しぶりだったけれど、使い物になってよかったわ。《鬼道衆》にいたときは、深きものへの変生といった邪神との繋がりばかり深めていたから。おかげであの時の化け物に変生しなくても呪文は使えるのよ。《氣》ではなく《精神力》を使うから、化け物になった方が強力なんだけどね。さすがに病院に帰ったらバレて怒られそうだからしないわ」

 

「......逃げられたわね。視線を感じるわ。まあ、襲ってこないあたり監視なんでしょうけど」

 

那智はためいきをついた。私も姿こそ特定できないが《如来眼》の《力》が及ばない距離から監視されている気配がすると遠野に伝えた。

 

「え、どうしようあたし......」

 

「これ、肌身離さず持っておいて、遠野さん。大物忌神の式神。さっき効果があるとわかったから護身用にね」

 

「ありがとうございますッ!」

 

「槙乃さんも持っているといいわ」

 

「ありがとうございます、助かります」

 

私は式神の護符をカバンにしまい込み、騒ぎをききつけたマスコミや緊急車両が近づいてくる前に日本橋をあとにしたのだった。

 

那智を桜ヶ丘中央病院に送り届け、遠野を自宅まで送り届けた私は、その足で自宅に向かうことにした。その道中、ずっと監視の気配が付きまとっている。

 

今頃、緋勇たちは村雨祇孔と知り合ったあと、御門晴明の結界に守られている秋月兄妹に赤い髪の男と緋勇の父親たちの因縁を聞かされた。上手くいけば芦屋道満の末裔である親子にその結界に侵入されそのまま防衛戦となり、緋勇たちの実力を認めた御門たちが仲間に加入するはずだ。万が一上手くいかなくても、那智の力をかりることが出来そうなので私はあまり心配していなかった。詳しくはかつての仲間だった龍山先生を尋ねるように言われている流れを考えるならば、今は雛川神社に身を寄せているはずだが、外はすっかり夜である。時間が時間だから本当に向かったかどうか電話しなくては。

 

......正直御門と顔を合わせると精神的な疲労が半端ないので嫌なのだが、仲間は多い方がいいに決まっているのでそんなこと口が裂けてもいえないのだった。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、愛さん」

 

「あれ、おばあちゃん。どうしたんですか?」

 

「悪いんだけど、今から雛川神社に一緒に来てくれないかしら。龍山先生から連絡があってね、緋勇君たちに18年前のことを話す時がきたと」

 

「!」

 

「愛さんのことも話さなくてはならないから」

 

「そうですね、わかりました。急ぎましょうか」

 

私達はあわただしく準備を済ませて車に乗り込む。私は槙絵に秋月兄妹の個展に柳生の仲間が放ったと思われる邪神を取り逃したことを話した。今なお監視されていることも。どうやら龍山先生側も似たような存在は把握しているようで、迎撃の準備はできているという。だが果たしてどこまで結界が持ちこたえられるだろうか。脳裏を赤褐色の男がチラついて私は身震いしたのだった。

 

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