憑依學園剣風帖(東京魔人学園剣風帖×クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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龍脈6

新宿区の西端を中央区との境になる神田川が流れている。そこから遠く副都心を眺めると、思わず言葉を失うほどに巨大なビル群がまるで地上に行き場を失ったかのように上へ上へと伸びていた。

 

それらを目標に歩みを進めると、初めにたどり着くのが新宿中央公園だ。その一角にある熊野神社でまず参拝をすませた。

 

熊野の熊は隈だった説があり、かつて辺境を意味していたという。つまり、《結界》としての神社なのだ。これを含めた公園が精霊地であり、都会人が疲れた心を癒すためについ足を向けるのがこの公園なのだ。

 

江戸時代には人口が拡大するにつれて飲料水の確保が難しくなり、多摩川から水をひいた。その排水施設がかつてここにあったという。明治時代に淀橋浄水場が整備されて近代的な給水事業となる前はここが東京の水場だったのだ。いわばここは生命を司る場の力が宿っているのだ。

 

「熊野神社あたりの《氣》と明らかに違うところを探しましょう。それが早いです」

 

「新宿中央公園広いもんな」

 

漆黒の闇に包まれる時刻になると、都心のオアシスはホームレスの住処に変貌する。その先に世俗を嫌った破戒僧が勝手に結界をはって住み着いているのだと龍山先生から教えてもらったのだ。

 

わざわざここに来たのは緋勇の歓迎会以来である。もしかしたら、あの時、楢崎道心(ならさき どうしん)は私たちのことをみていたのかもしれない。思えばここはシャンと初めて遭遇した、あらゆる意味で柳生との戦いが始まった場所でもあるのだ。因果を感じる。昨日から付きまとう監視の気配がより濃厚になった。私は《如来眼》を発動させる。

 

「このあたりですね」

 

私が一言発するや否やあたりの雰囲気が一転した。

 

あたりが急に霧に覆われ始めたのだ。緋勇たちは驚いて当たりを見渡す。周辺が視野の中に薄ボンヤリと浮かんできた。霧は相変わらず濃い。樹木が現実の世界とは思えないような、淡い影となっていた。緑がわずかに認められる。

 

濃い乳白色の霧の厚い層の向こうに、ひそかなバラ色の明るみがある。往き来の人や車が、幻影のように現れては幻影のように霧のうちに消える。

 

白い霧が濛々と渦巻くばかり。その感覚は不気味なものだった。影をもたない人間を見ているように。その暗がりから明かりが亡霊のようにふっと出現した。どうやら私たちの探している人が現れたようだ。

 

「さすがだなァ、《如来眼》の源流ってのは《菩薩眼》と同じくするってのがよくわかるぜ」

 

私たちの目の前に都会の身綺麗なホームレスの老人が現れた。スキンヘッドに黒いサングラス。真っ白な眉と髭。髭は胸のあたりまで垂れ下がり、綺麗に手入れされ、色んな色のヒモで結んである。袈裟を気崩し、破戒僧の格好をしていた。がりがりだがよれよれではない。やけに覇気がある老人だ。妙に隙がない。

 

「人はよォ、生きるべきに生き───────死すべきに死す───────本来はそんなもんよ。今、こん時にダラダラしてる───────そう見えても、そいつには未来に大切な───────用があるのかも知れねェ。人が人を───────《今だけ》で判断するのは、それこそ、手間を惜しんでる───────てなもんさ」

 

そういって老人は緋勇をみた。

 

「おめェは信じるかい?今、目の前で酒を浴びてるじじいがいう言葉でもよォ」

 

「信じるよ?じいさん、嘘をいってるようには見えないし」

 

「はっはっは、どっかの弦麻とは違ってひねくれた所がねえな。だいぶん素直な男に育ったんだなァ、おめーはよォ。じいさんの育てかたがよかったのかァ?こういう話はよ、おめェ…......半分に聞いておくのがいいのよ。半分にな......くくく、しっかしおもしれェなァ。こんなじじいの戯れ言に興味を持つってか?ま、悪い考えじゃねェだろ。人ってのは、もう少し───────余裕をもたねェとな」

 

「父さんのこと知ってるってことは、やっぱり......。はじめまして、俺は緋勇龍麻です。龍山先生からの紹介できました」

 

「くくく…......真面目な奴だな。俺のことはしってるだろうが、一応名乗るとすっかね。俺ァ楢崎道心だ。おめーらのことは龍山や槙絵からよーく聞いてるぜ。よくやってるそうじゃねぅか、若いのに大したもんだ。若ェうちは老人の話は聞くもんだ。そんで悩んで悩んで、それで結果がでなくてもいいさ。ただ、忘れんなよ。いつもおめェが正しい…......そういうワケじゃねェそういう事をよ」

 

ウインクする道心は上機嫌である。

 

「俺を訪ねてきた、か。なにか聞きたいことがあるんだな?はっきりと意見を持ってるなんざ、見所があるじゃねェか。だがよガキ、忘れんなよ。それだけじゃどーにもならねえこともある。ひとりでだめなら、誰かに相談しろ。な?俺たちはてめーの父親に全部背負い込ませちまった。愛する女をろくに弔うことも可愛い盛りの赤子の世話もさせてやれないまま死なせちまった。年寄りばっか生き残っちまってよ......ほんとうにすまなかったな」

 

緋勇は首をふった。

 

「そのかわり、俺の知らない父さんのこと、母さんのこと、教えてください。いっぱい」

 

「あァ、いいぜ。いくらでもな。で、本題は?」

 

「《陰の龍の器》を柳生側が作ってるそうなんですが、龍山先生は知らないから教えてもらえって」

 

「なるほどなァ...... いいぜ、教えてやろう。もう知っているとは思うが、150年前、柳生は自らが《黄龍の器》になろうとして失敗し、邪龍に落ちたところをてめーらの先祖に倒された」

 

私たちは頷く。

 

「緋勇龍斗は生まれながらの《黄龍の器》だった。この時、陰陽にわかれちゃいなかったのよ」

 

「えっ」

 

「陰陽は常に表裏一体じゃなきゃいけねえってこった。それを無理やりわけるからおかしくなんのよ。始まりは帝国時代だ。復活した柳生はよ、日本軍の上層部に上手いこと取り入って士官学校をつくった。地下には《龍穴》を利用して秘密裏に実験施設を作りやがった。そして、そこに通っていた学生たちを犠牲に、《黄龍の器》を作りやがったのよ。兵士になるような人材だ、適役が見つけやすいと思ったんだろう。想定外だったのは、150年前の教訓から2つで1つの《鬼道書》を九角天戒が分家にわけて託したことだ。そのおかげで《陰の黄龍の器》しかできなかった柳生はまた降臨の儀式に失敗し、またおめーらの先祖に倒された。旧校舎、とおめーらが呼んでるその場所がその跡地ってわけよ」

 

緋勇たちは目を見開いた。

 

「そこであった悪夢を今ここに再現してやろう」

 

「───────ッ!?」

 

「ひーちゃん!?」

 

「どうした?」

 

「えっ、えっ、なに!?」

 

「道心先生、これは?」

 

「俺たちはあん時地獄を見たのよ。なにせ、てめーのじいさんがいきなり俺たちを襲ったんだからな。柳生による強い精神干渉を受けちまったわけよ。あん時はどーにかなったが、どうもおめーらは俺たちと似たような状況になったことがないらしい。なら、一回試そうや、おめーらならどう対処する?」

 

どうやら道心先生は対象者の精神(思考、意思、感情等)に干渉し、捻じ曲げることができる超能力を行使しているらしい。宣言してくれるだけ有情ということだろうか。

 

「ひーちゃんッ!大丈夫か?」

 

緋勇の反応はない。

 

道心曰く、今は緋勇の意識を完全に乗っ取り、マリオネットのように意のままに操っている。さらに脳に道心自身の意識を侵入させることで、緋勇の意志を誘導している。だから緋勇は夢遊病状態らしい。記憶を一時的に消去・改竄することで、現実のようにリアルな幻覚を見せているという。

 

「さあ、どうするてめーら?俺たちん時のように、《陰の器》と《陽の器》が揃った以上、かならず柳生は仕掛けてくるはずだぜ?おめーらは龍麻を助けられるのか?」

 

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