その歌声に想いを乗せて   作:送検

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第9話

 

 

 

 

 

 

物忘れをあまりすることのない俺にとって1番苦としているもののひとつに頭の切り替えがある。

最上との喧嘩も一般人ならここまで引き摺ることのなかった出来事だろう、普通の奴ならもっと速く未来と仲良くすることが出来ただろう。

しかし、それが出来ないのが初瀬翔大だ。

頭の切り替えが良くない故に、悪い出来事を何時までも引き摺る。

人のダメなところ、腹の立つところを何時までも引き摺る。

友達付き合いには滅法向かない人間、それが俺って人間なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭の切り替えが遅い俺が、過去の出来事からその先へと進む為には故郷から離れる必要があると親からは思われたらしい。

新学期が始まる前のその日、転校手続きをあれよこれよという間に進められ、気が付けば俺は福岡から埼玉にまで飛ばされるという奇特な経験をした。

今では現状に理解を示し、未来へと歩みを寄せる為に埼玉での生活を送っている。

人は、幾ら訳の分からない状況に陥ったとしても時間と共に適応できてしまう人間なのさ。

 

 

 

過去を知っている男に俺は出会った。

それは、過去を忘れたい俺にとっては害悪そのものであり、忌避すべき存在だ。

ここで俺が何をしなければならないのか、それは俺が1番知っている。

簡単さ、過去に浸ることをせずに『No』の意志を貫けば良いのだ。

 

「‥‥‥ジョー、ねぇ。はて、なんのことでしょうか。ボクサーだか顎だか知らねえけど、俺はそんなの知りませんが‥‥‥」

 

「ふふっ、福岡で歌を歌ってた時のキミは確かに輝いてたよ。贔屓目や掛け目なしにキミの歌は素晴らしかった」

 

「おいこら話聞けよ」

 

ジョー。

かつての俺が名乗っていた偽名のようなもの。

そして、その名前を知っている高木は、過去の俺を知っている。

 

衝撃の事実だ。

俺の偽名は良くも悪くもローカル。

簡潔に言ってしまえば有名な訳では無いということ。

全国区ではない故に、都会では全てを忘れていられると思っていたのにな。

 

全く、忌まわしい奴だ。

こちとら忘れようと思ってたのによぅ。

 

「‥‥‥過去の俺を探そうが、そんなのは何処にもない。過去を蒸し返したところでタチが悪いだけだぜ、高木さんよ」

 

「過去を蒸し返したのは悪かったと思っている‥‥‥が、見知った顔に久しく会ったんだ。興奮して過去話に花を咲かせるのも仕方ないとは思わないかい?」

 

「‥‥‥んなこたぁ俺に1番縁のないことじゃあねぇか」

 

ぼっち。

友達いらず。

居るとするなら歌関係のセンパイ達しか居ないからな。

そんなセンパイ達の1部も、俺が勝手に歌を辞めたことを怒ってらっしゃった。

尊敬したセンパイは行方知れず。

そんな状態の俺が、旧知の仲間と過去話をするなんてできるわけがなかろう。

 

「はて、そんなものだったか」

 

「そんなものさ、俺って存在はな」

 

「‥‥‥歌を辞めた理由を聞いてみても良いかな?」

 

「当然、公衆の面前で歌うのが嫌になったから」

 

「随分とストレートな回答だね!?」

 

ストレートで何か文句あるか?

こちとらお前さんの顔面にストレートかまして俺に対する記憶を消してもらいたいくらいなんだ。

言葉がストレートなだけマシってもんだろ。

 

「で、俺の評価はどうでも良いからよ。とっとと教えろよ、俺をここに呼び出した理由とやらを」

 

俺のことを知っていて、あまつさえライブ会場にまで呼び出したのなら何か用があったのだろう。

VIP席だったのは意外も意外だったがな。

注文つけんならもっと俺の身の丈にあった席を売って欲しかったもんだね。

俺は少なくともVIP待遇をされるほど有名な男でもないし、この男と旧知の仲ではないのだからな。

しかしながら、VIP席だろうが一般席だろうがチケットを譲ってくれた恩義は通さねばならない。

話くらい聴くのが筋ってものだろう。

 

「安心しろ、逃げやしねえよ。話なら聴く。但し──要求には答えられない可能性だってある。そこを理解しろよ」

 

「‥‥‥なら、単刀直入に言おうかね」

 

纏っていた雰囲気が変わる高木。

すると高木は俺の顔を見て、本題の一言を発する。

 

「キミをスカウトしたかったんだ」

 

「‥‥‥ホンマでっか?」

 

「ホンマ、なのだよ」

 

この男、マジだ。

言葉尻と表情にやけに凄みがある。

こういう時の人間は嘘を付かない。

高木は俺を本気で勧誘したがっていたらしい。

 

「だからこそ、私はキミに思い出して欲しかった。かつての歌に込めた熱情を、想いを、そして初瀬翔大の奏でる『声』を」

 

「‥‥‥そういうこと、か」

 

つまり、ここに俺を親切なオヤジを気取ってチケットを餌にライブ会場に誘い込んだのはブラフで。

この逃げ場のない状況で、最上のライブなどを見て心を揺り動かされたその間を狙い澄まして俺にオファーを持ちかけたと、そういうことなのか。

 

成程、確かに心は揺さぶられた。

最上の歌は素晴らしかったし心に響いた。

このタイミングで誘われるなんて思ってもいなかった。

心が揺れ動いている。

 

「初瀬君、キミの才能は『楽しく歌う』からこそ光る。今の君なら絶対に成功できるさ」

 

「‥‥‥」

 

「どうだね、もう一度───今度は私の事務所で」

 

 

 

それでも───揺れ動いているだけだ。

結局、揺れ動いたところで行き着く場所は1つ。

俺の答えは既に決まっている。

その意志は、歪ませてしまえばきっとここまで送り出してくれたおやっさんや親父、母さんを裏切ってしまう結果になるから。

 

だからこそ、俺は目の前の男に突き付けなければならない。

『NO』という心が作り上げた意志を。

 

 

 

「あのさ」

 

スカウト云々の前にここはハッキリさせようぜ。

お前さんが俺をスカウトする為の第一前提はお前がスカウトするかじゃない。

問題は『俺にその意思があるか』だろう。

残念ながら俺にその気概はない。

高木には諦めてもらう他ない。

 

「高木さんは俺のこと知ってんだよね」

 

首肯する高木。

察して、更に続ける。

 

「なら、俺がなんで歌を本気(マジ)でやんの止めたか分かってないわけじゃないんだよね」

 

「‥‥‥うむ」

 

今度は一言で俺の質問に肯定する高木。

なら、話は早い。

 

「単刀直入に言わせてくれ」

 

 

喧嘩売ってんのか?

 

 

「俺は歌が好きだ。けどな、道楽でやってるって何度も言ってんだろうがよ。アンタの言う『もう一度───』なんて来て欲しくないって願ってる大馬鹿野郎さ。楽しくないことなんざこっちから願い下げだぜ」

 

元よりここには傷心旅行のつもりで来てるんだ。

傷口に塩を塗ってどうする。

逆効果なんだよそれは。

 

「それとも何か?アンタは俺が心の底から『ノー』と拒否しようが否応なしに勧誘するってか?」

 

「‥‥‥そういうことになるね」

 

「人道的じゃあねえな。とんだダンディーなおじ様がいたもんだぜ」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ、初瀬君」

 

クレイジー。

人が嫌だと感じていることを率先して行う鬼畜がここに居る。

まさに四面楚歌。

理屈が通用しない上に、相手はダンディーなおじ様。

チケット譲って貰った恩もある。

なかなかに鬼畜である。

 

「何と言われようが、俺は歌はやらんぜ?」

 

「けど、この先変わるかもしれない。己の為の歌が『誰がため』の歌になるかもしれない。新しい楽しさが見つかるかもしれない。利己と利他は紙一重さ、答えを決めつけるのは早すぎるのでは無いかね?」

 

さりとて俺が『ノー』という意志を孕んでいる限り、俺は一生人前で歌うなんて発想には至らない訳なんだからな。

俺がおかしくなった原因はそういう所にあるわけだ。

例えば、利己とか利他とか。

誰がためなんて以ての外だ。

そういう難しいことを考え、『楽しい』って感情を見失ってしまったから今の俺が居るんだ。

 

高木が自分の胸ポケットからひとつの紙を取り出す。

その存在を俺は知らない訳じゃない。

 

「名刺だ。何か困ったことがあれば聞いてくれて構わないさ」

 

「今、ここで破り捨てても構わないんだがな」

 

「そんなことはしないだろう」

 

「なんで言いきれんだよ」

 

「キミが、そういう人間ではないと分かったからさ」

 

今のこの会話で果たしてこのジジイは何を感じたのだろうか。

歳でも行きすぎて耄碌になったか、もしくは頭がイカれてんのか。

まあ、そんなことはどちらでもいい。

俺が関わらなければ、此奴も飽きる。

人の心を無関心にさせたいのなら、先ずは自分が対象に無関心になれば良い。

好きの反対は無関心だ。

こちらが好意の欠片を見せずに無関心を貫けば、他人も自分に対しての感情を変えてくる。

 

「‥‥‥もう喋らないでくれ。アンタと俺の意見が全く一致しないってことは理解出来たから」

 

横を通り過ぎ、高木とすれ違う。

すると、高木はやや残念そうに肩を落とし手すりにもたれ掛かった。

位置が位置な故に、高木の表情は見えない。

その状況、この瞬間、高木の気持ちが果たしてどういったものだったのかは知る由もない。

 

「無理もないね‥‥‥あの時のキミは」

 

ただ一言、それだけの言葉のみの情報でで真意なんぞ測れるわけもないんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輝きを放った素晴らしいライブにも終わりはやってくる。

ライブが終了してから帰宅するのは予想以上にすんなり行き、俺は一足先に家へと帰宅することに成功する。

おやっさんに、ライブへ行ってきたことを伝えたこと以外に変わったことはあるまい。

語るにも値しない俺にとっては何時ものありがたい光景さ。

 

 

 

 

 

 

 

さて、舞台は後日へと進む。

いつも通りの通り道、学校、クラスメイトと何ら変わることのないものが俺の目には移っている。

そして、その事象にいつの間にか心を許してしまうようになってしまっているのは俺にとっては驚きだった。

もう少し時間がかかると思ってたんだがな。

 

「おっはよー翔大!」

 

そして、教室のドアを開けて自分の席に辿り着けばそこにはアイドルである女の子が居て、俺に話しかけてくれる。

悲しいことに、もう慣れちまってんだよな。

だから教室がザワザワしてても、未来が騒がしくても、あまり気にならない。

叫ぶ気力も失ったってやつさ。

 

「よ、()()

 

挨拶を適当にする───ああ、いや嘘。少し意識しちゃってる。

春日未来の友人基準が名前呼びだって言われたもんだから少し頑張ってみた。

これで気持ち悪がられたら自宅の押し入れでおいおい泣くつもりだ。

 

───しかしながら、その心配は杞憂に終わったらしい。

 

「あー!翔大がやっと名前で呼んでくれた!!」

 

まるで鳩が豆鉄砲食らったのような驚き方でそう言う未来を見て、改めてキャラじゃないことをしたんだなという実感が湧く。

しかし、俺にはミッションがある。

それは、両親との約束でありこの傷心旅行のマストミッション。

 

「うっせ、おにぎりのお返しだ」

 

「えへへー、そっかそっか。でも嬉しいなぁ‥‥‥翔大と友達!」

 

「友好度下げるぞアホ未来」

 

「そ、それは困るよ!」

 

慌てて、席に座る未来。

悲しいかな、友好度は下げたくても下げることができない。

そもそも友好度なんて数値は何処にもない。

友情の度合いなんて、人の感受性次第だ。

最悪、双方が無理矢理にでも友達だと思えば『友』は成立する。

尤も、そんなハリボテ工事で作った友情等ふとしたきっかけですぐ崩れ落ちるけどな。

 

「それにしても驚いたぞ、まさかお前がアイドルだったなんてよ」

 

「でへへ‥‥‥言うタイミングも特になかったし。それに、こういうのってサプライズで伝えてみたかったから」

 

「サプライズ、とな」

 

「そう、サプライズ!ビックリしたでしょ?私がライブ会場にいたこと」

 

サプライズというよりかはアンビリーバボーだったがな。

まさに驚天動地、天地がひっくり返る位の驚きに包まれた。

誰が部活動を辞めてアイドルやるなんて想像できるかってんだ。

 

「最上に関しては会場行く前に会ったから知ってたけど‥‥‥まさか知り合いが2人ともアイドルだったなんて思わなかったぜ」

 

「静香ちゃんは、アイドルをやってることを隠してるんだよ」

 

これまた驚愕の事実だ。

あれだけのダンスをして恥ずかしいなんてこともなかろうに、最上はクラスの人間───課外活動の申請を出した先生以外には教えていないということを知った俺は少なからず驚いた。

 

「理由は知らないのか?」

 

「うん、けど‥‥‥静香ちゃんのことだから。きっと何か大事な理由があって、その為にアイドルのこと隠して、一生懸命やってるんだと思う」

 

だろうな。

あれだけのライブを魅せた上に、その下地になったであろう弛まぬ努力。

これらを見ずにして、一生懸命やってないだなんて言えるわけがない。

ましてや未来はレッスンルームでも最上の努力を知っている。

言葉に信憑性があるわな。

 

「そっか、一生懸命ね」

 

「うん‥‥‥だからね、秘密にしてて欲しいんだ。きっと静香ちゃんもそうして欲しいって言うだろうし」

 

「‥‥‥未来の言うことだ。嘘や間違いなんかじゃねえんだろうさ」

 

そう言うなら俺はずっと黙っていよう。

何れバレる日は来る。

けれど、仮に言わずともバレるほど人気になるんだったら───それは恐らく嬉しい悲鳴になるんじゃないかと思うからな。

わざわざこちらからバラす必要もないだろう。

 

「分かった、約束する。最上静香はアイドル、けどそれは俺と未来の秘密‥‥‥そういうことでいいんだな?」

 

「うん!」

 

俺がそう言うと、未来は太陽のように明るい笑みを見せる。

これが、恐らくアイドル春日未来の所以なのだろう。

底なしの笑みは、見る人を笑顔にする。

他に影響を与えるアイドルには、1番必要な事なんだろうな。

 

「お前がアイドルなのが分かった気がするよ‥‥‥」

 

「え、本当!?」

 

「その喧しさが人に元気を与える。だから喧しさだけは認めてやる‥‥‥おーけぃ?」

 

「おーけー!」

 

本当に意味が分かってるんだろうかね。

まあ、いいや。

どちらにしたって此奴が底なしの笑みを誇るアイドルだということは確かで、それでいてコイツのことを俺が友達だと思っているのも確かだ。

 

これから先、是非とも軽口を言い合えるような友人関係を構築していきたいものである。

 

「んじゃ、改めてよろしくな‥‥‥未来」

 

「うん!よろしくね翔大!」

 

差し出した手を未来はがっしりと掴んで、にへっと笑みを見せる。

それに釣られて口角が上がってしまったのは、きっと俺が笑っていたからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、2時間前のことである。

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥やってしもうたな」

 

体調が悪いもとい気分が上がらなかったので、保健室の先生に『気分不良』と言い、保健室のベッドを譲ってもらおうとしたのだが無言で体温計を差し出され、測った熱の量を見た先生が俺を保健室から追い出した。

 

そうして、合法的に休む術を失くした俺はまた屋上が垂らす釣り糸に見事に引っかかってしまった訳だ。

どうやらこの釣り糸は朝昼関係なく、俺を目標に釣り糸を垂らすらしい。

モラルとかないのかね、後はデリカシーも。

 

失礼、情けない言い訳はこれくらいにしよう。

 

何はともあれ、授業は脱法的にサボった。

その事実に俺は愕然としつつも目の前の何もない空を見つめていた。

2人のアイドルと友人のような関係を作れたこと以外には大して変わったことは無い。故に、こうして屋上でぼっちでサボってんのが良い例だ。

 

 

気分が上がらないのもある。

授業は真面目に受けているが肝心の問いが分からぬ故に、集中が散漫になることがある。

そんな状態が長らく続けば、無論サボタージュを敢行したくもなる。

欲望には忠実になったつもりだ。

 

しかし、それ以上に今は頭の中を纏めたかった。

友達がアイドルやってて、ライブ見に行ったら過去の俺を知ってる人がいて。

ごちゃごちゃになった頭をもう一度整理してから、学校生活を送りたかったのだ。

 

「‥‥‥まあ、そりゃ授業をサボっていい免罪符にゃならんのだがな」

 

 

 

チャイムが鳴る。

3限開始の合図である。

『サボッちゃダメ』という未来の言いつけを早速破ってしまった俺氏。

何と罪深い奴なのだろうか。

背徳感も一入だ。

しかし、それがまた良い。

 

サンキューミッラ。

フォーエバーミッラ。

許せ、ベストフレンド。

 

 

 

 

 

さて、少し頭の中を纏めるとしよう。

そんな大層なものじゃない。

頭の中で昨日の日記を綴るだけさ。

 

俺はライブの時に過去を知っている男に出会った。

その名もジュンジロウ・タカギ。

何の因果か故郷とは遠く離れたこの地で、ローカルだった俺を知っている男に出くわしてしまったのだ。

 

『ジョーくん』

 

その名前が頭の中に響くと、なんとも言えない気持ち悪さが俺の頭を痛めつける。

傷口は抉られ、心は憂鬱になり、傷心旅行で癒えつつあった心の傷がまたしても開いていく気がする。

 

「‥‥‥あーっ、クソ」

 

兎にも角にも、これでまた振り出しだ。

最終的な目標は過去を知っている奴等を相手にしても、過去を思い出さずに居られるようにいること。

今回はダメだった。

これまでの傷心旅行の仕方では、意味が無いということになる。

 

また、新しい何かを考えなければならない。

それこそ、今度はその傷を埋めるだけではなく塗りつぶす位の思い出や、熱中できるものを探さねばならないのだろう。

それほどまでに傷は深刻だ。

自分が1番分かってる。

 

「‥‥‥ったく、なんでこんな面倒な奴になっちまったのかね」

 

人には卑屈な態度を取る。

夢は抱けず、かといって気概はあるという中途半端。

勿論、傷心旅行の為にここに来て、色々な体験をして傷を癒すということは分かっている。

しかし、やりたいことすらも見つからなさ過ぎて時々俺は何をすれば良いのかも分からなくなってくる。

状況は割と深刻だ。

 

かといって、考えまで深刻になっちゃいけないわけなんだがな。

人間、物事は深刻になるほど妙案をおもいつくことは難儀なものとなる。

理屈こそ分からないが深く考えない方が割と良い考えを思いつけるんだよな。

 

学校に無断で持ってきたペロペロキャンディを煙草に見立てて舐める。

これが意外と馬鹿に出来ねぇ。

何気に厨二心を擽られるんだよな。

 

「ぺろ‥‥‥」

 

それにしてもペロペロキャンディ上手いな。

ペロペロキャンディのUFOキャッチャーで100円使ってGETしただけのことはある。

欲しかったオレンジキャンディをGET出来たってのもこのペロペロキャンディの旨みをより引き出している。

 

と、俺が飴を舐めていると不意にドアが開く音が聴こえる。

不味い、先生か。

そう思い、慌てて口を開いたのが災いした。

 

「昨日ぶり、初瀬くん───」

 

「オレンジキャンディーッ!!」

 

「‥‥‥何をしているの?」

 

気にするな。

ちょっと口から物を落としただけでな。

そうだな、プリンを落としてしまっただけ‥‥‥決して他意はない、事故だ。

 

「‥‥‥なら良いけど」

 

納得してくれたのか、最上はため息を吐いてこちらへ向かっていく。

 

「未来から聞いたわよ。授業をサボった‥‥‥って」

 

「学ぶ自由って奴さ。生憎、今日は頭のネジが緩みっぱなしでな」

 

「ネジは家で締めてきなさい。そういうことをしていたらサボタージュが癖になるわよ?」

 

「安心しろ、そんなこたぁ起こさねえよ」

 

俺だって一般的な生徒で、進級もしたいと考えている生徒だ。

サボタージュが進級の妨げになることくらい分かっている。

金輪際、脱法的なサボりはなしにするさ。

 

「寧ろ、頭のネジは何時もより締まってんだよ」

 

「‥‥‥初瀬君、さっき言ったことを丸々忘れたの?」

 

「いや、妄言じゃないし嘘でもない。俺の頭は常時緩んでいると考えてくれて構わないぞ?」

 

基本、俺という人間の頭のネジは緩んでいる。

普段からネジが締まっていれば誰だって誠実な好青年になるだろうが、そうもいかないのが現実だ。

俺も、皆も、誰しもが何時でも頭のネジを自由に締められるわけではないんだ。

そして、俺は締めても締めてもネジが緩むもんだからこうしてサボタージュを敢行したり、授業中に珍回答やら無回答やらを行い立たされている。

 

「だが、昨日一昨日と休んで頭のネジを少し締めることが出来た。本来なら高熱と偽って休んでいたやも分からん。悲しいかな、俺の頭のネジがちゃんと締まるには後100回はドライバーでネジを回さなきゃいけないのかもな」

 

「‥‥‥そもそもの話、初瀬君にとってのドライバーってあるの?」

 

「あったらもっと早い段階で締めてたよ」

 

「それなのに締まったの?それって、矛盾していないかしら」

 

それは違うな、最上。

そもそもネジは『ドライバー』がなくたって回すことは出来る。

俺にとってのドライバーは見つからない故に頭のネジを回すのには些か非効率ではあるが、頭のネジを回すこと自体は出来る。

 

「きっかけが、ネジを回す要因にもなるだろ?」

 

「そのきっかけって───もしかして、ライブ?」

 

「初瀬検定3級を授けようじゃないか」

 

「‥‥‥分かりにくい人、本当に」

 

胡乱な目付きで俺を見据える最上に、俺は何を思うこともない。

例えが難しいことくらい俺にも理解している。

俺も熱くなりすぎたせいで、途中まで支離滅裂な内容になってしまったことを自覚している。

 

暫く、屋上の金網から見える景色を眺めていた最上。

しかし、それも束の間だ。

横を向いていた最上はもう一度俺を見て、尋ねる。

 

「で、何をしていたの?」

 

「頭の整理をしてた」

 

「整理?」

 

「ソー、整理だ。ちょっと色々あってさ‥‥‥分からなくなったんだ、俺って人間のやりたいことが」

 

やりたいこと。

たった6文字が俺にとっては厳しい内容のそれだ。

そもそも、やりたいことすらないかもしれない。

手探りの宙ぶらりんの状態で光を探す大馬鹿者さ。

 

その言葉に無表情の最上。

普段の最上なら噛みついてきそうな一言なんだが、どうやら最上の琴線には触れなかったのか溜息を吐かれるのみにとどまる。

 

「‥‥‥そう」

 

「言及しないのかい?」

 

「言ったところで貴方は突っぱねるでしょう?」

 

至極当たり前のことを最上が分かってらっしゃった。

リスクを避けて、俺との衝突を回避したのだろう。

聡明な奴だ。

 

「ははっ、俺も嫌われたもんだ」

 

「別に嫌ってるわけじゃ‥‥‥」

 

「世辞は良いよ。そう思われても仕方ないファーストコンタクトを取ったのは自覚してる」

 

第一印象で抱いたイメージってのはなかなか払拭できないものさ。

それくらい俺には理解しているし、今更それを覆そうとも思わない。

そこまでの気概も俺にはないんだからな。

 

「‥‥‥話は変わるけど」

 

何だ。

 

「昨日のライブ、吃驚した」

 

「あー‥‥‥まあ、回し物とはいえ急に学校の人見知りが来たら驚くわな」

 

春日から聴いた。

どうやら奴さんは己がアイドルをしていることを他の友人に隠しているらしい。

やはり、気恥しさとかあるのかね。

それとも───有名になるまでは己の立場をひけらかさないプライドみたいなものか。

 

「‥‥‥まあ、それもそうだけど。因みに学校の人には」

 

「言わないよ。態々話す気にもならんしな」

 

「‥‥‥そう」

 

安堵したのか一息ついて、ベンチに座る最上。

対面する形になり、少し緊張。

こういう時、ろくな目にあったことがない故である。

 

「お礼を言ってくれても良いんだぜ?俺はお前をこれからも応援するし、秘密をも守る。これほどまでに洗練された物件はないぞ。優良物件だ、優良物件」

 

「優良物件って‥‥‥意味とか理解してるの?」

 

理解はしてるさ。

ただ、そういう方面で言葉を発した訳じゃあるまい。

 

「何だ、ひょっとして意識してんのか?」

 

途端、ハッとした表情で顔をほのかに赤くする最上。

己の失態に気がついたのか。

どちらにせよ、眼福だ。

 

「‥‥‥な、何を言って!!別に私は!!」

 

「あーあー、分かったよ‥‥‥てか、分かってる。ボキャ貧な俺なりのジョークなんだからまともに受けるな、受け流せよ」

 

「ッ‥‥‥初瀬くん!!」

 

立ち上がり、憤慨する最上。

どうやらこの手のジョークは最上的にはナシらしい。

会話というコミュニケーション方法の難しさともどかしさを理解した瞬間である。

大人になるってこのことを言うのかね。

 

「まあまあ、座れ座れ。これから俺なりにライブ会場に行ってきた感想を伝えようと思ってたんだから」

 

「‥‥‥それとこれになんの意味が」

 

「意味がないから話すんだ。話題転換と時間潰しにはピッタリだろ?」

 

このもどかしい状況を続けろというのなら迷うことなく続けるが、それは最上の本意ではなかろう。

誰が好きで己が辱められる状況を継続せよと言うのか。

俺なら数秒もしないうちに会話の輪から離れるね、うん間違いない。

 

落ち着いたのか、再び座る最上。

一息ため息をつくと、胡乱な目付きで俺を見遣る。

稚拙なジョークの代償は、大きい。

 

「‥‥‥そういうことなら、聞かせてもらおうかな」

 

おうおーう。存分に聴いてくだされ。

今の俺の頭の中なら簡潔に、素早くライブに行った感想を伝えられるであろう。

なんならお前さんのイメージカラーでもある青色についてまで言及できる。

俗に言う無敵って奴さ。

 

「まあ、あれさ。何事も見た目からとは言うが、あのライブ会場は綺麗だったな」

 

「綺麗‥‥‥見晴らしのことを言っているの?」

 

「や、違う。駅から会場まで向かったんだけどさ、行きでゴミをひとつも見なかったんだ。きっと会場準備をする為に朝から早くゴミ掃除をした輩がいるんじゃないのか?」

 

前から気になってはいた。

駅から劇場までの道すがらにゴミが一つもなかったこと。

文句のない出来だったね。

風紀委員がチェックしても難癖つけられないレベルだった。

 

「‥‥‥ええ、そうよ。確かあの時は未来も掃除をしてたかな」

 

だろ?

んでもってあのステージだ。

行きから帰りまで、会場のファンとアイドルが一体になってライブ会場を作り上げている感覚すらしたね。

そういうのに、俺は感動したわけさ。

 

「そういうのって良いよな。みんなで作るステージって感じで。そういう精神がゴミ掃除とか会場準備の時点で伝わってるから」

 

「‥‥‥意外、初瀬君がそういう所を見てるだなんて」

 

「いや、些細なものだったら俺だって見逃してた。けど些細じゃあ済まないほどに見晴らしも含めて会場が綺麗だったんだ。それだけの話よ」

 

ライブシアターがあって、そこで何故アイドルが踊り、会場準備も、クリーン作戦も行うのかは馬鹿の俺には分からん。

ただ、分からないならないなりに、考えることは出来る。

そんな馬鹿が『良いこと』だと思えたその行為は、きっと無駄にはならないと思うワケだ。

 

そして、心意気だけではない。

そりゃそうだ。

幾ら高尚な心を持っていようが、本業が伴っていなければ意味がない。

アイドル活動の『何』が本業なのかは人それぞれに備わっている感じ方の違いだとは思う、が。

少なくとも、この前のライブに来た輩のお目当てはステージで踊るアイドル達なんじゃないのかね。

少なくとも俺はそうだった。

なし崩し的にチケットを譲ってもらって、最上がアイドルだということを知って、彼女がアイドルとして輝くであろう姿を見てみたくなった。

そして、その立ち振る舞い、踊り、表情、アイドルとしての無限の可能性に魅せられたのさ。

 

「歌はな‥‥‥あれだ。皆専門のレッスンしてるだけあって上手かったわな」

 

歌を歌う大人の女の子、高貴な雰囲気を纏った瑠璃色の髪の女の子。

そして───

 

「人型地雷」

 

「‥‥‥誰のことを言ってるの?」

 

えっと、ほら。

 

「両髪が跳ねてて‥‥‥その、後はちょっとキャピキャピしてそうな」

 

「翼のこと!?」

 

目を見開いてそう言った最上の表情はまさに驚愕とでも言わんばかりの表情だった。

そんなに俺があの女の子にあだ名を付けることが意外だったか。

印象ってのは恐ろしいものだ。

 

「人型地雷って‥‥‥確かにあの時の翼は地雷を踏み抜いたけど、流石にそれは‥‥‥」

 

「センスがないってか」

 

首肯された。

悲しい。

 

「ま、まあそれは置いといてだ。上手いってのはお前の歌のことも含まれてるんだぜ?」

 

「‥‥‥私の歌?」

 

そうだ。

この前、お前は言ったよな。

俺の歌が心に響いた、と。

その言葉、そっくりそのままお前さんに返してやる。

 

「ブーメランお疲れさん」

 

「ブーメラン‥‥‥?」

 

「ああ、ブーメランだね。俺からしたら最上の歌の方が響いた。そこら辺の歌より何より、お前さんの歌が1番だったって胸を張って言えるんだ」

 

「え───」

 

「このライブにかける想いが伝わってきた。見当違いなら恥ずかしいが俺なりに解釈することも出来た」

 

まあ、間違えてたら恥ずかしいし言いたくはないけど。

今の最上の現状を訴えかけているかのような歌詞に意志の宿った最上の歌は少なくとも俺の胸には響いた。

上手く言語化は出来ないけれど、また聴きたいと思えた。

最上の声で、その歌を聴きたいと強く思った。

 

「だから、自信を持って欲しい。自信は過信にならなければ何よりも歌声を助けるものになる‥‥‥そんだけ」

 

と、随分とまあおっとりとした言葉で偉そうなことほざいたなとは思うのだが事実なのだから一向に構わない。

かつて最上は言っていた。

『本気でやりきったことに恥ずかしい───なんて概念はきっとない』とな。

誠、上等である。

本気でそう思ったことを最上に言ったとしても最上的にはアリなんだ。

こんなことくらい正直でも痛くないね。

 

「‥‥‥聴いてくれたんだ」

 

わざわざライブ会場に来ているんだから当たり前だろうて。

但し、最上にとっては当たり前ではなかったらしく───嬉しさを噛み殺したかのような、少しだけはにかんだ表情で俺に笑いかけた。

 

畜生、やっぱりコイツ普通に可愛いだろ。

行う表情全てがいじらしい。

普段ツンケンしてるからかな、こういうギャップがいちいち俺の心に来るんだよな。

 

「ま、お前の歌は元々聴きたかったし‥‥‥ほれ」

 

「‥‥‥え、それって」

 

「サイリウムだ。これを買った時から‥‥‥否、お前がアイドルだって知った時から俺は最上静香の歌を聴きたかったんだ」

 

スクールバッグに残っていた青のサイリウム。

俺が初めて購入した最上登場時にのみその効果を発揮する光る棒。

生涯初めて買った記念すべきサイリウムだ。

 

「あれだ、俗に言う所の‥‥‥一目見た時から、決まってましたって奴かね?」

 

「な、なッ───」

 

「割とお気に入りなんだよ、お前の歌も、踊る姿も」

 

これでもかと言いたげにサイリウムを翳す。

すると唐突に手に衝撃が走った。

鋭い痛み、まるでビンタでもされたかのような痛みが手に広がる。

答えは言わずもがな、最上に手を叩かれていたのだ。

 

「いってえ!?」

 

弱い衝撃だったものの、唐突な衝撃に思わずサイリウムを離してしまいコロコロとサイリウムが転がっていく。

気が付けば、最上が左の手で自らの顔を抑えながら右手を広げ───要は最上の右手に俺のサイリウムは吹っ飛ばされたのだ。

 

「‥‥‥やめて」

 

「何故はたく!?」

 

「だから───ああ、もう。分からないかな」

 

顔を抑えて、自分の表情を隠す最上。

その耳の赤みは、怒りのせいか。

最上の揚げ足を取った覚えのない俺には、一体何が最上の琴線に触れたのか理解できない。

 

だから、これから言う言葉も───多分怒られるのかもしれないけど勢いで言ってしまったのだろう。

 

 

「要は、さ」

 

「何?」

 

左手で目から下を隠したまま少し、ジト目でこちらを睨む最上。

相当サイリウムの件が腹に据えかねたのだろう。

しかし、こちとら毎度考えなしに最上と言い合いしてる訳じゃないんだ。

今更竦んでしまう程、臆病でもない。

 

「‥‥‥俺は、お前のファンになったって事だよ」

 

「───え?」

 

目を見開いた最上。

気にせず、俺は言葉を紡ぐ。

 

「お前の歌が、また聴きたくなった。サイリウムを買ったことでアイドルとしての最上静香に思い入れが出来た。また来たいって、そう思った」

 

あの歌を聴けるのなら、お金を払ってチケットを買っても良いと思えた。

それだけの評価をしてしまう程、俺は最上の歌に心をやられちまった訳だ。

依存って訳でもない。

ただ単純に、また来たいって思えたのさ。

 

「また、来ても良いかな。今度は前列で見たいんだ、最上静香の姿を」

 

そう言って、前を見遣る。

その一言で少しでも笑ってくれたら良かったんだが───変わらず最上の目は見開いていて、俺が有り得ないことを言ってしまっているということを顕著に表していた。

当たり前だな。

元はと言えば、アイツはアイドルであることをこの学校の生徒にひけらかしていなかった。

そんな折に俺という相性最悪の相手がやって来て、己がアイドルをしている様を見られた。

悪印象を抱かれてもおかしくは無いし、金輪際来て欲しくはないと心では思っているだろう。

 

無言の気不味い雰囲気が屋上の周囲に蔓延する。

またしても、原因は俺だ。

コミュニケーション不足が祟り、肝心な時に会話の最善策を見いだせなかった。

俺の責任は重い。

 

「‥‥‥悪いな、変なこと言って」

 

「え、あ‥‥‥」

 

「ただ、俺が応援してるってのは本当だから。こればっかりは敵対とか犬猿の仲とか関係なしに、だ」

 

空を見上げる。

今日も今日とて空は明るい。

今日は晴天だ。

あわよくば、今後の未来と最上のアイドル生活もこの晴天よろしく明るい世界に好転して欲しいと願っている。

何せ、奴等はここに出会って初めて───うん、ちゃんと『友達』だって認められるようになれた奴等なんだから。

 

「‥‥‥わり、そろそろ行くわ」

 

これ以上ここに居ても、この雰囲気に多幸感は得られない。

性懲りも無く空気を壊して、後は情けない位の逃げの一手ですたこらさっさ。

恥ずかしいとは思わないのかね、俺は。

 

けれど、本音を話したんだ。

未来の話を聞いて、1歩を踏み出そうと思って。

初めて、最上の夢を真正面から見て、その上で口だけじゃない本気で最上を応援したくなった。

この想いに嘘はないし、伝えて悪いとも思ってない。

 

だから、結局は逃げてしまうけど───これでいいんじゃないのかね?

その結果が決別だろうとも構わん。

俺だって人間、最上だって人間。

タイプが合わなけりゃ、無理矢理友達になる必要なんてないんだ。

 

「じゃーな」

 

今度こそ、ドアに向かって歩いていく。

迷いなんてない。

出会った頃とは違って、教室の場所も分かっている。

前の俺とは違うのさと心の中で格好つけながら1歩を踏み出した───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、その手を思い切り掴まれた。

 

「あばばばばぁ!?!?」

 

手だけが引っ張られた為右腕が残され、可動域以上に腕が後ろへ持っていかれる。

本来奇声など上げる男ではないのだが、こればかりは耐えられず叫び声を上げ、残された左手で己の肩を叩き降参の意を示す。

 

「ぎ、ギブ!!ギブアップ!!ヘルプミー!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

必死に訴えかけたのが幸いしたのか、最上は慌てて手を離す。

幾ら俺でも武力行使に出られてしまったら為す術もない。

戦闘能力がクソザコの俺が喧嘩なんて出来るはずもないんだからな。

 

「一体どうしたってんだよ。そんな慌てるなんてお前らしくもない」

 

「え、あ‥‥‥その」

 

言い淀む最上。

何を言おうとしているのか、口をわなわなさせている様子は非常に可愛らしく、依然として胸が高鳴るその様子が抑えられない。

一体何があったのだろうか。

俺もそうだが、最上の顔が赤いのがさっきから変わってない。

俺は常に最上を怒らせる憤怒製造機でもないわけなのだが。

 

最上が俺を真正面から見据える───も、今度は真下を向く。

何を言うつもりなのだろうかと、取り敢えず待っていると最上が不意に口を開いた。

 

「‥‥‥ありがとうっ」

 

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

あまりの唐突さに思わず口が開く。

何故お礼を言われているのだろうか。

理解できない。

最上の手の暖かさを思い出す度に、俺の心拍数がバクバクと上がっていく。

思春期男子だ、俺だって女の子に触られたらドキドキするに決まっている。

半ば当たり前のことでもあった。

 

「‥‥‥何言ってんの?」

 

「私、アイドルはまだ始めて日が浅いからファンが増えるって自覚があまりなくて」

 

「あ?」

 

「だからライブを見てくれた初瀬くんにそう言って貰えると、本当に嬉しい‥‥‥ありがとう」

 

今度は、真っ直ぐに目を見つめられてそう言われた。

最上の目が何処までも俺を貫き、心まで見透かされているような感覚に陥る。

だからかな、お礼を言われたのが嬉しくて。

最上みたいな可愛い女の子が、初めて笑顔を見せてくれたのが嬉しくて嬉しくて仕方がなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

‥‥‥よか

 

「え?」

 

あっ。

不味い───

 

「や、何もない何もない。別にそんなこと気にしなくて良いから」

 

平静を保てた。

いやはや、これまた最上の意外な一言にやられる所だった。

思わず挙動不審になった時にそういった類の方言が出るのは本当に何とかしたい。

 

「兎に角、別に怒ってる訳じゃないんだよな?」

 

「‥‥‥どうしてそう思ったの?」

 

───あっ、可愛い。

 

「え!?」

 

 

 

 

あ。

 

首を傾げた様子が可愛くて思わず口に出ちまった。

性分だ、許せ。

結局平静も何もないじゃないかと己のクソザコメンタルを恨んでいると、先程の笑顔が嘘のように、人差し指を上に立て、説教を開始する。

 

「‥‥‥そうやって、脈絡もなしに変なことを言うのは即刻止めなさい。初瀬君は何を考えて物事を言っているの?会話が突飛すぎてついていけないわよ」

 

「善処します」

 

「だ、大体ッ‥‥‥女の人にそういうことを簡単に言うのはどうなの?まさか未来にもそういうことを言ってるわけじゃないわよね?」

 

「言わねえよ、お前にしか」

 

「な‥‥‥何を言ってッ!!!!!」

 

「畜生また心の声がッ!?」

 

依然として耳を赤くしている最上が、今度はその端正な顔すらも赤くした様子を見て、俺は己の失態を何度も悔やんだ。

それでも、俺の心の中に罪悪感の他に少しだけの幸せもあるのは確かで。

 

ああ、やっぱりコイツはアイドルなんだな───なんて、思いつつ俺は最上の口撃を苦笑いと謝罪のダブルコンボで躱していた今日この頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最上にとって、俺という人間はどれだけ憎んでも憎み足らない最低な男として見られているだろう。

そりゃそうだ。あんだけ口喧嘩をして、好印象で終わるわけがない、俺だってそうだった。最上のお節介や口ぶりに、何度も何度も苦杯を舐めさせられた。

 

けど、俺が最上のアイドルを心の底から応援したいって気持ちは嘘なんかじゃない。

その日、初めて最上がアイドルをやっているということを知って、歌を聴いて、応援したくなった。

最上静香というアイドルが突き進む道の先を、見てみたくなったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

だから今後も俺は最上を応援する。

生まれ持つこの声で、エールを送る。

それが俺の、やりたいことになるかもしれないから。

 

1歩を踏み出す、きっかけになるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

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