その歌声に想いを乗せて   作:送検

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閑話 福岡の歌うたい

福岡。

その都市には様々な特産品や施設が存在しており、人の五感を良い意味で刺激する魅力のある都市である。

五大都市とも言われている都市の1つに含まれ、その都市に自然に人は集まり、夜の街は明るい。

その中に1人、営業を終え、仕事の他に目的の1つとして予定に入っていたラーメン散策に興じていた男が福岡、夜の繁華街を歩いていた。

 

 

 

「‥‥‥ふぅ、食った食った」

 

 

この男の名を高木順一朗という。

かつてアイドルグループ、765プロのプロデューサーとして君臨し様々な者たちと鎬を削った名プロデューサー。

現役は既に退いているものの、会長として765を支える屋台骨になっている人格者。

そんな男が福岡でラーメン散策に勤しんでいた理由は───特に大した理由もない暇を持て余した会長の遊びである。

 

男は、それを『ティン!!』と形容している。

頭に直感的な何かが思い浮かんだ時、頭に電流が走るような感覚に襲われた時、男は決まってその言葉を発する。

今回の件も、ラーメン食べたい!という順一朗なりの直感か、気が付けばその直感に従い、男はラーメンショップへと向かっていた。

 

思い思いのラーメンを食べ、悦に浸ること数時間。765の皆へのお土産もしっかりとこさえた順一朗は泊まる予定のホテルへと歩みを寄せるため、駅前へと向かっていた。

 

自らのお気に入りと化したラーメン屋から徒歩10分の福岡駅。そこまで辿り着くまでの道すがら、路上で飲んだくれたオヤジや、門限までに帰宅をしようとする学生達が入り乱れる中、高木は駅まで辿り着く。

 

(‥‥‥さて)

 

このままホテルに帰るか、もしくはもう少しこの博多の景色を眺めて帰るか。

どうしようかと高木が考えていると、不意に聴こえてきた男の声。

その声は、微かながらも聴こえてきた。

響き渡る声は微々たるものながらもきめ細やかな音程を違えることもなく歌いこなすその少年の声は高木の鼓膜を通り、第六感に警鐘を鳴らす。

 

「‥‥‥これは」

 

逸材だ。

 

その言葉を言い切る前に、高木は声のする方へと走っていった。

声のする方へと走り出すと、次第に大きくなっていく声。その声に順一朗は第六感の警鐘に確信を得て、今度こそ大声を上げた。

 

 

 

「ティンと来た!!」

 

 

 

順一朗がそう叫び、新たな出会いに胸を弾ませる。

すると不意に聴こえなくなった男の声。

はて、どうしたのだろうと思いキョロキョロと横を振り向くと、そこにはギターを持った人影が突っ立っていた。

視線が交錯する。やがて順一朗の瞳がその人影を捉えると、年相応───なのか分からないあどけない表情をした男が首を傾げ順一朗を見ていた。

 

「‥‥‥何しとーと?おっさん」

 

少年だった。

ギターを片手に持ち、胡乱気な目で順一朗の目を見た少年だったがその表情は一瞬にして渋い顔になる。

 

「‥‥‥ああ、またしくじったわ。方言喋んの止めようとしてんのに、土地柄って奴かね」

 

1度、少年は目を瞑り深呼吸をする。

しかしそれも束の間、今度はその短い黒髪と先程の胡乱気な目が一転して年相応のニコリと人懐っこい笑みを浮かべ、ギターを丁寧に下に置いて順一朗に向き合った。

 

「で、おじさん。どしたの?」

 

見た目12歳のその少年は、手を腰に当てて少しだけ勝ち気な笑みを浮かべながら順一朗に尋ねた。

殊更人に何かを尋ねる態度ではないが、今の順一朗にはそんなことは関係なかった。

弱卒10代前半ながらギターで音を打ち鳴らし、マイクすらも用意せずに正確な音を遠くまで飛ばした半ば天才的な歌声。

ギターこそ人並みだが、人を思わず惹き付けてしまうような魅力に、少年は満ちていた。

順一朗も、例外ではない。

その少年が湧かせる魅力の虜になってしまっていた。

 

「キミが、歌っていたのかい?」

 

「おう、どうだった?」

 

「‥‥‥最高だったよ!!」

 

「そうかい、それなら結構」

 

順一朗が大きな声で賛辞を送ると、少年は笑顔を見せて賛辞に応える。

 

「ただ、ギターはもう少し練習した方が良いと思うがね」

 

「ありゃりゃ、バレちった?」

 

てへっと少年が笑う。

その笑みはまさに年相応であり、先程までの逞しい歌声とは違った子供の声である。

 

「そだね、初めて日が浅いからもう少し練習しないとな‥‥‥やっぱり見てる人は見てるってことか」

 

「‥‥‥因みに、何年目だい?」

 

「え?」

 

「キミが歌とギターを始めたのは、何年前の話だい?」

 

順一朗が翔大の新品同然のギターを見ながらそう訪ねると、翔大は指折り数えながら最後は『うん』と頷き、順一朗に笑いかける。

 

「ギターは半年前、歌は物心付く前から」

 

その言葉を聞いた瞬間、順一朗は『やはりか』と半ば当たり前だとでも言いたげにくつくつと笑みを零す。

順一朗は気が付いていた。

この少年の歌う声には天才的なものと同時に、好きなりに努力をした結晶が詰まっているということに。

少年の歌の下地は音程を違えることなく、大きな声で訴えかけられる『声』。

それを上積みしていくだけの努力を継続していけば、日本のみならず世界すらも圧倒してしまう程の歌手になるという確信が、何処かにあった。

 

「‥‥‥ふふ、そうかそうか」

 

思いがけず零した高木の一言に、少年は眉を顰める。

しかし、それも束の間。

くつくつと笑っていた順一朗は、ニコリと笑みを浮かべ少年を熱い眼差しで見つめた。

 

「キミ!歌うのは楽しいかい?」

 

「おう!歌うのは楽しいな!」

 

その一言と同時に、更に少年は続き腕を回す。

 

「夢をなんとしても掴みたいんだ。その為なら、頑張って足掻いてみせるさ。親の反対は会話と実力で黙らす。それが夢を掴むってもんだろ!」

 

拳を順一朗に向け、今度は勝気な笑みでドヤ顔を見せる少年。

その姿に安堵したのか、順一朗は駅へと向かって歩き出した。

 

「その心意気、忘れるんじゃないぞ‥‥‥無名君」

 

「無名ってなんだよ、俺にはちゃんとした名前があんだからな」

 

「ほう‥‥‥なら、私はキミを何と呼べば良いのかね?」

 

「『ジョー』」

 

「ジョー‥‥‥?」

 

「普通の俺は初瀬翔大だ。けど、歌を歌う時はジョー‥‥‥とある先輩に憧れてな。俺も付けてみたかったんだ、こういうの」

 

ジョー。

その言葉は、確かに順一朗の記憶に刻みつけられ永遠に忘れないであろう言葉として残る。

初瀬翔大、またの名をジョー。

彼が何時か大きな存在になるまでには765プロを大きくしたい。

そして、何時か己の育てたアイドルと競うであろう──────そんな予感が順一朗にはあった。

 

「言っとくけど、ボクシングのジョーでもなければ顎のジョーでもないからな、混同すんなよ」

 

『はっ‥‥‥』と笑い、目を細める翔大。

そして、その言葉を聴いた順一朗も、クスリと笑い再度翔大の方を振り向く。

 

「分かっているさ‥‥‥ジョー君」

 

「あ?」

 

「キミは何時か世界に羽ばたく天才以上の存在になるだろう。その時、もしキミが道に迷うことがあったなら───何時でも私を頼りなさい」

 

そう言うと、順一朗は胸ポケットから紙を取り出し翔大に向けて紙を飛ばす。

横回転の綺麗な軌道を描いた紙───名刺はクルクルと周り、翔大へと届いた。

 

掴んだ紙を翔大は凝視する。

そして───翔大は訝しげな表情を更に歪め、眉を潜めた。

 

「順一朗‥‥‥高木?765?おっさん、一体何者だ?」

 

「通りすがりの旅ガラスさ、今のキミにとってはね」

 

そうして、今度こそ順一朗は駅の構内へと消えていった。

少年は気を取り直し、ギターを持ち、再び大きな声で歌う。

その声に、順一朗はまたしても笑みを浮かべホテルへと帰っていった。

 

 

その日は、それだけで終わった。

 

しかし、順一朗はこの少年───初瀬翔大という少年の存在が頭から離れることはなかった。

それこそ、他の知人やら何やらに教えてしまうくらいには。

 

 

 

その後、何日か経った後順一朗は事務所へ赴き福岡の歌うたいについての話をした。

福岡に、逸材がいたこと。

その少年の夢が、歌うたいであること。

特に、親族であり、従兄である順二朗にはその存在をしつこい程に教えてきた。

 

初瀬翔大。

またの名をジョー。

その少年が別の日に歌っていた歌をこっそりビデオカメラに収めた様子を順二朗に見せ、やがて大物になるということを何度も教えてきた。

 

次第に、順二朗にもその少年に対して興味が湧く。

ダイヤの原石に『ティン!』と来るその心は高木家の常なのか、順二朗も同じくジョーという存在に心を踊らせていた。

 

響く歌声。

拙いながらも半年そこらで弾くことの出来るギター。

それらを合わせた演奏は、順二朗の心に痛いほど響いたのだ。

 

やがて、順一朗から送られてきたビデオだけでは満足が利かなくなった。

順二朗はこの少年が大物になっているということを信じて、ウェブサイトで『ジョー』という名前を検索する。

 

すると、第1検索候補に出てきたのは『初瀬翔大』の文字。

 

「おおっ‥‥‥!?」

 

思わずそんな声が漏れるも、平静を装いながらその項目をチェックすると、そこには驚きの結果が示されていた。

 

「ライブ‥‥‥!?」

 

福岡のとあるプロダクションに加入していたジョーは3ヶ月という期間で結果を残し、今回は何と小型ながらもライブで歌うことが決まっていた。

既にチケットは売り切れ寸前、少年がギターを弾いていた頃からのコアな客も多いということは順一朗からもよく聞いていた為、その人達たをと推測する。

 

「‥‥‥うだうだ考えている暇はないね」

 

順二朗は急いでチケットを取得すると、許可を取り福岡へと向かった。

半年間で何がどういう経緯でプロダクションに加入し、どんな結果を残してきたのかは順二朗には知り得ぬことだが、今日ジョーのライブを生で見ることが出来るのは確か。

映像で見せてもらうだけでは見られない輝きがあるという順一朗の言葉に倣い、今度は生で見に行こうと一念発起したのだ。

 

ライブ会場に辿り着くと、そこにはぎっしりと人が詰まっておりこの少年が高い人気を誇る歌手になったのだということを既に、この場面で認識する。

 

「(大きく‥‥‥なったんだね)」

 

そんなことを思いつつも、指定席で時間を潰していると、やがて大歓声が起こる。

路上ライブ、ローカルシンガー、少年達にとってのスター。

そんな肩書きを少年は背負っている。

 

 

 

 

 

 

その時から、順二朗の中で何かティンと来るものはあった。

悪い意味での直感。

輝きとは違う何かを見てしまうのではないかという勘である。

そして、見事その予想は的中することになってしまう。

 

 

 

 

 

上手い。

より洗練された技術、歌声、プレッシャーというものを微塵にも感じていない立ち振る舞いは紹介文に書いてあった『天才』という2文字を雄弁に語っている。

少なくとも天才と努力、どちら片方だけを取るのみでは至ることの出来ない高み。

天才な上に、さらなる努力を重ねた最高の歌声を少年は提供している。

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

それなのに。

 

 

 

 

「‥‥‥笑ってない」

 

少年は、枯れ果てた草木のようであった。

無表情で佇み、笑顔はまるで提供出来ていない。

ライブの筈なのに、まるで機械が歌っているような‥‥‥生きたライブではなかった。

口パクという訳でもあるまい。事実、歌は歌っている。

けれど、映像で見たような‥‥‥純粋な笑顔は欠片もなかった。

 

 

 

 

 

歌声に、想いがなかったのだ。

 

 

 

 

「───今日は、ありがとうございました」

 

ライブが終幕し、少年が頭を下げる。

その瞬間、更に湧き上がる歓声に『アンコール』の一声。

しかし、順二朗はその歓声には便乗せずに、1人の少年の無表情を見つめていた。

鉄面皮という訳でもない、ただただ哀愁に満ちた表情。

痛々しい程に悲しい顔をしているようにすら見えた少年は、初瀬翔大ではない『ジョー』としての本性なのか。

 

アンコールも行い、ライブは大盛況の後に終わった。

しかし、順二朗の気持ちは大盛況とは程遠く、何処か───なんとも言えない苦さだけが残った。

 

「(‥‥‥本当に私は、ジョー君を見たのだろうか)」

 

ライブ会場を後にして、会場を見つめながら順二朗は物思いに耽る。

しかし、どれだけ考えても答えは出ず。

その日を境に、どれだけ検索をしても『ジョー』がライブをすることはなかった。

それだけではない。

プロダクションから初瀬翔大の名前が消えていた。

関連情報も全て抹消され、福岡の駅にもその姿は見えず、2度と生で初瀬翔大が歌う姿を見ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥」

 

順二朗は、今でもその光景を覚えている。

あれからジョーのようなライブを見たことは1度としてない。

アイドル達のライブには少なくとも何かしらの意思や思いは伝わっていた。

765の皆は勿論のこと、961のアイドル達、その他のプロダクションのアイドル達やシンガー達の歌声にも、思いは伝わるものだ。

 

 

だからこそ、鮮烈だった。

 

 

同時に、何とかしたいと思った。

けれど、ジョーを見つけることは出来ず今日‥‥‥定期公演の日、初めて順二朗はアイドルの卵である未来と会話をする『初瀬翔大』に会うことが出来た。

順二朗は安堵した。

少なくとも、今の初瀬翔大は感情の篭っていなかったジョーとは違うこと。曲がりなりにも笑みを浮かべて未来と話していること。

順一朗の言っていた年相応の笑みを取り戻すことが出来たのだろうと、順二朗は感じていた。

 

 

 

 

 

「‥‥‥けど、違ったんだね。初瀬君」

 

順二朗は確信していた。

初瀬翔大は、ジョーを捨てようとしている。

前に進もうとしている。

けれど、その呪縛にも似た何かを取り除くことに苦心している。

今も、初瀬翔大は過去と向き合い続け、未来に向けて歩みをきかせることが出来ていないのだ。

 

翔大の口々に聴こえた言葉で、その言葉を察することが出来た。

 

「キミはキミなりに歩もうとしている。そんなキミに歌を歌うことを勧めたのは間違いだったのかもしれないね」

 

しかし、と順二朗の心境は複雑だ。

歌えば天賦の才能を見せるセンスの数々。

それらが『楽しい』という感情を見失ったことで失われてしまったことが順二朗には悔しくてならなかった。

 

傷心旅行の為にここに来たのなら、その意志を尊重したい。

けれども、プロダクションの社長として、1人のファンとして、福岡の歌うたいにしてあげられることは本当にないのかを考えてしまう。

所謂ジレンマのような矛盾した考えに、順二朗は辟易してしまっていた。

 

 

 

「キミの歌においての『笑顔』は本当にもう見つからないものなのかね‥‥‥?」

 

そんな高木の一言は、夜の帳に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジョー』

それは、初瀬翔大の偽名のような何かであり呪縛のような何か。

悪魔にも似た3文字は、何処までも初瀬翔大を苦しめる。

見えないところで、見えるところで。

だからこそ、翔大は外に出た。

『ジョー』から離れ、自己を確立し、ちゃんと自分と向き合えるように。

 

 

 

 

未来への1歩を進められるようにする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

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