人の心は割と単純明快なもので、ほんのちょっとの動機とスパイスで割とやる気はどうにかなっちまうものだ。
ご褒美なんてものがその最たる例であり、現に未来が最上の饂飩でやる気を向上させ、テスト赤点回避へまっしぐら。
こいつホントにこの前まで成績不良者だったのかと言ってしまうくらいに、劇的に成績が改善していたのだ。
幾ら俺でも驚きだね。
「でへへ、静香ちゃんだけじゃなくて色んな人から教えて貰ったんだ」
昼休み中、教室。自分の席で勉強をしているさながら俺が尋ねるとどうやら未来は他の仲間に協力を募り、成績を向上させたらしい。
道理で国語の要点やら、漢字のミスがなくなっていたワケだ。
「ゴールデンウィーク中に、やれることはやったってワケだな」
「そう!今月はライブもあるし、頑張らなきゃね!」
「‥‥‥あー、定期公演か」
「そうそう」
よくやるものだ。
こちとら、1度の定期公演でかなりの多幸感を得ているのにも関わらず、此奴等は見る方も魅せる方も2度、3度とライブをこなす。
俺からしたら、素晴らしいことだと思う。
よく続けられるなと、感心してしまうぞ。
まあ、好きでやってる事だもんな。
そこら辺は心配する必要ないんだろうけど。
「でね‥‥‥赤点回避したら、翔大に渡したいものがあるんだよ」
「渡したいもの?」
「これ!」
そう言うと、未来は俺に長方形の紙切れを見せる。
それは、今回の定期公演のチケット。
前列付近の、貴重なものである。
どういうことだ。
「勉強を頑張っている翔大にはご褒美が待ってるよ。赤点を回避して私のステージ、見て欲しいな」
「見せてくれるってのか」
「うん!」
「あっそ」
未来はドヤ顔でチケットをひらひらさせる。
目立つ行為は周囲の好奇の視線に晒されるから本当にやめて欲しい。
なんだお前、考えなしか。
泣くぞ俺。
「ふふん、翔大はもう私に足を向けて寝れないよ!」
「ほう、で‥‥‥その言い回しは何日前から考えてたんだ?」
「4日前!」
「長っ」
兎にも角にも俺は未来のアイドル姿を見る羽目になったワケだ。
その後のテストの結果が予想以上に芳しかったことでな。
尤も、当時の俺にはそんなこと知る由もなく話半分で聞き流し、ひたすらに勉強を敢行していたのだが。
※
テストの結果が出るまでの過程を事細かに説明する必要はないだろう。
そう言えてしまうほど、中間テストは呆気なく終わってしまった。
家で、学校で、通学路で、ひたすら問題を解いていたらあっという間に日付が変わり、中旬にはテスト。
4日間ほどで行われたテストは、それなりに穴もなくこなすことが出来たという自信がある。
そして、結果発表───
「らあっッ!!!!」
我、テストに、成功せり。
見事に数学と理科で赤点を回避し、その流れで文系で好成績を取ることも成功。
これで暫くは平穏無事な学園生活が訪れることだろう。
「わぁー!紙吹雪みたい!」
「しゃあッ!!!」
既に天井に投げ捨てられた五教科のテストは俺にとっては紙切れ同然。
故に真上に放り投げ、紙吹雪に見立てて自分で自分を祝福しようと、俺は叫び声を上げた勢いのままテスト用紙を投げ捨てたのだが。
「‥‥‥拾いなさい、今すぐに」
俺は、放課後の教室で最上が居たことを失念していた。
何をしでかそうが、未来だけなら咎められることはないだろうが、最上が居るのなら話は別だ。
紙は拾う。
じゃないと睨まれる。
「へへっ、すんません‥‥‥今すぐ拾います」
「全く‥‥‥けど、その様子を見るにテストは2人とも何とかなったみたいね」
「うん!皆といーっぱい、いーっぱい勉強したおかげだよ!!」
「ちょ、ちょっと!」
未来がそう言って最上に抱き着く。
満更でもなさげだな。
そして、それを傍目に散りばめたテスト用紙を拾い上げる俺。
なんだこの絵面。
「‥‥‥仲が良さそうで何よりだな。お邪魔しちゃ悪いから俺はそろそろ───」
「あっ、ちょっと待ってよ翔大!」
なんだ。
「はい、これ!」
未来は俺の元へと歩いていくと、1枚のチケットを俺に差し出す。
ご褒美だ。
以前に打診されていたことだから、分からない訳ではない───が。
「‥‥‥あのな未来。そういうのは親御さんに渡すなりなんなりしてくれよ。確かに貰うことも考えたよ?けどさ、俺これで2回目なんだよ。流石に765さんに悪いよ」
そのチケットを受け取ることはせずに、俺は未来に拒絶の意志を見せる。
貰おうとは思ったさ。
しかし、俺は以前も高木とやらにチケットを貰っている。それをもう一度タダで行く───なんてのはファンにも765にも失礼な話だとは思わないかね。
今度の定期公演はちゃんとチケットを取って行くつもりだ。
生憎、この前スマホで調べたら後方列が残ってた。
今度は自分の、自由に動かせる金で行った方が良いだろう。
しかし、そんな俺の言葉に未来は顔を顰める。
困り顔だ。
何故、そこでそんな顔をするのやら。
「渡そうとしたんだけど、ダメだった」
「ダメとは‥‥‥」
「仕事と用事だって」
「友達は」
「だから、友達の翔大にお願いしてるんじゃん」
「他の友達はどうしたんだよ!!」
「部活」
「あああああッ!!!!」
半ばヤケクソ気味にテスト用紙をバッグに放り投げた。
四面楚歌、という言葉はまさにこのような状況の為に用意された悪魔の言葉なのだろう。
押し返しても差し出され、断るための材料にも欠けている。
こうなると、ご褒美を打診された時点でそれを安請け合いしてしまった以前の俺が憎い。
「翔大くらいしかいないんだよ‥‥‥だからお願い!何も言わずにこのチケットをどうかー!!」
「‥‥‥」
とは言われても。
やっぱり罪悪感の方が勝る。
決してタダではない価値を誇るライブチケット。
これの価値はファン個人の熱意があるほど価値が高まっていく。
そんなものを1回見て、勝手に盛り上がったミーハーとも言える俺が貰っても良いのか。
以前として、答えはノーである。
未来の言葉も、それは俺の意思を覆すものにはなりゃしなかったのだ。
しかし、ここで思わぬ横槍が入ることになる。
「‥‥‥別に良いんじゃない?」
最上だ。
先程まで、俺と未来のチケットを巡ったせめぎあいを傍観していた彼女は、チケットを差し出され躊躇っている俺を見兼ねたのか、そう言う。
「だが───」
「以前は社長に貰った。今回は未来に貰った、それでいいじゃない」
「お前は気にしないってのか」
「誰にチケットを渡そうが、それは未来が決めることでしょう。初瀬君が罪悪感を感じる必要なんて微塵もないと思うけど」
「そうだよ翔大。それはそれ、これはこれ!私は翔大にチケットを渡す。翔大はそれを貰う‥‥‥簡単なことだよ」
「‥‥‥マジかよ」
どうやらこの空間の中で罪悪感を感じているのは俺のみらしい。
感覚がズレてるのか、はたまた気にしすぎか。
どちらにせよこの中でチケットを貰うことを躊躇っているのは俺のみであり、その状況に俺は思わずため息を吐いた。
仕方ねえよな、自分が正しいと思ってたものをここまであっけからんと違うと言われたら肩透かしも良いところだろう。
自爆乙ってところってか‥‥‥喧しいわ。
「‥‥‥分かったよ。そのご褒美を享受すればいいんだろ?」
降参だ。
しかし、今度という今度はチケットを購入する。
その前提をしっかりと心に刻み込んで、今度こそ俺は差し出された未来のライブチケットを受け取った。
「うん!」
「‥‥‥良い笑顔なこって」
そこまで俺にチケットを譲れたのが嬉しいのか。
ひょっとして未来はチケットを渡して快楽を得るような女の子だったか。
俺には到底理解に苦しむね。
未来が俺を見る。
それはまさに晴れやかという表現が似合うスマイル。
しかし、その笑顔とは裏腹に先程から『ふっふっふ‥‥‥』と悪役めいた笑い声を上げている。
「してやったりだよ、翔大」
「してやったり?」
「実はこのチケット、2枚貰ってて‥‥‥もう1枚は静香ちゃんにお願いしてるんだ」
おう。
そりゃあ良いではないか。
外からアイドル春日未来を見ることもれっきとした最上の勉強になるだろうからな。
しかし、それの何が『してやったり』なのか。
そう考えていると、不意に最上が声を上げた。
「えっ」
「どうしたんだよ」
「Iの‥‥‥10」
最上はそう言うと、俺のチケットを見る。
I-10‥‥‥って言うと、席順か。
最上の席がI-10‥‥‥
まさか。
そう思い、慌てて未来がくれたチケットを見つめる。
するとそこには色鮮やかな長方形の紙切れと、注意事項が書かれている小さな文字───そして、その上には席番号が書かれており。
I-9
その文字に、俺は思わずチケットを落としてしまった。
「あ、落としたよ翔大───」
「交渉は決裂だーッ!!!」
「何で!?」
なんでも何もあるか!!
何でごくごく普通の男子中学生が見知ったことのある女の子の隣で友人のライブを見なきゃいけないんじゃい!!
なんだお前!!愉快犯かオイ!!
状況が特殊過ぎることに気がつけよ!!
友人の女の子のライブを、ライブする奴に渡されて!
それを‥‥‥あろうことか最上と見るんだぞ!?
気まずいにも程があるだろ!!
「観客席から見て欲しいんだよ!翔大と、静香ちゃんに!」
「嫌だ!誰が最上と隣同士でクラスメイトの応援なんてするかっ!!」
「大丈夫だよ!私と一緒にライブ見れたんだから!!」
「なぁにが大丈夫だこのダボスケッ!それとこれとは状況がまるで違うだろうが!!」
「どこが違うって言うのさ!」
「‥‥‥!」
そ、そりゃああれだよ。
予め席が決められてて、隣にいる奴も決まってて?
それが最上と来たもんだ。
それだけじゃダメなのか。
それで十二分だろ、理由なんて。
「み、未来──流石にこれは私も気が不味いというか‥‥‥」
「とにかく、今度の定期公演は翔大と静香ちゃんに感想を聞く!決定!」
「嘘だろ‥‥‥」
「嘘でしょう‥‥‥?」
最上の遠回しの遠慮も未来には届かず、為す術なく俺達は隣同士でライブを見ることが決定してしまった。
冗談じゃない。
ご褒美どころか罰になっているじゃあないか。
巫山戯んな、馬鹿。
こちとら一緒にライブ会場来たところで話せる共通の話題なんて皆無なんだよ。
せめて事前告知はなしでいってほしかった。
そうすれば隣同士とかお互いを気にする必要もなかったっていうのに。
しかし、約束してしまったものは仕方がない。
前言撤回なんてこれ以上できるわけもないし、することもない。
チケットを拾い上げると、恐らく自分でも引きつっていることであろう笑みで最上に笑いかける。
「く‥‥‥クラスメイトの為だ。協力してもらうぜ、最上さんよ」
「‥‥‥ッ」
最上が渋い顔をしながら、チケットと俺を交互に睨みつける。
しかし、睨んだところで未来の誘いを断るほど冷酷にはなれない最上。
やがて、睨みつけることを止めると大きくため息を吐いてそっぽを向き、一言。
「分かったわよ‥‥‥」
嫌なのはお互い様ってか。
少しショック。
※
テストが無事に終わり、月末には定期公演が待っている俺。
懲りずにチケットを貰ってしまい、これまた懲りずにタダライブを敢行してしまっている俺だが、今回は違う。
何せ、ライブに行くということを数日前に予定しており、行き当たりばったりにはならないのだからそこが大きい。
ライブに向けての準備が出来るというのが、不幸中の幸いなのだ。
「‥‥‥それでお前はライブの準備をしていると?」
「不本意ながらな」
俺は、おやっさんに生暖かい目で見られながらライブへ行くための支度をしていた。
月末という特別素晴らしくもない日に恨み節を唱え、ついでに最上にも恨み節を唱える。
それにも関わらず、何処か胸が弾むような、そんな気持ちに至るのだからライブというものも不思議だ。
「友達と行くんだろ?」
「おう」
「ガールフレンドと?」
「お願いします黙ってください」
誰がガールフレンドだ。
俺と最上との関係性は少なくともそれでは無い。
えーと、ほら。
顔見知りって奴だ。
「とはいえ、事実だろう。こういう時、お前はどうやっていけばいいのか、その方策を知らない‥‥‥元ぼっちだから。違うか?」
否定できないのが悲しい。
元々福岡に同年代の友達がいなかったからか、俺はこの手の付き合い方というものを知らない。
経験不足が、露呈しているワケだ。
「下手に何かをしようとするとお前はとんでもないことをしでかすからな。取り敢えず、背筋を伸ばして礼儀正しくいろ。そしたらOKだ」
「おーけぃ‥‥‥まあ、思い出したらやっとくわ」
はっはっはー、と乾いた笑い声を上げながら俺はぼちぼち支度を始める。
この前買ったサイリウム───は最上用のものであるため持ってはいかず、またしても金と、ハンカチティッシュ位だが色々必要になるだろうと無駄に詰め込んだポーチバックが完成した。
まあ、良い。
万全を期しておいて、悪いことは何もないんだからな。
「そういえば、翔大」
何だ。
「お前、外に出るのは良いが‥‥‥気をつけろよ」
「気をつける?」
具体的には何を、と聞こうと声を上げようとするものの、その声はおやっさんの一声によって、掻き消される。
「何か知らんが、どっかの誰かさんがお前を血眼になって探しているとか」
熱狂的な奴もいたものだ。
いや、最早ただの一般人の俺を追いかけるなんて奴は酔狂だ、馬鹿だ、ストーカー野郎だ。
巫山戯るのも大概にして欲しいものである。
久々に、俺は頭の中が怒りに包まれていた。
「人気者だな」
「‥‥‥うぇぇ」
故の一言だ。
何ともまあ、俺にとっては苦いニュース。
されど、その気持ちはこんな一言で紛れる筈もなく、俺の心にのしかかるのは福岡での思い出と、痛み。
「まあ、お前が危険に晒されるようなら私はそいつを徹底的に嬲るが‥‥‥一応気を付けとけよ。お前は───立場上、そういう奴なんだからな」
そして、こんな俺をここに引き上げてくれたおやっさんや家族の期待。
それらは酷く有難いもので、泣きたいくらい感謝せねばならないものなのだけれど。
そう考えれば考えるほど、未だに傷を完全に癒す方策を知らない俺がみっともなくなってくるのだ。
「‥‥‥おやっさん」
「何だ?」
「ごめん」
「‥‥‥何がだ」
「だって、知ってるんだろ?」
おやっさんは分かっているはずだ。
俺が福岡に居る時、アンタはウチの両親から俺の近況を聴いていた筈なんだからな。
夢砕け、荒み、人の夢を笑うようになり、そして───
「傷心旅行をしようとした理由」
そう、発した一言におやっさんは頷いた。
「知ってるさ」
だがしかし、とおやっさんは続ける。
「それがどうしたんだ?お前は俺の大切な甥だ。そいつがピンチだっていうのなら、協力すんのが叔父だ」
「にしちゃ関与が過ぎてると思った。だからこう言ってんだ」
「そりゃお前は甥を見たことがないからだ。叔父は甥を愛す。これは最早定石と言っても良いんだ、テストに出るぞ‥‥‥覚えとけ」
覚えてたらな。
恐らく、1分したら忘れるだろうけど、頑張って忘れないようにしてみようと思う。
後、愛しているならスープレックスは止めてくれ。下手したら俺が死ぬ。
「まあ、つまるところ‥‥‥遠慮が過ぎるんだよ、お前は。もっと、みんなを頼っていいんだ。もっと、助けて貰って構わないんだ」
まあ、なんだかんだ言って俺はおやっさんのことを尊敬してはいる。
広い背中に、大きな手。
俺はその手に拾われ、こうして傷心旅行をしている。
そんなおやっさんを、きっかけを作ってくれたこの人を信頼してるし、尊敬しているし、愛着を感じてもいる。
───けど。
「あんがと、おやっさん。けど、これ以上迷惑はかけられないよ」
俺はご覧の通り、傷心旅行で心を埋めようとしている大馬鹿野郎だ。
故に、ここに至るまでに何人もの人に迷惑をかけた。
これ以上、他人に迷惑はかけたくないのだ。
例え、それが血縁であろうと、家族であろうと。
自分のケツは自分で拭く。
俺の、限りなく少ない1つのプライドだ。
「自分で鍵は見つける‥‥‥おやっさんには、これ以上迷惑をかけないさ」
確かな意思を孕んだ俺の一言はおやっさんに届いたのか。
おやっさんは少しばかりのため息と共に、少しだけ笑みを零した。
「そうか」
そうだ。
だからおやっさん。迷惑をかけない代わりにそろそろ俺にプロレス技をかけるのは本当に止めて欲しいのですが、どうですかね。
俺としてはここで一発プロレス技禁止にしてもらいたいものなのですが‥‥‥
「それは追々な」
ジーザス。
「それよりもまずは進級しろよ。中学生の身分で補講で拘束とかアホのすることだからな」
「うっせーよ」
そんなの分かっとるわい。
俺は馬鹿だ。
だから勉強はしなきゃいけない。
簡単なことだろうて。
「翔大‥‥‥」
「あ?」
「これで補講なんかになったら、強制送還だからな。ちょっとテストで良い点取ったからって調子に乗るなよ‥‥‥万年赤点低空飛行の翔大君」
「ファッ!?」
成績は安定して取らなければ信用して貰えない。
その事を実感した、中間テストだった。
次回予告(コピペ)
やめて!饂飩押しのもがみんの鋭い目付きで、硝子の心を打ち砕かれたら、間一髪のところで理性と自我が繋がってるオリシュー君のSAN値がぶっ壊れちゃう!
お願い、死なないでオリシュー君!あんたが今ここで倒れたら、おやっさんや未来との約束はどうなっちゃうの? ライブチケットはまだ残ってる。ここを耐えれば、平穏な日常に戻れるんだから!
次回、「初瀬死す」。デュエルスタンバイ!