その歌声に想いを乗せて   作:送検

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ミリシタ感謝祭凄かったね!
因みに私はスマホで見てましたが、黒井社長の声が聴こえた瞬間スマホをベッドに叩きつけながら奇声を上げてました!
あの声は癖になる‥‥‥よき、よき。



第13話 (前)

 

 

 

 

 

 

あれよこれよと支度をしている間に、あっという間の月末だ。

元々5月は中間テストさえこなしてしまえば、大した予定もない───つまらないものであったのだが、未来のご褒美のせいで月末の今日、俺はとある友人と共にライブを見に行くことになってしまった。

その友人の名は最上。

初めて出会った時よりかは仲が改善されたようにも思えるが、それは俺の主観であり最上に通用するものではない。

精々顔見知りが限度であろう俺達が、こうして予定を立てて友人のためという共通の目的こそあれど、外に繰り出すなんて誰が想像しただろうか。

少なくとも俺は想像したことはまるでなかった。

 

着替えを済ませ、靴を履くと俺はドアノブに手をかける。

しかし、それと同時に聴こえたのはドタドタと聞こえる足音。

答えは言わずもがな、おやっさんだ。

何やら急いで階段を降りているみたいなので待ってみる。

 

「何やってんだ、おやっさん」

 

「おう翔大、少しお前に渡したい物があってな」

 

「‥‥‥んじゃ、行ってくる」

 

「ちょっと待て」

 

ドアに手をかけようとすると、肩をガッシリ掴まれる俺。

渋々振り向くと、おやっさんは手提げの紙袋を俺に見せる。

 

「これを持っていきなさい」

 

「巫山戯んな、これをもが‥‥‥友達に渡せって?」

 

「ふふ、菓子折だ」

 

俺は一体最上に何をしに行くのだろう。

少なくとも菓子折り渡すほどのことをしに行くワケではないのだが。

 

「これで翔大は女の子の心を鷲掴み‥‥‥がっちりキャッチだ」

 

「いや悦に浸ってんなよ」

 

てか、アイツは菓子折り如きでがっちりキャッチされるほど柔いメンタル持ってないから。

アイツの心を掴むなら‥‥‥それこそ、もっと工夫を凝らさなきゃいけないんだろうな。

 

「兎に角、放っとけ。俺は俺でちゃんとしてるんだ。だからそこまでおやっさんに世話焼いて貰う必要はない」

 

「女性経験の欠けらも無いお前がそんなことを言ってもな」

 

「売られた喧嘩は買うぜ、とりま表出な」

 

「叔父さん喧嘩は大好きだぞ、プロレス技で語り合おう」

 

「誰か助けて」

 

不名誉なことを言われ、喧嘩を売ろうとしたがやはりおやっさんに勝つことはできない。

両手を上げて降参の意を示すと、おやっさんはため息を吐いて俺に菓子折を押し付けた。

 

「兎に角、1日お世話になるんだからこれを持ってけ。最低限の礼節は弁えて然るべきだろう」

 

「俺がいつ、誰に世話を焼いてもらうってんだろうな」

 

「お前そろそろスープレックス打ち込むぞ」

 

「行ってきマース!!」

 

菓子折りを受け取り、俺は早々と歩き出した。

だって、おやっさんの技受けたくないからね。

仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝っぱらから精神的に過酷なダメージを受けた俺氏ではあるのだが、まだまだダメージを含む要素は嫌という程含まれている。

そんな過酷な試練に立ち向かうべく、俺は大きな溜息を毎秒毎に吐き出し幸せを逃がしていた。

 

後々の幸せよりも今現在やってて幸せな方を取る。

ため息を吐くと幸せが逃げる?

元々幸せなんて持ってない俺が何を怖がる必要があるのか。

 

さて、最寄りの駅に着けば後はやることは簡単。

初めてのライブの時のように、電車を乗り継ぎしてふらふら豊洲へ着けば良い。

そしたら適当に駅で突っ立ってる最上がいる。

そして、俺は最上に話しかける。

一言二言で決めた内容によれば、それでOKだった。

 

しかし、そうは問屋が卸さない───とは良く言ったものか。

ため息で幸せを吐き出した俺。

あれから電車を乗り継ぎして、最後の乗り継ぎを終わらせ、さあ後は電車でその時を待つだけだと思っていた電車内。

待っていたのは一足先に電車に乗り込んでいた最上だった。

本人は気が付いてはいないらしく、イヤホンを耳にかけて吊革に捕まりながらうつらうつらとしている。

逃げるも一策だが、このまま無視したところで結局の所嫌でも今日は最上とライブを見ることになる。

面倒だが、こちらから迎え撃った方が幾分マシだろう。

そう思った俺は、最上の隣の吊革に捕まり、それとなく声をかけた。

 

「───よ」

 

「!?」

 

目を見開いて、如何にも驚いてます───といった表情が頭から離れないご様子の最上。

吊革に捕まっている少女の服装は青を基調とした黒色格子柄のワンピースに、長袖の黒カーディガンを羽織った如何にも上品なコーデ。

やっぱり育ちが良いんだな───なんて思いつつ、俺は車窓から見える景色を眺めた。

 

「は、初瀬君か‥‥‥吃驚した。突然知らない人に声でもかけられたのかって思って」

 

「まあ、1度見た手前挨拶なしってのも悪いと思ったからな」

 

「そう」

 

たった一言、そう言うと最上は物珍しげに俺を───厳密には俺の服装を上から下まで眺めている。

寒気がするので止めて欲しいが、不意にその視線が俺の目を捉えると、最上は尋ねた。

 

「‥‥‥初瀬君って、お洒落に気を遣う方?」

 

「え?」

 

不意に発せられた最上の一言に、俺は窓の景色を見ながら、素っ頓狂な声を上げる。

まさか、そんなことを言われるとは微塵も思ってなかったからである。

 

「‥‥‥何処かおかしかったか?」

 

「え、いや。そうじゃないけど‥‥‥」

 

黒のスキニーパンツに、白の半袖シャツ、その上に紺にも似たコーチジャケットを羽織った如何にもシンプルな味気ない服装だったのだが、何かダメなところがあったか。

普段外に出ないものだから、こういったことには疎い。今度からしっかりせねば、引きこもりがバレる。

 

「‥‥‥まあ、あれだ。色々考えると逆におかしくなるタイプでな。シンプルに考えた結果、こうなった」

 

「基本、色は3色以上使うとおかしくなるから別にそれで良いと思う。色も───その、初瀬君らしい」

 

「それは俺の性格が根暗って言いたいのか」

 

「そういう捉え方をするのなら、本当にそうなんでしょうね」

 

まさかの自爆スタイルだった。

自らの痴態を積極的に晒していくスタイルである。

最上のまさに的を得た言葉に俺の涙腺の緩みが止まらない。

 

「でも、そういう服装は悪くないかな」

 

「‥‥‥なら良かった」

 

少なくとも、これで隣にいる最上に悪影響及ぼすようなことはなくなったワケだ。

折角、奴がお洒落なりなんなりして真摯に向き合ってくれてるんだ。

俺も、今日は真摯に真面目にやらなくちゃな。

 

「いやあ、それにしても最上」

 

「?」

 

「私服本当に可愛いな」

 

「‥‥‥何を言っているの?」

 

真摯に向き合おうとした途端に1歩分距離を離された。

どうやら向き合い方を間違えたらしい。

 

「本音だ。青を基調としたワンピースがお前にピッタリだ‥‥‥確かイヤホンも青だったが、青が好きなのか?」

 

「そりゃ確かに青は好きだけど‥‥‥落ち着いた色だし、大人っぽいし」

 

そうか。

果たして青が大人っぽいのかどうかは知らんし、それは人それぞれって奴なのかもしれないが。

それでも俺的に青は嫌いではない。

人を落ち着かせる効果があるし。

最上が青を好んでいるのは年相応の子供っぽい熱の入りようを青で落ち着かせてるのか───なんて邪推をしていると、またしても最上がこちらを睨みつける。

正直に言おう、怖い。

 

「さっきから、何?」

 

「怖い、何人か殺ってそうな目をしてるからやめて?」

 

「なら、逐一私を見ることを止めて。そしたら考えるわ」

 

「拒否権なしかよ‥‥‥」

 

電車が目的地より1つ前の駅に到着する。

最上と話している間に、電車はかなりの距離を進んでいたらしく、後数分もすれば豊洲に到着する。

とはいえ、ここからライブの時間まではかなりある。

要するに、地獄はこれからなのだ。

 

「なあ、最上」

 

「?」

 

見るな、と言われたので車窓から見える景色を見ながら最上に問いかけると、反応してくれたので俺は言葉を続ける。

 

「お前さんはこれから何か予定でもあるのか?」

 

「別にないけど‥‥‥もしかしてライブまでの時間潰しのことを言っているの?」

 

「おうとも」

 

流石最上、察しが良い。

そうだ。

俺達はこれからライブの列整理まで2時間もの時間を持て余している。

何もせずに時間を潰すのは構わないが、それだとあまりに時間の無駄ではないかね。

 

「そこで俺は、昼飯を食べようと思っているんだが」

 

某フレンドに聴いたんだ。

劇場の購買は、お高いらしいとな。

ここは少しでも節約をした方が良い。

そこで考えたのが、どっかの店でメシを食うことだ。

そっちの方が美味いし、比較的安上がりなんじゃないんですかい?

 

「確かに購買は高いけど、外食だって場所によっては購買以上に高くなるわ。当てはあるの?」

 

「調べなかった自分が恨めしい」

 

「ノープランってことか‥‥‥」

 

こめかみに手を当て、ため息を吐く最上。

良いじゃないか、ノープラン。

徒然なるままに───というのも一興ではないか。

 

「じゃあ、豊洲散策でもしながら適当な店を見つけようぜ。よろしくな最上」

 

「よろしくされたくなんてないけど、お昼は食べたいし───仕方ないな、もう」

 

了承は得た。

で、最後に俺は袋に入れていた菓子折りを最上に差し出す。

怪訝な顔でこちらを見る最上。

まあ、そうなるわな。

 

「まあ聞け、最上」

 

「これは?」

 

「これはー‥‥‥あー、うん。俗に言う賄賂というか、手付金というべきか‥‥‥あ、でも菓子折の中に小判は入ってないからな。そこら辺勘違いすんなよっ」

 

「別にそんなこと勘違いしないけど、どうして?初瀬君が菓子折りなんて、らしくもない」

 

開幕早々失礼なことを言われている。

本来ならむかっ腹立って喧嘩でもしてる所なのだが、今回ばかりはどうしようもない。

これを渡さなければおやっさんにスープレックス食らわされるんだからな。

一時的な苦しみとスープレックスどっちを取るかって話だ。

俺は迷わず苦しみを取るぞ。

 

「まあ、そう言うな。俺にも心境の変化ってものがあったんだ‥‥‥そう!例えばお前への見方が変わった、とか?」

 

「見方?」

 

「ソー、見方。例えばお前が今日嫌々ながらも外へ繰り出してきてくれて、お洒落にも気を付けているところから何だかんだこの状況を楽しんでいるところとか‥‥‥あ、やっぱないですよねごめんなさい、だからそんな目を向けないで?俺の心ぶっ壊れるよ?」

 

途中でコイツ目のハイライトが変わりやがった。

あの状況で今言ってたことを続けるのは自殺行為だろう。

故に、途中で謝罪を挟んで黙っておく。

後はもうそれくらいしか出来ん。

神にでも任せとけって話だわな。

 

ようやく電車を降りて、比較的速い時間に乗った為空いている構内を歩く。

無言の空気が悲しい───と感じながら、静寂の中を歩いていると、不意に最上がぽつりと一言。

 

「‥‥‥服装はTPOを弁えているだけ。決してそれ以上でもそれ以下でもないからっ」

 

「‥‥‥」

 

「ッ───黙ってないで何か言ったら!?」

 

「ウェイ!?」

 

沈黙が金、という言葉を信じてまっすぐ改札目指して歩いていたら最上に大目玉を食らってしまった。

やはり俺は馬鹿なのだろう。

女の子の感情1つ察することの出来ないのだ。

自分で言ってて非常に悲しいが、事実。

俺は最上の感情をコントロールは出来ない。

 

「す、すまん‥‥‥」

 

「全く、自分から言い出したことでしょう?」

 

全くもってその通りだ。

しかし、あの恐怖的な目に怯えて言いたいことも言えない状況になってしまったのもこれまた事実。

もう少し最上は温和な視線を追求することをだな───

 

「大体、初瀬君はいつもそう。心にもないことばかり言って、私を弄んで‥‥‥あの時だって」

 

聞いちゃいねえ。

やはり最上とライブへ行くのはダメだったのか。

コミュニケーションの相性が致命的に合っていない。

 

おかしいな。

少なくとも、初対面から暫くの間の険悪な関係性よりかはマシになっていたと思うのだが、今はそれと同様、下手したらそれよりも酷くなっている。

 

しかし、悪い気はしない。

喧嘩するほど仲が良い───を踏襲する気なぞ全くないが、少なくともお互いが気を遣って無言になるよりかは幾分マシだ。

それがライブに最上と一緒に行くという選択肢を作った未来のお手柄になんざなることはないがな。

未来は後で処す。

これは確定事項である。

 

 

改札へ辿り着き、定期券を通すと広がるのは建物と街路樹を中心とした街並み。

人並みはそれなりにあるが、すし詰めで苦しいという訳では無い。

道によっては比較的閑静でもあるこの道に、俺と最上は佇んでいた。

 

「さて」

 

近くには、様々な飲食店がある。

その中で食べたいもの、コスト、近さ。

それらを加味して、食べるものを決める必要があるのだが、それは俺一人で決めるものではない。

 

「どうすっか、メシ」

「別に、好きなところで良い」

「おいおい、連れねえな」

 

こちとら好き嫌いなんてないが、俺はお前の好みなんぞ知らないんだ。

こういう時こそ、協力して何処へ食べに行くか決めようとは思わないのかね。

さてはおめー薄情か?

そんな奴だったのか?

 

「別に良いだろ、ちょっと考えるくらい」

「あのね、私は少なくとも初瀬君とお昼ご飯を食べるためにここに来た訳じゃないの。私は───」

 

その瞬間、俺達の周りで悩ましい音が鳴り響く。

それは、空腹音とでも言うべきか。

自分が腹を鳴らし、かつ───その音は俺の腹とは違う場所からも聴こえた。

まあ、なんつーか‥‥‥不可抗力だ。

 

「‥‥‥」

「あー、まあなんだ。最上」

 

こういう時、俺はそれらを誤魔化せるだけのボキャブラリーに富んだ発言もウィットに富んだ発言も出来やしない。

だからこういう時、特に他人のフォロー的なのをする時は、取り敢えず自分の欲求に忠実になる。

それだけは意識している。

 

「お昼ご飯。ちゃんと食べて未来の応援しような」

「‥‥‥」

 

故の一言だったのだが、それが最上のフォローになるとは一言も言っていない。

俯き、無言になり身体をわなつかせる最上。

いや、まあ不本意ではある。

しかし、何がとは言わないが痛快だ。

 

「‥‥‥〜ッ」

 

赤面している最上は、可愛いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、気を取り直した最上とあーだこーだ議論を重ね決まったのは近くのショッピングモールにあるイートインスペース。

様々な飲食店が立ち並ぶその店で、適当にメシを食べようと決まったのである。

 

「はぇ、結構人が集まってるな」

「子供連れが多いんでしょう。大型ショッピングモールだし」

「行ったことあるってのか」

「前に少しだけ。翼‥‥‥初瀬君が人型地雷なんて不名誉なあだ名を付けた女の子と、未来と一緒に」

「翼‥‥‥とな」

 

確か、初めてライブに行った時に俺にちょっかいかけてきた奴か。

確かあの時は最上と俺がどーたらこーたら言ってたが元気だろうか。

 

「なあ、あの時アイツ確か俺と最上のこと───」

「そういう無駄なことは思い出さなくていいから。言っとくけど、翼は人型地雷って呼んでいたことに最後まで不満気だったわよ」

「お前さぁ!そういうのさあ!バラすなよ!!」

「仕方ないでしょう、未来が言ったんだから」

「その情報の発生源は何処からなんだろうな‥‥‥!!」

「‥‥‥」

 

あ、コイツ目を逸らしやがった。

やはり出処は最上だよな。

そこからしか考えられん。

 

「で、その‥‥‥誰だっけ───あっ、そうそう。翼とやらは俺に報復するって?」

「後日になったら忘れてたわ」

「は?」

 

そりゃ結構なことで。

昔の出来事を気にしないような奴で良かった。

今度から発言には気をつけなければな。

 

「まあ良いや、取り敢えず並ぼうぜ」

 

店内を一望して、適当に空いている店内へと入る。

俺が選んだのは某うどんのチェーン店。

取り敢えず人が空いているから選んだのみであり、決してこだわりなどはない。

 

「‥‥‥」

 

で、最上もうどん屋を選んだとな。

確か、コイツうどんが好きなんだったっけ?

確か未来が手打ちどーたらとか言ってたよな。

やはりうどんにこだわりを持っているのか。

 

「お前もか」

「ええ、饂飩はご馳走だから」

「そうかそうか、それは結構‥‥‥ん?」

 

うどんがご馳走?

 

「声が聞こえるの、初瀬君も耳を澄ましてみて‥‥‥聴こえるでしょう?」

「聴きたくもねぇよ正気に戻れ」

 

驚いた。

まさかあのしっかり者の最上がこうもうどんに狂う、うどん馬鹿だったとは。

いやしかし、ひとつのものに熱中することは素晴らしい。そして、歌とうどん、2つに熱中できる最上はもっと素晴らしいと個人的に思う。

 

アイツならうどんのこと饂飩って書いてしまいそうだな!まさかそんなことはないだろうけど。

中2が饂飩を漢字で書けるワケがねぇ。

 

「初瀬君、選ばないの?」

 

と、そうだったな。

やけに声が弾んでいる最上の前を行き、俺は元々頼もうとしていた候補のいくつかから1つを選ぶ。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

「カツ丼ください」

「は?」

 

その低い声に振り向いた瞬間、最上の顔つきが変わった。

以前よりもより凍えるようなオーラを纏い、最上の周りには暗黒物質でも流れてるのかとでも言うかのように暗い。

顔は笑っているのに、何故か生きた心地がしない。

どうしたのだろうか。

 

「え、俺何か悪いことした?」

 

尋ねる俺。

すると、最上はその笑みを崩すことなく再度質問。

 

「‥‥‥今なんて?」

「だからカツ丼くださ───」

「は?」

 

今度は、より一層威圧的な声をかけられた。

いや、この場合『言葉が投げつけられた』と形容した方が幾分か正しいのではないか。

そのような語調とともに最上の言葉は、俺の鼓膜に届いたのだった。

 

「別に良いじゃないか、しかもこういう所のカツ丼って───」

「邪道」

「黙れ。うどん屋のカツ丼は日本一だ」

 

こういう所のカツ丼は手間暇かかってんだよ。

そして、うどんをメインとしている店でわざわざカツ丼を食うという背徳的行為。

それらが俺の心を震え上がらせるんだ。

それが癖になるんだ。

 

「饂飩屋の至高は素饂飩にあるわ。そして、それを頼まないのは邪道‥‥‥初瀬君、郷に入っては郷に従えという言葉を知らないの?」

「そんな郷なら切り捨てて然るべきだ。好きなものを買えない、食べれない郷に未来なんてねえんだよ」

 

王道と邪道は決して反りが合うことはない。

それは分かっている。

そして、こういう時───決まって王道に分があることも分かっている。

しかし、俺はこの勝負を譲ることは出来ない。

うどん屋のカツ丼を食べようとここまで来たのに、今更引き下がるワケにもいかない。

初瀬翔大は、そんなに安い人間じゃねえってことだ。

 

お互いがお互いを睨みつけること数秒。

先に痺れを切らしたのは最上でも俺でもない。

店員だった。

 

「あ、あのー‥‥‥ご注文は」

 

その声と共に、俺と最上の意識はうどん屋の店員に向けられる。

今は注文をしている段階で、この状況で喧嘩をして迷惑をかけるワケにはいかなかった。

気を取り直し、メニューを見る。

うん、やっぱり───

 

「カツ丼いっちょ───」

「邪道よ!」

「お前マジで黙ってろ!!」

 

何はともあれ、カツ丼を注文し金を払う。

それ程手痛い出費でもない。

丁度の金額を支払い、レシートを財布に挟んで先に注文窓口から退出する。

 

「お客様、ご注文は───」

「月見饂飩1つ、それからトッピングで───」

 

ガチ勢かよ。

 

 

 

 

 

 

最上が注文を終えてお盆を持ちながらこちらへ向かう。

あれから数分。

最上はうどん屋においてある無料のかけダシやらネギを自分好みにアレンジし、時間をかけていた。

こだわりが深い。

分かりみは正直ないのだが。

 

「終わったか」

「……まあ、満足かな」

 

寧ろあれで満足じゃなければ一体何をするってんだ。

聞いてみたい。

しかし、ここでうどんについて聴いてしまえばうどんの話を延々と語られることであろう。

それは、俺的にはBAD。ナシである。

延々と饂飩の話をされるとか絶対に嫌だ。

 

適当な席を見繕い、カウンター席に落ち着いた俺達はお互いの料理を机に置き、一息つく。

 

「やっとメシだ……」

「朝、食べなかったの?」

「少し忙しくてな」

 

朝はゆっくりベッドで寛ぎ、時間がないことに気が付くや数分で支度を敢行し、歯を磨いて、鏡を見て、出発。

基本的には朝がなくても大丈夫な奴でな。

しかし、昼はその分しっかり摂る。

そうして来た結果、こんな人間が出来上がったワケだ。

 

「不健康ね、初瀬君」

 

当たり前だが、最上は顔を顰めてそう言う。

そりゃ誰だってそう思う。

俺だってそう思う。

 

「良く言われる。夢も希望もへったくれもない奴だからな」

「本当にそう思うなら、その持ち前の歌を活かして何かすればいいのに」

「痛っ!痛いところつくなー‥‥‥今俺の硝子の心にヒビが入ったんだけど」

「えぇ‥‥‥」

 

引かれた。

酷い。

 

「まあ良いや、取り敢えずメシ食ってしまおうぜ」

 

そう言って、俺はカツ丼を食べるものの、最上は一向に手を付けようとしない。

一体どうしたのだろうか。

 

「うどんが冷めるぞ」

「そ、それはわかってるけど‥‥‥その」

「あ?」

「未来が、色々ごめんなさい。本当ならこんなことにはならなかった筈なんだけど、未来がどうしてもって言って聞かなくて」

 

それは少なくとも最上センセが謝ることじゃないと思うのですが。

そもそも誰が謝る必要もないし、強いて上げるとしても事前告知せずに俺にチケットを押し付けた未来がそれに対象するくらいだ。

こんな状況で、最上に謝られても俺はかえって何か裏がありそうで怖い───というのが正直なところなのだが。

 

それに、今更だろう。

後悔する時間なら電車の中で嫌という程した。

今は、どうやって最上とライブに向き合うかを考えることが出来ている。

未来が何故俺と最上の席を隣同士に指定したのかは考えを張り巡らせることは出来ど、本人にしか知り得ない事実だ。

なら、それでいい。

俺は俺で、このライブを楽しめれば良いんだ。

周りがどうした?

未来は、俺の友達だ。

なら、俺はそいつをどの席であろうと応援する。

 

「最上」

「?」

「未来がどんな小細工をけしかけた所で、お前が未来を応援することには変わりないだろ?」

「それは、うん」

 

「俺も同じだ。俺だって1人の友人として未来を応援したい。だから、俺は俺で奴を応援する、最上は最上で仲間である未来を応援する……今はそれで良いんじゃねえの?」

 

多少投げやりになってしまったが、これでいい。

俺としては、それで一向に構わないんだからな。

カツ丼をかきこんで、自らの迷いと共にそれらを咀嚼し飲み込めば、後はもう俺の心には未来を応援するという純な心しかない。

 

「だから、今は美味いメシ食って、未来を応援することを考えれば良い。恨み言なら後でたっぷり聞いてやるから‥‥‥だから今は食おうぜ、腹減った」

「‥‥‥投げやりだなぁ、初瀬君って肝心なところでそういう所があるわよね」

「ああ、俺ってそういうところあるからな。気をつけなきゃな」

「本当にそう思ってるのかな‥‥‥ま、いいか」

 

最上も、食事を始める。

食事中の人の顔をまじまじと見るのはNGなので、最上の表情は分からない。

けど、以前とは打って変わって軽快にうどんを啜る音や、鼻歌まで聴こえてくるのだ。

だからきっと……少しは楽しんでくれてんじゃないのかね?

 

「はっ」

 

傷心旅行をして、初めて出会った女の子とこうしてメシを食べて。

勿論、目的がデートなんて、そんな大それたことじゃないのは確かなんだけど。

それでもこの状況は、何処か心の中に潜んでた陰鬱な気持ちを晴らしてくれた。

 

 

心が暖かくなったような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 


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