その歌声に想いを乗せて   作:送検

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ミライ・オン・ザ・ステージ




第13話 (後)

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を食べ終えた俺は頭に血が巡るようになり、最高潮とも形容できる気持ちの昂りで、ライブ会場へと向かっていた。

 

「よっしゃあッ!!」

 

「静かにして!」

 

盛り上がり、昂った気持ちを吐き出す為に吐いた一言は隣を歩く少女───会場へと来た途端伊達なのか分からない眼鏡を付けて歩き始めた最上に止められる。

眼鏡姿が知的な雰囲気を醸し出して、1層可愛い彼女は至って冷静。

隣の女の子が知的な雰囲気醸し出してるせいで、まるでこうして盛り上がってる俺が馬鹿みたいじゃないか。

 

「最上、お前は興奮しないのかよ。未来のライブだぞ、未来のっ」

 

「見慣れてるし、今から興奮したところで今すぐ未来がライブをする訳じゃないわ」

 

そういうことか。

いやまあ、そうだよな。

普段から一緒に練習している仲間がライブをするんだ。

興奮するっていうよりかは寧ろ緊張するのかもしれない。失敗しないかとか、怪我したりしないかとか。

 

「そういう事か、なら静かにしよう」

 

「物分りが良くて結構‥‥‥後、最上って言うのもストップ。この前少しだけバレて問題になったりもしたから」

 

問題か。

ふむ、そこまで言うなら止めようと思うが、そうしたら俺はお前をなんと呼べば良いのだろうか。

名称位はあった方が有事の時に楽なのだが。

 

「じゃあ最上以外の名称で呼べば良いわけだな」

 

「ええ」

 

「よし、じゃあ行こうぜ静香」

 

「はぁッ!?」

 

怒られた。

というか、お前さんも声が大きいじゃないか‥‥‥なんて思いながら最上から視線を逸らすと、最上は更に俺に噛み付いてくる。

 

「他に呼び方があるでしょう!?」

 

「うむむ‥‥‥じゃあ、うどんとか」

 

「何故そこで饂飩が出てくるの‥‥‥!?」

 

ああ、もう───と頭を抱えながら唸る最上。

それを見て、罪悪感に陥り頬をかく俺。

だって仕方ないだろ、渾名なんて考えたこともなかったんだから。

今の今まで最上って呼んでれば反応してくれたんだ。

その楽さにかまけ過ぎた俺の責任ではあるが、少しくらい妥協して欲しいってのが本音である。

 

「おーけぃ、おーけぃ。分かったよ、ちゃんと別の名前で呼ぶから」

 

「‥‥‥今度は、何て呼ぶ気?」

 

「親友」

 

「し、親友って‥‥‥まあ、良いか」

 

よし。

テキトーに考えた渾名もクソもない名称ではあるが、一段落はついた。

毎度毎度『親友』なんて呼ばなくても良い。

その時その時に応じて、臨機応変に対応していけば良いのだ。

そう考えたら多少は気が楽になる。

 

「よし、じゃあ‥‥‥親友」

 

「何?」

 

「俺のことも親友と───」

 

「行くわよ、初瀬君」

 

俺の言葉は華麗にスルーされ、最上は一足先に列整理の会場へと歩き出した。

酷いとは思ったが、別に気にはしない。

元々そういう性格だ、親切な対応を求めているワケでもないしな。

最上の後を付いていく。

行き方の勝手を知っているためか、心做しか最上の歩くスピードは速い。

躊躇いの見えぬ歩行。

そうなると、目的地へ辿り着くのはあっという間だろう。

驚くべきスピードである。

 

「随分と早いんだな」

 

「この劇場でずっとアイドルしてるから。これくらい分かってなきゃ」

 

「そんなものかね」

 

「慣れよ。歌やダンスと同じ、繰り返すことによって身体に染み付いたの」

 

「へぇ‥‥‥」

 

尤も、繰り返しというものはなかなか簡単なことではないのだが。

それを簡単にやってのける最上ってやっぱり凄いんだろうな。

 

「良いじゃないか、俺も見習いたいね」

 

「冗談は程々にして。初瀬君は繰り返し───なんて性格してないでしょ?」

 

「そりゃそうだが」

 

ただ、いつか俺も傷心旅行を終えたら否が応でも前へ進まなきゃいけない。

今はのんびり、まったりと暮らせてはいるがそれも何れは出来なくなる。

大人になれば、何時か自分の都合のみで物事を決める機会なんて少なくなるんだからな。

そしてその時、その瞬間がやってきたら俺は最上のように───とまでは行かずとも愚直に、真面目に生きていかなければならない。

それを継続するための堪え性が今の俺にあるのか───って言われたら、その自信はまだ植え付けられてないんだよな。

 

「まあ、今は時期じゃねえってこった」

 

「いつ、その時期が来るんでしょうね」

 

「さあな、そこら辺は俺にドンと任せとけ」

 

「任せるも何も初瀬君のことだし私は別に関係ないけど‥‥‥」

 

なら、何故アンタは俺のことをそこまで気にかけてくれるのかね。

無関心だってんなら、話しかけずに無関心を貫けば良い話だ。

それにも関わらずそれなりに面倒を見てくれるってのは多少は俺のことを気にかけてくれるものだとばかり思っていたのだが。

果たしてそれは俺の自惚れか?

 

「じゃあ、放っとくか?」

 

「別にそうとは‥‥‥わ、私が初瀬君のことをちゃんと取り締まらないと未来が危ないから。ただそれだけの話よ」

 

「なんだそれ」

 

まるで俺が節操のないチャラ男みたいじゃないか。

言っとくけど、俺は良くも悪くも好きになった人を取っかえ引っ変えするような奴じゃない。

1度良いな、と思ったら一定期間が過ぎるまで他の子に靡くことはないタイプだからな。

まあ、言わないけど。

言ったらもれなく蔑まれるだろうし。

 

待機列に向かって、歩を進めていく。

しかし、その軽快な歩きは最上が足を止めたことにより終わりを迎えることになる。

不意に足を止めたのだ。

流石の俺もビックリしたね。

 

「‥‥‥あれ」

 

その最上の動きに気がつき、俺も釣られて足を止めるとそこには2人の女の子が最上を見つめていた。

黒───というよりかは藍色の髪をした少女と、紫色の髪をした少女である。

その2人の顔は整っており───ああ成程、最上のアイドル仲間なのだろうなということが何となく察知できた。

 

「‥‥‥静香?」

 

「あれ、静香ちゃん?」

 

声が聴こえる。

しかし、その声が呼んでいたのは最上であり、少なくとも俺ではない。

できるだけ、影を薄めてスマホを弄っておく。

バレないように、空気になるのがベストである。

 

「あ‥‥‥百合子さん、杏奈」

 

「静香‥‥‥今日は、未来の‥‥‥ライブ?」

 

「ええ、未来にチケットを渡されて‥‥‥それで」

 

「‥‥‥その、男の人‥‥‥は?」

 

ふぇぇ、即バレたよぅ。

と、気持ち悪い呻き声のようなものは心の中に抑えといて、改めて現状確認をしようと思う。

 

俺、女の子に、女の子と一緒にいる所、バレた。

 

ううむ。

状況的に不味いかもしれない。

幾ら未来の紹介とは言えども2人の友人は最上が男の子と一緒にいることを少なくとも普通だとは思わないだろう。

最悪のケースは765プロに俺という存在が知れ渡り、危険人物としてマークされること。

勘弁してくれ。

ライブに行けなくなるのは御免だ。

 

「あ、あのー‥‥‥」

 

とか言っている間にも声をかけられてるのだから恨めしい。

興味深げに俺を見る藍色の髪をした女の子。

その視線は、幾らか不審感もあるのかじっと見つめられている気がして落ち着かない。

 

「何だ」

 

「も、もしかして‥‥‥例のあの人、ですか?」

 

「例のあの人‥‥‥とな」

 

「は、はいっ!未来がいつも言ってました‥‥‥未来と静香ちゃんの中学校に歌を歌う変人がいるって!!」

 

それ、俺や。

歌を歌っている───というところから100%俺ということが分かるが、変人ということを肯定するワケにはいかない。

己の意地もあり、藍色髪の少女の質問を誤魔化してそっぽを向く。

 

「違います、人違いです」

 

「え、ええっ!?でも黒髪で、ちょっと声が低くて、今日は静香ちゃんとライブで‥‥‥も、もしかして貴方は───異世界からやってきたドッペルゲンガーとか!?」

 

「ぷいっ」

 

「更に顔を背けた!や、やっぱり貴方は歌うたいさんの身体をしたドッペルさんだったんですね───」

 

「‥‥‥いえ、百合子さん。この人が未来の言っていた初瀬君ですよ」

 

「え‥‥‥な、なんだ。思わず妄想に耽っちゃって───って、やっぱり歌うたいさんなんじゃないですか!」

 

結果、即バレた。

この状況では俺の味方は居ないらしく、女の子2人に最上を合わせた3人攻撃に俺のメンタルはズタボロである。

 

そして、俺を襲う精神的攻撃はそれだけではない。

 

「‥‥‥怪しい、人」

 

「あ、杏奈?」

 

「杏奈ちゃん‥‥‥?」

 

幾らか細められた目に、紫色の髪をした少女が俺と最上の間に立ち塞がる。

これは───間違いなく敵視されているのだろうということを肌で感じ取った。

あらぬ噂ではあるが、そりゃあ正体不明の男が仲間と一緒に何かをしていたら止めるだろう。

一見気の弱そうな顔をしているが、思いのほかその目は厳しい。

 

「誰‥‥‥?」

 

さて。

目の前の女の子は、俺に質問している。

それはそれは真摯な目で。

それを向けられている俺が、巫山戯る余地なんてないくらいには、この子の目はマジだった。

なら、俺はどうするか。

一頻り悩んだ後、やはり『こうするべき』と思った俺は目の前の女の子を見下ろした。

 

「初瀬翔大。中学2年───よろしく」

 

「‥‥‥」

 

真摯な言葉には、真摯な言葉で返せば良い。

やましい事なんて何も無いんだ。

正当な理由で、こうしてここに立っていることをちゃんと伝えればこの子にだってちゃんと伝わるはずだろう。

つーか、伝わらなきゃ困る。

伝えなければ。

 

「俺と最上は友達なんだ。まあ、色々迷惑かけたりもしているが‥‥‥友達だとは思ってる。尤も、その考え方が最上に通用するとは、思っちゃいないがな」

 

「‥‥‥チケット、は?」

 

「未来に貰った。友人枠で悪いな、今度は金をちゃんと払って見に行くよ」

 

「‥‥‥それは別に、良い‥‥‥」

 

目の前の少女は俺を見て、バツが悪そうに目を逸らす。

見当違いだったと分かったのか、もしくは他の理由か、別に気にしていないが本人は気にするのだろう。

女の子3人と男1人のこの状況からしたらあまりに重い雰囲気。

これを打ち砕くためか否か、最上が再び望月の前へ立ち、笑みを見せる。

 

「杏奈。初瀬君の言ってることは間違いじゃないから‥‥‥だから、そんなに警戒しなくても大丈夫」

 

「‥‥‥ほんと?」

 

「ええ、確かに初瀬君は噂の通りのとんでもない人だけど、犯罪やマナー違反を犯すようなモラルのない人じゃないから」

 

「おい」

 

失礼なことを言いたいのか、フォローしたいのか。

どっちだそれは。

 

「私と初瀬君は友達。これも間違いないから大丈夫よ」

 

しかし、目の前の少女───杏奈とやらには最上の言いたいことがちゃんと伝わったらしい。

視線を最上から再度俺に移すと、今度は意思なんて微塵も感じないようなのほほんとした目で俺を見た。

 

「‥‥‥杏奈」

 

「?」

 

「望月‥‥‥杏奈。それが‥‥‥私の名前‥‥‥です」

 

望月杏奈は、両手で首元のフードを握りながら俺に己の名前を開陳する。

良い子ではないか。

少しでも怖いとか思った10秒前の俺をボコボコにしたい気分だね。

 

「そうか、よろしくな望月。して、お前さんはアイドルか?」

 

「‥‥‥ん」

 

「じゃあ、今日はライブか?」

 

「‥‥‥そう、です」

 

「そっか、頑張れよ」

 

まあ、恐らく在り来りであろう言葉を並べエールを送ると、その声に呼応した望月は俺を見て少しはにかむ。

控えめな笑みだ。

何ともまあ、未来とはまた違う魅力のある笑顔だろう。

 

「ん‥‥‥応援、ください‥‥‥」

 

「おう、応援するよ」

 

ニコリと笑みを作り、そう言った望月の言葉に呼応して、何とかその場を取り持つことが出来た。

良い事だ。

女の子3人という修羅場に巻き込まれるも、誠心誠意の真心でそれを無力化し、潜り抜ける。

ふふっ、今日はなんて素晴らしい日なのだろう!

女の子と和解できてなおかつ、修羅場を潜り抜けた。恐らく、今日ほど幸福な日はないだろう───と内心小躍りしていると、望月が小さく声を上げる。

 

「‥‥‥手」

 

「え」

 

手がどうしたのだろうか。

 

「‥‥‥どうして、拳‥‥‥握ってる‥‥‥?」

 

「拳‥‥‥握って───あ゛」

 

望月のその言葉に、俺は己が何をしていたのかということを認識する。

気付けば俺の手は握られ、あろう事か望月にその拳を突き出してしまっているのだ。

小躍りしそうな気持ちが一瞬で台無し、今の俺は株価暴落もビックリな程に落ち込んでるぜ。

兎に角、この件に関しては弁解の余地が残されている筈。

何をしているのかと疑われてしまう前に現状説明だ。

 

「‥‥‥はっ、はは。おーけぃ、落ち着いて聞いてくれ、望月」

 

「‥‥‥?」

 

「えーっと、ほら。俺ってば昔は博多在住の福岡ヤンキーでな、とあるセンパイと良くこういうのやってて」

 

「‥‥‥それを、杏奈に‥‥‥?」

 

「あっ、墓穴掘った!違うの、そーいうのじゃないの!もっと、ほら‥‥‥直感的な!」

 

「‥‥‥直感的に‥‥‥杏奈に、やった‥‥‥の?」

 

「いぇあ‥‥‥はっはっは」

 

足掻いた結果、墓穴を掘っただけということがハッキリわかった。

言葉を並べたところで俺がこの子に出した拳が消えることは無い。

望月や七尾、最上の記憶の中からこの拳が消えることも無い。

はっきり言って四面楚歌の状態ではあるのだが、かと言って諦めたくはない。

この状況から少しでも軌道修正が可能なら、何とかしたいという気概もある。

人間、諦めたらそこで試合終了なのだ。

 

「あっ、もしかして初瀬君。杏奈ちゃんとグータッチがしたいんですか?」

 

あっ、馬鹿───

 

「グー‥‥‥タッチ?」

 

「拳と拳を合わせて一緒に喜ぶの!確か‥‥‥誰かがやってたんだけどなぁ」

 

「それは多分昴の言ってた野球の話じゃ‥‥‥」

 

「あっ、そう!それだよ静香ちゃん!」

 

前言撤回しよう。

やっぱ誰か助けて!

誰でもいいからこの地獄のような状況から俺を救って!

 

「‥‥‥翔大は‥‥‥グータッチ‥‥‥したい、の?」

 

「えっ!?うーん‥‥‥きっと、多分‥‥‥うん、めいびー‥‥‥いや、やっぱり俺は‥‥‥ッ!!」

 

「どっちよ‥‥‥それ」

 

最上が俺に対して辛辣な言葉を浴びせるが、生憎、今の俺にはその言葉を返す余裕はない。

今の俺はこの状況をどうやって回避しようか───その事ばかり考えているんだからな。

大体、俺が無遠慮に左手なんて出さなけりゃ良かった話なのだが出してしまったものは仕方ない。

現実逃避をしたところでこの状況がタイムスリップよろしく元に戻るなんてことは無いんだからな。

ならば、どうするか。

この状況を打破する具体的な方策を考えていると、不意に目の前の望月が1歩を踏み出す。

 

「え、ちょっ」

 

望月の動きは速かった。

1歩を踏み出したと思ったら、あっという間に手を捕まれ固定。

そして、己の右手を俺の拳へと近付け───

 

「‥‥‥ぇぃっ」

 

握り拳を作って、グータッチ。

素早い行動に、奇想天外なその動き。

その2つの動きに関心半分驚き半分の心境で、しばらくの間俺はグータッチを終えた後に、フードを被って少しだけ笑みを見せる望月の顔をぼーっと眺めていた。

 

「よろしく‥‥‥翔大‥‥‥♪」

 

そして、その言葉を聴いた瞬間に俺はこの女の子にからかわれていたことに気が付き───慌ててそっぽを向く。

不覚だ。

物静かな割に、やることは割と大胆とか反則だ。

‥‥‥反則だよね?俺の羞恥心の防御力が低いとか、そんなこたぁないよな?

 

「ッ‥‥‥汚いぞ望月」

 

「‥‥‥?」

 

せめてもの反抗に、軽く望月を糾弾するも当の望月は何が何だか分からないとばかりに首を傾げる。

そうしている間にも、今度は目の前に見た目美少女のドッペルちゃんが現れる。

勘弁してくれ。

俺のライフポイントはゼロなんだ。

 

「私は七尾百合子です、よろしくお願いしますね」

 

「おう、よろしくな‥‥‥七尾。因みに俺はドッペルゲンガーは信じる方だ」

 

見たら死ぬとか。

そういうオカルト系はウェルカムだ。

 

「む、蒸し返さないでくださいっ‥‥‥けど、貴方が噂で想像した人よりも良い人で安心しました。百聞は一見に如かず、ですね」

 

「本当だよ、これに懲りたらもっと俺のイメージを良くしてくれ。もっと俺を甘やかせ」

 

「え、えぇっ!?」

 

おろ。

現状のライフポイントがゼロの俺なりのジョークのつもりだったのだが、思いの外七尾はまともに受け取ってしまったらしい。

やめて、まともに受け取らないで。

たわいもないジョークだから。

およそ同年代くらいであろう女の子に甘やかしてもらおうと考えるほど人間落ちてないから。

 

「‥‥‥やっぱり、変な人‥‥‥」

 

「‥‥‥地獄に落ちれば良いのに」

 

「望月は兎も角最上、お前は後で覚えてろよ?」

 

人に簡単に地獄に落ちろとか言っちゃいけません。

しかもお前はパニック状態に陥ってた俺に何度も何度も辛辣な言葉を浴びせた前科がある。

俺はお前のことを絶対に許さない。

許さないから、手始めに‥‥‥そう、今度はうどん屋でカツ丼大盛りにして食べることから始めようと思う。

ささやかな意趣返しである。

 

「‥‥‥まあ、兎に角そういう事だ。出来れば噂は消しといてくれよ。というか未来に言っといてくれ、『お前後で覚えとけな?』って」

 

「‥‥‥でも、翔大‥‥‥噂通りの人だった‥‥‥よ?」

 

「うん、噂通りだったね。ちょっと噂が独り歩きして怖い印象があったのは改めないといけないけど、それ以外は‥‥‥うん、良くも悪くも噂通りだよ」

 

「マジか」

 

初瀬翔大はイメージアップに失敗した。

その事実は俺の胸を貫き、ひび割れていた俺のガラスの心を粉々に砕く。

───なんてのは冗談だが、結局何も変わらなかったことには徒労感を禁じ得ない。

少しだけ、ショックだ。

 

「‥‥‥列が動き出したわ、行きましょう」

 

待ち時間の数分は、先程の会話であっという間に消失する。

遠目から見えた列の動きに聡く気が付いた最上がそう言うと、七尾と望月もその方向を見て、『あ』と口を揃える。

時間は近付いている。

彼女達にも話せる時間は限られているのだろう。

 

「杏奈、百合子さん、頑張って。今日はステージと舞台裏には入れないけど、応援してるから」

 

「ん‥‥‥静香も、楽しんで‥‥‥ね」

 

「じゃあね静香ちゃん!」

 

望月と七尾が、俺達に別れを告げ小走りに目的地であろう舞台裏へと向かっていくのと同時に、俺達もライブ会場へと向かっていく。

そこには、現アイドルの最上も一緒。

ううむ、慣れたつもりではいたがやはり不思議な感覚だ。

 

「時間取らせてごめんなさい」

 

「ははっ、構わねえよ。別に悪い奴らじゃなかったし‥‥‥寧ろ良いヤツらだったじゃないか」

 

「あれだけ罵倒されたのに?」

 

「罵倒によっても度合いがあるだろ。冷たい罵倒と暖かな罵倒」

 

それらを察することが簡単なことだとは言えないし、事実俺もそれを違えることは多いが、ある程度のことなら俺とて分かる。

大体そういうのは視線や、目付きで分かるだろう。

愛ある罵倒は少なくとも目付きを鋭くしたりなんかしない。

暖かな目や暖かな心が、何となく分かるものだ。

 

「分かるんだ、アイツらは少なくとも俺を蔑んでるワケじゃない。最上の仲間だからかな、信頼しちゃうんだ」

 

「‥‥‥じゃあ、私が普段怒ってるのは」

 

「無論」

 

鋭い目付きを浮かべられることはあるが、その実奴の罵倒は理論めいていて、時に感情的だ。

俺は最上の厳しくも、時折見せる優しい罵倒によって助けられたことがある。

それにも関わらず最上の罵倒を冷たい‥‥‥なんて死んでも言えないね。

 

「そ、そう‥‥‥初瀬君はそう思ってるんだ」

 

「あ、でも偶にムカつくぐらい図星言う時があってな。その時は内心中指立て───痛゛ッ!?」

 

正直に思いを語った結果、思いっきり蹴られて悶絶───

 

ガチで痛いんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、悪かったって」

 

「別に怒ってないわよ」

 

嘘こけ。

そんな言葉を内心で吐きながら、俺は前列付近の席に最上と一緒に座っていた。

時刻は既に正午を過ぎた2時半。

ライブの開始まで、あと少しである。

 

「私が初瀬君にどう思われていたのかがハッキリ分かったから」

 

「言葉の綾だろうて。思ったことを正直に言っても良いかな‥‥‥って位には心を開いてるって思ってくれたらいい」

 

「あの言葉だけでそれを理解しろって無理難題にも程があるでしょう」

 

それもそうだな。

睨みつけてくる最上は無視して、俺は先ほど受付でもらったパンフレットを眺める。

表紙に写っていたのは5人。

その中には友人である未来、そして先ほど出会った七尾と望月も写っている。

知り合いが写っているこの様はどうしても俺の心を焚き付け、ライブに対してのモチベーションを高めさせていった。

 

「親友」

 

「?」

 

「この前もそうだったが、見知った奴らがライブをするってのはやはり楽しいものだな」

 

「そういうものなの?」

 

そういうものなのかは分からないが少なくとも俺はそう思うね。

この高揚感のワケがなんなのかは分からないが、友人や顔見知りが頑張る姿が俺の心を打つんだ。

心が癒されるね。

間違いない。

 

「‥‥‥トゥンクって奴か」

 

「は?」

 

「すまん、妄言だ。忘れてくれ」

 

素っ頓狂な声を上げられる。

自分でも気持ち悪いことを言った覚えはあるから反抗もクソもない。

ここは誠心誠意謝るに尽きる。

 

「それはそうと───コンサートライトは持ってるのか?」

 

俺にとっては2度目のライブ。

勝手が分かっている故に、コンサートライトを使うということも大抵は分かっている。

しかし、最上はライブは見る方ではなく『やる方』

勝手が分かっていない可能性もあるだろう。

 

しかし、そんな俺の心配を他所に最上はバッグから2つのコンサートライトを取り出し、得意気な笑みを浮かべる。

俗に言うドヤ顔だ。

ううむ、此奴はどこまで俺の心を揺さぶれば気が済むのだ。

 

「アイドルの友達に貸してもらったの」

 

「そうか‥‥‥」

 

「私が何も準備してこないとでも?」

 

「そんなことは一言も言ってない」

 

何でそう、ドヤ顔で俺に追及をかけるのだ。

やめて、そんな顔しないで。

可愛すぎて直視できないから、やめて。

 

「‥‥‥怪しい」

 

「具体的にどこが怪しいのか、御教授願おうか」

 

「さっきからそっぽを向いて空返事ばかり。いつもの初瀬君でももう少し誠実な対応をするのに」

 

「これでも誠実なつもりなんだがな」

 

「それが‥‥‥?やっぱり怪しい、何か隠してるでしょう」

 

そんなことはない。

絶対にない。

と、四の五の言っているうちに、開演のブザーが鳴り響き客が一斉に立ち始めた。

突発的ではあるが、予想はしていた上に驚きはない。

よし来たと立ち上がる俺。

少し不満げに目を細め、立ち上がる最上。

 

さあ。

ライブの時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブは始めて来た時と同じように、先ずは全体曲から始まった。

 

これが普通なのかどうかは俺には分からないが、1度行って、見た光景がそれだったので別段焦ったり、驚いたりすることは無かったと言うのが実情である。

それよりも、衝撃的だったのは──────

 

 

 

 

「みんなー!ビビっといっくよーッ!!!」

 

「ファッ!?」

 

紫髪のアイドルの単独ステージである。

彼女の名前を望月杏奈というが、どうにもこの少女先程のイメージとは打って変わって弾けてやがる。

ここのステージにいるのは果たして本当にあの時の望月なのかと焦ったね。

実は望月のお姉ちゃんとか‥‥‥あ、ないわ。あのロングヘアーとアホ毛はまんま望月だ───と疑り深く彼女を見つめていたのはついさっきまでの話だ。

 

「‥‥‥い、何時もこうなのか?」

 

「杏奈はライブになるとスイッチが入るの」

 

「す、スイッチ?」

 

「言葉にすると難しいんだけど‥‥‥オンオフの切り替え、みたいな」

 

「な、成程‥‥‥」

 

うーむ。

全く分からないぞ。

あの時会った様子からして、大人しめな女の子だとばかり思っていたのだが、実は経験値MAXの大胆不敵なガールだった訳なのか。

 

というか、ライブ会場の熱気がハンパねぇ訳なんですが。控えめに言って狂ってやがる。良い意味で狂ってやがる。

まさに狂喜乱舞と言わんばかりの望月のライブステージに、俺は驚きで唖然となってしまっていたのだ。

 

「コールは?」

 

「自然発生」

 

「ふぁっ」

 

許せ望月。

次は俺もちゃんとコールする。

尤も、会場に漂うお前さんの独特な熱気に呑み込まれなければ───の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望月のステージが終わる。

プログラムは中盤に差し掛かり、会場の熱気は冷めやらぬ───兎に角、外からでも熱気が伝わるような、そんな雰囲気だ。

その中で、ただ1人と言っても過言ではなかろう。

最上は盛り上がりとは正反対の冷静沈着な佇まいで立ち上がっていて。

ステージの1点、ステージを食い入るように見つめていた。

 

「タイムスケジュール的には、次‥‥‥だな」

 

それとなく、呟くものの最上は反応しない。

目の前のステージに釘付けになっている。

親友とも言っても過言ではない未来の応援をするのだ。

一挙一動が気になってしまうのも無理はない。

とはいえ、流石に無視は堪えるワケなのだが。

 

辺りが静寂に包まれる。

ステージは暗がり。

しかし、未来のイメージカラーと言えるローズカラーのコンサートライトが眩く光る。

俺と最上も同様、コンサートライトを持ち、未来の登場を待っていた。

 

 

 

 

 

唐突だった。

 

暗がりが一転、スポットライトが1つの道を作ると、そこから1人の少女が走り出した。

その走る姿は何処か既視感があって、何処か見慣れたような気さえして。

その姿に、安堵を得たのは俺だけなのだろう───

 

 

ジャンプ1番。

 

イントロが鳴り響く中、空中で大きく舞った未来は、エアギターを両手で行いながらスタッと着地。

待ちに待ち望んだ未来のソロステージ。

それは、あまりに奇想天外で、驚きが先行するステージだったと言えよう。

 

会場からもどよめきが聴こえる。

しかし未来はそんなこと気にも止めず、流れ出したポップなリズムに合わせて踊り出す。

 

元気溌剌を絵に描いたかのような未来のステージ。

その歌と、踊りと、笑顔に俺は目を奪われていた。

本当に、魅せる笑顔になら誰にも負けないような───そんな予感すらしてしまうような凄みが未来にはある。

 

元々なかった語彙力が崩壊してしまうくらいに、未来のステージは凄い。

気持ちが楽しい方へ、楽しい方へと巻き込まれていく。

心做しか、コンサートライトを振る皆の動きも活力がある。

未来のダンスと歌から、お客さんの前から後ろへと、会場がどんどん『楽しい』に巻き込まれていく。

これは、未来の力だ。

決して圧倒的なんかじゃない。

けれど、不思議と未来自身が体現している『楽しい』を良い意味で伝染させてる、そんなステージ。

圧倒的とはまた違う魅力に、俺は固唾を呑んだ。

心が弾んだ俺も、無事に未来が発する『楽しい』に巻き込まれちまったワケさ。

 

「すっげえな‥‥‥」

 

アイドルは、凄い。

これは最上に限らず、どのアイドルに対しても言えることだ。

存在そのものの魅力でファンを魅了し、活躍する。

アイドルの特性なんぞ千差万別。

比べることなんて出来ない、それぞれの魅力を持つアイドルってのは本当に壮大で、鮮やかだ。

 

無論、隣に座る少女も例には漏れることは無い。

漏れるワケがない。

 

「‥‥‥本当に」

 

「親友もそう思うか」

 

「思うに決まってるでしょう?あれだけのライブを見せられて───レッスンでも、リハーサルでも、これ以上のステージはなかったから」

 

成程。

それならアイツは本番に強いタイプなのかもしれないな。

俺はてっきりレッスンでもリハーサルでも、ガチもんの本番でも軽くやってのけてしまいそうな奴だと思ったが。

これは、未来に対する認識を改めなければならない。

本番に強くて、本番で吹っ切れるだけの度量を持つ。

っべー、段々未来が雲の上の存在に思えてきた‥‥‥なんて感慨に耽っていると不意に最上が口を開いた。

 

「‥‥‥私は、未来のようにはなれない」

 

「あ?」

 

「あんなに盛り上がって、会場が一体になるような───そんなライブは、今の私には無理‥‥‥まだまだ、だな。私って」

 

見事なくらいに感慨に耽っている‥‥‥否、耽るにも程があるだろう。

弱気な姿勢、悲観的な態度。

そんな最上に対して、感情のままに言葉が俺の口を突く。

イラついてしまったのだろう。

 

「俺は」

 

「‥‥‥え」

 

「俺はお前のファンだ。勿論、未来のファンでもあり、さっき会った望月と七尾のファンでもある」

 

人が頑張っている姿を簡単に応援してしまうようなチョロい男だ。

どんな動機であろうと人のことは応援するし、それが俺の友達なら尚更である。

 

「未来のライブも、望月のライブも、凄かった。会場が一体になってた。それぞれがそれぞれの持ち味を出して、最高のライブをしてたと思う」

 

未来は凄い。

望月だって凄い。

敢えて言ってしまえば、最上が歌う前に歌っていたアイドル達だって、みんな凄い。

未来が言ってた歌織さんとやらも綺麗な歌声してたしな。

 

「そもそも未来のライブと他の女の子のライブを比べるのはお門違いとは思わないかね」

 

タイプすら違う奴等と手前を比べても良い事なんてない。

未来は元気。望月も元気。

なら、最上は?

少なくとも、元気───なんて柄じゃねえよな。

そんな奴がそれを比べて、勝手に悲観して何になる。

羨むも、参考にするも本人の勝手だが、悲観的にはならないで欲しい。

だって───

 

 

 

 

 

 

 

「お前はお前だろ、最上サンよ」

 

最上静香。

見た目はクールでお淑やか。

けれど、年相応の大きな夢を持ち胸に秘めるは業火よりも熱き闘志。

おまけで、黒髪ロングの超がつくほどの美少女。

そんな持ち味を持っているのに、それを悲観的になって見失うなんて悲しいことはして欲しくない。

そんな想いを乗せて、言葉を発した───もといお説教にも似た何様的な言葉を発した俺ではあったのだが、最上の視線は少し鋭い。

何処かいじけているようにも見て取れるしかめっ面に、俺は耐えきれずに未来のステージを見つめた。

 

「‥‥‥渾名」

 

「はぇ?」

 

「気が付かないの?最初に私が言ったことを忘れるなんて‥‥‥お節介なんて並べる資格はないわね、初瀬君は」

 

そこまで言われて、俺はようやく己のしでかした失態を思い出す。

俺はいつの間にやら熱くなって、最上のことを親友と呼ぶことを忘れていた。

ううむ。

己が巻き起こした失態ではあるが、やはり悔しいな。

 

「てか、やっぱこれアンフェアも良いところだぜ‥‥‥」

 

具体的には俺だけ渾名呼びとか。

俺が作った名称ではあるけどいちいち親友呼びも面倒だし。

良いよな最上は。いつも通りに俺のことを呼べるんだから。

 

「なあ、やっぱり渾名を変えさせてくれよ」

 

「‥‥‥前々から思ってたけど、初瀬君って堪え性がないわよね」

 

「良く言われる、ところで‥‥‥やっぱりおうどん呼びは」

 

「私が饂飩の名前を語るなんて100年早いと思うの‥‥‥思わない?」

 

思わない。

何ならお前さんの渾名武蔵野うどんにしても良いと思ってるもん。

 

「‥‥‥まあ、確かに。親友っていちいち呼ぶのは面倒だし、それ以外に接点も由来もないし」

 

「だろ?」

 

「だからといって名前呼びは絶対に嫌」

 

「どうすりゃいいんだ俺は」

 

俺は、ここで案外最上静香という少女について知り得る情報が少ない───ということに気が付く。

そりゃ自明の理って奴なのだろう。

たかが2ヶ月の関係性で知れる情報なんて限られている。

勿論、未来の方が最上のことを知っているだろうし好きなことも知っているだろう。うどんが好きなのだって、元を辿れば未来が情報源だ。

 

俺がこれからこの少女を渾名で呼ぶには───いやいや、勿論これから呼ぶ機会なんてそうないとは思うけど、仮にそのような事が起きたのなら。

俺はもう少し最上と関わり、彼女の人となりを知らなければならないということに今更ながら気が付いた。

 

まったく、情けない限りである。

そう俺が頭を抱えていると、クスリと最上が笑みを見せ俺に告げる。

 

「ありがとう、初瀬君」

 

「何がだよ‥‥‥」

 

お世辞にも気分が良いとは言えない。

自分の未熟さを痛感したワケだからな。

それ故に発せられた俺の突っ慳貪な言葉遣いではあったのだが、その言葉に怯むことはなく間髪入れずに最上は続ける。

 

「ちょっと見失いかけてたから、自分のこと」

 

「‥‥‥色々あるのは、理解してるよ。けど、それで自分のこと見失ってたら世話ないからな」

 

どの道にも『自己』というものはあるものだ。

そして、それは自分がその道で最高のパフォーマンスを見せる為に必須となり得る武器にもなり得る。

どんなに取り繕って、虚偽の『自己』を作り上げたところで何れはボロが出るものだ。

そして、その行為は己がらしさを見失う直接的な要因とすらなり得るのだ。

 

それは、俺もそうだったからな。

 

 

 

未来のステージが終わり、時間も過ぎていく。

ここから先のことをうだうだと述べる気はないが、そうだな。

一言で今日のライブを述べるとしたら、『今日も最高』とでも纏めようかと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、武蔵野うどんは未来達の激励に行くんだな?」

 

「名誉な事だけどその渾名は即刻止めて」

 

ライブ後、俺達は比較的落ち着いた場所である、ベンチで座りながら話をしていた。

どうやら、最上はライブが終わった皆の激励に行くらしく帰りは別々となるらしい。

それでいいと思う、俺もこれ以上は限界だ。1人で帰りたい。

 

「‥‥‥ええ、そうよ。今日はお客さんとして来たけど‥‥‥友人があそこまで頑張ったんだから。激励して、励みにして、自分ももっと頑張らなきゃ」

 

「結構な事だ、努力は大事だからなー」

 

無論、本音である。

しかし、自分でも分かるくらいの棒読みっぷり。

疲弊から来る副作用みたいなものだとはいえ、真摯に行こうという電車での決意はどこにいったのかと自分で自分をツッコミたくなるね。

 

「疲れた?」

 

そんな俺の疲弊感を察したのか、最上が俺を気遣うかのように問いかける。

その問いかけに、俺は両手を上げて降参───とでも言わんばかりのポーズで一言。

 

「非常に疲れました」

 

初体験だらけの一日は俺の心身を疲弊させるには十二分であった。

電車、食事、ライブ、殆どの行動を最上と共に過ごして楽しい気持ちもあったが、それよりも疲弊感の方が多かった。

それでも───その疲弊感はまんま辛いってワケじゃなくて、心地良い疲弊感なワケなんだが。

 

「考えてもみろ、普段1人で外に出歩くことの多い俺が今日は女の子と友人のライブを見に行ったんだ。不慣れなことだらけで疲れる───そうは思わないかね、親友」

 

「普段から人と過ごすことを覚えれば苦じゃなくなるわ。これを機に初瀬君も人と積極的に関わることを薦めるわ」

 

「嫌だ」

 

「即答‥‥‥そんなに嫌?」

 

嫌というよりかはもう十分だ。

クラスメイトには未来がいて、他クラスには最上がいる。

それさえ居れば、俺は構わないのだ。

 

「ああ、嫌だね。何より俺には未来と親友がいるんだ、必要性を感じないのが実情って奴さね」

 

「え、私も?」

 

「え、何ですか最上さんもしかして望月に言ったこともう忘れたんですか?ひょっとして嘘だったんですか?」

 

だとしたら滅茶苦茶恥ずかしいんですけど。

こっちは友達だと思っていたのに最上は俺のことを友達とは思っておらず、たった1人一方通行の想いをぶつけていた───となれば果たして何人の人に俺は笑われるのだろう。

 

やだもう恥ずかしい。

穴があるなら埋まってたい。

 

「あ、あれは所謂言葉の綾って奴で別に私は‥‥‥」

 

「‥‥‥はは」

 

マジだった。

どうやら俺は最上の口から発せられていた言葉に見事に踊らされてしまったらしい。

フェイクも良いところだ。

舞い上がり、盛り上がり、友達気取って───

 

「あの、なんかごめん」

 

「べ、別に謝らなくても‥‥‥ああ、もう。分かったわよ!初瀬君は私の友達‥‥‥それで良いんでしょう!?」

 

「え、何で!?」

 

「そんな顔して良くそんな厚かましいことを聴けるわね‥‥‥!!」

 

顔、とな。

別に俺は何かを意識していたワケではないのだが。

とはいえ、最上がそう言ってくれるのなら俺は最上の友達としてこれからもお話出来るワケだ。

もし、それでいいのならそれ程幸せなことはない。

何はともあれ───

 

「最高だぜ!!」

 

「私は最悪よ!!」

 

酷い。

本当に俺達は友達になれたのだろうか。

いやしかし、気兼ねなく付き合えるという点では友人として成立していなくもない。

言いたいことを言える仲というものは非常に貴重だ。

忖度しない、する必要のないと感じる友人を作れる幸せを、噛み締める必要があるのだろう。

 

 

 

 

 

最初は喧騒感のあったこの辺り一帯も、ベンチに座って話していると時が過ぎていき、次第に閑静になっていく。

さて、そろそろ行こうかと立ち上がると最上も同時に立ち上がり、目的地途中までの道───公園内を歩いていく。

俺は出口、最上は裏口。

途中までの直線コースの分かれ道が、俺と最上が別れるところである。

 

「というか、もう最上って呼んでも良いよな。俺もうやだよ、あだ名に気を遣いたくないよ」

 

道中、尋ねるための一言。

それを聴いた最上は空を見上げながら、返答する。

 

「それは別に良いけど‥‥‥人もいないし」

 

「それとも何か?渾名、気に入っちゃったか?」

 

「ふふっ、初瀬君にしては面白いジョークね」

 

「言い切ったなこの子‥‥‥」

 

空を見上げていたのが一転、俺に笑顔を向けた最上は表面上は笑みを取り繕ってはいるもののその目は笑っていない。

器用な奴だ。

アイドル始めて、表情が豊かになったのか。

どちらでも良いが。

 

「‥‥‥冗談はともかく、良かったな。未来も、望月も、皆のライブが上手くいって」

 

辺りは人が疎らになり、少しずつ風の音が聴こえてくる。

夕焼けが空に映り、まだ明るいものの次第に一日の終わりを予感させるこの景色は、嫌でもライブによって盛り上がった俺の心を落ち着かせる。

そんな中で発した、今までの俺からしたら比較的落ち着いた一言。

その一言に、最上は笑みを見せて頷いた。

 

「ええ、本当に良かった。未来はあれでドジな所あるから」

 

「それは非常に分かる。何をしでかすか分からない怖さがあるよな」

 

能天気故に、何をしでかすか分からない未来。

学校生活でも先生に問いを当てられて、珍回答を連発するような奴だ。

最上がそんな感情を抱くのは理解出来る。

俺だってそう思う。

 

「だが、そんな未来だから───ってのはあるよな」

 

「ええ、確かにドジで、ちょっとしたミスも多いけど‥‥‥それ以上に明朗な未来だからあのライブが出来た。元気溌剌を絵に描いたようなステージで、何より皆が笑顔になって、胸を弾ませるような、そんなライブが未来は出来てた」

 

「‥‥‥最上」

 

「比べることじゃない───って、それは分かってる。けど、やっぱり嫉妬しちゃうな。あれは、あの輝きは、未来にしか出来ない未来だけの凄い所だと分かってても」

 

───ああ。

そりゃ俺も同じだね。

嫉妬‥‥‥とまではいかないけど、夢に向かって笑顔で走り抜けられるような勢いのようなオーラを纏っている未来を、俺も同様に眩しく感じている。

鬱陶しいって思う時もある。

けれど、あの時───初めて俺に話しかけてくれたのは未来で。

そんな未来がいて、今の比較的この生活を快適と思えてる俺がいて。

まあ、それなりに賑やかな生活を送れているのは紛れもない未来のお陰だ。

そんな未来に対して、俺は憧れにも近い尊敬心を抱いていて。

それと同時に、決して口には出さないけど未来の『夢』や『頑張り』を心の片隅で応援している。

 

 

 

 

そう、眩しいんだ。

それは、俺が他人を見る時に思うようになった感情。

親父にぶん殴られて、諭されて、思い出して。

そうして至ることのできたリスペクトの心。

 

「‥‥‥そんなこと言ったもん勝ちだぜ、最上」

 

かく言う最上だって、俺からしたら本当に眩しいんだ。

夢に向かってひたむきに進めるところも。

少し子どもっぽくて、それでも人並みに熱意があるところも。

夢は夢と割り切り、いざとなれば他人のために協力出来る。

 

そういうのがあるから、俺は最上を応援したくなるんだ。

そして、羨ましく感じるんだ。

 

「俺はお前が眩しいよ」

 

「眩し‥‥‥って、それってどういう」

 

「お前が未来に対して抱いている感情と同じさ。嫉妬するくらい、尊敬している。んでもって、応援したくなる‥‥‥夢に向かって頑張る所とか、な」

 

尊敬。

その言葉に、最上は目を見開いた。

俺がそのようなことを口にするのはやはり意外なのか。

それとも、嫉妬というワードが特別最上の感情を揺さぶったのか。

 

兎に角、その時の最上は目を見開いていた。

そして、その光景は俺にとっては新鮮そのものだった。

 

だから、きっとそう。

その新鮮さが、俺の心の中に溜まっていた言葉を押し出したから、俺は口を開いたのだ。

 

「何を隠そう、俺にも夢があったんだ。それはもう子供らしい、壮大で大層な夢」

 

「夢‥‥‥あったの?」

 

「おう」

 

自分で言うのもなんだが、燃えてたね。

夢に夢見てた、と言っても過言ではない位の熱意で夢を叶えようと戦った。

そして───叶えたんだ、それを。

 

「けど、悲しいかな。その夢で、俺ってば自分のことが良く分からなくなったんだ」

 

追って、追って、追い続けて。

その結果は、芳しくはなかった。

 

「気が付いたら、夢を追うのを諦めてたよ。ははっ、お笑い話だろ?笑っていいんだぜ‥‥‥滑稽だってのは俺だって自覚してら」

 

尤も、笑い話にしては人を選ぶ話だと自覚しているのだが。

現に、目の前の最上はなんとも言えない渋い顔をしている。

こんなこと話さなければ良かった───なんて思いもしたが、自分の行動に後悔するほど情けないことは無い。

自分の言葉に責任を持って、ちゃんと言葉を纏めるべきであろう。

 

「だから俺はここに来てる。傷心旅行って名目で、こうしてここに来てるんだ‥‥‥入学式から少しだけ遅れたとか、時期外れとかいうのはそれが理由。へへっ、まあ傷心旅行をしようとした本題は未だに見つかってないワケなんですがね」

 

「え───」

 

「憧れや夢は自分の夢を叶える原動力になり得る。けど、それらは入れ込み過ぎると時として自分を見失う───だから、最上。自分だけは見失わないように、気をつけなされ‥‥‥あは、いらんお世話だったかね」

 

最上と俺は本質的なモノが違う。

最上は夢に努力し、今をときめいている。

俺は夢に絶望し、過去をさまよっている。

アシンメトリーであり、対照的にも程がある。

だから心配はないとは思うけど、と思案しつつ俺は最上に背を向けて、一言。

 

「感想、ちゃんと伝えろよな」

 

「───え、ちょっと待っ」

 

「俺は後日伝えマース」

 

軽口、上等。

今の今まで引き締まっていた雰囲気をぶち壊し、分かれ道に差し掛かった俺は出口に向かって、歩いていった。

話を続けても良かったのかも知れない。

そんなことを考えても尚、逃げるように帰ったのは過去を開陳した俺がこれ以上最上に伝えることが何も無かったから。

だから、俺は背を向けたワケだ。

 

一応の義理は果たした。

未来のステージを最後まで見て、未来に告げるべき感想が頭の中で纏まった。

おやっさんから差し出された最上への差し入れも渡した。

俺を引き止める足枷のようなものは、正直に言ってゼロに等しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて。

 

先程も言った通り、俺と最上の『現状』はまるで真反対だ。

片や夢の為に努力して、今を輝く最上サン。

片や夢朽ち果て、傷口を治す手立てが見つからず未だに過去を彷徨う俺。

対照的にもほどがあり、応援は出来ど批判なんぞ出来やしない。

俺が最上の夢に対して物申せる時が来るのならば、それはきっと新しい夢を見つけ、お互いの夢をぶつけ合えるようになった時であろう。

尤も、それは叶えようと思って叶えられるものでは無いんだがな。

 

「‥‥‥はっ」

 

傷心旅行によって、少しずつ俺の傷は癒え始めている。

それは嘘じゃない。本音だ。

しかし、それが何かの拍子で簡単に広がらない───とは一言も言っていない。

傷は、簡単に開き、俺の心を陰鬱にさせる。

ただの傷心旅行で、傷口は簡単に塞がることはないのだ。

だからこそ俺は何かに気が付かなければならない。

この傷心旅行で、過去のまま立ち往生している現状から、自分を変えるための何かを見つけて、未来へと歩みを寄せていかなければならない。

けれど、その『何か』が見つからない。

そうして探していくうちに、何らかの理由で過去を少しずつ思い出して、傷が広がる。

イタチごっこもいい所だ。

ここに来て2ヶ月、それにも関わらず俺はまだまだ傷心旅行の目的を達成出来てないのだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥」

 

傷口は塞がなければ、また広がる。

取り返しのつかないことになる前に、何とかする。

それが、当面の俺の課題だ。

やるべきことなのだ。

 

 

 




良くも悪くも子ども。
それが今回のオリシュー君の最大の特徴であり、弱点です。
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