例えば俺が、今ここで宇宙飛行士になりたい!と吹聴したら皆はどう思うだろうか。
恐らく、ここにいる殆どの人間は俺を見てそんなことが出来るかと鼻で笑うだろう。
当たり前だと思う。
宇宙飛行士になるための実践的な勉強すらせずに日々を怠惰に暮らしている俺かそのようなことを発したところで、他の奴らからしたらうわ言にしか感じないだろうからな。
半ば、人間的には当たり前のことなのだろう。
されど、言うという行為を行うことでそれを叶えてしまう有言実行な奴等もいるワケであって。
言霊、というものも割と馬鹿にできないということを考えたら、たとえ無謀な夢だとしてもそれを言う奴を馬鹿になんて俺は出来ない───なんてことを俺は思いつつ、ライブ後の時間を過ごしていた。
※
6月が始まり、じめっとした日が始まる。
今日の天気は曇天。
青空が見えない上に雨予報なため迂闊に外に出れないとか何処の罰ゲームですかと机でぐでーっとしていると、不意に背中を叩かれる感触が俺を襲う。
「‥‥‥痛い」
「あれ、痛かった?」
お前がしでかしたことだろう、という言葉を胸に溜め込み、渋々顔を上げるとそこには慣れ親しんだサイドポニー。
教室で話しかけてくる奴なんてコイツくらいしかいない為、ある程度予想は出来たが。
「未来、お前はもう少し力加減というものを覚えてくれ」
「でへへ‥‥‥やっぱ痛かったんだ」
「当たり前だろ、で‥‥‥何だ?」
席に着いた未来に何気なくそう問いかけると、未来は机に放り出していた教科書を仕舞いながら問いかけた。
「ライブ、どうだった?」
どう、とは?
「静香ちゃんと一緒に楽しめた?」
ふむ、最上と一緒に楽しめたか‥‥‥か。
そりゃあライブは見てて楽しかったが、どうしてそれと最上を一括りにしてしまうのかねこの子は。
「楽しかった」
「ほんと!?」
「ああ、お前のライブは見応えがあった」
「えへへ‥‥‥そっかそっか、良かったよ!」
花のような笑みでこちらを見る未来。
釣られて口角が上がる感触を得る。
やはり未来の笑顔は人を惹き付ける何かがあるのだろうか。
それを疑ってしまうくらい───俺はこの少女の笑みの可能性を高く評価してしまっていたのだろう。
それはそうと腕相撲しようよ、という未来の誘いに乗り手を掴みそのまま動かないでおく。
『むむむむむ‥‥‥!』と力を入れてぷるぷるしている未来の顔はなかなか面白いが、ここで笑ったらまた面倒なことになるため、内心で笑うに留めておく。
「私は‥‥‥楽しかったよ‥‥‥!!」
「良い事じゃないか」
「翔大も楽しかったなら‥‥‥良かった!!」
「おう、楽しくアイドルやってる馬鹿野郎が友達で俺は幸せだ」
「ほんと!?でへへー‥‥‥翔大にそう言われるのは嬉し‥‥‥あー!?狡いよ翔大!!油断させたところを狙うなんて!!」
お前が一向に押し返さないからだ。
そして俺は油断させようだなんて1つも思っちゃいない。
それは濡れ衣って言うんだぞ。
「えー‥‥‥ま、いっか!翔大が静香ちゃんと楽しんでくれたなら良かったよ」
「そうか、それは良かった」
「ライブ以外にも、どっか行ったりしたの?」
「メシ食いに行った」
そう言うと、途端に顔を綻ばせる未来。
はて、何をしたいのか───と考えていると未来が顔を近付け、更に微笑む。
「でーと、だね!」
「へっ」
「鼻で笑われた!?」
お前はそう言うがあの光景を見たらきっとそんなこと言えなくなるぞ。
うどんに関しての最上の眼はガチだった。
カツ丼食おうとした俺を射殺すような目で見るんだからな。
あの眼光の凄みは食らった奴にしか分からんだろう。
恐怖で足がすくみそうになったんだからな。
「まあ、兎に角‥‥‥色々あったけど嬉しかったよ。やっぱりライブは見るもんだな」
「今度はチケットを買ってねって杏奈が言ってたよ」
「望月に元々買うつもりだったって言っとけ」
未来にライブの感想を伝えるお仕事。
これにて完了したワケなのだが、些か単調過ぎたか───
なんて思ったが、未来の笑顔を見ていたらそんな気持ちも失せていく。
俺は正直な感想を伝えたんだ。
変に尾びれ付けるよりかは、正直な感想を伝えた方が性に合う。
未来も喜んでるんだし、これ以上余計なことを言う必要はないわな。
時間が過ぎていく。
今日の晩飯は何かな───なんてごくごく当たり前のことを考えながら、俺は昼休みの限られた時を過ごしていた。
「あ、そうだ。今度のライブは本物のギターを使って歌いたいなぁ」
「エアギターでよろしくやってろお転婆娘」
ギター難しいだろ。
本気で学びたいならその道のプロに教えて貰え。
※
1人になる時間が欲しかった。
いやまあ、最近の俺の傾向としては未来や最上と駄弁って時を過ごすような『みんなの時間』的な何かに合わせることが多い生活を送ってきたのだが、それで根本的な性格が変わるワケではない。
俺は元々1人を苦にするするどころか歓迎する性格だ。
最初だって屋上で惰眠を貪りながら歌を歌ってた。
そんな俺が1人の時間を欲しくない──なんて言うはずない。
端的に言って、ぼーっとしたかった。
過密日程と称しても過言ではない授業が終わり、時は放課後へと移る。
普段なら未来と共に歩む帰り道。
その帰り道に俺は今日、『NO』の意思をハッキリと突きつけた。
「えー!別に良いじゃん、帰ろうよー!」
「頼む!今日はどうしても1人が良いんだ!!いや、1人じゃなきゃダメなんだよ!!」
兎に角未来に懇願し、妥協はしない。
それを行うことで俺は未来からのお誘いという名の攻撃から己を守っていた。
「大丈夫だって!!ちょっとした神のお告げだから!!今日はひとりぼっちを気取れって神様が言ってたの!明日からはちゃんと一緒に帰るから!」
「え、翔大って神様信じるの?」
「おうともッ!!もうバリバリ信じてるぜッ!!」
知らんけど。
しかし、未来にはその想いが伝わったらしくぶーたれつつも引き下がる。
やったぜ。
「神様のお告げなら仕方ないね。また明日‥‥‥明日は絶対だよ」
「約束だ」
「うん!」
じゃーねー、と手を振りながら教室を去っていく未来を見送り、今度こそ俺は1人の時間を獲得することになる。
さあ、どうする。
生憎屋上は天気が怪しいためダメだ。
となると、屋上以外の場所で安寧の時を過ごせる場所───
出来れば屋内で、座りながら茶を飲めるところがベストだ。
「‥‥‥おっ」
校内をフラフラしながら屋上に似た場所を探していると、誰もいない渡り廊下を発見。
窓から見える景色は、校門。
いやはや、良いではないか。
こうした景色は嫌いではない。
適当な座り場所を見繕い、腰を下ろす。
簡易的な椅子のようなものに座りながら水筒の茶を煽ると、心が清涼感に満ちていく。
これはいい。
新感覚だ。
「‥‥‥屋上がダメな時は、ここで良いな」
屋上とは違い、天井もある。
雨に濡れる心配もなく、人気もこの時間帯は少ないため、気にする必要がない。
と、そんな風におひとり様ライフを満喫していると不意に俺のスマホから着信音が鳴り響く。
何の変哲もない、音を変えたことすらないただの電子音が誰もいない渡り廊下を木霊した。
スマホを見る。
すると、そこに書かれていたのは『母』の1文字。
それを見た俺は、画面を上にスワイプしてスマホを耳に近付けた。
『久しぶり』
「帰れ」
『いきなり酷くないかな。実のおかーさんに向かって、その一言はキツくないかな』
なら、初っ端のそのウザい挨拶を止めろ。
生憎、反抗期なお年頃でな。
その手の挨拶は小学生の良い子ちゃんなお年頃を通り越した俺からしたら鬱陶しさしかない。
『うわ、これまた酷っ‥‥‥えーえー、いつもどーりの暇潰し、単なる無駄話ですよーだ』
「学校だ。切るぞ」
『切ったらお小遣い半減するけど良い?』
「お話お伺い致します」
あまりに非情な宣告。
その一言に急いで謝罪を入れた情けない俺を、母───おやっさんの妹であるところの鬼は、『へっ』と笑い声を上げながら電話越しの俺を嘲笑った。
誠、遺憾である。
「干渉しないって話だっただろ。そこら辺どう思ってんだよ」
『忘れた』
「おい」
コイツ。
前の話とはいえ、半年も経ってない出来事の話だぞ。
忘れるなんて話があってたまるか‥‥‥いや、ない。
俺は、この人の頭の良さを知っている。
そして、強かさも知っている。
そんな人が、半年前の話を忘れることは無い───俺はそういった方面で、この人を信頼していた。
「アンタはそう言った。それが事実だ。兎に角、あんまり俺に電話をかけるのは止してくれ。おやっさんから連絡は貰ってんだろ、俺は無事だ、安心だ、だから心配すんな」
『‥‥‥そうね、まあ良いけど───で、翔大。ちょっと言いたいことがあるんだけど』
「あん?」
『この前、叔父さんにも話したんだけど‥‥‥以前の貴方が作った知り合いが家に来たのよ。門前払いしといたけど、何時どこで貴方を見つけるのか分からない───耽るのは別に良いけど、気を付けてね』
と、いうと?
「貴方のこと、どこで嗅ぎつけるか分からないってこと」
嗅ぎつける、か。
どうやらウチの母は俺が関係してる奴のことを犬程度にしか思っていないらしい。
この人は生まれと育ちが東京である為に博多に染まってはいないが、些か豪快なところがある母。
寧ろ親父の方が優しいまであるからな。
「‥‥‥ああ」
ともあれ、そんなことを聴いてしまえば嫌でも警戒しなければならなくなる。
人ってのは幾ら気にせんと思おうが、深層心理の中では常に己の安寧を汚そうとする輩のことを警戒してしまう。
生存本能のようなものだ。
人は、何よりも自分を守ろうと考えてしまう連中だからな。
創作物のような、誰かを守るのを最優先なんて考えを持つ奴は、なかなかいないのが実情だ。
無論、それでも人を救おうと身を賭す人もいるにはいる───とは思っているのだが、生憎俺はそんな人間を見たことは1度してない。
空返事をして、窓から景色を眺める。
曇天に、小雨。
傘を持ってきたのが幸いしたが、外に行く気にはどうしてもなれない。
内心で小雨に中指を立てていると、スマートフォンから声が聴こえる。
母が、会話を再開したのだ。
『ねえ、翔大。親にとっての幸せって何だか分かる?』
さあな。
知らない。
俺は親になったこともないからな。
『まあ、そりゃそうだけど‥‥‥少しは考えなさいよ親不孝者っ』
「別に。どうせ人生の半分以上親不孝してるし今更って話だよな」
『はいネガキャンやめてー。聞いてるこっちの気分が悪くなるから』
「酷い」
あまりの言葉の酷さに、苦言を呈するものの母さんは気にすることなく続ける。
今の気分はさながら串刺しにされた哀れな男だ。
『私が貴方にそれを諦めさせたのもそう、こうして貴方がちゃんと生活できてるか尋ねるのもそう、これから電話を掛けていくのも、きっとそう』
「掛けるのかよ」
『ちょっと、今良いこと言おうとしたんだから黙ってなさいよ』
理不尽だ。
が、時は止まらず母さんは一息間を置くと、一言。
『無事に帰ってきて欲しい───それだけよ、親が考えることなんて』
不意打ちの心配をしてきやがった。
その言葉の何とも優しいことか。
普段から辛辣な言葉を発しつつもこうした優しい言葉を良い塩梅でかける。
これだから俺はこの人が苦手なのだ。
「‥‥‥遠く離れた国じゃあるまいし、心配すんなよ」
『それ、1年前にボロボロの状態で帰ってきた貴方が言う?』
「卑怯極まりねぇな。もう時効じゃないのか?」
『卑怯、ね。それは具体的に何処から何処までの範疇の事を言うのかしら‥‥‥』
「しゃーしい。……電話切るぞ、じゃあな」
何か言う前に、電話を切って大きくため息を吐いた。
俺をおちょくってんのが母さんの笑い声から分かったからだ。
スマホをポケットにしまい、今度こそ帰ろうと意気込むと、耳に響いた音に心音を上げることになる。
足音が聴こえたのだ。
驚かないと言えば嘘になるし、事実冷や汗を流しながら俺は足音がした方向───右を振り向いた。
すると、そこにいたのは最上。
先生ではなかっただけマシだが、最後の最後で1人の時間を彼女に邪魔されてしまった。
1人の時間は、家に帰るまでが1人の時間だ。
1人の時間を取ると決めた以上、最後まで1人の時間に興じていたかった‥‥‥なんて頭の中で怒涛の『1人の時間』連呼を繰り返しつつ、俺は片手を上げて少女の視線に応えた。
「‥‥‥よう」
「え、あ‥‥‥えーっと」
何か気まずそうに目を逸らす最上。
ううむ、何となく予想できるぞ。
電話しているところを聞かれたか。
それとも、景色を見続けて浸っていると思われたか。
どちらにせよ深刻である。
確認のため、俺は最上に尋ねてみる。
「聞いてたのか」
「別に。人の電話を聞くのも不謹慎だと思ったし、用が済むまで近くでイヤホン聞いてたけど」
「そうか」
「けど、初瀬君も方言喋るんだ。少し意外」
方言は誤魔化しきれなかったかー。
まあ、良い。
遅かれ早かれ、バレてたろう。
それくらい俺の標準語はボロが出やすい。
ふとした時に方言が出てしまうほどのチョロさだからな。
それに、バレた所で大した変化はない。
精々、方言喋るのを突っ込まれるくらいだ。
まあ、それが俺にとっての苦痛ではあるんだが。
「どうでもいいだろ。それより未来が待ってるぞ、行ってやれよ」
俺としては方言に関してこれ以上突っ込まれたくはないし、ついでに帰りたい。
そのために必要なことは、先ず目先のこの膠着状態にアクションを起こすことだろう。
ひとまず、話題転換を敢行しようと最上にそう言うと、最上が一言。
「それは分かってるけど、今日は一言言いたいことがあったから未来に場所を聴いてきたの」
そう言って、真顔で俺を見る最上。
え、未来に?
俺は別に未来に休む場所を伝えた訳では無いのだが。
寧ろここに来たのはノープランだ。
何故バレた。
「下」
一言、そう言って下を見る最上。
それに釣られる俺。
見たのは『おーい!』と言わんばかりに手を振る未来。
バレてたってワケか。
「やられたな‥‥‥で?言いたいことってなんだよ」
「この前言おうとしたけど、初瀬君勝手に一言言って出ていったから───」
最上が一息吐いて、俺をジト目で見遣る。
嫌な予感がした。
「分かってるわよ、そんなこと」
「分かってる‥‥‥か」
「ええ、分かってる。夢を見失っては行けない事も、自分らしさを見失ってはならないことも」
「そうか。余計なお世話だったな、すまん」
まあ、自分が『これ』と思って発した言葉なので後悔はないけど。
それでも最上にとっては既に分かってる事で。
どこかお節介のようなものを焼いてしまったことに、己の痛さのようなものを痛感していると、最上が窓の景色───依然として手を振り続ける未来を見ながら呟いた。
「だから、その‥‥‥」
「んあ?」
「心配、ないからっ‥‥‥それだけ」
そう言って俺をキッと睨みつけた最上は、今度こそ渡り廊下から去っていった。
その行動、刹那。
言葉を返す暇もなく、最上は姿を消していった。
虚しいな、この状況。
とはいえ、この状況を続けるワケにもいかなかろう。
いい加減帰らなければおやっさんに叱られる。
早いところ帰って、やることやって、寝る。
今日はそれくらいしかないからな、やること。