ぶっちゃけて言うと、俺はこの先帰って寝るだけだとばかり思ってた。
当たり前だ。
俺は良くも悪くも一般人。
これ以上の予定やイベントなんて何もなかった故に、この先も安寧の時間を送れるものとばかり思っていた。
しかし、その予想はとある黒い車によって大きく裏切られることとなる。
その話を、少しだけしようと思う。
小雨もぱらついてきた放課後、俺は部活動に参加して汗を流している生徒を脇目に校門に向けて歩を進める。
すると、校門前で疎らに人が集まって何やら盛り上がっていた。
集客を煽る何かを行っているのか。
観客もざわついており、少しだけ興味が湧いた。
「すんませーん‥‥‥何やってんすか?」
1番後ろで盛り上がっている男にそう尋ねる。
すると、途端に振り向いた男。
はて、そんなに血気盛んな眼差しで見られても俺は期待には応えられないわけなのだが、どうしたのだろうか。
「もしかしてお前が初瀬か!?」
「え、あー‥‥‥はい」
「丁度良かったよ!あのおっさんを止めてくれ!!さっきからマジックをしてばっかりで一向にここから出ていく気がしないんだ!!」
丁度良いとは一体何なのか。
果たして俺は、誰の抑止力になれば良いのだ。
そんな疑念を胸に、人だかりのど真ん中に向かっていくと、そこには有り得ない光景が。
オッサン、スーツデ、マジックショー。
「‥‥‥ジーザス」
思わず頭を抱えそうになったね。
何せ、そこには見知ったおっさんが居たんだから。
何故か俺の名前を知っていて、あまつさえ俺の渾名を知っていたその男。
「‥‥‥何でここに。てかなんでマジックショー?」
「おおっ、初瀬君!君に会いたかったんだ!!」
大声で名前を呼ぶのは即刻辞めろ。
なんだ、あれか。
ストーカーでもしてたってワケか。
あまりのタチの悪さに震えが止まらないぞ俺は。
「は、初瀬って一体何者なんだ‥‥‥!?」
「じ、実は何処ぞのお偉いさんの息子とか‥‥‥」
「し、静かにしろっ!下手したら殺されるぞ!!」
誤解だから。
お偉いさんでもないし893でもないから。
この人とは赤の他人だから。
ため息を吐いて、高木を見上げる。
高身長なだけあって、見上げる立場になってしまうのが些か情けないが、それは今のこの状況を放置して良い免罪符にはならない。
この状況は何とかしなければ何れ教職員が来て大問題になるだろう。
事を大きくする前に、話を付ける。
最悪、要求を呑む。
その覚悟が俺には必要だったわけだ。
「それでも、人目は考えて欲しかったワケなんだがな‥‥‥」
「ははは、申し訳ない。初瀬君を連れ出すにはここで待機しているのがぴったりだと思ったんだ」
「連れ出す?誘拐でもするってか」
「誤解だよ、少しだけお話をしたい‥‥‥と思ってたんだがね」
勿体ぶるように乾いた笑いを浮かべる高木。
一息吐くと、更に高木は微笑んで続ける。
「どうだい?少しだけ、ドライブでもしないかい?」
「免許証持ってたのか」
「流石に持ってるさ」
「最近は老人が免許を返納するケースが増えてきてるが、アンタは返納しないのか?」
「まだまだ、若い者たちには負けないさ‥‥‥で、乗るのかね?」
仕方ない。
これ以上騒ぎになるのも勘弁だからな。
ここは大人しく高木の言うこと聞いて、とっとと家に帰るこった。
それが現状の俺の最適解だ。
「分かったよ、乗ってやるさ」
「そうか!なら、この車に乗ってくれ」
高木に勧められるがままに、後部座席に着席し、車内をぐるりと見渡す。
なかなか大きな車だ。
やはり社長ともなると違うのか。
自らの身体が資本だもんな。
交通事故とか起こした時に、自分を守るためにもやはり高級車は必要だな。
「デカイな」
「ははっ、こんな車に乗るのは初めてかい?」
「俺は軽自動車位しか乗らなかったな。それ以外はバス、こんな高級車は初めてだ」
「そうか‥‥‥ああ、シートベルトは付けてくれよ?幾ら私とはいえ、捕まるのは御免だからね」
分かっとるわ。
コイツは俺を一体なんだと思ってるのか。
とはいえ、シートベルトを着用しなければならないことも一理ある。
俺は指示に従い、シートベルトを着用し車窓から見える景色を眺めた。
車が、安全運転で真っ直ぐ、時に右に、左に曲がり目的地の分からぬドライブが開始する。
そもそも目的さえ分からないドライブ。
不用意に乗ってしまったのは非常に頂けない判断だったワケなのだが、事情が事情だ。
仕方なかろう。
「で、俺を連れ出した理由ってのはなんなんだ?」
「なんだと思う?」
スカウトとか。
後は、暇を持て余した老人の遊びとか、かな。
「そんな抽象的なことはしないさ。それに、スカウトもしない。嫌だと言うことを押し付ける主義はなくてね、幾ら初瀬君と言えどもそこまでのことはしないさ」
「なら、何だってんだよ」
尋ねる俺。
すると、高木はからからと笑い、続けた。
「キミと私は一体どんな関係だい?」
「どんな関係‥‥‥というと?」
「簡単な事さ、キミと私は何時、何処で、何をしていた時に出会ったのか」
そりゃあ、あれだよ。
ライブを見に行こうとして。
けど、あまりの人混みと、チケットを取らなかったことに絶望して、当日券を命からがら買おうと思ってた時。
そんな状況で、俺と高木は出会った。
「理由もなくチケットを渡された‥‥‥売り手と買い手の関係?」
「それもそうだが‥‥‥どうだね、ライブは楽しかったかい?」
その言葉に、首肯する。
今では定期公演に行こうとすら思っている野郎だ。
俺はどっぷりアイドルにハマっちまっている。
「なら、私と君は共通の趣味を持つ友人さ。私はアイドルが好き、キミもアイドルが好き。どうだい、友人を連れてドライブに興じようという私の精神はおかしいかね」
‥‥‥‥‥‥。
いや、そりゃおかしくは無いが。
「俺とアンタはいつ友達になったんだっけかな‥‥‥」
「チケットを渡して、ライブ会場でお話した時かな」
「そんな友達があってたまるか」
友人ってのに明確な定義がないのは俺とて分かってはいるが俺と高木が友達と言うにはあまりにも無理があるとは思わんかね。
そもそも、俺はこの人の事を不得手に感じているんだ。
出来ることなら、こんな狭い空間でおしゃべりなんてしたくもなかったんだからな。
「良いではないか、友達というものは多いに越したものでは無い。キミの事だ、友人もそんなに作っている訳ではなかろう」
「地味に失礼だな」
まあ、事実だけど。
と内心己の交友の狭さに呆れていると、高木が一息ついて俺に一言。
「これから、キミにはあって欲しい人が居るんだ」
「会って欲しい人?」
「ああ、是非キミに会いたい‥‥‥と熱望している私の社員でね。些か熱血過ぎるところはあるが、実力と将来性に関しては私のお墨付きだ」
「そんな奴が俺になんの用なんだっての」
「会いたい、それだけだと思うよ」
高木がハンドルを切り、更に直進。
景色がどんどん変わっていき、俺はとある標識を見つめ、目を見開く。
場所は、東京。このまま更に進んでいけば俺は何時帰れるのか目処が立たなくなってしまう。
どうすんだこれ。
取り敢えず、安寧の時は過ごせなくなったのは確定。
後は、おやっさんにプロレス技を食らうのも確定だろう。
「安心してくれ、車で送迎はしよう。それからキミの親御さんにも事情は説明するからね」
「なら良いが‥‥‥いい加減何処に連れていくのか教えてくれても構わないんじゃあねえか?」
そう言って、バックミラー越しに高木の目を睨みつける。
それを見た高木は目に見える冷や汗を流しながら、少し慌て気味の語調で答えた。
「キミも来たところさ」
「あ?」
「765プロ、ライブ劇場にキミを招待するのさ」
‥‥‥
「あ?」
「リピートしようとしても事実は変わらないよ。キミの目的地は765プロライブシアターだ」
おい。
アンタが頑なに目的地を教えなかったのはそれが原因か。
車に乗って直ぐにライブシアター行って欲しいって旨を話したら即断即決で断られるだろうと予想してたから、黙ってたのか。
巫山戯んな馬鹿!!
直ぐに俺をここから降ろせ!!
「そうは言うが、キミはこの場所が分かるのかい?」
「ぐ‥‥‥!?」
見知らぬ街。
金もコネもない。
この状況に陥った俺は、つまり八方塞がりとなったワケであって。
「‥‥‥送迎は無料、少しだけ私の会社のプロデューサーと話すだけ‥‥‥お茶とお菓子も用意する───至れり尽くせりだ、さあ‥‥‥どうする初瀬君」
「‥‥‥アンタ、後で覚えとけよ」
半ば不可抗力で、俺は765の敷居を跨ぐことになってしまった。
※
どちらかと言えば、俺は大人に漠然とした不信感を抱いている。
そりゃあ反抗期だからといえば纏まりが付くだろうが俺の場合はそれだけではない。
なんというか、昔は信じてたんだけどな。
これに関しては環境だとしか言いようがない。
故に、俺は前部座席で運転している男のことを信用も信頼もしていたなかった。
信じて物事を任せることも出来なければ、信じて頼りきることも出来ない。
こうして車に乗って、会話を成立させているのが俺的には奇跡的でならなかったワケさ。
「着いたぞー!」
車に揺られること、小1時間。時間的には午後の4時に差し掛かった今日この頃。
俺は豊洲公園の空気を大きく吸いながら、座りっぱなしによって凝った身体を労わっていた。
こうして車に乗るのも久々だった。
故に、慣れない環境と空間に俺の心身は共に疲弊している。
こうしてリフレッシュするのは半ば当たり前の行為でもあった。
「疲れたかい?」
隣に立った高木が、俺を見下ろし背筋を伸ばす。
まあ、そりゃあな。
疲れてはいるさ。
「運転ご苦労さまなこって。態々一介の中学生を小1時間かけて連れてくるとか、どうなんですか?」
「それは、あれだよ‥‥‥」
「あれ?」
「友人だからね」
「友人だからってなんでも纏められると思ってんのか」
大いにツッコミたい。
てか、ツッコんだ。
しかし、そんな俺の言葉は高木には届かず笑うばかり。
フラストレーションが溜まってきたのは最早言うまでもない。
「まあまあ、良いではないか。たまには羽目を外すことも大切だからね‥‥‥それに、キミにとってもこの経験は損にはならないだろう」
「なるかどうかは俺が決めることっすけどね」
「手厳しい‥‥‥では、行ってみようか」
高木に連れられるままに、人っ子1人いないライブシアターへと向かっていく。
新鮮な雰囲気だ。
この前のライブでは沢山の人がいたのにも関わらず、今回は人が一人もいない。
閑静な雰囲気に、どこか胸が高鳴る感触に至る。
高木がドアを開けた。
すると、そこで待っていたのは1人の女性。
エメラルドグリーンのようなオフィススーツを着たセミロングの髪の毛の女の人が、高木と俺の元へと駆け寄っていく。
「あ、待ってましたよ社長!」
「おお、美咲君!励んでいるかね?」
「はい!皆さんのお陰で、頑張ってます!!」
ふむ。
どうやら高木と美咲と呼ばれたこの女性は何とも仲が良いらしい。
職場では理想の人なのだろう。
まあ、その温厚そうな声色と態度は確かに仕事しやすい雰囲気だろうからな。
何事も雰囲気は大事だ。
───っと、いけない。浸ってた。
「それで‥‥‥あなたが社長の言ってた初瀬君ですね?」
「あ、はい‥‥‥お世話になります」
「あ、いえいえ!こちらこそお世話になります!」
お世話になるのはこっちのなので頭を下げたのだが、何故か女の人まで頭を下げてしまう。
お世話になるのは俺の方の筈なんだがな。
ううむ、人間関係はやはり難しい。
「はは、堅苦しい挨拶は抜きにしようではないか。初瀬君、私から紹介しよう。彼女は765プロ事務員、期待の星の青羽美咲君だ!」
「よろしくお願いしますね、初瀬君!」
「はあ‥‥‥えと、初瀬翔大です。中学2年生、よろしくお願いします」
差し出された手に応え、握手をする。
ふむ、やわっこい。
未来もそうだったが女の人の手はどうしてこう、柔らかなものなのか。
ちょっとした神秘である。
「さあ、挨拶も程々に‥‥‥事務室で待ってるぞ。美咲君、案内してやってくれ」
「あ、はい!そうですね。それじゃあ初瀬君、私に付いてきてください♪」
高木が1度その場所から離れ、目的地に向かって歩き出す青羽さんに俺は付いていく。
目的地が分からないのは些か心配だが、既に見知らぬところへ来てしまっているのだ。
心配なんて通り越してある種の達観に来てしまっているのは仕方の無いことだと思う。
「あの、何処に行くんですか?」
とはいえ、1度気になれば聴きたくなるのが人間の性である。
先を歩く青羽さんに尋ねる俺。
すると、青羽さんはこちらを振り向き笑顔で一言。
「事務室です。何時もプロデューサーさんが仕事をしてるところですよ‥‥‥あ、心配しないでくださいね?プロデューサーさん、優しい人ですから」
「いや、そこは心配してないっすけど‥‥‥こう、あれじゃないですか。気になっただけです」
「?」
あかん。
バッドコミュニケーションだ。
含みを持たせておいて最後の最後で適当にも程がある発言をして、青羽さんを困らせた。
ここは一丁、会話をして建て直した方が良いのではないか───なんて思いつつ、思考を張り巡らせてみるものの、元々会話力のない俺がここで新たな話題を提供できるはずもなく、天井を眺めるに留まる。
「学校は楽しいですか?」
「え?」
「お客様が来るって社長が言ってたので、もっと怖そうな人が来るのかなーって思ってたんですけど、学生の人だったから吃驚しちゃって‥‥‥えへへ、学校は楽しい?」
頭を触りながら、そう言う青羽さん。
学校、な。
確かに楽しい生活を送れてはいる。
友達に恵まれ、言いたいことを言える友達も出来た。
充実しているとは言えよう。
「楽しいですよ、まあ‥‥‥月並みですけど」
「そっか。噂では未来ちゃんと静香ちゃんのお友達らしいけど‥‥‥本当?」
「いや噂すげえな‥‥‥はい、そうですよ一応」
嘘をつく必要も無い。
故に、半ば諦め気味にそう言うと途端に目を輝かせる青羽さん。
どうやら、地雷を踏んでしまったか。
2倍近く輝いたといっても過言ではないその目と笑顔に俺は思わず仰け反った。
「じゃあ未来ちゃんと静香ちゃんのレッスンを見学に───」
「嫌です」
「そうですか‥‥‥残念です」
レッスン見学とかなんの罰ゲームだし。
俺は速い所、その用がある奴とやらと話を付けて帰りたいんだからな。
見学して、帰りが遅くなるとか勘弁だからな。
「あっ、着きましたよ!」
そうして話すこと数分。
ようやくたどり着いた事務室のドアの手前で青羽さんが立ち止まる。
さあ、気を引き締めなければな。
相手は誰だか分からない奴だ。
こういう時こそ気を引き締めて、舐められないようにしなければ。
軽く息を吸って心を落ち着かせていると、ノックをして青羽さんがドアを開いた。
その瞬間、俺の視界に広がったのは明かり。
その光景に一瞬視界を奪われるものの、持ち直して再びぐるりと辺りを見渡す。
すると、目の前には───
「プロデューサーさん!初瀬君を連れてきまし───な、なんとぉ!?」
「プロデューサーさん!デートしよう‥‥‥ダメ?」
「いやデートは別に良いが時と場所と状況ってのがな‥‥‥うわ熱っ!?コーヒー零した!!熱ッ!!」
ドタバタ劇とも連想できる光景が広がっていた。