その歌声に想いを乗せて   作:送検

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第1部のテーマは『馴れ初め』と『友』です。


第1話

初瀬翔大(はつせしょうた)です」

 

これは、誰かに向けての自己紹介でも自己を証明する為の内なる叫びでもない、ただの挨拶だ。

自己紹介というにはあまりにも情報開示不足なもの。とは言いつつも、声を大にして名前を言っているために、内なる叫びでもない挨拶の出来損ない。

 

なに、緊張した訳ではあるまい。

序にコミュ障でもない。

ただ、俺があまりに開示できる情報に乏しかっただけ、それだけだ。

 

 

 

 

 

さて、自己紹介を終えた後クラスを一望してみる。

一番前の席には目を輝かせ、『転校生だぁ!!』と人の首でも取ったかの勢いで目を輝かせている少女。

それ以外の面子の表情がなんともいえない渋い顔をしている故に、より一層女の子の表情が際立っている。

 

「よろしくね!!分からないことがあったらなんでも聴いてよ!!」

 

と、不意に女の子が俺の手を握るとニコリと笑みを浮かべる。

すると、先生が間に入り少女を制止。

そして、俺に苦い顔をしながら一言。

 

『おい、それだけか?』

 

それだけだ。

驚いたか?俺は自己紹介する時は口数の少ないタイプなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人ってのはある程度1人の時間を設けなければいけない連中だと思っている。

人間は、下手に知能があって会社やら学校やらを建てたりしたお陰もあり、ガキになっても大人になっても集団生活を余儀なくされることの方が多い。

そして、それぞれがそれぞれのスタイルを持っており、そのスタイルが他人と完璧に適応することも限りなく少なく、その違いに着々とストレスを溜めていく。

 

そんなストレスは台所の油のようにしつこく心にまとわりつき、簡単には払拭出来ない。かといっておざなりにしていると心身に影響を及ぼすストレスは出来るだけ早く洗い流したい。

そんな奴らがストレス解消する為に行うことは『1人の時間』だ。

 

1人でゲームをして発狂するも良し。

1人で散歩するのも良し。

 

兎に角1人で何かをする、他人に気を使わないようにすることで、多くの人間はストレスという名の心の油を払拭することが出来るのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、俺にもストレス解消法がある。

俺は元来歌を歌うことが非常に大好きな性格であった。

歌は、己の気持ちを解放出来る良いものである。

プロにならねば金は貰えぬが、俺が歌を歌うことによって感じている多幸感の感情は、金銭を貰うよりも大切なものだと俺は感じている。

 

歌があれば幸せだった。

歌さえあれば、俺は生きていられたやも分からぬ。

が、人前で歌うのは嫌いだ。

厳密には、嫌いになったとでも言うべきか。

 

 

 

 

 

ここで唐突だが、吾輩はぼっち歌が好きである。

1人で歌うことは人に気を遣う必要もなく、自由な気持ちで歌うことが出来る故である。

序に言わせてもらえば、俺は青空の下で歌を歌うのが好きである。

閉鎖的な空間で歌うよりも、壁のない、何もない空間で歌うことが何よりも好きだ。

 

そして、なんの因果かな。

転校先は屋上解放のサービス付きだ。

時々洗濯物が干してあるのが偶にキズっちゃキズだが屋上が開いているのは俺にとっては好都合である。

 

新しい環境、鬱陶しいサイドポニー、それらの要素が織り成すストレスに辟易した時、屋上に併設されているベンチに横たわりながら、青空の下で歌を歌おう───なんて発想に俺が至るまで時間はあんましかからなかった。

 

 

 

 

 

 

屋上から吹く風は俺の頬を撫ぜる。

心地よいもんだ、こうしていると学校や日常生活で溜めたストレスが野に解き放たれるような気さえしてならない。

ここなら俺の好きなお歌も歌えそうである‥‥‥いやあ、転校早々ついてますわ。

 

「‥‥‥さて」

 

無人の屋上にたどり着き、一番初めに行ったのはリラックススペースの確保‥‥‥座席の移動であった。

屋上で休みを取る以上座る為のものは必要不可欠である。

地べたに座っても良いのだが、その場合制服が汚れちまうのが難点だ。

そのために俺が引っ張り出したのは壊れかけのベンチ。

屋上の片隅に追いやられていたベンチを鉄柵の前に設置して、景色を一望できるようにすると自分だけの城ができたかのような気分に至り、士気が高揚する。

 

よーしよーし、()い奴め‥‥‥とベンチの背もたれを撫でつつも、いい加減休息を摂ろうとベンチに座り、横たわった。

その瞬間鳴り響いたのは『ギシギシ』という物が壊れそうな音。

それらを合わせたこのベンチに対する個人評価は70点。

普段の俺なら怒り狂ってじたばたしているところだが、四の五の言っていられる状況ではない。

俺は重くないぞ、悪いのはてめーだよ───と心の中で70点のベンチに手のひら返しを敢行しながら、俺は深呼吸して空を見上げた。

 

「‥‥‥」

 

ああ、良か天気やね‥‥‥なんて年寄りじみたことを考えつつ、俺は当初より目標としていた歌を歌い始めた。

 

アップテンポではない。

スローテンポを基にしたなんでもない童歌(わらべうた)だ。

けれど、今の俺の心境を表すにはスローテンポが1番合っている。

何せまったりしたいと心底願っている野郎なんだからな。

 

歌声は空へかき消えていき、それと同時に声を出すことにより立て続けに空へと響いていく。

幸せだった。

空気が振動し、声が俺の耳を介して聴こえてくる。

他人が聴いた己の声と自分の聴こえた声の聴こえ方には差異があると聞いたことがあるが、そんなのはさして関係のないこと。

俺にとって大切だったのは自分がしっかりと気分転換できているのか否かだ。

それさえ出来ていればオールオッケー。

俺はこの時、そんな中途半端で浅はかな考えで歌を歌っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからかな。いや、ぜってーそうだ。

 

 

 

さっきから女の子がじっと俺の姿を見つめている。

それは絶対俺が歌を歌っているせいであり、その視線を感じつつ、俺はとある事を失念していたことに気がつく。

 

屋上が解放されてるってことはYo!

他の奴も屋上で暇潰しする可能性があるってことじゃねーかYo!!

 

‥‥‥失礼、取り乱した。

 

己の作った稚拙で幼稚なラップに内心ゲロを吐きながら、俺は起き上がり目の前の女の子を見る。

うん、女の子だな。

うん、可愛いな。

ロングヘアーは腰まで伸びており、パツンと切られ、揃えられた前髪に、年相応のあどけない顔つきを残しながらも、凛々しい表情がアンバランスとなり‥‥‥正直に言わせてもらおう、ド・ストライクだ。

 

だが、ここで『は、初瀬です!突然すみませんが連絡先交換しない!?』なんて言った日にはもれなく女の子が軽蔑的な視線を俺に突き刺すことだろう。

俺はそんなことをするほど浅はかでもないし恋に飢えてもいない。

 

今の俺に必要なのは恋慕の情でもストレスを解消するための方策でもない。

いつでも誰かに見られているという危機感だったのさ。

 

 

 

 

 

「‥‥‥歌」

 

少女が、目を見開いた状態でぽつりと呟く。

ふむ、やはり聴かれていたらしい。

いや、まあ女の子がここに突っ立ってる以上こうなることはある程度予想はしていたんだが。

今の俺はまさに隠れて読んでいた大人向けの本が母にばれた思春期の高校生だ。年齢不相応な体験をしてしまっていることに感激すれば良いのか、はたまた見苦しいものを見せてしまったことに落胆すれば良いのか、俺には分からぬ。

 

「歌っていたのは、貴方?」

 

で、俺はこの答えに何と回答なされば良いんでしょうかね。

嘘をつくのは基本宜しくないが、ここで嘘をつこうが別に不都合になることなんて何にもないと思うんだよな。

かといって嘘をついてもどうせバレる。ここにいるのはこの女の子を除けば俺のみ。他の奴が歌ったなんてのは誤魔化しにすらならん。

結果、正直に話すことをここに決めた。

 

「ああ」

 

「‥‥‥そう」

 

「歌うのは校則違反だったか」

 

尋ねると、女の子は首を横に振る。

むう、否定か。なら、一体なんなんだ───と考えていると女の子は少し笑みを作る。

 

「歌、とっても上手かった」

 

「俺の歌が?」

 

「ええ、音程も整ってて、声も透き通ってて、何より思いが伝わってきたから」

 

思い、か。

そりゃまた抽象的で、あやふやなものを賞賛のポイントとして導入したものだ。

何せ、俺はこの歌に思いやりというものを持っていない。ただ、ゆっくりしたい、ならスローペースの音楽でも歌おうかね、という発想に至った故の奇行である。

もしかして、怠けたいという俺の深層心理でも彼女は見破ったのだろうか。

だとしたら冗談じゃないし笑えない。誠に遺憾である。

 

そして、もうひとつ。

彼女は俺の歌に技術があると宣うのだ。

俺の歌の何が彼女に伝わったのかは知らないが、技術に関しては特に何にも心得てはいないはずなんだがな。

 

「特に意識はしていない。歌は楽しいもの、道楽として歌っている。技術なんて、特に何にも意識してないぞ」

 

「それでも、上手かった。良いものを聴かせて貰ったわ‥‥‥ありがとう」

 

目の前の少女は穏やかな笑みで俺を見続ける。

その一方で、俺は心中穏やかではない。

何せ、歌を聴かれたんだからな。

恥ずかしいったらありゃしない。

 

だからかな、次に俺の口から発せられた一言は賞賛に対しての礼でもなんでもない、皮肉だった。

 

「青空演奏会擬きのような何かに誰かを入場させた覚えもないし、聴かせたつもりもないんだがな」

 

「それは───確かに悪かったけど、屋上は貴方だけのものじゃないでしょう?」

 

うん、知ってる。

誰だってそう言うと思う。

なんでそんな冷たい見当はずれの言葉を反射的に言ったのか、明確な理由が俺にも分からない。

強いて言うなら照れ隠し───とでも言い訳すべきか。

 

「歌、好きなの?」

 

「そりゃ道楽で歌ってるからな‥‥‥好きっちゃ好きだ」

 

寧ろ、好きじゃなきゃこんな青空の下で歌ったりなんかしないな。

序にと言ってはなんだが1人でいるのも好きだ。ぶっちゃけ1人で居る事に快楽を見出しているまである。

 

「そっか、好きなんだ」

 

「ああ」

 

「それじゃあ、部活は合唱部に?」

 

「考え中」

 

その瞬間、少女は顔を顰める。

何か琴線に触れるようなことを言ってしまったか。

っべー、っべー‥‥‥と内心冷や汗をかいていると女の子が人差し指を上に突き立て、言葉を紡ぐ。

俗に言う、お説教ポーズって奴だ。

 

「考え中って‥‥‥中学生活はたった3年なのよ?それを未だに考え中って。そのネクタイから見るに2年生でしょう」

 

「ああ、それがどうしたんだい可愛い女の子さんや」

 

「かッ‥‥‥巫山戯てるの?」

 

おーっとぉ?

なんか冷ややかな視線を向けている割には顔が赤いですなぁ。なんだよアンタ、正面からの賛辞に弱いのか。見た目クールな癖して割と可愛いとこあるんだな。

 

「へっ、別に巫山戯(ふざけ)てなんかないっすよ。そもそも俺はつい最近ここに来た転入生でしてね」

 

「‥‥‥仮にそうだとしても中学生活はたった3年間。常に目標を持って、決められるものはさっさと決めて行動に移す。それが肝要なの」

 

なんだコイツ。

別に中学生だからといって絶対部活に入ることが義務付けられているわけでもなかろう。

目標とか大きなお世話だ。

そんなもの既に作ってるし、既に行動に移してる。

 

「部活が強制入部とでも言うのか?」

 

「‥‥‥別に、そう言ってる訳じゃないけど」

 

「なら帰宅部として真っ直ぐ家に帰ることを目標にしましょうかね‥‥‥よくもまあ初対面の男の子にくどくどお説教できるもんだよ、感心しちゃうな俺」

 

ヘラヘラ笑いながら女の子の真面目な言葉を不真面目な言葉でいなしていると不意に『ピキッ』と擬音でもつきそうな勢いで女の子の顔が引き攣る。

会話のテンポを意識しながらも、真面目な話題を逸らそうとしたのが祟ってしまったのだろう。

がっとぅーへう、10秒前の俺。

 

「‥‥‥ああ、そう。なら勝手にすれば良いわ。後で後悔しても知らないから」

 

「後悔なんてしませんよ、今こうしている時間が幸せなんですから」

 

「‥‥‥折角良い歌を持ってるのに。肝心の性格がガッカリじゃない」

 

勝手に期待したのはお前さんだ。

こちとら誰からも干渉なんてされたくねえんだからな。

分かったら散れ、帰れ、あっかんべー。

 

「で、お姉さんは何時になったら帰ってくれるんですかね。てか、自分から話しかけておいて名乗らないとか失礼じゃね?ほら、名乗れよおねーさん」

 

こんな会話をしていることが馬鹿馬鹿しく感じてきて、『へっ』と最後に嘲笑する。

またしても、顔を引き攣らせるおねーさん。

伝統芸か、そういう所も可愛いものだ。

出来ることなら、ずっと煽っていたい。

 

だが、楽しい時間ってのは割と長くは続かないもの。

少女は一瞬顔を引き攣らせたものの直ぐに冷静になり『んんっ‥‥‥』と咳払いをする。

彼女なりの切り替え方なのだろうか。若しくは偶然、そういった咳払いになったのか。

何方でも構わないが。

 

「‥‥‥最上静香」

 

ふむ、もがみしずかというのか。それはなかなか覚えやすい名前ではないか。

もがみ‥‥‥もがみ。

 

「‥‥‥もが?」

 

アカン、己の馬鹿のせいで漢字が分からへん。

イントネーションも俺にとっては馴染みのない名前だったからか忘れそうだ。

名前を忘れたいわけではないのに、忘れてしまいそうになる感覚に内心慌てふためいている。

すると、その痴態を見ていたのか。大きくため息を吐いた少女は俺を胡乱な目付きで見遣り、言葉を続ける。

 

「最上階の『最』と『上』でもがみ。静かなる香りって書いて静香‥‥‥これで良いでしょう」

 

「‥‥‥最上」

 

その瞬間、俺の頭の中でカチャリと何かが嵌る感覚がした。

この感覚は久しぶりだが、ちゃんとした覚えはある。

問題を解くことができた時。

気持ち良い思いをした時。

決まって、俺の頭の中はカチャリとした感覚と共に多幸感に満ち溢れるんだ。

 

「そっか、最上って言うのか」

 

「‥‥‥そう、最上。で、貴方の名前は?」

 

その瞬間、上がっていた口角───恐らく笑っていたのだろうか───が一瞬にして引き攣る感覚に襲われる。

 

やはりそう来たか。

いや、分かってはいたが。

名前を言うことに抵抗があるといえばある。ぼっちだったもんな、仕方ない。

しかし、折角俺の煽りをまともに返して自己紹介してくれた最上センセのお言葉だ。礼儀にも反する、ここはしっかり自己紹介せにゃならんわな。

 

ため息を吐いて、最上を見据えた俺は自分でも分かる気だるげな声で己の名前を声に出す。

 

「初瀬翔大」

 

「はつせ‥‥‥?」

 

「初めての『初』に渡瀬の『瀬』で『はつせ』。飛翔の『翔』に大丈夫の『大』で『しょうた』だ。間違えんなよ、最上さんよ」

 

指で空に字を書いて、漢字対策もバッチリの出血大サービスだ‥‥‥なんてどうしようもないことを考えつつ、俺はそう吐き捨てた。

 

俺の名前で良く漢字だけ見て間違えられんのは翔大の部分だ。そもそも『翔大』と書いて『しょうた』と書く名前はそれ程浸透している訳では無い。

故に、よく『しょうだい』とか間違われることも多い。

俺もそうだった、何せお勉強はからっきしだったクレイジーボーイなもんでね、悪知恵と安っぽくて稚拙な皮肉だけは頭が回るようになっちまった。

生まれ持つセンスってのがこれなら、神様を恨みたくなるね。転生特典とかをガチめに欲しがるくらいには神様に怨恨を抱いているんですよ、割とガチで。

 

「‥‥‥初瀬君、か」

 

最上がそう言うと、屋上から一陣の風が吹く。

特に何も無いつむじ風。

そのつむじ風は、最上と俺の間を通り抜けて俺の自慢と呼ぶには相応しくない短めの黒髪と最上の長い髪を靡かせる。

俺の黒髪は、短い故に目視することは出来ないが目の前に居る最上の髪が靡いていることは目視出来る。

風に靡く、枝毛もない綺麗な黒髪は風の流れに従って綺麗に靡く。

その光景は、最上の聡明な顔付きも相まって俺の心を賑わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

若干、な。

 

 

 

「で、最上センセは何時になったら帰ってくれるんですかね」

 

「‥‥‥ええ、帰らせて貰うわ。初瀬君と同じ空気を吸ってるって思うだけで吐き気がするから」

 

そりゃ残念だと心から思う。

けど、これ以上会話をすることもない。

 

それに、今後屋上で出会う可能性だってある。

そこまでこの出会いを長引かせる必要はないだろうさ。

 

「さようなら、あわよくば2度と出会わないようにと願っておくわ」

 

「2度と!?」

 

「‥‥‥誰のせいでこうなっていると思ってるの?」

 

いや、そりゃ確かに色々言ってはしまったけど───なんて弁解しようとまたしても口を開こうとすると、不意に鳴り響くチャイムの音。

 

 

───これは、授業開始のベルではない。

 

「あっ、やべ───」

 

【初瀬翔大君、至急職員室に来てください】

 

担任の先生の声がスピーカー越しに響き渡る。

それと同時に思い出したのは、今日の昼休みに必要な書類を取りに来いという担任の先生の一言。

すっかり忘れてしまっていた。

いっけねぇ‥‥‥土下座で許してもらえるだろうか。

いや、どちらにせよ怒られるわ。土下座しても無駄だ。

 

 

 

「何しているの?早く職員室に行きなさい。幾ら初瀬君でも成績を悪くするような怠惰ぶりは許さないわよ」

 

そんなの俺だって嫌だ。

ただ、この状況を何とかする為の方策を俺を何も持ち合わせちゃいないんだ。

聞け、最上。

 

「‥‥‥職員室、どこ?」

 

「は?」

 

「いや、そもそも自分の教室の場所も分からない」

 

「えぇ‥‥‥」

 

今までのピリピリした空気が一気に弛緩する。

その原因は紛れもなく俺。

帰れ帰れと半ば追い出す形を取りながら、最終的には最上に頼るという情けなさに拍車をかける2コンボが空気が弛緩した原因である。

 

鋭い眼が一転、まるで情けないものを見るかのような冷ややかな目が俺を襲う。

ヤブヘビって奴だ。

自業自得の悲しさである。

 

「‥‥‥自分の力で辿り着いてみせるさ、俗に言う自助努力ってやつだな」

 

空元気大いに結構。

はっはっはー!と大袈裟に笑いながら、屋上のドアに手をかけて歩を進める。

 

 

 

 

 

しかし、その足はふと聴こえた声によって遮られた。

 

「‥‥‥階段降りて2階へ降りた後左側の廊下の2部屋目」

 

最上のその一言に俺の足は固まり、壊れたブリキのようなぎこちない動きで最上の姿を捉えた。

その姿は次第に近付いていき、俺の目の前にまで近寄り─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通り過ぎて、ドアノブを回した。

 

「ウェイ!?」

 

先程の一言で、てっきり道案内をしてくれるのだろうかとか淡い期待を抱きかけていた俺は最上がドアに手をかけたことに驚き、思わず変な声が出てしまう。

その様子に、最上の視線はやや鋭い。

 

「まさか道案内でもしてくれると思ったの?だとしたらご生憎様、私には予定があるの、さようなら‥‥‥私に帰って欲しくて仕方がない初瀬君」

 

先程の暴言が後を引いている。

引き続き、ヤブヘビだ。

または身から出た錆。

こうした状況に陥ってしまったのは全て己の行動故。自分のケツは自分で拭かねばならないということだ。

 

「転校早々屋上なんて行くからそうなるのよ‥‥‥全く」

 

最後のそう一言だけ吐き捨てて屋上を後にした最上に言いたいことは山ほどある。

例えば、生意気言うな───とか。

または、職員室の場所案内してください!とか。

最上静香という少女と俺の相性は最悪な故か、悪態なんてものは山程頭の中から出てくる。

しかし、時間も時間。思いついた言葉を粗方口に出している間にも時は過ぎて、先生に怒られてしまう。

ここは1番吐き出したい言葉を大きな声で発することにしよう。

 

 

そう思い、俺は思いっきり息を吐いて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大っ嫌いだー!」

 

思いの丈を、ストレートに発した。

 

 

 

 

 

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