その歌声に想いを乗せて   作:送検

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第16話

 

 

 

 

 

 

多かれ少なかれ妥協というものは必要なものだと感じている。

まあ、そもそもの話こういった考えを持っている時点で俺こと初瀬翔大の心の弱さが垣間見えているワケなのだが、まあ聞いてみてくれ。

人間、何事も努力をして夢を叶えるという気概を持つことは大切だ。

その気概があれば、意識が変わり、行動が変わり、習慣すらも変わる。最終的に何かを成し遂げられるだけの人生が変わってしまう。

それ程、気概もとい心は大切なものだ。夢を叶えるためには心が肝心なまであるからな。

 

しかし、その心を持った奴等が全員夢を叶えられる───とは誰も言ってない。いつか、人生の分岐点のようなものに差し掛かり、その道を突き進むか突き進まないかの岐路に立ち、経済的、将来的、精神的な要因から人はその気概を折ってしまう。

 

仕方の無いことだ。人は誰しも自分が可愛い。

夢でメシは食えない。

つまりは、夢より将来を取るわけだ。己が困窮するであろうリスクから逃げ、夢を捨て目先の安定を取る。そうして人は大志を捨て、夢を壊すのだ。

 

 

では、そんな奴等は情けないのだろうか。

臆病だと、その程度の夢だったと言えるのか?

答えは、否だと俺は思う。

 

先程も言ったように夢だけを持つことでメシは食えない。

勿論夢に貴賎はないが、夢ばかり追いかけて実益を伴わないことを良い歳になっても続けていれば人はいずれ窮地に陥る。

その窮地に陥る前に、将来を取り普通の仕事をする。それは妥協と言われようが甘えと言われようが、決して悪いことではない。

 

妥協は言い換えれば現実と周囲を見れているということだ。

状況にもよるが、何ら恥ずかしがることではない。

人間、心が貧しくなれば一生夢を抱けなくなる。

たった一つの夢を壊したところで、夢を持つために肝心な生命は朽ち果てない──また違う夢を持ち、やり直すことが出来るということだ。

 

 

──と、そんな理由を頭の中で考えつつ、妥協をしたところで別に俺が恥ずかしがることでもない。何なら、今のこの状況に妥協しまくりプロデューサーとやらの会話を楽しもうとする一種の達観にまで至っていた俺なのだが。

 

 

 

 

 

「よく来てくれたね」

 

「はあ」

 

「まあ、お察しの通り僕はプロデューサーだ。今は1人しか居ないのでみんなのプロデューサーとして日々邁進中。けど、アイドルプロデュースの傍らでプロデューサーも目下スカウト中でね‥‥‥実は1人追加で大卒の男の子が入ってくれるかもしれないんだ」

 

「はあ」

 

「だからね、良かったらキミも将来的にプロデューサー業を」

 

「あ、プロデューサーさん。それアタシ知ってますよ?確かアオタガイって言うんだって!」

 

「失礼だな!?いや、まあ事実だけど!!」

 

正直、失敗だったかもしれない。

さっきから会話のペースがこの2人によって作られていると言っても過言ではないこの状況。

それはつまり、会話の流れが全く読めないということで。

この雰囲気が何となく俺にとっては苦手だった。

苦手なものを進んでやりたい!なんて言うやつはなかなかいないよな。

無論、俺はできるだけ嫌なものとはサヨナラしたい。

この状況から、速い所抜け出したいってのが本音ではあった。

 

「コホン、失礼。翼もここに来ててね‥‥‥まあ、なんだ。2人は知り合いみたいだし、良いか?」

 

「は‥‥‥知り合い?」

 

「あれ、確か初めてライブを見に行った時に話したって翼が言ってたぞ?」

 

初めてのライブ?

確かその時は高木にチケットを貰って、んでもって最上と話して───

 

「‥‥‥ああ」

 

思い出した。

人型地雷・髪の毛が外に跳ねている奴。

その少女が伊吹翼という少女だということを再認識し、俺は露骨とも言えるため息を吐いた。

なんというか、面倒だったのだ。

俺は出会った時から此奴に対して良い印象がない。

接点もない割にグイグイ行くのはどこぞの元気少女を彷彿とさせ、更に遠慮なくズケズケと物を言う姿勢が何処となく反りが合わない───そんな気がしたからだろうか。

兎に角、此奴は苦手だ。

 

「この人静香ちゃんと一緒にいた人ですよ?確か‥‥‥そう、ショータ君!」

 

「うっさいぞ鳥頭」

 

「む、私の頭は鳥じゃないってばー!!」

 

知ってる。

この場を凌ぐジョークとでも言えば良いのかな。

これを機に俺のことを目一杯嫌ってもらって、話しかけてくれないように仕向けてしまえば多少はマシになるだろう。

さあ、伊吹よ。俺を嫌え、そしてこっちを向くな。あわよくばこの空間から出ていってくれ。

 

「ははっ、仲が良さそうで何よりだよ‥‥‥まあ、俺としてはキミとサシで話したかったんだが、別に翼が居ても話は出来るからね」

 

「そう願ってたなら一緒に伊吹を撃退しようぜ、共同戦線だ」

 

「いや、それは良いかな」

 

「プロデューサーさん大好きー!」

 

裏切りやがった。

やはりプロデューサーはアイドルが可愛いってか。

良いね、最高じゃないか。

最高過ぎてストレスが溜まるってのもワケの分からない話ではあるんだが。

後、さっきから眉間がピクピク動くんだよな。

疲れが溜まっているのだろう、気をつけなければ。

 

いつの間にか用意されていたお茶を啜り、ニコニコ顔でこちらを見ているプロデューサーと伊吹を一瞥する。

そしてプロデューサーと視線が合うと、プロデューサーはくつくつと笑みを零して俺に一言。

 

「高木さんから聴いたよ」

 

「何をですか」

 

「まさかキミがジョー、なんて呼ばれてるなんてなぁ」

 

「むげっほ!!」

 

お茶が気管支に入り、噎せた。

まさか情報がここにまで行き渡っていたとは思わなかったからな。

勘弁して欲しい。

それは俺の歴史の中でも割と黒い方なのだ。

俺の心が傷んじゃうから、本当に止めて欲しい。

 

「‥‥‥違います、人違いです」

 

「えー、プロデューサーさん何言ってるの?」

 

伊吹がまるでワケが分からないとでも言いたげに、プロデューサーを上目遣いで見遣る。

するとプロデューサーは両手を広げながらニヤリと笑みを零し、事の詳細を話す。

 

「ギターを鳴らせば音色が響き、耳に響くは想いの声」

 

「おいなんだその聞き慣れないクサイ名称は」

 

「歌い手はジョー‥‥‥高木さんから何度も聞いたよ。歌、ギター、想い‥‥‥その話の詳細を聴く度に僕は胸を弾ませたものさ!」

 

「話を聴け、聴こえますか?ねえ、聴いて?俺の話聴いて?」

 

語りかけるもプロデューサーには届かず。

寧ろ、余計に悦に浸った状態で俺を見遣るプロデューサー。

不思議そうにプロデューサーと俺を交互に見遣る伊吹。

そして、聞き逃すことはない後ろから鳴ったドアの音。

この空間が混沌としているのは、最早言うまでもないだろう。

 

「と、言う訳でジョー君と呼んではダメかい?」

 

「だから違いますって」

 

何が『というワケで』だよ。

脈絡もクソもないじゃないか。

 

「ショータ君ってジョーって言われてるの?」

 

「お前は黙ってタピオカ飲んでろ」

 

「じゃあ、タピオカ買って‥‥‥ダメぇ?」

 

「うげぇ‥‥‥」

 

会話を切るどころかタピオカをせびられた。

まさに薮蛇だ。

そして、そんなことを言いつつもポケットから金を出してしまいそうになる俺。

なんだ俺、チョロすぎかよ。

チョロインかっての。

 

「初瀬君!!」

 

「あ───あ゛ぁ!?」

 

反応する間もなくプロデューサーさんとやらが俺の肩を掴み、揺さぶった。

助かった。

思わず彼女の悪魔的な何かに取り憑かれ反射的に金を出してしまうところだったからな。

どうやらこの少女、己の『可愛さ』を分かってやがる。

じゃなきゃ赤面なしで上目遣い&タピオカ強請るなんて出来るわけがない。

これを最上なんかがやった日には対象が赤面する前に最上自身が赤面するだろうよ。

 

「‥‥‥初瀬君、キミのことは高木社長から聞いた時から気になってはいたが」

 

「なんすか」

 

「うーん、暗い目をしているね。人生に希望持っているかい?」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

やたら爽やかな顔つきして結構ドギツイことを平気で言ってのけた。

確かに、暗い目をしていることは理解しているが何も口にまで出さなくても良いだろう。

あれか、本質的に嘘をつけない性格ってか。

質が悪いぜ、全く。

 

「そうそう、後‥‥‥キミのことは高木さんの他にも未来や静香から聴いているんだ。曰く『馬鹿』、『テスト低空飛行の2人』、『性格が一周回って清々しい程に屑』とか‥‥‥初期の頃の静香の罵倒は凄かったからなぁ」

 

「あははっ!後‥‥‥変態とも言われてましたよね!」

 

「うわぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

おいゴラァッ!!

一体事務所での俺の評価はどうなってんだ!?

あの時───5月のライブの時に最上と話してた望月と七尾が怪訝そうな顔をしてたのってそういう事かよ!!

そりゃ皆そうなるわ!!

変な噂が先行してたら確かにそうなるわ!!

 

「とはいえ、認めるところは認めていたぞ?というか最近はそんな罵倒もめっきり減ったからな」

 

「‥‥‥信じろというのか、それを」

 

「ああ、寧ろ信じてくれなきゃ困る」

 

‥‥‥

 

些か怪しいところもあるが、そこは信じとこうではないか。

というか、信じる他ない。

俺から誤解を解くには最早手遅れであろうからな。

 

「で、何の用があって俺をこんな所に呼び出したんですか。態々こんな大層な所に呼び出して‥‥‥俺一応未成年の学生ですからね?そこら辺分かってて喧嘩売ってんなら良いぜ、表出ろやアホPさんよ」

 

「ははっ‥‥‥手厳しいね。いやしかし、そんなキミだからこそ興味が湧いたんだ。1度でも良いから初瀬翔大と取り留めのない話をしたかった‥‥‥例えば静香のこととか、ね」

 

「俺にそんなこと聞かんでください。最上は良くも悪くも優等生‥‥‥未来に聴けば分かることでしょう?」

 

やるならもっと頭を使うことない明瞭な質問にして欲しいものだ。

連日の授業で俺の頭はくたくた。

伊吹のおねだりにもやられそうになった俺の今のクソザコの脳内では、何を言ってしまうか分かったもんじゃない。

しかし、そんな俺の願いも伝わることはなくプロデューサーはわざとらしく目を見開き、首を傾げる。

その姿はまるで道化師。

その顔面に1発喰らわせたくなったのは紛れもない事実である。

 

「あれ、おかしいなー。未来は静香のことを歌が上手くて、私にとっての憧れ───って言ってたんだが、初瀬君は憧れてないのかー!」

 

「‥‥‥ああ、そういうことかよ」

 

何となく察した俺。

それを見た故か、道化師を演じていたプロデューサーはクスリと笑った後道化師モードを解除して続ける。

 

「人からの評価なんてアテにはならない。しかし、アテにならないからこそそれぞれがそれぞれの意見を持っていて、それを聞く事で『その人の人となり』を知り、その情報を基に話すことで人は人と仲良くなれる‥‥‥いやいや、実は僕自身、静香に対して掴みかねてるところがあってね、出来れば忌憚のない静香の印象を聞かせて欲しいんだ」

 

忌憚のない、か。

なら言わせてもらおう。

尤も、脳内はよわよわな状態なので余計な蛇足まで入れてしまう可能性があるが、それは俺の知ったことではない。

頼まれた事だからな、遠慮なくやってやるさ。

 

「‥‥‥往々にして夢に真っ直ぐな奴ほど夢を叶える確率は高い、ですよね」

 

当たり前だ。

夢は願うことで発生するもの。

その願いに忠実になり、努力を重ねた者が夢を叶えられる確率を高めるのは当たり前のことである。

 

「───と、いうと?」

 

「最上はその内の1人です。夢に真摯だから、誰よりも夢を叶えたいと願う。障壁があろうとも、それを乗り越えようと戦う」

 

練習に手を抜かない。

何故なら、彼女には時間が無いから。

けれど、そんな境遇には負けずに彼女は練習を続ける。

それは俺にとっては本当に真摯なものだと感じているから。

 

「‥‥‥キミの目から見て、彼女はトップアイドルになれるかい?」

 

知らねえよ。

俺は予言者でもなければ、目利きのプロちゃんでもないんだ。最上の伸び代なんてそれこそ知らないし、知る気もない。

ただ、俺が彼女に対して思っていることは───

 

「カッコイイ生き方をしてるなーって。そんだけっすよ、俺が抱いてる感情なんて‥‥‥あ、嘘。20パーセントの確率で生意気なヤツめって思ったり、この子可愛い!とか思ったりするけど」

 

初対面から随分と最上に対する評価も変わった。

生意気で可愛い───から夢に真摯な奴へと。

彼女が小出しにする己の現状と会話に、俺の最上に対するイメージは固定化されつつある。

見かけによらず、熱い奴。

そんな可愛い女の子ってのが、最上静香なのだ。

 

さて、それを聴いたプロデューサーとやらは先程の真面目な顔が一転、またしても大笑いしてやがった。

今度は腹を抱えるという個人的侮辱行為もおまけで付属しているのだからタチが悪い。

 

「あっはっは!キミ、やっぱり面白いね!!」

 

ひとしきり笑った後、プロデューサーは興味深げにその目を見開いた伊吹に唐突に笑ったことを詫びて、再び俺を見遣った。

 

「ああ、そうさ。静香はカッコイイ。それに、キミがなんて言おうが僕が静香をトップアイドルにしてみせるさ」

 

「それは何よりです」

 

「‥‥‥で、その野望を叶えるためにキミには是非とある1組のプロデュースを───」

 

「しません」

 

とある1組ってなんだよ。

 

「因みにもう1人の子には翼が所属している組のプロデュースをしてもらう予定でね‥‥‥あの子達の活発ぶりから物静かで割と言うこと言う辛辣な彼にも相乗効果ってのが───」

 

「知らねえよ」

 

相乗効果とか知らないから。

他所は他所で勝手にやってて欲しい。

遅かれ早かれ、どうせ俺はこの街をいつか出なければ行けないんだ。

やるべき事もある。

そんな時間なんてないのが事実なんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シアターの一室で時たま大きな声を発しつつ話している声を誰しもが拾う訳では無い。

しかし、誰に聞かれるまでもない───と断言出来るほど男達の会話は静かなものでもないし、興味をそそることのない話題でもない。

聞く者に興味を湧かす───そんな会話をプロデューサーと初瀬翔大は行っていたのだった。

 

謎の男が劇場に来ている。

その情報は瞬く間に39プロジェクト全体に広がり、これまたプロデューサーとお話をするということで不信感半分、猜疑心半分の面持ちでアイドル達が事務所の中を覗いていた。

 

「うーん、さっきから翔大が叫ばないから話の内容が分からなくなっちゃったよ」

 

閉められたドアに耳を当て、会話の内容を聞き取ろうとしている少女、春日未来はまさに興味を湧かしてしまった典型例であった。

レッスン終了後、妙に喧騒感溢れる劇場内をぐるりと見渡すと、未来が見たのは事務員である美咲と共にてくてくと歩いていた翔大。

一人じゃなきゃダメというのはこういう訳だったのか───と深読みをした未来が次にとった行動は、己が得た情報を散らすという行為であった。

その結果集まったのは先のレッスンを共に行った3人の仲間達。奇しくも、その3人は初瀬翔大の事を知っている仲間達であったのだから不思議だ。

 

「‥‥‥翔大、いやいやオーラが‥‥‥凄い」

 

「あはは‥‥‥うん、杏奈ちゃんの言っていること分かるよ‥‥‥初瀬君、凄いだるそうだもんね‥‥‥」

 

望月杏奈と七尾百合子は、未来の呼び掛けによって召喚された探求者達であった。

レッスン終了後、事務所でネトゲをしていた2人。仮に未来が呼び掛けた時の言葉に聞き覚えがなければそのままネトゲを続行し、現環境最強とも呼ばれているレアアイテムを獲得せんとゲーム機を操作していたであろう。

しかし、彼女達の耳に届いたのは凡そ聞き覚えのある言葉。

 

『翔大』と『静香ちゃん』

 

その言葉に彼女達の視線は、生き生きとした表情で翔大襲来の情報を饂飩を啜っていた最上静香に伝えていた未来に釘付けになった。

気が付けば2人は未来に情報の詳細を尋ね、『2人も行く?』という未来の言葉に二つ返事で了承し、現在に至る。

 

「‥‥‥どうして私まで」

 

さて。

今、杏奈と百合子の会話を傍観しながら片手でこめかみを抑えてそう呟いた1人の少女はこの状況に対し、半ば諦観のような感情を抱いていた。

そもそも彼女は、この集団の目論見を一時的ではあるものの抑止しようとした少女であり、現在も親友の無謀とも取れる作戦に、懐疑的な考えを浮かべていた1人であったのだから。

 

『行こうよ静香ちゃん!翔大が言っていた1人でなければならない理由を一緒に突き止めるのだ!』

 

親友は悪魔なのかと一瞬疑った少女───最上静香はそう呟き、小さなため息を吐く。

その一連の行為は何やらぶつぶつと妄想に耽り始めた百合子以外の面々の耳には届いていたらしく、杏奈と未来は後ろに位置する静香の姿を見るために振り向いた。

 

「‥‥‥静香、翔大のこと‥‥‥1番知ってる、から」

 

「だって静香ちゃんは翔大の親友でしょ?」

 

「だからって‥‥‥あぁ、もう」

 

呆れ半分、心配半分の面持ちで静香は目の前の光景を眺めていた。

目の前に広がるのは対面する伊吹翼と気安い口調で話しかけている翔大。

その様子は普段とは何処か違って、疲れを残している様子が静香には手に取るように分かった。

 

「そもそもどうして翼が‥‥‥」

 

「本当、どうしてだろう。というより翼は翔大と面識があるのかな?」

 

「‥‥‥未来、確か‥‥‥ライブステージ‥‥‥」

 

「───ああ!そうだった‥‥‥確か静香ちゃんと翔大のことを仲良さげとか何とか言ってて‥‥‥」

 

「べ、別に私は───!」

 

別に他意はない───偶然だというのに翼が噂に尾鰭を付けたものだから、予想の斜め上を行く噂が横行してしまっていたのだ。

その言葉に対して懲りずに大きな声を上げて否定をする静香。

それを見た杏奈はOFFの時特有の気だるげな目付きを更に細め、ジト目で静香を見遣った。

 

「静香‥‥‥声、大きい‥‥‥」

 

「‥‥‥と、兎に角これ以上何の進展もないなら私は帰ります!というか盗み聞きなんて人のする所業じゃ‥‥‥」

 

杏奈に警鐘を鳴らされ、若干の気まずさと羞恥心に己の心を操られた静香は衝動的に立ち上がり、これまた衝動的に言葉を続ける。

その瞬間、不意にドアが開き、ドア付近で聞き耳を立てていた未来がすっ転ぶ。

 

「わぁ!?」

 

思わず尻もちを付き、己がミニスカートを穿いていたことも失念していた未来。

そこで漸く妄想から現実へと帰還し、慌てた様子でキョロキョロと周りを見渡した百合子が尻もちをついている未来に気が付き『わわわわぁ!?』と未来の前に立ち、未来の姿を隠した。

 

 

それもその筈。

目の前には最もその姿を見られてはいけない男。

そして、見つかってはいけないターゲットが仁王立ちで未来を睨んでいたのだから。

 

「‥‥‥」

 

初瀬翔大は無言で百合子を見る。

その姿は怒りに染められており、あからさまに怒っている様子が見て取れた。

しかし、ここでいつも通りの雰囲気で話しかけるのが彼女の長所でもあり、短所なのか───未来はこの状況に臆することなく、寧ろ以前の5割増のてかーっとした笑みで翔大を見た。

 

その顔に、百合子は勿論顔を引き攣らせ。

杏奈はいつの間にか開いたドアの影に隠れ、体育座りでゲームを再起動させ。

静香は翔大の視界の死角から、ため息を吐いて。

翔大は俯き加減に、少しだけニヒルな笑みを浮かばせた。

 

「あ、翔大!放課後ぶりだね!ところで今日はどうしてここに───」

 

「‥‥‥置いてけ」

 

「え?」

 

「お前等、俺の話を何処まで聴いてた‥‥‥今すぐ‥‥‥今すぐッ‥‥‥」

 

咆哮とも呼べるその怒声は、強風でも吹かんかと言わんばかりに未来達を仰け反らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐ記憶をここに置いてけェェェッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん翔大!!また明日ー!!」

 

「は、初瀬君ごめんなさい!えーっと‥‥‥そう!私の心の中の風の戦士が‥‥‥兎に角ごめんなさい!!」

 

その大声に、未来は慌てて走り、百合子は頭をペコペコさせながら未来の後を追いかけていった。

 

「‥‥‥ったく、油断も隙もない奴らだな」

 

ため息を吐きながら翔大がそう呟くと、1人───逃げずに壁にもたれかかっていた静香がその姿に声をかける。

 

「‥‥‥今度は誰の差し金?」

 

「‥‥‥最上か。そうだな、今回は社長とプロデューサーの陰謀とでも言えば良いのかな」

 

振り向いた翔大。

しかし、その表情はいつもの気だるげな表情に戻っており、怒りは沈静化した様をその表情が示していた。

 

「初瀬君は『断る』って言葉を知らないの?」

 

「そうさね、何時もお前さんとの喧嘩は断ろうと思ってんだが、なかなか上手くいかないな‥‥‥はっはー」

 

しかし、売り言葉に買い言葉とは良く言ったものか。普段の生活から犬猿の仲とも称してもおかしくはない2人の仲はシアター内でも健在。

ミリ単位で発した静香の皮肉に目敏く反応した翔大はわざとらしい笑い声と共に、皮肉を返す。

翔大と静香の表情は無表情。

冷戦ムードを漂わせており、まさに一触即発の展開ではあったのだが、それでもその後に大事件ならぬ大喧嘩が始まらなかったのは半開きになっていたドアが唐突として開いたからであろう。

 

「やあ、静香。今日もレッスンご苦労様」

 

「プロデューサー」

 

ドアが開き、プロデューサーと翼が姿を現すと冷戦ムードは緩和する。

静香はプロデューサーに軽く頭を下げ、翔大は欠伸をしながらその光景を眺めた。

 

「努力することは当たり前のことです。それよりもプロデューサー、この人と話す暇があるのなら自分のやるべきことをちゃんとやってください」

 

「‥‥‥と、ご覧の有様だ。ジョーくんも何か言ってくれよ」

 

「いやだから、俺はジョーじゃないから。何時までその話題引き摺ってんすか」

 

プロデューサーの一言に翔大は眉間に皺を寄せる。

しかし、そんな様子をプロデューサーは面白がるかのようにクスリと笑い、翼は翔大の困惑ぶりに便乗するかの如く、翔大の視界に顔を映した。

 

「ジョーくん!静香ちゃんとデートする時が来たら教えてね?」

 

「おう、そうだな。恐らく永遠にそんな日は来ないと思うけど、覚えとくよ」

 

笑顔の翼とは裏腹に翔大の顔は如何にも面倒ですよとでも言わんばかりのしかめっ面。

とはいえ、嫌いなものには関心さえ示さないと公言している翔大がこうして面倒臭がりつつもプロデューサーや翼と話している。

それがどういう意味なのか──果たして翔大がどのような心境でいるのか、というのが翔大と先程まで言い争いをしていた少女にはなんとなく分かっていた。

 

「‥‥‥初瀬君、そろそろ時間じゃないの?」

 

それ故か。

この様子を達観している翔大がこのまま翼やプロデューサーと話しているとキリがないということも確かではあり、それを悟った静香が翔大に一言を挟む。

その言葉に反応した翔大は1度時計を見て──時計の針が6を示していたことに目を見開く。

 

「やっべ、スープレックス確定じゃないか」

 

「スー‥‥‥プレックス?」

 

「ああ、門限があるからな。事情を話せば分かってもらえるだろうけど遅いだろうな、今日スマホの充電10パーセントのままで来たから電源切れてるし」

 

なら予め電話をしておけば良かったのではないかというツッコミはさておき、連絡手段が皆無で面倒な手段を嫌がる翔大がスマホを取り出し、電源が入るか再度確認するために、電源を入れるためのボタンを長押しする。

 

が、うんともすんとも言わず。

やがて『フッ‥‥‥』とシニカルに笑ってみせた翔大は最上とプロデューサーを一瞥し、一言。

 

「な?」

 

「呑気に電話してた口でそんなことを言えるのかな‥‥‥」

 

「聴こえない、聞こえない、キコエナイ。ほら、3回も言ってやったぞ‥‥‥と、いう訳でそろそろ帰って良いですか?」

 

1度最上に皮肉を返した後にプロデューサーに確認を取る翔大。その言葉にムッとなる静香とは別に、その光景を楽しげな笑みを見せながら見つめていたプロデューサーが縦に頷く。

 

「うん、大丈夫だよ‥‥‥時間が無いことは承知してるし、僕が話したいことは全部話し終わったから。取り敢えず初瀬君は社長の所へお戻り。もう、車の用意してるってさ」

 

「分かりました、それじゃあ‥‥‥さいならプロデューサーさん」

 

「それじゃ私も帰りますね‥‥‥デート、約束ですよプロデューサーさん!」

 

少年少女が帰宅するには良い時刻であったのだろう。

高木からの迎えのある翔大とは別に、翼も帰り支度を済ませ、帰路に就こうと翔大と歩幅を同じくして歩き出した。

 

「待ってよジョーくーん!タピオカ買って貰ってないよー!」

 

「巫山戯んな誰がお前なんかの為にタピオカなんて‥‥‥ああっ、その上目遣い止めろバカ!!指が勝手に百円玉を──」

 

曲がり角に差し掛かったところでそんな声が聴こえてきたのもこの短時間で仲良くなった証左であろう。

それはそれでいい。歓迎すべき出来事であり、微笑ましい事だ。

しかし、先程まで良くも悪くもこの空間の会話の中心にいた翔大と放っておけば話題と愛嬌をプロデューサーに振り撒く翼がいなくなったことで、暫しの間無言の空間が襲ってしまったことは、歓迎とはいかないだろう。

 

取り残された2人の間で沈黙が走る。

仕事の上での関係は決して悪いとは言わず、それなりの信頼関係を築いている2人ではあるが、決してプロデューサーと静香の仲は良好という訳では無い。

仕事での付き合いが良いからと言って関係まで良好とは断言出来ないのだ。仕事をしている内は、その表面を取り繕えることも出来るのだから。

 

事実、『まだ』静香はプロデューサーを信用こそしているものの信頼しきれてはいない。静香自身が抱いた『頼りない』という印象を払拭しきれていなかったから。

 

「‥‥‥この時間まで、自主レッスンか?」

 

重苦しいとも形容できる静寂をプロデューサーが断ち切る。

ごくありふれた質問、さっきも聞いた質問ではあったが、何も話さないよりかはマシであり──そんなプロデューサーの質問に、静香は毅然と答える。

 

「はい」

 

「そうかそうか‥‥‥レッスンご苦労様。疲れてないか?」

 

「さっきも言いましたよ。努力をするのは当たり前だって」

 

「俺はその『当たり前』を当たり前のように出来る静香を褒めてる訳なんだがな‥‥‥」

 

労い、信頼を得ようとしたプロデューサーの言葉は見事にいなされる。

その事実に内心がくりと頭を落とすものの、直ぐに切り替え静香の方ではない、翔大と翼が歩いていた廊下の方を向きながら、続ける。

 

「今日、初瀬君と話して思ったよ。うん、静香が言ってたような人間だった。ちょっと喧嘩っ速い性格してるし、断れない状況に持っていけば逃げないっていうのも本当だった‥‥‥それに」

 

「‥‥‥それに?」

 

「良い人だよな」

 

その一言に、静香は目を見開く。

その様子を見たプロデューサーは、先程までの笑顔を見せずに心底真面目とでも言わんばかりの無表情で続ける。

 

「静香の言った通りの人間だったよ。鼻につく所もあるけど、それで嫌いにはならない誠実さがあるって。良くも悪くも背伸びした子って感じだった」

 

「‥‥‥真に受けないで下さい、少しそう感じただけです。それをあたかも何時も思っているかのように言うのは止めてください」

 

「悪い悪い‥‥‥にしても高木さんが言うこと通りならもう少し面倒な性格をしてるって触れ込みだったんだけどな。蓋を開けてみれば普通に良い子だ、思いの外傷心旅行が上手くいってるのかな」

 

「‥‥‥さあ、分かりません。初瀬君が何をしでかして傷心旅行なんて名目で貴重な2年を故郷から離れた慣れない地で過ごしてるのかなんて」

 

表面上はあたかも興味のない素振りで前髪を弄りながらそう答えた静香。

とはいえ、気になるというのも事実ではあった。

この前のライブ。

初瀬翔大の夢に関しての一欠片を知った静香の心は揺らぎ傷心旅行をする意味に対しての興味を湧かせた。

 

その時静香が見た初瀬翔大の表情はまるで過去を懐かしむように目を細められていて、しかしその過去に苦しむかのように歪んだ表情。

そのアンバランスぶりに静香は1度、真っ先に浮かんだ言葉を発するタイミングを失った程、その顔に静香は不安にも似た関心を抱いていた。

 

今度、聴いてみてもいいかもしれない──なんて思ったところで、己の腕時計を見た静香は良い時刻であるということに気が付き、プロデューサーに再度声をかけた。

 

「プロデューサー、私はこれで」

 

「あー、ああ!気をつけて帰れよー」

 

先程の毅然とした態度が一転、間延びした緊張感の欠けらも無い一言にもしっかり一礼し、静香はシアターの出口に向かって歩く。

 

 

 

 

 

静香の歩調は、速い。

腕時計が示す時計の針次第では更に速くなる。

親の下へ帰るために、腕時計という静香にとっての『束縛の象徴』を1度見て、静香の帰路を辿る足は更に早くなった。

 

「(‥‥‥急がなきゃ)」

 

時間は有限であり、止められないもの。

しかし、その時間自体を制限されてしまっている静香に残されている時間は、他のアイドルと比べて残り少ない。

腕時計を見ると、その想いが募り焦燥感が逸る。

何処か余裕がなく、生き急いでしまっているのだ。

 

最上静香はアイドルが好きだ。

けれど、その時間は限られており『楽しい』、『好き』だけではどうしようもならない『束縛』が彼女の時間を削り、削って、アイドル最上静香をただの少女にすべく締め付ける。

そんな現実を嫌でも意識してしまう腕時計が、静香にとっては嫌いでならなかった。

 

「(‥‥‥腕時計なんて、なければいいのに)」

 

そんな父に対する反抗的な感情を胸に、静香は次発の電車に間に合わせるべく、早歩きでシアターを去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プロデューサー、居るかー‥‥‥ってアンナ?どうしたんだ、そんなとこで震えながらゲームして」

 

「翔大‥‥‥怒ると、怖い‥‥‥」

 

「‥‥‥翔大?」

 

「‥‥‥うん、翔大‥‥‥です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ジョー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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