その歌声に想いを乗せて   作:送検

21 / 24
第17話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり来たかと俺は頭を覆いたくなる衝動に襲われた。

 

 

 

 

6月が始まり、じめっとした空気が周囲に蔓延する今日この頃。

昨日から予兆があった雨が本格的に始まったのだ。

雨は歓迎するべきものでもあるし、招かれざるものでもある。雨が降らなければダムなどの施設に影響が出て水不足になる、その一方で長期的な降水は外で活動するものに制限を与え続ける。

要はバランスが大事ってこった。しかし、晴天と雨天のバランスはこの時期に限り大きく崩れる。

梅雨は、招かれざるものでもあるのだ。

 

「もう雨なんてやだよ翔大ー!」

 

そして、それはこの女とて例外ではなかったらしい。

さっきから席に座りながら窓越しに雨天を眺めている俺の首をぐわんぐわんと擬音がつかんばかりの勢いで揺さぶる未来は、このじめっとした空気と雨天を心底嫌っているらしく、先程からその表情に晴れ間は差さない。

何ともまあ、可哀想ではあるのだが神様でもない俺にとってはどうすることも出来ない。適当にあしらって、適当に会話をすることしか自称一般人、通称テスト低空飛行コンビの片割れetc.の俺には出来ないんだからな。

 

「あー、そうだな。じゃあお前がお天道様に願えよ。降る雨を全部飴玉にしてくれって」

「雨は飴玉にならないよ‥‥‥でへへ、翔大って間抜けだね!」

「ジョークを真に受ける奴は嫌いじゃないぜ。この前のこともある‥‥‥よし、表出ろや未来」

 

6月初旬に起きた出来事がつい昨日のことのようだ。

実際には6月は既に中旬に差し掛かっており、かなりの期間とは言わずとも、昨日というには語弊がある。

 

「大体、お前が監視なんて馬鹿げた真似をしなければ俺のことが望月や七尾にバレることもなかったんだからな。プライバシー侵害で訴えるぞ」

 

「だってプロデューサーさんと翔大が話す──なんて聴いたらさ、気になっちゃうじゃん」

 

「ならねえよ、人と人が会話するだけだってのに」

 

「えー」

 

机に顔を埋めながら足をバタバタさせる未来。

何が不満なのかね。

人と意見が食い違ったくらいで、ぶーぶー言うなっての。

 

 

雨の音が鳴り響き、俺と未来が無言になった途端にその音は更に目立ち始める。

その音は、まるで俺達に会話を止めるなと催促しているようで、非常に鬱陶しい。

 

「‥‥‥雨かぁ」

「どうした」

「こんな日に傘を忘れたりしたら大変だよ。静香ちゃん、傘忘れてないかなぁ」

「はっ、しっかり者で真面目な最上サンが何だって?」

 

アイツに限って傘を忘れるなんて愚行を犯す筈がないだろう。

しかも今日は朝っぱらから雨だ。

これで傘を忘れたなんて奴が吹聴してみろ、俺はきっと腹を抱えて大爆笑してやるぞ。

しかし、我がフレンドであるところの未来はそんな俺の返しに不服そう。

不敵な笑みを浮かべ、『ちっちっちー』と人差し指を振ってきやがった。

 

「翔大は根本的に何か勘違いしてるよ」

 

「まさかお前に根本的な話をされるとはな‥‥‥で、何が間違ってんのか、言ってみな」

 

「静香ちゃんだって可愛いところもあれば、うっかりするところもある!つまるところはみんな人間だから、弱点はあるってことだよ」

 

「お前は小テスト赤点が弱点だよな」

 

「翔大だって同じ小テストで赤点取ってたじゃん」

 

図星。

未来がまさか俺の返しに辛辣な言葉で返す日が来るとは驚きも驚きである。

とはいえ俺とて馬鹿の1人だ。

この場合、未来が進化したのではない。俺の知能レベルが未来より劣っていることになる。

悔しい、悲しい、恥ずかしい。

お家帰りたい。

 

 

 

「それにしても、傘‥‥‥か」

 

「傘もおしゃれに気を遣う人とかいるのかな?」

 

「お前は気を遣うんだよ。アイドルだからな」

 

「そしたら私は赤かな、ピンクかな、それとも黒?」

 

「勝手によろしくやってろよ‥‥‥」

 

傘なんてそこら辺に落ちてるビニール傘で良いと思っている俺にそんなことを聴くのはナンセンスだ。

先程の件で俺の立つ瀬が無くなったのも相まって、俺は未来との会話を遮断するために敢えて寝たふりを敢行する。

 

「‥‥‥あ、寝ないでよ翔大!」

 

そして、寝たフリには見事に失敗したことも付け足しておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は雨であり、部活を廊下で行っている輩も多い。

階段ダッシュ等を行っている運動部も多い中で、安寧の時を過ごすのは無理だろう──というのが放課後の俺の考えであった。

 

選択肢は、たったひとつ。

 

今日は甘んじて未来と校舎まで帰路を共にして、1階の下駄箱付近で待ってる最上のところまで歩くことだった。

 

「しゃー未来帰るぞ‥‥‥ってあれ?」

 

しかし、今日は偶然にもいの一番に俺に話しかけてくる未来がいなかった。

あの、放課後に何時も教室へ帰ると『あ、翔大!途中まで一緒に帰ろう!』と抜かして俺の腕を引っ張る未来が、だ。

明日は槍でも振るのか。

珍しいこともあるものだ。

 

「おー、初瀬。春日なら先に帰ったぞー」

 

「そーそー、今日は用事があるんだって誰よりも早く帰って‥‥‥1人で帰ってったよ?」

 

「‥‥‥そっか、サンキュ」

 

その代わりと言ってはなんだが、教室で立ち尽くしていた俺を出迎えてくれたのは未来の男友達や女友達。

なまじ顔の広い未来だ。部活を掛け持ちしていた過去を持つ元気溌剌を絵に描いたような少女の交友関係は広く、彼女はクラスの中では人気者である。

それ故に、未来を友達だと慕う人は多く──そんな未来と普通に、時に快調に、時に教師の怒りを買うように会話をしていた俺も、未来のおかげでクラスメイトとそれなりに話すようになった。

おかげで学生生活は楽しい。

 

しかし、これまた日常に洗脳されてしまったのかな。

何時ものやかましい程の友人の声を何処か待ち侘びている俺もいて。

ああ、この2ヶ月ですっかり今の日常に染まってしまったんだな──ということを認識するには、十分な時間であった。

 

「あ、そう言えば未来がお詫びにスペシャルドリンクを持ってくるって言ってたけど」

 

「要らねぇ」

 

何で持ってくる前提で話が進んでんだよ。

未来の中でどうして俺がスペシャルドリンクを飲むことが確定しているのかは分からないが、俺はそういったものは守備範囲外である。

得体の知れないものを持ってくるのなら相談くらいはして欲しいものだ。

 

『スペシャルドリンクを持ってくるんだけど‥‥‥マムシのエキス入れてきていいかな?』ってな感じにな。

 

「ツンデレだな」

 

「デレ〜」

 

「デレデレ〜」

 

他生徒との会話もそこそこに鞄を取り、外へと向かう。

階段を降り、廊下を渡り、1階の校舎へ向かうその道のりは久しく無言で、辺りが静かだからか男達の野太い掛け声が小さく聞こえて来る。

大きな叫び声なんかは声を大切にするが故に出したこともなかった俺だが、露骨に嫌がっている訳ではない。寧ろ良いことである──と遠くから聴こえるその声に心の中で賛辞を送っていると、不意に見えた黒髪に、俺は目を奪われた。

 

「‥‥‥‥お?」

 

その姿は何処か負のオーラが漂っており、よく見ると外から見える天気を恨めしげに睨んでいる。

その姿もまた可愛い──とあまりの眼福な様に若干目を細めていると、俺の足音に気がついたのか少女が俺を振り向いた。

 

「初瀬君」

 

「何してんのお前」

 

最上。

これでも俺はお前のことを少しは買ってんだ。

イヤホン渡しに来た時のことを覚えているだろうか。

確かあの時、お前は休み時間にも関わらず勉強をしていた。

その様と、俺に勉強の不出来に説教を唱えた様を見て、俺はお前を優等生だと思っていた。

そんなお前が傘を忘れるとは何事だ。

貞子になりたいのか。

それとも俺みたいな馬鹿に一笑に付されたいのか。

 

「傘───」

 

「ははっ、おーけぃ。忘れたんだよな‥‥‥笑いが止まらないぜ。苦笑と爆笑が交互に襲いかかって来るんだ」

 

「勝手に決めつけないで」

 

なら何だってんだ──と最上を睨み‥‥‥腹筋と口元が震え、変な声を意図せずして出してしまうと、それを見た最上の表情が引き攣る。

どうやら傘を忘れたと思われているのが気に入らないらしい。

 

こちとら最上の顔を見て、もっと面白がっているのも一向に構わないのだがそうすると後で何をされるか分からない。

ここは大人しく帰宅をするのが吉と感じた俺は、最上を一瞥し、下駄箱からローファーを取り出す。

傘を取り出すと、俺は傘を見つめながら最上に声をかける。

 

「今日の天気予報は雨だって言われてたんだがな」

 

「だから違うって‥‥‥ああ、もう。壊れたの───傘」

 

「乱暴に扱ったか‥‥‥お前も堕ちたな」

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

「あ、ごめん。無視はキツイから止めて。謝るから許して」

 

やはりロクなことにならなかったじゃないか。

 

何故やってしまったのか、何故分かりきっている禁忌に手を触れてしまったのか。

一連の行動を鑑みるに、取り敢えず悪いのは最上だと割り切っておこうと思う。

間違っちゃいない。

現に最上が傘を壊したなんて言わなければ俺が笑うなんて有り得なかったのだから。

責任転嫁をするゴミがここに居ますよー‥‥‥と心の中の俺が悪態を吐いているのを心の中のもう1人の俺で宥めていると最上が俺を追い抜き、外へと向かう。

頭の上には鞄、そして一大決心をしたかのようにゴクリと唾を飲み込む最上。

その背中を見た俺はこの女が何をしでかすのかを予想した。

 

「傘忘れで気でも狂ったか。こんな大雨の中で傘もなしに帰ろうなんて笑えないな」

 

「仕方ないからこのまま帰るわよ。コンビニまで行けば傘買えるし」

 

「それまでズブ濡れってか。健康管理もクソもねえな、アイドルさんよ」

 

「事故だから仕方ないでしょう‥‥‥?」

 

と、まあ警鐘を鳴らしてみたは良いものの先程までの悪態が余程印象悪かったのか、最上はロクに取り合おうとしない。

 

「‥‥‥なあ、分かんだろ?明日も普通に学校がある。そんな中で明日も無事に学校通いたいならずぶ濡れで帰ってレッスン──そんな非効率捨てて効率を取るんだな、親友」

 

「言いたいことはそれだけ?言っておくけど、私は少し濡れた位で風邪を引くほど弱い身体をしていないの。こんな雨くらい、どうにでもなるわ‥‥‥後、親友って言うの止めて」

 

「傘を奪えば良い。真正面から天災を迎え撃とうなんて、何ともお前らしい馬鹿者の考えそうな末路だ」

 

「‥‥‥無断で傘を借りる、か。姑息で意地の悪い初瀬君の考えそうな事ね」

 

コイツ。

1度おやっさん直伝のクロスチョップお見舞いして泣かしてやろうか。

言っておくけど、俺はそこら辺の女の子ファーストな紳士じゃない。

あくまで最低限のマナーだけを守る、クレイジーボーイだ。

その気になれば、全身全霊を持って関節技を打ち込んでやるしバカにだってしてやる。

まあ、問題はそれがまともに喰らうかどうなのかだが。

 

と、痺れを切らした最上が外に向かって動き出す。

そう易々と通らせるかっての。

 

「おやっさん直伝、手刀打ち」

 

「痛っ!?」

 

ツーステップで最上に切迫し、その黒髪に軽く手刀打ちを敢行。

力は入れてなかった筈なので、そこまで痛くはないだろう。良くて芸人さんのツッコミ程度だ。

 

「大馬鹿野郎」

 

「それは私の台詞よ!手刀打ちって人のやる所業じゃ‥‥‥」

 

まさに怒り心頭、といった様に俺は思わず苦笑の気持ちを隠せずにいた。

とはいえ、最上のサラサラヘアーに手刀打ちを敢行するだけがミッションでは無い。

俺のミッションは別にあるんだからな。

これ、大事よ。

 

「お前は俺の言わんとしていることをひとつも分かってない。傘を持っている同級生、友人Aがいる状況で起こることなんてたったひとつだろ」

 

寧ろ、利用する位の甲斐性を見せて欲しかったんだがな。

無論、言われたら全力で断ってたけど。

この状況で、最上が1人で何とかしようなんて考えていたからこの判断が出来たのだ。

良い子ちゃんの俺を褒めて欲しいものだね。

 

漸く意図を察したのか。

俺の一言に、小さく『え』と声を上げる最上。

その様に内心ほくそ笑んで、俺は傘を差し出す。

耳が熱い感じがするのは気のせいだ。

 

「分かれよ、最上。友人が濡れるのは忍びねえんだ。とはいえ俺だって濡れるのは嫌だからな」

 

「‥‥‥一緒に使う、ってこと?」

 

「近くのコンビニまでだ。他意はない‥‥‥良いだろ、それで」

 

「‥‥‥でも、それは」

 

うん。

言いたいことは非常に分かる。

けど、今羞恥心と体調を考えるのなら確実に体調を取って欲しいのが本音だ。

風邪は予想以上にタチが悪い。

いつ、何処で風邪を引くなんて分からないんだからな。

ここは、最上の免疫力を考慮して、押し切らせてもらう。

 

「俺思うんだよね。制服を濡らす学生って後先ひとつも考えないガキだって。まさかお前はそんな後先考えないお子ちゃまじゃないだろ?然るべき時に人を頼れる度量を持つ大人だろ?」

 

「が‥‥‥ああ、もう。分かったわよ」

 

「チョロいなお前。ちょっとガキって言っただけでそれかよ。知ってるか、そういうのチョロインって言うんだぜ」

 

「誰がチョロインよ、誰が‥‥‥」

 

フン、とそっぽを向いてしまった最上。

一言が多いのは俺とて分かってはいたのだが。

こうでもしないと平静を保てないということも分かって頂ければ、感無量である。

 

一先ず、このまま立ち往生も時間の無駄だろう。

俺と最上は歩き出した。

それと途端に聴こえたのは雨の音。

俺と最上の間には無言が漂っているため、雨の音は更に大きく聴こえる。

その音が鬱陶しいので仕方ない。

俺は最上に声をかけた。

 

「にしても、災難だったな。傘が壊れるなんて」

 

「ええ、本当に」

 

「日頃の行いのせいだろ。これに懲りたら俺をもっと甘やかせ。少なくとも心の中で『地獄に堕ちればいいのに』とか念じるの止めろよ」

 

「初瀬君は私を一体何だと思ってるの‥‥‥?」

 

鬼、悪魔、最上。

最上からの質問に思わず浮かび上がった答えがそれだったが、それを言った日にはもれなく最上から鉄槌が下ることだろう。

ここははぐらかす為に、笑顔を見せておく。

人は挨拶、笑顔と謝罪さえできればコミュニケーションを取ることが出来る。

挨拶と笑顔で人に好印象を与え、謝罪で誠意を示す。

これが出来れば何とかなると親父から教えて貰った。

尤も、俺のクソザコスマイルでは最上に好印象どころか悪感情すら与えてしまう余地があるのだが。

 

「それよりもさ、お前は俺のことが本当に嫌いなんだな」

 

「どうして?」

 

「‥‥‥だってお前」

 

またしても問題発生だ。

傘に1人分入るくらいの距離を開けているせいで最上の肩が濡れておる。

これじゃあ相合傘の意味が無いのだが、これ以上俺から近寄れば挙動不審になり、危うく女性経験がバレる。

ここは俺から最上に進言して──

 

「おい、傘側に寄れよ。濡れるだろ」

 

「嫌」

 

母さん、最上が俺を虐めるよ。

冗談はともかく参った。これじゃあ俺が傘を差している意味がないじゃないか。

いや、待て。

その場合、俺にもやり方がある。

尤も、このやり方は俺が濡れてしまうため好かんのだが。

 

「‥‥‥そうか」

 

「‥‥‥まあ、肩は濡れてるし。そこまで言うなら少しだけ──」

 

「天啓だッ!!!!」

 

「!?」

 

あ。

悪い。

思ったことが口を突いてしまってな。

 

「ビックリするでしょう!?」

 

「わ、悪い‥‥‥ただ、お前にとっても悪いことじゃない。そんな天啓が俺の頭に降臨したんだ」

 

「天啓って‥‥‥」

 

最上が呆れたような眼差しで俺を睨むが、いちいちそんなことを気にしていたらキリがない。

今度こそ俺は完璧に無視を決めこんで、傘の中心部を最上側に寄せた。

 

うむ、我ながらナイスアイデアである。

これで俺は最上に寄ることを強要せず、かと言って最上に冷たい想いをさせることなくコンビニまで連れていくことが出来る。

ここまで考えられる俺は気遣いの天才だね。

間違いねえや。

 

「‥‥‥なんで」

 

しかし、最上の顔は険しげ。

寧ろ、2割増しで不機嫌になっている気さえある。

ううむ、やはり前言撤回だ。

最上が怒ってる理由の分からない俺には、気遣いマスターなんてのは縁遠い話なんだろうな。

 

 

 

 

と、それも束の間。

ため息を吐いた最上は少しずつ俺の方へと寄っていき、最後に俺が最上側に寄せていた傘の中心部を押し返し、以前の状態に戻した。

今の最上の髪や腕は、時々俺の肩に当たる──そんな距離にまで、最上は切迫したのだ。

 

「あ?何寄ってんだよ、さっきまであんだけ嫌がってた癖に」

 

「‥‥‥初瀬君が濡れるでしょう」

 

へ?

俺が濡れる?

俺を心配してくれたのか。

それでそんな顰めっ面を──成程。

 

「なんだお前、俺を気遣ってくれたのか」

 

「べ──別に!そういう訳じゃなくて私が端に寄ったせいで初瀬君の制服が濡れると家の人に迷惑がかかるからであって、決して初瀬君を気遣っている訳じゃ───」

 

目の前の景色だけを見つめながらしどろもどろになって話す最上。

彼女の耳は赤く染まっており──ああ、なかなか無理をしているのだろう、ということを悟る。

たった1人の馬鹿野郎の肩なんぞを心配し、己の羞恥を捨てたのだ。

ありがたい。その言葉が先行するが──

 

「‥‥‥別にそげんこと気にせんで良かとに」

 

「え」

 

「ん゛ー‥‥‥すまん、妄言だ」

 

癖が抜けない。

恐らく癖というものは一生付き合っていかなければならない問題ではあるのだろうが、この方言をとっぱらって都会色に馴染みたいと画策する俺にとってこの癖はいつか無くしたいもの。

どうすれば方言は抜けるのかね。

俺には分からんな。

 

「ま、そうしてくれると助かる。ところで‥‥‥近くのコンビニまで徒歩何分だ」

 

「駅前だから‥‥‥10分かな」

 

「嘘でしょ?」

 

この重苦しい状況で10分も雨の中、傘をさしながら少しくっついた状態で一緒に居なくちゃいけないの?

いやいや、普通に不味いぞ俺。

このまま最上と一緒に居たら何を口走るか分からん。

というか、普通に良い香りするんだよなぁ!

近くで見たらまつ毛も長くて、顔も整ってて‥‥‥可愛いんだよなぁ!

あんまりこういうことを思うのもなんだが、俺だって一応思春期の男の子だ。

『可愛いと思ったことのある女の子』とまるでマンガのようなシチュエーションで歩くことに抵抗がない訳が無い。

普通に緊張してる。

心臓の鼓動が、さっきからうるさいのだ。

 

「き、気分転換に何かお話でもしようか」

 

「別に良いわよ」

 

「そう言うな、俺だって必死になって考えたんだよ‥‥‥そう、『あたまのうちどころがわるかったクマさんのおはなし』をな」

 

「題名をもう少し考えた方がいいんじゃないかな‥‥‥」

 

撃沈した。

自分自身が落ち着こうとするが故に発した話題提供は最上によって突っぱねられ、俺の心臓はメーター振り切ってバクついたまま。

 

正直に言おう。

誰か助けて!

 

主に未来!お前は最上の親友だろ!?

こういう時に『静香ちゃーん!』って言わなきゃいけない立場なんじゃないのか!?

しっかりしろよ親友!

 

「‥‥‥もしかして、気を遣ってるの?」

 

「えっ‥‥‥あー、そんなことは‥‥‥ない、けど」

 

「‥‥‥目が泳いでるわよ。別に無理する位なら良いわ。今、ここから走ってコンビニまで行くから」

 

「あ、待ちやがれ!それ勝ち逃げってヤツ──」

 

サラっととんでもないことを言い出して、そのまま傘の範囲外へと飛び出そうとする最上。

その動きを、反射的に肩を掴むことで止めた俺。

最上が変な声を上げたことで、とんでもないことをしでかしたことに気が付く。

 

「ひゃっ!?」

 

だが、時すでに遅し。

俺がこのまま謝ったところで睨まれてお終いだ。

俺に今必要なのはプライドでも言論でもなんでもない。

最上をここに残す圧倒的なド根性だ。

 

「‥‥‥最上!それだけはダメだ!絶対に許さん!!」

 

「何で‥‥‥」

 

「そんなことをしてみろ!もれなく俺も傘を壊しておやっさんの家まで濡れて帰ってやるからな!?」

 

執念とも気迫とも言うべきなのか。

このまま恥ずかしい気持ちを見透かされたまま帰られるのは俺のプライド的に不味かった。

傘を使って全力で阻止すると、ものっそい眼光で最上に睨まれる。

しかし動きは止まり、多少のため息を吐いて最上が俺を見て、一言。

 

「‥‥‥じゃあ、私から質問」

 

どうにか引き止めには成功した。

しかし、次に待っていたのはまたしても予想外の一言。

 

「質問、だと?」

 

「初瀬君はこの前傷心旅行なんて言ってたけど‥‥‥仮に傷が癒えたら地元に帰るの?」

 

その質問に、俺は自然と目が見開く。

まさかそんな質問をされるとは思っていなかったから。

とはいえ、質問されて困ることでもあるまい。俺は最上の質問を咀嚼する。

地元、か。

俺としては地元に帰ろうが、ここに残ろうが大した差はないと思っているのだが約束は約束だ。

いつかは帰らなければならない。

そして、傷心旅行が終わったということを報告しなければならないから。

 

だから俺は最上の言葉に、縦に頷いた。

 

「いつかは帰る‥‥‥いつかはな」

 

尤も、その『いつか』がいつ来るのか分からない訳なのですが。

とはいえ、この2ヶ月を考えてみよう。楽しい想いをしつつもあの6月の1件以来高木やプロデューサーとは音沙汰もなく、非常に穏やかな気持ちで居られている。

後はこのまま何も無ければ俺は順調に帰ることができるだろう。

 

何も無ければな、はっはっは。

 

「そうだな‥‥‥軽く見積って1,2年か」

 

「‥‥‥やっぱり帰るんだ」

 

「そうだな、我儘言ってこっち来てる身だし。帰れって言われれば俺は帰る──それくらいの心積りは出来てるよ‥‥‥けど、口惜しいよな」

 

「え」

 

「ここに来なければ、俺は親友が出来なかった。ここに来なければ、可愛いと思える子にも会えなかったから」

 

「‥‥‥それって、好きな人?」

 

「んな大層な物かね‥‥‥分かんねえなぁ」

 

はっきりしてないのにあーだこーだ言うのは良くないわな。

この話はとっとと転換だ。

別の話で気分を紛らわそうではないか。

 

「それよりも、今見て思ったんだが腕時計。この歳で付けるなんてカッコイイじゃないか」

 

「如何にも子どもらしい‥‥‥こほん、初瀬君らしい考えね」

 

「おい今の言いかけた言葉について詳しく」

 

最上の辛辣な言葉遣いは、こんなじめっとした1日でも発揮される。

どれだけの雨が降ろうとも、俺が最上に皮肉を言えば、それ以上の辛辣さで最上は言葉を返すのだ。

何とも学生らしい光景なのだろう。

良いではないか、学生ならではの言い争いだ。

 

「時計がカッコよくないってか、随分とまた‥‥‥お前はお嬢様かッ!」

 

「‥‥‥お嬢様が何だかは知らないけど、この時計は親に貰ったものなの」

 

「だからそれが良いってのに──」

 

何を言ってるのだか、お前は。

そう言おうと紡いだ言葉は、最上の一言により防がれた。

 

「私が『時間』を忘れないようにって」

 

防がれた理由を、俺は知っている。

最上が発したその言葉の意味をガキながら分かっているから。

大したことでは無い。

しかし、分かってしまった以上──俺は最上に言おうとしていた言葉を撤回しなければならなかった。

 

紡ごうとした言葉が、あまりにも失礼だということを知っていたから。

 

「これは私が子どもを抜け出すことの出来ない縛りみたいなもの。決してカッコイイとか、そんなことはないわよ」

 

「‥‥‥そっか、そりゃ失礼したな」

 

失礼なことを言ってしまった。

それに対する謝罪を表すため、俺は軽く頭を下げて、続ける。

 

「撤回するよ。お前にとってその時計は『ブランド』なんかじゃない。そう思ってしまった俺を怒ってくれて構わないぜ?寧ろ怒れ、憤怒の侭に」

 

「それは別に‥‥‥初瀬君にそんなことを話した覚えはないし。別に気にしてないから大丈夫」

 

「おうふ」

 

結果は、上々と言えるのか。

最上にしては寛大な処置を与えたもんだ。

実際、俺はかなり非道なことを言ったはずなのだが。

それでも許してくれるってのは、何時も非道なことを言っている故の諦観的な何かも含まれているのだろうか。

ともあれ、許してもらえたことに感謝しつつ、俺はひたすら話題を提供する為に、口を開く。

 

「それにしても縛りねぇ‥‥‥それくらいの縛りを利かせる親御さんだ。昔からその時計──みたいに無理やり色んなことをされてきたのか?」

 

そう言うと、顎に手を当てて考え込む最上。

やがて何かを思い出したのか、少しだけ含みを持たせた笑みで俺を見遣った。

 

「初瀬君は何か習い事をさせられたことはない?」

 

「習い事‥‥‥か」

 

それなら沢山あるぞ。

ウチのママは所謂教育ママでな。

俺が『嫌だ嫌だ絶対ヤダーッ!』て駄々を捏ねたらパロスペシャルを敢行するような教育ママだ。

その教育アツアツっぷりに、当時の俺は辟易し、学力的にも、技術的にも、プロレス的にも目覚めた。

その教育の代表例といえば──

 

「ピアノ」

 

「えっ?」

 

その一言に、目を見開く最上。

そうだろう、そうだろう。まさか俺がピアノをやっていたとは思わなかったろう。

しかし、お前さんの期待しているような返答は出来ない。

 

何故なら──

 

「ドレミファで挫折して3日で止めたけどな」

 

「えぇ‥‥‥」

 

1日でピアノレッスンをやめたからである。指先のセンスがさしてなく、楽器の扱いにはかなり苦労していたからな。

わざわざピアノまでやろうとは思わなかった。まあ、楽器自体は好きではあったのだが。

良いよな、音って。

 

「後は、書道」

 

「書道‥‥‥?」

 

「墨汁を服に盛大に漏らして一日で止めた」

 

「‥‥‥初瀬君は堪え性がないの?」

 

前にも言われたなそれ。

確かテストの時。

テストでなかなか成績が伸びないと愚痴を零したら堪えて、勉強しろって発破をかけられたんだよな。

まあ、良い。

今考えたそれと、今起こっているこの状況とはまた違うのだから。

 

「人には向き不向きがあるってこった。続くものもあれば続かないものもある。歌が上手いなら歌手、顔が綺麗で運動神経あるならアイドル──適材適所って奴かね」

 

アイドルが好きだから、アイドルをする。

サッカーが好きだから、サッカーをする。

これが大人になると現在の日本ではそう上手くいかないのだが、子供の頃は好きなものを選ぶことが可能である。

適材適所にも似た選択の行為を己の意思で行うことが出来るのだ。

 

「無理矢理やらされた物は好きには繋がらないさ。真摯に向き合わなきゃ対象の楽しさなんて見つからねえし、なあなあにやって好きに繋がる楽しさなんて発見できるワケがないから」

 

真心が楽しさに繋がり、楽しさが、好きに繋がる。

いわば少年時代は真心を見つけるための準備期間なのかもな。

己が真摯に向き合えるものを探して、一刀を極める。

そして、天職を見つける。

そうして出来上がったのが世界を担う人達。

スポーツの頂点に君臨する人達。

その道を極めた、キワモノ達。

 

一見頭のおかしな人でも、背景を追えば馬鹿にすることが出来ないかもしれない。

真心、楽しさ、好きの過程はそれ程大切なものなんだ。

 

「‥‥‥書道とか地獄だったよ、今でも墨汁パンツに零したのトラウマだから。『墨汁漏らしの翔大』とか言われた時には身投げしようって思ったからな?」

 

「それは墨汁を零した初瀬君が悪いと思う」

 

「はっ、図星よせやい‥‥‥んで、結局『やらされた』悉くが上手くいかなくて始めたのが──その、ほら。前言ってた夢」

 

その一言に、最上の目が見開く。

気になっていたことなのだろうか。

まあ、それもそうだろう。ライブの時にそれを仄めかす発言、したもんな。

そして、あのプロデューサーとの話。

聡い最上ならそれに気が付くと思ってた。

 

「随分前に俺はとあることをやっていてな、それが出来れば良い───って、それだけ思っていた。けど、好きなことをやっていくにつれて大人がその好きな事の邪魔をするんだ。道に逸れるように、逸れるようにって誘惑込みでな」

 

「誘惑‥‥‥」

 

「誘惑を振り撒く大人は一体なんなんだ───と不平不満をぶーぶー言っていたのが1年前の反抗期な俺氏だ」

 

今考えたら、何様なんだって話なんだけどな。

頭のおかしいことに、そういうものほど暫く経ってから波のように押し寄せてくるものなんだ。

その瞬間では良しと思っていたものも、しばらく経てば他の方法があったのではないかと考えてしまう。

 

しかし、分からないものは分からない。

後悔先に立たずとはよく言ったもので、人はその判断が合っていようが間違っていようが、先に進まなければならない。

仮に間違えていると思っているのなら、その判断が間違えていないと言えるように、『現状』を生きていかねばならない。

人ってのは、後悔する生き物だ。

悲観することはない。

その後悔を、『こんなこともあったな』と笑えるように、未来へ進む権利を人は有しているから。

 

だから俺は、前に進み続けなければならないのだ。

どれだけ後退しても。どれだけ過去を思い出しても。

それが人に生まれ、夢を持った人間の宿命だ。

 

「己の『夢』ってのが結局のところ何処に行き着くか───ってのは、お前もご存知の通り『自分』なんだよ。

自分を忘れずに夢にひたむきでいられるのか。誘惑に負けずに夢のことを考えてられるか。夢の過程で出来た仲間を大切に出来るか」

 

それが肝なんだ。

それさえ続けられれば──とは言いきれないが、それが結局向上心やモチベーションに繋がり、結果が出る奴には出る。

 

何かをしてみせるという明確な意思。

これが夢を叶える為の肝なんだと、俺は学んだ。

それが、俺の夢に対しての答えだ。

 

目を見開いていた最上が、視線を外す。

何かを言いたげで、一歩踏み出すことの出来ない──そんな印象を抱いた。

こうした時何が必要なのかって、そりゃあひとつよ。

 

「言いたいこと、あるなら言ってくれていいぞ」

 

「‥‥‥良いの?」

 

「そんな聞きたそうなツラしてよく言うぜ、欲しがりめ」

 

「ほ‥‥‥!?」

 

ほ?

なんかそんな感じの発音してた奴がアイドルしてた気がするな。

この状況でモノマネか?最上にしてはボキャブラリーに富んだことをするじゃないか。

 

閑話休題──

 

「こういう時って遠慮してしまうことってあるけどさ、俺は最上のこと信頼してるから別に何聞かれても軽蔑なんてしないよ。聞かれたくないことなら黙秘するし」

 

寧ろ遠慮をされた方が距離を感じてしまうまである。

別に気にする必要なんてないんだ。

嫌なら嫌とハッキリ言う。

そして、お互いそれをキッパリ忘れて元の仲に戻る。

それが俺の抱く友達って奴の価値観だ。

まあ、それが全てな訳では無いが。勿論、状況によって気を遣うべき場面もあるんだけど。

 

兎も角、今のこの状況で気を遣うことを強要する程俺は落ちぶれちゃいない。

傘を差しながら最上にそう言うと、俺の歩調に合わせながら歩く最上が俺を目を捉え、言葉を紡いだ。

 

「‥‥‥初瀬君は、夢があったって言ってたけど」

 

「あー‥‥‥俺か?俺は出来てたって話?」

 

その答えは既に決まっている。

俺が一生賭けても変えることのできない過去。

そして、現在も引き摺っているもの。

その答え。

 

「全部無理だった」

 

「全部───」

 

「夢も、夢の対象に関しての考えも、仲間も。俺はその悉くを捨てた」

 

今、その意思が何処にほっぽり出されているのかと問われれば、俺は確実にこう答えるであろう。

福岡に捨ててきた、と。

それだけ大荷物だったってことだ。

夢も、過去も、現実も。

『傷心』旅行には、やや重荷だったから。

 

「どうして‥‥‥?」

 

「最上。夢ってのは自身の原動力になる。生活に張りが出る。生きる上でプラスになることも多い。

けど、枷にもなるんだよ。例えば───そう、今の俺になんかは特に」

 

全く、夢ってのも酷な輩だ。

必要な時程渇望し、原動力になり、プラスになる。

しかし、それがいざ不必要となると枷にだってなる。

己のセカンドキャリアの足を引っ張る。

だからといって、おいそれと簡単に捨てることも出来ない。

高い特殊効果を発揮する呪いの武器のようなもんだ。

そして、俺はその武器を甘い考えで使ってしまった愚かな旅人。

残念ながら、この世界に呪いを解く教会は何処にもない。

 

「ほい、コンビニ」

 

「え、あ──」

 

そうこうして歩いている間に、俺達は駅前のコンビニに辿り着く。

これで俺はお払い箱。

タクシーみたいなもんだ。

人を運んで、会話して、辿り着いたら降ろして次の目的地へと行く。

ただ、無償ってのがタクシーと違うところなのだが。

 

「‥‥‥その」

 

「最上、俺のお話は終わりだ。てか、ネタが尽きた‥‥‥丁度良いじゃないか。傘買って早くレッスンしてこい」

 

改めて言わせてもらおう。

俺ってば何様だ?

いやしかし、早く帰りたいんだから別に間違っていないだろう‥‥‥と自問自答しつつ、恐らく最後になるであろう最上との相合傘を解除しようとすると、不意に左腕を掴まれた──

 

「待って!!」

 

その拍子に、傘が道路に落ちる。

これでも雨はかなり降っているんだ。

それにも関わらず、俺も最上も濡れるというこの体たらく。

傘を持っているのに傘が役に立っていない。

マジつっかえ‥‥‥使えねえ、俺。

 

「‥‥‥折角入れてやったのに、その仕打ちはないんじゃないんですかね」

 

「‥‥‥ごめんなさい」

 

濡れるだろ。

紺の制服は着てるけどさ、貴女は1度自分が何を着てるのか理解した方が良いと思うぜ。

白のシャツだぞ?

そこら辺分かっててやってんだったら良いぜ、表出ろや。

 

「けど、まだ聴きたいことがあるの。初瀬君は夢を諦めたって言って‥‥‥」

 

「おう、言ったな」

 

「なら、1つ‥‥‥初瀬君にとって、何で夢は枷なの?」

 

枷。

その言葉を知った最上は、深みを知ろうと追及する。

分かってたことだ。

夢に情熱をかけている最上にはきっと分からないことだろうし、そんな奴が目の前にいる燃え尽きた虫けらに興味を示すのは、仕方の無いことだと思う。

自分はなりたくないだろうしな。

 

けど──

 

「最上」

 

「‥‥‥?」

 

「黙秘権、行使させて頂きやす」

 

ちょっと、今は話すタイミングじゃないよな。

なんて心の中で思って、纏めようとした思考を放棄した。

思わせぶりなことを言って、何今更勿体ぶってんだとか言うなよ。

俺だってこれでも必死に頭を働かせてさっきまでの話題を提供してたんだからな。

今、こんな深いところまで話したら俺は正気を保っていられないだろう。

それ程、これからの話は俺にとっても深刻だ。

とても人に話せる内容じゃない。

 

これを話せるようになる時が来るのなら──もう少し、時間が経った時。

そして、自分の心の中である程度の纏まりがついた時だと思っている。

 

「‥‥‥ほら、早くお前は傘を買え。そして事務所へ行くんだよ」

 

「‥‥‥ごめんなさい、聴きたくないこと言っちゃって──」

 

「気にしてねぇ」

 

何もかもすっぱり忘れて、明日には元通りだ。

俺は、そう一言だけ吐き捨てるとコンビニに背を向け、おやっさんの家へと向かうため、駅前から逸れていった。

 

「‥‥‥」

 

かなりの過去を話した。

黒歴史から、己の夢まで、幅広く話しただろう。

それで俺に対する最上の視線が変わるとか、そんな期待はしていない。

夢を持つことは良いことだが、偉いことではない。

夢を持つくらいで鼻高になってはいけないってことだ。

 

「‥‥‥とはいえ、話さなかったこともあるにはあるんだがな」

 

恥ずべき過去でない限り、俺は過去を話さないなんてことはしない。

良くも悪くも俺の人生だ。

最悪の場合、黒歴史を全て話して土下座も辞さない。

けれど、往々にして話したくないこともある。

『深み』に入られそうになった時、質問どころか最上の存在自体を反射的に警戒してしまったのは、恐らく──

 

 

俺と最上の仲はそこまでじゃない。

 

心がそう言ってるってこった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲がり角を曲がって、家への一直線の道を歩いていく。

雨が強くなり、傘に雨が強く当たる音が俺を若干のノスタルジーに浸らせる。

 

そうだ。

雨のせいだよ。

雨があるから俺は最上に過去を話そうとしたし、『あたまのうちどころがわるかったくまさんのはなし』も一生懸命頭を捻って、物語を考えたのだ。

挙句の果てには墨汁の話をして、歴史的にも、下着的にも黒い話をしてしまった。

 

頭の打ちどころが悪かったのは俺なのだろう。

馬鹿なことばかり最上に開陳して、顔が火が出そうですよ僕は。

 

 

 

 

 

道路をてくてく歩きながら、一言。

誰もいない道の真ん中で、呟いた。

 

「‥‥‥雨、か」

 

雨は俺にとって特別なものである。

最上にとってのアイドル。

未来にとってのアイドル。

それと同じような、思い入れの深いものだ。

 

そう考えて、俺は俺自身に質問をしてみる。

雨に、何かを想うようになったのはいつだろうかと。

夢に希望を見いだせなくなった時から?

それより前の話?

それとも、ここに来た時から?

 

 

 

違う。

 

雨に何かを想うようになったのは、明確な理由がある。

俺にとっては衝撃的な出来事。

頭に離れない出来事が起こったから、何かを想うようになった。

雨、イコール何かという考えが頭から離れなくなったのだ。

 

 

夢を笑ってはいけない。

自分のやったことを後悔するような発言をするな。

その言葉を胸に、俺は傷心旅行をしてきた。

 

結果はぼちぼち。

過去から立ち止まっている状態から、過去から前へ踏み出そうというところまで、状態を上げることが出来た。

友達が出来たからか、以前よりかは前向きになれている。

それくらいか、プラス材料は。

 

 

 

 

と、歩きながらそんなことを考えてたらもうすぐで家だ。

こんな雨の日に近所の公園に人がいるはずもなく、いつも帰る時にショートカットの目的で通り抜ける公園には人っ子一人いない。

砂場もぬかるみ、雨の音のみが俺の耳を支配していた。

 

だからかな。

どこか精神的に油断している俺がいて。

 

「──!?」

 

人影が、見えた時に思わず情けない声を上げてしまったのは、俺にのみぞ知り得る黒歴史である。

 

幼い少年だ。

ギター片手に、人懐っこい笑み。

こんな雨にも関わらず傘1つ差していない。

そして、見覚えのある姿形から──幻影を見ているんだなということが自分でも分かった。

 

「‥‥‥はっ」

 

しかし、こんな滑稽なこともあることに驚きだ。

疲れなのかもしれない。

俺はその少年を知っている。

その少年は歌声を想いに乗せている──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──歌が楽しいんだ!!

 

歌うたい。

ギターも、教えて貰い鬼に金棒だと言わしめた歌うたいだ。

 

──皆に歌声を届ける、自分だけの想いのありったけを皆にぶつけるのが本当に好きなんだ!

 

何でもかんでもぶつかることが大好きで、歌が天職だと思って、何も考えずにひたむきに走った少年。

 

──でも、『翔大』はその歌を歌わないよね。幸せをその気になれば掴めたのに、もったいないと思うな。

 

子供ながらに、走り抜いた。

走り抜いて、走り抜いて、少年は己の立てた目標の頂点を見て。

 

 

 

 

 

 

──ねえ、何で?

 

 

 

 

 

 

何かが消え失せたその少年は、道を己で断ち切った。

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥」

 

違うぜ、少年。

楽しいが全て職に繋がることはない。

そして、それが絶対勿体ないって訳でもない。

 

その行動が勿体ないか勿体なくないかは『今後』が決めることだ。

少なくとも、俺があの時に下した判断は間違いじゃないと心底思っている。

絶え間ない多忙に疲れ、夢が夢じゃなくなり、消え失せた。

卑屈になった。

夢を持つなんて馬鹿げている、なんて思った。

 

 

 

そして、親父に殴られた。

 

 

「‥‥‥本当、降る雨全部飴玉だったら良いのにな」

 

気が付けば、少年はいなくなっていた。

今は何処にいるのかも分からない。

ただ、1つ分かることは──

 

 

そう。

 

丁度、あの日も雨だったこと。

 

そして、その雨が降る度に想う──

 

 

 

 

 

 

 

「消えてしまえ」

 

あの時の夢も、過去も、現実も。

 

全部『初瀬翔大』には邪魔なんだと。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。