その歌声に想いを乗せて   作:送検

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第19話

 

 

 

 

 

 

 

6月定期公演のチケット入手が出来なかったのは、俺の怠慢にあった。

どうせチケットなんてどうにでもなるだろ、なんて思いながら765プロのホームページへアクセスすると、ページに現れたのは予定枚数終了の1文字。

どうやら、今回の定期公演はとあるユニットが公演を行うらしい。そのユニットがどうやら大盛況なようで、あっという間に売り切れたとかなんとか。

 

まあ、買えなかった以上、こちとらどうでも良い話なのだが。名前も覚えてないし、所詮俺の購買意欲なんてそんなものだったのだ──と思っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車登校が続き、俺の中の課題だった期末テストも直前勉強で恙無く終わった俺に残されたのは大量の夏休みの宿題と終業式という暑さMAXの体育館で行われる鬱陶しい行事であった。

体育館は暑い。

風は通らないわ、たまに吹き抜ける風も生暖かいわの二重苦が俺を襲う──が、そんなことわかりきっている俺にとってはこんな二重苦、生温い。

パンツ、脇、そして、首を覆う保冷剤。

この日のためにクーラーボックスに仕込ませておいた俺の秘密兵器が牙を剥いたのだった!

 

終業式。これほどの暑さを誇る体育館なら、いっその事教室の校内放送で終業式をやってくれないものかと思ったが、どうにもお堅い中学校にはそのような柔軟な頭はないらしく、扇風機を四方八方に設置し、換気を良くしているのみに留まっている。

どうせ扇風機を回したところで、俺達の身体に当たるものなんぞ温風しかないってのに、学校側も酷な事をしてくれるよな。

対策をしてもどうにもならないものはならず、蒸すような暑さの中でしたたかに汗をかいていると、不意に斜め後ろから肩をつつかれる。

こんな状況で肩をつつかれたところで喜びも何も鬱陶しさしか感じない。俺は、恐らく歪ませているであろう顔面を斜め後ろに向けて本来ならここにいる筈もない奴の目を凝視して一言、文句を言う。

 

「何でお前がここにいるんだよ‥‥‥俺は『は』だぞ?『か』から始まるお前に背中をつつかれる道理なんてない筈なんだがな」

 

未来。

最後にそう付け加えると、忌々しいサイドポニーはこんな暑さにも関わらずニコリと笑みを浮かべて一言。

 

「友達にね、翔大とお話したいって言ったらニヤニヤされて、譲って貰ったんだ」

 

「話だと?」

 

どうやらなんの用もなく俺の肩をつついた訳ではないらしい。

しっかりとした要件であるのだとしたら、俺はこの子の話を聞く必要があるし、無碍には出来ないだろう。人間、過去に犯した行いは巡り巡って自分に降りかかるものだ。

オカルトなんぞは信じちゃいないが、人と話す上での礼儀のようなものを欠けた振る舞いを意図的にしたいのかと言われると、そうでもない。未来が話があるというのなら、俺はこれからも確りと聞き耳を立てて『聞くべき話なのか聞かないべき話なのかを判別していく』ことだろう。

まあ、未来のことだからどうでも良いよもやま話なのだろうけど。

それよりもツッコミを入れたいのは未来の一言で席を代わってもらった生徒の方だ。こんなのが先生にバレてしまえばもれなくその生徒と未来、おまけに俺が怒られることになるだろう。

ポジションを譲った生徒は、先生の怒りを買うよりも未来との友情を取ったのだ。それだけの価値がこの女の子にはあるらしい。俺には甚だ理解できないのだが。

 

体育館の暑さに晒されていた彼女は手持ちのハンカチで頬を拭うと、俺を笑顔で見つめる。その笑顔すら今の俺には清涼剤にはならず、先生の話を片耳で聴きながら、未来の話をもう片方の耳で聴く。

両方から話しかけられているせいで先程まで聞き流していた先生の話が聞き流せなくなってしまうという災難に見舞われてしまったのは、致し方がないことなのだろう。

 

「夏休みの宿題があったじゃん」

 

「あったな」

 

確かあったはずだ。

何かの建造物の写真を撮り、それについてレポートを書く。

特に制限もない簡単な宿題だった筈だ。まあ、それよりもワークやら何やらが大変なので、夏休みの宿題は山盛りなワケなのだが。

 

「それがどうしたってんだよ」

 

とはいえ、それが話の全容というワケではあるまい。この暑い中、出来ることなら頭を働かせたくないと考えていた俺は、未来に続きを促す。

すると、未来はその笑みを更に二割増で輝かせ一言。

 

「一緒にやろうよ、自由研究」

 

開いた口が塞がらなかった。

自由研究。それを未来と共にやるということ。それは、即ちこの暑苦しい夏休みの数日間をこの喧しい友達と過ごすということで──

 

「メントスでコーラする予定だからパスで」

 

冗談はそのシュシュだけにして欲しい。

俺は1人で自由研究に洒落込むことを既に決めてんだ。メントスコーラを顔面にぶちまけた時、人がどれだけの快楽物質を脳に溜め込むことができるのかっていう素晴らしい実験がな‥‥‥

 

「それは化学の宿題だよ。翔大、化学の先生に言ってたもんね。『メントスコーラを顔面に浴びてドーパミンが出るか実験してみたい』って」

 

「大人しく騙されとけよ」

 

「ドーパミンの調べ方、分からないのにね」

 

「喧しいわ」

 

あわよくば、と思ったが見破られてしまった。

まあ、先程までのジョークは兎も角、共に宿題をやるということは悪いことではないだろう。人間、手と手を取り合うことでより良い考えが浮かび上がるということは周知の事実である。そんな良い事を未来は実践しようとしている。

それはそれで高尚な判断だ。それ自体を否定はしないし、寧ろ推奨するまである。

 

「何処に何を調べたら良いのか分からないし、それなら誰かと一緒にやった方が良いと思って」

 

これまた賢明な良い判断だ。

1人で考えた所で良い考えは浮かばない。

三人寄れば文殊の知恵って言葉もある。その考え自体は何ら間違っちゃいないだろうさ。

ただ、お前は頼む相手を些か間違えてる気がするんだ。

 

「最上に頼めや、成績優秀の最上さんにな」

 

簡単な数学の話である。

1に1をかけても答えは1だ。逆に1に2をかけた方が答えの数は大きくなる。

即ち、俺と未来という珍回答コンビが手を取り合ったとしても、なかなか良い考えは浮かばないってことだ。それなら、2でもあり友人のためなら20にすらなってしまう最上に頼んだ方が良いだろう。最上はそれだけの人間だ。友人のためなら協力してくれる優しさも持っている筈だ。

 

「だからお前も協力する奴は考えるんだな、俺じゃなくても他に協力してくれる奴らは1杯いる。目先の石ころになんて惑わされず、妥協しないという不撓不屈の意志をだな‥‥‥」

 

「うん、静香ちゃんも一緒に」

 

「は?」

 

「3人で、一緒に自由研究をするんだよ、三本の矢の勉強したら思い出したんだ!」

 

笑顔でそう言う未来に、俺はとあることを思い出す。

そうだ、コイツ天使の皮を被った悪魔だったんだ。

スペシャルドリンク然り、今の勧誘然り、コイツは時に笑顔でとんでもないことを抜かす。そして、その言葉を有言実行の精神で完遂し、俺に笑顔を振り撒く。

緑の悪魔がワサビなら、コイツは赤の悪魔といったところだろう。何が好きで真夏の炎天下の中を最上と未来で仲良くお手手繋ぎあって神社散策しなければならんのやら。

 

「そもそも俺と最上を引き連れたら宿題どころじゃなくなりますからね?そこら辺分かって言ってるんならいいぜ、頼んでみろや──どうせ最上が許可しないだろうがな」

 

そう言ったが最後、俺は先生の話に耳を傾けるべく視線を未来からお話中の先生へと向ける──が、それは未来の服を引っ張る力に遮られ、それと同時に俺が見たのはスマホを左手で持つ未来だった。

いや、何してんすか未来さん。

 

「‥‥‥おい、これでも俺はお前のことをそれなりにマナーは守れる奴だって思ってたんだ。それにも関わらず終業式中にスマホを開くなんて‥‥‥良い度胸してんじゃねえか」

 

「連絡先、交換しようよ」

 

ほんとお前って良い度胸してるよな

 

人の話は最後まで聞きなさい。

集会中にスマホは持たない、やらない、いじらない。

意外と周りの先生はそういった生徒の行為を見てるもんだ。

何を隠そう、俺も福岡に居た時に課金ゲームのゲリラクエストやってたら先生に見つかってこっぴどく叱られたからな。あれで育成プランが狂って、スタミナ上限のあるゲームが大嫌いになってからはスマホを殆どいじらなくなったのは良い思い出である。

とかく、学生が集会中にスマホをすることは推奨しない。見られようものなら周りも迷惑を被るんだからな。

 

「‥‥‥後で連絡先くらい幾らでも交換してやるから。今は待っとけ不良生徒」

 

「はーい」

 

存外、物分りの良い未来は大人しく引き下がり、スマホをポケットに仕舞う。しかし、ただ物分りが良いだけでは終わらないのが春日未来という女の子だ。中学生にもなって、嬉しいことがあると小学生のようにワクワクした気持ちを抑えずにニコニコする良い意味でも悪い意味でも無邪気な未来は、俺を見ながら笑顔を見せる。

 

「でへへ、いっぱい、いーっぱい見学しようね♪」

 

そして、彼女特有とでも言うべきなのか。副詞を繰り返し発言するその様と独特の笑い方を見せた未来からの視線を一心に受けてしまった俺はやりきれない気持ちになり、思わずため息を吐いてしまう。

恰も自分が宿題を一緒にやるようになってしまっているこの状況に辟易してしまったのだ。

 

「‥‥‥」

 

こういう時は無視だ、時の流れに身を任せるのが1番良い。

決して行きたがりとか、実は行きたかったよグッジョブ未来ちゃ‥‥‥なんて、そんなことは絶対ないんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏は往々にしてやけるような暑さが身体を支配する。それは体育館で校長先生のありがたーいお話を聞いている時から分かっていたことであり、唐突に発生したことでもない故に、そこまで苛立ちは感じない。

とはいえ何も感じない──というわけでもなく、俺は夏特有のじめっとした暑さに心をやられつつも、未来と連絡先を交換するという以前の俺が聴いたら卒倒しそうなウハウハイベントを終えた後は、何となく気の赴くままに屋上へと向かい、今や親友と化しているベンチを福岡に取り残した愛猫を撫でるが如く、『よしよしよーし』と撫でまくっていた。

 

「久しぶりだな」

 

最近は梅雨もあったことでなかなか会えなかったのだが、こうしてサビひとつない元気な様を見れれば俺も安心するってもんだ。

今日はお天道様もご機嫌なのか、雲ひとつない見事な快晴。日差しのせいで体感気温は馬鹿にならないが、雨が降るよりかはマシである。雨が降ったら、日向ぼっこも出来ないんだからな。

尚のこと、物を大事にするという慈愛の心で椅子を撫でるも埃が手に付着してしまったことで慈愛の心は一気に冷え込んでしまう。結局、慈愛の心のなんぞ何処へやら、息を手に吹きかけ埃を飛ばした俺は椅子にどかりと座り込み、寝転ぶ。

生憎、日陰はないのでこうしてベンチに寝転ぶと嫌でも熱気と日差しが俺の汗腺を刺激する。それでもベンチに寝転ぶことをやめないのは、確実に1人でいれる為の方策を手放したくないから。考え事をする時、俺は決まって屋上で物思いに耽る。どの時間でも考え事をするには教室はざわついてるし、廊下も吹奏楽の音が喧しい。

滅多に人が寄り付くことの無い屋上は、俺にとって格好の熟考スペースであり、例え日差しが降り注ぎ暑さが俺を支配しようが、ここだけは誰にも譲れないのだ

 

「んー……」

 

俺という人間が傷心旅行と銘打って、この場所に来て、既に3ヶ月が経過している。当初の俺がここに来た目的は現在進行形で遂行中。

故郷で受けた傷のようなものを癒し、新しい自分へと生まれ変わる。

いわば、殻を破ろうとしている訳なのだが。

 

「‥‥‥まだ、完全に割ったワケじゃないんだよな」

 

生憎なことに、殻にヒビを入れたところでそれが簡単に割れることはなく。

現在の俺は、殻をぶち破るか破れないかの瀬戸際に立っているのだろうと勝手に思っている。

ここらでのひと頑張りが、俺の傷心旅行達成率を100%にも0%にもするのだ。

さあ、その為には何をしようか──という所で、俺の思考は止まっていた。

 

「‥‥‥それにしても、(あち)ぃ」

 

俺はこんな暑くて本来ならば外に出ることすらはばかられる1日でも、決して無駄にしてはいけない。

暑い暑い夏休みではあるものの、学生にとってはありがたい長期休暇であることに変わりはない。ここで夢にときめいちゃっている奴等は各々のやりたいことに打ち込むのだろうが、生憎俺は、子供のように熱情込めて夢にかまけるレベルに達せていないのだ。

先ずは傷を塞ぐ。その上で『これだ』というものがあればそれを楽しむ。その結果が歌なのなら、それでもいい。暑い暑い夏休みに何かに熱中し、時を忘れるくらいその夢にうなされるようになったのなら、それはそれで本望である。

 

それこそ、夢に熱中症ってか。いや喧しいわ──なんて最近得意になった1人ツッコミに興じていると、不意にドアが開く音が聴こえた。

言わずもがな、誰かがここにやってきたのだろう。こんな暑い日に屋上の日を浴びるなんておかしな奴もいたもんだと思いながら、次第に近付いてくる足音に耳を傾ける。

 

その足音はいつも聞いていた軽い足取りだった。上履きの足音。その『パタパタ』という音が聞こえた刹那、俺はここに誰が来たのかということを悟った。

とはいえ、炎天下の中で寝転がっている俺ができることなんてものは限られており──俺はその足音の正体を確認しようとはせず、そのまま脱力。

俺は全てを時の流れに任せることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥呆れた、こんな炎天下の中で昼寝をする人が何処にいるの?」

 

ここにいるぜ。

天性の大馬鹿者って才能を持った、俺がな。

 

「怪我は良いのか‥‥‥こんな所まで繰り出して」

 

「軽いものだったし、大した怪我じゃないから大丈夫って前に言った筈なんだけど‥‥‥」

 

はて、そんなことを言ってたか。

随分前のことなんで分からないね。俺にとっては2週間も既に随分前のこと。人は忘れることで成長していくんだから、決して悪いことでは無いはずだ。

 

「それは兎も角、こうして話すのも久しぶりだな」

 

「ええ」

 

いつの間にかこちらまで来ていた最上が俺を見下ろす。椅子に横になっている俺が最上の顔を見るためには自ずと上を見なければならないのだが、それすらも日光のせいで鬱陶しかった俺は、最上のスカートの色を見ながらこの場を凌ごうとした。仕方ない、見上げると直射日光が丁度視界に入るんだよ。

しかし、無言の空気というものはなんとも気不味いものである。次第にこの空気に耐えられなくなった俺は最上のスカートの色を見たまま、頭の中に浮かんだそれとない無難な会話を選択し、口を開く。

 

「四季って本当に厄介だよな‥‥‥」

 

「四季が?確かに寒暖差はあるけど悪いことばかりじゃないでしょう?」

 

「季節の変わり目で、暑いと思ってたら寒かった──なんてことをどれだけ体験したか。後、単純に夏とか冬とか極端に暑かったり寒かったりすんのが嫌いなんだよ」

 

夏と冬が死ぬ程嫌いなのだ。夏は暑く、必要以上に汗をかき、日焼けし、皮膚や精神に多大なストレスを与える。逆に冬は、寒さに身体を震わせることで筋肉にストレスを与える。往々にして、ストレスを与えることがストレスとなる俺にとっては、この二大気候は鬱陶しいことこの上ないものであった。

そんな思いから発せられた会話であったのだが、その言葉を聞いた最上は何も言葉を発することなく。その代わりに影法師の頭の部分が横に揺れているのを発見し、呆れている様を悟った。

コイツ、やっぱり腹が立つ。人付き合いでここまで腹に据えかねることも久しく、俺は最上のスカートをじっと睨みつけ、反抗の意志を見せた。

 

「んだよ、言いたいことあるならなんか言えよ」

 

「初瀬君が風情の欠片もない人間だったっていうことが分かった分、学はあったかな‥‥‥後、人のスカートを見ながら話すのを止めなさい。いやらしい」

 

「今日ほど言葉を煽ったことを後悔した日はないね。自分涙良いっすか?」

 

「だから言いたくなかったのよ‥‥‥」

 

反抗の意志、一瞬で砕け散る。

俺の視線を注意し、殊更男にとっては屈辱的なそれを告げられた俺は汗なのか涙なのか分からなくなった生暖かい液体が肌に伝った感触に、顔を顰めた。

女子というものは存外視線に敏感らしい。

これに関してはおやっさんの言いつけを破り、目先の快楽を得ようとした俺の浅ましさが一因だ。

スカート見られて嫌じゃない奴なんていないよな。反省だ、反省。

 

「スカートを見た方が楽だったんだ‥‥‥いや、なんだ。やっぱ最上は紺が似合うなぁ、HAHAHA!」

 

「気持ち悪い」

 

「あの、マジレスやめてくれませんか?ちゃんと謝るから、許して」

 

寝転がっていた状態から起き上がった俺は、起き上がり特有の貧血に頭を悩ませつつも、徐々に明瞭になっていく視界の照準を最上に定める。

最上は、一息吐くと真顔で俺を見つめていた。

そうなると自然に視界は交錯し──その状態でいることが何ともいたたまれなくなった俺は思わず最上から視線を逸らした。

何故だろう、やましいことなんて何も無いのに。

寧ろ無さすぎて己の劣情を疑うくらいなのに。

突如湧き上がった気恥ずかしさに、治りかけだった貧血が再び息巻く。厄介な頭の惚け具合、思考放棄にも似た状態に陥っていると、最上が先程まで俺が横になっていたベンチに座り、一言。

 

「それよりも。聞いたわよ、未来と宿題をやるって」

 

「知ってるのか」

 

「知ってるも何も、未来に言われたから」

 

知ってた。

俺が未来に『言え』と言ったことである。これについてどうこう言うつもりはない。この場合の問題は、最上が俺と未来と一緒に宿題をやるのか否かだ。

三本の矢とか抜かしてたが、俺と最上と未来は決して一族ではないし、結束する必要もない。ましてや俺は、己の不誠実のせいでこの女の子に嫌われている節もある。俺が第三者ならば、わざわざ仲の悪い奴と宿題を一緒にやろうだなんて思わないんだけどな。

 

「安心しろ、最上。三本の矢ってのは未来の気まぐれだ。俺は絶対やりたいだなんて思っちゃいないし、迷惑だろ」

 

「何が?」

 

「いや、だから俺の存在が迷惑──おい、言わすか。それ言わすのかオイ

 

折角気を遣ったのに台無しじゃないか。何故か善意で気を遣った俺の心が痛いし。

善意で物を言ったのにも関わらず、自分で自分を自虐したことにより心にダメージを負うというあまりの理不尽的行為に愕然としていると、ため息を吐いた最上が胡乱な表情で俺を見た。その表情とため息はまるで『何言ってんだコイツ』とでも言いたげな顔付きで。

そんな最上の表情に怒りをふつふつと滾らせていると、その顔付きは変わらず、目に映すもののみ俺から空へと変えた最上が一言。

 

「初瀬君が行きたいかどうか。行きたいなら別に否定はしないわよ。それはそれで初瀬君が宿題に確り向き合える機会になるだろうし」

 

「ねえ俺が恰も宿題に向き合わないかのように言うのやめてくれない?」

 

「メントスコーラを言い訳に未来の勧誘を断ろうとしたり、国語の宿題を『必殺・答え写し』で逃れようとした不誠実な初瀬君がそれを言える立場じゃないと思うんだけど」

 

「いやあ、情報漏洩って最高っすね!」

 

因みに『必殺・答え写し』は俺が未来に伝授した非常識で短絡的極まりない宿題逃れの一手だ。

思考放棄する時に使うその一手の名称を最上が知っているということはそれ即ち、未来が最上にその技をバラしたということ。

あれだけ秘匿だと言ったのに、どうしてバラしてくれちゃうのだろうか。あれか、アイツの口はわたあめよりより軽い紙で出来てるのか。成程、だからペラペラ俺の秘密を喋るのだろう。それなら納得──いやさっきから喧しいわ。

 

「本っ当にアイツさ‥‥‥あれだけ秘密って言ったのによ」

 

あまりに多い未来の情報漏洩被害に、ため息混じりの文句を吐くと、最上が俺を睨みつける。その視線はいつも通りの敵意ある眼差しであり、その表情に安堵感さえ覚えている俺は最早末期なのだろう。最上の視線を浴びすぎて、神経が麻痺しちまったんだろうな。

 

「真摯に向き合うのはテスト期間中だけ?だったら初瀬君の学力は一向に上がらないわね」

 

「暑いからやる気が出ないんだよ‥‥‥人が何故『夏休み』なんてイベントを作ったのか、俺が懇切丁寧に教えてやろうか?」

 

「暑い日は勉強に集中出来ないから、とでも言うつもり?」

 

「あら察するのがお上手」

 

「巫山戯ているの?」

 

「ごめんなさい」

 

俺の浅はかな考え等、最上にはお見通しだったらしい。全くもって不本意ではあるのだが、仕方ない。俺の考えのレベルが低かったってだけなんだからな。言うまでもなく最上の知能レベルは高い。俺の浅はかで低俗な考え等、容易に見抜けるのだろう。

 

「‥‥‥そうかよ。じゃあやる気が出たら未来に連絡しとくわ」

 

兎にも角にも、最上からも了承は得た。後はその日の俺がどれだけ宿題に向き合えるか──それが問題だ。少なくとも、今の俺には決めかねる。やる気とか、時間とか、体力とか‥‥‥ほら、後はやる気とか。そういうのが往々にして必要な決断は、今のこの状態じゃ出来ない話だ。

故に、俺は起き上がりドアに向かって歩き出す。そんな俺の姿を最上の視線が捉えたような気がしたのだが、それについてはスルーしておく。

今、この状況で視線の有無を尋ねたところで、それを尋ねた俺がどうこうなるって話ではない。ややこしい会話は抜きにして、とっとと帰る。我ながら合理的な行き方だと思う。

 

「帰る、ある程度考えも纏まったし」

 

「こんな暑い場所で考えなんて纏まるの?初瀬君ってもしかして‥‥‥」

 

「お前が何を言おうとしたのかは聞かないでおいてやるよ。というか、お願いだから胸の奥に閉まっといて」

 

 

 

何をうだうだ迷ってたんだという考えが、最上と話すことによって頭に浮かんだのだ。

どれだけ何かを考えた所で『答え』なんてものは考えるだけじゃ見つからない。行動を起こし、肌で何かを感じた経験と想いが答えを見出し、己の頭をすっきりとさせるのだ。

考えるだけで答えは見い出せない。そのことを思い出すことが出来た。なら、その答えをどう探していくか──それは今後の俺の行動次第だと言える。

 

時刻は丁度昼を切った。今日は短縮授業故に、後は帰るだけ。何とか未来の目を盗んで屋上へ来たのだが、こうして最上と出くわしてしまったことに半ば諦観的な何かを浮かべながら、俺は屋上のドアを開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな安直で真っ直ぐが過ぎた気持ちを持っていた当時の俺は、まだ何も分かっていなかった。

 

己のやりたいことというものが、一体全体どういうものだったのか。

そのやりたいものが、どこに落ちてしまっているのか。

『自分』というものが、どれだけ弱く、脆い人間だったのか。

何にも分かっていなかったんだ。

 

 

 


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