その歌声に想いを乗せて   作:送検

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第20話

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥興味、あるのか?」

 

思えば、その一言がきっかけだったのかもしれない。

爪弾きにされ、夢は夢だと笑われ、反抗心だけで尖っていた小学生時代。

幼ながらに夢を抱いていた俺は、ひとつの音色に耳を奪われ、鼓膜を伝った音の振動が、視界を混乱させる。まるで、催眠術にでもかかったよう──何ともまあ語彙力に乏しい一言ではあるが、そんな一言がまさに当てはまる感覚に陥ってしまったのだ。

 

どぅーん、という音の後に響くサビの音──その音がグリッサンドということを知ったのが、後になってのことである──で、俺の心は物の見事に奪われてしまった。

彼女の弾くギターに、惚れてしまったのだ。

 

「うん!うん!!あるばい!!」

 

惚れてしまった上に、演奏の余韻に浸ってしまっていた俺。彼女の質問に前のめりで答えたその様子は、他者からしたらどのように見えたのだろう。これは個人的な意見であるものの、恐らく、変な子‥‥‥譲歩したとしてもアホの子と認識されていただろうと感じつつ、俺は目の前に映る『光景』から目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を終わらせたかった。

今見ている夢を終わらせて、一刻も早く、目を覚ましたかった。

けど、その意志とは裏腹にかつて発した言葉が濁流のように耳に入ってくる。それは、まるで俺の脳内に響くようで、吐き気を催してしまうほど。

 

「俺の夢は自分の思ったことをそのままみんなに伝えられるような歌声を響かせること!そのためなら何だってしたい!練習、勉強、兎に角なんでも!!」

 

その言葉が聞こえた途端、胃から何かがせり上がってくる感覚に陥った。

苦しい思いが溢れだしてくる。

夢だと分かっていても、その光景により気持ち悪さが残り続ける。

 

「俺はやるけん‥‥‥先輩!」

 

その言葉が聞こえた途端、『止せ』と反射的に感じた。

夢を持つことなんて自由なのに。

どこの誰が持っても良い、無償のそれなのに。

 

「俺は世界一の歌うたいになる!!」

 

けど、やはり想像し、未来図を描くのと実際に事に直面した時とは感じ方も、重みも、何もかもが違っていて。

次の言葉が脳内に響いた瞬間、俺は思わずこう吐き捨てた。

昔の俺に向けて。そして、未来の俺と同じ道を歩むであろう1人の少年に向かって。

その男の子の末路に、目を背けながら──

 

 

「──想いを歌に乗せる為に!!」

 

 

馬鹿野郎、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥」

 

起きた。

仰向けになって眠っていた俺。既にクーラーと扇風機のタイマーが切れてしまい、夏特有のじめっとした暑さが身体中に気持ち悪さを付与させていく。

そんな感覚がやけに気持ち悪かったもんだから、俺は服を着替え、クーラーをもう一度付け、扇風機を回す。すると、以前まで感じていた気持ち悪さが嘘のように引き、それと時を同じくして感じたのは『何をしているんだか』という虚無感にも近い気持ち。

 

既に夏休みも1週間を過ぎるこの頃、おかしな夢を何度も見る。

俺が初めて夢を追い続ける者に『憧れ』を見出した時の夢。どれだけ練習してもあの人には適わないと思った夢。

 

 

そして、夢が終わった時の夢。

 

「──うぜぇ」

 

幼少の頃に描いた未来予想図なんて、大抵叶わない。

当然だ。人生経験の浅い人間は明確な未来予想図なんて描けないからな。

ヒーローになりたい、パティシエになりたい、サッカー選手になりたいという幼い子どもの願いは、ヒーローの存在の有無、パティシエという仕事の辛さ、サッカー選手にどうやってなるか。そういった面倒事を除外した上で成り立つ身勝手な未来予想図だ。

子どもの描いた図式は途中式に辛さや痛み、はたまた怠惰などを足していくうちに形状を変え、やがて現実的なものになっていく。そして、5年、10年経った頃には自分がどんなものになりたかったのかすら忘れて『現状』を生きることに精一杯になるのだ。

 

けれど、偶にいる。

好きなものがあり、それを阻む壁がある。その壁は高くて、傍から見れば無謀だと思われ、沢山の途中式も挟み、答えが分からなくなりそうになっていく。それでも『やれば出来る』、『信じれば叶う』、『為せば成る』と綺麗事を抜かし、本当にそれをやってのけてしまう傑物が。

物語の主人公のような人物が、時として存在するのだ。

 

考えなんて、そう簡単には変わらないものだ。現に最上に出会う前の俺の考えは石のように固まり、ひねくれて、曲がりくねっていた。

それでも、あの時、あの場所で最上に出会って、『子どもの頃の夢は叶えられる』なんて言葉を信じてみたくなった。

叶う可能性が限りなく低くとも、信じて、行動を起こし続ければ夢は叶うということを。戦い続けることで、夢は叶えられるということを最上が教えてくれたから。

 

夢を見て、叶えてみせるという気概を持ち、その上で叶える。

そんな最上の姿は何時しか俺の憧れになっていて。『有言実行なんて出来る奴は、そう居ない』と考えている俺の固定観念を根本から壊してしまいそうな予感を、最上静香という人間から感じ取ったから。

 

だから今日も俺は頑張れる。

新しい未来予想図を描くために、世界を見つめている。

夢を見つける為に、歩き続けることが出来るんだ。

 

「さてさて、今日も一日頑張りますか‥‥‥っと」

 

さて。

サムい御託も程々に、本日のやることを早々に決める為、ネットサーフィンに興じる。昨日は外に出たため、先程から腕の皮膚の赤みがやけに気になる。やはり日焼け止めは必須か──なんてことを考えていると、不意に今日すべきことを見つける。

 

「そうだ‥‥‥ゲーム!」

 

急いで『パソゲーム 新作』と調べ、既に検索履歴がかかっている場所をダブルクリックすると、そこに現れたのは泣きゲーブランド1位最右翼の新作ゲーム本日発売の見出し。

それを見た瞬間、俺は財布からなけなしの小遣いを確認し、頷き、おやっさんに外出許可を取った後に自宅を出ていった。

 

今日、やるべきことが決まった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、俺がゲーム購入という目的を抱いてわざわざ都内へと繰り出したのは一重におやっさんの一言が大きい。

 

『1日1回、必ず外に出ろ』

 

夏休みが始まり、気分上々の俺に浴びせられた冷酷な一言。

その言葉は俺の心を大いに湿らせ、最初は様々な屁理屈を述べて兎に角逃げようとしたのだが、最終的にはおやっさんの言葉に底知れぬ何かを感じたのと、実力行使の一撃に見事に捕まり、渋々と外に出始めた。

そうした紆余曲折を経て、俺は今外に繰り出す機会を自主的に増やすことにしている。どうせ強制的に締め出される位なら目標を先に立てて実行に移した方がモチベーションに違いが出る。

生憎俺は心理的リアクタンスを行いやすい傾向にある大馬鹿野郎だからな。こうした行動をするに越したことはないんだ。

 

「‥‥‥それにしても暑いな」

 

都内の方がゲームを取り扱う店も種類も多い。ここ最近遠出もしていなかったというのも幸いし、目的地は都内のゲームショップに落ち着いた。

しかし、昨今の都内は夏特有の暑さが蔓延し非常に暑い。こう、焼けるような暑さではなく肌にまとわりつくようなうざったるい暑さ、とでも言えば良いのか。まあ、心理的に厄介だということが伝わればオーケーだ。

そんな厄介なものに苛まされた俺の気分はさながら溶けかけのバターである。暑いぞ〇〇!なんて見出しを何処かで見た覚えがあったのだが、この場所にこそそういった見出しをつけた方が良いのではないのだろうか。

 

暑いぞ東京!

‥‥‥うーん、この二番煎じ感。

いや、事実二番煎じじゃねえか。何してんだ俺。

 

「──げ」

 

と、そんなことを考えていると俺の視界が2人の見知った人影を捉える。

紫髪の女の子とスーツを着た見覚えのある姿。

その姿に、思わず声を上げ、歩いていた足を止めてしまったのが災いしたのか。俺より前を歩いていたにも関わらず目敏く振り向いた男は俺の姿を捉えて一言──

 

「おお、初瀬君じゃないか!」

 

「‥‥‥?」

 

「いや、後ろを振り向くな。キミだよ、キミ!!」

 

プロデューサーさんは俺を見つけるが否や溌剌とした様子で近付いてくる。その一連の行動に、紫髪の女の子──望月も俺が後ろにいたことに気が付き、無表情で近付いてくる。

2対1というこの状況に逃げることもはばかられた俺は、こうなっては仕方ないと半ば投げやりな気持ちのまま望月『のみ』に笑顔を見せ、右手を上げる。

 

「おう望月!今日は1人か?」

 

「‥‥‥今日は‥‥‥プロデューサーさんと、一緒‥‥‥」

 

「僕を除け者にしないでくれるかな‥‥‥6月以来だね、初瀬君。元気にしてたかい?」

 

お陰様で元気だ。

都内が依然としてヒートアイランド現象に見舞われている故に暑さが蔓延しているのかは知らないが、アンタにあってしまったせいで悪寒が止まらなくなり、結果的にプラマイゼロの体感温度を維持している。

プロデューサーのお陰だよ、ありがとう。

でも、あわよくば逃げたいので自分帰っていいですか?

 

「嫌そうな顔だな‥‥‥で、今日はどうしたんだい。1人で東京に行くなんて」

 

「ゲームを買いに来ました。パソコンでできるお手軽ゲームを、ちょっとね」

 

「エロゲかい?確か中学生は購入出来ないはずだけど‥‥‥」

 

「‥‥‥へい、モッチー。この人ぶっ飛ばしていいかな」

 

「‥‥‥ちょっと、何言ってるか分からない‥‥‥」

 

そんなの困る。

このままじゃ俺が恰も年齢制限を通り越してムフフなゲームを買おうとする変態みたいじゃないか。第1前提として俺はそんなものを買う気はないし、予定もない。俺が買いたいのは『全年齢対象版』のPCゲームなんだからな。

『あ?オラ、殺るぞオラ』と殴る素振りを見せながらプロデューサーさんを睨みつけていると、依然として目を細めた気だるげな様子の望月が俺に語りかける。

 

「‥‥‥もしかして‥‥‥泣きゲー?」

 

その言葉に、俺の目は自然と見開かれる。

──まさかコイツがそのジャンルを知っているなんて。

そんな嬉しさからくる高揚感が胸を支配すると、俺は辺りも気にせずに望月に詰め寄った。

少しだけ目を見開いた望月がどのような心境であったのかは俺の知るところではない。今の俺はそれよりも同じ趣味を共有出来るかもしれないという高揚感で1杯だったのだからな。

 

「お前泣きゲーが分かるのか!?」

 

「‥‥‥ごめん‥‥‥ノベルゲームは‥‥‥あんまり」

 

「っあー!!マジかよ!!」

 

しかし、現実は非情で。

望月から発せられたスローテンポ・トークの内容に泣きゲーの知識はないことを悟り、俺は愕然とする。

分かっている、分かっているんだ‥‥‥俺くらいの年頃のゲーマーはサッカーゲームとか、野球ゲーム等の家庭用ゲームに造詣の深い奴が殆どだってことくらい。それでも、少数はPCゲームの知識がある奴は居るはずで。今回は望月がその少数だと思っていたのだが、その考えは外れに終わってしまう。

あまりに落胆している俺を見かねたのか、望月が少しだけ笑みを見せた後、俺を見上げて一言。

 

「けど‥‥‥名前くらいなら‥‥‥知ってる、よ?」

 

「マジか!」

 

「‥‥‥うん‥‥‥多分、きっと‥‥‥」

 

「うおぉぉぉぉ!!!恐らく、めいびーッ!!!!!」

 

ああ、神よ。

もしこの世に神がいるのだとしたらきっとこの子なんだろうなって直感的にそう思ったよ。

落胆している俺を見かねたからかどうかは知らないが、こうして俺の顔を見てフォローをしてくれている時点で、隣のエロゲ野郎には比べ物にならない位の天使っぷりを望月さんは誇っている。

やっぱ大人には理解できないよな、泣きゲーの素晴らしさってのは!(偏見)

 

「‥‥‥でも、杏奈‥‥‥翔大が何を買うかは‥‥‥分からない、よ‥‥‥?」

 

「馬鹿!それで良いんだよ、否‥‥‥それが良いんだよ!!」

 

さて、両手で拝みながらゲーム教のゴッド‥‥‥否、ゴッデス望月に崇拝の念を唱えていると、『ん‥‥‥』と声を上げながら、それでも無表情で望月は続ける。

 

なんだそれ、可愛いかよ!!くっそ、可愛い!!泣きゲーあんまり分からなくても許したる!

 

「杏奈‥‥‥偉い?」

 

「ああ、望月は偉い‥‥‥!他の誰がなんと言おうが、俺が保証してやるよ」

 

「お、おーい。俺の存在ってもう無かったものにされてるの?初瀬君、俺の姿が見えてる?」

 

「黙ってろ18禁」

 

「酷い!?」

 

ただしプロデューサー(18禁)、テメーはダメだ。

中学生がエロゲを買うだろうと踏んでいた罰を少しは味わって頂こう。

公衆の面前でエロゲ購入を匂わせた発言をされた俺の気持ちが分かるか?俺、めっちゃ恥ずかしかったんだからな?18禁どころかファッ禁だ、テメーは。

 

それと、単純に話したくないってのもある。

プロデューサーさんには悪いが、以前から俺はこの人に対して好印象を抱いた覚えがない。相性が合わない男と仲良くおててつないで会話なんてできるほど、俺は出来た人間じゃないからな。

 

「故に、望月!プロデューサーさんは置いといて共にゲームを買いに行こう‥‥‥今から俺達はパソゲーの世界へと旅立つのだ!!」

 

「杏奈‥‥‥今日はネトゲ‥‥‥プロデューサーさん‥‥‥助けて‥‥‥」

 

望月の手を引き、最寄りのゲームショップへと向かっていく。

頭の中では耳に残っていたポップで軽快なBGMが流れ、そのBGMとは似つかない靴と地面の摩擦音が、俺の耳を支配する。

それでも俺は歩き──否、走り続けた。そこに泣きゲーがある限り、俺は止まることは出来ないから。その先にある感動を味わうために、進みたいと心が欲しているから!

 

「は、初瀬君!?杏奈が引き摺られてる!!ステイ!!ステイだよ初瀬君ッ──!!」

 

「アイキャンフラーイ!!」

 

弾む心に従って、大きく跳躍したんだ!

 

「‥‥‥翔大、うるさい‥‥‥」

 

なお、望月の許可は取っていない。

許してください、何でもしますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生楽ありゃ苦もある。

そんな当たり前のこと、俺にも分かっている。

ただ1つ文句が言えるのであれば、俺の場合『苦』が多すぎませんかね神様──って、そんなところだろう。

 

 

 

「‥‥‥♪」

 

望月が購入する予定だったのは最新作のオンラインゲームだったらしい。

俺も聞いた事のあるそのゲームの名前は、忘れてしまったのだが広告諸々の影響もあり、朧気ながら覚えている。

そんなゲームを望月は嬉々とした様子で購入しに行った望月は、結果としてそのゲームを購入することに成功する。弾むような明るいオーラ、それらを発生させている望月のはにかんだ様子。

うむ‥‥‥悪くはないと思いつつ、俺はレジに並びながら嬉しそうにしている望月をプロデューサーと共に、ベンチで眺めていた。

 

「いやあ、ゲームはゲームでも色んな種類があるんだね。盲点だった、済まなかったよ初瀬君」

 

「望月の笑顔が見れたから、もういいですよファッ禁デューサー

 

「あのさぁ!頼むからさぁ!!そのファッ禁っての止めてくれないかなぁ!!」

 

はい、俺もひどいことをしたという自覚はあるのでこれを最後にやめさせて頂きます。

けど、俺がそういった類のゲームを買おうとする人間だと思われていたことが非常に心にきたということも分かって欲しい。

暫くこの男とゲームの話はしたくないって思ったんだからな。

 

「‥‥‥それにしても、本当に偶然だったね。まさか目的が同じで、購入する場所も同じだったなんて」

 

「それに関しては俺の気が赴いたというか‥‥‥まあ、あれっすよ。元々場所の指定なんかもありませんでしたし。それなら望月と一緒のところでゲーム買おうかなーって。ノリですよね、ノリ」

 

ゲームが購入出来る場所ならどこでも良かったのだ。それでも都内に赴いてしまったのは、心のどこかで都内の大きなゲームショップで他のゲームを見てみたかったと思ってしまったからか。

まあ、都内の中でなら何処でも良かった。そんな中で俺は望月とプロデューサーさんに出会い、望月が泣きゲーをしているということで気分が高まった。

それがこの有様である。

後で引き摺ってしまった望月には謝っておかなければならないな──なんて考えながら、プロデューサーさんの言葉に返答していると、フフっと声を上げて笑みを零したプロデューサーさんが、俺を見据えながら一言。

 

「偶然、か」

 

その言葉の裏には、俺との出会いを面白おかしく感じているであろう心情がありありと見えていた。

何となく分かる。

この人は心情が顔に出やすい。

分かりやすく言うのならば喜怒哀楽を表に出す性格と言ったところか。そんなプロデューサーさんが笑みを零した後に、その表情を崩すことなく俺を見て口を開く様を見れば、大体この人が何をしたいのかも分かってしまう。

 

「なら、その偶然がてら少し聞きたいことがあるんだ」

 

「要件にもよりますね」

 

「際どい質問は何パーセントの確率で答えてくれるかな?」

 

「ははっ、答えるわけねぇ」

 

「ひどい」

 

当然、質問だ。

元々会話らしい会話もなかった上に、含み笑いのようなものをされてしまえば、皆目見当がつく。

ましてやこの人は、以前出会った時も質問攻めのような行為を俺に何度かしていた。ジョーがなんだか、とか最上と仲が良いんだとかを聴かれたのは、最近のことなので、当然覚えていないワケがない。

 

まあ、どうせ今度もしょうもない質問を2問か3問程度ぶちかまされるのであろう。ここは心を寛容に、出来る質問にはちゃんと答えて俺という人間がつまらない人間ということをアピールすることが大事──

 

「静香と未来と一緒に宿題をするんだって?」

 

「ゲホッ」

 

畜生予想外だ。

まさかそれを聴かれるとは思っていなかったため、驚き、思わず咳き込んでしまったのだが、そんな様子をプロデューサーさんは寧ろ面白がり、腹を抱えて笑う。

 

壊したい、その笑顔。

 

「‥‥‥誰から聴いたんですか」

 

「未来だよ。嬉々とした様子で話してた。まあ、君の場合は噂が噂だから周りは不安がっていたけど」

 

「ははっ、俺は不審者ってか‥‥‥はぁ」

 

少しはプライバシーを守るということを未来は守るべきだと思うんだ。

不特定多数に初瀬翔大という人間をバラし、あらぬ噂を突き立て、事実でも言っては良いことと悪いことがあるのにも関わらずそれらを包み隠さず話していく。

最上然り、未来然り、もう少し俺という存在を大切にして欲しい。

俺も人間だ。プライバシーをもっと保護されて良いはずなんだ。

 

「別に隠すことでもないじゃないか。君と2人が関わっていくことは何ら悪いことじゃない。それに、キミの人柄はこれでも分かっているつもりだからね」

 

「へえ、流石『プロデューサー』さんっすね‥‥‥で?そのプロデューサーさんが赤の他人であるところの俺の何を知ってるってんですかね」

 

「言葉の割に人のことを良く見ているとか‥‥‥かな」

 

情報をバラされたという事実と、未来に対する怨念が混じったことで八つ当たりのような皮肉を垂らしたものの、さも皮肉を言っていないかのように言葉を返すプロデューサーさんには、俺の皮肉は通用せず。

俺は左側に陣取るプロデューサーさんとは逆の方向にそっぽを向きながら、今日何度目か分からないため息を盛大に吐いた。

人前でため息が良くないのは俺とて分かってはいるが、こうでもしなければ、この息が詰まる状況を生きていけそうになかったのだ。多少の無礼は勘弁して欲しい。

 

「冗談はその暑そうなスーツだけにしてくださいよ。俺が人のことを見ているって?寧ろ俺は自分のことで精一杯だっての」

 

「けど、応援はしているんだろ?人が道を歩いていく様を見ながら自分の道を模索していく。良い事じゃないか‥‥‥そういうの、学生が1番時間を使える事だからさ」

 

缶のプルタブを開ける音が隣で聴こえる。

その音に思わず隣を向くと、そこには缶コーヒーを2つ、右と左に持っていたプロデューサーが笑顔を見せていた。

その内の1つである、開封されていない方の缶コーヒーを俺の目の前に差し出されたのを見る限り、どうやらこの缶コーヒーは俺にプレゼントしてくれるらしい。

出されたものは甘んじて受け入れよう。

そう考えた俺が両手で缶コーヒーを受け取り、一礼をするとプロデューサーは頷き、缶コーヒーを呷る。『コクリ』という音を喉で鳴らしてコーヒーの苦味を味わうと、プロデューサーさんが一言。何気なく語りかけるような柔らかい声で、一言。

 

「この前、静香がピアノを弾いていたんだ」

 

「へえ、それがどうしたんですか」

 

「ビックリしたよ。まさか静香がピアノを弾けただなんて知らなくて。何なら弾き語りでもしたらって提案したんだが、それは見事に突っぱねられた」

 

「ははっ‥‥‥弾き語り舐めんな」

 

「そ、それは済まないと思ってるよ。でも良いじゃないか、自分で奏でた音に合わせて歌を歌う。キミは見たくないのか?静香の弾き語り」

 

気にならないと言えば嘘になる。

黒髪ロングの可愛い女の子。そして、事務所監修のもと作られた最上にピッタリな衣装。舞台には黒と白のピアノ。おいおい何だその眼福な光景。

考えただけで、情熱を持て余す。

 

「‥‥‥まあ、聞きたくないってのは嘘になりますけど」

 

「だろう?だから俺は思ったんだ。ピアノを弾いている静香を見て、何となくこれをやれば、更に人気が出るんじゃないかってね」

 

「そういうもんですか」

 

「プロデューサーっていうのはそういうものさ。担当のことを考え、何をしたらその子が輝けるのか、どうしたらもっと皆に愛されるのか。勿論、実行に移すのはアイドルだけど、アイドルだけじゃ手の届かないところは絶対にあってさ、そういう部分を死ぬ気で補うのが、プロデューサーの役目なんじゃないかなって、俺は思う」

 

「死ぬ気って‥‥‥まさかアンタ常日頃からスタドリ飲んでるとか、そんな生活してる訳じゃないっすよね?」

 

「え、スタドリはPの嗜みだろ?」

 

お前やっぱファッ禁だわ。

アイドルの──言い方は悪いが他者の為にそこまで尽くしてしまえるのか。

驚きや呆れを通り越して尊敬するよ、そういうの。

尤も、その自己犠牲を真似しようとは思えないが。

 

「死ぬ気も程度によるでしょ。アンタが倒れたらアイドルは心配する。その時、アイドルに掛かる精神的負担は半端じゃない」

 

「勿論、心配をかけるつもりは毛頭ないよ。けど、それくらいの覚悟でぶつからなきゃ、人間と──それも、アイドルとより良いものを作り上げていくことなんてできない」

 

「‥‥‥はぁ」

 

「ははっ、まあそう言われてもピンと来ないよね。けど、実際そういう世界なんだよ。意見が合わない時もあれば、本人の意思によってアイデアが突っぱねられることもある。人生ってままならないもんだからさ。なかなか、こう‥‥‥思ったようにはいかないんだよね。これが出来た──って思ったら予想とは違って、また違った苦難が出てくる」

 

同意する。

この世の中は苦難ばかりだ。俺だって人生経験は浅い方だが、世の中が厳しいことくらい分かっている。

子どもの俺が分かっていて、厳しいと思えるんだ。きっと本物の現実はもっと醜くて、どす黒くて、大変だけが先行するような、そんな世界なんだろう。

 

「だから人は考え続けなければならない。時に何が最善なのか、限られた状況下で何が出来るのか。考え続ける葦にならなきゃいけないんだ」

 

「‥‥‥どんな時でも真っ直ぐ努力してくださいって話ですかい」

 

「正解、に近いかな」

 

意外にも正解に近かったみたいだ。

頭の中にふと最上の顔が浮かんだので、彼女が屋上で踊る姿を何となく思い浮かべながら呟いただけの譫言だったのだが、プロデューサーさんの琴線には触れたらしい。

コーヒーをコクリと飲み込んだプロデューサーが、喉を潤した後に笑顔のまま話を続ける。

 

「どれだけ用心したってダメな時はとことんダメなんだよ。それは運命かな、仕方ない所もある。けど、そこで諦めるのかって言われたら‥‥‥断言するよ。それは違う」

 

「‥‥‥その心は?」

 

「人間、色々な終わり方があるけど1番ダメな終わり方は『思考を放棄すること』だよ。妥協したっていい、下方修正してもいい、逃げてしまったって良い。それが具体的な計算の元に成り立った答えなら、むしろそれができる自分を称えるべきだ。けど、考えるのをやめた途端に人は成長が止まる。なあなあに生きて、時間を浪費してしまうことが人としては1番の罪なんだろうね──ってことさ」

 

「‥‥‥はは、耳が痛い話っすね」

 

プロデューサーさんの考えに基づけば、俺は人として1番の罪である事を既に行ってしまっているといえるだろう。

下方修正することもままならず、具体的な展望も作らずに事実からただひたすら逃げた。そんな過去を持っている俺にとってはプロデューサーの話は優しさを孕みつつも、何処か耳の痛い──厳しい説教のようにも見て取れた。

しかし、そんな俺の一言を聞いたプロデューサーさんは、何故か首を傾げると何やらしたり顔のような何かで俺を見つめてきやがった。

その表情は、例えるならば『キミの言っていることは間違っているんだぜ』的な。そうとも取れる腹立たしい顔つきであると補足しておこう。

 

「はて、本当にそうかな」

 

「あん?」

 

「キミは確かに今は『行動』を起こしている訳じゃない。それは確かに傍から見れば『時間の浪費』にしか見えないだろう‥‥‥けど、キミは考える必要のある目標を既に立てて実行しているじゃないか」

 

「俺が?」

 

「過去から未来に進むために、時間を使っているんだろう?それは他者が決して否定することの出来ない、確かな初瀬君の進歩だ。そんなキミの進歩を見ている人は確かに存在しているのに耳が痛いだなんて言うもんじゃないよ。キミの生き方をキミ自身が否定しちゃいけない」

 

「‥‥‥何で知ってんすか、それ」

 

「そりゃあ勘だよ。今のキミが福岡から東京まで来た理由や話したことを鑑みて、キミが何をしたかったのか考えて予想を立てたんだ。けど、めぼしい理由は思いつかなかった。だから──何となくこれかなって、思ったんだ」

 

だとしたら、正解も正解だ。

俺はまんまとこの人に頭の中を見透かされていたワケである。

何それ恥ずかしい、恥ずか死ぬ。

 

「と、言ってもキミのそういう所も美点ではあるんだけどね‥‥‥じゃあ、例として僕の話をしようか。実は今日杏奈と外に繰り出したのはね。仕事終わりっていうのもあるんだけど、ゲームを買うことにあったんだ」

 

そりゃ知ってる。

ただ、意外だとは思った。まさかアンタが望月とこの暑い外を散歩しているとは思わなかったから。そして、その目的がやはりゲームなのだと分かると、尚更驚く。普通、こういうのって家族か、それが難しければ1人で行くもんじゃないのかと思っていたから。

余程信頼されてんだな──と、意外に感じたんだ。

 

「傍から見れば一緒に外に繰り出すことに時間を費やす位なら──とか言われるかもしれない。けど、これだって僕からしたら大事な時間さ。他でもない大切な担当アイドルのリフレッシュとご褒美、好きなものを身近に感じて距離を深めることはプロデューサーとして大切なことだと僕は思ってるから」

 

そして、俺はその人の言葉が芯のある誠の心で包まれているということを反射的に理解している。

会話する時に目を逸らすことなく話をするこの人のことだ。常日頃から嘘を極力つかないようにしてきたのだろう。だから、望月みたいな女の子からも慕われる。ゲームや趣味を抜きにして、1人の大人として、信頼出来るんだ。

『目』は嘘をつかないから。

 

「どんなことだって最善を考え、活路を見い出せば『実のある行い』さ。初瀬君には是非、無駄だと思うものを無駄と感じない思考を身につけて欲しい。そして、決して物事をなあなあにすることはしないで欲しい、かな」

 

そうして笑顔を見せたプロデューサーさんの顔は、何処かこの仕事に多幸感を見出しているような、やりがいを感じているような笑みだった。その笑みは、太陽のように眩しく、やはり直視出来ずに目を背けてしまう。

人が何かを成し遂げようとした時に見せる気概に満ちた目付き。それを常時見せるプロデューサーさんが、俺は本当に嫌いで──

 

 

 

「‥‥‥ああ」

 

やっぱり俺はこの人を好きになることは出来ないんだなと、そう思った。

 

「ふはっ、カッコイイっすね」

 

「え?」

 

「格好良いっすね、初めて貴方を見てそう思いました」

 

「地味に酷くないか‥‥‥?」

 

俺はこの人が嫌いだ。

理由は、俺の過去を知っていて、その上で俺に対して何かを期待し続けていること。その期待が何かは分からないが、俺にとってのそれは酷く眩しく直視できない──そんなものだった。

だから、俺はこの人が嫌いだ。一貫して俺はこの人に対して良い印象を持たない。話せば話す程、心は汚れて、過去にリセットされていく。

それでも、これが無駄だとは思わない。

それは、彼の話が何処か俺の心に響き、俺の間違いを照らしてくれるような気がするから。この人なりの『誠意』が何処か無駄ではないような、そんな気がするから。

この前も、今日も、恐らく、これからも。

 

「プロデューサーさん」

 

「?」

 

「‥‥‥ありがとうございます」

 

「えっ」

 

この時間も無駄じゃないんだなって思えるのは、彼の不思議な力であると俺は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒロイン行方不明回 其ノ壱。
もうPがヒロインで良いやって投げやりになりながら書いてました。

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