その歌声に想いを乗せて   作:送検

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Precious Grainを聴こう!




第8話

 

夢中になれるものというものは、時として人生を思いのほか変貌させるきっかけになる。

例えるならば、スポーツ。宝くじに当たるよりも難しいと言われているサッカー、野球のプロ。その他バスケやゴルフ、様々なスポーツのプロになることが出来て、その上活躍なんてしちまった日には夢追い人から一気に億万長者へとクラスアップだ。好きを職業に出来てしまうのもポイントだ。いちいちやり方やノウハウを1から学ぶわけでもない。社畜よりも随分楽だ。

 

それだけでは無い。文学、買い物、女装趣味、その他諸々の趣味は、人の生活を彩らせる。

夢中になれば、周りを見失うデメリットも時として存在するが、目先のストレスを解消出来たり、人生を彩らせることが出来たり、時としてその趣味が金稼ぎの一環になるというメリットに比べたら、そのデメリットは些細なものではないかね。

 

他のデメリットは、おバカな俺には分かりまへん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変なジジイにチケットを譲ってもらった後、最上とお話するなんていうボーナスステージ的な何かから脱することの出来た俺に待っているのは、いつも通りの日常───とはいかず、これまた俺にとっては非日常的な光景。

初めて見るであろう観客席側のライブ会場である。

 

「はぇー‥‥‥すっごい」

 

何が凄いって、あれだよな。

人がいっぱい。

この小さな世界にたくさんの人が米のように詰まっているところだよな。そして、この人口がごくごく1部のアイドルファンだけなのかと思うと、自分のちっぽけさが些かあほくさくなってくる。

 

「さて‥‥‥」

 

席に座ろうと思い、チケットを見る。

指定された席は指定席の上等な場所だ。

立場が偉けりゃ渡すチケットもVIP席ってか。

残念だが、あの席は俺の身に余る。建物に入れただけでも上等ってもんよ。

 

 

 

「あ!?翔大だ!!」

 

キョロキョロしてたら突如聴こえた元気溌剌な女の子の高い声。はて、俺はアイドルを応援する立場にある人間と友達だったのだろうか。答えは『否』であったはずだが。

 

「おーい!翔大ー!翔大ー!」

 

その声は、尚も俺を呼びつける。

しかも名前呼びで。

プライバシーもへったくれもねぇな。

 

「なあ、春日さんよ」

 

「え?どうしたの?」

 

何でもない。

こっちの話だしな。

それよりもお前さんが何でここにいるんだ。

あれか、最上の応援か。

 

「でへへ〜♪そうそう!静香ちゃんの応援だよ!!もしかして翔大も?」

 

「違う、チケットを貰ったんだ。だから偶然だ」

 

「そうなの?でも、そのサイリウム静香ちゃんのだよ?」

 

うわ出たよそういう奴。

たまたま色がそうだからって決め付けるの。

言っとくがこれは違うぞ。優柔不断な俺氏の最終奥義『ど〜ち〜ら〜に〜しよぉっかな♪』で決めたサイリウムでだな‥‥‥。

 

「でへへへ♪翔大もスミに置けないね!」

 

1度シバキ倒してやろうかこの天然娘。

しかしながら、そんな言葉を口にするほど俺は暴力的ではない。さっきから俺の肋骨を肘でつついている春日は、俺の怒りなどまるで屁でもないと言いたげなにっこりとした笑みを俺に見せている。

器用でございますね、後地味に痛いからヤメロ。

 

「それにしても、お前がここにいるとはな。どうした?アイドルファンにでも目覚めたのか?」

 

俺がそう言うとキョトンとした顔をし、やがてブンブンと首を横に振る春日。

アイドルファンじゃねえならなんでここに居るんだよ。あれか、ティンと来たのか?

 

「私も静香ちゃんの応援だよ?」

 

「なんだ、やっぱりアイドルファンじゃあないか」

 

更に首を横に振る春日。

鬱陶しい、俺の答えが間違ってんなら一刻も早く答えを出しやがれ。アイドルファンじゃなけりゃティンと来た訳でもない。それならそれ相応のお前の答えを聞かせてもらおうか、あ゛ぁ〜?

 

「同期の静香ちゃんの応援!!」

 

「は?」

 

 

Why?

 

ドウキ、Why?

 

もしかしたら春日はお友達のことを同期と間違えてるのかもしれない。だとしたら俺は春日に教えてやらねばならない。お前と最上の関係は友達、もしくは親友。それ以上でもそれ以外でもないってな。

 

春日を見下ろし、ため息を吐く。

春日は笑顔で俺を見上げる。

何故か飼い主と子犬の間柄を思い出して、少し癒される。解せない。

 

「あのな、春日。お前と最上の間柄は察するに親友だ。であるからしてお前と最上の関係は同期なんて紛らわしい言葉で表して良いものじゃ‥‥‥」

 

「私、アイドルなんだ!」

 

予想の斜め上の答えが返ってきちゃった。

 

有り得ない、その感情が一足先に先行する。

俺は今の今までアイドル様とクラスメイトで、あまつさえわいわい屋上や教室で話していたらしい。

まさに衝撃の事実である。

 

「ウッソだろお前」

 

「ウソなんかじゃないよ!静香ちゃんに聞けば分かるし!」

 

「ウッソだろお前」

 

「えへん、嘘じゃないんだなぁ〜これが」

 

自慢気に胸を張る春日。

軽くドヤるの止めろ。

見てるこっちが恥ずかしくなるわ。

 

「見てれば分かるよ!この後、翔大はとんでもない事実を知ることになるのだ!」

 

「それを言っちまったらとんでもない事実にゃならん気がするんだがな‥‥‥」

 

「そうかな?」

 

ならないだろうな。

転校早々から友人的な付き合いをするようになって此奴に限っては嘘をつかないということが分かった。

元気溌剌な時も、人をおちょくる時も、此奴の言葉や瞳には己の誠が含有されている。

今回もどうせ嘘じゃないのだろう。

この場面で嘘をつくような人物じゃないと、確信できる。

 

「まあ、今は皆の応援しよう!サイリウムなら私が貸すよ!」

 

ピンクのバッグから色とりどりのサイリウムを取り出す春日。重くはないのかね。

ただ、サイリウムを貸してくれんのはありがてえや。

初めて立ち見で良かったと思えた瞬間である、まる。

 

「ありがとな、春日」

 

サイリウムを受け取り、春日に感謝をするためにお礼を述べると春日は少しムッとした表情で俺を見遣る。

何だろう、俺の感謝はそこまで気持ち悪かったのだろうか。

 

「なんだ」

 

「私は翔大のこと名前で呼んでるのに、翔大は私のこと名前で呼ばないんだね」

 

「‥‥‥つまり、名前で呼べってか?」

 

「うん!」

 

そういうリア充要らないから。

俺は確かに友達欲しいけど、そこまで仲良くなろうとか思ってないから。

少しでも会話出来る友達が増えれば良いだけだから。

 

「名前で呼ばれたら名前で呼び返す!友達付き合いの基本だよ!」

 

「はぁ‥‥‥?でっち上げだろ、そんなの」

 

大体何処で学んだよ、そんなコミュ力抜群の人付き合い。

普通に挨拶出来たら友達だろうがよ。

 

「あ、それとも恥ずかしいの?」

 

「ぶっ飛ばすぞてめー」

 

売り言葉に買い言葉だ。

手前がそう言うなら呼んでやるさ。

呼ぶ機会があったら、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブが始まると、舞台には沢山のアイドル達が会場のファンと一体になって最高の雰囲気を築き上げる。

時に歌い、時に踊り、時に絶妙な話術で他を虜にする。

受け身でライブを見学していた俺も、この盛り上がりに少しずつ慣れてきたのか今ではこの会場の虜になってしまっているのが分かった。

 

 

漸く我に返ったのが、今までアップテンポの曲が多かった中での急なバラード調の曲。

どうやら新人らしい、軽やかに鮮やかに飛んでいく鳥をイメージさせる繊細で、それでも力強いその歌で俺は漸く自分を取り戻したのだった。

 

「‥‥‥はっ」

 

曲はあっという間に終わる。

それと同時に聴こえるのは五月蝿い程の大歓声。

今、この歓声を聴くと耳が痛くなるのだがさっきまで、そんなことも気にならなかった────恐ろしい話である。

 

「わー!!凄い凄い!!歌織さん凄い!!」

 

そして、隣の阿呆も大声を上げていた。

喧しい。

お前がここでどれだけ叫ぼうが俺にとってはどうでも良いがお前は客じゃねえんだろ。

アイドルが身バレしたらどうなるのか言われてねえのか?

 

「だって歌織さん凄いじゃん!!歌声凄い綺麗だったじゃん!!翔大なら分かるでしょ!?」

 

「確かに歌は綺麗だがお前の声は喧しい。よって、訴訟」

 

「えー‥‥‥」

 

いじけんなよ。

俺は何も怒っている訳じゃないんだ。

寧ろお前の身を案じている。

感謝して欲しいものだね。

 

「そうなの?」

 

「ああ、嘘じゃない」

 

「でへへ〜♪ありがと翔大♪」

 

己の頭を撫でながら照れる春日。

別にそんなリアクション求めちゃいないんだが、まあ良い。

別段悪い気はしないからな。

後、チョロくて助かる。

何処ぞのチョロインもビックリだな。

 

「なあ、春日‥‥‥お前はこんな奴等と一緒にアイドルやってんのか?」

 

「‥‥‥?うん、そうだけど」

 

あっけからんと言ってくれる。

これだけレベルの高いアイドル達と競い合い、そしてこんな大量のファンの期待を背負ってライブをしていることの凄さをコイツは何も理解していないのか。

鈍感力にも程がある。

だが、それが奴の強みなのだろう。

 

「最上といい、お前といい、本当に底が知れないよ‥‥‥」

 

「そうかな、別に私は普通だよ?勿論静香ちゃんも!」

 

「お前には1番言われたくねえよ!」

 

「ええっ!?」

 

「いつも‥‥‥俺が転校して2週間は経つがお前が1日を怒られないでまともに授業を受けてるところなんぞ1つも見たことないからな!?そんなお前が普通とか1番ないから!」

 

それと、普通じゃないってんなら最上だってそう。

普通の女の子は屋上でストイックに練習したりなんかしないし、この歳から夢に向かって一直線に進むようなことは出来ない。

悪い意味じゃない。

2人とも、良い意味で普通じゃないのだ。

 

「翔大だって1日1回は怒られてるじゃん」

 

「む‥‥‥それは」

 

確かにそうだけど。

そもそも俺は自分で自分のことをまともじゃないってちゃんと分かってるから。

お前の場合、分かってないのが問題であってだな‥‥‥

 

「一日一善だね!」

 

世のため俺のため、先ずはコイツの減らず口を何とかするべきなのではなかろうか。

 

 

 

 

ライブは順調に進み、アイドル達が各々の踊りや歌を観客に見せつけていく。

全体曲が終わると、始まったのは曲ではなくお昼休憩。

ここで、トイレ休憩で人が入り乱れるためか客の入りが激しくなる。

ここで春日は身バレを案じたのかグラサンをかけた。

なかなかイカしているな。ナイスグラサン。

 

だが付け髭、てめーはだめだ。

お前が春日の口に付いているだけで鬱陶しさが増し増し。

それらを含めた春日の変装評価は85点。

付け髭を付けたのがマイナスだ。

 

「はい、これ!」

 

春日が自らのお弁当箱から1つの包みを渡す。

はて、これは一体何なのだろうか。

 

「おにぎり!翔大、何も用意してこなかったかなー‥‥‥って思って!」

 

「握り飯‥‥‥か」

 

「もしかして、おにぎり嫌いだった?」

 

そんなことは無い。

寧ろ俺は朝昼夜どちらも米派だ。

しかし、春日の昼食を取るような真似をして良いのか。

そこが問題だ。

 

「お前は良いのか?」

 

「大丈夫だよ。おにぎりは2つあるし」

 

「‥‥‥困らないって訳か」

 

なら、好意に甘えて頂こう。

包みを手に取り開いた中身は形の良い三角形のおにぎり。

1つ齧ると、塩の丁度良い塩梅に鮭の味がマッチした美味しいおにぎりの味が俺の味覚を支配する。

 

ふむ───

 

「これはお前が作ったのか?」

 

「お母さんが作ってくれたんだー、もしかして美味しくなかった?」

 

だよなー。

これ、春日の手作りだったらうっかり恋しちゃうところだった。

この味を作り出したのが春日の母さんだってなら納得も納得。

大満足だ。

 

「うめーよ。俺の手作りおにぎりが霞むくらいにはな」

 

「え、翔大って料理出来るの?」

 

「冷凍食品の解凍なら任せろ!」

 

「す、すごい!!翔大は解凍のセンスもあったんだね!!」

 

解凍のセンスとは何ぞや。

 

「とは言っても飯を炊いて、冷凍食品を解凍することしか出来んがな。最近は冷凍食品のハンバーグがマイブームでな」

 

「あ、知ってる!ハンバーグにも色んな種類があるよね〜‥‥‥因みに翔大の好みは?」

 

「デミグラス、だな」

 

偏見かもしれないが、俺個人として王道中の王道だと思っている。

無論、デミグラスソース以外のものが食べれないと言っている訳では無い。

しかし、数あるハンバーグの中から何を選ぶのかと言われた時真っ先に俺が選んでしまうのがデミグラス───たったそれだけの話だ。

 

「デミグラス美味しいよね‥‥‥あ、購買は高いからこれからもライブ行きたかったらご飯は作ってきた方が良いかも」

 

「そうか‥‥‥」

 

「あ、でも私的には購買で色々買って欲しいかな!特に私のサイリウムとか!」

 

「商魂逞しいな、露骨なステマをありがとよ」

 

グッズ収入がお前さん達の収入になるのかは分からんが、こういうふうに自分のグッズとも呼べるものを宣伝できる力は素直に凄いと思う。

まあ、あれよな。

向上心が高いわな。

 

「‥‥‥そういえば」

 

俺はお前のことをさして知っている訳では無い。

故に、この前校舎まで帰路を共にした時質問を幾つかしようと思っていた。

が、話題はいつの間にか恋バナへと発展───聴きたいことも聞けなかったのが俺の現状だ。

 

横に居る未来に視線を送る。

おにぎりをはむはむと頬張りながら首を傾げる春日を確認した俺は、頭の中に浮かんだ質問を口に出した。

 

「お前ってヤケに俺と最上の仲に固執するよな」

 

「そうかな?」

 

「いや、理由みたいなのはこの前聴いたけどな。それじゃどうにも腑に落ちなくてよ」

 

会話の間に最上との関係性を尋ねられたことは幾度として存在した。

俺としては、こうして春日が俺と最上の関係に固執するような意味が分からない、というのが実情だ。

 

「そこら辺、聴かせてくれよ」

 

「‥‥‥うーん、他に大した理由なんてないよ」

 

「あん?」

 

「私は、ただ翔大と静香ちゃんに仲良くなって欲しいだけ。だって2人ともとっても良い人だもん!」

 

「最上が良い奴なのは別にいいが、俺が良い人だと?」

 

「うん」

 

言い切りやがった。

いや、まあ未来がそう言うのなら勝手に思っとけって話な訳だが、それでも意外だ。

俺は未来に優しくしたことなど1度とてないはずなのだが。

 

「俺はいつお前に良い奴ぶったのかな‥‥‥」

 

「え、だって途中まで一緒に帰ってくれたよ?」

 

「それだけでか!?」

 

「うん!翔大は良い友達だよ〜」

 

それだけで良い友達と認定されてしまうのか。

それは‥‥‥何だかな、奴が将来悪い奴に引っかからないか非常に心配である。

そもそもコイツは危機感なんてものを持ってはいるのだろうか。

日常生活をあれだけ明朗快活馬鹿丸出しの姿勢で送っている春日のことだ。

恐らく今までもこれからも危機感なんてものを持つことはないのだろう。

何となく、分かる。

 

「えへへ、後はね‥‥‥」

 

「‥‥‥寂しいんだろ?俺が奴と仲良くなきゃ」

 

知ってる。

この前うっかり話していたことを俺はちゃんと聞き取っていた。

生憎、記憶力は良くてな。嫌なことも楽しいことも結構頭の隅に残っていることの方が多いんだ。

 

「正解!」

 

にへっと笑う春日を見て、こちらも少しだけ口角が上がったのかもしれない。

此奴に影響されてしまったのか、はたまた伝染してしまったのかは分からないが俺も未来と話すことにより、彼女のような元気さが湧いてきたような気がする。

 

これが、アイドルというやつかね。

そういった、他を笑顔にしてしまう影響力を持っている奴等の集団がアイドルなのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────不思議な奴だ、アイドルってのも。

 

「春日」

 

「?」

 

「今度さ、俺もう一度屋上に行くんだけど」

 

依然として最上には怒りの感情を抱いている。

しかし、その少女と話していく内に抱いた尊敬の念と可愛いっていう感情。

たった2週間程度の月日で最上について知ることが出来た。それだけでも、俺にとってはかなりの進歩。

 

今日、心を許し共にアイドルを観るという時間を共有した春日とお話をすることで俺は彼女についての知識見聞を得て、且つようやっと友達だと胸を張れるレベルの会話をすることが出来た。

心を許すことで、ここまでの会話ができるなんて思わなかった。大きな進歩である。

 

親との約束を果たす為に必要な力をこの数日間、ずっと探していた。

仮に、その必要なことってのが春日と会話した時の行動に答えがあるのだとしたら───

 

「最上って、どういう風に話したら仲良くなれるのかな」

 

先ず、俺自身が最上に心を許すこと──────それが肝要なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は、前半のライブの話題へと移行する。

春日からアイドルに関するあれこれを話半分の姿勢で聴きながら、おにぎりをゆっくり齧っていると不意に未来が笑みを見せた。

ある程度、春日に対して苦手意識が消失した俺はその笑みを見て、ため息を吐きながらも春日の目をしっかりと見据えた。

流石に己の表情は分からないが、今の俺は嫌な顔をせずにちゃんと未来に向き合えていると信じたい。

 

「歌うたいの翔大から見て、歌織さんの曲はどうだった?」

 

そりゃまた唐突でやんすね。

なんすか、俺に評論家気取りをしろと言うことですかね?

 

「評論家?うーん、でも翔大は歌上手だもんね。評論家みたいなものだよ」

 

コイツは俺をなんだと思っているのやら。

本家のお前が凄いって言うなら歌織とやらは12分に凄い奴なんだろ。

態々俺に聴くところが春日印のアホさ加減ってか。ああ、コイツ割とアホの子だもんな。

人のことを言えた義理ではないが。

 

「まあ、上手かったんじゃね?恐らくデビューする前から歌を齧ってたんだろ。お金を取れる良い歌声だと思いました、まる」

 

「翔大印の花丸を貰ったよ!歌織さんやっぱ凄い!!」

 

凄いのか、それは。

俺の花丸はそんなに凄いんですか。

俺も初耳なんですが。

 

「つーかさ、アイドルが生業だってんなら控え室で応援なりなんなり出来るんじゃねえのか?なんでお前さんはこんなところで応援してるんだ」

 

応援なら、もっと近いとこでしてやった方が良い。

俺としてはありがてえが、お前は俺の近くで応援する義理はない。

全くもって不思議な話だとは思わねぇかい、春日さんよ。

 

しかし、春日はそんなたわいもない疑問を抱いた俺をまたしてもキョトンとした顔で見つめる。

ああ、うざったい。また俺は間違えてるのか。

奴がこうした顔つきを浮かべている時は大体分かる。

俺が、何か春日に対してボタンのようなものを掛け違えてるんだ。

 

「んー‥‥‥気分、かな」

 

「気分だと?」

 

てめーはせっかくの仲間を気分で応援する軽薄な奴だったというのか。

 

「けーはく?」

 

「つめたーい奴ってことだ。良いか春日、こういう時はライブ前の女の子に向かって『がんばれ♪がんばれ♪』って言ってやるんだ。少なくともアイドルのお前がこうして観客席で応援したところで状況や展望が変わるわけでもあるまい」

 

俺がそう言うと、春日は目を見開く。

後に愕然とする。

アホの子春日は己の応援スタイルにもうひとつの選択肢があることに気がついたらしい。

 

「‥‥‥ど、どうしよう。翔大が天才だぁ!?」

 

「おめーがアホなだけだ」

 

序に俺もな。

頼むから、俺を天才なんて安いカテゴリに分類しないでくれ。

俺自身が気付いている俺のアホさ加減に涙が出てくる。

 

「で、でもお昼の最初は静香ちゃんのソロライブが‥‥‥!」

 

「お前さんの仕事はどうした」

 

「あぁっ!?忘れてた!!」

 

恐らく『極まれり』なんて言葉はこういう時に使うのだろうなと認識した瞬間である。

それほどまでにこのクレイジーガールのアホの子属性は際立っており、なんならお金を取れるくらいの伝統芸を披露してくれやがっていた。

どうして『属性』ってのはその人間の癖として離れないかね。その属性を継続していくことによってイメージがこびりついてしまう故なのだろうか。

 

「なら早く行った方が良いな。とっとと自分の仕事を終わらせて、仲間の下へ行ってやれ」

 

「う、うん!」

 

「プロデューサーに怒られちゃうな」

 

「それは不味い!不味すぎだよ翔大!!」

 

知らん。

まあ、春日にはサイリウム貸してくれた礼があるからな。

ややこしいことになったら助けなくもない。

『ややこしい』ことが起きれば───の話だが。

 

「不味いと思うならとっとと行ってこい。大丈夫だ、最上のライブまでまだ余裕はある。春日なら出来る、楽勝さ」

 

「そ、そうかな。でへへへ♪翔大に誉められちゃった」

 

早く行けよアホ。

いくら助けると言っても不可抗力なら、の話だ。

お節介を焼く趣味はないんだ。

分かったら散れ、帰れ。

 

「分かった!それじゃあ行ってくるね!!」

 

出口に向かって駆け出す春日。

それを見送り、ステージを見ながら軽くため息。

 

「どーしてこうなったのかね‥‥‥」

 

散歩をする為に外に出たのにも関わらず、この一日で沢山のものに巡り会った。

高木とやらに、チケットを貰った。

劇場前で、最上と出会った。

人型地雷の翼とやらに最上との関係性を弄られた。

春日に出会い、サイリウムを貸してもらった。

ひとつの課題を消化するはずだったのが、いつの間にか4つのイベントをこなしてしまっている。

全く、勘弁して欲しいものだね。

 

 

春日家秘伝の鮭おにぎりを齧る。

美味しい美味しい鮭握りが、何処かしょっぱく感じたのは、俺の気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩時間が終われば、ライブは午後の部へと入る。

客のボルテージは再燃したのか、大きな盛り上がりと共に、様々な女の子達がステージで各々の踊りと歌を魅せた。

新アイドルらしい瑠璃色の髪をした少女の歌、そして活発な動きを魅せた黄色い髪の女の子───

 

「って‥‥‥アイツ、人型地雷!」

 

他の女の子達よりも緊張した素振りは見せずに自分の踊りを貫いて、最後には余裕そうな笑みさえ浮かべていた女の子───その少女の名を『伊吹翼』と知ったのが、今さっきのこと。

何処か天才肌の雰囲気を魅せるその少女の笑みは、最上をからかった俺の笑みとまるで変わらない。

憎たらしいものである。

憎たらしい程に、全てにおいて上手い。

 

「ありがとーございましたー!」

 

気の抜けた甘ったるい声。

俗に言うところの甘え声は彼女にとってのオーソドックスなのか。

いや、まあどちらでも良い。

彼女はアイドルであり、赤の他人。

今後俺とこの少女が出会う可能性なんて───ましてや仲良くお話する可能性なんて微塵もなかろう。

悲しいかな、悲しくないかな、彼女と俺とでは住んでいる世界が違いすぎるのだ。

 

「‥‥‥まあ、淋しくなんてないけどな」

 

こちとら離別の辛さを感じる程少女と関係を作ってなどいない。

そもそもそんな感情、感じたことも無い。

虚言は程々にしろって話だ───と自分で突っ込んで悲しくなった。ちくせう、心が痛いぜ。

 

会場のボルテージは上がっている。

曲が終わった後も、ざわめき止まないのがそれを雄弁に示している。

 

 

 

─────そのボルテージが爆発したのは、次の曲のイントロが流れた瞬間だったか。

 

「!」

 

ピアノの旋律のような音に思わず顔を上げる。

ステージは暗闇の中に1つの青い光が射し込んでおり、その灯りに照らされた人影は次第にその姿を鮮明に見せる。

 

最上だ。

力感のない佇まいは、舞台と一体となり、最上を映し出す。

青く輝くステージ、周りを囲む青のサイリウム。

青に広がるステージで、最上は歌い出した。

 

───閉じ込められていく砂の

 

それは、嵐の前の静けさ───とでも形容すれば良いのか。

落ち着いたリズムに、落ち着いた声。

それらが織り成す旋律は、俺の耳に届き逸る心を更に焦らしていく。

最上の声から、どんなハーモニーが紡がれるのか、それを考えるだけで俺の心は律動を刻むのだ。

 

───聴こえているでしょう?

 

曲のテンポが上がる。

その瞬間に、最上のダンスのテンポもそれに合わせるかのように速くなり、律動を刻む。

あれは───

 

「あの時見た、ダンス‥‥‥?」

 

覚えている。

靡く髪も。

綺麗な五体を伸ばし、踊るその姿も。

何もかも、屋上で見たその姿と酷似している。

 

観客席とステージの隔たりがあっても不思議と感じる、最上の気魄にも似たオーラ。

そして、それと共に織り成す華麗なステップ。

律動は、会場に伝わったのかボルテージは上がり、コールが大きくなっていく。

そのコールに、俺の動きは釣られていく。

サイリウムは自然と右往左往、上下に動き、微々たる声ながらコールも俺の声帯から滲み出る。

サビになり、更にテンポは上がり、ボルテージは最高潮に達する。

 

─── たった1粒でもかけがえのないもの

 

最上がその歌詞に合わせて人差し指を大きく上に突き上げた瞬間、何かが違うと感じた。

 

その時の最上の歌と踊りは俺の持っていた夢とは決定的に何かが違っていた。

気が付けば、俺は最上の歌に惹き付けられていた。

目は見開いてしまって瞬きもしてなかったのか、少しだけ痺れが走る。

けれど、瞬きすらも惜しい。

そう思ってしまうほど、俺は最上静香というアイドルの歌う1フレーズ、一挙一動に魅せられてしまっていた。

 

Precious Grain

直訳して、かけがえのない粒。

粒をどう捉えるかは歌い手、聞き手の感じ方にもよるだろう。

けれど、屋上で時間がないと言った彼女の話を聴いた俺は最上がどういう気持ちでこの歌を歌っているのか。その『かけがえのない粒』が、どういうものなのかを深読みしてしまう。

 

深読みしてしまうからこそ、この歌は素晴らしいと感じてしまう。歌詞も、それを歌う最上静香の声も、全てがマッチしていると思い込んでしまう。

 

だからかな。

 

「‥‥‥ブラボー」

 

思わず、賛辞の言葉が口を突いてしまったのは仕方ないと思いたい。

 

─── 硝子の外へ

 

最上の顔は、ビジョンに映し出されている。

ビジョンから映し出されたその顔は、めいっぱいアイドルを楽しんでいる───生き生きとした表情。

 

「‥‥‥楽しんでんじゃねえか」

 

厳しいこともある。

辛いこともある。

けれど、その時の最上の顔は今まで見たどんな最上よりも楽しそうで。

俺は、その笑顔に釣られたのか心が暖かくなる感覚がした。

 

これが、アイドルである所の最上静香なのだろう。

クールなところもあり、けれどそれだけではない年相応の熱情。

内に秘めた熱い誠の闘志は、他の心に伝染し、揺さぶる。

 

そして、彼女の想いをそのまま形にしたような歌声と歌詞。

 

「時間がない。未来も限られている。だからこそ、落ちていく時を、未来を無駄にはしたくない‥‥‥ってか」

 

なんて、洒落て見たところで最上がどういう意識でこの歌を歌ったのかの真意は分からない。

ただ、1つ言えることは。

 

「凄えよ、アンタ」

 

たった一言、俺の中での最大限の賛辞だ。

この境地に至るまでにどれだけの修練を重ねてきたのか。

俺には慮ることの出来ないほどの血の滲む努力をしてきたのだ。

そして、本番で輝ける実力と胆力、クソ度胸。

俺には確実にないものを、最上は持ってる。

 

だから凄い。

思わず憧れてしまう、応援したくなるほどの蠱惑的な魅力が、最上静香というアイドルには溢れているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌が終わった瞬間、鳴り響いたのは地鳴りのような歓声。

 

その音が鼓膜に響く中、俺は隣に人が来る気配を察する。

本来なら、誰が来るかは分からんが今なら分かる気がした。

何となく、今のこの状況で俺なんかの隣に来るやつは1人しかいないって感じたんだ。

理屈なんかない。全て直感だ。

 

 

「楽しめているかい?」

 

「‥‥‥ああ」

 

憎たらしいほどに魅せられていた。

時間を忘れちまう程には、な。

 

「それは良かった!が‥‥‥折角良い席をプレゼントしたのにも関わらず、その席にいないではないか。びっくりしたよ、キミが居ないことに気が付いた時は」

 

「ここに居たからこそ出会ったものもある。ここでライブを見たからこそ感じたものがある。俺は自らの行動に後悔だけはしない性質でね」

 

「少しくらい悪びれても良いんじゃないのかい‥‥‥」

 

「探し回ったってのか。ご苦労なこって」

 

曲が終わった直後なので、音は聞こえず僅かながらも声は聞き取れる。

しっかり返答できているのかは定かではないが、無視よりかはマシだろう。

無視と無知は個人的には罪と感じている。

何方も物事から完全に向き合ってない不誠実さが嫌いだからかな、知らんけど。

 

「‥‥‥で、アンタは何者なんだい」

 

おっさんよ。

俺はアンタのことが怪しくて怪しくて仕方がない。

何故、アンタは俺をそこまで気にかける。

何故、アンタは名乗ってすらいない俺の名前を知っているんだ。

 

「私の勘は良く当たるものでね、キミを見た時───ティン!とくるものがあったんだよ。キミなら何か面白いことをしでかしてくれるのではないかという、そんな予感が───」

 

「違うね」

 

そういうことなら、お前さんには聴きたいことが山積みだ。

 

「仮に直感だってんなら、なんで俺が『初瀬翔大』って分かったんだ?」

 

「それは───」

 

「たまたまとは言わせねえぞ。名乗ってすらいない俺の名前を一言一句間違えることなく名乗っといて、そんな白が切れると思ってんのか」

 

もし、バレないようにやってたってんならそれがお前さんの落ち度だ。

生憎俺はアンタに面識もクソもないものでね。

 

ステージを見ながら、俺はおっさんに語りかける。

するとおっさんは、『うむむ‥‥‥』と唸り、先程までの饒舌ぶりが嘘のように歯切れが悪くなった。

 

「‥‥‥謀ったね、初瀬くん」

 

「謀るも何もアンタが嵌った地雷だろ」

 

「まあ、そうなんだがね‥‥‥がっかりするじゃないか。隠し通してきた嘘がバレてしまったら」

 

どうだろうな。

嘘を隠し通すってのは相応にストレスかかるし。

寧ろ隠し通す必要がなくなって清々するんじゃないのか?

 

「‥‥‥それなら、白状しよう。初瀬くん」

 

「んあ?」

 

「私は個人的にキミのファンだったんだ」

 

「ファン?」

 

「ああ、それも個人的な───ね。恐らく当時のキミの活躍を内縁の者から聴いて、その歌を聴いた私はキミの虜になったものだよ」

 

振り向いて、高木の姿を見る。

首肯しながらそう言う高木の表情は恍惚に満ちており、その言葉に嘘偽りがないということを顕著に示していた。

 

「慕う気持ちは今も変わらないよ。キミは何時までも私の記憶から離れない。思い入れがあるからね」

 

「‥‥‥はっ」

 

何だろうな。

 

 

まあ、あれだ。

俺は容易く『それ』からは逃げられないってことなんだろうな。

逃げられないものには最善に最善を尽くした策で逃げ続けていくしかない。

逃げ腰、腰抜け、屑と形容されようがなんだろうが、俺のやるべき事は決まっている。

それは『───』として歌っていたかつてのそれを忘れ、『初瀬翔大』としての新しい人生の生きがいを探すことだ。

 

そうしなければ、いけない。

そうしなければ、福岡に居た時とまるで同じだ。

俺は、ここで変わらなければならないのだ。

 

「名乗るのが遅れたね。私の名前は高木順二朗‥‥‥この事務所の社長をしている男だ」

 

「‥‥‥へぇ」

 

傷心旅行と宣い、埼玉にまで来たのはちゃんとした訳があるんだ。

態々その訳を陵辱するような行為だけはしてはいけない。

それこそ、下宿させてくれるおやっさん、両親に失礼な話だろうてからに。

 

「ったく、馬鹿馬鹿しい‥‥‥なんで何奴も此奴も昔の出来事を覚えているのかね」

 

「気分を悪くしたかい?なら謝るよ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジョー』くん」

 

さて。

 

この呪縛、今度はどうやって向き合おうかね。

 

 

 




直訳は英語ができない作者のガバガバ和訳なので、間違えていたら教えてください。
寧ろこっちが学びたいし、聴きたい。

2020/01/04 02:11
主人公、高木社長の会話描写を修正。
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