春田さんを書きたくなったので

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彼女は彼に優しさの一杯を

「クソッタレ、あの上司め」

 

 俺は悪態をつきながら帰宅する。もう辺りは明るくなり始めている。確かに遅番とはいえこんな時間までかかったのは、全部あの上司がすべて丸投げして俺に仕事をよこしたからだ。

 

 足元の小石を蹴ると、思った以上に転がっていく。

 

 

 コツン

 

 

 店から出てきた誰かの足に、小石が当たった。

 

「あら……?おはようございます」

 

 それでこっちの存在に気づいたらしく、その人物は俺に挨拶なんてものをしてきた。どんな顔をしている腑抜けが確かめようと顔を上げる。

 

 その日、俺は天使に出会った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「おい、最近おまえやたらと業績あがってないか?」

 

 煙草休憩から帰ってきた同僚が俺の肩に手をのせてくる。

 

「おまえがおちてるだけだろ。ほらキリキリ働け」

 

「……おまえ、なんか最近変わったよな。もしかしてコレか?」

 

 そういいながら同僚は小指をたててくる。いわゆる恋人のサインだ。

 

「なわけないだろ。それに俺は変わってねえよ」

 

「変わったぜおまえ。だって前は殺気100%だったのに今は99%くらいだもん」

 

「それほとんど変わってねえじゃねえか」

 

 俺は呆れながら手を動かす。今日もいつもどおりに帰れそうだった。

 

 しかしそんなときに限ってイレギュラーは起きるもんだ。同僚が帰り、上司が帰っても、なぜか俺はキーボードを打ち込んでいた。

 おかしい、今頃俺は帰路についていたはずである。しかしなぜか一人で居残りをしている。

 

 そう!誰も俺を助けずに帰ったのである。ちくしょう皆をしてはめやがったな!

 その日は明るくなったのを確認してから会社を出た。

 

 

 帰り道、いつものように悪態をつきながら帰っているとコーヒーの良い香りが鼻を突く。俺はいざなわれるように、その店へと飛び込んだ。

 

「いらっしゃいませ……!確かあなたは先日の……」

 

 その日を境に、俺はたまにこの店に顔を出すようになった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 繁忙期というものをご存じであろうか。きっとコレを呼んでくれている諸君ならばわかってくれるだろうし、ご存じでなければこの舞踏に招待してあげようと思う。

 

 すでに日付が変わり、もう何度目かもわからない書類を上司に提出する。そう、今日は同僚くんも上司も帰れないくらいに忙しいのだ。とくに同僚なんかは彼女とのデートを明日――いやもう今日――に控えており、涙を浮かべながら仕事に励んでいる。ザマアミロ。

 

 ふと、俺のスマホが震える。通知を確認すれば、あの天使からのメッセージだった。珍しい豆が入手できたから飲みに来て欲しいとのことだ。俺は朝になったら向かうことを伝え、自販機コーナーへと進む。

 

 

 気がつくと日の出を眺めており、デスクには終わらせた大量の仕事とよくわからない数の様々な飲料缶があった。ついでに同僚は半泣きで「修羅は本当に存在する」などと訳のわからないことを抜かしていたので、エナジードリンクを差し入れてやった。

 

 身体を伸ばすと変な音がする。そういえば約束の時間まではもう少しだ。俺は急いで身支度を整え、例のお店へと足早に向かった。

 

 

*=*=*=*=*

 

 

 カランカランと店の扉が鈴を鳴らす。店内は温かい照明と優しいぬくもりが、胸を埋め尽くすほどに充満していた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしてました」

 

 店の奥からエプロン姿の天使が現れる。ジーパンに白シャツ、長い髪を後ろでまとめてリボンで留めている。いつもの彼女の姿だった。

 

「そ、それじゃあ連絡してくれた噂のコーヒーを」

 

「はい。食事はどうしますか?」

 

「何か軽く頼もうかな……」

 

 正直なところ、食欲はそこまでだった。というより、恐ろしく眠かった。身体がギシギシと悲鳴をあげていた。けれど、この天使が用意してわざわざ連絡してくれたのだから、ここで寝たくはなかった。

 

「そうですか……。わかりました」

 

 彼女はなにやら思いついたようで、鍋を用意すると牛乳を温め始めた。

 

 

 

 

「どうぞ。今日限りの特別メニューです」

 

 彼女の言葉でハッとなる。少し意識が飛びかけていた。ありがとうと礼を述べて、俺はコーヒーカップを傾け――中のホットミルクを飲み込んだ。

 

「……コーヒーを頼んだはずでは?」

 

 彼女はにっこりと微笑んだままだ。よくわからないが不味いわけでもないのでゆっくりと飲み干した。

 

「それで……いったい……」

 

 身体がポカポカしてくる。眠気がだんだんひどく……なって……

 

「今日だけですよ。本当に仕方のない人なんですから」

 

 彼女は入り口の方へと歩いていき、扉にかかるOPENの札をひっくり返した。

 そこで、俺の意識は夢の中へと飛んでいってしまった。

 



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