彼女たちは生きて篝火を守り
死してなお、その熱を守り続けるのだ
全てが白と黒の世界。気づけばそんな場所に私はいた。
魂だけの存在になるとはこういうことなのだとなんとなく理解できた。
その世界はなにもなかった。風も、熱も、音すらも。
居心地が悪い静寂。ただ気持ちの悪い世界がひたすら続いている。
光もない。なのに完全な闇でもない。奇妙な世界はずっと地平線の先まで続いているようだった。
何も変わらない世界。そこにどのくらい居たのだろうか。時間すらもあやふやでいっそ気が狂ってしまえれば楽なのにと何度も思った。
このまま私の魂は永遠にここにいるのだろうか。
全ての人に、世界に、そして彼に忘れ去られても永遠にここにいるのだろうか。
何もかもあやふやになって自分と世界のつながりすらも消え失せて、
その上誰も私を覚えていなくなったらそれは消滅と何が違うのだろう。
人は誰しも最後は誰かの記憶の一部になる。
世界のどこかに存在したという過去へと変わる。
火防女の魂に死はない。
永遠の片隅に追いやられ、最後は過去の一部にすらなることができなくなってまで存在し続ける。
何よりも彼に忘れられてしまうこと。
私はそれが恐ろしい。
本当は最初からわかっていた。私は愚かで浅はかで、そして誰よりも欲深い。
いつからか抱いてしまったその身に合わない望みを捨てることができずにいる。
彼に会いたい。
ただ会いたいのだ。
ああ、ここはひどく居心地が悪い。
──遠くから彼の声が聞こえた気がした。
♦︎
見慣れた光景が目の前にはあった。
鉄格子を隔てた先にもう二度と会えないと思っていた人がいた。
彼が私をここにまた呼んでくれたのだ。私はまたここに帰って来れたんだとわかった。
右手には綺麗な紋様の施された瓶が握られている。離れていてもわかるほどの神の気配。それは癒しの力だ。
何百年も前に失った足と舌が再生していた。
遅くなってすまない、彼が私に言った。
謝る必要などどこにもないというのに。
もしかしたらあくまで私の魂は旅のついでだったのかもしれない。
ただこの祭祀場にまだ利用価値があるからなのかもしれない。
火防女とはそういうモノだ。そこに不満などあるはずがない。
それでも少しだけ自惚れてしまいそうになる。
塞き止めていた気持ちはより大きくなっていた。
私には何も望む資格はないと分かっているのに。
多くを望んでしまう。
気づけば口を開いていた。長く使っていなかった喉が震え、かすれ声になって空気に溶ける。
穢れた声を彼に聞かせたくはなかった。でも感謝の言葉を伝えずにはいられなかった。
最後に声を聞かせてしまった謝罪をする。
彼は酷く驚いた顔をして、私を数秒ほどじっと見つめ腰を下ろした。
彼が小さく何かを呟いた気がしたがそれを聞き取ることはできなかった。
私も彼も何も言わない。以前と変わらず座る彼をみて、戻ってきたのだと思えた。ただその静寂が心地よかった。
彼の旅の、その行き着く先を見届けることがまだわたしにはできる。
その事実が今は何より嬉しかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
ある日、一人の火防女が死んだ。
そう珍しい話でもない。
彼女らが死ねばまた他の誰かが火防女になり任を続ける。そして使命の果たされるその日までそれは繰り返されるのだ。
惨たらしく人間性に食い荒らされた哀れな魂には消えて無くなることなど許されない。
生きていても死んでいても、火が世界を照らすまで彼女達は救われることはない。使命は巡る。彼女達はただそこにあればいい。そしてそれは誰でも良いのだ。
──だからこれはきっと本当に些細な出来事だ。
一人の火防女が一度死んで、一人の男によって蘇った。
ただそれだけのことだ。
しかし、それがどんな影響を世界に与えるのかは誰も知らない。
未来は神にさえわからないのだから。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
古来より世界は闇に恐怖した。闇こそが本来のあるべき姿だとしても。
多くの命を踏みにじった先に光があるのだと分かっていても。
かつてウーラシールという古い国があった。魔術の国、ヴィンハイムとは異なる体系の魔導が発達し栄えたその国はある日唐突に滅び去った。強大な力を持った化け物の手によって。
かつて起きた小さな悲劇。そこで生まれた怪物は世界の全てを憎み、羨み、壊そうとした。
神々は恐怖した。本来取るに足らない力しか持たぬ人間の持つ闇の深さに。
神の持つ火とは対極に位置する暗い炎に。
いずれは世界の全てを闇に染めていたかもしれないその怪物はとある英雄によって討伐され世界の平穏は保たれることとなる。
そして永い永い時が経ち、歴史は繰り返されることになる。
神の都にも並び称される美しさを誇った人の国は、闇に飲まれそこを統べる王と仕える騎士を深淵の化け物へと変えた。
かつて深淵の主を殺した英雄は既に亡く、力での討伐は不可能であった。
しかしその国はとある方法によって王達を封印することに成功する。
──国を、そこに生きる全ての者達ごと生きながらにして水の底に沈めたのだ。
世界中で最も怨嗟が集まるその地を守る三人の封印者の内二人は既に姿を消し、残る一人である紅衣の男──イングウァードは自らの故郷であるその国をただ見守っていた。
そこに一人の鎧と大剣を帯びた男が訪れた。
「ほう、お前さん王の器を手に入れたのか。 そうか、お前さんがなあ........。わかった。これが封印の鍵じゃ」
「感謝する」
「一つ、聞いてもよいかの?」
騎士風の男は首を縦に振り先を促す。
「かつて深淵に挑んだ者は少なくはあったが居たのだ。しかしその全てが敗北し亡者になった。それだけ過酷な戦いじゃ。挑む前に聞いておこう。お前さんはそれを乗り越えて世界を救う自信が、理由があるか?」
男はしばし虚空を見つめる。数秒が経ち、答えが出たのか口を開いた。
「 」
「......ふははははっ!それはなんとも自分勝手な理由じゃが......納得してしもうた。そうかそうか.......お前さんならもしかしたら──」
♦︎
小ロンドの宮殿の屋根の上、既に鎧の男はイングウァードの元を後にしている。残された彼はこみ上げる笑いを隠そうともせず声を上げて笑う。
(王のソウルを分け与えられた強大な敵に挑むというのに全く気負っていない。......あれが選ばれた不死とはなあ)
非常に面白い。そんな者は今まで居なかった。
(いや、一人だけいたか)
異端と呼ばれながらも、自らの力を信じ、世界ではなく自分のために戦った一人の魔女の姿が思い起こされる。彼女も深淵を討伐することは叶わなかったが。
あの魔女とももう少し話したかったものだ。
何にせよ面白い若者だと思う。
何の誤魔化しもなく、清々しいまでに自らの気持ちを言い切った彼の姿が頭から離れない。
その姿に、その魂のあり方に少しばかりの羨望を感じてしまう。
あの日、生まれ育った国を水底へと沈めた日。
終わらない責務を自らに課した日。
自身に彼のように力があったのなら、違った未来があったのだろうか?
いや、そうではない。
もしもあの日、
追いかけることができていたのなら。全てを放り投げてでもあの手を掴んでいたのなら。
「全ては過去のことか.......」
見えない未来にただ恐怖した。
いずれ訪れる絶望を知ることが嫌だった。
しかし、もう潮時なのかもしれない。
「そろそろ太陽が恋しいしなあ」
──彼の中で止まっていた時が動き出した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
以前、彼は変わったのだと思った。でもそうではなかった。
彼は変わり続けているのだ。
ずっと昔と比べてよく喋るようになったと思う。
玉ねぎ頭の騎士と訓練をしているところも見かけた。
彼が助けたという呪術師の方とも仲が良いようだ。
新たに学んだという魔術を見せてくれたこともあった。
変わらないでいる私は彼が羨ましいと思った。
でも今はそんな彼を見ていることが好きだ。
”彼“がこちらに歩いてくる。
いつもの光景だ。
しかしその身に抱えるソウルはいつもと違う。
ひと目見ただけでわかってしまうその強大さ。
〈王のソウル〉それは最初に火を見出した王達の魂。
それを持つ者とは神にも等しき力を振るう。
正しく原初の王の力だ。
ほとんどの者がまず挑むことすら叶わずに屈する。
そして挑んだ者は力の頂を知り、同時に絶望するのだ。
しかし彼は違った。
ずっとここから見てきたのだ。何度も何度も敗れ、そのたびにさらなる熱を持って蘇り、戦いに赴く彼を。
出会った時、伽藍堂のようだと思った目には確かな熱が灯っていた。
私がかつて眩しいと感じ、憧れたあの光がそこにはあった。
ずっと見てきたのだ。
強い彼を。無口で、不器用で、でも優しい彼を。
もう疑いようもない。
千年間、数多の火防女が、不死が、世界が待ち望んでいたのは彼だった。
そして私も彼にそれを望んだ筈だ。
なのに何でだろうか。
涙が溢れるのは。
違う。本当はわかっている。
私は──
♦︎♦︎
「王の魂を手に入れたのですね」
万感の思いがこもった言葉を彼女は発する。
「ああ、随分とかかってしまったがな」
この世界の頂点を。
誰も倒せなかった四人の王の一角を落としたのだ。
旅の終わりが見えるまで、本当に長い時間が流れた。
「火を......継ぐのですか」
それこそが不死者の使命だと説く火防女のする質問ではないだろうが、それでも聞かずにはいられなかった。
「......ああ。まあまだまだ道のりは長いが」
「.............」
彼女は俯き顔を上げようとせず、ただ無言で衣服を握りしめた。
「貴方は......それで良いのですか」
言ってしまった。
身勝手な言葉だ。散々自らもそれを期待していたではないか。
彼女は見てきた。
きっと彼は世界を救うのだろう。
世界は彼に救われるのだろう。
でも、それでは彼は?
誰が彼を救ってくれる?
その言葉は火防女の義務を、火継自体を、
今まで犠牲になった者を、道半ばで倒れた全ての者をも否定してしまう言葉だ。
絶対に言ってはいけない言葉だ。
しかし、思考とは裏腹に彼女は言葉を発していた。
今度の沈黙は長かった。
そしてそれを破るのは彼しかいない。
「......変わらないな」
彼は聞こえないほどの小さな声でそう呟く。
そして彼女にも聞こえる声で言った。
「私は火を継ぐよ。もう決めたんだ」
それは強い意志のこもった言葉だった。
「っ......!」
彼女はまた何かを言おうとしてやめる。
それはきっと彼が旅の果てに出した結論だ。わかってしまったのだ。彼がそれを覆すことはないと。
そして......彼の行く道が一つならば彼女の道もまた決まっている。
泣いている暇などないのだ。
「...............わかりました」
息を深く吸い、俯いていた顔を上げ、真っ直ぐと彼を見据えた。
きっと、本来なら幾万の声を持って彼を讃えなくてはならないのだろう。
偉大な勇者を、万来の拍手と共に美しいお姫様が送り出すのが物語の決まりごとだ。
しかしここにいるのは彼と、灰に汚れたかつての聖女だけだ。
──ならば今は、今だけはこの役目は彼女のものだ。
「まず火防女として、そしてこの世界に生きる者として貴方に感謝を」
たとえもう自分の力が彼に必要なくなっても、何もできなくても。
たとえこの身が朽ちても、魂がこの世界から離れることがあっても。
「私のすべては貴方のものです」
──どうか世界を、みんなを.......救ってください。
アナスタシアイベント終了。
彼女は主人公と大昔に一度会っているのですがそのことに気づいていません。
最後のアナスタシアのセリフは原作とは少し変えました。