〈悪名高いダークレイス「トゲの騎士」。
びっしりと鋭いトゲが生えた禍々しい装備は、まさに、皆殺しのカークに相応しいものだ。 〉
本当にくそったれな世界だ。心からそう思う。
どいつもこいつも憎み合って殺しあって、そのくせ死ねないからタチが悪い。
理性をなくして暴れる亡者も、理性を持ちながら真偽すら定かじゃねえ使命なんぞに燃える不死人共も。
どいつも死にまくって亡者になって
亡者になった後も死にまくって最後は動かなくなる。
その全てが気に入らねえ。
ーーまあ自分の意思で他人を殺し続けてきた一番のくそったれは俺だ。
俺の“終わり”もたぶんくそったれなもんになるんだろう。
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人間ってのは生まれた場所で大体の生き方が決まる。
生まれた時からゴミ溜めのような場所で生きてきた。
場所がゴミ溜めなら住んでる人間もゴミだ。
そこでは欲しいものは全部奪うのが当たり前だった。
奪われる方が悪い、本気でそう信じていた。
──ある時から世界中に不死なんてものが蔓延し始めた。胡散臭い不死の使命の話もだ。
体に印──ダークリングが出たやつは死ねなくなる。
何度死んでも蘇るが、その度に精神が摩耗し
やがて理性をなくした亡者になる。
そして亡者になった上でも死に続けた奴はソウルを置いて動かなくなる。
狂った世界を元に戻すため
鐘を2つ鳴らし不死の使命を知れ
俺からすれば妄言のようなそんな話が平然と流れていた。
自分の体にダークリングが出るまでは正直興味も湧かなかった。
死にたいとは思わないが無限に生きたいとも思わない。
生き続けるだけの薄汚い亡者にも絶対なりたくねえ。
「人間性」、それがあれば俺は俺で居られる。
なら奪えばいい。
考えてみればなんとも簡単な話だった。
俺の得意なことだ。
そんで誰もがやっていることでもある。
自分のために他人から奪う。
どんなやつだって人様から奪ったもので生きてんだ。
それは都でもゴミ溜めでも変わりはしないだろう。
状況が少し変わっただけで俺自身は何も変わらない。
俺はそれでいい。俺はそれがいい。
♦︎
なんであの時あんな場所行ったんだったか。
ああそうだ 思い出した。
そん時すでに俺は何人も殺しまくっていて悪名が広渡りつつあった。
俺の見た目もバレちまってる。
俺の姿を見たら逃げ出すやつらばかりになった。
だがそこなら待ってりゃ不死の使命とか言って馬鹿どもが
鐘を鳴らしにノコノコ来てくれると思ったんだ。
そいつらを殺して人間性を奪えばいい。
そう思ってわざわざ最悪な臭いの下水道を通ってまでそこに行った。
なんというか.......そこは終わっていた。
俺の育った場所も大概クソだったが
そこはもっと地獄みてえな場所だった。
狂った亡者どもも、もはや人間の形じゃなくなってやがる。
なんかの病なんだろうか。
人間だけじゃねえ
その村全体が病気に飲み込まれていた。
そこでしばらく待ってたんだが不死人なんてそうそう来ねえ。
外に比べりゃ少なすぎた。
当てが外れて、心底後悔したものだ。
いくら人間性のためでもこんな場所にずっと居たくねえ。
なら他にもっといい場所を探した方がいいだろう。
ただなにも得ずに帰るのも腹立たしい。
なにか成果が欲しいと思ってしまった。
........そこで帰ってりゃよかったのかも知んねえなあ。
普段ならしないはずだった。
自ら危険に近づくなんてのは馬鹿のすることだ。
だが俺はその場所の最奥、蜘蛛の住居に足を踏み入れちまった。
♦︎
待っていたのは美しくも醜い化け物だった。
あんな化け物相手にしても何の得にもならねえ。そもそも勝てるようにも思えねえ。
だが、気になった。あの化け物の奥にあるものが。
あの化け物は奥にあるものを守っているようだった。
村の瘴気にでも当てられちまったのか我ながらあの時はイカれてたもんだ。
それから毎日隙をうかがいに蜘蛛の巣まで足を運んだ。
ただの興味だったのか、俺の直感がなにかを告げていたのか。
その奥にあるものが見たかった。
そしてついに時は訪れた。
目の前で俺以外の不死人達が蜘蛛の化け物と戦っている。
使命に燃える馬鹿共だろう。
今しかねえと思った。
その脇を気配を殺し足音を消し駆け抜ける。
不死人どもがどうなろうと知ったことじゃない。
あるかもわからねえその奥の財宝に俺は夢中になっていた。
──あのとき幻の壁の向こうにいたあいつを見つけられたのは本当に偶然だった
俺は
♦︎
そこにいたのはクソッタレな下層なんかじゃ絶対に見ることのできない美しさを持った女だった。
周囲を警戒するのも忘れ俺は思わず見とれていた。
さっきの化け物と少し似た容姿に
下半身の卵の全てがおぞましいと形容する以外にない化け物だ。
だがそれでも見惚れたんだ。
女は言葉がわからないのか喋りかけてみても首をかしげるだけだ。
その姿も綺麗だと思った。
欲しいと思った。
欲しいものは奪えばいい。
いつも通りやればいい。
そのはずなのに何故かそういう気分になれなかった。
俺は間抜けな面でたちぼうけているだけだった。
不意に後ろから声がかかる。
卵を背負った亡者だ。
こいつにはまだ理性があるらしい。
そいつはエンジーというらしいが
俺に向かって新しい蜘蛛姫様の従者か?とかなんとか言ってきた。
何を勘違いしているんだと思ったが面白そうだったので肯定してみた。
何やらエンジーが勝手に喋っているが
どうやら蜘蛛姫様というのは目の前の女のことらしい。
この女はあのイかれた病み村の病の苦しみを
一身に背負い今もなお地獄の苦しみを味わいながら
それでも村人のために祈りを捧げているのだとか。
そしてその苦しみは人間性によって和らぐらしい。
あの化け物──クラーグというらしい──があそこで不死人達を狩っているのもそれが理由だろう。
それを聞いて俺は呆れたものだ。
何ともくだらない話だ。
この女は本当の大馬鹿者だ。
別に村の人間がどうなろうと放っておけばいい。
この女は本来とびきり美しかったのだろう。
この醜い卵達も病を飲み込んだことが原因だという。
素知らぬ顔をして楽しく生きていけばいいではないか。
自ら他人のために永遠の苦しみを背負う理由がどこにある。
俺のように元から何も持っていなかったのではないのだろう。
何故全てを捨てることができる。
何故他人のために泣くことが出来る。
得もないのにただ他人のために身を捧げるこの女に興味が湧いた。
どうせ死なないんだ。
混沌の従者とやらになってみるのも悪くない暇つぶしだ。
飽きたらまたどこぞに移ればそれで終わりだ。
そう思った。
♦︎
従者になってもやることは同じだ。
他人を殺して人間性を奪う毎日。
ただ大きく違うのは集めた人間性を俺のものにするのではなく
あいつにくれてやるようになったこと。
トゲの騎士カークの一生は奪い続けた人生だ。これからもそうだと信じて疑わなかった。
少し前の俺が今の俺を見たらどんな顔をするだろうか。
驚愕するだろうか、侮蔑の表情を浮かべるだろうか。
ただ悪くないとは思った。
以前聖職者が偉そうに人の生きる意味について説いていたのを思い出す。
不死人に生きる目的なんて、馬鹿げた響きだ。
俺は今も生きる意味なんぞわからないが.........暇つぶしとはいえ
1日を過ごす理由が見つかったのは悪くない。
♦︎
蜘蛛姫はずっと祈りを捧げている。
飽きないんだろうか。飽きないんだろうな。
俺なら数分も持たない自信がある。
こいつは見ていて面白い。
毎日同じようなことしかしていないがこれが不思議と飽きることはない。
今のところこの従者生活は楽しい。それも以前までの生活より何倍もだ。
らしくないなんてのはわかっているがそれでもあと何年かは続けて見ようと思った。
♦︎
今日も不死人を狩った。
たいした実力も持っていないくせに大層な使命だかを持って偉そうに歩いてる奴らを殺すのは鼠どもの相手をするよりもよっぽど気が楽だ。
この瞬間だけは以前の暮らしを思い出す。
根無し草で、楽しいことに飛びついて好き勝手に生きていた時のことを。
常に拠点を移しながら暮らしてきた俺は、思えばこんなに同じ場所に居たことなんて今までなかった。
そんなことを考えながら蜘蛛の住居に戻ればあいつはいつものように苦しそうな顔で祈りを捧げていた。
頬を撫でてやるとあいつは最初だけ少し驚いてすぐにいつもの表情になる。
ああ、こいつの顔を見ていたら考えていたこともどうでもよくなってしまった。あともう少しだけだ。もう少し従者を続けるのも悪くない。
♦︎
来る日も来る日も人間性を持ってくる。
クラーグも俺は襲わない。
何を考えているのかは窺い知れないが、襲われないならそれでいい。
目も見えていないらしいこいつには俺がどういう風な存在に写るのだろう。
人間性を捧げる。やはり痛みが和らぐのだろう。
表情が柔らぎ嬉しそうな顔をする。
きっとこいつはクラーグや俺がどうやって人間性を持ってきているのか知ることなどないのだろう。
それでいいと思った。
その美しい顔に微笑と呼べる表情が戻る。
別に面白いものでもないがなんとなく眺めてしまう。
辛気臭い顔でいられるよりはこっちの方がマシだ。
♦︎
もうこの毎日を続けてからさらに結構な年数が経った。
今日もやることは同じだ。
人間性を奪って捧げる。
以前と同じような毎日だが以前のように
退屈だという感情はないのが不思議なものだ。
エンジーなんかは俺に礼を言ってくる。
こんなクズに礼をいうなんて冗談みたいな話だ。
だが悪い気もしないのも事実だった。
♦︎
あたりは毒だらけでまともな奴も歩いちゃいない。
隣人である亡者共も死体なんぞを手に持ち徘徊している。
人間が変形したのだろうか、悍ましい虫みたいなのもよく見かける。
こうしてみると俺も随分素晴らしい場所に住もうと思ったものだ。
俺が決まった場所に住み着くようになるとは、
しかもよりにもよってこんな場所を住居に定めるなんて思っても見なかった。
生まれた場所もそうだが俺はとことん普通の暮らしとは縁がないらしい。
高台に座り村を見渡す。
本当にくそったれな景色だと思う。
暗くて、しかも最悪な匂いだ。こんな場所を見ていても何も楽しくなんてない。
だが何でだろうか、悪くないと思えてしまうのは。
♦︎
さらに十年が経った。
やはり俺の持ってこれる人間性の数なんてたかが知れている。
俺のやっていることは気休めにもなっていないのかも知れない。
そう思ってあいつに喋りかけてもあいつは応えることができない。
無性に苛立ちが募る。
自分の思い通りに事が進まない。
不死人といえど有限の存在だ。
いつかは終わりが来る。
俺がいつまでもこいつの従者をやれるわけでもないのだ。
なのに光は見えてこない。終わらない暗闇をがむしゃらに走り続けているようだ。
♦︎♦︎
数えるのも面倒になるほどの年月が過ぎた。
その間俺は、人間性を手に入れる過程で何度も死んだ。
死ぬたびに何かが抜け落ちていく感覚がある。
俺のいつか来る“終わり”を嫌でも想像してしまう。
この先膨大な数の人間性を捧げた果てに
こんな辛気臭い場所で祈りを捧げるあいつが
自分の足で立てる日が来るのだろうか。
連れて行きたい場所がいくらでもある。
ガラじゃないが不死街のテラスなんかでもいい。
目が見えなくても風を感じることはできるだろう。
こいつは俺のように好き勝手してきた悪人でもなんでもない。
ただ負う必要のないものまで背負いこむ善人だ。
そして多くの人間を救った代わりに得たものが
多大な痛みと自由のない空間だけか。もう十分だろうが。
腹の底のさらに底から形容しがたい感情が顔を出す。
気に入らねえ。
♦︎
結局俺ができるのは奪って来ることだけだ。
昔っからそれだけだ。
それ以外には何もできないし知らない。
今日も人間性を奪うために外に出る。
もっと頭が良かったらほかの方法があったのだろうか。
俺は奪って奪って奪って奪って俺が死ぬまで奪い続けて
あいつに与えることしかできねえ。
少なくとも一瞬だけかも知れねえがあいつの笑顔が見れる。
もしかしたらその先にあいつが心から笑える未来があるかも知れない。
♦︎
──気に入らねえ。
この俺が負けた。
そこそこ強大なソウルと人間性を
持っていたようだったので襲ったら返り討ちにあった。
馬鹿でかい剣を持った男だった。
死ぬほどムカつくが
負けるのが初めてというわけじゃない。
また会って殺せそうなら殺すし
無理そうなら諦めればいい。
ただそれだけだ。
勝ち目がないのにに戦うのは馬鹿のやることだ。
♦︎
蜘蛛姫と会話する。
最も俺が一方的に喋ることを会話と呼ぶのであればだが。
もう相当人間性を捧げたがこいつの卵は一向に変化することがない。
いつの日か孵る日が来るのだろうか。
こいつは今日も苦しそうな顔をしている。
その苦しみを俺はわかってやれないのがはがゆい。
♦︎
クラーグが死んだ。
やったのはあの時の俺を殺した不死人だ。
例によって例の如く、鐘を鳴らす使命とやらにご執心のようだ。
幸いなことに蜘蛛姫には気づかなかったようだが。
別に仲良しこよしなんて間柄じゃなかった。それどころかあの女の声を聞いたことすらなかったが
俺はクラーグを認めていた。
姉の死を蜘蛛姫が知ったらどんな顔をするだろう。
俺の見たい顔ではないことだけは確かだ。
俺はやつに再び挑んだ。手負いのやつなら殺せるかも知れないと思ったからだ。
結果は惨敗だった。
間にある力の差は思っていたよりも絶望的だった。
俺の剣はあの野郎にかすることもなかった。
俺のことをはなから見ていないようなあの野郎の目にイラつく。
無性に腹がたつ。
ああちくしょう。
──気に入らねえ
♦︎
どれほどの時間が経っただろうか。
今でもやっていることは変わらない。
だが、俺は死に過ぎた。
近頃意識がおぼろげな瞬間がある。
俺は俺が今まで殺し続けてきたくそったれな亡者になるのだろうか。
そうなればもうあいつを守れない。あいつの隣にはもう立てない。
ああ、クソ 今になってやっとだ。
理解はしていても、形がわからなかった俺の“終わり”がこうして俺の目前までにじり寄ってきて初めて気がついた。なんとも間抜けな話だ。
俺は──
♦︎♦︎♦︎♦︎
──あの不死人が再びやってきた。
雰囲気が以前とは変わって見えるがそれ以上にその宿して力の変化は凄まじかった。
あの男は以前とは比べ物にならないほどの膨大なソウルと人間性を溜め込んでいるようだ。
見ただけで万に一つも勝ち目などないと理解する。
勝てそうなら殺すし
無理そうなら逃げればいい。
それができないやつはただの馬鹿だ。
──その通りだ。今でもその考えは変わらない。
しかし、今俺はやつの目の前に立っている。
................どうやら本格的に焼きが回ったらしい。
「これで会うのは3度目だったか...?懲りないな貴公も...」
もしかしたら初めてこいつの声を聞いたかも知れない。
というか返答するようなやつだとも思っていなかった。
そんなどうでもいいことを考えながらも相手からは目を離さない。
「まあなんだ、たぶんこれで最後だ。 付き合ってくれてもいいだろう?」
「...........随分勝手な言い分だな。」
「それはそうだ。お前の目の前にいんのはこの世で最も身勝手な皆殺しのカーク様だ。大人しく全てを置いてくなら見逃してやってもいいがな。」
無理やりにでも笑う。
勝てるなどとは思ってないが最初から負けを認めるなんてのもプライドが許さない。
下らない矜恃だ。
吹けば飛ぶようなハリボテの意地だ。
「貴公は何故それほどまでに私にこだわる」
言われてからふと考える。
俺は何故こいつと戦うのだろうか。
今までのリベンジ?
終わりが来る前に何か残したくなったか?
俺はそんなことにこだわる人間だったか?
惚れた女のためだ、なんて見栄を張れれば格好もついたんだが、そんな柄でもないことは俺自身が一番わかってる。
こいつのもつ膨大な人間性やソウルを奪ったところで、
あいつが本当の意味で救われることはきっとないんだろう。
せいぜいできるのは一時の苦痛を凌ぐことだけだ。
クラーグの仇を取ることが、あいつを幸せにすることもないだろう。
そもそもあいつは姉が死んだことも知らないのだから。
ーーじゃあ俺は一体何のために戦うんだろうな。
考えても答えは出ない。
きっと俺はもう正気ではないのだ。
大義名分もお為ごかしも存在しない。
俺のやっていることは、俺のやってきたことは
どこまでいってもきっと自己満足にすぎないんだろう。
「てめえのことが気に食わねえんだよ。.......心の底からな」
最初っから俺はこいつのことが大嫌いだ。戦う理由なんてそんなもんでいい。
兜の奥で少しそいつが笑った気がした。
もう言葉は要らない。
相手に向かって盾を構えながら駆ける。
全身全霊、俺の出せる最速での奇襲。
それでも相手には余裕で対処できるものだったらしい。
俺の放った突きはなんなく躱された。
だがそんなのは想定済みだ。ハナから格が違うなんてこと分かって挑んでんだ。
相手も俺の力量くらい分かってるだろう。
油断するようなタイプでもなさそうだがこちらをすこしでも侮ってくれりゃ御の字だ。
奴の大剣を持つ右手がしっかりと俺の動きに合わせてくる。
あのデカブツで切られたら確実に死ぬな。
だがここまでは予想通り。
やつの大剣が振られると同時に
急停止しすぐさま隠し持った火炎壺を投げつける。
大剣をそのまま振り下ろして火炎壺に当たるか
火炎壺を避けて隙を作るか
どちらを選んでも、選ばなくても、一瞬でも隙ができればいい。
針の穴を通すような僅かな勝機を掴もう。
相手の動きが一瞬停止し、回避の動きに入る。
そこしかなかった。そこだけが俺の唯一の活路だ。
大剣はリーチは長いが懐に潜られれば弱い。
所詮浅知恵だが効果は今までの経験のお墨付きだ。
俺の渾身の突きが相手の胸に吸い込まれる──
その直前、相手の体が
直後俺の体はやつのもつ大剣で切り裂かれていた。
思考が停止する。
理解が追いつかない。
あの瞬間やつのは火炎壺を避け明らかに体勢を崩した。
そして大剣は確実に外側に向いていたのだ。
あそこから懐まで入った盾を持った俺に剣を当てるなど、普通なら不可能だ。
そう
あの男がやったのは奇跡でも奇術でもなんでもない。
鎧も、盾も俺の浅知恵もまるで意味を成さなかった。思わず笑ってしまう。
全ては純粋な暴力の前に吹き飛ばされた。
それはまるで俺が今まで他人にやってきたことの焼き直しだ。
「フハッ........フハハハハハハ!」
やれるだけのことして持てる全部出し切って指先すら届かなかった。
笑えば笑うだけ体が悲鳴をあげる。血が流れ出ていく感覚は慣れ親しんだものだ。....これはもうダメだな。
ああ、最後はこんなあっさりかよ。
「なあ.........散々迷惑かけちまって悪かったな、もうあんたの前に現れねえからよ、迷惑ついでに教えてくれよ。なんでさっき手加減した? 体ごと切れたろ、あんたなら」
「.........どうせ貴公は直に亡者になるのだろう。人間性も限界と見える。わざわざその時間を早める必要もあるまい。」
「お優しいじゃねえか。俺は何度もあんたを殺そうとした男だぜ。
それに今まで好き勝手やってきた悪人だ。そんな情けをかける必要もないだろう」
「..........知っていたからだ。」
「あ?」
「私の呪術の師が色々とな。だから
そしてそれを知った上で使命のためと割り切りクラーグを殺した。
.........貴公は自分が悪人といったがそう私も差はない。」
それはなんとも滑稽な話だ。
初めから知ってたってんなら見逃してくれてたんだろう。
そんなことも知らず、俺は何をやっていたんだろうか。
惚れた女一人救うことも守ることもできない俺になんの意味があるんだろう。
これではただの道化だ。
こいつの目にはさぞ面白かったことだろう。
兜越しに奴と目があったような気がした。
「貴公はきっともっと他にも器用に生きる道があったのだろう。だがその不器用な生き方をこそ美しいと感じてしまった。眩しかったんだ。たぶん、それが理由だ」
──貴公に会えたことを嬉しく思うよ。
最後にそう小さく付けくわえ、あの名前も知れぬままの男はどこかに行ってしまった。
最後だけ饒舌になりやがって。
言いたいこといって消えてきやがった。
──やっぱりあの男は気に入らねえ。
♦︎
戻ってくるとエンジーが騒ぎ出した。
相変わらずうるさいやつだ。
あいにく俺にはあまり時間がない。手で制し黙らせる。
重い体を引きづって
もう感覚がほぼなくなっている。ちくしょう、目が霞む。
あのクソ野郎手加減するならもっとちゃんとしていきやがれ。
そんな悪態をつきながらもなんとかあいつの前に座る。
意識が朦朧としてきやがる。
「なあ......結局俺は何もできなかった。お前を救ってやることも、お前のために何か残すことも、姉貴の仇を討ってやることも、最後まで役立たずのくそだった。」
通じていないのはわかっている。
いつもの俺が喋るだけの、会話と呼ぶのもおこがましい独り言。
だがそれでも話しかける。
意識がおちそうになるが耐える。
これで眠ればもう帰っては来れない。
ああ、俺がいなくなったらこいつはどうなるんだろうか。
こいつが苦しんでいるのを見るのは嫌だ。
気づけば涙が出てくる。
泣いたのなんていつ以来だろうか。
意思とは無関係に涙は止まることなく流れ続ける。
「初めてお前を見たときは本当に馬鹿だと思ったよ。今でも馬鹿だと思ってる。
でも、だからこそ俺はお前に興味が湧いたんだ。
どんなに焦がれてもどんなに憧れても俺はお前のような生き方はできない。
........俺は外道で悪人だからよ、自分の好きなもんのためだったら他のもんなんていくらでも犠牲にできちまうし関係ないものがどうなろうとどうだっていい。
だからこそ眩しかったんだなあ.........」
これは気付くまで時間がかかった俺の本音だ。
最初のあの日から 俺の生き方と真逆のこいつに惹かれていた。
奪うだけが正義だった俺の世界で、
他人のために全てを捨てられるこいつが眩しかった
与えてばかりのこいつのあり方に憧れた。
こいつの生き方をしってから、くだらねえものしかねえと思っていた世界にも
綺麗なもんがあんだと思い直した。
こいつの笑顔を見てからくそったれだと思っていた真っ黒な世界に、少しだけ色がついた。
もう何も見えない。感覚もとっくに消え去っている
自分の声もえらく遠くに聞こえる。
最後に名を呼ぼうとして停止する。
笑ってしまうことに俺はこいつの名前すら知らないのだ。
これだけの時間をかけて俺はこいつの何も知らないんだ。
それがどうしようもなく辛くて、気づいたら口を開いていた。
「なあ....最期に.......名前教えちゃくれねえか。」
通じるわけがない。いつもの独り言だ。
そう、思っていた。
『──────』
今のは目の前のこいつが言ったのか?
聞こえた。混濁する意識の中でその声を俺は聞いたんだ。
幻聴かも知れない。
俺の都合のいい妄想かも知れない。
だが確かに聞こえた。
たとえ死に際に見た泡沫の夢でも.......
──俺には十分すぎる。
──ああ...........いい名前だなちくしょう。最高の贈り物だ....。
もう口も開かねえ。
最後に名前呼んでやりたかったなあ.....
本当に最後の最後までしまらねえ。
もっと格好つけたかったなあ。
──いや、でもまあ 俺にしちゃ上等な方か。
ずっと想像してた“終わり”てのも....
思ったより........わるくね.....え..な──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
彼の体が力を失い傾き、
まるで騎士が姫君に忠誠を誓うような、絵画のように美しい光景がそこにはあった。
愛を知らなかった彼の心を示すような棘の鎧。
肌から血が滴り落ちることも厭わず、彼女は鎧ごと彼を抱きとめる。
それはまるで恋人のようでもあり我が子を思う母のようでもあり。
何人にも穢せない神聖な光景がそこにはあった。
蜘蛛姫様がなにを思っていたのかは想像にお任せします。
こんかい細かい設定は結構無視した部分も多いです
カークの座ってた場所的に本来、ゲーム内だと蜘蛛姫様はカークを認識していなかったのかもしれないですね。
感想などいただけると死ぬほど嬉しいです。