〈大力で知られる騎士。特殊な黒鉄で作られた鎧を纏っている。〉
人はなんのために生きるのか。
誰しもが一度は考えるであろう青臭い疑問。
しかしそれは人類の抱く命題の一つであろう。
愛や誇りのために生きる者がいる。
金や物のために生きる者もいるだろう。
そもそも理由などなく、必要もないというものだっている。
答えなど用意もされていない問い。
答えなどそもそも必要もないのかもしれない:
少なくとも生きる理由なんてなくても人は死ぬまで生きていける。これは事実だ。
だがある日、不死というものが現れた。死という終着点が全ての終わりではなくなった。
本来人間が望んでも得られない奇跡のような出来事。
そしてそれはどこまでも残酷なことだった。
不死となった人間は不死院に閉じ込められこの世の終わりまで幽閉される。
だが今まで彼がしてきた国への貢献故か、彼の持つ力への恐怖からか、彼はそれを免れることができた。
故に彼は自由に生きられたはずだ。
世界の終わりまでただ享楽に溺れて暮らすこともできた。
しかしそれをただ甘受することが彼にはできなかった。
ただ嫌だったのだ。自分に突如与えられた膨大な時間を、なんの目的もなく過ごすことが。魂が尽きる最後の最後に自らの人生を誇れないということが。熱を持たない人生などまっぴらだった。
人間とは何にでも理由をつけたがる生き物だ。
彼以外の不死者も自分に課せられた呪いに意味を求めたのだろう。
彼以外の、大半の不死者は「使命」を生きる理由とした。
多くの不死者がそれを成せずに亡者となった。
きっと何もせず、ただ日々を過ごしていれば無限にも思える生を得られたのだろう。それがたとえ惰性の産物だとしても、人では決して得られないはずの膨大な時間を手に入れることができたはずだ。
しかしそれではダメなのだ。
それでは亡者となんら変わらない。
きっと誰もが願っているのだ。不死となり死ぬことが叶わなくなっても、明日を迎える意味があると。
きっと誰もが探しているのだ。ただ今日を生きるための、焼け付くような“熱”を。
──そして彼はそれを見つけた。
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黒鉄のタルカス?
ああ、覚えているとも。アノールロンドまできた数少ない勇者だからな。
なぜそんなことを?
....なるほどな。
まあいいが、私は彼がここにくる以前のことは彼や彼を知る人間から聞いただけだ。
全てを知っているわけではないが...それでもいいのか?
......ああ、わかった、わかった。
.....まず彼は使命を帯びた巡礼者などではなかった。
何故かって?私も全ては知らんといったろう。
......少しは自分で考えたらどうだ?
.......ああまあおそらくその通りだ。騎士が戦う理由はいつの時代も姫君のためと相場が決まっているからな。
心当たりでも...?
.........なんだ、もうそのことまで知っているのか?
なら隠してもしょうがないな...。
あのお方こそが彼の戦った理由だろうよ。
彼がどこで知ったのかはわからんがあの絵画世界はあのお方を守るための場所でもあり同時に牢獄のような場所だ。
彼は.....タルカスは、あのお方を救いたかったのだろうか。
それともただ会いたかっただけなのか。
今となっては知るすべもないがな.......。
.......さて、では彼がここにくる前のことから話そうか。
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──センの古城。
安全な場所を探す方が困難なほどに配置された大量の罠と蛇人、悪魔など様々な障害が行く手を阻む試練の城。
そしてそれを越えた先には神々がかつて住まい、そして去った今もなお美しさを保つ伝説の都アノールロンドへと導かれるという。
あらゆる仕掛けが長い年月を経てなお動き続けるその機械仕掛けの城の中で、
不死の使命を負うものに紛れてひたすらに戦い続ける者がいた。
彼の名は黒鉄のタルカス。
その武力は国を超えて知れ渡る騎士の中の騎士。
しかし彼でさえもセンの古城を突破することは容易ではなく。
幾度も死に、そしてその死んだ数だけ蘇った。
そして死ぬたびにまた前に進むのだ。
かの高名な騎士王レンドルでさえセンの古城を突破することは叶わなかった。
タルカスが諦めたとしても誰も笑うものはいないだろう。
だがそんなことは彼にとってどうでもよかった。
彼を動かしたのはたった一つの夢。
否──妄執といってもいい。見たこともない、一度聞いた噂話でさえ真偽不明の全てがあやふやなものの上に成り立つ砂上の夢。
現実世界に居場所をなくした者が導かれるという最後の場所。
絵画の中の、雪に覆われた世界。
そんな場所がアノールロンドのどこかにある。
そしてそこには存在を秘匿された姫君が閉じ込められている。
そんなまゆつば物の話を彼は信じた。誰もが一笑に付したが彼だけは笑うことができなかった。
それは偶然だった。死んだ英雄の所持品の中にあった一枚の女の絵を見たのだ。
美しい絵だった。そしてそれこそが絵画の世界の姫君なのだと知った。
どうしてもその絵のことが忘れられなかった。
その世界を見てみたい。
全てを失った彼だったからこそだろうか。
その光景をみたい、そしてその姫君と会って話がしたい。
そこらの子供が思い描くような稚拙な夢。
間違っても分別のある大人が持つ夢ではなかった。
それでも思い描いてしまったのだ、その美しい情景を。
だがそれこそが、それだけが彼に残されたものだった。
たとえ不死でなくてもタルカスは古城に挑んだだろう。
命よりも、長生きするよりも、その夢を追った果てで死ぬことを望んだだろう。
彼はもう何度目になるかもわからない挑戦を続けた。
♢
100年間。それがタルカスがひたすらにセンの古城で戦い続けた時間だ。
その間、不死の使命のために挑んだ伝説の騎士王も、魔導の探求者たる偉大な魔術師ローガンも、最強と名高いバーニス騎士団も、その全てがアノールロンドに行くことはできなかった。
志半ばで亡者となった彼らの中にあって唯一己を持った者。
それがタルカスだった。
かつて描いた夢を彼は100年たっても忘れることはできなかった。
使命などなく、ただ自らの思い描いた光景が見たかった。
ただそれだけ、
──アイアンゴーレム
センの古城の主人でありアノールロンドを目指したものをことごとく踏み潰してきた伝説の巨人がそこにはいた。
見上げるほどの巨躯は見せかけではないことをタルカスは身をもって知っていた。
タルカスは両手でグレートソードを握る。
自らの鎧は、剣は、どんな化け物にも通用する。
自らを奮い立たせ、彼は一歩踏み出した。
♢
そこで始まったのは華々しい騎士の戦いなどではない。
あったのはただ、原初の戦闘。
ただ防御を捨て、お互いにひたすらに殴り合う。獣同士の戦いだった。
本来ありえないほどの体格差がある彼らでそれが成り立つという尋常ではない状況。一撃で岩をも砕くゴーレムの拳がタルカスに突き刺さり、
常人ならば彼方まで吹き飛ぶような衝撃にタルカスは耐える。
そしてそのままの状態で攻撃に転じる。
グレートソードをもつ両の腕が、人間の限界を超えた筋力によりビキビキと不快な音をたてながら膨張する。
──轟!
次の瞬間、衝撃と共にゴーレムの巨躯が飛んだ。
ただ全力を乗せた攻撃。そのあまりにも純粋な力による一撃を受けたゴーレムの体には大きな亀裂が刻まれていた。
しかしタルカス自身も無傷ではない。己の黒鉄の鎧を持ってしても体に与えられた衝撃は想像を絶する。彼は兜の中で大量の血を吐く。
流れ出た血を厭うこともなく次の攻撃に備える。
そんなことを幾度も繰り返しているのだ。
正気の沙汰ではなかった。
もはや正常なものなどどこにもいない。
一体どれだけ打ち合ったのだろうか。
両者の攻撃が火花を生み鉄と鉄の重なる音が響き渡る。
幾百の剣戟の末、膝をついたのはタルカスだった。
彼の自慢の鎧もすでに見る影もなくなり、壊れた場所から覗く体はまだ生きていることが不思議なほど傷つき直視に耐えない。
次に攻撃を食らえば確実にそれでおしまいだ。
ゴーレムが拳を振り上げる。
数秒後にはきっと潰される。
彼の全てはここで終わる。
戦い続けた100年も、抱いた夢すらも。
──諦めるのか?
その問いは誰のものだったか。自らの心のそこからの問いかけだったのかもしれない。
だがそれが誰のものかなどどうでもいい。
どこまでも単純な話だ。
答えなどとうに決まっている。
──死に体だった彼に熱が宿る。
魂を燃やせ。
紅く燃える鉄のように。
妥協を、弱さを噛み砕け。
今だけでいい。
たった一瞬でもいい。
──決して砕けぬ
力がみなぎる。
彼は迫り来る攻撃を
彼の10倍以上はあろう巨体の拳を真正面から受け切った。
タルカスの肉体が悲鳴をあげるが、それを無視して押し返す。
流れ出る血が地面を赤く染める。視界も赤い。
このままでは放っておいても死ぬだろう。
しかし確実に訪れる死も今はどうでもいい。
ひくことは知らない、ただ進むだけ。
それが彼の知る唯一の生き方だ。
今一度両者は正面から向き合い、タルカスはゴーレムの足に両手で持ったグレートソードを叩き込む。
アイアンゴーレムが今度こそ膝をついた。
タルカスの手で
「──────ッ!!!」
──空気を震わす雄叫びとともに彼の一撃が鋼鉄のゴーレムを粉砕した。
♦︎
ああ。 それでどうなったかって?ゴーレムを倒したんだ。当然アノールロンドに招かれたさ。デーモンに連れられて彼はここまできた。お前と同じようにな...。
.......だが彼はもうその時には手遅れだったよ。
100年の妄執の果てに、念願のアノールロンドまで来たのに、彼は半分亡者になり掛けていた。
篝火ももう意味を成さなかった。
私は彼といろんなことを話した。彼がどうやって生きてきたのかはそこで聞いた。
私は彼に問うたんだ。
──どうしてそこまで夢にこだわったんだ?もっと幸せにもなれただろう?と。
彼は笑っていたな。
自分でもわからなかったらしい。
だがこうも言っていた。きっと“意味”が欲しかったんだと。
生きる理由が、戦う意味が、明日を迎えるためには必要だったんだと。
彼はそれにすがっていた。“夢”は彼の最期の拠り所だったのかもしれない。
彼を弱いと思うか?
.......ふふ。そうか、お前はそう考えるのか。
面白いな。彼もそう言っていたよ。例え不死であろうと人が人でいるのには必要なのだと。
それが彼にとっては夢だった。それだけで良かったのだろうさ。
...まあいい。
その後の彼はお前も知っているだろう。
あそこで彼を見つけたのだろう.....?
自分が自分でなくなることがわかっていても、いや、だからこそ最後まで諦めることができなかったのか。
何にせよ不器用な男だよ。
...........私の話はこれで終わりだ。もう気が済んだだろ?
──ああ、いつかお前にも見つかるといいな....。
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タルカスが歩みを進める。彼の求めていた絵画が遠くに見える。
足が重く、歩調も遅い。
あそこに行くためには幾人もの絵画守りを突破しなくてはいけない。
今の調子では倒して進むなど不可能だろう。
だがそれでも歩みを止めることはない。
進む。
絵画守りに気づかれ、曲刀が体を切りつける。
それでも進む。
また切りつけられる。
意識が遠のくが進み続ける。
黒鉄のタルカスの名前の由来である強固な鎧はボロボロになった今でもその役目を果たしていた。
背中に、腹に、いくつもの刃を生やしながら彼はついにたどり着いた。
ずっと見たかった情景がそこにあった。
彼の人生そのものであった夢が叶った瞬間だ。
そうだ、ここに──
絵画守りの持つ曲刀がタルカスの首に突き立った。
もう立つこともできない。
それでも最後に手を伸ばす。
──絵を見たんだ。
──美しい女の絵だった
──見惚れたんだ
──ただ貴女に会いたかった。
──私は........................
──ああ................。やっと会えた
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男は孤独の中で夢を見た。
到底彼の手の届かないであろう夢を。
そしてそのために全てを賭けた。
届かないと知っていても、どれだけ困難でも手を伸ばさずにはいられなかった。
男が選んだのは誰にも理解されない道だったかもしれない。
だが彼は確かに答えを得た。
── 彼の亡骸は今でも絵画の下にひっそりと眠っている。
ゲーム本編ではアイアンゴーレム戦でしか呼び出せないマイナーNPCタルカスさんでした。
念願のアノロンにいき絵画の前で倒れていたのを見て
フロム脳が刺激されました。
語り部はアノールロンドの真鍮鎧の火防女です。
途中の赤い指輪は女神クァトの赤涙です。
IIIでプリシラの立ち位置がぼんやり書かれたのは嬉しかったです。
タルカスさんは絵画世界に行くための人形を持っていないためたとえ万全でたどり着いてもプリシラに会うことは本来不可能でした。