遠き旅路   作:土星土産

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赤衣のユルヴァ

〈かつての小ロンドの封印者の一人

 彼女は、病み村で治癒術をふるうために
 封印の任を捨てたのだろうか〉

              魔術 治癒の文より




赤衣の癒し手

不死外から下層へと下り酷く荒れ果てた盗賊達の根城をぬけ、さらにそこから下へ下へと降りてゆく。

淀んだ空気と水に満たされた鼠達の楽園である最下層すらも抜け、そこにある深い深い穴の底にそこはあった。

 

今にも倒れそうな古い木で作られた足場がいくつも組まれ、集落のようなものを形成している。いや、正確にはかつて集落だったものが今もなお残っているというべきだろうか。暮らしていた住人達は皆病に飲み込まれ、今は怨嗟の声だけが響く。

 

そんな場所を一望できる場所、木組みの足場の頂に一人の魔術師が座っていた。

鳥の嘴のような特徴的な仮面を身につけているためその顔は窺い知ることができないが、その身体つきから辛うじて女であることがわかる。

血のような赤いローブを纏い、同じく赤い杖を携えた彼女は頂から辺りを睥睨する。

 

まるで太陽の光を嫌うかのような深い暗闇と、鼻が曲がりそうなほどの悪臭、そして当然のように闊歩する異形達。常人なら1秒でもはやく出たいと思うだろう地獄のような場所だ。

 

 

 

女の名前はユルヴァ。

 

 

かつて栄えた人間達の国、小ロンドにおいて赤衣のユルヴァとして知られた高名な魔術師である。

 

ユルヴァはずっとこの集落──病み村をみてきた。

何年もここから村を眺めてきた。

 

いつも同じ場所からみる景色は、いつもと何も変わらない。

 

そう、ユルヴァがここを訪れてから()()()変わっていないのだ。

 

ここに来たばかりの時はもっと違う未来を想像していた。そしてそれがただの思い上がりだと気づくのにそう時間は要らなかった。

 

絶えることのない村人達の苦悶の声をずっと聞いてきた。

訪れてから10年が経っても20年経っても何も変えることができなかった。

 

自らが癒した村人が自らの子供を食らう瞬間を見た。

狂った童が親の腕を玩具にして遊んでいる光景をみた。

 

傷を癒しても毒を取り除いても何をやっても新たな地獄が生まれた。

 

彼女の努力を嘲笑うようにどこまでも世界は残酷な光景を見せ続ける。

それでも治療をやめることはできなかった。

 

 

──背後から足音がした。

 

周りの松明の炎が揺れ、影とともに姿を現したのは奇怪な鎧を纏った男だ。

全身を棘で覆いその携えた盾や剣すらも棘だらけという奇妙さだ。

 

 

 

「毎日毎日あんたもよく飽きねえな」

 

「……なんだ小僧か」

 

 

ユルヴァの返答が気に入らなかったのか男は不機嫌さを隠そうともせず近づいてくる。

 

「小僧はねえだろ、これでも100年は生きてる」

 

「100年程度ならまだまだ小僧だよ」

 

 

男がユルヴァの隣に腰掛ける。

 

「おや、お前は私のことが嫌いだったはずだけど」

 

「ああ嫌いだよ。嫌いに決まってるだろ」

 

「じゃあなぜ隣に座るんだい」

 

「……こっから何が見えてんのか気になっただけだ」

 

「ふむ、それで。何がみえた?」

 

その問いに男は何も答えなかった。

 

何を考えているのか遠くを見つめる棘だらけの男を観察する。

 

この男ともそこそこ長い付き合いになったものだ、とユルヴァは考える。

 

(出会った頃はすぐに私を殺そうとしてくる困った奴だったが……)

 

その時はお互い痛み分けで終わった。

男はいつのまにか村に住み着いていたようでそれ以来も何度か見かけるようになった。

 

何度か戦ったがその度に勝負はつかず、

ある日殺すのを諦めたのか普通に接してくるようになった。なんとも面の皮の厚い男だと思ったものだ。

 

 

 

 

 

炎が揺れた。虫達の羽音がやけに大きく聞こえる。

ユルヴァも男も微動だにせず、ただ遠くを見つめている。

まるでそこだけ時が止まったかのような光景が数刻ほど続く。

 

 

長い長い沈黙を破ったのは押し黙っていた棘の男だ。

先ほどの軽口を叩いていたときとは雰囲気が変わっていた。

 

「なあ婆さん、聞こうと思ってたんだがあんたなんでずっとここにいるんだ?」

 

「……やるべきことが残っているからだよ」

 

「もうそんなもん残ってねえって言ってんだよ。あんたの癒しの魔術でももうどうにも出来ない段階になっちまってんだろうが。そんなこと俺にだってわかる」

 

男の発言は一から十まで本当のことだ。

ユルヴァの魔術は癒しの力だが村を襲う呪いの力は既にその魔術で癒せる領域を超えている。昔ならばいざ知らず、もはや彼女の力は気休めにもならないのが現状だ。ならばここにいる意味など既にないだろう、男はそう言いたいのだ。

 

「このままだといつかあんたも亡者になるぞ」

 

 

そうだ。その通りだ。だがそれをすんなりと受け入れられるかは別の問題だ。

やれることはもうないかもしれない。だがどこに行けばいいというのか。

既に一度故郷を捨てたのだ。

また捨てろというのか。

 

 

 

 

 

「……私はね、もう捨てたくないんだよ。」

 

「……そいつは前に言ってたあんたの故郷の話か? たしかあんたはこの村を助けるためにそこを出たんだろう?」

 

 

それは嘘ではないが本当のことでもない。

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ。私はあの時ただ逃げたんだよ。宿命からも友からも。……今でも思い出す。癒し手と呼ばれた私達が守るべき民を、支えるべき王を、騎士達を沈めたんだ」

 

 

かつて蛇によって故郷が深淵に飲まれてから、偉大な王達も、高潔だった騎士たちも皆闇へと堕ちた。神の都アノールロンドとも並び称された程の美しかった景観は損なわれ、小ロンドはソウルを持って生きる者達全ての敵となった。

 

 

 

深淵を食い止めるため、小ロンドの全てを水に沈め封印した。

 

中には当然見知った顔も多くあった。

癒し手として子供の頃から病気や怪我を治してきた者もいた。

みな優しくて、朗らかに笑う者達だった。

 

 

だがその最後に浮かべた表情を彼女が忘れることはないだろう。

苦悶、絶望、そして憎悪。その全てが封印者たる彼女等に向けられていた。

 

「あの者達は未だ水の底にいる。永劫続く苦しみの中にある。私は彼らから向けられる感情がただ怖くて逃げ出した臆病者だ」

 

 

今でもあの時、故郷を沈めたのは最善の選択だったと考えている。そうしなければ一体どれだけの犠牲者が出ていたか。いくつの国が滅んでいたか。

だからこそそれを成した者の義務として封印の任に永遠の時を捧げなくてはいけなかったのだ。だが彼女はそれを捨てた。

親しかった者たちが亡霊となったこと、今もなお苦しんでいること、そしてその憎悪が自分に向けられ続けていること。それに耐えきれなかったのだ。

 

誰かを救いたいとか、癒し手としての力を使いたいだとか、そんなのは後から無理やり付けたに過ぎない。あの時本当の彼女はただ罪の重さに潰されそうになり逃げ出しただけだ。

 

まだ完全に村が病に飲まれていなかったころ、毎日のように村人たちは彼女に感謝をした。彼らにはきっと救世主のように見えていたのだろう。

 

だが彼女は自分が救世主にも英雄にもなり得ないことを知っていた。本当の英雄とはたった一人故郷に残った友のような存在のことだと知っていた。

 

それでも村の人たちと触れ合い彼らを知ってしまった。故郷の者たちのように愛おしく思ってしまった。彼らを心のそこから救いたいと、共に生きたいと思ってしまった。

 

 

「私は何もできなかった。彼らを救うこともその痛みを代わってやることも。だからせめて一緒に滅んでやりたいと思ってしまったんだ。」

 

 

それは彼女の偽らざる本音だった。本当はあの時に選ぶべき選択だった。哀れむことなど誰にでもできる。封印の任からも逃げて一緒に朽ちていくことも選ばずあの時友に全てを押し付けたことを彼女はずっと後悔し続けていた。

 

 

隣から深いため息をつく音がする。その出所は当然棘の男だ。

 

「気にくわねえな」

 

「別に私がどこで何をしようが小僧には関係ないだろうに」

 

「関係はねえけど気に入らねえんだよ。言っとくが死んだ奴らがあれこれ考えるわけねえだろ。あんたのは全部独りよがりの自己満足だ」

 

「そうかもね」

 

「もう一度言うぞ。あんたにできることはもう残ってない。ここにいる意味なんて一つもねえ」

 

「.......それでも残るよ。もう決めたから」

 

 

男が表情を歪めたのが何となくわかった。きっと兜の下では苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。

 

 

「........ああ、やっとあんたが嫌いな理由がわかったよ。あんた俺の知ってる馬鹿に似てるんだ」

 

 

「それは光栄だね。その馬鹿によろしく頼むよ」

 

 

 

 

口角を上げてユルヴァは笑う。といっても仮面で隠れていてそれを見ることはできないのだが。

 

 

男は苛立ちを隠そうともせずに、舌打ちを一つすると立ち上がった。

 

 

「じゃあな婆さん。そろそろ行くぜ」

 

どこに行っているのかは知らないが男が姿を消すのはいつものことなのでユルヴァも行き先について尋ねることはない。

 

 

 

 

 

 

「ああ、またね。」

 

 

 

 

 

──お姫様によろしくな

 

 

 

心の中でそう付け加えた。

 

 

 

 

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あの子の声が聞こえる。

 

「おや、いい面構えをしている。きっとこの子は大物になるよ」

 

「こら、──走るな、転んでもしらないよ」

 

「──じゃないか、母上は元気にしているかい?」

 

「魔術師になる?いいのかい?かっこいい騎士様じゃなくて」

 

あの子は随分と変わり者だった。

私なんかのようになりたいと言って本当に魔術師になってしまった。

 

「本当に魔術師なんかになってよかったのかい?ふふ、そうかい」

 

ああ、自慢の弟子だ。ほんの十数年前まで泣き虫だったくせに今では一丁前の顔をしている。

 

「もう教えることはないね。お前はもう立派な癒し手だよ」

 

童だった教え子は男になり、私以上の使い手になった。

歳を取らない私の背を彼はいつの間にやら追い越していた。

 

私と同じ服と仮面を挙げると彼は喜んでいたなあ。

 

 

「お前にも不死の印がでたのかい。……そうか。お前には背負わせたくなかったんだけどね。これからもよろしくね」

 

 

教え子だった男は一緒に永遠を生きる友となった。

それがどれだけの業か彼はきっとわかっていたのだろう。

それでも彼は静かに笑ってこれで私とずっと一緒に居られるとかなんとか言っていた。

呑気なんだが大物なんだかわかりゃいなしない。

 

 

「お前はすごいね。魔術の才は私以上だよ」

 

 

彼はどんどんと成長していった。それをこの目で見るのが好きだった。

彼の未来が楽しみで仕方なかった。

 

 

 

「ああ、なんてこと。なんでこんなことに」

 

 

故郷が闇に包まれた。彼は泣いていなかった。私は仮面を付けていてよかった。泣いているのが彼にバレないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう疲れたんだ。すまない。」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。あの時私は彼を置いていったのだ。

 

彼は何も言わないで私を見送った。

私がもっと強ければもっと違った未来もあったのだろうか。

 

ああ、なんで私はここにいるんだっけ。わからない。

ああ、あの子に会いたいな。

 

あの子の泣き声がする。本当にいくつになっても泣き虫で

しょうがないやつだ。

 

 

 

 

 

 

おや、この男は誰だったかなあ、棘棘していておかしな奴だ。

まあ、もうなんでもいいか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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男の前には赤い衣の亡者──かつてユルヴァだったものが立っていた。

まだなってしまったばかりなのだろう。覚束ない足取りで男のソウルを求めてゆっくりと近づいてくる。

 

 

小さな舌打ちとともに男は持っていた剣で彼女の体を貫いた。

 

 

「……やっぱり気に入らねえな」

 

 

 

ユルヴァの体が崩れ落ちる。どうせ放っておいてもまた蘇生し誰かを襲うのだろう。嫌いな相手だったがそんな無様な姿を見たいわけではなかった。

 

男は何度も何度も彼女を殺す。

 

ここは彼女が毎日座っていた場所だ。

 

男にはユルヴァがここから何を見、何を思っていたのかがわからない。

きっと一生わかることはないだろう。

最悪な景色だ。お世辞にも良い趣味とは言えない。

だが嫌いではなかった。

 

ここからは()()()が守ろうとした村が一望できる。

 

男は少しの間無言で遠くを見つめ、そして闇へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 









今回と次の話は当初書く予定のなかったショートストーリー的なものになります。

純ダクソ小説ってあんまり見ないなと思い書き始めた小説ですが、読んでくださる方々には感謝しかありません。
感想すごく励みになっています。
皆さまのおかげでなんとか7話目書くことができました。
まだもう少しだけお付き合いいただければ幸いです。




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