遠き旅路   作:土星土産

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〈深淵の主マヌスのソウル、それは尋常のソウルではなく
どろりとして生あたたかい、優しい人間性の塊である

マヌスは、古くとも明らかに人であった
人間性を暴走させ、深淵の主となった後も
ずっと寄る辺、あの割れたペンダントを求めていた

彼の魔術に与えられる意志は人への羨望、あるいは愛である。
その最期が小さな悲劇でしかありえないとしても.......。〉

               
                   


亡国の姫

壊してしまおう。目に映るもの全部を。

君たちが生きていたことを僕だけが永遠に覚えていよう。

 

 

 

本当に大事な友達だったんだ。

彼らが死ななければならない理由なんてなかった。

 

人間は弱いから?闇の存在だから?

 

そんなことは全部僕らには関係ない。

 

きっとどんな未来だって彼らは選べたはずなんだ。

 

 

もう何も見たくないから目を瞑った。

認めたくないから現実を否定した。

 

 

でもダメだ。妄想の中にだってやっぱりもう彼らはいない。

 

目の前にコロコロと丸い何かが転がってくる。見間違えるはずがない。僕が君にあげたものだから。

 

 

ああ、今度はよく見えるよ。これがこの世界の真実だ。

見えすぎるほどによく見える。

 

 

 

君は言ったよね。

優しい僕が好きなんだって。

 

 

どんな相手とだってわかり合おうとする君が僕も好きだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね。

 

 

 

 

 

本当にごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──僕はもうこの世界を愛せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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──落ちてゆく。

 

ゆっくりと海の底のような暗がりに沈んでいく。

 

怖かった。

暗いのは怖い、だから光を探した。

 

遠くに光が見える。

それは消えかけの蝋燭に灯る火のように小さく、儚い。

 

光は不安定で、もっとよく見ようとすればぼやけて溶ける。

 

目の前に色んな映像が浮かんでは消える。

 

どの映像もぼやけていて、抽象的でよくわからない。

見たことのない景色、見たことのない人たち。

 

ここは暗くて、酷く寒い。

思わず自分の手で体を抱きしめようとして体が動かないことに気づく。

金縛りにあったような、

誰か別の人の意識の中に浮かんでいるような、不思議な感覚。

 

そこに来てやっと私は夢を見ているのだ、とすとんと理解出来た。

 

目の前のあやふやだった光は変化していき映像の輪郭は叙々に明確になっていく。

 

映し出されたのは2人の男女。

そして次はたくさんの人々。

年齢も性別もバラバラででもみんな楽しそうで。

 

その後も延々と映像は移り変わるが常にその中心にいるのは一人の女性だ。

 

綺麗な女性だった。

映像の中の彼らはとても幸せそうだった。

笑いあい、時に泣いて、そんな当たり前のような日常がそこにはあった。

 

この女性は誰なのだろうか。

この夢は何なのだろうか。

 

 

 

急に映像が消え、視界が暗転した。

 

 

消えかけの光も既に無い。取り残された私の周りにあるのは本当の暗闇だ。

体は依然として動かない。

 

(嫌だ、誰か助けて)

 

叫びだしたいけれど声も出すことができない。

 

 

 

 

先ほどまであった疑問も何もかもなくなって、あるのは恐怖だけだ。

 

孤独への根源的な恐怖。

一人でいることがどうしようもなく怖くておかしくなりそうだ。

 

結晶のゴーレムの中に囚われていた時のことが嫌でも頭の中に浮かぶ。

 

あの方に出会うまでの永い孤独を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

──ふと、白い何かが見えた気がした。

 

 

(あれは.....?)

 

 

 

 

 

それは人だった。白くて、朧げで形も不安定な、少年のようであり老人のようでもある。けれどそれは確かに人間だった。

 

顔はよく見えない。でも私はこの人を知っている。私はこの人にどこかで──

 

 

 

 

 

 

──その時、世界を光が覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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既に滅んだ国、ウーラシールの外れには小さな霊廟が存在する。

 

作られてからかなりの年月を経ているであろうその霊廟は樹人達により手入れがなされ今もなお荘厳な見た目を留めている。

 

鳥達が歌い風に草木が揺れる。

柔らかな月光が漏れ、辺りを包む。大小様々な石像に囲まれたそこはある種神聖な空気を漂わせる。

 

 

 

しかしその平和な見た目とは裏腹に警備は厳重だ。国は滅び王も深淵に呑みこまれた。

それでもなお樹人や守護者と呼ばれるゴーレム、聖獣といった強力な存在が変わらずそこを守り続けている。

 

ここを訪れることが出来るのはそれこそ王家の人間か──もしくはそれら全てを問題としない程の人智を超えた力を持った者だけだろう。

 

 

その限られた王家の人間であるウーラシールの姫君は霊廟の中央で空を見つめ物思いにふける。

 

あの日──深淵の主 マヌスに連れ去られ、そして救出されてからずっと心の中にしこりのように残っているものがある。

 

それはマヌスの中に囚われている間に見た夢に関わることだ。

 

 

 

感じたのは巨大な感情の奔流。

 

それは郷愁の類だ。

 

もう二度と戻らない幸福と、戻らないと分かっていてもそれを追い求める思い。

 

 

──そして何よりも 恐ろしく強い恋慕の情。

 

 

あの時見た夢は誰かの記憶だ。

いや、ほぼ確実にあれはマヌスのものだろう。

 

 

彼はあの暗闇にずっといたのだろうか。

 

 

自分以外が存在しない世界。なんにもない空っぽの暗闇。

 

そんな場所に彼はどれだけの年月をいたのだろうか。

 

 

 

「.......や.......み様」

 

 

 

 

私だったら耐えられるだろうか。

あの孤独に。

 

きっと無理だろう。

あの世界は悲しすぎる。

 

彼は........

 

 

 

 

 

「......宵闇様」

 

 

自らを呼ぶ声に思考の海から掬い上げられる。

声をかけたのは霊廟の守人エリザベス。見た目はどう見ても巨大なキノコだが長い年月を生き、人の歴史を見守ってきた賢人でもある。

 

「あ......ごめんなさいエリザベス、何かしら?」

 

「いえ、私こそ宵闇様の考え事の邪魔をしてしまって.....」

 

エリザベスが頭を──頭と呼んでいいのかはわからないが──下げる。

 

「しかしもう宵闇様がここを訪れてから何時間も思い詰めた顔でいらっしゃいます。もう夜も遅いですわ。そろそろお休みになっては....」

 

「あら........もうそんなに........。ありがとうございますエリザベス」

 

 

彼女は立ち上がり伸びをする。本来なら王族としてやってはいけないはしたない行為だが既に治める国もなく目の前にいるのはエリザベスだけなので許されるだろう。

 

 

 

「何を考えていらしたのですか?」

 

エリザベスの問いかけにどう答えれば良いか一瞬だけ逡巡し、結局そのまま話すことにした。

 

 

「..........あの闇の中で夢を見たんです。」

 

 

 

宵闇はあの時見たことについて語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇とは忌避されるべきものだ。命ある者はみな暗闇を恐れる。それは本能的な恐怖だ。神話の時代に光を、火を手に入れるためにあった戦いを知るものは既にほとんどいないだろう。だがそれでも火を失ったときに何が起こるのか分かっているのだ。深淵とはその片鱗だと言える。それに触れたものはおぞましい姿と成り果てる。それを私はこの目で見てきて知っている。

 

その深淵の生み出した化け物に私は攫われた。異形にふさわしき湾曲した大角に肥大化した左腕。体の至る所に蜘蛛のような複眼が存在するおぞましい見た目。どれも化け物としか形容できない存在だった。

 

初めて見たとき抱いたのは純粋な恐怖だ。人にどうにか出来る存在ではない、あれはそう言った埒外の存在だと。

 

 

しかし囚われていた間に見た夢は最初抱いていた印象の疑問を持たせるのには十分だった。

 

 

 

「私はどうしてもあのような思いを持つ存在をただ化け物と断じて良いとは思えないのです」

 

あれだけの強い思いを私は知らない。心ない化け物ではあんな思いを抱くことはできないだろう。

 

 

「.........宵闇様、あれはウーラシールを滅ぼした元凶です。宵闇様が気にかける必要はないのですよ」

 

 

エリザベスの言うこともわかる。民達も、兵士達も皆深淵に触れこの国は滅んだ。それは事実だ。

 

 

「たしかにウーラシールは深淵に飲まれて滅びました。でも元凶というのならば最初に古き人の墓を暴いたのは私達です。それならば責任は私達王族にあるでしょう」

 

 

 

お父様もお兄様達も、ある時を境に人が変わられたように大きな力を求めるように成ってしまった。

 

少しいい加減だけど本当に優しくて人情に溢れていた民達も皆変わってしまった。

 

あんなに優しかった彼らが何故そうなってしまったのかはわからない。

 

 

神族や巨人族と比べ人間が弱いのはしょうがないことだ。

しかしこの国はそれらをも超える力を求めたのだ。

 

そして私はそれを止めることもできずただ見ていることしかできなかった。

 

遥か昔、太陽に近づきすぎた英雄はその身を焼かれたと言う。

 

同じように人の領分を越えようとした私達に待っていたのも滅びへの道だった。

 

 

 

 

 

 

 

──この国は絶対に手を出してはいけない領域に触れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「そんなことは.......」

 

「いいえ、そうなのです。私は罰を受けるべき者の一人です。だというのにこうして一人だけ助かってしまいましたが........」

 

「宵闇様........」

 

 

皮肉にもあの日クリスタルゴーレムに囚われたことで今こうして普通に話せているわけだけど。

 

 

 

(そもそもあの墓とは、あの深淵への穴は何なのでしょうか。古き人とは、マヌスの正体は....?)

 

 

疑問は止め処なく溢れる。頭の中がグチャグチャで仕方がない。

国を闇で覆い、自分を攫った者について知りたいと思うことはおかしなことだとわかっている。それでも疑問は尽きないのだけど。

 

 

 

しかしそれを聞いても答えは返ってこないだろう。

理由はわからないがいつも私に優しいエリザベスもマヌスや深淵については何も語ってはくれない。だからその質問はできない。

 

 

 

「夢の中で気になっていることがもう一つあります。私は夢の最後で誰かを見ました。顔も、何もわかりませんでしたがどこか懐かしくて。あれは誰だったのでしょうか......」

 

 

夢の世界が崩れる寸前に感じた気配。誰かの存在。あれはきっとマヌスではないもっと別の誰かだ。

 

 

 

「ねえエリザベス、私を救ってくださったのはアルトリウス様なのですよね」

 

 

「.............ええ、その通りです。かの英雄が深淵を討伐し宵闇様を救出してくださいました」

 

 

 

それではあれはアルトリウス様の気配なのだろうか。

普通に考えればそうなのだがどこか釈然としなかった。理屈ではない、何かが引っかかるのだ。

あの気配はまるで──ー

 

 

 

(いいえ、それはあり得ないことですね。あの方は遠い未来の方ですもの)

 

 

 

そうだありえない。これはきっと私の思い違いだ。

だからこの想いはただの間違いなのだろう。

 

 

私には愛がわからない。マヌスのように何かをあそこまで愛するということを知らない。あれを愛と呼ぶのならきっと私の想いは愛ではない。

 

 

──いずれにせよ私は残された時間をここで待つだけだ。

 

 

でも、もしもまた彼が呼んでくれたのならその時は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宵闇が眠りにつき霊廟には静寂が訪れる。

 

 

その静寂の中、今まで何も存在しなかった暗闇からゆっくりと姿を表す存在があった。一切の音を立てずに歩くその姿はまるで実体を持った影のようだ。

 

 

 

「彼女はもう寝たようだな」

 

穏やかな寝息を立てる宵闇を見ながら影は静かに語りかける。

 

「あら、これはキアラン様、全く気づきませんでしたわ。フフ、王の刃は健在ですね。」

 

 

「その呼び方はやめてくれ。今の私は剣を置いた身だ。」

 

エリザベスは突如現れた影──キアランに驚きながらもすぐに返答を返す。

 

 

「それで、彼女に本当のことを言わないで良いのか?」

 

 

「ええ.........これは()の願いでもあります。彼は遠い時代の人。これが最も良いのでしょう。」

 

 

それに、とエリザベスは付け加える。

 

 

「今、英雄たるアルトリウス様の戦死が表沙汰になるのはあなた達にとって、そして世界の秩序のためにもいいことではないでしょう。」

 

 

力を求めた人間の国の引き起こした事件、そしてそこで太陽の王の配下で、最も高名な英雄が敗北し死んだとなれば最悪、世界が割れる。

それを防ぐために偽りの事実が要る。

エリザベスが言っているのはそういうことだった。

 

 

「ああ、本当に貴女には感謝しているよ。彼の墓をここに移す許可を貰った恩もある。しかし姫君の気持ちに貴女は気付いているのだろう? 彼女にだけは本当のことを言っても良いのではないか?」

 

 

「いいえ、宵闇様のことを思うからこそ言ってはならないのです。本来なら決して交わることのない(えにし)は歪みを生み出し、最終的にあの方を傷つけるでしょう。だから........これで良いのですよ」

 

 

エリザベスはその顔を歪め辛そうな声で呟く。

 

「.....口を出してすまなかった」

 

「いいえ。いいのですよ。 しかし、貴女は優しいのですね。 人間は嫌いではなかったのですか?」

 

 

人間は弱い。弱いからこそ平気で嘘をつき、裏切りや汚い手も平然と使う。そんな生き汚なさがキアランは嫌いだった。

 

彼女の憧れた圧倒的な“強さ”とは真逆の人間のそのあり方を軽蔑していた。

 

しかしわからなくなった。

憧れ、愛した者を奪った者も人間ならば、その誇りを守った者もまた人間だった。

 

自分はあの時狂ってしまった彼を終わらせてあげることができなかった。

その勇気が、強さが自分には無かったのだ。

 

 

「.........わからないんだ。人間の本質は闇だと思っていた。だがこうして私たちと変わらず誰かを愛する姿はどうしてもそうは思えなくなった。あのマヌスでさえ愛を知っていたのだという。あの男や宵闇殿と深淵の主。何故元は同じ人間なのにこうも違うのだ。」

 

 

 

エリザベスは小さく笑う。

 

 

「物事の大半は陰と陽で成り立っています。それは正義と悪であったり光と闇です。でもそうでないものもあります。たとえば愛の対極は何になるのでしょう」

 

 

突然何の話だ、と思いながらもキアランは口を開く。

 

「憎悪や悪意だろうか?」

 

 

「そうですね。それもきっと正しいのでしょう。でも私は思うのです。愛の反対はまた別の形の愛なのだと。 愛の形はいくらでもあります。そして人間は弱いから一歩間違えばその愛は憎悪や悪意にも転じます。愛を抱くからこそ闇の存在になることもあるのです。かつて神々さえ恐れさせたあのマヌスもその類なのでしょう」

 

「別の形の愛......」

 

「ええ。こんなキノコが何を言っているのだと思うかもしれませんが.....」

 

エリザベスが朗らかに笑う。

 

 

「私は人の歩みをずっとここから見守ってきました。確かに人間の本質は闇なのかもしれません。確かに人は弱い生き物なのかもしれません。でも人は変われる生き物です。一度間違えても次は正しい道を歩める者もいます。弱くても強くあろうとすることはできます。」

 

 

「...........だからもしも人が闇から生まれたものだとしても、最後に人が選ぶものが闇であるとは限らないと思うのです。」

 

 

 

「……貴女は優しいな」

 

 

「フフフ。 老いぼれの長話に付き合わせてしまってごめんなさいね。ところでキアラン様はこの後どうなさるのですか?」

 

 

「そうだな.......もう帰る場所もないからな。すぐに、とはいかないが。墓守でもして余生を過ごそうか」

 

 

「ええ、それも良いと思います。宵闇様にもお会いになってくださいな。きっと気が合うでしょう」

 

 

 

夜は更けていく。霊廟から一つの影が闇に溶けて姿を消した。

後に残るのは静かに眠る宵闇とそれを見守るエリザベスだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






マヌスを倒してから宵闇様と話すと聞ける話から妄想。
マヌスはありえたかもしれないロートレクの未来なのかもみたいな妄想をしていたら出来あがりました。

フロムほのぼの女子会()でした。

参考までにどれが好みかアンケート 

  • カークの話
  • タルカス の話
  • アナスタシアの話
  • ロートレクの話
  • ユルヴァ、もしくは今回の話
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