がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結) 作:島国住み
空腹を感じ、目が覚めた。
普段よりは少しだけ早いけどおおむねいつもと同じくらいの時間だ。
眠気もなくすっきりとした目覚めだ。でも起き抜けにもかかわらずお腹が減ってる
お兄ちゃんは横でまだ寝てるけど、少し考えてから起こすことにした。
別に早起きってわけじゃないんだから起こしたっていいはずだ。
まだ寝足りないのかゴネてたけどなんとか起きてくれた。
朝は久しぶりにラーメンだった!
腹ペコだったせいなのか単純に好物だったからなのか分からないけどたくさん食べれた。
……食べ過ぎた。普段の私なら3人分なんてとてもじゃないけど食べれない。
いつから大食いになったんだろう?特に運動もしてないから太っちゃう……
なにか、なにか運動になるようなことは……
昨日、お兄ちゃんは穴を掘ってた。あれなら運動になるかな?
でも……堀みたいな感じにしたいんだろうけど一人じゃ無理があるよなぁ
もっといい方法があるんじゃないかしら?
そんなことをぼんやり考えていたら閃いた。
家と道路の間にある側溝。あれを使えばいいんだわ!
元々溝はできてるんだから後は蓋を外すだけ。これなら今日中に済ませられる。
早速お兄ちゃんに伝えないとね。
このことを伝えた時、お兄ちゃんはジャガイモの芽を取ってた。
でも私はそんなことをお構いなしにさっき思いついたことを披歴してしまった。
お兄ちゃんは乗り気になった。でも……
「イテッ」
「お、お兄ちゃん大丈夫!?待っててね。すぐに救急箱を……あぁ……血が出てる……」
ケガをさせてしまった。
「血………………」
お兄ちゃんの指から真っ赤な血がにじみ出ている。生きた人間の新鮮な、血。
ゾンビの黒くてドロッとした血ではない。思わずハッとするくらい鮮やかな赤色をしている。
鮮血を見るのは久しぶりかもしれない。血ってこんなに綺麗で、美味しそう、だったんだ……
……たしか、唾液には殺菌作用があるんだよね。
そ、それなら、私が患部をなめとってあげれば…………
「どうした?」
「……あっ、救急箱ね!うん。すぐに持ってくるから!」
お兄ちゃんの声で我に返る。
な、なめるなんて……ダメに決まってるじゃない!
そもそも唾液の殺菌作用だって怪しいし、自分ではなくお兄ちゃんの傷口ならなおさら危ない。
脳裏にちらつく鮮やかな赤を無理やり振り払い救急箱を探す。
無心で応急手当をした。血の付いたガーゼもできるだけ見ないようにして捨てた。
お兄ちゃんのケガの原因は私だったのに許してくれた。
なんだか後ろめたくて私は先に外に出て支度を整えることにした。とはいっても軍手と武器を準備して場の安全を確保するだけだけど。
ゲホッゲホッ
昨日より咳が酷くなってる。でも相変わらず咳だけで喉とかは平気だ。
お兄ちゃんに聞かれたら心配されるかも。あんまり聞かれたくないな……
季節外れの花粉なのかもしれないし。大げさに捉えられたくない。
基本的に力仕事はお兄ちゃんがやって、補助的なことは私がやった。大変さでいったらお兄ちゃんの方が確実に大変だからつゆ払いもできるだけ私がするようにした。
「お兄ちゃんばっかりに力仕事させちゃってごめんね。私も力が強ければ手伝えるんだけど……」
私にはできないことがいっぱいあって、お兄ちゃんに頼らないと生きていけない。こうやってその現実を目の当たりにすると自分が情けなくなってくる。
「試しに一回やってみる?意外とできるかもよ?」
「えぇー……じゃあ、一回試してみるね……んしょっと……」
「どうだ?」
「……………………………やっぱ私には重すぎるよ」
……嘘。できないとハナからあきらめてたけど意外にもできそうだった。
でもそれはおかしい。私は女子の中でも力が弱い方だ。側溝の蓋は10キロの米袋を運ぶのでさえひぃひぃ言うような私が持ち上げられる重量じゃないはずだ。
仮に持ち上げられたとしてその作業を繰り返すことは無理だ。
私の身に説明がつかない何かがあるような気がして恐ろしくなった。
お兄ちゃんの頑張りのおかげで蓋は全部取り外せた。
効果を確かめたら、バッチリだった。これで安泰だってお兄ちゃんも笑ってた。
お兄ちゃんは先に休ませて私は後始末をした。
溝にはまった哀れなゾンビを取り除かないと溝が埋まってしまう。
触りたくないからお兄ちゃんのスコップを借りて掻き出す。
……お兄ちゃんを食べようったって、そうはいかないんだから。
お昼はいもだった。太陽で温められておいしそうだ。
お腹は空いてる。でも……
おいしくないな
味、なのだろうか?じゃがバターなら美味しく食べれたのかというとそうじゃない気がする。もっと根本的な……なんていうんだろう、なんか……もっと違うものが欲しいというか……
なんだか釈然としないままだったけどモソモソ食べてたらいつの間にか自分の分は終わってた。
お兄ちゃんは大きなあくびなんかして眠たそうだ。
重労働をしていたから疲れるのは当たり前か。
「寝るの?じゃあ先ほどの労をねぎらって……マッサージしてあげようかな」
自分なりの恩返しだ。朝腕が痛いなんて言ってたしね。
結果的に体に触れることになるけど、それは行為の性質上仕方のないこと。因果は逆転してない。
100%お兄ちゃんをいたわるという衷心から出たことで別の目的はない。本当だ。
お兄ちゃんはよほど疲れていたのか情けない声を出してうつ伏せになった後すぐ寝てしまった。
力加減はちょうどよかったみたい。
寝てしまったからフィードバックがかえってこない。不安になりつつも一定の強さで押していく。
………………。
今、目の前には無防備に寝ているお兄ちゃんがいる。安心しきっていて私がこうやってマッサージをしていても起きる素振りはない。
首、肩……そして背中。上半身は終わった。ついでに足。ツボとかはよくわからないから痛くならないように力を弱めてまんべんなくを心がけた。
脚がまだ残ってる。引き受けた以上、ここもちゃんとやっておかないとね……
他の部分に比べて脚は筋肉量が違う。他の場所では骨の感覚が常にあって、骨を傷めないように気を付ける必要があった。
この弾力。そこにまとまった量の肉があることを示している。大きな血管も走ってるし一番
最後に腕と手ね。脚と比べちゃうと骨ばってる感は否めない。でも指とかはそのまま口に含んでしまえる一口さが魅力的かも。とは言え骨ばっかりで実際はおいしくないし、食べづらいだけかもしれないわね……
一通り揉み終わり、我に返る。私、何考えてんだろ……?
いつの間にかお兄ちゃんの眠気が伝播してフワフワした状態でマッサージをしていた。
いもを食べた時は全然だったのに妙によだれが出る。まるで
マッサージは終わった。でも、もっと触っていたい。
あの確かな肉の感触を触覚だけじゃない、嗅覚で味覚で視覚で中に中に中に私の、私の中に………ゲホッゲホッ!
はぁはぁはぁ………………
呼吸が異様に荒い。咳のせいじゃない。じゃあ、じゃあ何のせい?
自分の事が怖くなってのけぞるようにお兄ちゃんから離れる。気を抜くと思考が変な方向へねじ曲がる。このままいくとお兄ちゃんに危害を加えそうな勢いだった。
「私、疲れてるのかな……」
マッサージが必要なのは私の方なのかも。今日はなんだかおかしい。やけにお腹が空くし、お兄ちゃんの血とか筋肉とかがやけに眩しく感じる……
……カラダに
……って、なにいってんの!
本当に疲れてきちゃった。私も休もうかな。
お兄ちゃんは私のことなどいざ知らずスヤスヤ眠ってる。うらやましい。
でもただでさえ夜が早いのだ、この時間に寝てしまったら夜に差し支えてしまう。仕方なしに椅子に座ってぼんやりする。
暇だからなんとなく寝てるお兄ちゃんを見る。いつの間にか仰向けになってた。
そうしてるうちにうつらうつらしてきた。
量・味ともに太ももなのは間違いないだろうけど、少し食べづらいかもしれない。大きすぎて私の口には入りきらない。あとどうしても骨にぶち当たってしまうのもちょっとなぁ……。骨と肉は切っても切り離せないのは分かってるけど、加工された肉を食べてきたせいでとことん贅沢になってしまっている。
うーん。骨がなくて、肉と血がたっぷりある部位、どっかにないかなぁ………………
それって……。
ボンッ!
わ、私はなななななななんてモノを想像してるの!
この発想は私の許容限界を超えた。受け止められなかった分は大気中にとてつもない勢いで発散され、爆発が起きた。
ヤバい。お兄ちゃんが起きちゃった。どどどどどどうしよう。今思いついたことがお兄ちゃんにバレたら露骨に警戒されるようになるのは目に見えてる。下手したら追放される。
気まずさと恥ずかしさで顔なんて見れない。かと言って目線を下に向けようものなら……。
「あ、い、い、いや……ち、違うの!そそそそそそ……そういう意味じゃなくて、あの、その……」
「違うって……何が?それに顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
近づいてきた!今はダメだ。とにかく一人にならないと。
「ひぁ……だだだ大丈夫!大丈夫だから!とにかく、誤解だから!」
説明らしい説明を一切しないまま急いで自分の部屋に逃げた。
だって自分でもよくわかってないのだ。説明のしようがない。
「あ、あれは違う。本当の私じゃない。違う違う違う……」
こうやって独り言をつぶやかないと私が私じゃなくなりそうだった。さっきの私は明らかに異常だった。
半ば無意識で行われるとりとめのない考え。その大半はくだらないものだが、だからこそ真実が含まれていたりする。
だとしたら私はとんでもないヘンタ……ちょっと待って。
よく、考えないと。私がおかしなことを考えていた時、必ずお兄ちゃんの体と
食事に関する言葉は
だから私はてっきりお兄ちゃん相手に頭がピンク色に染まっちゃったんだと思ってみっともないくらい狼狽してしまったのだけど、これが
清水寺の本堂に立って『今ここから落ちたらどうなるんだろう?』と思ったり、しんと静まった全校集会で『今ここで私がいきなり立ち上がり奇声をあげたらどうなっちゃうのかな?』と思ったりする。こういう時はだいたい暇な時だ。こうやってあり得ない状況のその後を想像して暇を糊塗するのだ。
その延長線で『ヒトはどんな味がするのだろう?』と考えることはあるかもしれない。不謹慎だとは思うけど、確かめようとしない限りそれは妄想の範疇に収まるだろう。
でもさっきのは好奇心とか純粋な疑問とか、そんなんじゃなかった。
自分を見失うくらい大きな
私の想像はあまりにも生々しく、実際にやりかねないほど強く惹かれた。
カニバリズムに親しみを持ったことは一度だってない。これはきっと何かの間違いだ。
単純に肉が食べたい気分だった時にたまたまお兄ちゃんのマッサージをしてたから願望と状況が無意識に混ざっちゃっただけ。肉を欲しているのはタンパク質と鉄分が不足しているからなのかもしれない。
栄養の面を改善すればこんなこと二度と思いつかないはずだ……
お兄ちゃんがおずおずといった様子で夕飯をどうするか聞いてきた。
お腹は空いてる。朝と昼を食べたのに、だ。
普段なら楽しみにするはずなのに今日は違う。どうしても返事が暗いものになってしまう。
ご飯ができたと呼ばれるまで私は自分のベッドで目を見開いたまま横になってた。
相変わらず咳が出る。
それに、なんだか無気力になっているというか、何事に対しても関心が持てなくなったというか……
昼に見た真っ赤な血と筋肉の感触だけが頭の中でぐわんぐわんと回り続ける。まるでそれ以外は何の価値も持たないかのように。
でも、のろのろと食事の席に着いた時私の心は少しだけ持ち上がった。
夕飯はおいしそうだった。お兄ちゃんの満足そうな顔からも料理が上手くいったことが窺える
しっかり食べて寝ればきっと何もかも元通りに……
……あれ?
「どうだ?おいしいだろ?味付けは目分量だったけど上手くいったみたいだ」
「………………」
「あ、あれ?合わなかった?」
「………ううん。おいしいよ、お兄ちゃん」
味、しない。
触感、分かる。嚥下、できる。でも味も匂いも全く感じない。
美味しくないという段階ではない。これはもはや
私の味覚が狂ってるのは明らかだ。
味覚消失…?原因は何?ストレス?
………………もしかして。
今このことを悟られるわけにはいかない。
私には粘性の高い発泡スチロールとしか感じられなくなったシンガポールライスを適当に咀嚼し、飲み込む。
異物を体内に入れている感覚がして胃がざわつく。それでも吐き気を必死に耐えて食べきる。
お兄ちゃんは私の一連の不可解な行動を食事の席を借りて聞こうとしてたけど強引に打ち切って自分の部屋に引き上げる。
さっき思いついた
「別に逃げることないだろ。責めてるわけじゃないんだから」
「そうじゃ……ゲホッ……なくて、ちょっと調子が……ゲホッゲホッ……悪かったから……」
咳のこともバレてしまった。もう何もかもなげやりだ。深く考えるまでもなく私は、私はもう……
別々に寝ることになった。当然だ。私もすっかり調子が悪くなってる。朝とは大違いだ。
それに、
自分の身に起きた変化を総合的に見ると自ずと一つの方向性が見えてくる。
ゾンビだ。私は確実にゾンビ化してる。
食欲増進。人肉への強い興味。味覚消失。
……咳は、なんだろう?免疫が弱って風邪をひいてるのかも。
とにかくメンタリティーが完全にゾンビのそれなのだ。
血の気が引く──というか実際に体温が下がってる。意識してなかったけどゾンビはみんな体温が著しく低かった。代謝がほとんどないのだろう。
私も、確実にそうなってる。
この現実自体はビックリするくらい冷静に受け止められた。まだ人としての意識はあるから実感が薄いのかもしれない。
それよりも
思考に、行動に、いつから感染の影が差していたんだろう…?今日から?昨日から?それとも……
今までの私が信じられなくなる。私がしたことの何割かは私の意思に反して行われたものなのかもしれない。
お兄ちゃんに対するあの気持ちだってそうだ。私の本心じゃなくてゾンビ化の過程の一部だったとしたら……。抱きしめられたときに感じたフワッとした高揚感、あれも嘘だったっていうの?
……もはや、どれが本当でどれがまやかしなのかさっぱりわからない。こんなにめちゃくちゃな状態で私は人間性を失っていって人を喰らう化物に姿を変えていくのか。
いやだ。
せめて気持ちの整理を付けたい。それで人間としての意識があるうちに……
死ぬ、しかないのかな。
最終的にはそうするしかない。でもまだ、まだ時間が残ってるなら……
お兄ちゃんに会いたい
これは一人で片付けられる問題じゃない。だから結局話すしかないだろう。
同居人に対する義務みたいなものも感じるけどそうじゃなくてただただ会いたい
これは感染してるからかもしれない。それでもかまわない。
ゾンビになるまえからバラバラになりそうな私を繋ぎとめてくれるのはお兄ちゃんしかいない。
どっちみち死ぬんだ。少しくらいのワガママは許されるはず。……甘えられるのも、これで最後なんだから。
「お兄ちゃん。……起きてる?」
「起きてるよ」
「………………大事な話があるの」
「大事な話?どうしたんだ?改まって」
「その、驚かないで、聞いてね。わ、私ね……………………うっ…」
打ち明ける段になって気づく。私が感染してるって気づいた時、お兄ちゃんはどう反応するだろう?受け入れて、くれるの?
私はもう化物だ。辛うじて意識を保っているけどそれさえ剥がれれば……町中で徘徊してるかれらと何も変わらない。
そんな奴が『一緒に居て欲しい』って言って頷いてくれる人が一体どれくらいいるだろう?
嫌な顔されたら……それくらいならまだいい。怯えられたりキッパリと拒絶されたら……
怖い。でも隠すことはできない。言いたくない言わなきゃいけない死にたくない死ななきゃいけない近づきたい近づいちゃいけない……
本音も建前も本心も本能もすべてがごっちゃになる。何を優先すればいいのか何が私を突き動かしてるのかもさっぱりわからない
「うわああああああああああんっ!!!」
わからない。何もかもわからない。助けて。助けてお兄ちゃん。
「ちょ……一体どうしたんだよ!?何だ?私がどうしたって言うんだよ?」
「わっ……わたじぃ……かっ……かかかか、
最期だから好きだから食べたいから。もうなんだっていい。
離れたくない。それだけは疑いようのないほんとうだった。
ぐつぐつ煮える感情を制御する術を、私は知らない。
物語はやっと佳境を迎えますが、これからはリアルの方が忙しくなるので更新頻度は下がると思います。
人間、実際美味しいんでしょうかね?食べたいと思ったことがないので想像して書くのが大変でした。