がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結) 作:島国住み
「なんかお兄ちゃんだけゾンビに襲われてない気がする」
きっかけはある朝、みんなで朝ご飯を食べている時に妹が何気なく言ったこの一言から始まった。
「胡桃先輩はよくお兄ちゃんと外に出ますよね。そう思いませんか?」
「うーん……。言われてみれば、そうかも。飛真が自衛のためにスコップを振るっている所を最近はあんま見てないかな」
「お兄ちゃん自身はどう?」
そう言われ、最近外に行った時のことを思い出してみる。みんなで固まって動いているから自分ひとりが狙われているか否かは正直意識していなかった。でも、たしかに……
「昔よりもゾンビを御しやすくなったなとは思う。腕が上がったのかなとばかり思ってたけど、狙われなくなったからということも考えられるな……」
「だけど飛真君だけが襲われにくいってあるんですかね。もしそうだとしたら、条件があるはずですよね」
「その条件が分かれば私たちにも応用できるかもしれません」
比較的冷静な悠里先輩や直樹先輩まで妹の思い付きに同調しだした。
「今日はちょうど買い出しの日でしたよね。おもしろそ……オホン。本当だった場合非常に有益です。試してみる価値はありそうですね!」
めぐねえまでが乗り気になったために、今日は買い出し前に検証がなされることになった。
「もし何かあったらすぐに助けに行くからね。無理しちゃダメだよ」
「分かってる。スコップもあるし何とかなるよ」
会場は未だにゾンビが跋扈する一階になった。みんなは階段に待機して趨勢を見守る。
僕は愛用のスコップを携え、いつものように下へ降りた。違うところは単独行動であるということだけだ。
一人だと死角が気になる。いつも背後には必ず誰かがいて、前だけに集中することができた。それがないというだけでこんなにも心細いのか。
……いた。一匹。まだ距離はある。
後ろを振り返ると各々が独自のジェスチャーで指示を伝えようと躍起になっていて面白い。
恐らく止まれのサインだろう。ただ一人、妹だけは拳を何度も突き出し『行け』と主張してる。なんとも人使いが荒い。
多数決を採用し、待ちの姿勢を取る。向こうはまだこちらに気づいていないらしく、ふらふらと彷徨っている。
しかし、まったくこちらを気にかけない。これでは埒が明かないと感じたのでスコップでコツンと音を立てる。
瞬間、奴はこちらを振り向いた。
気づいた。後ろにゾンビがいないのは確認済みだ。一対一。今まで何度も奴らを屠ってきた。正面では絶対に負けない。
覚束ない足取りで、しかし確実にやって来る。スコップを握る手に力が入る。
ついに僕のレンジに入ってきた。もう襲い掛かってきてもおかしくない距離だ。
無意識に息を殺して冷や汗を浮かべる僕を尻目にゾンビは脇にそれ、僕の横を通り、そして……そのまま階段の方へ歩いて行った。
……やはり本当だ。見えなかったはずがない。人間が放つ臭気を感じなかったはずがない。ゾンビにとって僕は獲物でもなんでもなく、路肩の石ころに過ぎないようだ。
しかしどうして。僕はもしかしてゾンビなのだろうか。いやそんなはずはない。現に思考しているし代謝も──
「アアアアァアァァアアアアーー!!」
ゾンビの雄叫びと共にみんなの悲鳴。どうやら本当に襲われないのは僕だけのようだ。
僕には全く関心を払っていないため、すぐに倒すことができた。
「助かった……。ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして。しかし、僕だけ襲われないってのはどうやら本当のようだな」
自分も驚いているが、みんなの驚きも尋常ではないようだ。
「私も半信半疑だったけど、本当にその通りだったなんて……」
確信がない状態で『行け行け』サインを出してたのか。ちょっとひどくない?
「でもあの個体が特別だっただけかもしれません。飛真君、もう一回試してもらってもいいかしら?」
めぐねえの考えももっともだ。メンタルに悪いからあまりやりたくはないが、仕方ない。
「わかりました。やってみます」
何度も試してみて分かったことが二つある。
一つ目が確かに僕は襲われないということ。
二つ目が僕以外の人間は普通に襲われるということ。
以上の事実を踏まえて善後策を模索すべく早めの昼食兼会議が開催されることとなった。
「えー、アジテーター……じゃない、ファシリテーターを務めさせて頂きます、妹の咲良です。本日は急な開催であったにも関わらず多くの方のご列席を賜りまして感激至極の極みであります……クドクド」
急に茶番が始まった。なんなんだこれは。
妹の長口上が終わると謎の拍手が上品に響き、ますます混迷の度合いが深まる。
機嫌を良くした咲良はさらに続ける。
「先ほど判明した事実を踏まえますと、新たな可能性が開けます。つまり、ゾンビが人を襲う、この不文律が破られたのです。まさにパラダイムシフト。この停滞したゾンビアポカリプス時代に希望が、光芒が差し込まれたのです。しかし、手放しでは喜べません。なぜそうなったのか。条件の究明が不可欠です。再現性の確信を得られた時、我々の名は竹帛に著されることになるでしょう。何か思い当たることがある方はいらっしゃいますか?」
「あの、少し思いついたことがあって……」
「はい、悠里先輩。どうぞ!」
「私たちと飛真君との違い……最も明確なのは性別だと思います。男なら襲われない、という仮説は単純ではありますけど、考慮の余地はあるかなと。……そこで」
「そこで?」
「あの、少し言いにくくて……ちょっとこっちに」
悠里先輩は女子たちを集めて何やらこそこそと鳩首会談は始めだした。男は僕一人だけなのでつまりハブられたということだ。
「たしかにー!いいね!やろうよやろうよ!」
「私も賛成。でもウィッグとかどこにあるの?」
「何色のが似合うかなー」
「パンツでいく? それともスカートにしちゃう??」
なんの話? 関係ない話題で盛り上がられると疎外感がすごいんですが。
しばらくワイワイやってたけど結論が出たらしく、みんなが測量をするような目で僕を見てくる。
「お兄ちゃん」
「何?」
「女装して」
「はぁ?」
「お兄ちゃんは何もしなくていいよ。鏡の前で神妙にしてればいいの。あとは私たちがうまいことやるから」
「いやいやいやいや。なんで? どうしてそうなる?」
「だからね。お兄ちゃんが男だから襲われないと仮定して」
「うん」
「ゾンビたちはどうやって性別を判定しているのかって話になったの」
「うん」
「見た目で判断してるっていうのが一番妥当でしょ? それを確かめるためには女装しかないの」
「いや他にあるだろ」
女子が男装するとか。
「ないよ。もうみんなその気になっちゃったし。嫌だと感じるのは一瞬だけ。すぐに自己変革の妙に心奪われるはずよ」
「そもそも服とかないでしょ」
「それは私たちのを……と言いたいところだけど、サイズが合わないから難しそうだね」
「ほらね」
思い付きは所詮思い付き。物質というものが実現を阻むのはこの世界じゃ当然のことだ。
「大丈夫です。もし別の生存者が急に来てしまっても対応できるように、基本的な服はXSから3XLまで各種取り揃えています!」
ユニ○ロかな? なぜアパレル大手に匹敵する店舗在庫量を目指した。こんな異常事態に対応できちゃってるじゃん。リスみたいに色々ため込んでいた悠里先輩の勝利を認めるしかない。しかし、負けを認めたことは承諾を意味しているわけではない!
「嫌だと言ったら?」
「マネキンに意思能力なんて要らないの。さ、善は急げ!」
というわけで僕はマネキンになってしまった。
みんなが自分の周りをせわしなく立ち回る。
てんやわんやと服が飛び交ったが、長袖のブラウスとシフォンスカートで決まりのようだ。
絶っっっ対に似合わない自信がある。もし失敗した場合うまく逃げられないし。この仮説が間違っていた場合、僕は死ぬことが決まった。
「よし。服は決まりってことで。じゃあ、お兄ちゃん、脱いで」
「まさかとは思うけど……ここで?」
頷く一同。
「今着てる服を脱がないと着替えができないじゃない。それにお兄ちゃん、
「咲良ちゃんの言う通りだわ。やるからにはこだわらないと。すぐに終わるからガマンしてね?」
めぐねえまでそんなことを言う。口元は申し訳なさそうにすぼめているけど目は爛々としていてちょっと……いやだいぶ怖い。
このままだと追剥をされそうだったので自分から脱ぐことで羅生門を回避した。
胸のあたりにシリコンの何かが宛がわれ下着でそれが固定される。さらに追加と言わんばかりに何かがその隙間に詰め込まれる。
ペタペタと自分の身体が触られてむずかゆい。なんか必要以上に触られてる気がするけど、それは気のせいだろう。どちらにせよ僕は目を閉じてじっと終わるのを待っていたので何もわからない。
耳元で「どう? きつくない?」なんて聞かれるものだから自分を制御するのにかなり難儀した。
だが止まない雨はないように、煩悩への挑戦もじき終わった。
終わったというので目を開けてみると鏡には女の服を着た男が立っていた。3秒とて見ていられない姿だ。なんだか泣けてくる。
ちゃんと胸は膨らんでいた。服がそのカラクリを隠すことで見てくれに不自然さはない。これが昭和新山か。
それからメイクが始まった。色々なものを塗られ、付けられ、描かれた。だんだん見た目が変化していくことに恐怖を感じる。メイク前とは全然違う。
途中、妹が自分の色付きリップを使おうとした時に一瞬場の空気が凍った以外は特に何もおこらなかった。ああいうのはまれによくあるのだ。自分には発生要因が全く分からないのでどうしようもないのだが、生きた心地がしないのでやめてほしい。
完成した姿は、確かに遠目から見れば女性に見えるだろうなと思えるものだった。でも節々に隠せない違和感はある。ゾンビは目が悪いだろうからごまかせそうではあるけど。
「初めてだし、こんなものかな。たぶんきっとなんとかなると思うから、お兄ちゃん、頑張って!」
護身用にスコップの所持は許可された。もう僕を守ってくれるのはコイツだけだ。味方がいない気がして思わずスコップに話しかけてしまいそうになる。
またいつもの一階だ。スカートの違和感を歩くたびに感じながら進む。
いたいた。ふらふら歩いてる。二匹か……まぁしょうがない。
今回は音を立てる必要はなかった。僕、いや私の姿を認めるとゾンビはこちらにやってきた。
ちょっとずつ後ずさる。顔をあんまり見られたくないから横顔でチラチラと状況を確認する。
確実に自分を狙ってきてる。やっぱりさっきは男だったから襲われなかったのだろうか?
もう結果は出ただろう。そう思って引き返そうとした時とゾンビたちが襲ってくるのが同時だった。
不意を突かれた形となって、足が絡まり尻もちをついてしまった。慣れない服を着たからだ。
「くそぉ!」
一匹なら何とでもリカバリーできる。でも二匹は厳しい。死因:女装 なんて絶対嫌だ。
生存本能に突き動かされ、思わず声を上げた途端ゾンビたちの動きが止まった。
「クソ、マギラワシインダヨ」
「オトコカヨ。シネ」
「え? 今なんて? てかしゃべったよね今!?」
ゾンビたちはUターンしてしまった。僕が男だと知った瞬間、興味のすべてを失ったようだ。
意思疎通はできないけど、悪態はつけるってどうなってんだよ。なんかゾンビが死ねって言うと含蓄あるな。
釈然としないけど、結果は結果だ。報告しよう。
「あ、ありのまま……さっき起こったことを話すぜ!」
「見てたよ。悠里先輩の言った通りだったね。転んじゃった時はヒヤヒヤしたけど、さすがお兄ちゃんだね」
「いや僕は何もしてないんだけど。それより、聞いてくれ。ゾンビがしゃべったんだよ!」
「「「?」」」
「本当なんだ。僕が男だってわかった途端、僕に興味を失ったのは見えてただろ?」
「うん」
「その時、確かに『男かよ。死ね』って言ったんだ!」
「………………」
「………………」
沈黙が数秒間。
「飛真君。ごめんなさい。本当は女装とかしたくなかったんだよね。疲れたよね。後のことは私が全部やるから。ね? 今日はゆっくり休んでね」
「買い出しは明日行けば平気です。今日行かなかったからってすぐさま物資が欠乏するわけじゃありません。それよりも、メイクを落としましょう。ご飯はできたらお部屋に持っていくからもう何も心配しなくて大丈夫よ」
みんな急に優しくなった。絶対信じてないわコレ。
休んで正気を取り戻せと言わんばかりだ。正気だし、別に疲れてもないのだが。
メイク落としと着替えが総動員体制で始まった。
……メイク落としは自分じゃできないとして、なぜ着替えまで?
疑問は疑問のまま、僕はいつもの姿に戻った。
でもこのまま休んでしまうと自分の言ったことが妄言だったということになってしまう。
それは嫌だ。
「やっぱり僕買い出し行ってきます。僕は襲われないって分かったんです。危険はないはずです。一回で持ってこれないなら何回か行けばいいだけだし、今日のうちに済ましておきましょうよ」
「今日は休んだ方が……ご要望があれば子守歌だって」
「結構です。さ、買い出しリストをください」
「私も行っていい?」
急に咲良がそう言いだした。今まで後ろの方で考え事をしていておとなしかったのに。
「一人で平気だって」
「違うの。私、お兄ちゃんに色々焚きつけて迷惑かけちゃったし。確かに今日見た限りでは襲われてなかったけど、例外があることは十分考えられるし。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく、行きたいの」
うーん……。咲良は普通に狙われるしなぁ。だけどその表情にはどこか切実なものが含まれていて断るのは気が引ける。
結局兄妹二人で買い出しに行くことになった。
『男の人っていつもそうですよね……』のコラを見てなぜか思いついたので書きました。
あの一ページしか知らないので九割九分九厘間違ってますが続きます。