がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結) 作:島国住み
道中は自転車だからほとんど襲われる危険性はない。このスピードについていけるゾンビは存在しない。
行先は郊外の方にあるドラッグストアだ。多少遠回りでも広い道を使っていけば安全。何度も通ったいつもの道だ。
どの建物にも言えることだけど、ガラスというガラスは悉く割れてしまっているので店内にもゾンビはいる。さらに悪いことに売り場は一階しかないから数が少なくなることもない。
物資を探すときはどうしても注意が散漫になるし、早く動けない。危険な役目であるためそれは僕が引き受け、咲良は僕の身辺警護をすることになった。
やっぱり僕は襲われない。というより、興味を示さない。
咲良の方はというと……
「私だけ、か……」
店内にいたゾンビに気づかれてしまい、慎重に間合いを探っている最中だ。貞子を思わせるような恐ろしい形相をしている。
こう見ると随分と様になっている。拭っても拭いきれない血と諸々の腐敗した体液が愛用のバールを鈍く光らせている。
武器と共に過ごす時間があまりにも長いせいでもうなんの違和感も持たなくなっている。
こうなってしまうと長居はできない。そのまま手ぶらで帰っても大きな支障はないはずだ。
僕だけで行くことに咲良が不安を感じるのはよくわかる。でも、これで結論は出たはずだ。
明日、僕一人で行けばいい。これ以上危険を冒す必要はない。
「咲良、今日は帰るぞ」
「うん。わかった……」
咲良はそのままゾンビの方を向いたまま後退する。どうやら後ろにいる僕と合流するつもりらしい。
僕の横に一人分の間を空けて戻ってきた。依然として目線はゾンビの方を向き、難しそうな顔をしている。
「ねえ……あのゾンビ、お兄ちゃんの方を狙ってない?」
言われて気づく。咲良はあのゾンビに対して一定の距離を取っていた。それはいつ襲い掛かってきても対応できるようにするためだ。それでもヤツは今の今まで歩調を変えていない。
そしてヤツの正面には妹ではなく、僕がいる。
「みたいだな。やはり例外はあるのか……」
スコップを構える。来るなら来い。こっちはいつだって殺れるぞ。
「もしかしたら……」
咲良が何かを言いかけた。そして、突然しゃがんだかと思うと、バールを置いた。
「お兄ちゃんも構えないで。万が一のためにスコップは持ってていいけど、こっちの手は空けておいて」
緊張した、硬い声でそう指示した。
一体何をするつもりなのか見当がつかない。今はまだ距離があるからいいが、あまりにも無防備だ。
それでも妹はバールを手放した。外に出る時に手放すことは絶対にありえなかったのに、だ。
「危ないと思ったらすぐに止めるからな」
後ろに誰もいないことを確認して、言われた通りにする。妹が閃いた『何か』に賭けよう。
ずっとスコップを握っていた手が離れ、なんだかスース―する。
「うん……。じゃあ、びっくりしないでね……エイッ!」
急に手を握ってきたかと思うと、そのままの勢いで体重を預けてきた。
全く予想できなかった行為故に振りほどくことも叶わず、お互いの手はがっちり恋人つなぎで結合される次第となった。
「おい! 一体どういう──」
「いいからそのまま、そのまま……」
すると目の前のゾンビに明らかな変化が起こった。
その落ち窪んだ眼窩は僕たち兄妹を確実に捉えている。なのに、足を止めた。
睨み合いが数刻。やがて、
「リアジュウバクハシロ!」
去っていった。捨て台詞を残して。
「ふふふ、やっぱり思った通りだったわ」
さっきとは打って変わって声色は喜びに染まっている。『ふんす』という文字が浮かび上がってきそうな完璧なドヤ顔だ。
「全然分からないんだが」
「ゾンビがしゃべったって言ってたでしょ? それで、もし、それが本当だったら何を意味しているのだろうって思って、考えてみたの。ゾンビは女にしか興味がないのかなって最初は思った。でも、あのゾンビは女の人だったでしょ?」
「……異性を襲うってこと? それなら襲われた理由はわかるけど、なんでこうしてれば襲われないのかは分からないままだよ」
「どうしてお兄ちゃんが襲われてない気がしたのか、それはどんな場面だったか。今日分かったことだけじゃなくて今までの違和感も含めて考えると……私たちは外では基本二人以上で行動するよね? 外に出ればどっちの性別のゾンビにも出くわす。もちろん男女比が違うから男のゾンビが多く集まる。そのせいでお兄ちゃんは襲われにくくなる。お兄ちゃんは狙われない分、ゾンビを倒しやすくなる。だから皆から頼られて引っ張りだこになる」
相変わらず僕たちは恋人つなぎを続けている。さりげなく外そうとしているけど、そのたびにガッチリ掴まり直されて妹がそれを許してくれない。こんなに力を込めなくてもいいじゃないか。別に逃げたりしないって
「ゾンビは私たちを食べるために襲い掛かって来る。だけど選り好みをする。ゾンビは本能の生き物だけど、人間だって五十歩百歩だよ。異性を狙ってしまうのがゾンビではなくヒトの性のせいだとしたら、ヒトの理屈が通用すると思わない?」
「考えられなくはない、けど」
まだ釈然としない。僕の察しが悪いのだろうか?
「狙ったヒトを諦めるのは……もう相手がいた時だよね。相手がもういることを示そうとするのは見栄というよりも、きっと本能に近い行為なんだよ。現にこうやってシンボルは……理性が消えたゾンビたちに有効に働いてる」
「えっ、つまりそれってさ……僕たちが恋人同士に見えるからゾンビから襲われてないってこと?」
「そうなるね」
「いや、どう見たって兄妹……」
「ところが周りはそう思ってないらしいよ?」
それは手のつなぎ方に問題があるからだろう。
妹はこの状況を楽しんでいるようだ。襲われないというのは確かに嬉しい。本来なら警戒を解くことができない外でこうやって話をしていられるのは新鮮だ。
「どうせ言葉は分かってないだろうし、見た目だけで判断した結果なんだよ」
「……襲われないなら、理屈はなんでもいいか」
自分たち以外に人間は誰もいないと分かっていても、この格好は恥ずかしい。
「安全になったことだし、買い出しを再開しようよ。ね、
「その言い方は──」
「なになに? じゃあ、何て呼べばいいの?」
この状況で『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、なんか、違う気がする。
だからといってそれを上手く言葉にできるわけでもなく、依然として脳は混乱したままだ。
「何でもない。ほら、さっさと終わらせるぞ」
「はーい」
やはりと言うべきか、店内を移動しても襲われることが一切なくなった。
僕たちの存在を認めると一応寄ってくるけど、やがて怨嗟とも羨望ともつかぬ視線を残して去っていく。
だから作業は順調……ともいかなかった。
くっついて歩いてるから歩くのが予想以上に遅い。時間が掛かっても確実だからこっちのほうが断然いいんだけど……
恋人つなぎは解除されたから手は自由になった。だが、その代わりと言わんばかりに腕を組んでくる。急ごうとする僕の腕を引っ張って中々前に進めさせてくれない。
「なぁ、そんなにくっつかなくてもいいじゃないか。歩きづらいよ」
「ダメだよ。こうしないと、襲われちゃう」
「だけど、」
歩きづらいというのは確かに理由の一つなんだけど、それよりももっと重大な問題がある。
腕を組むということは、その、つまり……当たるのだ。
意識しないようにするとなぜか余計に意識してしまう。
横にいるのは妹だと何度も何度も諭したところで、感覚はただそのままを脳に伝える。
こんな当然の前提を確認しないといけない所まできていることを悟られてはいけない。もしバレたら、この世界最悪の変態としてバールフルスイングの刑に処されてしまう。
生存と名誉、僕を僕たらしめるすべてがかかっているのだ。そのせいもあってか、僕の声は深刻さを帯びていた。
「嫌なの……?」
「まさか。僕は全然構わないんだけど……」
探るような、首を縦に振ろうものならそのまま消えてしまいそうな声にハッとさせられ、何かを考える間もなくそう答えていた
「じゃあ別にいいじゃない」
ちょっとした演技をかまされたと気付いた時にはもう遅かった。
さっきまでの弱々しさは何処へやら、不敵な笑みをこちらを向けている。もちろん腕は組まれたまま、だ。
僕のことをチョロいと思ってる顔だ。完全にしてやられてしまい、兄としての威厳はストップ安だ。
もう降参だ。妹のペースに合わせよう……
蚊取り線香の如く効くこの
でも、必要なものは大体揃った頃咲良が急に立ち止まった。
「ん? お兄ちゃん、あれ……」
「まっすぐこっちに来てるな。効いてない、のか……?」
ゾンビは随分前からやってこない。というよりもう姿すらまばらだ。
だというのに一匹向かってくるやつがいる。生前は金髪であったのであろう髪は血やら何やらが混ざって午前三時の繁華街の裏路地のような色をしている。
「私にはお兄ちゃんがいるんですけど。……ちょっと殺ってくるね」
いつのまにかバールを持っている。昔よりも遥かに好戦的になっている気がしてお兄ちゃんは怖いです。
妹に任せちゃおうと思った矢先、名案が閃く。
要は親密さを演出すればいいわけだろ。だったら──
「まぁ待て。いいことを思いついた。そんな物騒な物はしまって、それよりこっち向いてよ」
「お兄ちゃんが殺るの? まぁ私はどっちでもいいけど──」
特に何の疑問もなく、妹はこちらを向いた。
思い付きの瞬間の、あの全能感がまだ残っているうちに僕は妹に抱きついた。
普段の自分なら絶対に考えられないことを無理やり実行に移したせいか、勢いが付きすぎてかなりワイルドなハグになってしまった。
「へ!? えっ!?!?」
「いいからそのまま、そのまま……」
戸惑う妹にさっき言われた言葉をそのまま囁く。
もうこうなってしまった以上貫徹するしかない。すでに腰に回っていた手に力を入れてお互いが密着するようにする。
当然僕だって平然とはしていられない。予想以上に僕たちの心臓は早く動き、漏れ出た体温は身体に浸透して熱を中へ中へと集め、鼻孔が捉えた匂いはちらちらと理性を焼いていく。
だから目の前にいるゾンビの動向に全神経を集中させる。ほぼ睨んでいるに等しい険しさでヤツを見る。
「お、おにいちゃ★※◇♪□~??」
妹が鳴き声みたいな変なことを言っているが全然聞き取れないし、抵抗も全くせず僕のされるがままになっているので、少なくとも許容範囲を超える行動ではないのだろうと判断した。どうせもうちょっとの辛抱だ。我慢してもらおう。
肝心のゾンビはというと……
「スエナガクシアワセニナ!!!」
見た目からは想像できないセリフを吐いた後、トボトボと帰っていった。きっと人間だった頃は良い奴だったのだろう。
時間にしては15秒もなかったと思う。すごく長く感じた。
危機は去ったからもう抱きついている必要はない。解除だ解除!
「ふー。ほら咲良、奴はもう行ったぞ」
「…………」
「咲良?」
「えっ? あ、うん。そうみたい、だね……」
なんだか様子が変だ。耳まで赤いし、ポカンとしている。
「怒ってる?」
「ううん。怒ってない、よ……」
やっぱりおかしい。まるで夢の中にでもいるようだ。いくら周りに危険がないからって、ここは外なのだからそのままにはしておけない。
「ほら、手。ぼーっとしてたらまたいつゾンビがやって来るか分からないぞ?」
「手? ああ、うん……」
さっきはさも当然の権利かのように手を掴んでいたのに、やけにおずおずとしているもんだから調子が狂ってしまう。
やりすぎちゃったかな……
でも、あとちょっとで悠里先輩から渡された『買い出しリスト』はすべて揃う。
なんだか気まずい。早く終わらせてしまおう。
「………………」
「………………」
おかしい。さっきから妹がずっと黙ったままだ。しかも僕の少し後ろからちょこちょこ付いてくる感じだから表情もよくわからない。それでいて気になって後ろを向いたら必ず目が合う。そして目線を逸らすのはいつも決まって妹の方だ。
分かっているのは繋いだ手が汗ばんでいるってことだけ。ずっとそうやっているのだから当然ではあるのだけど。
……なんか、デートコースを回り終えての帰り道で、
いやいやいやいや。何を考えてるんだ僕は。慌てて考えを打ち消す。
全ッ然そんな風には見えない。うん。
そうだ。さっきまでは妹も僕も有効な対ゾンビ策を見つけてハイになってたんだ。それで腕を組んでみたりなんだりしちゃったけど、今頃冷静になって恥ずかしがってるんだ。そうに違いない。僕だって抱き着いてしまったことは反省してる。うんうんうん。
「…………?」
一人で勝手に頷く。
突然そんな奇行に走っているのだから、不思議がられているのが手を通して伝わってくる。
「……そ、そうそうこの石鹸。確かこれで必要な物は全部そろったはずだ」
誤魔化す。実際これで買い出しリストはコンプリートだ。元々すぐに終わる量だ。これだけ伸びたのは皮肉にもゾンビを回避できるようになったからと言える。
「時間かかっちゃったな。みんなも心配してるはずだし、早く帰ろう!」
わざと明るく、大きな声を出す。そうしないと、僕たちはずっと手を繋いだまま何処かへ行ってしまいそうな気がしたから。
自転車に乗って、学校に帰る頃には僕たちはちゃんと
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
僕を呼ぶ声は妙に力がこもっていて、少し緊張する。
「今日のこと、みんなに教える?」
「大発見だからな。でも──」
まっすぐ僕を見る妹の目には言ってほしいことが書いてあった。
そうだ、伝えるには結果だけじゃなくて経緯まで話さないといけない。ディテールはぼかせるとしても、人に言うには少々都合が悪い。
「──秘密にしよっか」
「……うん」
気持ちが伝わったと感じたのか、こちらに体重を預けてきた。
あの時に感じた妹の身体の柔らかさが蘇る。
「帰ろうと思えばいつでも帰れるんだから、もうちょっとのんびりしていようよ」
「そうだね」
出発前に少し休むだけ。ただそれだけのこと。
言い訳を空に吐きながらも、僕たちは自然とお互いの手を探し合っていた。
流行りに乗るのって時間との勝負なんだなっておもいました(こなみ)