がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結)   作:島国住み

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感想が嬉しかったので続きました。


救出作戦 行き

 

というわけで、まずはめぐねえの車の場所まで行きましょう。

 

このままズンズン進みます。止まるんじゃねえぞ……

ですが、勢いだけで救助に向かってるので、情報が足りてません。

具体的には要救助者の容態ですね。

飛真君はチャリに相棒のスコップ、各種アイテムの入ったポーチという軽騎兵スタイルです。対するみんなは車移動。(協調性)ないです。

みんなが車に乗り込んでしまってからじゃ話せない。ですが外で会話は慎むべきです。特に見通しの悪い路地では音を立てたくない。

 

しかーし! ワタクシ、このがっこうぐらし世界で数回も全員生存エンドを経験してますからね。

このSOSイベントのことも当然知ってます。

情報共有など、フヨウラ!

圭ちゃんの容態は救出が遅いほど深刻になります。みーくんとの仲違いから時間が経ってしまっているのであまり楽観視できません。

まず、足を怪我しているはずです。自力で安全な場所に行く能力は残念ながらありません。

今回はちゃんと車があるので、そこはケアできます。

圭ちゃんが精神面にタフであることは安心できる点です。

安全な場所を飛び出すくらいですからね。一人孤独に助けを待つというのは正気度をかなり削られます。限られた食糧、来るかわからない助け。そんな状況でも希望を捨てずにSOSを発信し続けられる所からも精神の強さが感じられます。飛真君の後ろをぴょこぴょこついてきているりーさんとは大違いですね。

 

心配なのは健康状態です。軽装で立てこもっているのでロクに食事が取れていないことがほとんどです。栄養失調状態であることも十分考えられます。

救出方法として、飛真君が現場に単騎突撃、圭ちゃんを荷台に乗せて急速離脱というのが一番確実で楽です。

ですが、これには圭ちゃん自身にある程度の力が残っていることが前提になってます。

容態が分からないんじゃ救出作戦が立てられないじゃんアゼルバイジャン。

でもご安心を。だいたいの健康状態はラジオの文言で推し量れます。

 

………………結局聞かなきゃダメじゃね?

 

イキってごめんなさい。そういうお年頃なんです。

今は移動に専念して、車に乗り込むタイミングで聞きましょう。

 

みなさん路地の危険性は十分認識しているようで、目配せや指さしでコミュニケーションを取ってますし、何も言わなくても周囲を警戒しています。

この辺は今まで生き残っているだけに、しっかりしてますね。

ただちょっと気になるのは、学園生活部のステータスがその割には控えめなことです。単純にレベルがあんまり高くないです。

あと正気度が低空飛行。友人の安否が不安なみーくんは分かるんですけど、なんで他二人も軒並み低いんですかね……

あめのひをくぐり抜けているはずなのに不思議ですねぇ。

ままええわ。そこは飛真君が補えばええ。

 

めぐねえが指さした先にミニクーパーがありますね。

どうせエンジン掛けたら音がするんですから話をしても誤差ですよ誤差。

 

「行く前に気になってることがあるんですけど」

 

「なんですか?」

 

「その友達の容態はわかりますか? それによって救出方法も変えないといけないんで……」

 

「足を怪我しているとラジオで言ってました。あと、食料はあるけど水が底をつきそうだとも。声の調子からまだ元気は残っているように感じました」

 

足の怪我は織り込み済みなので問題なし。健康状態もまだ大丈夫そうです。

これは運がいい方だと思います。

 

「なら……僕が駅長室に入って助け次第すぐに車に向かいます。みんなは防犯ブザーを周囲に散らしてゾンビたちの注意を外に逸らすようにお願いします」

 

頷く一同。

 

「道中は僕が先を進みます。ゾンビたちは極力無視しますけど、どうしても邪魔なものは倒します。止まりたくないので僕が明らかにピンチの時以外は車から降りずに進んでください」

 

「その、それだと飛真君の負担が重すぎる気がします。みんなで車に乗って移動するのはどうでしょうか……?」

 

「私もそう思います。今日はちゃんと武器を持ってきたので少しは戦えます!」

 

めぐねえとりーさんが飛真君を慮ってくれていますが、却下です。

確かにみんな武器を持っています。めぐねえとみーくんは金属バット。りーさんはナタ。

 

「その武器は、どれくらい使い慣れてますか?」

 

「あめの日に、3階のバリケードまで破壊されて……その時、これで戦いました。使ったのは、それくらいです」

 

そこなんですよね。

まったくの初めてではないにせよ、バリケードがある中での防衛的な武器使用のみしか経験がないのは不安の方が大きいです。

妹の時もそうでしたけど、安定的に武器を使うには訓練が必要です。覚悟をキメる意味でもね。

 

「武器が手になじんでいない状態で戦いを挑むのは危険すぎます。今行く場所にはバリケードも、逃げる安全な場所もありません。車に関しても、できるだけ早く助けに向かうためには露払いをする存在が必要になると思います」

 

「でも、」

 

「それに、自転車を置いていってしまったら家に帰る足を失ってしまいますから」

 

「……そ、そうですよね」

 

「ごめんなさい。深く考えず、こんなこと言っちゃって……」

 

なんか怒られた後みたいにしゅんとしてます。

正論で殴るのは、やめようね! さもないと空気がご覧の通りになります(n敗)

でもみんなの命が関わることだし、生きて帰ってこないと称号取れないからさ……

 

えっとぉ……とりあえず方針は決まったんで、駅に行きます。

外で話し合うのは危ないですから。

キツい印象を与えてしまったとしても、学校で暮らすわけじゃないですし、まぁ大丈夫でしょ(大汗)

啖呵切っちゃった以上、ちゃんと先導の役割は果たします。背中で語るのだ!

チャリは無音移動できますが、車は音を出すのでゾンビたちは目ざとく我々を見つけます。

しかも大きな通りを選んでも事故車が放置されているんで死角が多いです。スイスイとはいかないですね。

もうすぐ昼休みに当たる時間になります。そうなると駅前はゾンビでごった返します。

その前にさっさと救出したいです。

 

やっと目的地周辺です。

さすがに駅はゾンビが多いですね。露払いしている間にレベルアップしちゃいました。

ここは持久力に振ります。めっちゃ動くからスタミナ大事。

 

普段ならタクシーが止まってるような位置に車を止めてもらいまして……作戦開始です!

みんなが方々に防犯ブザーを投げ込みました。

これによってここ一帯はつんざくような電子音に包まれる事になります。

 

これが鳴りやむまでの間に圭ちゃんを車に連れ込みます(犯行予告)

音は注目を集めます。個体によってはうるさすぎてその場でうずくまります。今は防犯ブザーに引き寄せられますが、音が消えたら最後。関心の対象は一気に近くにいる我々に移ります。

時間が惜しいので「突進」を多用して道中の邪魔は無理やり取り除きます。パワー!

 

駅長室の手前まで来ました。既に爆音が鳴り響いてますからね。当然圭ちゃんは気づいているでしょう。

小さいですが窓があるのでそこから確認しましょう。

あ! いました! 目線が完全に合いました。

マイクに向かって何かを話してますね。きっと昼の放送をしている最中だったのでしょう。

どうせ扉には鍵がかかってますから、向こうから開くのを待ちましょう。

自転車に跨ってすぐに走り出せるようにします。

 

ガチャ!

 

「あ、あの、」

 

「放送を聞いた。時間がないんだ、乗って!」

 

「はいっ」

 

すぐに状況を察してくれました。反応はしっかりしてますし、顔色もそう悪くない。当初のプラン通りで大丈夫そうです。

 

「しっかり、掴まって!」

 

もう「突進」なんて粗い運転はできません。代わりに「爆速」を使って光の速さで車へ戻ります。

二人分の重さがあるのでスタミナの消費がマッハです。しかし狭い構内でのんびりするわけにはいきません。

 

「美紀!」

 

「圭!」

 

まだ防犯ブザーは鳴ってます。間に合ったぁ……

めぐねえが車のそばに陣取っているのでまずはそこに行きます。正直周りを見る余裕はない。

ただ音によるかく乱も完全ではないです。めぐねえの金属バットが血で汚れてます。近くには倒れているゾンビが。一勝負あったのでしょう。

集まってきた一部は目視で我々を見つけてこちらに来ています。素早く逃げましょう。

圭ちゃんは助手席に乗せます。他の人が戻ってこれるように後ろのドアを開け────

 

「いっ、嫌っ!!」

 

!?

りーさんだ!

ヤバい。そっちにもゾンビが来てたか。頭にナタが刺さってますけど、動いてます。

刺さりが甘かったのか。筋力値が足りないとこうなることがあります。

そしてりーさんはへたり込んでしまってる。さっきので正気度イッたのかもしれん。

 

向かうッ!

とにかくスピード重視です! スタミナは片道切符分しかない……背に腹は代えられない! 「爆速」!!

 

ドンッ!!

 

立ちはだかっているゾンビをぶっ飛ばしました。

 

「若狭先輩!」

 

「あ、頭、ちゃんと、狙った、のに……」

 

顔だけこっちに向けてますけど、ブルブルするだけで起き上がる気配がありません。

小刻みな呼吸、合ったり合わなかったりする焦点、真っ青な顔……

おめでとうございます! 元気な一時的狂気ですよ!(ヤケクソ)

 

こいつは極度の恐怖症ですね。それゆえ動けない状態です。

回復を待ってる余裕はない。飛真君のスタミナはない。掴む力もないから圭ちゃん方式の救出はできない。

 

あ、防犯ブザー止まった。そうなると向こうも危険です。帰らなければ。しかしスタミナがない!

……チャリは放棄します! スコップも! 

まずはチャリとスコップを放り投げて少しでもゾンビたちの注意をそらします。

時間を稼いだら、開いた両手を使ってりーさんを運びます! 

 

ガシャン!!

 

ここで出来たわずかな時間でスタミナの自然回復を狙います。

最低限回復したら、意を決してりーさんを抱え上げます!

あとは全力で車を目指すのみ。スタミナとの真剣勝負です。

なんかスタミナの減りが妹を運んだ時より早いですねぇ(失礼)

こんなことになるんだったら、もっと「筋力」上げときゃ良かった。

 

「急いでっ!」

 

めぐねえはもう運転席でスタンバってます。みーくんもドアを開けた状態で座って待ってます。

もう押し込むと言っていい感じの乱暴さで未だに絶賛発狂中のりーさんを車の中に入れます。

そして飛真君も滑り込む!

 

「いきますよっ!」

 

そして急発進。

……なんとか、難を逃れました。

飛真君のスタミナはスッカラカンで赤く点滅しています。ゼエゼエ言ってて見た目にも辛そうです。

圭ちゃんとみーくんが不安そうに飛真君を見てます。りーさんは回復待ちですね。しばらくすれば、脳内が現状に追い付くでしょう。

 

「あの、助けて頂いてありがとうございます。私、祠堂圭っていいます。学年は……」

 

飛真君の呼吸が落ち着くのを待って圭ちゃんが自己紹介を始めました。

まだ外なのでごく簡単なものですけどね。飛真君もこの流れに乗りましょう。

 

「学校は無事なんですね。安心しました」

 

「私たちとは別に二人、学校にいるわ。水は浄水施設があるし、電気は発電機と太陽光発電があるから今のところ賄えてます」

 

「私の学校って、そんなに設備整ってたんだ……」

 

「食料もまだ余裕があるはず。そうよね、若狭さん?」

 

「……ええ、まだ蓄えはあるわ」

 

なんかりーさん暗いっすねぇ……

一時的狂気から立ち直ったとはいえ、まだまだ正気度は低いです。

 

とはいえ車内でこれ以上おしゃべりに興じるわけにはいかないです。ここ外ですから。

めぐねえは運転に集中してないといけないですし、両側に座ってるみーくんと飛真君も目として周囲を警戒してないといけません。

 

「圭、休んでいていいよ。私がこっち側を見てるから安心して」

 

「ありがとう、美紀」

 

静かになる流れになったので、今聞こえるのはエンジン音くらいです。

それは全然いいんですけど、雰囲気が重いです。なんでぇ?

ここから学校まではまだあります。はやくおうちにかえりたいな……

 

「……ぐすっ」

 

へ? 泣いてる? だ、誰?

 

「ごめんなさい。私の、私のせいで……」

 

りーさんが泣いてます。そしてこっちを向いてます。

 

「えっと、どうしたんですか? 謝ることなんて何も……」

 

「私、何もできなかった。そればかりか、足を引っ張って。飛真君がいなかったら、私、死んでた。こんなことばっかり。勇み足で行って、みんなに迷惑をかけて、自分は、ずっとお荷物で……うっ……」

 

本格的に泣いちゃった……

なんだろう、救出された圭ちゃんより深刻そうなのやめてもらっていいですか?

一時的狂気によって引き起こされたヘマを悔いてさらに正気度が減る。

正気度が低いとこういう負のスパイラルが起こりやすくなります。今回は「役割の不在」も併発してるのでタチが悪いです。

でもまぁ……勝手に狂うくらいなら、こうやって表に出た方が百倍マシです。まだ取り返しがつきますからね。

しかしこんな狭い車内でめそめそしないでほしかった。みんないますし。そんでもって慰め役は飛真君ですからね。小生やだ!

ゆきちゃんがいれば上手く取り持ってくれたんでしょうけど……

 

「そんなことないですよ、若狭さんのおかげでみんな無事にここにいるんですし。疲れているから悲観的になっちゃうんですよ。若狭さんは休んでてください」

 

「…………」

 

お。やったか!?

 

「飛真君の方が絶対疲れてるのにっ、私だけ休むなんてできないっ!」

 

「「「 」」」

 

あああお客様! お客様! ここは車内です。他のお客様のご迷惑になりますので、感情の爆発はおやめください!

みんな絶句してます。私もめっちゃポーズしたいです。

ここでヒステりーさん来ちゃったかぁ……

えーーー、衆人環視の中、りーさんを宥めるという緊急ミッションがぶち上がってしまいましたぁ。

 

……おうちかえりたい(切なる想い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「直樹さん、ここです」

 

「ここが、飛真君の家……」

 

私にとっては二回目の場所だ。昨日来たばかりなので記憶に新しい。

だからこそ前回との違いが目に付く。何かを入れるための大きな容器が隅に置かれている。

あれは、貯水タンクかな? 置かれているだけで、雨どいとは繋がっていない。

 

ここで暮らし続けるつもりだ。

 

わざわざこんなものを運んだという事実がそれを指し示している。

疑念が確信に変わって、悲しさと怒りがせり上がってくる。

 

嘘つき 嘘つき 嘘つき

 

梯子を登るには力が必要だ。ギシギシと梯子が揺れる中、私は力を込めるためにも心の中で飛真君を詰った。

 

ベランダに着くと、昨日あったたくさんの容器がなくなっていた。

そして二人分の靴が置いてある。

 

「今日はいるみたいですね。よかった」

 

先に登っていためぐねえがちょっと緊張した面持ちで言う。

そうなると飛真君だけではなく、妹にも会うことになる。

あの写真を破り捨てた妹だ。私も気が重い。

今日は時間がない。何としても飛真君()()()()来てもらわないといけない。言い争いはしたくない。

 

美紀さんが最後に登ってきて、私たちはついに窓をノックする。

 

「こんにちはー、学園生活部でーす」

 

めぐねえが呼びかけてみても反応はない。

中を覗こうにもレースのカーテンがそれを邪魔する。

 

「どうしましょう……」

 

「時間がないですし、開けてみます」

 

もうこの世界には泥棒なんて存在しない。

だから案の定鍵は開いていた。

 

ガラガラガラ……

 

めぐねえと一緒に、カーテンを手でどかして、頭だけ伸ばして部屋を覗く。

昨日より明らかに物が増えている。

そのことにモヤモヤしながら横を見るとベッドに膨らみがあった。

きっと飛真君がそこで寝ているのだろう。

まだ朝に分類される時間だけど、とっくに起きていていい時間だ。

こっち(学校)に来たら、この生活習慣は改めてもらわないとね。

 

「飛真君ー、起きてくださーい」

 

苦笑交じりにめぐねえがそう言うと、その膨らみはもぞもぞと動いた。

緩慢な動作で起き上がると、

 

「おにいちゃん……?」

 

無防備な声と、見知らぬ女がそこにいた。

髪はショートにしている。でも、美容師が下手だったのか不揃いに見える。

口元が飛真君にとても似ている。小さな鼻とぱっちりとした目はいかにも女の子といった感じだ。

高校生の私たちと比べて、若いというよりも幼いと言うのが正しいのかもしれない。飛真君の妹で間違いないだろう。

 

「あっ………………はじめまして」

 

めぐねえが辛うじて挨拶のセリフを口にしてくれたおかげで、私は妹が飛真君のベッドに居るという、最悪に近い状況を直視することができた。

残念なことに、昨日感じた恐ろしい予感はある程度当たっていたようだ。

 

なんでそこにいるの? あなたのベッドはあっちでしょ?

 

座りなおしたものの、ベッドから出ようとする気配はない。そこから離れたくないと言っているみたいだ。

意識的に口を噤む。ここで口論になってしまったら飛真君に迷惑がかかってしまう。

 

一応初対面なのでお互いに自己紹介をした。やっぱり妹だ。青木咲良と名乗った。

だいぶよそよそしくなってしまったのは仕方のないことだ。

見られてほしくない所を見られて恥ずかしいのだろう、顔が赤くなっている。その恥ずかしさを紛らわそうとしているのか、布団をくるくるといじっている。我が物顔で弄ぶそれは飛真君のもので、あなたのじゃない。

 

「おに……兄がいた方がいいですよね。今呼んで───」

 

きっと今日の訪問は寝耳に水だったはずだ。ここで咲良さんに飛真君と先に会う口実を与えてしまうと、口裏を合わせる時間ができてしまう。

それはダメだ。飛真君は学校に行きたいはずだ。言い含むチャンスを奪えばきっとこっちに来てくれる!

 

「飛真君ー! いますかー?」

 

これで大丈夫。

それにしても咲良さんは随分とふてぶてしい。事情は飛真君から聞いているのに『それで、どうしてここに?』なんて宣う。

めぐねえがわざわざ昨日のことを謝ってるのに、気のない返事だ。

まるで私たちを敵か何かだと思っているかのような態度だ。

 

そうこうしているうちに飛真君が上がってきた。

まず真っ先に気が付いたのは顔にアザがあることだ。そして薄っすらとクマができている。

様子を尋ねたい衝動に駆られるけど、今は我慢だ。学校に戻ってから聞けばいい。

 

めぐねえはさっきとは打って変わって明るくなった。直樹さんも目的の人が来て安心したみたいだ。

飛真君は突然の訪問にちょっと驚いているみたい。困惑しているようにも見えるのは気のせい、だよね?

 

「手紙の通り迎えに来たんですけど……ちょっと()()()()()()()()があって」

 

助けてほしいこと。この言葉を聞いたとたん、飛真君は積極的になった。

 

ラジオで誰かの救援メッセージが流れた時は本当にびっくりした。その人がどうやら直樹さんの友達らしいことが決定打になって、助けに行くことが決まった。

 

飛真君はびっくりすることも、逡巡することもなく、情報だけを矢継ぎ早に聞き出してあっという間に出発する体勢を整えてしまった。

私はその前のめりさに圧倒されて、何もできず、ただポカンと考え事をしていた。

 

……もし、ラジオの主が知らない人だったら私たちは助けに行かなかったかもしれない。

駅は危険な場所だ。そして、私たち自身も万全ではない。学校の修繕がまだまだ残っているし、そもそも部員が、揃っていない。

あの雨の日に彼がいてくれたら、もっと被害が少なかった。迎えに行く必要もなかった。救出の方針で意見が分かれてぎくしゃくすることも、なかった。

 

……やめよう。過ぎたことを責めてもどうしようもない。

 

今目の前にいる彼は、私たちにそうしてくれたように、()()()()()()()誰かを助けようとしている、ように見える。ひたむきな彼を見れば、小言など吹き飛ばされてしまう。

だけど一刻も早く、一刻も早くと急ぐその姿勢は、どこか暴力的だ。

 

「準備できました。行きましょう!」

 

助けに行くこと()()が決まって、事態は今まさに動き出そうとしていた。

飛真君は私たちの返事を待たずにズンズン梯子に向かっていった。

 

ちょっと待って

 

そんな言葉すら口から出る前に、

 

「あ、咲良。下に煮っころがしあるから仕上げよろしく。竹串刺して難なく通るようになったら頃合いだから」

 

「家を頼むよ。()()()()()()

 

降りていってしまった。

 

彼が残した言葉が、私の中で劇的な効果を及ぼすまで少し時間がかかった。

 

信じられなかった。

ありえない。

どうして?

 

しかしもう明らかだ。彼は、学校で暮らさずにすむ口実に飛びついた。露骨なくらい、必死に。

 

「……兄は、突っ走る性格なんです。しばらくの間ですけど、兄をよろしくお願いします」

 

混乱する脳内に、追い打ちがかかる。

咲良さんの口の端に残った笑みに怒りを覚えることも、まだできなかった。

何が彼をそうさせたのか、まだ整理できていない。目の前の女なのか、私なのか、それ以外の理由なのか。それとも、彼自身の気持ち……

 

「……若狭さん、私たちも行きましょう。急がないと」

 

めぐねえの声にハッとする。すでに直樹さんは降りていた。

でも、私はまだ動けなかった。どうしても聞きたいことがある。

 

「どうして、飛真君のベッドで寝ていたの?」

 

「日が当たって寝心地がいいからですよ。そうだ、あのメモは若狭さんが書いたんですか?」

 

機嫌の良さを隠そうともしない能天気な返事。そんなのは嘘に決まってる。本音が返ってくるなんて思った私の方が悪かった。

 

「そうよ。あんなの、不健全だわ」

 

「ご忠告痛み入ります。でも、若狭さんは私たちの関係を誤解してますよ。私とお兄ちゃんは、ただ仲良く暮らしているだけです」

 

よくもいけしゃあしゃあと。虫唾が走る。

 

「仲良くと執着は違────」

 

「李下に冠を正さず、ですよね。これからは気を付けます。でも、勝手に詮索して妄想を募らせるのも、いけないことだと思いますよ?」

 

「……もう、いいわ」

 

これ以上話しても無駄だ。彼女は、自分がやってることが異常だと気付いているのだろうか?

ペラペラと回る口に、塗りつぶしたように真っ黒な目。大きくぱっちりしている目だからこそ、そこにある狂気をはっきり映し出している。

私は怖くなった。飛真君はこんな女と一つ屋根の下で暮らすことを強いられているのか。

 

飛真君はやっぱり、学校にいるべきだ。私が、私が、ここから救い出してあげるんだ……!

 

気持ちを新たに、梯子を降りる。

 

「お兄ちゃん! いってらっしゃい!」

 

行動を始めた私たちの後ろから場違いな声が響く。ゾンビたちは音に反応する。こんなことをするのはご法度だ。

きっと私への当てこすりだろう。でも、これは飛真君の身にも危険が及ぶ行為だ。大切な家族の安全より、自身の感情を満足させる方を優先する。

これが、あの女の本質なのだろう。

 

色々考えたいことはあったけど、車までの細い路地は見通しが悪くて、とても考え事をしている余裕はない。

車に戻ってきてからも飛真君は考える時間を与えてくれない。救出者の容態を聞いたらまた一方的に作戦を決めた。それは飛真君のワンマンといっていいくらいの内容で、私たちを全然信用していないように感じて、少し悲しかった。それに、彼が担う役割が重すぎる。

めぐねえと一緒に反対してみたけど、色々な理由をつけて一蹴されてしまった。

 

駅に近づくにつれてゾンビは増えてきている。だけど、飛真君が前で頑張ってくれているので、私たちは一度も車から出ることなく目的地まで着けた。

自転車を自由に操り、行く手を阻む存在を処理していく彼は、この世界を何年も生きているかのように手馴れて見えた。

彼がいれば、きっと私たちはどんな困難にでも立ち向かえるだろうな。

 

……あの時、飛真君は()()()()()と言っていた。しかしその実、取った行動はその言葉とは裏腹のものばかりだ。

本心は何? 私たちのことが疎ましいなら、どうして今こうやって協力しているの? 

窓の外を睨んでも、答えは返ってこない。

 

私たちは車から降りて、武器と防犯ブザーを取る。ここは開けた場所で、どちらを向いてもゾンビがいる。

正直怖い。だけど、飛真君が救出に専念できるように私も頑張らないと!

 

彼が頷いたのを見て防犯ブザーを放る。爆音がここを支配すると同時に彼はものすごい勢いで構内に入っていった。

近くにいたゾンビはこの音に耐えられず動きを止め、遠くにいる者は吸い寄せられるようにこちらにやって来る。

時間が命だ。私は彼のことが気になってしまい、逸る思いで駅を見遣っていた。

 

一秒が何分にも思えた。そんな中でも飛真君が来たのを早いと思ったから、一分も経っていなかったのかもしれない。

人を乗せているというのに、行き以上に速い。こちらには目もくれず、車めがけて全力で漕いでいる。

 

その雄姿に私はちょっと見とれていた。だから迫ってきていたゾンビに気付くのが遅れてしまった。

振り向いた時にはもうゾンビが目の前にいた。

逃げるか、戦うか。逡巡する暇なんてない。私は短く息を詰めて、頭めがけて持っていたナタを振り下ろす。

 

グサッ!

 

私は、勝手に、スイカ割りみたいに身体が真っ二つになるんだと思っていた。だって思いっきり振りぬいたんだもん。そうなる、はずだった。

 

アアアアア……!!

 

でも、実際は、頭蓋骨に阻まれ、アイスにスプーンが添えられているように、ゾンビの頭にナタをトッピングしただけだった。

 

「いっ、嫌っ!!」

 

く、喰われる……

逃げないと逃げないと逃げないと

気持ちはもう車へ走り出しているのに、何故か手に地面の感覚が。

あまりにも、あまりにも甘い見通し。つい数秒前まで抱いていた子供みたいな見通しがガラガラと壊れて、私は、私は、尻もちをついた。

 

ゾンビはへたり込んでしまった私に食らいつこうと試みている。口は高い位置にあるから、今の私は食べづらいんだな、と頭は勝手に考える。

急いで後ずさって走れば逃げられるかもしれない。少なくとも、必死にそれをしないと。

でも、動けなかった。力が、完全に抜けていた。

 

助けて助けて助けて

 

その代わり、私を救ってくれる誰かを、願った。

 

ドンッ!!

 

大きな音と共に目の前のゾンビが消えた。

その変化を処理できずにいたら、

 

「若狭先輩!」

 

彼が、現れた。

 

「あ、頭、ちゃんと、狙った、のに……」

 

飛真君が来て、私が最初にしたことは、言い訳だった。

間抜けな、役立たずの、弱々しい私を少しでも隠したかった。もう遅いのに。

そんな私には目もくれず、彼は辺りを見回した。胸を押さえ、苦しそうだ。

 

助かった。安堵感がゆっくりと大きくなる。

そんな折、音が消えた。

 

音のない世界に来たみたいだった。私たちを守っていた電子音はもうどこにもない。

ややあって、私の耳は今まで聞こえなかった飛真君の荒い呼吸を捉えた。

私を助けるために、彼はどれだけ必死だったかを、やっと理解した。

 

飛真君の行動は早かった。息継ぎをすると、自転車をゾンビのいる側へ放り込んだ。スコップも。

大きな音がゾンビを引きつける。彼はそれをじっと見ながら呼吸を整えようとしている。

私はまだ動けなかった。動け動けと何度も脳が指令を出しても、身体は釘でも打たれたかのようにそのままだ。

 

へたり込んだままの私を彼は抱え上げた。地面の冷たさ、食い込む砂利の感覚がなくなり、ふわっと宙に浮いたかと思うと同時に、彼の腕の確かさが私を包んだ。

彼は歯を食いしばって、目は車をまっすぐに見つめている。絶対に私を救うという目的だけがその瞳に映っていた。

揺れる視界で頭がクラクラする時に、そんな飛真君の顔が目に飛び込んできて、私の中にある何かが弾けた。

同時に強烈な飢餓感が身体中を駆け巡る。離れたくない。

それを満たすために、やっと自由に動けるようになった手は、いつの間にか彼の首に回っていた。

 

「いきますよっ!」

 

めぐねえの声と、急加速による重力。この二つでやっと私は我に返り、車に乗っていたことを知る。隣で飛真君がそのまま死んでしまうんじゃないかと思うほどの激しさで呼吸を繰り返していた。

ゾンビも学園生活部も彼のことすらも意識の外で、さっきまであの浮遊感に全てを委ねていたことに愕然とする。

しばらくは放心状態だった。私の中で何かが決定的に変わってしまった。そして、それを自覚するほどに、私の晒した醜態はますます耐えられないものに思えていった。

 

飛真君が助け出した人の自己紹介も、それからの会話も遠くで聞いているみたいで現実感がなかった。私が上の空のままでいることをみんなは心配しつつ訝しんでいる。だから車内がどんよりとした雰囲気になっていることはよく分かっていた。

 

恥ずかしかった。私たちは飛真君に協力を要請するために彼の家を訪れて、私はそこで彼を助けるんだなんて思い上がりを抱いた。そしたらどうだろう。私は本来の目的である救出の役に立たないばかりでなく、助けられる側になってしまった。

私を助けるために彼は全てをなげうった。自転車もスコップも、ずっと行動を共にしてきた大事な携行品だったはずだ。

 

これが最初じゃない。もう二度目だ。こんなに助けられたのに、私は今も昔もお荷物で、何も返すことができない。

()()を確信するには、一回で充分だ。今回のは必要のない、ただただ彼を疲弊させ、危険に放り込んだ、私の失態だ。

 

助けてもらって、私はこうやって生きている。その命を無駄にはできない。差し当たって私がしなければいけないのは、飛真君に迷惑をかけないように大人しくしていることだ。

ちらと左右を見ると飛真君と美紀さんが窓の外を警戒している。

前を向いていても同じだ。めぐねえは真剣な表情で車を運転している。圭さんは休んでいいと言われていたけど、そんな気分にならないのかしきりに外を見ている

 

何もしていないのは私だけだ。めぐねえの車は小型車だから後部座席に3人も乗るとかなり窮屈だ。どうしてもお互いに触れ合うし、静かだから息遣いも聞こえる。

私は、邪魔だ。そのことを強く感じる。

飛真君は窓に身体を押し付けるように座ってこちらを見ようともしてくれないし、極力私と触れないようにしているみたいだ。

義務感から助けただけで、本当は私のことを疎ましく思ってるんじゃないか。

悪い想像は打ち消せないばかりか、どんどん拡大していく。

 

……私のことはもう用済みなんだ。あんなに献身的に助けてくれたのに。

自らが嵌り込んだ死の淵を自分以外の力だけで這い上がってしまった私の気持ちなんて、どうでもいいんだ。

 

彼を責めるのはお門違いだ。まだ私は飛真君にありがとうも言ってない。救出は成功したんだ。一人だけめそめそしているのはダメだ。

そんなことは分かってる。

だけど、だけど、だけど……

 

「ごめんなさい。私の、私のせいで……」

 

泣いてしまった。車の空気が変化したことを感じる。でもどうしようもない。もう自分から泣き止むことなんてできない。

気持ちを外に出せば楽になるのかもしれない。でも、こんなにも脆い自分をみんなに晒したことが恥ずかしくて私はむしろ、どんどん追い込まれた。

 

「えっと、どうしたんですか? 謝ることなんて何も……」

 

案の定飛真君は反応した。当然だ。これは、彼に向けて言ったのだから。

 

「私、何もできなかった。そればかりか、足を引っ張って。飛真君がいなかったら、私、死んでた。こんなことばっかり。勇み足で行って、みんなに迷惑をかけて、自分は、ずっとお荷物で……うっ……」

 

自責の念。これは嘘じゃない。でも、私はそこまで実直じゃない。本当に欲しいのは……

 

「そんなことないですよ、若狭さんのおかげでみんな無事にここにいるんですし。疲れているから悲観的になっちゃうんですよ。若狭さんは休んでてください」

 

来た! 待てを解かれてやっとご飯にありつける犬みたいに彼の言葉を貪るように聞いた。

優しい彼ならこう言ってくれると確信していた。震える声音には善良さがにじみ出ていた。

ゴクゴク言葉を飲み込んで、気づく。

 

満たされない。

 

海水を飲んでるみたいだ。渇きは強くなるばかり。どうして?

 

……そうか。帰る場所が私とは違うからだ。今はこんなに近くにいるのに、飛真君はあの女の元へ何も知らずに行ってしまうんだ。

だから彼の言葉は私の心を素通りするのか。

 

じゃあ、じゃあ誰がぽっかり空いた私の心を埋めてくれるの?

 

………………ほしい。

 

「飛真君の方が絶対疲れてるのにっ、私だけ休むなんてできないっ!」

 

慰めてほしい。宥めてほしい。構ってほしい。ずっと傍にいてほしい。そんなことないよって、怖かったよねって、無事でいてくれて良かったって、家には帰らないよって、言ってほしい。

もっともっともっと関心を、献身を、優しさを、私に注いでほしい。

 

飛真君が息を呑むのが分かる。きっと必死に私に掛ける言葉を探してるんだ。

 

……ああ、今の私って赤ちゃんみたい。泣き叫んで彼のすべてを手に入れようとしてる。

虚しいよ。悲しいよ。恥ずかしいよ。でも、でも、抑えられない。

 

 

私もう止められない。助けて、飛真君。

 

 

 




イベント入れすぎて時間が全然進まない!

タグを追加しました。予防的に。深い意味はなく。念のため。
容疑者は「書き分けられるかわかんねぇけど、書きたくなった」などと供述しており……

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