がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結)   作:島国住み

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これでやっと一日って、コト……!?


待ち人たち 上

 

下手なことを言ったら余計機嫌を損ねちゃうよな。

何を言い、何を言わないか。この取捨選択は大事ですね。

 

「あったことを話すだけなのに、どうしてすぐに答えてくれないの?」

 

せっかちだなぁ

考えてる暇なんてなかった。りーさんの尊厳を守るために車内での出来事は隠して、それ以外はざっくばらんに話してしまいましょう。

 

かくかくしかじか

 

「……へぇ、大変だったんだね」

 

「さすがに疲れたね」

 

「ごめんね、疲れて帰ってきたのにいきなり質問攻めにして。心配、だったから」

 

「まぁ、帰るのが遅くなったのは事実だしな」

 

「でも、お昼食べちゃったんだね。待ってたのに」

 

「それは……」

 

「ううん、いいの。命の恩人だもんね。断る方が不自然だよ」

 

ふふふ。大いなる善行の前には、お昼をご馳走になることも許されるのですよ。

理解のある妹で良かったわぁ

 

「改めて……おかえりなさい!」

 

職質を無事通り抜けました。当たり前です。真面目に人助けしましたからね。

え? 大富豪? なんのことやら。

 

「何か作る?」

 

「へいき。お兄ちゃんは休んでてよ。時間も遅いし、乾パンとかで済ませようかな」

 

乾パンか。なら喉が渇くよな。

水チャンス到来! 早速浄化水で感染対策してもらいましょう。

 

「なら、水分も摂らないとな。ここに水筒があるから、飲んでいいよ」

 

「え。お兄ちゃんが飲んでたんじゃないの?」

 

「いや、結局飲まずじまいだった。口つけてないから」

 

「そうなの? じゃあ……」

 

ゴクゴク

 

「あっ、これ、りんごジュースだ! あの人たちから貰ったの?」

 

は? 

 

「ジュースなんて久しぶりだよ。美味しい!」

 

ゴクゴク

 

なんじゃそりゃ。バカ舌なんてレベルじゃないぞ。

味覚障害だったらヤバい。確かめないと。

 

「僕にも飲ませて」

 

「えっ……うん。いいよ」

 

ゴクゴク

 

「……本当だ」

 

表示は確かにりんごジュースです。正気度の回復度合いから見ても間違いないでしょう。

あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ。

水筒に水を入れたはずなのに、りんごジュースに変わってた……

な、なにを言ってるか、分からねーと思うが(以下略)

 

バグか? しかし、水がりんごジュースに変わるなんて聞いたことないぞ。

 

「もしかして、お兄ちゃんも中身知らなかったの?」

 

「うん」

 

「あの人たちがサプライズで入れたってことかな?」

 

「……たぶん」

 

可能性があるとしたら、それしか考えられないですね。

純粋に驚かせたかったんでしょうかね。意図が謎です。

 

「勝手に人の水筒に飲み物を入れる神経が分からないわ。あーあ、美味しかったから、知らずにたくさん飲んじゃった。気持ち悪い」

 

「残りは僕が飲むよ」

 

「ダメだよ。こんな得体のしれないもの。捨てなきゃ」

 

「別に毒が入ってるわけじゃあるまいし」

 

「そういうことを言ってるんじゃない! お兄ちゃん、分からないの? 普通の人だったらこんなこと絶対しない。あの人たち、おかしいの」

 

「嫌なら飲まなきゃいいだけだろ。人のことをおかしいなんて、滅多なことを言うもんじゃない」

 

「おかしいよ。饗応の言葉なんて誰だって言える。お兄ちゃんは、それに騙されてるんだよ」

 

「悪意を持ってる人がいるようには思えない。……それに僕は、何か恨まれるようなことをした覚えはない」

 

「そうじゃないの。悪意があるかないかとかじゃなくて……」

 

「この話はもうやめよう。あの人たちを疑いたくないし、憶測で話しても埒が明かない」

 

「…………」

 

バグの可能性が微粒子レベルで残ってるから!

プレイヤーが置いたアイテムをNPCが勝手に使うってことはあります。

今回のことは、その延長でしょうかね。正直なんも分からん。

 

いや、ちょっと待て。学園生活部はヤバい人たちじゃない。みんな正気度(まだ)残ってるし。

ポーチを探ってみますか。

 

『りんごジュース入れてみました。これくらいしかできなくてごめんなさい』

 

あったあった。紙切れだ。お昼の時にそんな話しましたね。大方りーさんが謎のおちゃめ心を出したのでしょう。缶詰の代わりにってことですね。

わかんないですけど、好感度が高いってことじゃないですかね。

妹の言う通り、犯罪じみてるところは確かにありますが、これをしても許されるだろうという親密さがあれば、まぁ、いいんじゃないですかね。知らんけど。

少なくとも悪意からでた行為ではないでしょう。

実害がなければ正直なんでもオッケーです! 自宅警備するだけなんで。

 

「ほら、咲良。ちょっとしたいたずらだったみたいだぞ」

 

「いたずら、ねぇ……」

 

なんだその反抗的な目は!

こっちだって混乱してんだよ!

 

「それで、昼はどうするんだ?」

 

「もういい。夕飯まで待つ」

 

行っちゃいましたね。

 

さて、どうしたことか。

妹に学校の浄化水を飲んでもらうプランは崩壊してしまいました。

二度と行くつもりなかったのに、また行くことになりそうです。

ですけど、めんどくさいのでまずは様子見します。

まだ空気感染するか不明ですからね。妹にその傾向が表れてからでも遅くはないでしょう。

 

今日はさっさと夕飯作って寝ましょう。

妹は昼食べないらしいですし、いつもより早いほうがむしろいいでしょう。

 

今は夕方二歩手前くらいの時間帯です。これからご飯を炊いたりすることを考えれば、今から準備して早すぎるということはないです。

 

そういや里芋の煮っころがしを頼んでましたね。

コンロに置いたままです。冷蔵庫はないから仕方ないですけど。

どれどれ……見た目は問題なさそうです。食べる時に温め直しましょう。

 

飯盒の扱いもずいぶん慣れました。

今回は3合くらいでいいや。里芋もありますし。

 

それでおかずはどうするかなんですけど、野菜を摂りたいと思ってます。

新聞紙にくるんで保存してあった大根を使ってしまいましょう。

葉は切り落とされてるのでなんとか今日まで残せました。

二人で一本消費するのは重たいですが、冷蔵庫なんてないんで仕方ないです。

 

大根はとにかく千切りにしていきます。オラオラオラオラ!

 

「え、こんなに大根切ってどうするの?」

 

あ、いつの間にか妹が降りてきたみたいですね。

驚くのも無理ないです。

しかし、白米と調味料の力でどうにかします。

 

最近の食品は便利で、ツナとマヨネーズが既に混ざった商品が売られています。

未開封なので賞味期限は余裕です。

ツナマヨとご飯の相性は言わずもがな。そこに千切り大根とかつおぶし、ポン酢で味を調えます。

これだけでも大量の大根を消費できます。

残りはインスタント味噌汁に入れてしまえば大根を使いきれるはず。

 

コンロは一つしかありませんから、まだ完成には時間がかかります。

妹にも手伝ってもらいましょう。

 

「うん。そのために降りてきたし」

 

それなら話が早い。コンロを任せて、こっちは大根を切ることに専念します。

 

 ~カットシーンをカット(激サムギャグ)~

 

……はい。切りつくしました。「料理上手」持ちなので執拗なくらい細い千切りです。

 

「ご飯もできたよ」

 

ちょうどいいですね。

煮っころがしの温めなおしは妹に任せて、こっちは盛り付けをします。

 

分担が上手くいって随分早く完成してしまいました。まだ日が暮れていないや。

 

「はやく食べようよ! 私、お腹空いちゃった」

 

それなら、お湯を沸かすのは後回しにしましょう。

 

「「いただきまーす」」

 

「おいしい!」

 

そりゃ良かった。

よっぽど腹ペコだったんだな。バクバク食べてます。

 

こっちも残りの支度をしながら食べますか。

 

「里芋の煮っころがしもおいしいぞ」

 

「よかった。火加減がよくわからなくて不安だったの」

 

妹が弱火で10分なら強火で5分だろう、みたいな思考の人間でなくて良かったです。

 

「にしてもさ、なんでりんごジュースだったんだろうね」

 

またあの話をぶり返すのか。

いや待てよ。機嫌はよさそうです。純粋に疑問に思っているだけかも。

 

「昼に食べたパンケーキでりんごジュースが使われてたからじゃないかな」

 

「え、パンケーキ食べたの!?」

 

「うん。若狭さんが作ってくれたんだ。料理が上手でね、あのアイデアは思いつかなかったよ」

 

「へー。……若狭さんって、ストレートロングのかわいい人のこと?」

 

「そう、だね」

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「今日のこと、もっと詳しく話してよ。あの時は急かしちゃってゆっくり聞けなかったからさ。気になるの」

 

「そうだなぁ、まずは────」

 

 ■■■

 

なんかめっちゃ事細かに聞いてくるな。結局一から十まで話しちまったぜ。

でもなんか、取り調べ受けてるみたいな気分になるな。妹は聞き役に徹していて別に重苦しいわけではないですけど。

言葉は濁しましたけど、りーさんがヒステりーさんになったことも言ってしまいました。

やっぱり、感情が関わるエピソードって話したくなるんですよねぇ。

 

いつの間にかご飯も食べ終わりました。味噌汁も飲んで、大根は無事全部消費できました。

 

「んーー! ご飯もたくさん食べたし、話もたくさん聞いてなんだか色々満腹!」

 

満足いただけたようで何よりや。

飛真君も満腹のようです。あとは寝るだけです。

疲労は確実に溜まってます。ぐっすり寝ないと明日に響く。

 

「元気だな」

 

「今日は外出してないから」

 

「僕はもう眠いよ」

 

「ふふふ。お兄ちゃん、今日は大活躍だったもんね。疲れてるでしょ、後片付けは私がやるよ」

 

「ありがとう」

 

「これくらい当然だよ」

 

なら、お言葉に甘えましょう。

寝る準備をパパパッとやって、終わり! 就寝! ラブ&ピース!

 

マジで今日は長かった。

体力的にも精神的にも疲れた。正気度と体力を見ればそれは明らかです。

こんな世界で心身ともに健康なんて無理なんじゃ……

 

でも寝れば回復します。睡眠は偉大だ。

 

まだ妹は後片付けの最中ですけど、おやすみを言っておきましょう

 

「えっ、お兄ちゃんもう寝るの!?」

 

「そのつもりだけど。何かあったっけ?」

 

「……何もないよ。そうだよね、うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

うっし寝るぞ!

 

……すごいな、ベッドに横になった瞬間寝たぞ。

最速記録を更新したかもしれない。

一人でベッド一台丸々使えるのも大きいのかもな。今まで寝ずらそうだったし。

 

なにはともあれ、本日はおしまい!

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

「んー、これくらいかな?」

 

お兄ちゃんの言いつけ通り、私は鍋とにらめっこして里芋の煮っころがしを作っていた。

何度も何度も竹串を刺したせいで里芋たちは穴だらけだ。

 

試しに一個だけ味見してみる。

 

おいしい。

 

我ながら上手くできたと思う。これなら、お兄ちゃんも喜んでくれるはずだ。

 

「はやく帰ってこないかなぁ」

 

せっかくなら、できたての内に食べてほしい。

 

でも、いつ帰ってくるか分からない。

連絡を取る手段はないから、私は待っていることしかできない。

 

……いや、そうではないかも。

SOSはラジオで流れていたとあの人たちは言ってた。

それなら、助かったことを伝える放送が流れるかもしれない。

 

することもないから、戯れにラジオをいじる。

 

しばらくしても、聞こえるのは砂嵐ばかり。

それもそうだ。どこにチューニングを合わせればいいのかも、いつ放送があるかも分からない。

引っかかるわけがない。

 

こんな不毛なことはやめよう。そう思った矢先、

 

『……で、……聞こえますか?』

 

「うそっ、繋がった!?」

 

砂嵐の中から少女の声がした。

 

『今、巡ヶ丘駅北口に……』

 

間違いない。救出対象は、この人だ。

なんだかとても奇妙な感覚だ。ラジオの向こう側には人がいる。こんな当たり前のことを意識したことはなかった。

 

『水が少ないので、もう長くは……あっ!』

 

希望が灯る音が、私にもはっきり聞こえた。

 

『たっ、助けに来てくれた! よかった……あきらめなくて……あの、私、もう大丈夫です! だから、放送、終わりますっ!』

 

お兄ちゃんだ。もう助けたんだ。

なんだか私まで誇らしい気持ちになる。

 

それなら帰ってくるまでそんなに時間はかからないはず。

こう考えてしまうとソワソワしてしまって何も手につかない。

 

仕方なく、私はベランダに出る。

日差しとそよ風が焦る私をたしなめてくれるはずだ。

 

辺りを見まわしてもゾンビの姿すらない。

人の息吹がない空っぽの街は不気味だ。

こんなに明るいのに、思わず震えてしまう。

見える範囲で、生きているのはきっと私だけだ。

 

ああ、外なんか見るんじゃなかった。淋しいだけだ。

 

部屋で本でも読んでいよう。

集中できているわけではないけど、それ以外にしたいこともするべきことも思いつかない。だらだらと技術書を読み進める。

 

 

 

「……遅いなぁ」

 

技術書は面白くなくて、キリのいい所で本を閉じてしまった。

それでも根気よく読んだと思う。

材料があれば、この本に書いてある通りのことができるはずだ。材料があれば。

でも、ホームセンターまでの道のりが安全という大前提が、今はない。

知識はついたけど、あんまり参考にはならなかったかなぁ

 

布団に寝転んでみる。

まだ全然眠くない。昼下がりの気だるさが充満しているだけ。

 

やっぱりベランダに出る。

そろそろ帰ってくるはずだ。

 

 

 

「はぁ」

 

影がどんどん東よりになっていく。それでもお兄ちゃんは帰ってこない。

このパターンには覚えがある。あの時だって、予感なんてなかった。

できるだけ何も考えないようにしても、隙間から灼けつくような孤独が染み出てくる。

 

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

お兄ちゃんの姿が見えて心底ホッとした。

たとえ出発時とは武器も乗り物も服も変わっていたとしてもお兄ちゃんはお兄ちゃ───

 

え?

 

なんで体操服着てバット持って歩いてるの?

 

救出に向かって、帰ってきただけじゃこんなことにはならないはず。

それ以外の何かがあったんだ。そこに絡んでいるのは、どう考えても学園生活部(あいつら)だ。

 

近くで見ると行きとの違いが際立つ。聞かずにはいられない。帰ってきた嬉しさと同じくらい、私は何かに怒っていた。

 

お兄ちゃんの話によると、駅に籠っていた人を無事救助できたのだけど、今度は若狭さんがピンチになったらしい。スコップと自転車は彼女を助けるために手放したみたい。

そして学校の安全な所まで彼女たちを連れていった。服が汚れていたからシャワーを浴びてお昼をご馳走になった後、少しゾンビたちの駆除を手伝ってから戻ってきた……

 

「……へぇ、大変だったんだね」

 

とりあえずそう言う。引っかかるところはいくつもあるけど、疲れているお兄ちゃんをこれ以上問い詰めるのはよくない。

お兄ちゃんは家に帰ってきたことを喜んでいる。そのことはリラックスした態度から明らかだ。

 

「改めて……おかえりなさい!」

 

私も帰ってきて嬉しい。細かいことにカリカリしたってしょうがない。生きて帰ってきたんだ。それで十分なはずだ。

 

だけど、お昼はどうしよう。一緒に食べるとばかり思っていたせいで、まだ何も食べてない。

すごく微妙な時間だ。今食べすぎると絶対夜が食べられなくなる。

 

ちょっとだけ食べようと思ったら、お兄ちゃんが水筒をくれた。

持っていったのはいいものの、使わなかったらしい。

 

飲んでみると……

 

「あっ、これ、りんごジュースだ! あの人たちから貰ったの?」

 

久しぶりのジュースはたまらなくおいしかった。

お兄ちゃんの分のことを忘れてゴクゴク飲んでしまう。

 

「僕にも飲ませて」

 

そうだ、お兄ちゃんはまだ飲んでないんだ。食い意地が張っている所を見られて恥ずかしい。

 

飲みたいというより、飲まなければならない、そんな表情で手をこちらに差し出してくる。

渡そうとして、ハッと気づく。

これって間接キスになるんじゃ……

 

お兄ちゃんは一向に気にしていない様子。

 

そ、そうだよね。家族なんだし、こんなこと、気にする方がヘンだよね。

 

それでもなんか恥ずかしくておずおずと水筒を渡した。

お兄ちゃんが水筒に口をつけ、喉が動く。

見つめていてはいけないような気がしてチラチラとその様子を盗み見る

 

「……本当だ」

 

お兄ちゃんの口から出たのは意外な言葉だった。少なくとも水筒の持ち主が発する言葉じゃない。

 

誰かの手が加わらなければりんごジュースが水筒に満たされることはない。

となると、考えられるのはあいつら(学園生活部)しかいない。

 

気持ち悪い。そして、怖い。こんなことをするなんて、異常だ。

 

私は嫌悪感を隠さなかった。それは当然の感情だと思ったから。

 

でもお兄ちゃんはどこ吹く風だ。

 

どうしてそんなに平然としているのか、わからない。

挙句の果てには私が残した分を飲むなんて言い出す。

 

その態度は投げやりにも思えるけど、そこにあの人たちに対する信頼があるのは明らかだ。

 

私が言い募っても、お兄ちゃんには響かない。

 

「ほら、咲良。ちょっとしたいたずらだったみたいだぞ」

 

ゴソゴソとポーチを探っていたお兄ちゃんは紙切れを見つけて、嬉しそうに見せてきた。

 

どうしてあいつらの肩を持つのよ。

疑惑が晴れて、お兄ちゃんは上機嫌になった。

 

そんなお兄ちゃんを見ていてもイライラするだけだから、私はさっさと部屋に引っ込んだ。

もうお昼を食べる気にはならない。

 

部屋に戻っても考えるのはさっきのことだ。

 

たしかに、悪意はないはずだ。

お兄ちゃんは人助けをしてみんなから感謝されている。お礼がしたいと思うのは自然な感情だろう。

 

でも、お兄ちゃんに何も言わず水筒の中身をジュースにするのはおかしい。

口に入るものなのだから、私物の度合いは他の物よりも高い。

 

それを、まるで自分の物かのように……

 

しかも、既に中身が入っていたのに、わざわざ()()()()()()()()()()()

なぜそこまでりんごジュースにこだわるのか意味がわからない。

 

紙切れを書いたのはおそらく若狭さんだろうな。こないだのメモと字が似てた。

 

それ以上に嫌なのは、お兄ちゃんがそれを許してるということ。

お昼を一緒に食べたり、シャワーを借りたり、順調に仲良くなってる。

何よ、どんな底意があるかも分からずホイホイあの人たちを信じちゃって。

知り合って間もないはずなのに、心を許しすぎだ。

 

あの人たちは、距離の詰め方が異常だ。

家に勝手に入ってきた件もそうだけど、お兄ちゃんの領域にズカズカ土足で踏み込んでくる。

 

その深度まで近づいていいのは、家族()だけ。そうでしょ、お兄ちゃん。

 

目線をどこに泳がせても呼びかけた相手はいない。

時間が経って機嫌も直ってきた。そろそろお兄ちゃんのところに行こうかな。

 

下に降りるとお兄ちゃんは夕飯の準備の真っ最中だった。

私は手伝いをする。

さっきまでは食欲がなかったのに、こうして食材の傍にいると空腹を思い出す。

キッチンから立ち上る調理の音は私を安心させてくれる。

二人の空間がこの音で満ちるのなら、話なんてしなくていい。

 

「はやく食べようよ! 私、お腹空いちゃった」

 

お腹が鳴ってしまった。聞こえなかったかな。

もうお米も炊けたし、もう食べていいはずだ。

 

待ちに待った夕飯はおいしかった。

里芋の煮っころがしも上手くいったみたい。

つきっきりで火加減を見ていたのに失敗していたらどうしようかと不安だったからお兄ちゃんの言葉を聞いて安心した。

 

リラックスしてたから、私は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

 

「にしてもさ、なんでりんごジュースだったんだろうね」

 

この何気ない疑問は、より大きい疑惑を生んだ。

お昼がパンケーキだった。それはいい。若狭さんが作った。それもいい。お兄ちゃんも料理をよく作るし、話が盛り上がったのかもしれない。それも、いい。

だけど。

 

「へー。……若狭さんって、ストレートロングの()()()()人のこと?」

 

私はいたずらっぽくそう言ったのに、

 

「そう、だね」

 

お兄ちゃんは、目をちらと逸らして、控えめに、でもはっきりと肯定した。

ずらした目線の先に、お兄ちゃんはきっとあの女の姿を浮かべたはずだ。

 

……向こうで何があったのか、その全てが知りたい。

お兄ちゃんに、どれだけ毒が回っているのか、私は知らないといけない。

聞きたくない。きっとそれは私を傷つける。でも聞かずにはいられない。

 

「そうだなぁ、まずは────」

 

お兄ちゃんは、いつもの調子ですらすらとしゃべり始めた……

 

 

 

「んーー! ご飯もたくさん食べたし、話もたくさん聞いてなんだか色々満腹!」

 

私は残された明るさを精いっぱいかき集めてそう締めた。

ギシギシ鳴る心を悟られたくない。

後片付けを買って出て一人になる。お兄ちゃんが二階に行ったのを確認して、長いため息を吐く。 

 

やっぱり聞くんじゃなかった。こんな事になるのは分かっていたのに、私はさも興味ありげに続きを促した。だからお兄ちゃんは、道で思いがけず猫を見つけた時のように、事の次第を話した。

 

あの女(若狭さん)のことばかり。楽しげに。

 

もはや他のことはどうでもよかった。他の人はせいぜい黄色信号だ。赤信号とは大きな差がある。 

 

お兄ちゃんは最初、ただただ助けたい一心で若狭さんを助けたのだろう。

それは若狭さんにも伝わったはずだ。

その純粋な気持ちは、きっと、氷水から取り出したばかりのサイダーのような蠱惑的なのどごしだったことだろう。

あいつは、それを、ガブガブ飲み干したんだ。私の見ていない所で。

 

お兄ちゃんに身も心もサルベージしてもらって、何も思わないはずがない。

いきなりサバイバル生活に放り込まれたんだ、諸々のステップや思い出をすっ飛ばして壮大な妄想を拵えるには、もう十分すぎるほどだ。

 

頭に描いた勝手な地図に基づいて、あいつはお兄ちゃんを遇するだろう。

それをお兄ちゃんは無邪気に喜んでいる。 

あんなメチャクチャな距離感が許されていいわけがない。

いくら甲斐甲斐しくても、きれいな人でも、スタイルが良くても、ダメなものはダメなんだ。

 

考えれば考えるほど真っ黒でドロドロしたものが泡を立てながら湧きたってきて、吐いてしまいそうだ。

 

「片づけ、しなきゃ」

 

無心でできるその機械的な動作が、今の私にとっては薬になるはずだ。

 

そうだ、別の話をしよう。何かゲームをするのもいいな。

まだ夜になったばっかりだ。寝る時間にはまだ早い。

私たちは一緒に暮らしてるんだ。焦る必要なんて、これっぽっちもないはずだ。

 

階段を降りる足音が聞こえてくる。お兄ちゃんも同じこと考えてたのかな。

 

「僕もう寝るね。おやすみー」

 

「えっ、お兄ちゃんもう寝るの!?」

 

「そのつもりだけど。何かあったっけ?」

 

「……何もないよ。そうだよね、うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

徐々に遠ざかる足音が耳の奥で突き刺さる。

また私、一人になった。

物分かりがいいふりして、寝てほしくないって言えなかった。

なんで反射的に笑顔を作ってしまうんだろう。

鈍感なお兄ちゃんが、私にだけ鋭くなってくれるはずなんてないのに。

 

一人で起きていても何も楽しくない。私も寝るしかない。

のろのろ寝る支度をして、ベッドにもぐり込む。

目を閉じて、眠りの世界へ溶けていくのをじっと待つ。

 

「…………」

 

夜は明かりもなければ、音もない。本当に静かだ。

そのせいか、モヤモヤした感情は脳を闊達に駆け巡る。

全然寝れない。

 

「もしかしたら、お兄ちゃんも」

 

どうせ眠れないんだ。ちょっと様子をみても別にいいはずだ。

素足でペタペタと歩く音が大きく聞こえる。

そんなつもりは全くないのに、ルシアーナスを演じているような気分になる。 

 

明かりを絞ったランタンが部屋の断片を気まぐれに照らす。

お兄ちゃんは大の字になってすやすやと寝息を立てている。

一日中動き回って、よっぽど疲れてたんだろうな。

 

耳元に近づいた折、お兄ちゃんの身体からふわりといいにおいが漂った。シャワーを浴びた時に使ったシャンプーの香りだろう。本来女性が纏うであろう控えめなフローラルさは、男性が、ゾンビだらけの世界で身に纏うにはあまりにも場違いだ。

 

万人に好感を与えるために調合されたその香りが逆に気に食わない。

お兄ちゃんにこの臭いを摺り込んだ誰かさんは、うっとりとそれを嗅いだのだろう。

 

「…………おにいちゃん」

 

起きるはずもないし、起きてほしいなんて私のワガママが通るはずない。

でも、どうせ目を覚まさないなら、淋しさを少しだけ声にしても許されるよね。

 

「どうすれば、私だけを見てくれるように、なるのかな……?」

 

眠れずに火照る私の身体は、その答えを知っている。そんな気がした。 

 

 

 




文章におけるR15とR18の境界点ってどこなのかよくわからないですよね。
いや、別に他意とかは全くなくて、普通に、純粋に、そう思っただけです。
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