がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結)   作:島国住み

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間違えた熱湯

 

 

おっ、おはようございます(真夜中)

 

普段なら絶対に起きない時間なのですが、飛真君にダメージが入ったため強制的に目が覚めてしまいました。

またベッドから落ちちゃったのかな。状況を確認しましょう。

 

暗くてほとんど何も見えません。が、オフトゥンの中に包まれたままなのはなんとなく分かります。となるとなぜダメージを負ったのかが謎です。明かりを付けましょうか。

 

うーん。部屋を見た感じ特に変化はないですね。何かが落ちてきたとかではなさそうです。ますます謎です。ここはアプローチを変えてみますか。傷の箇所は首元です。鏡で見てみましょう。

 

どれどれ……んっ!? これは、噛まれた跡!?

 

マジかよ。ゾンビ? なんで気づかなかった? てか無抵抗の状態でどうして一噛みで済んだんだ?

待て待て待て。冷静に考えましょう。窓は割れていません。縄梯子はちゃんと回収してますからここまで来れるはずはありません。

一階が突破されてここまでやってきた、ということなら考えられますけど音もなくここまで来れるなんて現実的ではありません。

むしろこれ、人間がやったと考えるほうが妥当です。となると可能性がある人間は、妹くらいしかいません。

 

だけどゾンビの仕業である場合が微粒子レベルで存在する以上、妹の安否確認と1階を含めた家の見回りは必要ですね。

コンコン

 

まずは妹の部屋です。反応はなし、そして静かです。入っちゃいましょう。

 

「入るぞー」

 

部屋の中は……変化なしです。窓は施錠されている徹底っぷりです。

肝心の妹も寝静まっています。狸寝入りしているだけかもしれませんが。とりあえず安心です。

 

これからは1部屋1部屋を巡っていきます。なるべく音を立てずに、きちんとバットで武装しましょう。明かりの使用も極力控えます。移動は詳細マップをたよりに暗闇の中行います。

 

 

~~自宅警備中~~

 

 

ええっとですね。結論から言うと異常はゼロです。侵入の形跡は全くありませんでした。白物家電バリケードも健在です。

つまりこの傷は内部犯によるものである可能性が非常に高いです。

寝てるとか関係ないっす。問い質さねばなりませんな!

 

再び妹の部屋です。さぁさぁ起きてもらいましょう。

 

「咲良、咲良、起きて」

 

「んん……何?」

 

割とあっさり起きましたね。怪しい。

 

「何じゃないよ。僕、首元を噛まれたんだ。ゾンビかと思って家じゅう探してみても痕跡はない。咲良がやったとしか思えない」

 

「...................うん、私だよ」

 

ほぅ、ずいぶんあっさりと認めるんだな。受け答えは昨夜に比べてだいぶはっきりしています。経過は良好です。ということは、ゾンビ化が進行した結果ではないでしょうね。もし本当に妹が人を噛むほどの感染末期だったら喋れないですし、今頃飛真君には感染の状態異常が付与されているはずです。浄化水といえども噛まれてしまったら抵抗力勝負になってしまいます。

 

「なんでそんなことを。起きちゃったじゃないか」

 

「……保険」

 

「ほけん? どういうこと?」

 

「お兄ちゃんは昨日すぐ帰ってくるって言ったのに全然帰ってこなかった。別に他の場所でもいいのにわざわざ学校に行った」

 

「待って。全然わかんないんだけど」

 

今度は紙を渡されました。

 

『高熱でうなされていると聞いて心配しました。早く良くなって学校に来れるようになることを願っています 悠里』

 

「これ、どこにあったの?」

 

「差し入れの中に紛れてたよ」

 

「全然知らなかった。で、これがどうしたの? 咲良の体調を気にしているだけだろ」

 

「お兄ちゃん嘘ついた。私熱なんてなかったのに」

 

「それは、まぁ、危機感を持ってもらうために盛ったかもしれないけど。聞きたいのはどうして僕は噛まれたのかなんだよ。悠里先輩は、今回の事と関係ないだろ」

 

「……お兄ちゃんが早く帰ってくれば、噛んだりなんかしなかった」

 

「まるで僕のせいみたいじゃないか……仕方ないだろ。学校の地下に行くことになったんだ。そこには大量の物資とゾンビ化をくい止める薬があるらしい、なんて言われたら断れないよ」

 

「本当?」

 

「うん。実際に見た。薬に関しては一つしかなかったし、効果があるのかも分からないけどね」

 

「...................」

 

「僕も混乱したよ。学校にそんなものがあるなんて、どう考えても異常だから。遅くなったのはちゃんと理由があるんだよ」

 

「学校がこの大災害を想定してたってことは、あの先生も関係者だったってことだよね?」

 

「違う。めぐね……先生はこうなってしまってから薬の事実を知ったんだ。地下の存在が記された書類は無断の開封を禁じてた」

 

「お兄ちゃんは、それを信じたんだね」

 

「そうだよ。悪いことをする人じゃ……」

 

ちょっと待て。悪いことしてたわ。めぐねえのせいで帰りが遅くなって正気度も黄色信号まで削れたんだよ。

 

「どうしたの? 震えて……」

 

「触るなっ!」

 

あっ、これトラウマになってる。

正気度を一定以上失った場合にトラウマを負う可能性があります。

こうなると、トラウマとなった状況に似た環境になった際に思わず防衛的な行動に出てしまいます。フラッシュバックが起こると正気度も減ってしまいます。

飛真君の反応から察するに、暗いところで誰かに触られるのが無理になってしまったようですね。叩き起こされたせいで正気度が回復しきってないので、過去と今が違うと受け止める余裕がないんですよね。

 

「あの、これは、違うの。様子が変だったから……」

 

「変なのはお前だろ! 寝てる人間を噛むなんて、狂ってる。ゾンビの真似事か? 薬を取りに行っただけなのにいちいちケチを付ける。意味が分からない。怖いよ」

 

「ごめんなさい。本当の理由、言うから。えっと、その、お兄ちゃんに構ってほし「理由なんてどうでもいいよ。昨日動き回って疲れて、眠いんだ。頼むからもう近づかないでくれ」

 

ガチャ

 

あー、飛真君自分の部屋に鍵かけちゃいましたね。

トラウマが蘇って一時的に錯乱状態に陥っています。プレイヤーにはどうすることもできません。すぐに収まりはしますが、正気度が残ってないですから謝りに行くのは難しそうです。余計話がこじれてしまいます。

 

ここはいったん寝ましょう。きちんと休息を取ってもらって、頭も冷やした上で妹と会いましょう。

だいじょうぶです。お互いの信頼関係は残っています。順を追って歩み寄ればほどける程度の問題です。

 

本当は、部屋の向こうから漏れ聞こえるすすり泣きの元へ舞い戻りたいけど、でも……

今はもう少しだけ、聞こえないふりをします。

余裕を取り戻した飛真君なら、きっと妹と和解できるから。 

 

 

 

 

 

いやぁ、さっきはお見苦しい所を見せてしまいました。

二度目のおはようございますですね。

ポーズするの忘れたままゆったりトイレに行ってたら飛真君起きてました。

いつから起きてるかはわかりませんが、部屋はだいぶ明るくなってます。途中起こされた影響か、正気度の回復はぼちぼちです。

このまま寝ててもしょうがない、起き上がりますかぁ。

 

あれ?

 

動かない。

 

フリーズ? 時間はしっかり過ぎています。力を込めてもダメです。まるで金縛りにでもあったようです。

正確には、ほんの少しは動けるけど可動域があまりにも制限されているせいでベッドから出ることはおろか体制を変えることもできない、ですね。

 

「…………」

 

このままじゃ知ってる天井を眺めているだけになってしまう。

これは動画としてあまりにも致命的。こんなバグは聞いたことがない。

一縷の望みをかけて妹を呼ぼうにも、部屋の鍵かけちゃいましたからねぇ。

どうしよう。

頭は少し動かせるようで、視点は変えられそうです。キョロキョロしておきますか。

 

「あ……おはよう」

 

え!? 部屋にいる!?

 

「どうして、ここに……」

 

「窓の鍵閉めてなかったでしょ。簡単に入れたよ」

 

「そういうことか。それよりも、助けてくれ。金縛りにあってるみたいで動けないんだ」

 

「...................本当に? 全力で起き上がろうとしてみてよ」

 

出そうと思えば(本気)

 

ぬぅぅぅぅぅぅぅ! 

 

ベッドがミシミシ言ってます。なんでベッドが悲鳴を上げるんだよ。おかしいな。

 

「はぁ、はぁ、やっぱダメだ。まるで、何かに縛られているみたいだ」

 

「そっか……はじめてだったけど、上手くいったんだね」

 

「もしかして……」

 

「バンザイの形はちょっと恥ずかしいよね。でもそれが一番確実だと思って。四隅の支柱に引っ掛けるには、ね」

「それにしても、家にあるもので何とかできて良かった。外にものを取りに行くなんて、もうおいそれとできないもんね。大丈夫? 痛くない? きつすぎたら言ってね」

 

「縛ったのか?」

 

「えへへへへへへへ、うん」

 

「」

 

「ごめんね。でも、お兄ちゃんがいけないんだよ……?」

 

ハイライトさんは実家に帰ってしまって……ない!? え?

素面で縛ってんの!?

更に不可思議なのは、しっかりよそ行きの服装に着替えていることです。

フリルが付いたブラウスに、サーキュラースカート。今まで一度もお目にかかったことのないコーディネートです。結構似合ってます。バールを握ってさえなければ、ですが。

まぁ、縛られたという事実の前ではどんなことも些末なことですがね。ははは……

 

プレイヤーが同意なく縛られる、というのは実は珍しいことじゃなくてぇ……

例えば、学園生活部の信頼を十分に得られないまま感染してしまうとか、条件さえそろえば起こりうることなんです。実際何度も縛られた事があります。

ただ、その時に共通してたのがプレイヤーを脅威とみなしたNPCによる行動ということです。好ましくない存在とみなされている以上、好感度は低いことが条件の一つになっています。

翻って今回は好感度マックス。さらに正気度も残っています。狂気の結果とも考えられないとなると、一体なぜ?

分からないなら聞いてみましょう。どうせ満足のいく答えは返ってこないだろうけど。

 

「なんでこんなことを」

 

「私ね、ゾンビかもしれないんだ。だからお兄ちゃんを噛んだの。そしたらお兄ちゃんが逃げようとするから、縛っちゃった」

 

なるほど。全然わからん。正気のはずなのにな。会話が噛みあわない。飛真君が錯乱時に言った言葉に傷ついたのだけは分かりました。とりあえず謝っておくか。

 

「そんなわけないだろ。こうやって会話できてるんだから咲良はゾンビなんかじゃない。そんな咲良に噛まれたって感染するわけがない。あの時は言い過ぎた。ごめん。謝るよ。だから……」

 

「そうだよね。お兄ちゃんは健康だよね。()()したもん」

 

「なら、縛る必要なんて、ないじゃないか」

 

「……………………」

 

「咲良? ねえ、ちゃんと話してくれよ。おーい、咲良ー?」

 

だんまりですか。さらに、椅子にでも座ったのか、こちらの視点からは姿が見れなくなってしまいました。

口まで塞がらなかったのは不幸中の幸いです。

敵意があってやったわけではなさそうです。本当に危害を加える気なら、喋ることすら禁じられてるでしょう。でも、それ故にどうすれば解いてくれるのかわかりません。生殺与奪の権を握られているわけですから下手なことをすればバールで確殺されます。

 

一応家にいるわけだし、このまま大人しくしていればクリアできるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行っちゃった。家にいてほしいって言ったのに。

お兄ちゃんが触れた感触はまだ残っている。その優しさに、私は警戒すべきだった。でも、それ以上に嬉しくて。

朝起きた瞬間、体調の悪さを自覚した。次に考えたのは、お兄ちゃんが看病してくれるかもしれない、ということだった。

咳が酷くて、身体もだるい。熱はないから風邪の引き始めだろうな。これなら安静にしているだけで治りそうだ。

 

お兄ちゃんは私の体調を大げさに捉えた。風邪薬を取りに行くと言って聞かなかった。

ただの風邪でも、心細くなる。だからそばにいてほしかった。

病人であることにかこつけて、甘えようという皮算用はいとも簡単にご破算になった。

 

結局、お兄ちゃんがわざわざ誂えた布団の中で寝るしかない。すぐ帰るという言葉を信じて。

 

 

おかしいと感じ始めたのは日が傾きだしたあたりからだった。

 

眠くない……のは今まで寝てたからだとして、食欲がない……のも病気ならありがちなことだ。

咳は朝よりもっと酷くなった。気持ち悪くてマスクを何度も変えた。

頭がぼーっとして何も上手く物事を考えられない。

病状が悪化しているだけかもしれないけど、そうではない、次元の異なる何かが私の中で進行している気がしてならない。

 

何度計っても平熱を大きく下回る数字が表示される。

お兄ちゃんの枕を抱き枕代わりにしようと思った時点でだいぶおかしいし、そこに残った香りを嗅いだ途端よだれが溢れてくるのは異常としか言いようがない。

 

お兄ちゃんはまだ来ない。

もう遅いなんていう気力もなくて、ただただ早く戻ってきてほしい。

食欲も睡眠欲もなくなってきているけど、お兄ちゃんのことを考えている時だけ欲望らしきものが立ち現れる。

 

 

「ごめん遅くなった!」

 

来た!

 

おかえりって言いたかったけど、咳のせいで最後まで言えなかった。

とても現金なもので、お兄ちゃんが帰ってきたとたん眠っていた食欲が目を覚ました。

肉が食べたい。

 

え、肉?

私の欲望のはずなのに、その突拍子のなさに私が驚く。ついさっきまで水すら口に入れたくないって思ってたのに。そんな弱った胃に悪そうなものを……

 

「どこに、行ってたの?」

 

気になるというよりも私の持つ違和感を逸らすために尋ねた。

それでも学校に行っていたと知ってからは様々な思いが飛来した。

 

向こうにいる女たちの顔。妙に優しかった出発前のお兄ちゃん。遅い帰宅。

だめだ、断片だけで思考がまとまらない。

このむしゃくしゃをお兄ちゃんにかぶりつくことで晴らしたくなる。

 

私が静かなのを不機嫌と捉えたのか、恐ろしく献身的に世話をしてくれた。

スポーツドリンクを飲ませて、すぐにリクエスト通り肉の缶詰を用意して、おじやの準備もしてくれた。

 

スポーツドリンクはまずくてとても飲めたものではなかった。それでも水分補給は大事だと思っていくらかは無理やり飲み込んだ。

ジビエ缶はびっくりするくらい美味しかった。気が付いたら食べきっていた。物足りない。

その勢いでおじやを食べようとして気づく。

米の味がしない。いくら薄味でもまったく味がしないのはおかしい。肉は相変わらず美味しい。この落差は、何。

 

一方お兄ちゃんは自分用につくったおじやを美味しそうに食べていた。

本来はそのはずだ。肉だけ食べられるなんて、まるでゾンビ……

 

...................。

 

比喩じゃないかもしれない。笑い飛ばすには、あまりにも私は、疑わしい。

まとまらない思考を一生懸命繋ぎ合わせる。そういえば世界がこんなになった初日、肉でゾンビたちをおびき寄せたっけ。ゾンビをやっつけた時に浴びる返り血は、冷たいと形容してもいいくらいの温度だったな。

お兄ちゃんはまだ私の部屋にいて漫画を読んでいる。その様子を盗み見るだけでよだれが生成されていく。美味しそうだと、思ってしまう。

 

「ねえ、わたし、ほんとうになおるの?」

 

こんなこと聞いてもしょうがない。でも、私は聞かずにはいられなかった。

お兄ちゃんはこれをただの風邪だと思っている。だから、大丈夫としか答えてくれない。

 

正直に、言わないといけない。まだ疑惑であるうちに。まだ最期を決められるうちに。

 

決心は中々つかない。なんて説明すればいいのかも分からない。

そうこうしているうちにお兄ちゃんが寝ると言い出した。もうそんな時間だ。もう私は眠気が消えていて、暗くなると寝るということを忘れていた。

 

待って。

 

「おにいちゃん」

 

「なんだ?」

 

「その、さみしいからさ、あの……」

 

「なに?」

 

「そばにいて、ほしいなって」

 

 

本当はダメだけど、人肌が恋しかった。温めてほしかった。

お兄ちゃんに体温を分けてもらいながらなら、感染しているかもしれないことを言える気がした。

 

「だめだ。そんなことしたら風邪が移っちゃうだろ。あと枕。返してくれないと寝れないよ」

 

何を言われたのか、理解するのに数秒はかかった。私の体温よりも冷たい言葉は、鈍くなった私の頭をも容赦なく刺した。

 

「……そうだよね。だめ、だよね」

 

「当たり前だ。じゃあ寝るから。おやすみ」

 

ごめんなさいお兄ちゃんその枕私のよだれ付いちゃってるそうだよねゾンビになりかけてる妹の傍にいたいなんておもわないよね私がわがまますぎたんだよねでも私どうしたらいいんだろうお兄ちゃんと一緒に考えたいよ食べたいよひとりぼっちにしないでよ。

 

...................

 

……

 

一体どれくらいの時間が過ぎたんだろう。すべては相変わらずで、まだ理性はある。

じっとしていても眠れない。いや眠れないほうがいい。意識を失ったその時が、私の最期の気がする。

一向に冴えない頭を使って、これからどうすればいいのかをずっと考えていた。

 

まずは最悪のパターンから。私がゾンビになってしまう。そしたらお兄ちゃんは私を……殺す。死体がある家にはもういられない。学校に行く。

そんなのだめ向こうには私が斃れるのを舌なめずりして待っている奴がいるんだお兄ちゃんが他の女と仲良く共同生活を過ごすくらいだったら私がお兄ちゃんのすべてを味わい尽くす。

 

げほげほ……

 

いきなり感情的になったから治まりかけていた咳がぶり返してしまった。

もっと冷静にならないと。

 

食欲は相変わらずなかったけど、ベッドにずっといるのも飽きたからお兄ちゃんが学校から持ってきたものを漁る。飲み物が入っていれば、それを飲むつもりだった。

 

『高熱でうなされていると聞いて心配しました。早く良くなって学校に来れるようになることを願っています 悠里』

 

紙切れを見つけてしまった。

わざわざこんなメモを忍ばせてくるなんて、お兄ちゃんに優しい自分をアピールしたいとしか思えない。

……いや、高熱って書いてある。どうしてお兄ちゃんはこんな嘘をついたんだろう。

大げさに言ってあの女たちの歓心を買おうとしたの?

そもそも学校に行く必要はなかったはずだ。一般的な風邪薬なんて他の場所でも置いてある。

もしかして、薬を取りに行くことを方便に使ったんじゃ……

考えれば考えるほど嫌な想像は広がっていく。

 

思えば、学校の人間と接触するたびにお兄ちゃんは私に冷たくなっていった。

何も言わず朝帰りをして、一緒に寝ることも拒否して、当然のように遅く帰ってくるようになった。

目の前にいる私を見てくれなくなった。昔は泣いている私をそっと包んでくれたのに。

振り向いてほしい。そのためには……

 

息を殺してお兄ちゃんの部屋に入る。まるで私を誘うかのように、すぅすぅと寝息を立てている。

人間を前に理性を失わないことに安心しつつ、柔らかい首筋を撫でてうっとりとする。

 

まず私が感染しているのか、その大前提が分からない。

今が小康状態なのか、快方に向かっているのか、はたまたずっと勘違いをしていただけだったのか、教えてくれるのは時間だけだ。

 

それでは待てない。だから、お兄ちゃんの身体で試す。

 

舌の先で、恐る恐る頸部に触れる。ほんのりと塩味があるような気がする。

決心がつかなくて、というよりただただそうしたという理由で舌の筆を走らせてキャンパスに私の色を塗っていく。

 

「うーん……」

 

お兄ちゃんが寝返りを打ったことで、やっと私は我に返った。

いけないいけない。ちゃんとやらなきゃ。

 

気を取り直して、口を開ける。さっき舐めた場所が月光に照らされてぬらぬらとしている。そこめがけて、噛みつく。

 

遠慮が勝って歯を食い込ませることは全然できなかった。肉を食らうという衝動もほとんど感じなかった。正直、お兄ちゃんを噛んでいる今より、おっかなびっくり舌を這わせていた時のほうがよっぽど分別を失っていた。

 

感染なんかしてなかったんだ。私の勝手な勘違いに過ぎなかった。

 

満足いく結果を得て、すぐに私の部屋に舞い戻る。

お兄ちゃんは起きて、私を問い質すだろう。

私の気持ちを包み隠さず話せば、きっとお兄ちゃんは許してくれる。

 

しばらくすると、お兄ちゃんがやってきた。私は寝たふりをする。

一度目は特に追求することもなく部屋を出ていった。二度目にやってきた時は、声に確信が満ちていた。

 

「咲良、咲良、起きて」

 

大人しく起きる。隠し通せるものではないから、もったいぶらずに噛んだ事実を認める。当然理由を聞かれる。

眠りを妨げられたせいか、お兄ちゃんは不機嫌そうだ。そりゃそうだ。私も急に起こされたらぶっきらぼうになる。

 

なのに、

 

「お兄ちゃんは昨日すぐ帰ってくるって言ったのに全然帰ってこなかった。別に他の場所でもいいのにわざわざ学校に行った」

 

正直になるって決めたのに、恥ずかしくて

 

「お兄ちゃん嘘ついた。私熱なんてなかったのに」

「……お兄ちゃんが早く帰ってくれば、噛んだりなんかしなかった」

 

お兄ちゃんを責めた。

 

帰りが遅かったのにはちゃんと理由があった。なんとお兄ちゃんの学校がこの大災害に関わっていたのだ。あの先生が地下の存在を明かしたらしい。大量の物資と奇跡の治療薬を積んだ地下室は、まさにゾンビが蔓延る世界の箱舟だ。

先生は無関係だとお兄ちゃんは言っていたけど、眉唾物だ。単に巨大な組織の、末端にいたからセキュリティクリアランスが低かっただけだろう。

Need to Knowで情報が伏せられてただけだ。無辜の存在でなんか、あるはずがない。

お兄ちゃんは慌てて言い直したけど、私は先生のことをあだ名で言おうとしたのを聞き逃さなかった。私が病気に苦しんでる間、先生と懇ろになっていたなんて。真っ黒い怒りが頭を支配しそうになる。

 

「お兄ちゃんは、それ(あの女)を信じたんだね」

 

「そうだよ。悪いことをする人じゃ……」

 

目が泳いだかと思うと、急にお兄ちゃんが震えだした。

まるで何か嫌なことを思い出したかのように。

こういう時、私だったらどうしてほしいか。お兄ちゃんも同じことを望んでいると思って、手を伸ばした。

 

「触るなっ!」

「変なのはお前だろ! 寝てる人間を噛むなんて、狂ってる。ゾンビの真似事か? 薬を取りに行っただけなのにいちいちケチを付ける。意味が分からない。怖いよ」

 

この期に及んで、やっと私は悟った。

お兄ちゃんは、私のことが別に好きじゃないんだ。一緒にいたのは、ただ単に家族だったから。私が勝手に舞い上がって、私と変わらない熱量をお兄ちゃんも持っていると思い込んでいただけ。

今更素直になっても遅い。扉が閉まる音を聞いて、白昼夢が終わったことを知った。

 

そうだよね、寝込みを狙って噛みついてくるなんて気持ち悪いよね。女の人と会うたびに不機嫌に根掘り葉掘り聞いてくるなんてうっとおしいよね。ゾンビになっても一緒にいたくて首にマーキングをするなんて重すぎるよね。もうどうしようもないのに、涙ばっかり出てくるなんて未練がましいよね。

 

完全に愛想を尽かされたというのに、お兄ちゃんを想う気持ちはこれっぽっちも減ってくれない。

どうすればいいんだろう。私もう昔の妹になんか戻れない。

 

お兄ちゃんはきっと学校に行ってしまうだろう。向こうには治療薬がある。戻ってくるのを心待ちにしているかわいい女の子達(ハイエナども)もいる。家族の義理で連れていってくれるかもしれないけど、もうそこにいるのはただの兄と妹だ。

 

何度も涙を拭って、パジャマの袖は湿っている。そういえば、昨日から同じパジャマを着てる。着替えないと。

下着まで脱ぐとさすがに肌寒い。身体を拭くたびに冷たさで鳥肌が立つ。着る服の目算を付けずに全部脱いでしまったから裸で右往左往することに。こんな真夜中に一体何をやってるんだか。クローゼットの中には平和だったころの、よそ行きの服ばかりが残っている。

 

……あの人たちは制服を着てたな。高校生なんだから当然なのかもしれないけど。スカートなんかよりもっと動きやすい服装があるだろと思ったのを覚えている。

 

ずっとジャージみたいな恰好も飽きた。家から一歩も出ないなら、何を着たっていいよね。

 

寝静まった世界で、一人身だしなみを整えて服を選んでいるのは悲しくもあったし、楽しくもあった。

何度も鏡で姿を確認する自分を見て、なんでこんなことを急に始めたのか分かった。

見てほしいんだ。叶うならば、私だけを。

 

あとはベルトを締めるだけだ。そうすれば、このままデートに行ったって大丈夫だ。足りないのは腕を絡める相手だけ。

 

ベルト……

 

突然、この悲しい営みに意味をもたらす方法が降りてきた。

どこかへ行ってしまうなら、縛ってしまえばいい。

お兄ちゃんを繋ぎとめる術はそれしかない。もう嫌われちゃってるんだから。

 

でも、私は手錠を持っているわけじゃないし、部屋に鍵がかかっているし、縛ってる間にお兄ちゃんは起きてしまうだろう。

これは空想の類で、実現できるとは思えない。それでも動いてみることにした。お兄ちゃんを諦めることなんてできない。

 

特別な道具がなくても紐があれば縛ることはできる。一瞬だけハマって飽きた手芸で使っていた毛糸を持っていた。これでもいいし、麻縄もある。

ベランダを経由して窓を開けたらあっさりお兄ちゃんの部屋に入れた。ふふっ、やっぱりお兄ちゃんは不用心だ。悪い人に攫われないようにしっかり縛らないとね。

まるで何事もなかったかのように寝てる。小さな声で呼びかけてみても反応はない。

 

あとはもう決意だけ。取り返しのつかないことをしてしまったのだから、行きつくところまで行くだけだ。

まずは足を縛る。大の字に寝ていたからそれに合わせてベッドの支柱と足を結ぶ。片足をやってみて、お兄ちゃんの顔を伺う。

……よかった。まだ寝てる。もう片方の足も同じようにやる。結び方は無茶苦茶だけど取れさえしなければいい。

次は手だ。縛るためにはバンザイの格好になってもらわないといけない。私の手で位置を変えないとダメだ。

起きないように、そうっと、そうっと……

 

あ、目が合った。

うるんだ瞳が僅かな光を反射させる。

 

「こ、これは違うの! 寝込みを襲うつもりなんてこれっぽっちもなくて、その……」

 

「...................」

 

「...................?」

 

全く反応がない。もう一度顔色を確かめる。やっぱり目は空いてる。

 

「お兄ちゃん……?」

 

目を開けて寝てる? それとも様子を伺ってる?

と、とりあえず、行動を再開しよう。

 

馬乗りになって手を動かしてるのになんの反応も示さない。何も見ていない。ときたま瞬きをするだけ。戸惑っているうちにバンザイの格好になった。

 

「抵抗しないなら、私の好きなようにしちゃっていいってことだよね……? 同意の上、だよね……」

 

両腕を結んで、晴れてお兄ちゃんは四肢拘束状態になった。それなのに抗議の声も、非難のまなざしもない。

お兄ちゃんって実は縛られて喜ぶ変態だったのかな……。

 

あまりにも上手くいきすぎて戸惑ってしまう。不気味なくらいだ。

起きてたらさすがに何か言うだろう。ということは寝てたってことなのかな。いやでも瞬きしてたし。

 

ここに来てやっと眠くなってきた。お兄ちゃんがいつも使っている椅子に座って毛布をかけて、目をつむった。

 

 

 

ギシギシという音で、浅い眠りから覚めた。いつの間にか空は明るくなっている。

 

お兄ちゃんはおめでたいことに縛られたことに気づいていない。金縛りに遭ったと考えているみたいだ。全力を出しても抜け出せないみたい。……成功だ。

 

私の方からネタバラシをして、やっと置かれている状況を認識したらしい。

 

「ごめんね。でも、お兄ちゃんがいけないんだよ……?」

 

そうだ。あんなに派手に動いてもされるがままだったお兄ちゃんがいけないんだ。

理由を聞かれても答えようがない。これは結論であって、原因は過程の中で埋もれてしまった。

 

「私ね、ゾンビかもしれないんだ。だからお兄ちゃんを噛んだの。そしたらお兄ちゃんが逃げようとするから、縛っちゃった」

 

私の適当な答えにもお兄ちゃんは必死に応えた。

お兄ちゃんが健康なのは分かり切っている。健康な若い男の人は寝ているときに意思に関係なくおっきくなってしまうらしい。保健体育で習ったから知ってる。

 

「なら、縛る必要なんて、ないじゃないか」

 

「……………………」

 

「咲良? ねえ、ちゃんと話してくれよ。おーい、咲良ー?」

 

でも、これからどうしよう。縛れちゃった。本当はこんなことしたくない。無理やり自分の欲望を満たしたって虚しいだけなはずだ。

 

その紐を引きちぎってその先を見せてほしい。困惑しきったお兄ちゃんの声音にゾクゾクしている自分を感じながら、身勝手にそう思った。

 

 

 




えっちじゃないクリーンな拘束を目指します
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