がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結)   作:島国住み

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できない約束は、するべきじゃないですね。

なんだろうこれ、なんだろう……自己責任でお読みください……


孤島の秘密

 首尾よく目的を達成してしまうと、することがない。私は縛られたお兄ちゃんを見るのにも飽きて、かといって視界の外に置くこともためらわれて、昔の雑誌を読み直していた。当然内容は頭に入ってこない。

 

 縛ることが目的になっていて、その後のビジョンが全くない。本当にどうしよう。昏い欲望は私の深いところでゴロゴロ蠢いているとしても、どう外に出せばいいんだろう。

 

「なぁ、咲良。僕は別に怒ってないからな。こうしないとできない話があるのなら、早めに切り出してくれると助かるよ」

 

「別に、そういうわけじゃ……」

 

「そうやって素直になれないでいると自分の首を締めることになると思うよ。僕が縛られてるのも、そういうことなんだろ?」

 

「そういうことって、何よ」

 

「さぁね。一つ言えるのは、ここには僕たちだけしかいないってこと。……少なくとも今は。もたもたしてたら、誰かが心配してここに来ちゃうかもね」

 

 そうだった。もう学校の連中に会わせないためにお兄ちゃんを縛ったというのに、そのことをすっかり忘れていた。あいつらには、足が生えてるんだった。

 じっくり事を構える時間は元々なかったんだ。

 

 次善策を考えようとして、もう結論が出ていることに思い当たる。

 すべての行動は、根っこにあるひとつの気持ちから端を発している。これを伝えるには、一言で済むのだけど、私はそれをずっとできずにいる。必要なのは勇気だけ。本当にそれだけなのに。

 いつの間にかその感情はぴったりと私にくっついて、離れなくなった。私にとってそれは当たり前であり、当然お兄ちゃんも同じなのだろうと思って……思いたかった。

確かめるのが怖かった。だってこれは、昔の世界では異常な感情だったから。

 いきなり放り込まれたサバイバルの中で、吟味することもなく、私は湧き始めた執着にしがみついた。でもそれだと、あの人たちと同じになってしまう。私は違う。

 私はお兄ちゃんのことが……好きだから。

 

 まだ決心がつかなくて、窓の外を眺める。空はまだ明るい。明日は雨が振りそうな雲模様だ。

 縄梯子がきちんと回収されているのを確認して、やっと覚悟が決まった。

 

 お兄ちゃんは何も言わず、落ち着きなく動いている私を待っている。

 

 部屋に戻って、お兄ちゃんが普段使っていた椅子に座りなおす。

 

「世界がゾンビだらけになっちゃってから3日目くらいかな。私ね、何もできない自分が許せなくて泣いちゃったの。その時、お兄ちゃんは私を慰めてくれたよね」

 

「お母さんがゾンビになって戻ってきて、お父さんも生きて帰ってくることはないんだろうなって悟った時も、私はショックで全然寝られなかった。自分の身を守るためには、化け物になっちゃった家族を、殺さないといけないなんて……耐えられなかった。スコップを振ったお兄ちゃんが一番辛いはずなのに、それでも私のわがままを聞いてくれたよね。お兄ちゃんの布団の中で沢山泣いたけど、私は嬉しかったんだ。だって、私にはお兄ちゃんがいるから。お兄ちゃんと二人でなら生きていけるって思ったの。こんな世界になって、はじめて幸せだって思った」

 

 椅子をベッドの方に寄せて、胸のあたりに手を添える。すぐに人肌の温かさと鼓動が伝わってくる。

 

「だからね。お兄ちゃんが帰らなかった日に、私はおかしくなっちゃったの。あんなに優しくしてくれたのに、次の日には行きずりの女達と泊まるなんて……。私より、他の人を優先したって事だよね」

 

「あれは……前も言っただろ、仕方なかったんだよ」

 

 鼓動が早くなる。私も、お兄ちゃんも。

 

「分かってるよ。あの人たちを助けたんだよね。こんな世界になっちゃったんだもん。助け合わないとね。だけどね、あの人たちがどんどん干渉してくるようになって、お兄ちゃんもなんだかよそよそしくなって……。捨てられるかもしれないって不安でおかしくなりそうだった。そんな時に体調が悪くなって、お兄ちゃんを……食べたくなったの」

 

 ぴくんとお兄ちゃんが少し跳ねた。でも特にお兄ちゃんは何も言わない。続けていいみたいだ。

 

「ゾンビになったんじゃないかと思って怖かった。昨日噛んだのは、試すため。お兄ちゃんがなんともなかったら、私は健康。もしダメだったら……その時は、一緒に、食べあいっこできると思って……」

 

 怯えた目がこちらを向く。心臓も、バクバクと形容してもいいほどに荒れ動いている。

 

「気持ち悪いよね。でも、ほんとにそう思ったんだ。それで、それで、逃げられないように縛ったの。……お兄ちゃんの言う通りだよ。今までの私は、一番肝心な部分を隠すために、随分遠回りをしてきた。本当にどうしちゃったんだろうね。たった2週間前までは、普通だったのに。お兄ちゃんなんて言わなかったし、ロクに話すらしなかったのに」

 

 だらだらと話していても何も変わらない。一度したはずの決心を反故にしないために、お腹に力を込めて、ずっとつっかえていた言葉を吐き出す。

 

「お兄ちゃんが学校の人たちと仲良くしてるのを見るのが耐えられないの。私だけをずっと見ていて欲しいの。つまり、その、ね。私……お兄ちゃんが好きなの」

 

 言った。ついに言った。お兄ちゃんはただただ私を見つめている。その表情からは何も読み取ることができない。

 

「お兄ちゃんと離れることなんて考えられないし、ましてや学校なんて。このままだとお兄ちゃんは気持ち悪い妹を置いて学校に行っちゃうから、身動きを取れなくしようと思って……ごめんね、ごめんね……私、もうどうしようもないの」

 

 なんて身勝手なんだろう。情けない。なんとか繋いだ言葉はもう擦り切れて、うるんだ目と鼻の痛さに隠れてしまった。

 どれくらい経ったのだろう。私がめそめそと泣いている間、この空間はなんの変化もなかった。

 涙が引いてきて、鼻をすする音だけが空っぽの部屋で響くだけになった。そんな頃合いを見計らったのか、お兄ちゃんが口を開いた。

 

「そういうことだったのか。なら話は単純だよ。咲良が僕を縛る理由は元々なかったんだよ」

 

「どういう、こと?」

 

「僕は1人で学校に行くつもりはないよ。咲良と離れたくないからね。学園生活部の人たちがこっちに来た時に咲良を置いていったのはこっちに戻るつもりだったからだし、そもそも相談もなしに拠点を移すわけないじゃないか。僕たちは家族なんだぞ。一緒にいるに決まってるだろ」

 

「うん。でも……」

 

「僕も咲良のこと好きだよ」

 

 お兄ちゃんの言葉が頭に届いて、視界が白く霞む。

 欲しくて欲しくてたまらなかった。気が一瞬遠くなったけど、目の前の光景がそれを許さなかった。

 お兄ちゃんはいわば俎板の鯉だ。捌かれないためだったら、なんだって言うだろう。

 これはありえない。

 私が作った状況で、私はお兄ちゃんを信じられなくなってる。

 

「嘘だ」

 

「好きだよ」

 

 本当はすぐにでも縄を解いて抱きつきたい。その言葉が本当なら、許されるはずだ。

 だけど、ああ、もっとお兄ちゃんを試したい。

 

「じゃあ、じゃあ証明してよ。言葉だったらどうとでも言えるでしょ」

 

「証明って、一体どうすれば」

 

「……私のことが、その、す……すきで、離れたくないんでしょ。なら、それを行動で示してくれないと、信じられない」

 

「そう言われても。縛られたままじゃ何もできないよ」

 

 お兄ちゃんは困ってる。それを見て、私は満足だ。きっとお兄ちゃんはこれからどんどん甘い言葉を言い募る。それしかできないのだから。

 たとえ今は抜け出すための言葉だったとしても、繰り返せば意味が染み込んで、それは本当になる……

 お兄ちゃんには私しかいってことをしっかり理解してもらわないと。

 

「なら、今から証明するよ。こっちに来て」

 

「え、うん」

 

「もっと近く。そして膝立ちになって」

 

 何をしようとしてるんだろう?

 言う通りにするとちょうどお兄ちゃんの顔があった。こちらを向いている。

 

「もっともっと近く。顔はそのままこっちで、覗き込む感じで」

 

 体勢が維持できなくてベッドに手をついた。マットレスを壁に見立てれば、ちょうど壁ドンをしているみたいな感じになってる。

 うん? 壁ドン?

 

「目をつむって。ゆっくり、顔を僕の方に近づけていって」

 

 ちょっと待って、これって……

 

「オーライ、オーライ……どうした? あ、目は開けたままでもいいよ」

 

「……で、できないよ」

 

「どうして? 証明しろって言ったのは咲良だろ? だからこれ以上ない方法で示そうとしてるんだよ」

 

 真剣そうな顔をしているけど、口の端が笑ってる。この期に及んで私をからかってるんだ。

 

「こ、この方法はナシ!だめ!」

 

「なんで。好きな人とキスしたいと思うのは自然な感情だと思うけどな~」

 

「気持ちが籠ってなかった!」

 

「する前に判断できるわけないだろ」

 

「でも、無理やりされたって、嬉しくない、から……」

 

「あ~あ、これじゃ証明できないな。僕は自分の気持ちをまっすぐ伝えて、行動でも示したのに。これは嫌われてるってことなのかな~。じゃあ縛られたままでいいや。あ~悲しい。咲良がいたから頑張ってこれたのに。もう生きてく理由も気力もなくなっちゃったな~」

 

 投げやりにお兄ちゃんはそう言うと、一つため息をついてそれから何も言わなくなった。

 

 私はというと、思いもよらない反撃に動揺しきっていた。

 呼吸が苦しい。心臓のドクドクという音がとても近く聞こえる。

 キス……お兄ちゃんからそんな言葉が飛び出してくるとは。こんな捨て鉢な提案で顔を真っ赤にしてしまう事が恥ずかしくて仕方ない。

 悩む。考えがまとまらない。

 私のやりたいようにしたいのなら、簡単だ。お兄ちゃんを信じて、縄を解けばいい。

 でも、こんなすぐ解いてしまったら一刻も早くキスをしたがっているみたいに見えてしまう。それは嫌だ。

 

 ……ちょっと待って、私は何かもっと根本的な所を見落としている気がする。

 そもそも逡巡している事自体が、おかしいことなんじゃないか。

 

「わっ、私は妹なんだよ! ダメに決まってるでしょ! 変態!」

 

「その割にはだいぶ迷ってたよね」

 

「あまりにも非常識なことを言ったから、絶句しただけだよ」

 

「外にはゾンビがいて、内では人が縛られてる世界に常識なんて……」

 

「…………」

 

 妙案を思いついたのは、お互いに打つ手をなくして黙り込んでしばらくしてからだった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お腹空いたでしょ」

 

「そりゃ朝から何も食べられなかったからね。空いてるよ」

 

「じゃあご飯作るね」

 

「僕が作らなくていいの?」

 

「またそうやって逃げようとする。でもいいよ。……私が作ったご飯を完食したら、解放してあげる」

 

「……ちゃんと食べれるものを作ってね」

 

「失礼ね。私も食べるんだから、ちゃんとしたものを作るよ。何がいい?」

 

「乾パンで」

 

「それじゃ作る余地ないじゃん」

 

「だからいいんだよ。乾パンで。お腹ペコペコなんだよ。カップ麺が置いてある場所の右の棚にあるから」

 

「わかりましたよ。そういうことにしておくよ。じゃあ待っててね」

 

 素早く準備できるのは、私にとっても好都合だ。冷静になる前に、思い付きを実行に移せる。目的のものはお兄ちゃんが言った通りの場所にあった。さすがにこれだけでは味気ないからお湯を沸かしてカップスープを作る。そして飲み物も用意する。のどが乾いちゃうからね。

 

 コーンポタージュがいい匂いを立てるようになると、昼をだいぶ過ぎていることもあって私も抗いがたい食欲を感じるようになった。ローテーブルを持ってきて、食事をお兄ちゃんの横に並べる。

 

「用意できたよ。じゃあ、いただきまーす」

 

 まずは私が食べる。どちらも間違える要素がないから問題なく美味しい。

 

「あの、見たところ食器が一人分しかないように見受けられるのですが……」

 

「……そうだね」

 

「じゃあ僕の分は?」

 

「ちゃんとあるよ」

 

「どこに?」

 

「わかったよ。今からあげるから……」

 

 もう既に心臓がバクバク鳴っている。平常心を心がけて乾パンを口に入れ、スープを流し込む。何度か噛んで、破片を細かくしておく。

 お兄ちゃんの前に身体を動かすまでの間に唾液がどんどん分泌されてもう口の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「ん」

 

「ん? 何?」

 

「んっ!!」

 

「いや、だから。言いたいことがあるなら飲み込んでから言ってよ」

 

「んん~~」

 

 お兄ちゃんは何も理解していない。全然察してくれないから、我慢できなくてちょっと飲み込んじゃったし。なら仕方がない。

 

「ん~ん~」

 

 あと数十センチのところにまで口を近づけて、やっとお兄ちゃんは私のしようとしていることが分かったみたいだ。

 

「えっ!? そういうこと!? いや、待って待って待って……」

 

 待つわけがない。

 

「んぐっ!?!?」

 

 うるさい口をむりやり塞いだ恰好になったから、ロマンチックさのかけらもない。私は口を閉じていて、お兄ちゃんは半開きだった。唇と唇が、微妙にかみ合っていない。

 あとはもう無我夢中だ。少し口を開けてお兄ちゃんのご飯を分け与える。左右に顔を揺するせいで量の調節ができずたくさん流してしまった。

 

「!?!!? ゲホッゲホッ……ゲホッ……」

 

 むせちゃった。

 

「ごめんね。私、こういうの初めてで……勝手が分からなくて。でもお兄ちゃんも動いちゃダメだよ。そっとしててね。次は、もっと、上手くやるから……」

 

 あまりにも水分が多すぎたな。どうせ唾液でぐじゅぐじゅになっちゃうんだから、スープは少しだけでいいや。

 

「ゲホゲホ……はぁ、はぁ、はぁ………………咲良、口移しはやめ……んんん!?!?」

 

 こんどは、ゆっくりと。揺れるお兄ちゃんの顔を包み込むように両腕で固定する。

 こうするとお兄ちゃんの身体の変化が手に取るようにわかる。お兄ちゃんは私の腕の中でぴくぴくと動くけど、それで照準がずれることはない。

 私の口からお兄ちゃんに、ちょっとずづ食べ物が流れていく度に、お兄ちゃんの身体はまるで霹靂に打たれたみたいにビクンと跳ねた。荒い鼻息はもはやどっちのものか分からない。私を見る目はどこか怯えているようで、だけど私にはご飯を待っているお利口な犬の、飼い主を見上げるあの目に見えた。

 観念したようにお兄ちゃんの喉が動く度に私は許容量を超えた幸福に浸されて視界がくらくらした。

 

「はい、これで一口。どう? 美味しかった?」

 

 お兄ちゃんはまるで石像のように固まってしまった。目を閉じて、何を言おうか考えているみたい。

 

「美味しかったよ。でも、もうお腹いっぱいだ」

 

 たっぷり時間をかけて出てきた言葉が、そんなあまりにも月並みな感想だなんて。それに、こんなちょっとでお腹いっぱいになるわけがない。

 

「さっきは自分からしようとしたくせに。私が嫌いになったの?」

 

「違うよ。でも、あまりにも無理やりだろ。こんなことしたって、僕の気持ちは変わらないよ」

 

 やっぱり、最初から嘘ついてたんだ。そういう意味では、縛って正解だったのかも。

 怒りよりも遅れてやってきた悲しさがやがて私を包んだ。もしかしたら受け入れてくれるなんて思った私が間違っていたんだ。口移しをキスと言っていいのか分からないけど、私はあれが初めてだった。この時のために取っておいたわけではないけど、とっておきだって秘かに思ってた。

 これって失恋なのかな。元々が狂ってるから、そんな普通の言葉にしてしまっていいのか分からないや。

 今度こそ耐えられなくなって、自然と涙が出てきた。もう昔の関係には戻れない。だけど私たちはこれからもずっと兄妹のままだ。どうやって生きていけばいいんだろう。横にお兄ちゃんのいない生活なんて考えられないよ。

 

「何も、嫌いになったとかそういう意味じゃないんだよ。ただ、強引なやり方はよくないってだけで。僕たちは兄妹だ。それ以外の関係になることはありえないんだから、頑張らなくていいんだよ」

 

 ああ、結局お兄ちゃんは何も分かっていなかった。私の気持ちはもう固まっちゃって、もうあとは砕けるしかないのに。尖った破片は、きっと私たちを傷つけてしまうはずだ。

 お兄ちゃんの言う兄妹は私の思い描くそれとは違う、ただ血縁関係があるというだけのものだろう。 

 ……ならせめて、最期に自分が本当にしたかったことをしよう。

 

「うん。わかった。……じゃあ、これで最後にするね。だから、味わって食べてほしいな」

 

 返事を聞く前に口の中に氷砂糖を放り込んでお兄ちゃんに近づく。

 これが、最初で最後。だから、虚しくたっていい。砂糖が溶けるまではわたしの欲望に付き合ってほしい。

 

「いや、さっき言ったじゃないか。そういうのは……」

 

 お兄ちゃんは途中で話すのをやめた。多分、私の目が真剣だったからだと思う。

 

「んっ……」

 

 今度は唇が優しく触れあった。本当はずっとこうしていたかったけど、氷砂糖が溶けてしまうから押し出すように譲り渡す。お兄ちゃんが受け止めようとして出した舌と私の舌が絡み合う。

 

「んちゅ……ん、んっ……」

 

 お兄ちゃんの舌は用は済んだとばかりに私を締め出しにかかっている。居座ろうとする私の間で氷砂糖はころころとダンスを踊っているみたいだった。

 身体の輪郭があやふやになって、身体の奥が熱い。快感が来ているのは脳なのか、身体からなのかも全然分からない。あまりにきもちよくて力を入れるのを忘れてしまった。その隙におにいちゃんは口をとじてしまった。

 

「ぷはっ……お、おい、ちゃんと受け取ったぞ。もういいだろ」

 

「だめ。溶けてなくなるまで」

 

「そんなの聞いてn「おにいちゃん……ちゅっ……んっ、ん……んぐ……」

 

 二人の熱でどんどん氷砂糖は小さくなって甘い蜜に姿を変えている。

 ねっとりとしたそれは、お互いの唾液もきっと混ざってる。

 おにいちゃんは観念したのか、私の好きなように任せている。だから私はその甘い蜜を時々飲んだりしながら長く長く()()をした。

 

 おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん……

 いつの間にか、私はベッドの上に乗って、唇を重ねたままおにいちゃんに身体を押し付けていた。そうしないと身体の熱で私は焼け落ちてしまいそうだった。もっともっと深いところにいきたくて、顔をがっちり手で抑えて完全に動けないようにした。

 

「はぁ、はぁ……へへへ、もうちょっとで、溶けちゃうね……あむっ、ん、んんっ……」

 

「………………………………」

 

 熱がおにいちゃんの方へ逃げていくような、気がする。あたまがまっしろになる。きもちいい。

 そもそもこれは動けないお兄ちゃんにご飯を食べさせているだけで、いやらしい行為じゃない。それに、本当に本当に嫌だったら紐を引きちぎるほど暴れればいいはずだ。おにいちゃんならそれができるそれをしないってことはどういしてるってことだし私たちはそうしそうあいなんだからこういうことをしてもいいにきまってるむりやりじゃないだってこんなきもちいいことが悪いことのはずがないおにいちゃんだってそう思ってるはずおにいちゃんはきもちよくてきもちよくてのうみそがとろとろになってるから何もいわないんだそうにきまってる……

 

 永遠にも思えた時間は終わってしまった。氷砂糖は、もうどこにも残っていない。そのことを舌を使って十分に()()した後、唇を離した。唾液が尾を引いて、私の服に付いた。身体の疼きはむしろ酷くなっていて、おかしくなってしまいそう。

 お兄ちゃんは真っ黒な目を見開いて天井に向けたまま動かない。きっとお兄ちゃんも私と同じように疼きの置き所が分からなくて困ってるんだ。

 

 なぜか荒い呼吸を苦労して落ち着かせる。今さらながら、音を立てるのは私たちしかいないことに気づく。誰も見ていない。他の人の目を気にする必要は全くない。

 

「咲良……」

 

 お兄ちゃんの身じろぎではっと我に返る。私は馬乗りになったままだ。

 

「あ、ごめんね。重かったよね。残りのご飯も食べちゃおっか」

 

「……はやく解いてほしいな」

 

「え? なんで?」

 

「最後って約束だっただろ。……トイレに行きたいんだ」

 

「急だね」

 

「い、いや、ずっと前から我慢してたんだよ」

 

「ならもっと早く言ってくれればよかったのに」

 

「言ったって、無駄だっただろ」

 

 なんか怪しい。確かに焦ってるようだけど、それは何か別の理由があるような気がしてならない。ドクドクと鳴りやまない心臓がそのことを教えてくれる。私が子どもだと思ったら大間違いだ。そんな言い訳ではぐらかせるわけない。

 

「ふーん……信用してくれなかったんだ。正直に言ってくれれば、すぐにでも解いたのになぁ」

 

 腕を背中に回すと、手はちょうどお兄ちゃんの骨盤のあたりに着地した。

 

「お兄ちゃんが私を信用してくれないなら、私もお兄ちゃんを信用できないよ。解いてほしい理由が本当にそれだけなのか、確かめないといけないよね……?」

 

 ゆっくりゆっくり、手を下へずらしていく。体重がかかりすぎないように少し苦しい姿勢になったけど、慌てるお兄ちゃんを眺めたくてそのまま頑張った。

 

「わ、分かったよ。食べる。全部食べるからこれ以上は」

 

「そうだよ。ご飯中にトイレに行こうなんてお行儀が悪いよ。まだまだたっぷり残ってるから、一緒に食べようね」

 

 もう興奮で息が詰まりそうだ。スープなんか必要ないくらい私の口は唾液で満たされていて、思わず喉を鳴らしてしまった。

 

 

 

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 乾パンがなくなる頃にはもう陽が暮れかけていた。

 氷砂糖の後のお兄ちゃんは抵抗するのをすっかりやめていて、最後の方なんて向こうから……

 思い出そうとして、頭を大袈裟に振りかぶってやめる。身体が熱くなって切なくなるだけだ。

 約束通り私はお兄ちゃんを解放した。トイレに行きたいというのは本当だったようで一目散に駆けていった。前かがみだったのはなんでなんだろう。お兄ちゃんが正直じゃないから、私はその理由を知らないままだ。

 

 口の周りは唾液でべっとり汚れてしまった。舌もなんだか筋肉痛になりそうな勢いだ。食べさせるのは相当な労力と時間がかかるんだな。小腹が空いているけど、もう眠い。

 私たちは一回の食事でだいぶ口移しが上手くなった。コツは何かする前にシグナルを送ること。お互いの深い信頼関係がないとできないってことだよね。

 

 戻ってきたお兄ちゃんはだいぶやつれて見えた。きっと私もそのはずだ。髪の毛とかも汗のせいで張り付いてさっきから気になってしょうがない。お互いに身を清める時間が必要だ。

 

「もうすぐ夜だから、寝る支度してくるね」

 

 私の部屋に戻る。久しぶりに一人きりになった気がする。ベッドに腰かけると疲れが一気に押し寄せてきた。このままでは寝てしまいそうだ。

 いけないいけない。まずは着替えからはじめよう。

 

 うわぁ……

 もうこれは捨てないとだめだな。下着の替えなんてあまり多くないのに。

 もしかしてスカートにまで……はないか。よかった。

 ほんの僅かに残った冷静な部分が後悔を促してくるけど、これもまたあの頃の熱を惹起させるだけで、見てるだけで毒だ。一応袋にくるんで捨てた。

 

 服を脱いだというのにすっきりした感じがしない。汗の膜が私を覆っているように思う。本当はシャワーを浴びたいのだけど、濡らしたタオルと汗拭きシートしかない。こればっかりは仕方がないからせめて念入りに身体を拭くことにする。

 

 ドライシャンプーもしたし、歯も磨いた。服も着替えた。寝る準備はバッチリ。疲れて程よい眠気もある。十分寝れるはず、なんだけど……

 なんかどうも釈然としない。身体のどこかに靄がかかっているというか、籠っているというか。

 ………………。

 

 コンコン

 

「ひゃっ!?」

 

「僕は寝るね。おやすみ」

 

「へ、あぁ……うん」 

 

 わ、私も寝なきゃ。最近はロクに寝れていない。今日こそしっかり寝ないと、肌荒れがすごいことになってしまう。

 横になってからは努めて何も考えないようにした。寝ろ寝ろ寝ろ!

 

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「~~~~~~~~~~っ!」

 

 

 ダメだ。全然寝れない。

 もの寂しくて、抱き枕をきつく羽交い締めにしても()()されない。

 ……こういう時、どうすればいいのか私は知ってる。別に習ったわけじゃないけど、生き物だから勝手にわかる。 

 で、でも。違う、これは、そういうのじゃない。ただ、ただ単にお兄ちゃんが恋しいだけで、ムラムラして寝れないとかじゃ絶対にない。たしかに私はお兄ちゃんが身動きを取れないことをいいことにちょっと羽目を外しちゃったけど、私の想いはもっとその、ピュアというか、透き通ったきれいな感じだから。だから私はそんなはしたない人間では決してない、はずだ。

 それを証明するためには……本物じゃないとダメだ。

 

「は、入るねー」

 

 開けた先にはお兄ちゃんはいなくて、たなびくカーテンが真っ先に目についた。

 

 え?

 

 ひらひらするそれに牡牛の如く駆け寄ると、その先にお兄ちゃんが見えた。お兄ちゃんも寝れていないことに安心した。

 

「どうしたの?」

 

 ベランダに出ていたお兄ちゃんは縄梯子を降ろして、じっと下を眺めている。

 

「なんでもないよ」

 

 翻って部屋に戻るのが早すぎて、表情は見えなかった。でも声音がくぐもっていて、思い詰めているような感じがした。

 

 ドカッとベッドに寝転がると私を顧みることなく目を閉じてしまった。

 

「私もそこで寝るから……いいでしょ?」

 

 お兄ちゃんは黙って壁側にずれて私の分のスペースを開けた。壁に向かい合うように、つまり私に背を向ける形になった。ひどく険しい表情をしていたのが気がかりだけど……照れ隠しかな。

 それでも元々狭いのだから、必然的にお兄ちゃんを後ろから抱きつかないといけない。そうこれは不可抗力だ。お兄ちゃんと同じ姿勢を取って、ぴったりとくっつく。自然と、私の顔が首の付け根あたりに来るようになった。持ってきた枕をその位置に置けば、完璧だ。

 お兄ちゃんはあったかくて、湿ってる。身体を拭くときに使ったのであろう、すぅーっとする香りがする。首をちょっと伸ばすと、お兄ちゃんの耳元に辿り着く。

 

「おやすみ、おにいちゃん」

 

 ささやくと、お兄ちゃんの身体はぴくんと動いた。押し黙ったままだけど、私の存在が気になってまだまだ眠れないみたい。今どんな心境なのかは分からないけど、気持ちとは関係なく素直に反応してしまうお兄ちゃんの身体が愛おしい。

 おでこをお兄ちゃんの背中に預けているとふわふわとした眠気がだんだん固まってきた。 

 静まった部屋には二人の息遣いだけ。向こうで一人悶々としてたら私の手は一体どこに伸びていたのだろう。やっぱり私は寂しかっただけだったんだ。よかった。

 もっとくっつきたくて脚を絡めるとお兄ちゃんの体温が上がった気がした。そのことに満足しながら私は意識を手放した。

 

 

 

 




続きが思いつかな過ぎて横転と側転を重ねた結果、こうなりました。

次を最終回にします。失踪だけはしないように頑張りたいと思います……
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