光の国の帝王と影の国の女王   作:アデノシン

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対なる兄妹

愛しき(にくき)我が(あに)よ。

この(わたし)の願いを、叶えてはくれないだろうか」

 

「却下だ。我が(いもうと)よ。

お前の暇潰しにこれ以上戦力を消費するわけにはいかん」

 

「暇潰しとは酷いな。

私はこんなにも飢えているというのに」

 

「おや、お気に入りの弟子はどうした?

アレはお前の渇望を満たす可能性を秘めるもの。

暇潰しには丁度良いだろう」

 

「ああ、アレはもうかえった。

再び見えることはあるまい」

 

「……わからんぞ。縁は繋がれた。

またいずれ(まみ)える時が来よう」

 

赤にも紫にも見える真直ぐな髪を持つその女は、影の国に流るる唯一の池を覗き込み、懇願するように呟いた。

青にも緑にも見える緩やかな髪を持つその男は、光の国に流るる一つの湖を覗き込み、微笑みを浮かべ言った。

影の国に女王として君臨する女は、武芸を極め神をも殺した恐ろしきもの。そんな彼女には、多くの弟子がいるが、その中でも飛び抜けて上等な弟子がいることを男は『よく』知っていた。光と影は交わることはないが、こうして間接的に会うことは可能であるので、彼らは良く言葉を交わしていた。だからこそ、その“お気に入り”の存在を知った時、男は喜んだのだ。少しばかり明るくなったうつくしき顔を、見た時は。

しかし、時は移ろい人を変える。どうやらそのお気に入りは英雄となり英霊なるものになっているらしい。もしこの妹が“死ぬ”ことができるのなら、英霊となり、かのものと相まみえることもできるのだが、と心の中で哀れんだ兄は、静かに目を伏せる。

 

「———時は、近い」

 

「……ならば、もし兄上の言葉が正しいのならば、私はまた貴方にも会うことができるだろうか」

 

「ははっ、このような口煩い兄に会いたいとは。

我が妹ながら可愛いものだ。なあ、スカサハよ」

 

「ほう、それを私に聞くのか? 我が兄ソラスハよ。」

 

「ああ。愚問だったな」

 

光輝くその微笑みは、女にとっては眩し過ぎるものであった。

相容れないとわかっていても求めずにはいられない、尊きもの。

女が思わず手を伸ばす。

 

 

——ちゃぽん、と水が跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

ぷつりと途絶えた通信に、ソラスハはその端麗なる顔を曇らせる。あの暗く冷たい影の国でひとり生きる妹を、彼は案じていた。

 

「そう再会の時は近い。……そうお前とも、な。我が弟子よ」

 

天高く上る陽が燦燦と差し込む光溢れる園で、男は目を閉じる。

思い浮かぶのは1人の少年の顔だった———。

 

 

 

 

 

 

光の国の主として君臨するソラスハが、その少年を拾ったのはもう随分前のことだ。ソラスハは、影の国の女王スカサハとは違い自由に動き回ることができる身である。退屈だと感じれば、分霊として天界や地界そして現世に降り立ち満喫するという自由が許されていた。あまり長期間滞在すると、彼の口煩い部下によって連れ戻されるが、そんなことは気にも留めず、自由気ままにありとあらゆる場所にちょっかいを出していたのだ。少年と出会ったのも、そんな放浪の旅の中である。

 

「———アンタ、何者だ」

 

「俺か?俺は……まあ、ただの旅人だよ」

 

「旅人?こんなところに?……命が惜しければ冗談は辞めた方が良い」

 

「冗談なんかじゃないさ。俺はただ……おっと、」

 

「アンタみたいなの、もう何人も見ているんだ。今更騙されやしない……!!」

 

「ほう、弓使いか。いいだろう。お前の弓裁き見せてみろ」

 

「っ!!余裕でいられるのも、今のうちだ……!!」

 

乾いた赤い大地の広がる地、即ち砂漠でソラスハは突如姿を現した薄汚れた少年に弓矢を向けられていた。目を合わせた瞬間に、少年の目に似つかわしくない影が差し込んだかと思うと、少し離れた場所にいたソラスハに、いつの間に番えたのだろう矢を放ってきたのだ。

 

「この国の民のためだ。消えてもらおう……!!」

 

「やれやれ。話を聞く気はない、か」

 

何やら面倒なことが起きているらしいことは、少年の口ぶりと顔付きを見て察したが、詳しく話を聞くことはできないだろう。とはいえ、このままやられっぱなしでいられる性格ではなかった。やられてやり返すは当然だが、そもそも武器を向けて来たことを後悔させるタイプの男であった。

ソラスハが軽く手を掲げるとその手には剣が握られていた。そして、剣を薙ぎ矢らしきものを弾く。が、その矢は“ただの矢”ではなかった。気付いた時には既に遅く、ソラスハの直ぐ横で強烈な魔力が弾け爆発が起きる。ソラスハを中心とし、次々と起こる爆発の連鎖を見て少年は仕留めたことを確信したのだろう。興味を無くしたように去ろうと踵を返した……。

 

「———躾のなっていない()()だな」

 

ゾク、と少年の背筋が、肌が、泡立つ。

地を這うような声に一瞬にして動きを止められる。それから先は何があったかわからなかった。気が付けば少年は地面に倒れ、完全に動きを封じられていたのである。

 

「お前は目が良いのだろう? なら、喧嘩を売る相手ぐらい見極めたらどうだ」

 

赤焼けた砂に体を沈めた少年に構うことなく、ソラスハは去ろうと背を向ける。しかしそれは失敗に終わった。ぐい、とソラスハのローブの端を掴むものがいたのだ。

それは、一蹴でもすれば容易く振り解けるほど弱い力であった。しかしそれでも、暫くは立てないくらいに痛めつけた少年が必死に己のローブを掴み、首を持ち上げて、睨み付けていたのだ。ソラスハは、冷えた目で少年を見下ろす。

 

「……ま、て、」

 

「ほう? まだ動けるか」

 

「………おれ、を」

 

「うん?」

 

「俺を、……

———俺を、鍛えてくれ……!!

力が……っ、必要なんだ!」

 

強い、瞳だった。灰色を帯びた金色の瞳は、死んでいるようで死んではいない。少年は、ソラスハを見上げて必死に吠え立てる。震える手、震える体、だがその声に震えも惑いもなかった。

 

「脆き人の子よ、何故力を願う?」

 

「……救いたいんだ」

 

「ほう? 弱き力で、何を救うというのか」

 

「っ!」

 

「それに俺は弟子を取らん」

 

「……構わない。アンタがそうなら、無理矢理にでも付いていくだけだ」

 

「随分と威勢が良いな。お前の守りたいものにはそれだけの価値があるというのか」

 

「……っ。ああ、そう……だ」

 

「ふむ———」

 

光の王は蛮勇を好んだ。何時如何なる時も無謀こそが道を切り拓くことを知っていたから。たとえそれが、戦うものの身を削るとしても、それこそが美しいと考えていた。

 

少年の瞳に宿る暗い光に、ソラスハは笑った———。

 

 

 

 

 

それからというもの、ソラスハは砂漠の地で少年を鍛え続けたのだ。

といっても、彼にとってはほんの戯れだが、少年にとっては生死の狭間をいく鍛錬であった。

まずソラスハは少年の魔力を封じると、砂漠に住まう巨大蠍の群れの中に叩き込んだ。

 

「どうした?動かなければ死ぬぞ」

 

「っ!?こんな……!無茶苦茶だ……!?」

 

「ふふ、無茶苦茶な師に付いた自分を呪え」

 

「ぐ……!!」

 

「動きが荒過ぎる。己が情けないか?悔しいか?

それならば———己を殺せば良い。それは邪魔なものだ。

1人1人お前の中のお前を葬ることができれば、そこから這い上がれるだろうよ」

 

「……!!」

 

「今、お前の周りに共に戦う味方も守るべきものも何もない。

ならシロウよ。お前は一体何のために戦う?」

 

「……。俺、は」

 

堅い甲冑(から)に覆われた体は、少年の放つ剣や弓を容易く弾く。それでも尚立ち向かう少年の足元には、折れた剣が無数に広がっていた。少年は無限に近く武器を生成できる技を取得していた。しかし、切れなくては意味がないのだ。柔い剣では蠍にダメージを与えるどころか、傷1つ負わせることはできない。今まで積み上げて来た剣術も、絶対の自信があった弓術も、何もかも通じないのだ。

 

「相手はそれこそ砂漠の何処にでも相手だ。

まあちょっとばかし強化してはあるがな。

此処で折れるなら、折れてしまった方が早いぞ。

……足元を見ろ。それはお前の心だ」

 

少年の足元には、ぽっきりと真ん中から折れた剣が刺さっていた。

じっと折れた剣を見つめる少年の隙を付くように、蠍の毒を孕んだ尾が振り落とされようとする。

 

「守ることで力を発揮するというのなら、まず自分で自分を守ってみろ。

たとえ殺したいほど憎いものであっても。死に逝くものをお前は見捨てるのか?」

 

ソラスハの抑揚を抑えた声音が少年の心を穿つ。

少年には、彼の静かな言葉が乾いた大地に染み入る水のように思えた。

 

 

 

 

 

———自分の掌を見る。

それは、幾つもの理想を取りこぼした小さな手だった。

 

———自分の剣を見る。

それは、幾つもの夢想を打ち砕いて来た柔い鉄だった。

 

———自分の師を見る。

それは、幾つもの憧れをひと塊にしたような人だった。

 

 

 

 

 

「ああ、なんだ。そうだったのか」

 

 

ぱき、と何かが砕けるような音が聞こえた気がした。

ぎり、と何かが軋みをあげる音が聴こえた気がした。

 

「シロウ……?」

 

ソラスハが少年の異変に気付き、その名を呼ぶ。

少年の頭上には鋭い蠍の尾が迫っていたが、彼はふと笑みを浮かべた。

穏やかな優しいそれに、ソラスハも思わず目を見開く。

 

そんなソラスハの表情を見て少年は思った。

この男に矢を剣を向けた時、少年は何も感じなかった。そうやって誰かのために誰かを殺すことを厭うことはなかったから。いや、何も感じなくなっていたといった方が正しいか。

だが、疲弊し擦り減った心は、濁った目は、突然現れたこのソラスハという男によって、再び覚醒させられた。惰眠を貪っているところに氷水をぶっかけられたかのような酷い目覚まし(しょうげき)であったが、少年は確かに、目覚めたのだ。

 

足元で無残に折れた剣を、手に取る。

 

「違うさ、師匠。俺は()()()ではない。

———()()()だ」

 

振り向きざまに放たれた一閃は、鋼鉄の如き蠍の尾を切り裂いた。

それからはあっという間であった。窮地に追いやられた少年は土壇場で息を吹き返し、蠍の巣から生還を果たす。それは、少年が生涯忘れることのないであろう日であった。

汚泥に満ちた底なし沼から解放されたような、心地の良い日であった。

 

しかしである。解放感に浸る少年は忘れていた。

少年が倒した蠍など、砂漠エリアの雑魚敵なのである。実は無慈悲な師匠の手でとんでもない強化がなされていたのだが、当の師匠が雑魚だといえば雑魚なのだ。

全ての力を解放し砂に埋まる勢いで倒れ込んだ弟子に、ソラスハは溜息を吐くと、なんとその襟元を掴み上げたのである。

 

「痛っ!? し、師匠!? ま、まさか……!」

 

「この程度で情けないな。俺を師と呼ぶならば、たとえ心臓を穿たれようとも立ち上がって見せろ」

 

「……!」

 

「どうやら、お前は極限まで追い込んだ方が良いタイプらしい。となれば俺も鬼にならざるを得ないであろう?」

 

「ならずとも似たようなものじゃないか。……あ」

 

「ふふ。そうか、お前も修行が足りないと思っていたなら上等。

さて次はどれにするか」

 

エミヤの戦いを見て、ソラスハのスイッチが入ってしまったらしい。光の(かんばせ)にうつくしい笑みが浮かぶ。やってしまった、とエミヤは顔面を蒼白にするが、もう遅い。

かくして、まさしく無茶ぶりというべき血も涙もない修行の旅(イジメ)は始まった。

 

弟子を思うばかりに張り切ってしまったソラスハは、ありとあらゆる残虐にして凶悪なものと戦わせ、精霊だろうが神であろうが、腕の立つものの所にエミヤを放り込んだ。

ある青年は、この時を振り返ると決まって遠い目をする。———あれはまさに鬼畜の極みだと。そんなこんなで過酷極まりない日々も、過ぎてしまえば早いものである。

いつしかソラスハは少年を弟子と認め、少年もまたソラスハを慕うようになっていた。

 

その出会いは奇跡とも呼べた。

しかしながら、突然の出会いは突然の別れを象徴するものだ。

砂漠に降る雨のように突然に姿を現したソラスハは、ある日突然にエミヤに別れを告げる。

 

「明日最後の試練を与えよう」

 

「……最後、」

 

「ああ、よく頑張ったな。

ここまで俺の扱きに付いてきたのは、お前を除いて2人だけだよ」

 

「……その2人は、余程の強者(ツワモノ)か、それとも余程の狂人か」

 

「ははっ、お前も仲間入りさ。祝福するよ」

 

朽ち落ちた瓦礫に腰を下ろしたソラスハは、静かに “最後”を告げた。

文句を垂れ流しながらも根を上げずに此処まで付いて来た弟子に、相変わらず穏やかな笑みを湛えた師は、静かに空を仰ぐ。エミヤはただ驚き動揺するしかなかった。

 

「お前はこれから成さねばならないことがあるようだ」

 

「え?」

 

「星が告げている。お前の運命が変わる時が近いと」

 

夜の帳が落ち、砂漠に極寒の時間がやって来る。

一時の間身を落ち着かせるため、砂に埋もれ眠っていた小さな遺跡を拠点とした生活も終わりを迎えるようだと、ソラスハは笑う。宝石を砕いて散らばせたような夜空を見上げ、彼は弟子に訪れようとしている運命を告げた。

 

「お前はその運命の果てで、掛け替えのないものを得る。

そしてそれが新たな運命を切り開くだろう。……俺の役目は終わる」

 

「師匠……?な、にを……!」

 

「師とは導だ。お前のゆく道に微かでも光が灯るように、力を知恵を魔術を教え与えるもの。しかし俺にも与えられぬものはある。……それを与えるものは俺ではない」

 

「いやだ!俺は、まだ貴方に……!」

 

「まあ、そう先走るな。免許皆伝とは言っていない」

 

「え……?」

 

「言っただろう?今までのは初歩の初歩。

まだまだ俺もイジメ……じゃなかった、扱きたりないってことだ」

 

「し、師匠……!」

 

何かとんでもない言葉が聞こえた気がするが、幸か不幸か、突然過ぎる別れの宣告に、ありとあらゆる衝撃を受けたエミヤの耳に入ることはなかった———。

 

 

 

 

 

 

 

程なくして、ソラスハは光の国へと戻り、長い修行を経て青年となった少年は新たな戦いへと踏み出していったのである。その手に———祝福された弓矢、蒼の弓を握り締めて。

 

それからいくつもの運命(はぐるま)が回った。光の国を統べるものとして君臨し、光の門を守護し続けてきた男は、相変わらず放浪を続けながらもその役目を果たし続けてきた。男は気付かなかった。いや気付いていたのかもしれない。自らが“彼ら”と関わることで、いつしかソラスハもまた、徐々に運命の波に飲み込まれていたことを。

 

そして時は現代、そう2000年と少しを迎える———。

 

 

 

 

 

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