光の国の帝王と影の国の女王   作:アデノシン

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光の交差

 

光の起源を説こうとすれば、それこそ地球の、いや宇宙や太陽の誕生まで遡る。

光の国の誕生はそれより歴史は浅いが、それでも神代の時代には存在したのだと“とある伝説”には記されていた。

 

彼の妹であり影の国の女王であるスカサハの武勇伝等々は“アルスター物語群”に書き記されており、影の国を統べるものとして、クー・フーリンの師匠として、その存在を後世に伝えている。しかし、彼女の兄であり光の国の帝王であるソラスハの存在を明確に伝えるものは“存在しない”。

 

故に、もはや歴史としてソラスハの名を知ることは不可能であり、その存在を知り得るのは、彼と直接武器を、言葉を、交わしたものだけに限られるのだ。

 

 

 

 

——現代

人が誕生してから2000年と少し。

神々から火を得た人間はその文明を華々しく開花させ、あっという間にこれほどの文化を築き上げた。高層ビルが立ち並ぶ街を歩きながら男は慣れた様子で、最近出来たばかりだという洒落たカフェに入っていく。

いつも着ているローブを脱いで、街並みに合った服装をしている男だが、その姿は周りからすれば浮いていた。あの影の国の女王の兄だというに相応しい美貌とスタイルを兼ね備えた彼の登場に、見惚れるを通り越して驚愕の視線が注がれる。当の本人は慣れたもので、涼しい顔で適当に注文をすると、最近流行りだというドリンクを片手に席に着いた。

 

「また現世(こっち)に来ていたのかい、ソラスハ」

 

「ふふ、お前には言われたくないセリフだな。ソロ……」

 

「あーあー!!どうやらキミには、もう一度自己紹介が必要なようだね!!」

 

「ああすまない、ロマニ」

 

「もういつもキミは……。 もしかしてわざとやっていないかい?」

 

「何を言う。親愛なる友を揶揄うなど面白いことをする筈がないだろう」

 

「知ってた、知ってたよ! その清廉潔白(おだやか)(かお)の裏には、とんでもない加虐心(ほんしょう)が潜んでるってこと! 今までボクがどれだけそれの……ああもう思い出すだけで頭が痛くなる」

 

「まあ落ち着け。そう騒ぐと老体(からだ)に障るぞ」

 

「ぐぐっ、誰のせいだと思っているんだい……!

それに今なんか失礼な言葉が聞こえた気がするんだけど」

 

「難聴か? 幾千、幾万もの民の声を聞き続けたその耳が、ついに耄碌したとは。

人の体というものは実に柔いものだな」

 

「あーそうだね!難聴かもね!

だからキミの言葉も聞こえないなー!」

 

カツカツと靴を鳴らす音が聞こえたかと思うと、桃色の髪が特徴的な男がソラスハの向かいの席に腰を下ろした。そうして、ほんわりとした容姿に似合いの口調で声を掛けてきたが、ソラスハから次々と発せられる悪戯な言葉にあっという間に崩される。

綿飴を思わせるふわふわとした髪を乱し、ころころと表情を変える男に、ソラスハは愉快そうに口角を上げた。飛び交う軽口からわかる通り、彼らは長年の友人であった。

 

「お前も随分と楽しんでいるようじゃないか」

 

「……あのねえ、ボクだって遊んでいるわけじゃないんだからね」

 

「おや、そうなのか?」

 

「本気で不思議そうな顔されると傷つくなあ。

今だって超過密スケジュールの合間を縫って、キミに会いに来てるんだからね」

 

「それは光栄だ。たとえ、単にキミに茶飲み友達がいないだけの話であってもね」

 

「うっ!そ、そんなことないやい!」

 

旧知の友との会話を弾ませつつソラスハは、向かいに座った桃色髪の男に視線を投げる。そして頬杖を付くと、少しばかり首を傾けた。その仕草が、言外に用件を問うものであることに気付いた桃色髪の男は深い溜息を吐くと、柔らかな表情を鋭利なものへと変えた。

 

「ソラスハ。キミに頼みがあるんだ」

 

「……」

 

彼を知る万人が懇願し乞い願ったという声は、柔らかい響きこそあるが、何処か底冷えするほどに冷たい。何時如何なる時代でも統率者として在り続ける男のそれに、ソラスハは何も答えなかった。

 

 

 

「———この世界は間もなく終わろうとしている。

だから、キミの手を借りたい」

 

 

 

“世界の終わり”などと普通の人間が口にしたとしたら、その時点でソラスハは一笑して席を立っていたであろう。だがそうはしなかった。ソラスハはただ目を細めて話を聞くと、静かに口を開いた。

 

「……すべてのものには終わりがある。

来るべき終焉に抗い、仮初の世界を望むのか?

お前ともあろうものが」

 

「それは違う。これは招かざる終焉(おわり)だ。

人類史は狂わされ、これまで積み上げられてきた歴史が消える。

それは『ボクたち』だけでなく、『キミたち』の消滅を意味するんだ」

 

「……」

 

「キミにとっても避けたいことの筈だよ」

 

「俺は別に、構わないがな」

 

「キミの大事なものも消えるかもしれない」

 

「ああ、そうだな。だがアレはそれを望んでいる」

 

柔いプラスチックに入った深い色の液体が揺れる。赤いストローを介して口に含むと、ソラスハは目を伏せた。例え歪んだ終わり方であっても、構わなかった。この世界にそこまでの執着はなかった。

 

起源と終焉は絶えず巡り、命あるものは死から逃れられない。それを良しとしない諦めの悪いものたちが、自らの運命と戦い、抗い、生に手を伸ばす。

そのものたちは勇者や英雄となり、その名は後の世に受け継がれていった。そうして彼らはある意味で、永遠の存在となったのだ。

スカサハは彼らの光輝(ゆうき)を特に好んだが、ソラスハが好んだのは歴史の裏に沈んだ“むめい”のものたちであった。決して表舞台に立つことを許されない身でありつつも、抗おうとする彼らの暗影(ゆうき)を、一等好んだのだ。

 

だから、だろう。ソラスハの脳裏に1人の青年の姿が過ったのは。

その意味に自分を嗤いながらも、先ほどロマニがしたように深い溜息を吐く。

 

「ああ、俺も甘くなったものだ。アレのことは言えないな」

 

ぼやくように言いながらも、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

それを見て桃色髪の男は目を瞬かせる。彼とソラスハの付き合いは果てしなく長いが、これまで彼がそのように笑う姿を見たことはなかったのである。

 

ロマニの頭にも“とあること”が浮かんだ。

目の前の男が『弟子』なるものを取った、というまさに天変地異の知らせを聞いた時の衝撃を思い出したのである。

始めに聞いたときは、己の耳が耄碌したのかはたまた光の王が耄碌したのかと、目も頭も白黒したものだ。またこうも思った。あまりに暇過ぎて偶々見つけた人間を『修行』と称して痛めつけているのではないかと。

 

結果的に半分正解で半分不正解であるのだが、ソラスハにとっては不名誉な誤解が解けたのは、またまた天変地異かと紛う、光の王が“己の『蒼き弓矢』”を授けたことを耳にした時である。これはもう認めるしかなかった。かのスカサハが弟子の1人に己が『朱槍』を授けたように、ソラスハもまた『蒼弓』を弟子に渡したという事実を。

 

「それで俺はどうすれば良いんだ、ロマニ?」

 

ロマニには、どうしてもソラスハを“とある計画”へと引き入れなければならない理由があった。それはずっと前からロマニの頭の中にあった計画である。

だからこそ、慎重にソラスハに声を掛ける必要があったし、ただでさえ舌が良く回る男なので、その説得は難航するかと思いきや、すんなりと頷いた挙句なんと協力的な言葉さえ寄こしたのだ。ロマニは叫びたくなるのをぐっと堪える代わりに、頭を抱えた。

どうやら親愛なる友人は、想像以上に弟子を可愛がっているらしい。ありとあらゆる衝撃に撃沈したロマニは、素知らぬ顔で優雅にティーを口にするソラスハを睨みつつ、“頼み事”を口に始める。

 

「カルデア、か」

 

「ああ、ボクはその医療部門のトップってわけさ。これでもエラいんだぞ」

 

「ほう? 肩書と仕事量とどちらが重いんだ?」

 

「ぐう……。本当にキミは昔から性格が悪いね……!」

 

「失礼な。俺はただ疑問を口にしただけじゃあないか」

 

人理の崩壊を防ぐために設置されたという“人理継続保障機関カルデア”。人類の英知が集結し形となったその場所では、大規模な計画が推し進められようとしていた。

 

数日後には試験的な稼働が行われるらしく、世界中の著名な魔術師の子孫が集められているらしい。来る“人類史の消滅”に抗い、その原因とも呼べる特異点事象を発見し、介入及び破壊を行うことで、人類を守る。成し遂げることができれば、後の世に名を残す英雄にだってなれるだろう。その名誉を求め魔術師たちは、我こそはと名を上げたらしい。

 

一通りの説明をした後ロマニは、その穏やかな顔を引き締めてソラスハをじっと見ると、静かに告げる。

 

「ソラスハ。君には、この魔術師たちに交じって実験を受けてもらいたい」

 

「……まあ、いいだろう」

 

「……!だ、だからなんで……!そんなに素直なんだい!

ボクとしては調子が狂ってすっごくやりにくいんだけどっ!!」

 

「ははっ。そう吠えるな。俺とて退屈は感じていたんだ」

 

興味のない物事には、途端に物臭になり腰が重くなるこの男をどう説得するかを、膨大に降り注ぐ仕事を消化しつつもロマニはずっと考えていたのだ。だから、こうもあっさりと乗り気になられてしまうと、悩んでいたことが時間の無駄だったと感じてしまう。

すっかり振り回されている自分に頭痛を感じて机に突っ伏したロマニの嘆きに、蒼とも緑ともとれるその髪を払うと腕を組んだソラスハは、ふと笑った。

 

「条件がある」

 

「……! それでこそ光の王だ!!

良いだろう言ってみてくれ!どんな無理難題でも今なら喜んで聞けそうだよ!」

 

「……? 何故そんなに張り切る必要があるかはわからんが。簡単なことだ。

俺がカルデアに協力をするということは、戦場に出るということだろう?」

 

「ああ。だが戦うのは英霊(サーヴァント)だ。

キミが戦わずとも良い。マスターの役目は王と同等なんだからね」

 

「それじゃあ態々俺が出る意味がないな。それに退屈過ぎる」

 

「え」

 

「俺は俺のまま、だ。

マスターとやらをやるのは構わんが、後方支援に徹する気はない」

 

「……キミとあろうものが前線に立つ気かい?

弓兵(アーチャー)はその後方支援が仕事なんだけどな」

 

「ふん。戦士とは前衛も後衛も成してこそのものだ。

弓兵は戦士ではないとでも?」

 

「ああ忘れてた。理性的に見えるけど、キミも立派な戦闘民族(せんし)だったね……」

 

「何を言う。智と武を兼ね備え、本能と理性を———」

 

「わかった!!よおーくキミの話はわかったよ!」

 

穏やかな気性で、和を好み、安寧を愛するとされるのが光の国の民であり王だと、皆は口を揃えて言う。しかし、その裏側を知るロマニは、それを耳にする度に意義を唱えるのだ。確かに気性は穏やかではある。そう平常時は。穏やかというのは、スイッチが入らなければの話で、一度スイッチが入ると誰にも止められない地雷のような男なのだ。

武勇を好み、戦いを好み、無謀な愚者を愛する苛烈な男。そんな男を引き入れようとした時点で、こうなることは予想が付いていた。

 

「采配はキミに任せるよ。だけど、キミの存在はある意味最終兵器だ。

出来ることなら隠しておきたい」

 

「ふふ、お前こそ随分物分かりが良いじゃないか。

案ずるな俺も目立ちたいわけではない」

 

「そりゃね、何年の付き合いだと思っているんだい。

キミがそういうことは想定内さ。ただ1つだけ守って欲しいことがある」

 

「ほう?」

 

「任務中は、“コレ”を付けて欲しい」

 

「……ローブ?」

 

「これはキミが垂れ流している魔力を遮断するものだ。

急いで作ったからすっごく扱い難い性能だけど、キミなら大丈夫だろう。

流石にそのまま来られては、一目で大騒ぎになるからね」

 

「ふむ。お前は俺に人間に交じれと?」

 

「ああ、そうだ。

———やってくれるかい?」

 

「お前は俺に何をさせたいのか……。おっと、今答えは必要ないよ。

この先も長い付き合いになるんだろうから。じっくり確かめさせてもらうさ」

 

「ふうん。ボクと知恵比べってワケかい」

 

「……ふふ、俺を良いように使えるんだ。安いものだろう」

 

「実にキミらしい考えだね。望むところだよ」

 

ロマニがソラスハに差し出したのは、一枚のローブであった。

明らかに上質な生地には“封印”の魔術を応用した術が込められており、身に着けている間はソラスハの持つ“魔力“と“一切の特殊性”を封じ込めることができるとロマニは言う。

といっても全く魔力がなければ怪しまれるので、人並みの魔力は放出できるようにしてあるらしい。相変わらず器用な男だと、ソラスハはローブを見て思った。

 

愉快だと言わんばかりに目を細めた男に、ロマニもまた笑みを浮かべる。

こうして二人の男の密談は、“終始穏やかに”終了したのであった。

 

 

 

 

 

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