その日は、まさに命運を決するであった。
神の目すら欺かんとするように、高く聳え立つ山の一部に建てられた“人理継続保障機関カルデア”。薄い空気を吸い上げたソラスハは、見上げた風貌にかつて見たバベルの塔を重ね合わせた。
そんなソラスハの横を、まだあどけなさを残した少年少女たちが通り過ぎていく。
この巨大な施設に集められた少年少女たちの顔は、興奮と誇りに赤く染まっており、意気揚々といった様子で続々と中へと入っていく。
世界中からの注目を集めるカルデアの記念すべき初稼働の日に選ばれたことが、彼らにとってどんなに名誉であるか。それを彼が計り知ることはできないであろう。
ロマニからの頼み通り彼らに交じるような姿をしたソラスハは、“本体”よりも背格好を大分縮めており、毛足の長いローブを目深に被り、口元には黒いマスクを着けていた。なんとも怪しげな風体だが、古い習慣の残る魔術師の世界では奇抜には映らないらしい。一部の所謂“近代派“からは怪しむような視線を向けられたが、気にも留めずソラスハは会場内へと進んでいった。
説明会場に案内されると、室内は年頃の男女が集まっただけあって賑やかであった。
顔見知りらしい少年少女が塊になって話す姿を横目に、指定された席へと付いた。そうして彼らの話し声を聞き流しつつ周囲の様子を伺う。
魔術師の末裔やらエリートやらが集められているという情報はロマニから聞いていたが、確かに人間の子供にしては強い魔力を持つものが多くいた。
「なあ、」
「ん?」
そうやって周囲を観察していると、ソラスハよりも少し遅れて来た子供が隣の席に座る。
子供は彼をじいと見たかと思うと声を掛けて来たのだ。まさか声を掛けられるとは思っていなかったソラスハもまた、子供に視線を移すとほうと息を吐いた。
―――色素の薄い柔らかそうな髪は、光に透かすと金色にも銀色にも見える白金色をしていて、室内灯の光を反射しキラキラと輝いていた。ソラスハを見るローズピンクの瞳は、在りし日に見た“彼女”の色と似ていた。
その子供はまるで“光を纏う”が如く、そこにいた。
中性的な容姿と声音であったために判断が遅れたが、少年であるらしいとソラスハは気付く。
「お前、なんでそんなもん被ってんだよ」
「あー。まあ、ちょっと」
「なんだよ。気になるじゃねえか」
これ程までに容姿と口調が一致しないのも珍しい、とソラスハは思わず笑みを溢す。微笑しつつ言葉を濁らせたソラスハに頬を膨らませた少年は、さらに彼へと詰め寄った。
此処に集うのは家柄の良い子どもばかりで、言動もそれを匂わせるものが多い。しかしこの少年は奔放に育てられたらしく随分とお口が悪いようだ。まるで妹が“可愛がっていた”もののようだと、ソラスハは心の中で呟くと口元を緩める。
すると、少年は目を見開いた。ソラスハへと詰め寄った少年は、彼がすっぽりと被っているローブの隙間から、ちらりとその瞳を見たのだ。
マスクをしているため、顔の造形こそ不明瞭であるもののその“青緑の瞳”は澄みきった湖面の如くうつくしい色を散りばめている。
ソラスハの纏うローブにより“神秘性”は封じられているが、そのうつくしさは健在であった。無機物でも有機物でも、男性でも女性でも、うつくしいものに目を惹かれるのは神でも人でも変わらぬことである。故に少年は、ソラスハの性別関係なしにその瞳に惹き込まれたのだ。
「な、なあ!お前、チームは?」
「チーム?……そういえば何か言っていたな。
……Aチームだったか?」
「マジかよ!オレもAチームだ!
同じチームなら名前知っとかねえとだよな。
オレは……」
「―――静粛に!!
これより大いなる任務を開始する!!」
いつの間にか説明開始時刻を迎えていたらしい。
集合時間ぴったりに流れたアナウンスと同時に、ぞろぞろと大人たちが入ってきたかと思うと、その中の1人が号令を掛ける。あまりのタイミングの悪さに、少年の顔にぱっと咲いた笑みはあっという間に萎んでしまった。
そうして開始された説明は、ソラスハにとっては退屈極まりない内容であった。所長だと名乗る年若い女性が出て来ると会場内はどよめき立ったが、その意味をソラスハは知らない。頬杖を付きながらであるが大人しく聞いていた彼は、ちらちらと横から感じる熱い視線に気付かないフリをした。
本日行われるスケジュールの冒頭部分である説明会は、大した問題はなく終わったように思う。問題があったとすれば、ぎりぎりに入ってきた少年が居眠りをしたかどうとかで部屋から出されていったことか。別に大それた話ではないし、年若い少年なのだから居眠りぐらいするだろうと、目くじらを立てる女所長に溜息を吐いたソラスハは、彼の弟子が過酷な修行の中で居眠りをした際に容赦なく断崖絶壁から蹴り落した張本人である。
説明が終わると、どうやらこの中でも優秀な人間たちがAチームとして先発するらしく集合を掛けられる。専用の部屋へと移動すると、いよいよレイシフトが始まるようだ。
レイシフトは、ざっくりというと肉体を疑似霊子に分解することで、データ化し時間座標まで送り込むという超未来的なシステムである。適正者でも相応なリスクは生じるが、適正でない者に使用すると分解されたまま戻れないか、ありとあらゆる部位が歪に混ざり合い“人ではない形”で戻されるらしい。
人間の技術の発展の裏には倫理なき犠牲がつきものであるが、いくら適正者とはいえ嬉々としてそのリスクを背負おうとする子供たちをソラスハはただ見ていた。
「へえー!これがコフィンってヤツか!
やっとオレも戦いに出れんのかあ……すっげえワクワクする!」
「……。マスターは
「つまんねえこというなよ!
せっかく歴史上の英雄豪傑たちと戦えるチャンスなんだぜ?
血沸き肉躍るってヤツだろ」
「ほう? お前は戦いを恐れんのか」
「あははっ!変わってるって思うだろ?
オレの家は結構複雑でさ。オレはどっちかっつーと魔術よりも武芸の方を鍛えられたんだ。だから小難しいこと考えるよりも、武器振り回してた方が性に合うんだよな……」
あっけらかんと笑うその快活な少年に、ソラスハもまた笑みを浮かべる。煌々と輝く少年のローズピンクの瞳は、その可憐な色に似つかず獰猛な光が見え隠れしていた。
好戦的で怖いもの知らずのこの少年は、きっと妹が好むタイプの人間なのだろう。“とある幼子”と本当に重なる少年だと、ソラスハは息を吐いた。
「おっと! そうだ、まだ自己紹介の途中だったじゃねえか!
オレはレイってんだ。なあ、お前の名前教えてくれよ!」
「……ソラスハだ」
表情豊かな少年は、ころりと表情を変えると人懐こく笑いながら名乗りを上げる。何がそんなに気に入られたのか、と首を傾げながらもソラスハがそれに答えると、レイと名乗った少年は嬉しそうに何度も彼の名を口にした。
「
名は体を表すといったところか。言葉を呪へと変える魔術師の家系に生まれ、そう名付けられたのならば効果もひとしおであろう。ぽつりとソラスハが呟けば、彼は頬を赤らめて破顔する。その年齢相応の姿にソラスハもまた目を細めた。
レイシフト準備が整うまでの僅か数分。あと少しで死地へと向かう彼らの穏やかな姿は、周囲とは一線を画していた。熱に浮かされた周囲の子供たちには、それが異様に思えたのかもしれない。ふと荒い足音が聞こえたかと思うと、3人少年たちが2人の間を割るように立ちはだかった。じろじろとソラスハとレイの顔を交互に見ると、1人の少年がソラスハの方を見て口を開く。
「あァ? なんかうるせえと思ってきたら随分程度の低いのが混ざってんじゃねえか。
それっぽっちの魔力で俺と同じチームかよ! 一体どんな裏の手を使いやがった?」
「さあな。判断したのはこのカルデアだ。
俺に文句をつけられても困る」
「生意気言うじゃないか。
Aチームに選ばれるのは、魔術師の中でも最高峰の“血筋”を持つか、それに匹敵する魔力をもつかだ。……見たところ大した家柄には見えないが?」
開口一番に怒鳴り散らした少年にソラスハは、面倒臭いと言わんばかりに溜息を吐くと同時に、やはり来たかと小さく呟いた。
眼光鋭く睨み付けてくる3人の少年に憶えがあったのだ。彼らは、ソラスハが説明会場に足を踏み入れた時からずっとその視線を送っていた。それに気付いてはいたが、睨むだけで何のアクションもしてこないので放置をしていた、というわけである。
そうやって受け流し続けるソラスハに、任務開始時刻ぎりぎりになってついに痺れを切らしたらしい。
「そろそろレイシフトが始まる。あまりバイタルを乱すと支障が出るぞ」
「ッチ。誰に向かって言ってんだ。
そんな大層なカッコしやがって。大魔術師にでもなったつもりか?あ?」
3人の中で1番体格の良い少年は、そう吐き捨てるとソラスハのローブ目掛けて手を伸ばした。その荒々しい手付きは剥ぎ取ってやろうという気概の表れだろうが、生憎それを許すほど甘くはない。ソラスハのフードに隠れた瞳が、ふと鋭く輝いた―――。
「―――やめろっ!!」
「っ!? いってぇ!」
ソラスハを守るように薄いベールが現れたかと思うと、ぱん!と高い音が部屋に響く。彼の横で魔力が高ぶるのを感じたので、レイが守りの魔術が発動させたのだということはすぐにわかった。大柄の少年は、痛みに顔を歪めると弾かれた手を握り締めソラスハの前に躍り出たものを睨み付ける。
「き、……きさま……」
「こいつに喧嘩売るなら、オレが相手になってやる!」
今にも噛み付かんばかりに怒鳴り声を上げたレイは、ぐと腰を低く落とした———。
「……はあ。落ち着け、レイ」
「うわっ!! ソラスハ……!?
な、何するんだよ!」
ぐと床を踏みしめようとしたレイは、後ろから伸びて来た手によって動きを封じられる。驚いて振り返えると、服の襟足部分を掴んだ手の主に向かって声を上げるが、返って来たのは深い溜息であった。
「お前まで熱くなってどうする」
「だってこいつら、お前のこと……」
「そろそろ任務開始時間だろう。
続きは向こうで充分にできるだろう」
「……。確かに、そーだけどよ」
「勇猛も良い、暴勇も良い、だが猛進はいけない。
戦場では先走るものほど先に散るものだ」
諭すような宥めるようなソラスハの言葉は、レイの中で不思議なほどにすとんと落ちていった。冷静さを取り戻した2つのローズピンクを見て、ソラスハは1つ頷く。
「さて。取るに至らぬ戯言だが、売られた喧嘩をそのままにしておくほど俺も優しくはない」
「はっ! てめえなんかに何が出来ん、
―――……っ、あ゛、……な、ァあああ゛……っ!?」
「ははっ。まあ安心してくれ、死ぬことはないさ。
……ちょっとばかり躾が必要だと思ってね。
これからは不用意に悪態を吐くことはおすすめしないよ。
でないと、死なない程度の痛みにのた打ち回ることになるだろう」
とん、とソラスハの指が胸を突いた。
―――それだけ、であった。
誰の目にもソラスハの動きが映ることはなく、
誰の目にもソラスハの術を解することはない。
気が付けば、大柄の少年は胸を押さえ芋虫の如く床にへばり付いていた。
しんと静まり返った部屋に、少年の呻き声だけが響く。
「―――おい!! 何をしている!
レイシフト開始時刻であるぞ! すぐにコフィンの前へ整列しろ!」
硬直した空気を裂いたのは、カルデア組織の人間の声であった。
子供たちははっと我に返るとそれぞれ割り当てられたコフィンの前に立つ。
ソラスハは何食わぬ顔でレイの手を引くと、自らも同じようにコフィンの前に立った。
背後では体を起こした少年が何かを喚いていたが、組織の人間からの鶴の一声によって収まったようである。恨みがましい視線を投げながら、渋々自分の定位置に向かっていった。
「よし、準備は整ったようだな。
ではこれより最終確認を行う。良く聞くように」
先ほどまでの空気は雲散霧消し、張り詰めた緊張感に変わる。
組織の人間は顔を強張らせる少年少女たちに、最終的な確認と心構え、そして激励の言葉を告げた。そうして一人一人の顔を見た後に手を上げて合図を送ると、プシュウと音を立てて機械が作動し、コフィンがその口を開いた。
―――熱波
周囲の“音”が消失し、凄まじい衝撃が駆け抜けた―――
聴覚を奪われ、悲鳴など上げる間はなかった。
感じたことのない、想像したことのない“熱”が彼らの意識を溶かし、その肉体へと襲い掛かったのだ。多くのものは何が起きたかわからなかったであろう。いや、わからなくて良かったのかもしれない。
一瞬にして弾け飛び叩き付けられた体に、崩れ落ちる壁を見た。
一瞬にして炎に包まれ黒ずみとなる体が、床に倒れるのを見た。
即死であればまだ楽であっただろうに、残酷なことに崩れた壁に足を挟まれ生きたまま焼かれ者も、哀れなことに目の前で友が死んでいくのを見ていることしかできない者もいたのだから。
白い空間は赤に染まり、悲鳴すら亡くした子たちが次々と炎に飲まれていった。
無慈悲なる炎はそれでも止まらない。
爆発の連鎖は、飢えた獣の如く幾つもの命を喰らい猛火を上げる。
そんな瞬き一つの間に地獄と化した部屋に、ひとつ起き上がる影があった。
「防げた、……のか?
っ……っ誰だ!?」
端々の焼け焦げたローブを纏う影、そうソラスハである。
人間に“同化“した体では突然過ぎる爆発に反応しきれず、炎に飲まれたと思っていたのだが、咄嗟に発動した守りの術が功を奏したようだ。
“すっごく扱い難い性能”とロマニは言っていたが、予想以上に扱い難く制限が掛っていることを実感する。
瞬く間にして吹き飛び、崩れた壁や装置に覆われた部屋をぐるりと見渡すと、何かの気配を感じソラスハは声を上げた。燻る炎により揺らぐ姿。しかしソラスハの目ははっきりとそれを捉えた。それは“白衣を着た女”であった。女はソラスハの方を見ると驚愕の表情を浮かべたが、それはすぐに蔑むような嘲笑に変わった。
アレがこの爆発の原因か。とソラスハは女を睨みつける。だが、女はソラスハには目をくれず、“とある方”を見ると満足げに笑い、その場を去って行ったのだ。
「……逃げたか。まあ良い」
今は構っている暇はないだろうと、ソラスハは改めて周りを見る。
炎に焼かれるもの、衝撃により壁に叩き付けられ潰されたもの、瓦礫に圧し潰されたもの。至る所に血痕が、血だまりが広がり、地獄のような光景を描き出していた。
ソラスハは瓦礫の破片を払うと一歩前へ歩き出す。が、ある違和感に動きを止めた。その方を見ると、身に纏うローブのその端を掴む、何かがあった。
―――人の、手。それもまだ柔い、手。
白い肌のそれを見て、ソラスハの目は見開かれた。
数多くの戦場に出た彼には四散した体など見慣れていたし、如何なる死であろうとも平然と飲み込むことは容易い。だが、それを見た時、確かにソラスハは“動揺”した。そして、その先にあるうつ伏せに倒れた“もの”に、ひゅっと喉が鳴るのを遠くで聞いた。
―――輝く丸い瞳で、己を見上げていたのは誰であったか
―――暗く鋭い瞳で、己を掴んで止めたのは誰であったか
その姿に様々な“姿”が重なり合いソラスハは、遠退きかけた意識を唇を噛み締めることで引き戻すと、大きく息を吸い込んだ。そうしてその指先を伏せている“それ”へと伸ばす。触れた肩はまだあたたかく、引き寄せた体は惨たらしい傷は見当たらなかった。
ソラスハは顔を伏せる。確かに惨たらしい傷はない。“他”と比べて欠損は見当たらず、臓器も露出していない。……その胸に、“大きな穴”が開いていなければ、一縷の望みはあったのかもしれなかった。
体を引き寄せて自らの膝の上に乗せる。
造作の綺麗な顔に、白金の髪、絹のような白い肌は、こうして口を閉ざしてしまうと、眠り姫を連想させる。だがローズピンクの瞳はもう光を宿さず、口調は破天荒ながらも強い声を聞くことはないのだ。
いくらソラスハとはいえ死者への手出しは
方法を知らないわけではない。だが、それをすることはこの子供への冒涜となるだろう。
ソラスハを“命を懸けて守った”この少年の———。
ソラスハはその胸に空いた穴に触れる。
人体の生を司る心臓は、床一面を染め上げるほどの血を放出し潰れていた。
「……魔力の、残り香」
労わるように、その指先を少年のまだ薄い胸に空いた穴を撫でていると、不意に“違和感”に触れた。それは少年の体に残る、紛れもない“少年のものではない魔力”の残滓であった。
ぴたりと止まったソラスハの指が、微かに震える。
「……不審な気配はしなかった。
ロマニは何も言っていなかった。
裏切者がいたのか。それとも内通者か―――。
だが何故レイだけを狙った?
俺の存在は漏れてはいないとするならば、レイを確実に殺さねばならなかった理由がある筈だ。
いずれにしろ……」
他の子供たちは全員爆発に飲まれて、死んだ。
周囲に散らばる亡骸に目を向けるも何の痕跡も残ってはいなかったし、まだソラスハの耳にはか細い悲鳴が聞こえていた。そう、全員止めを刺されたわけではなかったのだ。たとえ時間の問題だとしても、何故かレイだけが直接的に手を下されていた。
今わかるのはそれだけだ。しかしそれだけで充分であった。
“レイは、あの爆発で死んだのではない”
少年の残した真実に、ソラスハは———。
「……すまない、レイ」
これが少年の運命であった、とそう飲み込んでしまうのは容易いことで、もう何度も繰り返してきた行為だ。ソラスハはそっと少年の頬を撫でる。
ふつり、とした熱が、体の中から競り上がって来るのを感じた。
ふつりふつりと、混み上がるそれの“名前”を、ソラスハは知っていた。
「俺は……お前の、死を踏み躙ろう」
端々が燃え落ちた“
そして赤に染まり果てたその場所で、“白金の光”は純白の輝きを広げたのだ。
―――コフィン内マスターのバイタル
基準値に達していません
―――レイシフト 定員に 達していません。
該当マスターを検索中・・・・発見しました。
―――適応番号01 レイ・____と
適応番号48 リツカ・フジマルを
マスターとして 再設定 します。
―――アンサンモンプログラム スタート。
霊子変換を開始します……。